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事故物件はなぜ「概ね3年」で消えるのか――国交省ガイドライン全解剖と、告知義務を消す業界の裏技、そして「隣の部屋で人が死んだら」という最も際どい問い

引っ越し前夜、みんなあの赤い地図を開いてしまう

引っ越しが決まると、必ずやることがある。内見でもなく、家具の採寸でもない。あの地図を開くことだ。住所を打ち込む。画面がぐっと寄っていく。来週から自分が眠るはずの建物の真上に、炎のアイコンが立っていないかどうかを、息を止めて確かめる。何も無ければ、ほっと息を吐いて電気を消す。何かあれば、そこから一時間、深夜の検索地獄が始まる。町名と「事件」。町名と「火災」。町名と「発見」。

そういう夜を過ごしたことのある人は、たぶんあなたが思っているよりずっと多い。

この地図の名前は「大島てる」という。2005年9月に開設された、事故物件の公示サイトだ。ここで最初に一つ押さえておきたい。この地図は幽霊の地図ではない。人が死んだ場所の地図だ。そしてもっと正確に言うなら、「不動産屋が黙っていても法的にはセーフとされる死」を含んだ地図でもある。だからこそ怖い。幽霊が出るかどうかより、自分が何を知らされないまま契約書にハンコを押したのかのほうが、圧倒的に怖い。

そして2021年10月8日、国がついにこの領域に線を引いた。国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」というものを出したのだ。通称は「事故物件ガイドライン」。ここで初めて、「これは言わなくていい」「これは言え」という基準が、公の文書として書かれた。この記事は、その線が引かれるまでの話と、線が引かれたあとに何が起きたかの話だ。

裁判の話もするし、特殊清掃の現場の話もするし、業界の裏技の話もする。最後には「隣の部屋で人が死んだ部屋は事故物件なのか」という、いちばん際どいところまで行く。

そもそも「事故物件」という法律用語は存在しない

まず身も蓋もないことを言う。「事故物件」は法律用語ではない。どの法律にも載っていない。業界の隠語であり、メディアが広めた言葉だ。だから「事故物件の定義を教えてください」と聞かれても、正解の条文は出てこない。出てくるのは「心理的瑕疵」という、もう少し古くて、もう少し曖昧な言葉のほうだ。

心理的瑕疵というのは、建物そのものはどこも壊れていないのに、そこで起きた出来事のせいで住み心地が損なわれている状態を指す。雨漏りでもシロアリでもない。壁にはヒビ一つ入っていない。それでも住みたくない。その「それでも住みたくない」を、法律の土俵に引っ張り上げるための言葉が心理的瑕疵だ。人の死だけではない。

過去に反社会的勢力の事務所として使われていた、犯罪の拠点として使われていた、風俗営業に使われていた、そういうものも心理的瑕疵の議論の中に入ってくる。事故物件は心理的瑕疵の一部分でしかない。事故物件が中核ではあるけれど、心理的瑕疵という円のほうがずっと大きい。

そして、国交省が2021年に出したガイドラインが扱っているのは、その大きい円の中の、さらに狭い一区画だ。対象は「居住用不動産」に限られている。オフィスビルや事業用物件は対象外。理由も明記されている。居住用不動産は人が継続的に生活する場であり、買主や借主は住み心地の良さを期待して契約するから、人の死が判断に及ぼす度合いが高い、という理屈だ。

逆に言えば、事務所として借りるビルで何があったかについて、このガイドラインは何も言っていない。そこはいまだに裁判例を一件ずつ読むしかない世界のままだ。

昭和37年の裁判官が使った「住み心地のよさ」という言葉

心理的瑕疵という考え方の初出をたどると、ずいぶん古いところまで戻る。よく引かれるのが大阪高裁の昭和37年6月21日判決だ。昭和25年に建物内の座敷蔵で首を吊った人がいた。その事実を知らずに買った人が、民法570条を根拠に契約の解除を主張した。判決文の中に、こういう趣旨の一節がある。

家屋の利用の適性の一つである「住み心地のよさ」を欠く場合であっても、その欠陥が採光や通風や構造といった客観的な事情によるなら別だが、建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景など客観的でない事由による場合は、その程度は受け取る側の主観に左右される、と。

この「住み心地のよさ」という、妙に生活感のあるフレーズが、その後何十年も裁判所で引用され続けることになる。ちなみにこの昭和37年の事案では、首を吊った座敷蔵はすでに取り壊されていて、出来事から7年が経っていた。だから瑕疵は認められなかった。つまり「取り壊し」と「時間の経過」で心理的瑕疵は薄れる、という考え方は、この時点ですでに芽生えている。

風向きが変わるのが平成元年9月7日の横浜地裁判決だ。築6年ほどのマンションを、小学生の子どもがいる夫婦が永住するつもりで買った。ところが契約後、6年3か月前にそのベランダで売主会社代表者の妻が首を吊っていたことが判明する。判決は、住み心地のよさを欠くことも隠れた瑕疵に当たるとし、一般人がそこを居住の用に適さないと感じることに合理性があるなら解除が認められるとした。

建物は継続的な生活の場であり、家族が永続的に住むには妥当性を欠く、損害賠償で埋め合わせられるものでもない、という言い方をしている。手付金500万円の返還と、代金の2割にあたる640万円の違約金まで認められた。事故物件をめぐる裁判例を並べるとき、たいていこの判決が起点として置かれる。

さらに平成7年5月31日の東京地裁判決あたりから、判断のものさしが変わっていく。「売買の目的物に瑕疵があるとは、その物が通常保有する性質を欠いていることをいう」とした上で、物理的欠陥だけでなく「目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥」も含む、と言い切った。ここで「住み心地のよさ」という当事者寄りの表現が薄れ、一般人を基準にした客観的な判断へと寄っていく。

横浜地裁平成22年1月28日判決になると、心理的瑕疵は自殺と同時に建物に付加されて毀損として生じる、通常人の心理によって評価が入るとしても毀損そのものは評価を待たずに発生する、という趣旨のことまで言っている。誰も気づいていなくても、その瞬間に部屋は毀損している。ちょっと呪いの理屈に似ていて、法律の文章なのにぞくっとする。

民法から「瑕疵」という言葉が消えた日

ここで制度の話を一つ挟む。2020年4月1日、改正民法が施行された。この改正で、それまでの「瑕疵担保責任」がなくなり、「契約不適合責任」に置き換わった。旧法では、売買の目的物に「隠れた瑕疵」があったとき、買主は損害賠償と契約解除の二つしか手札を持っていなかった。

新法では、引き渡されたものが「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」場合の債務不履行として整理し直され、買主の手札が四枚に増えた。追完請求が民法562条、代金減額請求が563条、損害賠償と解除が564条。そして「隠れた」という要件、つまり買主が善意無過失でなければならないという縛りが外れた。

これが心理的瑕疵にどう効くか。条文からは「瑕疵」という言葉が消えたので、これからは「契約の内容に適合するか」で判断されることになる。判断の中身は従来とそう変わらないだろう、というのが大方の見方だ。ただし契約書に何が書いてあったか、当事者が何をどう認識していたかが、より重く見られるようになる。つまり「事故がなかったことが契約の内容になっていたか」という問いの立て方になる。

裏を返せば、契約前に「事件事故はありましたか」と聞いたかどうかが、これまで以上に効いてくる。聞いた記録が残っていると強い。これは覚えておいて損はない。

2021年10月8日、国が線を引いた

ガイドラインができるまでの流れも押さえておこう。検討が始まったのは令和2年、つまり2020年2月だ。国交省が「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」を立ち上げた。座長は明海大学不動産学部長の中城康彦氏。学識経験者を集めて、過去の裁判例の蓄積を踏まえて、宅建業者が宅建業法上どこまでの義務を負うのかを整理していく。

2021年5月から6月にかけてパブリックコメントを実施し、そこで寄せられた意見も反映して、同年10月8日に公表された。国不動第90号という通知番号までついた、正式な行政文書だ。

なぜ作られたのか。表向きの理由は二つある。一つは、判断基準がないせいで取引現場が混乱していたこと。同じ物件でも、業者によって説明したりしなかったりする。それでは不動産の適正な流通が阻害される。もう一つが、実はこちらのほうが切実で、単身高齢者が部屋を借りられない問題だ。大家からすれば、部屋の中で入居者が亡くなったら、理由を問わず永久に事故物件扱いされるのではないかという恐怖がある。

だから高齢者を入れたがらない。国の資料でも、高齢者の入居拒否の理由として「居室内での死亡事故等への不安」が約9割を占めるという数字が出てくる。つまりこのガイドラインは、怪談を整理するために作られたのではない。高齢者が部屋を借りられるようにするために作られた側面が、かなり大きい。

名前の話も面白い。当初この文書は「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」という名前になる予定だった。ところがパブリックコメントで「民事上の契約関係を拘束するものではないことを明確にすべきだ」という意見が出て、「心理的瑕疵」という言葉を外し、「人の死の告知に関する」という現在の名称に変わった。この改名は地味だが重要だ。

これはあくまで宅建業者の行政上の義務についての解釈であって、貸主と借主、売主と買主のあいだの民事責任を決めるものではない。この点を混同すると、あとで痛い目を見る。

「言わなくていい」とされた三つの場合

ではガイドラインは何を「告げなくてもよい」としたのか。三つある。順に見ていく。

一つ目。賃貸でも売買でも、対象不動産で発生した自然死や、日常生活の中での不慮の死。老衰、持病による病死。それから自宅の階段からの転落、入浴中の溺死や転倒、食事中の誤嚥。これらは原則として告げなくてよい。理由も書かれていて、自宅における死因割合のうち老衰や病死が9割を占めるという統計と、自然死について心理的瑕疵への該当を否定した裁判例が存在することが根拠にされている。ここには重要な但し書きがある。

自然死であっても、長期間にわたって人知れず放置されたことなどに伴い、いわゆる特殊清掃や大規模リフォームが行われた場合は、この枠から外れる。つまり、おじいさんがベッドで静かに亡くなって翌朝に発見されたら告知不要、同じ亡くなり方でも夏に三週間見つからずに床が抜けたら告知対象になる。死に方ではなく、その後どうなったかで扱いが変わる。ここが冷たいようで、実は現場の感覚にはかなり合っている。

二つ目。賃貸借取引において、一つ目以外の死、つまり自殺や他殺や事故死が発生した場合、あるいは特殊清掃等が行われることになった自然死が発覚した場合は、そこから「概ね3年」が経過した後は、原則として借主に告げなくてよい。これが世間で最も有名になった「概ね3年」だ。ただし、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案はこの限りではない、という例外がしっかり書き込まれている。

そして、借主が日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分、つまりエントランス、エレベーター、廊下といった場所は、賃貸借取引の対象不動産と同じ扱いになる。廊下で起きたことは、部屋の中で起きたことと同じに扱われる。

三つ目。これが一番議論を呼んだ。賃貸でも売買でも、取引の対象ではない隣接住戸、または借主や買主が日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分で、自殺や他殺などが発生した場合、あるいは特殊清掃を伴う死が発生した場合は、原則として告げなくてよい。隣の部屋で何があっても、原則として言わなくていい。これも事件性や周知性が特に高ければ例外になるが、原則は「不要」だ。

そして、この三つの整理を全部ひっくり返す条項がある。経過した期間や死因にかかわらず、買主や借主から事案の有無について問われた場合、あるいは社会的影響の大きさから相手方が把握しておくべき特段の事情があると業者が認識した場合には、告げる必要がある。つまり「聞かれたら答えろ」。ここが最強のカードだ。3年経っていようが、隣の部屋だろうが、聞かれたら業者は把握している事実を告げなければならない。

逆に言えば、聞かなければ言われない可能性がある、ということでもある。あの地図を深夜に開く癖は、この一文があるかぎり正しい。

告知する内容の範囲も決まっている。事案の発生時期、特殊清掃等が行われた場合はその発覚時期、場所、死因、そして特殊清掃等が行われた旨。これだけでいい。逆にこれ以上は言わなくていい、というより言うべきでないとされている。亡くなった方や遺族の名誉と生活の平穏に配慮する必要があるから、氏名、年齢、住所、家族構成、具体的な死の態様、発見状況は告げる必要がない。ここは意外と知られていない。

仲介業者が「実は縄が」とか「発見したのは配達員で」とか語り出したら、それはガイドラインの想定を超えている。

「概ね3年」という数字は、どこから湧いてきたのか

さて、本題の一つ。なぜ3年なのか。国が適当に切りのいい数字を出したわけではない。裁判例の蓄積から逆算された数字だ。

賃貸物件で自殺が起きると、大家は損をする。しばらく貸せないし、貸せても家賃を下げなければならない。その損害を、亡くなった賃借人の連帯保証人や相続人に請求する裁判が、これまで大量に起こされてきた。そこで裁判所が損害額を算定するときの定番の枠組みがある。事故から1年間は賃貸不能、その後の2年間は相当賃料の2分の1、それ以降は従前どおりの賃料で貸せる、というものだ。

東京地裁の複数の判決がこの型を採っている。1年プラス2年。合わせて3年。この「3年で正常化する」という損害算定の相場観が、そのまま告知義務の目安に横滑りした、というのがおおよその筋道だ。

もう一つの流れが、告知期間そのものに言及した裁判例だ。仙台市内のワンルームの事案では、その部屋で事故があったことは2年程度を経過すると瑕疵と評することはできなくなる、したがって他に賃貸するにあたって告げる必要もなくなる、と明言している。

京都市内のワンルームの事案では、事件後の最初の入居者に対しては告知すべきだとしても、その入居者が通常の賃貸期間を経過して退去した後に、新たな入居者や他の部屋の希望者に対して告知する義務があると解すべき理由はない、とした。

東京都区部のワンルームの事案では、自殺事故の後の最初の賃借人には告知義務があるが、その賃借人が極めて短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り、その後の賃貸では告知義務はない、としている。

この「極めて短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り」というただし書きに、後で出てくる裏技の話がぶら下がってくる。裁判所は、ちゃんと釘を刺していたのだ。

そして単身者向け物件の流動性の高さも、期間を短くする方向に効いている。ある判決では、単身者向け物件は賃貸物件としての流動性が比較的高いので、嫌悪感の希釈は比較的早く進行する、と判断されている。同じ自殺でも、ワンルームとファミリータイプでは「風化」の速度が違うと裁判所が認めている、ということだ。人がどんどん入れ替わる部屋のほうが、記憶が薄まるのが早い。

当たり前といえば当たり前だが、それが金額に換算されて判決文に載っているのを見ると、少し寒くなる。

売買には「3年」がない、という本当に怖い話

ここが最重要ポイントで、しかも一番誤解されている。「概ね3年」は賃貸借取引の話だ。売買には期間の目安が一切示されていない。ガイドラインの中に、売買について何年で告知不要になるという記述は存在しない。つまり売買では、10年前だろうが20年前だろうが、買主の判断に重要な影響を及ぼす可能性がある限り、告知が必要になりうる。

実際の判決を並べると、これが単なる理屈でないことがよく分かる。東京地裁平成29年5月25日判決の事案では、10年以上前に当時の所有者が建物内で首を吊っていた。その間に所有者は複数回変わっている。それでも裁判所は、周辺が古くから居住する高齢者の多い閉鎖的な地域であること、建物が建て替えられていないことなどを挙げて、10年以上経過しても嫌悪感は保護に値するとした。

時間の経過や所有者の変遷は告知義務を否定する理由にならない、と正面から述べて、契約解除と代金の2割にあたる160万円の違約金を認めている。

大阪地裁平成21年11月26日判決も強烈だ。マンションの一室で、8年以上前に他殺が疑われる態様での死亡と飛び降り自殺が起きていた。契約時、買主側の仲介業者が売主の管理者に「過去に何か問題はなかったか」と尋ねている。管理者はそれを知りながら秘匿した。裁判所は、売主と同視すべき管理者が積極的に秘匿したことは信義則上の告知義務違反にあたるとして、契約解除と代金の1割にあたる280万円の違約金を命じた。

死亡から8年9か月経っていても、聞かれて嘘をついたらアウト。ガイドラインの「聞かれたら答えろ」条項は、こういう判決の上に立っている。

金額の幅も見ておこう。東京地裁平成20年4月28日判決は、収益目的で買った一棟の賃貸マンションで、2年前に前所有者の娘が飛び降り自殺していた事案。収益物件であっても客観的に経済的不利益を生じうる事実として告知義務違反を認め、自殺による減価を25パーセントと見て2500万円の損害賠償を命じている。

一方で東京地裁平成21年6月26日判決は、1年11か月前に元所有者の娘が居室で睡眠薬を大量に飲み、搬送先の病院で2週間から3週間後に亡くなった事案。室内で直接死亡したわけではないこと、縊死の場合とは社会的な受け止め方が異なること、事件から時間が経ち社会的にほとんど知られていなかったことから、瑕疵としては極めて軽微になったとして、代金のわずか1パーセントしか認めなかった。

同じ「自殺」でも1パーセントと25パーセント。この振れ幅こそが、この分野の本質だ。

さらに新しいところでは、東京地裁令和6年10月18日判決がある。投資目的で居住用マンションの一室を買ったが、契約の約1年7か月前に元所有者が妻とともに室内で自殺していたことが判明した事案だ。サブリース契約によって減額なく家賃が入り、投資物件として機能していたにもかかわらず、将来の売却時に投下資本を回収できず差損が生じる見込みがあるとして、投資目的でも契約不適合による解除を認めた。

投資用だから住み心地は関係ない、という反論が通らなくなってきている。

認められなかった側の話も、ちゃんとしておく

告知義務違反が認められた判決ばかり並べるのはフェアではない。認められなかった判決も同じくらいある。

まず建物が取り壊された場合。大阪地裁平成11年2月18日判決の事案は、建物を取り壊して新築分譲住宅を建てて売る目的で土地付き中古住宅を買った業者が、取り壊した後に、その建物内で2年前に首吊り自殺があったことを知って解除を求めたものだ。判決は、嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れ、もはや特定できない一空間内のものに変容している、として瑕疵を否定した。

「縁起をかついだり因縁を気にする特定の者はともかく」という、なかなか身も蓋もない表現も使われている。8年7か月前に焼身自殺があったが建物は取り壊されて駐車場になっていた土地、17年前の火災死亡事故の後に取り壊されて駐車場になっていた土地についても、瑕疵は否定されている。

ただし、取り壊せば必ず消えるわけでもない。約4年前に建物内で火災による焼死事故があった土地の売買では、新たに建てられる建物が居住に適さないと考えることや、それを理由に購入を避けようとする行動を不合理と断じることはできないとして、心理的瑕疵が認められた。焼死などの不慮の事故死は、一般に病死や老衰とは異なって理解される、という理由づけだ。建物が消えても土地に残る場合がある。

そして、買主が何の目的で買ったかで結論が変わる。取り壊して分譲する目的なら否定されやすく、取り壊して自分が住む家を建てる目的なら認められやすい。同じ更地でも、買った人の事情で瑕疵の有無が変わる。物理的瑕疵ではありえない、心理的瑕疵ならではの奇妙さだ。

共用部分の事故も否定例が多い。分譲マンションの建築工事中にエレベーターシャフト内で作業員が転落死した事案では、東京地裁が平成23年、24年、26年と繰り返し心理的瑕疵を否定している。

とくに東京地裁平成26年4月15日判決は、事故が購入した専有部分ではなくエレベーター設置前の地下1階ピット部分で発生したものであり、居住や仕事場として利用するという契約目的は達成できるため、客観的価値の下落は生じていないとして解除を否定した。

事故物件以外の心理的瑕疵の否定例も面白い。東京地裁平成29年7月5日判決は、サイバー犯罪事件の犯人が居住していたマンションについて争われた事案だ。

裁判所は、やっていたことはパソコンを操作してウイルスを感染させたことであり、部屋自体に嫌悪すべき事情があったわけではない、犯罪が行われた居室も部屋番号までは特定できずマンションの特定のフロアという程度までしか知られていない、として「一般の通常人として耐え難い程度の心理的負担」があるとまでは言えないとした。心理的瑕疵は、どれだけ知られているかにかかっている。誰も知らなければ、瑕疵は薄い。

この構造が、あとで地図サイトの話につながってくる。

地図はどうやって生まれたのか

ここで話を地図に戻す。事故物件公示サイト「大島てる」は2005年9月に開設された。運営代表者は1978年生まれ。「てる」というのは祖母の名前で、株式会社になるずっと前から一族で不動産の賃貸・管理業を営んでいた。つまり出発点は、怖い話が好きな人ではない。物件を買って貸す側の人間だった。

開設の動機は、本人が繰り返し語っている通り、極めて実務的だ。物件を買うときに、違法建築かどうかは法律に詳しい人に聞けば分かる。近所に墓地があるとか、そういう環境面は街を歩けば分かる。ところが「その物件で人が亡くなったかどうか」だけは、調べる方法もプロもいなかった。だから自分たちのために調べ始めた。事故物件をつかまされたくなかったのだ。

初期の調査方法がまた地道で、図書館に通って新聞の縮刷版を読んでいたという。かつては事件や事故の現場の住所や部屋番号まで新聞が報じていた。だがそれは常にではないし、そもそも報道されない死のほうが圧倒的に多い。過去にさかのぼって一覧を作るのは無理だと早々に気づいて、方針を変えた。過去を掘るのではなく、日々起きている事件と事故の現場情報を蓄積していく。

今起きたことを調べるには、今すぐ現場に行くのが一番早い。この転換がサイトの性格を決めた。当初は東京23区内だけだったのが、今は全国、さらに海外の一部にまで広がっている。

一般に知られるようになったきっかけは2009年頃だ。ある編集者がブログで取り上げ、ニュースサイトに転載され、アクセスが集中してサーバーが落ちた。復旧に時間がかかって長く見られない状態が続き、「圧力で潰されたのでは」という噂まで立った、というエピソードが残っている。2015年には、事件発生当日のうちに現場住所が新情報として掲載される速さが話題になった。

掲載の対象は殺人、自殺、火災など死者の出た事件・事故で、住所と部屋番号、元入居者の死因まで載る。宿泊施設も含まれる。

そしてこのサイトは訴えられている。横浜市内のマンションの所有者が、部屋で死体遺棄事件があったという掲載は事実無根で名誉毀損だとして、横浜地裁に民事訴訟を起こした。削除と謝罪広告なども求められたが、運営側は本人訴訟で勝訴した。判決は2011年4月に確定している。

刑事事件の公訴事実や証拠関係から、そのマンション内に遺体が存在した事実が認められるとして掲載内容を真実と判断し、犯罪に関する事実は公共の利害に関するもので公益性も認められるとして、違法性が阻却された。判決確定後、原告側から「50万円払うから削除してくれ」と言われたが、内容が誤っているという指摘であれば訂正するがそれ以外には応じない、として断ったという。

この運営方針は今も一貫している。間違った情報なら削除する。正しい情報なら削除しない。ただし正しくてもサイトの本旨に合わない情報、たとえば駅や公園といった公的空間の事故情報や、当事者が亡くなっていない自殺未遂の情報は削除している。削除を求める側からすると、これは相当に厳しい壁だ。真実性と公益性が認められると、削除仮処分もほとんど通らない。

実務上、削除が認められるのは虚偽が明らかな場合か、過度なプライバシー侵害が生じている例外的な場合に限られる。一方で、投稿者を特定して損害賠償に進むルートは存在する。東京地裁令和元年8月6日判決では、事故物件情報の投稿について発信者情報開示が認められている。

ガイドラインが出たとき、地図の側は何と言ったか

2021年10月にガイドラインが公表されたとき、不動産業界の一部には「これで事故物件サイトは終わるのでは」という観測があったらしい。国が「言わなくていい」と決めた以上、あの地図の存在意義もなくなるのではないか、と。

これに対して運営側は、おおむね四つの論点で反論している。第一に、ガイドラインには法的拘束力がなく、宅建業者を対象にしたものであって、宅建業者ではない自分たちは遵守すべき立場にない。第二に、ガイドラインが告知義務の線引きをしても、告知義務が課されない物件に対する消費者の関心は消えないので、需要は変わらない。

第三に、ガイドラインは必要最低限の義務を定めたものであって、告知義務が課されないことは告知禁止と同義ではない。第四に、線引きがある以上、事故物件に関する記載は端的に事実を記載する表現にすべきである。

この四番目が地味に効いている。論評を加えず事実だけを淡々と載せる。そうすることで、名誉毀損の成立余地を狭められる。実際、真実性と公共性と公益性の三つが揃えば名誉毀損は免責されるので、事実を事実として載せる限り、法的にはかなり堅い。逆に言えば、感想や推測を書き込んだ瞬間に危うくなる。

ただし、この構造には別の問題があるという指摘もある。名誉やプライバシーの侵害よりも、財産価値の侵害のほうが実は重いのではないか、という論点だ。ガイドラインで告知が義務づけられていない事故について、自主的に掲載を続けることは、名誉やプライバシーの問題を引き起こさないとしても、不動産という高額財産の価値を確実に毀損する。この点を裁判所がどう扱うのかは、まだはっきりしていない。

事故物件サイトが事件報道に近い性格を帯びているとすれば、報道機関が長い時間をかけて醸成してきた実名報道の基準や、そもそも報道しないという判断基準に相当するものを、投稿型のサイトはどう用意するのか。事前規制が働きにくいぶん、事後的な削除ルールの整備が重要になる、という指摘は正しいと思う。

「一人住ませれば消える」という、業界最大の都市伝説

さて、ここからが裏技の話だ。不動産業界には長らく、こういう言い方が流通してきた。「告知義務があるのは一人目まで」。事故が起きた後、一度でも次の入居者が入れば、そのまた次の入居者には説明しなくても重要事項説明義務違反にはならない。これがいわゆる「事故物件ロンダリング」の理屈だ。

やり方はいくつもある。最もよく語られるのが、自社の社員やアルバイトの学生を、一定期間だけ住まわせる方法。実際には住まず、住民票だけ移すという話まで聞こえてくる。二つ目が定期借家契約を使う方法。事故物件であることを説明した上で募集すると、低家賃でなければ借り手が現れない。

しかし低家賃の借主を普通借家契約で入れてしまうと損失が続くので、定期借家で1年程度入れて退去してもらい、その後は相場どおりの家賃で普通借家に戻す。三つ目がマンスリー契約やウィークリー契約でいったん貸し出す方法。四つ目として、民泊を使う手法が話題になったこともある。五つ目は、親族に頼んで短期間だけ住んでもらう方法。

どれも発想は同じで、部屋の履歴に「事故の後に誰かが普通に住んだ」という一行を書き足すことが目的だ。

派生バージョンとして「3年経てば全部リセット」という言い方もよく聞く。これは賃貸に限れば半分正しく、売買では完全に間違いだ。売買に期間の目安はない。もう一つの派生が「更地にすればリセット」。これも、裁判例を見れば分かるとおり、買主の目的と経過年数と近隣の記憶次第で結論が変わる。更地にしたのに瑕疵が認められた判決も、更地にしたら否定された判決も、両方ある。

さらに「隣の部屋なら関係ない」という派生と、「孤独死は事故物件じゃない」という派生。この二つは、ガイドラインの読み方としては原則的に正しいのだが、条件付きだ。後で詳しく触れる。

なぜその裏技は、もう通用しないのか

結論から言えば、この「一人住めば消える」という理屈に法的な根拠は一切ない。業界内の一部で共有されていた暗黙のルール、それも消費者保護の視点を欠いた慣習にすぎない。

ガイドラインが定めたのは「期間」の基準であって、「入居者の人数」の基準ではない。賃貸で概ね3年、と書いてある。3年のあいだに入居者が何人入れ替わろうが、3年経つまでは告知が必要だ、というのが素直な読み方になる。だから、事故から三か月後に社員を一か月住まわせて、その後は何も言わずに募集する、という運用は、ガイドラインの想定からはっきり外れる。

法的なリスクも積み上がっている。宅建業法47条1号ニは、宅建業者が、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなる事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為を禁じている。同法31条の誠実義務、35条の重要事項説明も根拠になりうる。これに違反すれば、65条や66条に基づく指示処分、業務停止処分、情状が特に重ければ免許取消しの対象になる。

民事では、契約不適合責任のほか、民法95条の錯誤による取消し、悪質なら96条の詐欺による取消しも視野に入る。国民生活センターも、業者による告知が必要だったのに告知がなかった場合、それは契約の取消事由になり、敷金や礼金、仲介手数料の返金を求められるほか、損害賠償を請求できる場合がある、と明言している。

そして、裁判所は「一人目だけ」論に条件をつけていた。先に触れたとおり、東京都区部のワンルームの事案では、最初の賃借人が「極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り」その後の告知義務はない、としている。極端に短い入居は特段の事情に当たりうる、と読める。1か月から3か月程度で退去して再募集、というパターンが登記や住民記録から見えてしまえば、それ自体が告知逃れの証拠として使われる。

もう一つ、実務的にいちばん効いている抑止力がある。あの地図だ。運営側自身が語っていることだが、サイトに載っている物件を隠してもすぐにバレるので、ちゃんと告知する業者が増えたという。制度が変わったからではなく、隠しても意味がなくなったからルールが守られるようになった。これはこれで、かなり現代的な現象だと思う。

体験談その一 借りた側――「三年と、二週間でした」

都内の単身者向けマンションを借りた三十代の男性から聞いた話だ。駅から徒歩六分、築十二年、1K、家賃が周辺相場より二万円ほど安かった。募集図面の備考に「告知事項あり」の四文字。内見のときに聞いたら、仲介の担当者はあっさり教えてくれた。三年前に前の入居者が室内で亡くなっている、と。死因は自死。特殊清掃が入っていて、壁紙も床材も交換済み。だからこんなに部屋が新しく見えるのだ、と。

正直に言うと、彼はその場では気にならなかったという。むしろ「ちゃんと言ってくれた」ことに好感すら持った。契約して、住み始めて、半年は何もなかった。何もなかった、というのが正確な表現だと彼は言う。ラップ音も鳴らないし、影も見えない。困ったのは別のことだった。友人を家に呼べなくなったのだ。一度、酒の席で軽い調子で「うち、告知事項ありなんだよね」と話したら、場が一瞬止まった。

それ以来、誰も遊びに来なくなった。彼はそのとき初めて、事故物件の怖さは自分の中ではなく他人の目の中にあるのだと気づいた。

引っ越しを決めたのは二年後。理由は霊ではなく、更新のタイミングで家賃が相場に近づくと言われたからだ。告知期間が終われば、貸主は家賃を戻していく。安さと引き換えに引き受けたはずのリスクが、安さのほうだけ先に消える。彼は退去の日、空になった部屋で少し立っていたそうだ。三年前にここで誰かが亡くなり、その三年後に自分が入って、二年住んだ。次の人はもう何も知らされない。

壁紙は自分が付けた小さな傷ごと、また張り替えられるのだろう。「三年と、二週間でした」と彼は言った。何の話かと聞くと、契約前に自分がその部屋の履歴をネットで調べるのに費やした時間だという。

体験談その二 告知した側――「私が言わなきゃ誰が言うんですか」

地方都市で賃貸仲介をしている四十代の女性の話。彼女はガイドラインが出る前から、告知については社内でうるさい人だったという。理由は単純で、以前いた会社で、隠して貸した部屋の入居者が三か月で出ていき、そのあと猛烈に揉めたのを間近で見たからだ。そのときの上司は「言わなくても違法じゃない」と繰り返していた。違法ではなかったのかもしれない。でも、その入居者は泣いていた。

ガイドラインができて、彼女の仕事は少し楽になった、と言う。それまでは、告知するかどうかを自分の良心と会社の売上の板挟みで決めるしかなかった。今は「国がこう整理している」と示せる。貸主に告知書への記載を求めるのも、以前より通りやすくなった。ただし面倒も増えた。ガイドラインを盾に「うちは告知不要ですよね」と言ってくる貸主が出てきたのだ。隣の部屋だから、3年経ったから、自然死だから。

理屈としては合っている。合っているからこそ厄介だ、と彼女は言う。

彼女が決めているルールは一つだけある。原則不要とされているケースでも、内見のときに相手の顔をよく見る。そして、この人は気にするタイプだな、と思ったら、聞かれる前に言う。ガイドライン自体にも、買主や借主の意向を事前に十分把握し、人の死に関する事案を重要視することを認識した場合には特に慎重に対応することが望ましい、と書いてある。だからこれは彼女の勝手なやさしさではなく、文書に沿った対応だ。

「私が言わなきゃ誰が言うんですか」と彼女は笑った。「貸主は言いたくない、管理会社は関わりたくない、で、最後に部屋の鍵を渡すのは私なんですよ」。

一度だけ、告知したせいで契約が流れ、上司に嫌味を言われたことがあるという。その一週間後、その人から電話がかかってきた。別の物件を探してほしい、あなたにお願いしたい、と。結局そちらで決まり、その人は今も更新を続けている。「言って損したことは、たぶん一回もないです」。

体験談その三 清掃した側――「匂いは、記憶から先に消えない」

特殊清掃の会社で十年以上働いているという男性の話。彼が最初に覚えたのは、機材の使い方ではなく、鼻の使い方だった。現場に入る前に、扉の隙間の空気を吸う。それで、経過日数と季節がだいたい分かるようになる。冬場の三日以内なら通常清掃と消臭剤で済むこともある。夏場の三日は別物で、腐敗が一気に進み、完全消臭まで一週間から十日はかかる。一週間から二週間放置されると体液が床材や壁に浸透し、匂いは近隣にまで届く。

一か月を超えると床下や壁の内部まで汚染が及んで、解体が必要になる。

工程はほとんど決まっている。まず臭気を測って数値で記録する。汚染箇所に薬剤を撒いて除菌する。体液や腐敗物、汚染した遺品を撤去する。汚染が浸透した床材や壁紙、根太を解体して撤去する。床下や壁の内部を薬剤で洗う。臭いを吸ったクロスを剥がす。部屋全体をクリーニングする。そして高濃度オゾンの発生器を設置して、七十二時間まわす。オゾンが建材の内部まで浸透して死臭の成分を分解しきるのに、最低三日かかるからだ。

ここを一日で切り上げると、表面の匂いは消えても、数週間後に内側から戻ってくる。最後にバイオ消臭剤を撒き、もう一度臭気を測って報告書を書く。全部やると最低六日。「一日で終わります」と言う業者がいたら、それは途中で止めているだけだ、と彼は言う。

費用の話もしてくれた。1Kで残置物がなく、放置期間が一週間から二週間の標準的なケースで、税込みでおよそ二十七万円台から三十八万円台。遺品整理まで含めると四十四万円から六十六万円あたり。1LDKから2DKなら三十八万円台から五十五万円。ゴミ屋敷の中での孤独死になると、汚染箇所の特定から始まるので作業員十名で五日、七十万円という現場もあった。

床下まで体液が回って根太や大引きの交換が必要になると、清掃費より工事費のほうが大きくなり、百万円を超える。浴室だけの初期対応で済んで七万八千円台で終わった現場もある。金額の幅がそのまま、発見までの日数の幅だ。

彼が一番きついと言ったのは、匂いでも虫でもなかった。生活感だという。マットレスの上で亡くなった人の現場で、遺品がそっくり残っていた。趣味も、仕事も、その人が何を好きだったかも、部屋を見れば全部分かった。マットレスには人の形の跡がくっきり残っていて、触れないようにラップで何重にも巻いて小さくしていく。防護服の中は汗でびしょ濡れで、ゴーグルは曇って前が見えない。「匂いは作業の翌日には忘れます。

でも、その人が何が好きだったかは、何年経っても覚えてる」。彼はそう言った。

数字で見る「孤独死」という日常

体験談の背景にある数字も見ておこう。日本少額短期保険協会の孤独死対策委員会が出している「孤独死現状レポート」がある。2016年の第1回から続いていて、第10回が2025年12月に公表された。少額短期保険会社が扱ういわゆる孤独死保険の支払データを集計したもので、賃貸住宅の中で起きた孤独死の実像を統計で示した、ほぼ唯一の資料だ。

第10回の累積データは2015年4月から2025年3月まで。全体の83.3パーセントが男性で、女性が16.7パーセント。賃貸住宅の男女居住比率が6対4であることを勘案しても、男性の発生が明らかに多い。死亡時の平均年齢は男性63.7歳、女性62.9歳、全体で63.6歳。日本の平均寿命と比べると、かなり若くして亡くなっている。この傾向は第1回から変わっていない。

そして発見までの日数。全体の平均は19日だ。男性が19日、女性が17日。3日以内に発見されるのは女性で43.8パーセント、男性で35.6パーセント。全体では4割に届かない。15日以上経ってから発見される割合は、男性で35.7パーセント、女性で30.4パーセント。発見のきっかけで最も多いのは音信不通で、これが半数を超えている。

異臭で発見された場合の平均日数は二十日を大きく超え、郵便物の滞留で気づかれた場合も同様だ。つまり「匂いで気づかれる」段階になった時点で、もう三週間から一か月が経っている。

この数字と、さっきの特殊清掃の費用の話を重ねてみてほしい。平均19日というのは、まさに「床下まで浸透して解体が必要になる」ゾーンの入り口だ。孤独死という言葉が持つ静かな響きと、現場で起きていることの物理的な激しさのあいだには、けっこうな距離がある。そして忘れてはいけないのが、この費用は誰かが払っているという事実だ。原則としては相続人が払う。相続放棄されれば大家や管理会社が背負う。

だから大家は単身高齢者を怖がる。ここで話が一周して、ガイドラインが作られた理由に戻ってくる。

国もこの問題には手を打っている。2021年には国土交通省と法務省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定した。2024年5月30日には住宅セーフティネット法などの改正法が成立し、6月5日に公布、2025年10月に施行された。居住支援法人の業務に、入居者からの委託に基づく残置物処理が追加され、要配慮者が使いやすい家賃債務保証業者を国土交通大臣が認定する制度も作られた。

全国の空き家は約900万戸、うち賃貸用が約443万戸あるのに、単身高齢者は部屋を借りられない。この歪みを解くために、「概ね3年」という線と、残置物処理の仕組みが両輪で用意された、という見取り図になる。

隣で人が死んだ部屋は、事故物件なのか

いよいよ一番際どい論点に入る。ガイドラインの答えは、原則として告知不要だ。取引の対象ではない隣接住戸で自殺や他殺が起きても、そこで特殊清掃が行われても、賃貸でも売買でも、原則として告げなくてよい。事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は例外になるが、原則は不要。

裁判例もおおむねこの方向に沿っている。単身用マンションの賃貸借について隣室の居住者の自殺の告知義務を否定した東京地裁平成26年8月5日判決。自殺のあった貸室以外の居室について、賃貸人が「他の貸室にも逸失利益が生じた」と主張したのを退けた複数の判決。

京都市内の事案でも、仙台市内のファミリータイプの事案でも、東京都区部の事案でも、他の部屋の賃借希望者に対して告知する義務があるとは解されない、とされている。ある判決は、賃借人は自分が借りた部屋の使用収益について善管注意義務を負うにすぎず、当然に他の居室の賃料減額について責任を負うことにはならない、と述べている。

ただし、話はそう単純ではない。まず「隣接住戸」と「通常使用する共用部分」の線引きが効いてくる。エントランス、エレベーター、廊下といった、日常生活で必ず使う共用部分で起きた死は、その部屋の中で起きたのと同じ扱いになる。だから「部屋の前の廊下」で起きた場合は、隣の部屋の話ではなく自分の部屋の話になる。

東京地裁平成26年5月13日判決の事案は、まさに三室にまたがる共用部分での自殺で、三室すべてに影響すると判断され、自殺した入居者の保証人に損害賠償が認められている。

飛び降りの扱いも、実は相当ややこしい。ガイドラインは基本的に居室内での死を想定している。ではベランダから飛び降りた場合はどうか。実務的には、飛び降りの起点となった住戸が事故物件として扱われる。自殺行為が居室内で始まっていると判断されるからだ。逆に、落下地点の付近の住戸や、遺体が発見された場所の住戸は、原則として事故物件には当たらない。

屋上や共用廊下から飛び降りた場合は、各住戸は原則として事故物件にならない。ただしガイドライン自身が、転落により死亡した場合における落下開始地点の取扱いについては、一般的に妥当と整理できるだけの裁判例や実務の蓄積がないため、現時点では対象としていない、と明言している。つまり、まだ線が引かれていない。

そして東京地裁令和2年3月13日判決の事案は、隣接住戸で起きた自殺について、隣の部屋の所有者が自殺した人の遺族を訴えたものだ。判決は、悪臭による治療のための医療費と一か月程度のホテル宿泊費は認めたが、「隣の部屋の影響で安い金額でしか売れなくなった」という損害は認めなかった。この判決は象徴的だと思う。臭いという物理的な被害は認める。しかし心理的な波及効果は認めない。

裁判所は、隣室の影響の程度は非常に小さいという前提に立っている。

ここに、この記事でいちばん言いたい怖さがある。制度としては「隣は関係ない」で整理されている。しかし現実には、隣で人が三週間見つからなかったら、その臭いはあなたの部屋にも来る。管理会社の車が何日も停まり、防護服の人が出入りし、廊下に消臭剤の匂いが残り、エレベーターで住民が目を合わせなくなる。あなたの部屋は法的には何ら瑕疵のない部屋のままだ。それでもあなたは、その部屋を出ていきたくなるかもしれない。

制度が守っているのは取引の円滑さであって、あなたの気分ではない。ここのズレが、事故物件という話題がずっと消えない理由の一つだと思う。

事故物件を商売にする人たち

こういう状況に商機を見出した人たちもいる。事故物件専門の不動産会社だ。代表的なのが「成仏不動産」というサービスで、2019年に始まっている。運営会社は2016年に前身が創業し、その後社名を変えて、2026年5月には東京証券取引所のTOKYO PRO Marketに上場した。事故物件の買取を本格的に始めたのは2020年10月。当初は買取から売却まで終えたのが数件という規模だった。

彼らのビジネスの肝は、価格を叩くことではなく「買いたい人を先に集めておく」ことだという。事故物件に抵抗のない層は、業界が思っているよりずっと多い。実際に事業を始めてみて、平気な人がイメージ以上に多くて驚いた、と代表者は語っている。投資家向けの会員制サービスを作り、事故物件を欲しい人を集めておけば、需要と供給が可視化され、買い叩かれずに済む。

特殊清掃、遺品整理、供養、リノベーション、販売までを一社で回すので中間マージンも圧縮できる。相談実績は6200件を超えているという。

さらに面白いのが、彼らが空き家問題や住宅確保要配慮者の問題に接続しようとしている点だ。高齢者や外国人、障害のある人など、住宅を確保しにくい人たちに部屋を紹介する。会員に「住宅確保要配慮者の入居を歓迎しますか」とアンケートを取り、歓迎すると答えた人に優先的に物件情報を出す。事故物件という言葉がいずれ消えて、普通の物件として取引される世の中にしたい、というのが目標だそうだ。

事故物件を怖がる人が減れば、大家が高齢者を断る理由も減る。理屈としては、確かに一本の線でつながっている。

住んでみる、という派生

もう一つの派生が「実際に住んでみる」という企画だ。これは怪談としての事故物件を、いちばん大きく広げた流れだと思う。

きっかけはテレビ番組の企画だった。若手芸人を事故物件に住ませて定点カメラで撮影し、幽霊が映ったらギャラが出る、というもの。手を挙げた芸人が、番組で「大阪 殺人 事故物件」と検索して最初に出てきた部屋を借りた。それが一軒目。撮影初日から丸い光が映り込み、住み始めて一週間目にはマンションの前でひき逃げに遭ったという。

二軒目も殺人事件の物件で、ドアノブをガチャガチャされたり郵便受けから郵便物がなくなったりという、幽霊よりよほど生々しい出来事が続いた。その部屋を退去した後に近くで通り魔事件が起きて、その犯人が自分の部屋で起きた事件の犯人と同一人物だったと知る、というエピソードまで残っている。

その体験をまとめた本が出たのが2019年、映画になったのが2020年8月28日公開。今では二十四軒目に住んでいる。物件を選ぶ基準が独特で、内見のときにトイレと風呂を見るのだそうだ。そこに人の生活が出るから。今の部屋は築五十年で、内見のときはユニットバスが見たこともないほど真っ黒だった。火事があったのかと思ったら、ただの水垢だったという。

床下収納の蓋を外すと直接地面が見えて、そこに一冊の本が落ちていた。湿ってぼろぼろになったそれをめくると、2014年の球団の選手名鑑だった。

こういう細部が、この企画をただの怖い話から遠ざけている。前の住人がどうやって死んだかよりも、その人が何を好きだったかのほうが、部屋には濃く残る。本人は、事故物件がもたらす恐怖は要するに死への恐怖であって、逃れられない死を前にすることが自分の人生をよりよく生きることにつながる、といった趣旨のことを書いている。どの事故物件もだんだん居心地がよくなる、とも言う。

分からないままだと怖いが、分かってしまうと怖くなくなる。この感覚は、たぶん特殊清掃の人が言っていたことと同じ地平にある。

家賃はいくら下がるのか、そして戻るのか

現実的な数字の話もしておく。事故物件の家賃は、周辺相場より2割から5割ほど下がるのが一般的とされる。ある専門業者の目安では、自殺で3割から4割、他殺で4割から5割、孤独死で2割から3割、隣室や共用部の事案で1割から2割。別の業者の実感値では、自殺で2割から3割、他殺で3割から5割。

売買価格の下落幅も似た構図で、自然死や早期発見の孤独死ならほぼ影響なしから2割程度、発見が遅れて特殊清掃が入ると2割から3割、自殺で3割から4割、他殺や事件性の高い死亡で4割から5割、全国報道レベルの事件になると5割以上落ちて、そもそも買い手がつかないこともある。

実際に住んだ人へのアンケートもある。事故物件に住んだ経験のある199人を対象にした調査では、住んでよかったことの1位が「住居費が安く済む」で72.4パーセント、2位が「内装がきれい」で42.2パーセント。3位以下は立地、広さ、問題が起きなかったこと、と続く。家賃が相場の半額近くまで下がって生活に余裕ができた、同じエリアと広さでは考えられない条件で住めた、といった声が並ぶ。

内装がきれいというのは皮肉な話で、特殊清掃と大規模リフォームが入っているからだ。壁も床も新しい。新しい理由が、あれである。

そして「3年経てば家賃は元に戻る」というのも、実務では単純にいかない。ある業者はこう言っている。制度上の告知義務がなくなっても、事故物件情報サイトに掲載されたままなら、入居希望者は自分で調べて敬遠する。デジタルタトゥーとして情報が半永久的に残るので、法的な告知義務が消えた後でも結局家賃を下げざるを得ないケースがある、と。制度上の「3年」と、情報が消えない現実とのギャップ。

国が線を引いたことで、線の外側に何が残るかがかえって際立ってしまった、とも言える。

海外はどうなっているのか

日本だけの問題かというと、そうでもない。ただし考え方はけっこう違う。

アメリカでは、こういう物件を「stigmatized property」と呼ぶ。全米不動産協会の定義では、物理的な影響を一切伴わない出来事によって心理的に影響を受けた不動産、とされている。2020年5月時点で少なくとも37の州とコロンビア特別区が、この種の物件に関する法律を持っている。ただし内容はばらばらだ。多くの州では、そもそも死は物理的欠陥ではないので、売主が自発的に告げる義務はない。

ただし直接聞かれて嘘をつけば責任を負う。この「聞かれたら答えろ」という構造は、日本のガイドラインとよく似ている。

例外が三つある。カリフォルニア州は最も厳しく、民法典1710.2条により、買主が購入や賃借の申込みをする日から遡って3年以内に物件で起きた死は、原因を問わず開示しなければならない。自然死でも対象になる。逆に3年を超えれば開示義務は消える。ここでも「3年」だ。日本と根拠は違うのに数字が一致しているのが面白い。

アラスカ州は、物件が最初に買主に見せられる日から遡って1年以内の殺人または自殺の開示を義務づけている。サウスダコタ州も、過去12か月以内の殺人、自殺、重罪の有無を開示書面に書かせる。

カリフォルニアの3年ルールの背景には、Reed v. Kingという有名な判例がある。ある女性が家を買ったが、その10年前に母親と4人の子どもがそこで殺害されていた。売主と代理人はそれを知りながら伝えず、近隣住民にも言わないよう頼んでいた。彼女は7万6000ドルを払ったが、その過去のせいで実際の価値は6万5000ドルしかなかった。

控訴審は、殺人は市場価値に定量的な悪影響を与えるので重要事実にあたるとして訴えを進めさせた。ただし、その物件が「現在も地域の悪評の対象である」場合に限る、という条件も付いている。この不確実さを解消するために、後から3年という明確な線が引かれた。日本と同じで、判例の混乱を数字で整理した、という流れだ。

そして日本にはない類型がある。「幽霊が出る」ことの開示だ。州ごとの分析によれば、パラノーマル現象に触れている州はニューヨーク、ニュージャージー、マサチューセッツ、ミネソタの四つだけ。ニュージャージーでは聞かれた場合にのみ答える必要があり、ミネソタとマサチューセッツでは法律に言及はあるが開示は不要とされる。

そのニューヨークで生まれたのが、法学部の教科書に必ず載っている1991年のStambovsky v. Ackley判決だ。ニューヨーク市に住む男性が、ハドソン川沿いの村の家を買う契約をした。ところがその家は、売主一家が九年にわたってポルターガイストを目撃したと主張し、その話を全国誌に1977年、地元紙に1982年と、自分で公表していた家だった。

1989年には村のウォーキングツアーの一軒に組み込まれ、地元紙に「幽霊付きの川沿いのヴィクトリアン様式」と紹介されている。裁判所は、売主がその評判を自ら作り広めた以上、今さらその存在を否定することはできないとして、「法律上、この家は幽霊が出る」と述べた。判決文にこう書いてある。「as a matter of law, the house is haunted」。日本語にすると「法的に、この家には幽霊が出る」。

結果として買主は契約の解除と手付金の返還を認められた。損害賠償は認められていない。三対二の判決だった。

いっぽうペンシルベニア州では、2014年に州最高裁が、殺人と自殺の発生は開示すべき重要な欠陥ではないと判断している。純粋に心理的なスティグマは、売主が買主に開示しなければならない物件の重要な欠陥ではない、という言い方だ。同じ国の中でも、州が違えば結論が真逆になる。日本のガイドラインが「全国一律の目安」を示したこと自体、比較してみるとけっこう思い切ったことをしている。

掲示板とSNSは、この制度をどう受け取ったか

ガイドラインが出たとき、ネットの反応は綺麗に割れた。

歓迎する声のほとんどは、貸す側と、高齢の親を抱えている人からのものだった。これまでは「うちの親が部屋で亡くなったら、大家さんに一生迷惑をかけるのでは」という漠然とした恐怖があった。自然死は原則告知不要と明記されたことで、その恐怖にとりあえずの答えが出た。単身高齢者の入居審査が少しはましになるのでは、という期待も語られた。

批判の声は、当然だが借りる側から出た。いちばん多かったのが「3年で消えるのはおかしい」という反応だ。人が死んだ事実は3年経っても消えない、なぜ買う側や借りる側の知る権利より、流通の円滑さが優先されるのか、と。次に多かったのが「隣接住戸が原則不要なのは納得できない」という声。自分の部屋の隣で殺人があったのに教えてもらえないのか、と。

この二つは、率直に言って、ガイドラインを読めば読むほど「そういう設計になっている」としか答えようがない。ガイドラインが守ろうとしているのは、取引の円滑さと、亡くなった人の遺族の生活の平穏と、貸す側の予測可能性であって、借りる側の安心はそのバランスの一要素でしかない。

考察界隈で盛り上がったのは、もう少しひねった論点だった。一つ目が「聞けばいいだけでは」説。経過期間や死因を問わず、聞かれたら業者は答えなければならないのだから、内見のたびに必ず聞けば実質的に全部分かるのではないか、という考え方だ。これはかなり正しい。ただし業者が答えられるのは、調査で判明した範囲に限られる。

売主や貸主や管理会社に照会して「不明」と回答されたり無回答だったりすれば、その旨を告げれば足りる、とガイドラインは定めている。つまり「知らない」と言われたら、それ以上は出てこない。

二つ目が「ガイドラインは業者を縛るだけで、民事は別」説。これも正しい。ガイドラインは宅建業法上の義務の解釈であって、民事上の責任を免除するものではない。業者がガイドラインに沿って対応しても、民事で責任を問われる可能性は残る。実際、ガイドライン公表後の裁判例では、賃貸人と賃借人のあいだの損害賠償請求の場面でガイドラインが参照されている。

原告がガイドラインを持ち出して「自殺があると概ね3年間は告知事項になるのだから、賃借人には自殺しない義務がある」と主張し、裁判所も「自殺があった建物に居住することに抵抗を感じる者が相当数存在することは公知の事実」として、その義務を認めた。宅建業者向けの文書が、賃貸人と賃借人のあいだの裁判の結論に影響を与えている。これはかなり大きな話だ。

三つ目が反証寄りの視点で、「そもそも事故物件を怖がるのは合理的か」という議論。日本の住宅の中で、これまで一人も死んでいない建物のほうがむしろ少ない。長い歴史を考えたらどこにも住めない、という意見はアンケートの自由回答にも出てくる。統計上、自宅における死因の9割が老衰や病死だという事実は、ガイドライン本文にも根拠として書かれている。つまり「死んだ部屋」は珍しくない。

珍しいのは「死んだことが記録され、公開されている部屋」のほうだ。

四つ目、これがいちばん鋭いと思うのだが、「ガイドラインができたことで、かえって地図の価値が上がった」という指摘。国が「これは言わなくていい」と公式に宣言した以上、言われない情報の範囲がはっきりした。範囲がはっきりすれば、そこを埋めるサービスの需要も明確になる。事故物件公示サイトを終わらせるはずだった文書が、その存在理由を逆に補強してしまった、という見方だ。

運営側自身が同じ趣旨のことを言っているのだから、たぶんこれが正解に近い。

なぜこの話は、こんなに広まったのか

事故物件が怪談として強い理由を、最後に整理しておきたい。

第一に、これは「自分に起こりうる」怪談だからだ。心霊スポットは行かなければ関係ない。呪いのビデオは見なければ関係ない。だが引っ越しは、ほとんどの人が人生で何度もする。次の部屋が、そうかもしれない。しかも自分で選べる。選べるからこそ、選び損なったときの後悔が具体的に想像できる。

第二に、恐怖の焦点が幽霊ではなく「情報の非対称性」にあるからだ。怖いのは霊ではなく、相手が知っていて自分が知らないという状態のほうだ。仲介のカウンターで笑顔で説明を受けているそのとき、目の前の人は自分が知らない何かを知っているかもしれない。この構図は、幽霊よりずっと現代的で、ずっとリアルに刺さる。だから「一人住ませて履歴を上書きする」という裏技の話が、あれほど広まった。

あの話が怖いのは、そこに霊が出てくるからではない。手続きだけで真実が消えることになっている、という発想そのものが怖いのだ。

第三に、数字が異様に生々しいから。「概ね3年」「発見まで平均19日」「1Kで税込み27万5000円から38万5000円」「オゾン脱臭72時間」。怪談に具体的な数字が入ると、急に現実の重さを持つ。この記事でここまで数字を並べたのも、それが一番怖いと思っているからだ。

第四に、この話が最終的に「自分もいつかそちら側に行く」という話だからだ。孤独死の平均年齢は63.6歳。平均寿命よりずっと若い。8割以上が男性で、半分近くが65歳未満。発見のきっかけの過半数が音信不通。この統計は、そのまま「あなたが最後に誰かと連絡を取ったのはいつですか」という問いになる。事故物件の記事を夜中まで読んでいる自分が、いつか誰かの地図の上で小さな炎のアイコンになるかもしれない。

この反転が起きた瞬間に、事故物件の話はただの怪談から少し別のものになる。

「概ね3年」の外側には、まだ線が引かれていない

最後に、ガイドライン自身が正直に告白している部分を紹介して終わりたい。文書の末尾近くに、こういう趣旨のことが書かれている。本ガイドラインはあくまで現時点で妥当と考えられる一般的な基準であり、将来において妥当しなくなる可能性も想定される。

また、人の死が生じた建物が取り壊された場合の土地取引の取扱い、搬送先の病院で死亡した場合の取扱い、転落により死亡した場合における落下開始地点の取扱いなどは、一般的に妥当と整理できるだけの裁判例や不動産取引の実務の蓄積がないため、現時点では対象としていない、と。

つまり、国は「ここから先はまだ分かりません」と書いている。取り壊した後の土地は。病院で亡くなった場合は。飛び降りた人が、どこから落ち始めたのかは。全部、宙に浮いたままだ。線は引かれた。けれど線の外側には、まだ名前のついていない空白がそのまま残っている。

そして忘れてはいけないのは、この文書が扱っているのは告知の要否だけであって、亡くなった人のことではない、ということだ。ガイドラインは、告げる際に亡くなった方や遺族の名誉と生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにする必要がある、と念を押している。だから氏名も年齢も家族構成も死の態様も告げなくていい。この一文だけが、この極めて事務的な文書の中で、唯一やわらかい体温を持っている。

数字と期間と免責の話が延々と続いた最後に、ちゃんとこれが書いてある。

引っ越し前夜にあの地図を開くとき、私たちが見ているのは物件情報だ。でも、そこに立っている小さなアイコンの一つひとつは、誰かが最後にいた場所でもある。平均19日、誰にも気づかれなかった部屋。四十万円かけて床下まで剥がされた部屋。三年経って、また普通の部屋として募集に出る部屋。それが今、地図の上で光っている。

次にあなたが内見に行ったら、たぶん一言だけ聞いたほうがいい。「この部屋で、過去に人が亡くなったことはありますか」。ガイドラインによれば、そう聞かれた業者は、経過した期間や死因にかかわらず、把握している事実を答えなければならない。3年でも、10年でも、隣の部屋でもない、あなたが借りるその部屋について。聞くのはタダだ。

そして、その一言を言えるかどうかだけが、この長い制度の話の中で、あなたに残された唯一の主導権でもある。

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