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掲示板に現れた2036年の男――ジョン・タイターが残した年表と、二十五年経っても閉じない扉の話

西暦2000年の秋。アメリカの小さな掲示板に、ひとりの男が現れた。名乗りは「TimeTravel_0」。自分は2036年から来た、と男は書いた。この手の書き込みなんて、ネットの海にいくらでも転がっている。翌日には忘れられて終わるはずだった。

ところが、この男は消えなかった。四カ月にわたって質問に答え続けた。機械の図面を出し、写真を貼り、物理に詳しい連中を相手に一歩も引かず、未来の年表をぶちまけて、ある日ふっと消えた。

あれから四半世紀。予言はほぼ全部外れた。なのに、この話だけは死なない。日本にまで渡ってきて、アニメになって、いまだに「あれは何だったのか」と言われ続けている。ジョン・タイター。ネット時代最初の、そして今のところ最大の「未来から来た男」の話をしよう。

深夜の掲示板に、時間旅行者が現れた夜

最初の一発は、タイム・トラベル・インスティテュートという掲示板だった。一九九八年に立ち上がった、タイムトラベル好きが集まる小さなフォーラムだ。SF好き、物理かじり、陰謀論好き、そして暇人。そういう連中が「タイムトラベルは可能か」みたいなスレッドで延々やり合っている場所だと思ってくれればいい。

二〇〇〇年十一月二日、そこに「タイムトラベルのパラドックス」というスレッドが立っていた。TimeTravel_0というハンドルの新顔が、そこに書き込んだ。

いきなり「未来から来ました」と絶叫したわけじゃない。最初は淡々と、パラドックスの話に技術的な口をはさむ感じだった。ただ、その口ぶりが妙だったんだよな。「理論上は」ではなく「実際には」と書く。「そうなるはずだ」ではなく「そうなっている」と書く。そのうち彼は、自分は時間旅行の任務中で、この時代には立ち寄っているだけだ、と明かした。

面白いのは、彼が最初から「ジョン・タイター」ではなかったことだ。この名前が出てくるのは、二〇〇一年に入って活動の場をアート・ベルのポスト・トゥ・ポストBBSに移してからになる。

アート・ベルというのは、深夜のオカルト系ラジオ番組の大御所だ。UFOも幽霊も陰謀論も何でも来い、というアメリカの深夜電波の王様みたいな人。その番組の公式掲示板は、当時のオカルト界隈では一等地だった。二〇〇一年一月二十七日、そこに「私は2036年から来た」というスレッドが立つ。ここからが本番だった。

掲示板の住人が食いつき、質問が殺到し、彼は答え続けた。全部で八百近いレスがついたとも、彼自身の書き込みは七十五本ほどだったとも言われている。数字が伝聞で揺れているあたりが、もう何とも当時のネットらしい。

さらに遡ると、もっと薄気味悪い話がある。一九九八年七月、アート・ベルの番組宛てに匿名のファックスが届いていた。差出人不明。内容は「タイムトラベルは二〇三四年に発明された」というもの。掲示板にTimeTravel_0が現れる二年以上前の話だ。

このファックス版の彼は、二〇〇〇年問題を軸にした未来を語っていた。そして掲示板に現れた時には、そのY2Kの話はきれいさっぱり捨てられている。世界が二〇〇〇年一月一日を何事もなく通過してしまったからだ。設定を書き換えたな、という証拠でもあるし、二年越しで同じネタを温めていた執念の証拠でもある。どっちに読むかで、この話の見え方は真逆になる。

名無しが「ジョン・タイター」になった瞬間

彼の設定はやたら細かかった。

一九九八年生まれ。フロリダ州の出身。二〇三六年時点で三十八歳。所属はフロリダのマクディル空軍基地に置かれた部隊で、部隊名は「テンポラル・リコン」、つまり時間偵察隊。部隊章にはカー・ブラックホールを図案化したマークが入っていて、本人の言によれば「重力波を伴った目玉みたいに見える」代物。渦を巻く二本の線は、安全な航路と危険な航路を表しているらしい。

この、聞いてもいないのに出てくるディテールの過剰さが、彼の書き込みの体温だった。

任務内容もはっきりしていた。一九七五年に飛んで、IBM 5100というポータブルコンピュータを回収してくること。回収したら二〇三六年に持ち帰る。途中、二〇〇〇年の自分の家に立ち寄っている。そこには二歳の自分自身がいて、両親は彼の正体を知っている。

ここが個人的には一番ぞわっとするところだ。彼は掲示板で「今、俺は幼児の自分と同じ家にいる」と平然と書いていたわけだからな。ついでに父親がブルー・オイスター・カルトのファンだ、なんてどうでもいい話も落としていく。嘘をつくならもっと大事な嘘をつけよ、と言いたくなるくらい、生活の匂いのする情報を撒いていた。

感傷的な話もした。ジャクソンビルで脳腫瘍で死んだ、愛していた人のこと。祖父との一九七五年の約束のこと。未来の生活のこと。戦後の共同体では家族ごとに役割があって、彼の家はヨットでオレンジを運んでいる、とか。人口千人から四千人くらいの小さなコミュニティが分散して自治している世界。ディストピアなのに、なぜか妙に牧歌的な描写が混ざる。この、悲惨さと生活感のブレンドが、読み物としてやたら上手かった。

洗濯機の会社が作ったタイムマシン

彼のタイムマシンはC204型重力歪曲時間転移装置という名前だった。製造はゼネラル・エレクトリック。

この「大手電機メーカーが作った」という設定が、まず絶妙にダサくて、絶妙にリアルなんだよな。未来のタイムマシンが謎の宇宙文明製ではなく、洗濯機を作ってる会社の製品というのが。

構成部品の説明も細かかった。二基のマイクロ特異点を収める磁気ハウジング。質量と重力を変化させる電子注入マニホールド。冷却とX線排気の系統。重力センサーと可変重力ロック。四つのセシウム時計。三台の主コンピュータ。装置本体はおよそ二百二十五ポンド、百キロ強。ティプラー円筒に由来する正弦波状の時間場を発生させ、上向きスピンの二つのカー・ニューマン型ブラックホールを電源に使う。

車載式だった。一九七五年へ飛んだときは一九六七年型シボレー・コルベットのコンバーチブルに積んでいた。二〇〇〇年に来たときは一九八七年型の四駆のトラックに積み替えている。

彼は写真も出した。装置らしきものが写った不鮮明な画像。GEのC204仕様書と称する、「取扱注意」の判が押されたマニュアルのページ。部隊章の刺繍。当時のネット環境で見る低解像度の画像だ。ハッキリ写っていないぶん、こっちの脳が勝手に補完する。あれは意図的に不鮮明だったんじゃないかと今でも思う。

もちろん突っ込みは即座に入った。「コルベットって、それデロリアンのパクりでは」というのは掲示板の誰もが言った。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンが一・二一ジゴワット必要だという話も、タイターの説明にそのまま出てくる。未来から来た男の機械が、なぜ八〇年代のハリウッド映画と同じ数字を使うのか。ここで多くの人が「ああ、なんだ」と冷めた。

逆にここで「いや、映画の方が未来からの情報を受け取っていたのでは」と言い出す人も出た。この界隈は本当に元気だ。

IBM 5100――この一点だけが、いまだに薄気味悪い

タイター話の核心は、実はここにある。

彼の任務対象であるIBM 5100は、一九七五年に出た実在のポータブルコンピュータだ。ポータブルといっても二十五キロくらいある、持ち運べるミシンみたいな代物。

タイターは、この機械には公表されていない機能がある、と言った。IBM System/370というメインフレームをエミュレートでき、その機械語と、より新しい言語との間で翻訳ができる、と。二〇三六年の世界では、二〇三八年問題――UNIX時間が三十二ビット符号付き整数の限界を超えて破綻する、あの本物の問題――に対処するために、レガシーコードを読み解ける古い機械がどうしても必要だった。

だから一九七五年まで取りに来た、という筋書きだった。

で、ここからが厄介なんだ。この隠し機能、実在した。

当時のIBM技術者が、二〇〇一年の時点で「その機能は確かにあり、顧客向けの技術マニュアルには記載されていた」と証言している。一般には知られていない、しかし完全な秘密でもない、業界の内側にいれば辿り着ける知識。つまりタイターは、二〇〇〇年当時のインターネットで検索してポンと出てくる情報ではないことを、正確に知っていた。

これをどう読むか。信じたい側は「未来人でなければ知りようがない」と言う。冷めた側は「IBM関係者、もしくは古いコンピュータに詳しい人間なら知っている」と言う。個人的には後者だと思う。思うんだが、この一点があるせいで、タイター話は「よくできた与太話」の枠から半歩だけはみ出してしまった。全部が嘘くさければ笑って終われたのに、一箇所だけ本物の知識が混ざっている。混ぜ物の分量が絶妙すぎるんだよな。

二〇〇五年に内戦、二〇一五年に核。彼が語った年表

未来の年表は、彼が語ったもののなかで一番派手で、一番きれいに外れた部分だ。

二〇〇四年、大統領選をめぐってアメリカ国内が荒れ始める。彼の表現では「毎月ウェーコみたいな事件が起きて、それがどんどんひどくなっていく」。ウェーコというのは一九九三年にテキサスで起きた、カルト教団と連邦捜査機関の籠城戦だ。八十人以上が死んだ。あれが毎月起きる国、と言われた当時のアメリカ人読者の背筋の冷え方は、日本の読者が想像するより数段リアルだったはずだ。

二〇〇五年、内戦の火が本格的に点く。二〇〇八年には全面的な内戦に。都市は警察国家化し、内部抗争で崩れていく。合衆国は五つの地域に分裂し、それぞれに大統領がいる状態になる。二〇一一年に合衆国は解体、翌年には新しい連邦帝国が生まれる。

そして二〇一五年、ロシアの核攻撃によって第三次世界大戦が始まる。彼はこれを「N Day」と呼んだ。ワシントンD.C.とフロリダのジャクソンビルが消える。生き残ったアメリカの新首都はネブラスカ州オマハ。世界で三十億人が死ぬ。オリンピックは二〇〇四年のアテネが最後で、次は二〇四〇年まで開かれない。

ついでに彼は、狂牛病のこともよく口にしていた。共食いさせるような飼い方をした家畜の肉を食うな、と繰り返した。これは当時としてはそれなりに時勢に乗った話で、BSE騒動の真っ只中だったヨーロッパの空気が反映されている。

さて答え合わせだ。

二〇〇四年のアメリカは荒れた。荒れたが内戦にはならなかった。二〇〇八年も内戦は起きなかった。オリンピックは北京でもロンドンでもリオでも東京でも開かれた。二〇一五年に核は落ちなかった。合衆国は今日も一つのままだ。三十億人は死んでいない。全滅である。

例外的に「おっ」と思わせるものもある。二〇〇一年二月の書き込みでイラクの核兵器に言及していて、その後アメリカがイラクに侵攻したこと。CERNが高エネルギー物理で大きな成果を出すと言っていて、実際に二〇一三年にヒッグス粒子が確認されたこと。ただ、どちらも当時の新聞をよく読んでいる人間なら書ける範囲だ。イラクの大量破壊兵器はすでに国際政治の火種だったし、CERNの大型加速器計画は公開情報だった。

手品のタネがわかると、途端に安っぽくなるやつだ。

「お前らは羊だ」――未来人は俺たちを心底バカにしていた

タイターの文章の一番の特徴は、態度の悪さだったと思う。

未来から来た賢者が優しく諭す、みたいな空気はゼロだった。彼ははっきりこう書いた。未来ではお前たちのことなんて誰も好きじゃない、この時代は怠惰で自己中心的で、市民としての自覚が欠けた羊の群れだったと見なされている、と。

これがまた効くんだよな。予言者が優しいと嘘くさい。見下してくる予言者は、なぜか少しだけ本物っぽく見える。

彼は「目を覚ませ。頼むから。周りの標識をよく見ろ」と書いた。掲示板の住人に生存の心得を並べてやったこともある。素性の知れない肉を食うな。水の浄化と衛生の知識を持て。銃を扱えるようになれ。救急用品を揃えろ。百マイル圏内に信用できる人間を五人見つけろ。合衆国憲法を読め。食う量を減らせ。自転車と予備のタイヤを持ち、週に十マイルは走れ。いつでも避難できる心の準備をしておけ。

説教くさいのに、妙に実用的で、しかも当時のアメリカのサバイバリスト文化とぴったり噛み合っていた。

そして質問攻めに対して、彼は逃げなかった。物理の議論を吹っかけられても、機械の細部を突かれても、矛盾を指摘されても、必ず何かしら答えた。答えの中身が正しかったかどうかは別として、返答の速度と量が異様だった。

掲示板の空気を作るのは中身より頻度だ。彼は毎日そこにいた。だからみんな、彼を「実在する人格」として扱うようになっていった。これは今のSNSでも同じことが起きる。嘘の強度は、更新頻度で決まるところがある。

最後の一行が「ガソリン缶を積んでおけ」だった

終わり方が、また上手かった。

二〇〇一年三月、彼は帰ると告げた。任務は終わった。一九七五年でIBM 5100を回収し、二〇〇〇年から二〇〇一年のタンパで家族と過ごし、これから二〇三六年に戻る、と。最後の書き込みは三月二十四日。締めの一文は、こうだった。車が路肩で止まったときのために、ガソリン缶を積んでおけ。

未来の戦争でも、核でもない。ガソリン缶。この、あまりにも生活くさい別れの挨拶が、逆に忘れられない。予言者が最後に残した言葉が「ガス欠に気をつけろ」なんだよ。ずるい。

その二日前、彼はフロリダ州の公文書らしきものの写真を投稿していた。日付は三月二十六日。つまり投稿時点から三日後の未来の日付だった。これを「最後の証明」だと彼は言った。もちろん、日付の入った紙をこしらえるのは誰にでもできる。それでも当時の掲示板は騒然とした。

そして本当に、ぴたりと消えた。荒れることも、身内に正体をばらすことも、書籍化の告知を打つこともなく。この引き際の潔さが、後々まで信者を生む最大の要因になった。詐欺師なら儲けようとするはずだ、儲けようとしなかったから本物だ、という理屈。この理屈が後で盛大に裏切られるのだが、その話は後回しにする。

二・五パーセントの逃げ道――分岐世界という最強の言い訳

タイターは、予言が外れたときの保険を最初からかけていた。多世界解釈だ。

彼はこう説明した。現実は、全ての壁に鏡が張られた部屋のようなものだ。どの方向にも無限の部屋が続いている。自分が来たことによって、この世界線は彼の元いた世界線から一パーセントから二パーセントほどずれた。だから彼の語る未来は、この世界の未来と同じにはならない。

これ、反証不可能なんだよな。何が起きても「世界線が違うから」で終わる。二〇一五年に核が落ちなくても、彼の理屈では何の問題もない。オカルトの世界にはこの手の無敵理論がいくらでもあるが、二〇〇〇年の時点で量子力学の多世界解釈をこう使ってみせたのは、正直かなり早い。後年の創作が「世界線」という言葉を旗印にするようになった源流のひとつがここにある。

同時にこれは、彼の話の性質をよく表している。彼は予言者になろうとしていない。世界観の設計者になろうとしていた。予言なら当たり外れがある。世界観には当たり外れがない。彼が作ったのは占いではなく、参加型のフィクションの土台だった。

反証はいくらでもあった。それでも掲示板は止まらない

当時から冷静な指摘は山ほど出ている。デロリアンとの類似。Y2K的な発想の古さ。核戦争後の世界の描写が、七〇年代から八〇年代のサバイバル小説そのままであること。IBM 5100の重量が本人の言う値と食い違うという指摘。

そして最大の綻びが、機種名だ。

二〇〇〇年十月十四日に行われたとされるチャットのログでは、彼は回収対象を「IBM 5110」と四回も明言している。ところが十一月に掲示板で語り出したときには「IBM 5100」になっていた。この食い違いについて、彼は一度も公に説明していない。設定を詰めている途中で正しい型番に気づいて直した、と読むのがいちばん素直だろう。未来から来た軍人が、自分の任務対象の型番を間違えるとは考えにくい。

技術面でも、微小ブラックホールを二つ搭載して車のトランクに積む、という設定が現代物理でどれだけ荒唐無稽かは、当時から物理をかじった住人に散々つつかれていた。彼はそのたびに、未来の技術だから今の理論では説明しきれない、という方向へ話をずらした。逃げといえば逃げだが、この逃げ方も含めて彼はキャラクターとして一貫していた。

それでも掲示板は止まらなかった。むしろ反証が出るたびに議論が伸び、スレッドは伸び、人が集まった。ネットのコンテンツとして完璧だったんだよな。信じる側と疑う側が永久に噛み合い続ける燃料が、この話には最初から仕込まれていた。

正体は誰だ――弁護士と、その兄弟と、商標登録という生々しい足跡

さて、儲けようとしなかったから本物だ、という話の続きだ。

二〇〇三年九月十六日、フロリダ州キシミーで「ジョン・タイター財団」という営利法人が設立された。所在地は、実質的には借りている私書箱だけ。この財団が同じ年に出したのが『ジョン・タイター ある時間旅行者の物語』という本で、掲示板の書き込みに注釈をつけて編纂したものだった。現在は絶版で、古書市場ではとんでもない値がついている。財団はさらに、「JOHN TITOR」の名称と部隊章の意匠を商標として押さえた。

登録は二〇〇三年八月二十六日とされる。

二〇〇八年五月十九日、イタリアの公共放送のオカルト番組がこの件を調査報道として取り上げた。番組が雇った私立探偵のマイク・リンチは、公的記録のどこにも「ジョン・タイター」なる人物が存在しないことを確認し、財団の実態が私書箱だけのペーパーカンパニーであることを突き止めた。関連する接続元の記録も、キシミー周辺を指していた。

翌二〇〇九年、ネット上で偽情報を追いかけていた調査者ジョン・ヒューストン(ラジマスの名でも知られる)が、財団のCEOがフロリダの興行系弁護士ラリー・ヘイバーであると特定したと主張した。リンチもまた、ラリー・ヘイバーと、計算機科学者である彼の兄弟のリチャード・ヘイバーが、ジョン・タイターの背後にいる人物である可能性が非常に高い、と結論づけたと報じられている。

ヘイバー兄弟にはIT畑の人間が複数いて、ジョン・リック・ヘイバーやモリー・ヘイバーといった名前も取り沙汰された。モリー・ヘイバーはサイバーセキュリティ業界でよく知られた人物で、関与を明確に否定している。ラリー・ヘイバー本人も一貫して、自分が書いたのではないと言い続けている。

ここは断定しないでおく。あくまで「そう主張された」「そう報じられた」という話だ。

ただ、動かせない事実として残るものはある。ジョン・タイターという名前と紋章に商標を持ち、書籍を出し、権利を管理している法人が実在し、その代表が弁護士である、ということ。無償の伝説であったはずのものが、知的財産として囲われている。この構図の生々しさが、多くの人の熱を一気に冷ました。

しかも興味深い解釈がある。財団を挟むことで、著作権の譲渡と秘密保持の契約が成立し、たとえ裁判になっても本当の書き手の名前は出てこない仕組みになっている、という見方だ。もしそれが意図されたものなら、この匿名性の設計こそがタイター事件で一番技術的に洗練された部分ということになる。タイムマシンより契約書のほうがよくできていた、というオチだ。呆れるほかない。

「あれは文学実験だった」と言い出した男

二〇一八年、マルチメディア作家のジョセフ・マシーニーが、自分はジョン・タイターの件でコンサルタントを務めた、と語り出した。彼によれば、タイターは「文学実験として作られた物語」であり、その企画は、彼が以前に手掛けていた「オングズ・ハット」という試みを観察していた人々によって立ち上げられたという。

オングズ・ハットというのは、九〇年代初頭のネットに撒かれた偽ドキュメントの連鎖だ。ニュージャージーの実在の地名を舞台に、次元移動装置を開発したカルト的な集団の話が、あたかも本物の内部文書のように流通した。今で言う代替現実ゲーム、いわゆるARGの原型のひとつとされている。作り手が正体を隠し、断片を撒き、受け手が勝手に真相を追いかけて物語を完成させる。この形式だ。

マシーニーの言い分どおりなら、ジョン・タイターはオングズ・ハットの直系の子孫ということになる。彼はまた、ラリー・ヘイバーに書籍の販売をやめるよう働きかけた、これは楽しい実験であって商売にするつもりのものではなかった、とも語っている。ヘイバー側はそんな接触は受けていないと否定している。関係者の証言が正面からぶつかっているわけだ。二十五年経っても誰の話も一致しない。

この不一致っぷりが、逆にこの事件のいちばん人間くさいところでもある。

証言その一――パメラという女、一九九八年の夢、ラベルの切れ端

タイター事件には、単なる観客ではない証人がいる。パメラ・ムーアという女性だ。

彼女はタイム・トラベル・インスティテュートとポスト・トゥ・ポストの両方に出入りし、UFO系のチャットルームでも彼と話し、掲示板の外でも電子メールをやり取りしていた。タイターにいちばん近かった人物と言っていい。彼女は掲示板の連中の質問を取りまとめて彼に投げ、返ってきた答えを掲示板に流す、いわば中継役でもあった。あの生存の心得十カ条をまとめたのも彼女だ。

彼女の証言で一番おかしいのは、出会いの順番だ。彼女は一九九八年に、時間旅行についての詳細な夢を見ていたという。タイターがネットに現れる二年前だ。二〇〇〇年に彼と遭遇したとき、自分の夢と彼の語る内容が一致していることに気づいて、それで執拗に質問を続けたのだと彼女は言う。「私が彼にしていた質問と、彼の答え。それが、あの夢で見たものそのものだった」。

物証もある。タイターは彼女に、IBMの機械のラベルの切れ端を郵送した。消印はオーランド。差出人の住所は書かれていなかった。彼女はその切れ端を保管し、後年、研究者に写真を提供している。ただし彼女の記憶では、それは5100ではなく5110のラベルだったという。ここでもまた例の型番のブレが顔を出す。偶然にしてはできすぎだ。

そしてもうひとつ、「秘密の歌」の話がある。本物の彼だけが答えられる合言葉として、ある曲名が取り決められていた。彼女はその曲名を二十五年間、誰に聞かれても明かさなかった。あるロックバンドの曲だという噂が長く流れたが、本人は否定している。後年に財団経由で届いた献辞入りの本には「Trism」という曲が記されていて、彼女はそれを、夜の闇を時間旅行する男の歌だと解釈している。

彼女自身、後年の「ジョン」の文章は最初の頃の彼と文体が違う、と言っている。同じ名前を名乗る複数の人間とやり取りしていた可能性がある、というわけだ。信じ切っているわけでも、切り捨てるわけでもない。二十五年間そのままの姿勢でいる。この宙ぶらりんの証言者がひとりいることが、この話の輪郭をずっと曖昧なままにしている。

証言その二――母を名乗る「ケイ」と、二〇一六年に届いた小包

二〇〇三年以降、ラリー・ヘイバーは奇妙な立場を表明し続けている。自分はジョン・タイターの母親である「ケイ」の代理人だ、というのだ。

ケイという人物の実在は、誰にも独立に確認されていない。公的記録にも出てこない。それでもヘイバーは、深夜のオカルト系ラジオ番組に何度も出演しては、依頼人の意向を代弁してきた。プライバシーを何より重んじるはずの依頼人が、代理人のメディア露出には何も言わない。ヘイバー本人は「楽しいからやっている。ケイも知っているが、やめろと言われたことはない」と語ったとされる。

依頼人がネブラスカ州オマハに住んでいるという話も出た。オマハというのは、タイターが「核戦争後の新首都」と名指しした街だ。設定に忠実すぎて笑ってしまう。

そして二〇一六年九月、パメラ・ムーアのもとに、ヘイバー経由でケイからの小包が届いた。中身は、ケイからの手紙と、ジョンからの二枚の手紙。ジョンの手紙にはこう書かれていたという。あなたの尽力が、私が家に帰る機会を得るうえで重要な役割を果たしたことを知っておいてほしい。

事件から十五年後に、消えたはずの本人から礼状が届く。オカルトとして満点の展開だ。同時に、権利を管理する法人の代表を経由して届いた手紙にどれだけの意味があるのかと考えると、途端に興が冷める。この落差そのものが、ジョン・タイターという現象の縮図みたいなものだと思う。

証言その三――まだ信じている側の人たち

三つ目は、特定の一人ではなく、ある層の証言だ。

タイターの物理説明や軍事描写を、二〇〇一年当時から真面目に検証し続けている人たちがいる。アマチュア無線家や元軍人、通信技術者といった、実務の手触りを持った人たちだ。たとえばリック・ドナルドソンのように、長年ネットに検証記事を書き続けている人物がいる。

彼らの言い分は「タイターは本物だ」ではない。「素人の思いつきにしては、書き方の細部がまともすぎる」なのだ。

無線や軍のドキュメントに触れてきた人間から見ると、タイターの文章は「軍隊の報告書を書き慣れた人間の癖」を持っている、という指摘がある。淡々と手順を書く。感情を後ろに置く。数字を先に出す。聞かれていない仕様を補足する。ネット上のなりすましの大半は、この種の文体の癖を模倣しきれない。だからこそ彼らは、書き手が完全な素人ではなかったと考える。

もっとも、それは「未来人である」ことの証明ではなく、「兵役経験のある大人が書いた」ことの傍証にしかならないんだけどな。

もうひとつ、この層が繰り返し言うのは、IBM 5100の件だ。あれを知っていた事実だけは、どんなに冷めた検証をしても消えない。だから彼らは、タイターを「未来人」ではなく「異様に準備の良い誰か」として追い続けている。この、信仰でも嘲笑でもない態度の人たちが一定数いることが、この話を二十五年間生かし続けてきた。

日本上陸――オカルト板から『シュタインズ・ゲート』まで

日本に来た経路は、実に日本らしかった。

二〇〇一年前後、二ちゃんねるのオカルト板やUFO関連の板に、海外掲示板の翻訳をやる住人がいた。当時の翻訳スレッドの空気を覚えている人ならわかると思うが、有志が原文を拾ってきて、拙い訳をつけて貼る。訳が微妙だと別の住人が直す。そのうち「これタイターって奴の書き込みらしい」という形で断片が広まっていった。

全訳を読んだ人間はほとんどいない。断片が、断片のまま伝播した。この伝わり方が効いている。文脈が削れて、印象的なフレーズだけが残る。二〇一五年に核。オリンピックは二〇〇四年で終わり。世界線。IBM 5100。ネットミームとして、これ以上ないくらい持ち運びやすい形に圧縮されたわけだ。

本格的な上陸は書籍だった。二〇〇六年に日本語の単行本が出て、オカルト・ミステリー好きの層に一気に広がる。テレビでも扱われ、二〇〇八年十月四日放送のドラマ『ガリレオΦ』では「二〇三六年から来た未来人」への言及があった。

そして決定打が二〇〇九年十月十五日発売のゲーム『シュタインズ・ゲート』だ。作中には「ジョン・タイター」を名乗る掲示板の書き込み手が登場し、世界線の分岐という概念が物語の骨格そのものになっている。作中の重要アイテム「IBN5100」に至っては、名前を一文字いじっただけの直球のオマージュだ。この作品はアニメ化も映画化もされ、国内外で爆発的に広まった。

結果として、原典を知らない世代が「ジョン・タイター」という名前だけを知っている、という妙な状態が生まれた。二〇一六年には自動車メーカーの広告キャンペーンでも紹介されるところまで行った。オカルトが完全に一般教養の側へ滲み出た瞬間だ。

二〇六二年から来た男と、無数の子タイターたち

タイターが残した最大の遺産は、予言ではなく「フォーマット」だと思う。掲示板に未来人として現れ、質問に答え続け、期限を切って消える。この型ができてしまった。

日本で一番有名な後継者が「二〇六二年から来た未来人」だ。二〇一〇年十一月から十二月にかけて、二ちゃんねるのオカルト板に「二〇六二年から調査のために来たただの男」と名乗るスレッドが立った。日本人男性、氏名も年齢も住所も非公開。彼は住人の質問に答えながら、任務の詳細をぼかし、人口動態に影響する情報は出せないという制約を自分に課していた。この「制約を自分に課す」という振る舞いが、いかにもタイターの子だ。

彼が有名になったのは、二〇一一年三月の地震を暗号めいた形で警告したとされる書き込みのせいだ。「山に登れ」。東日本大震災の後、この書き込みが掘り返されて一気に伝説になった。その後、二〇一一年七月と二〇一二年十二月に再登場し、自分の体感では前回から五日しか経っていないと語り、同僚の救出作戦の話をし、海釣りや鰻の蒲焼といった生活の話までした。

ちなみに住人の間では「二〇一〇年の書き込みだけが本物で、それ以降は騙りだ」という見立てが根強い。本物と偽物の議論が起きること自体が、タイター形式の完成度を証明している。

韓国発のタイムトラベラー話もある。世界各地の掲示板に同じ型の未来人が湧いた。誰かが「未来から来た」と書き、住人が矛盾を突き、その人物が世界線の違いで応じる。この一連の様式は、もうネット民俗のひとつの型として定着したと言っていい。

派生といえば、タイター自身にも別バージョンがある。一九九八年のファックス版だ。あれはY2K崩壊を軸にした未来を語っていた。掲示板版が語ったのは内戦と核戦争の未来で、Y2Kの話はほぼ消えている。同じ書き手が二年かけて設定を差し替えたのだとすれば、これは初期稿と決定稿の関係にある。オカルトの世界で「初期稿が残っている」ケースはかなり珍しい。

もうひとつの別バージョンは、後年に財団経由で現れる「帰還後のジョン」だ。パメラが指摘した文体の違いを踏まえると、これは同一人物ではない可能性が高い。つまりジョン・タイターというキャラクターは、少なくとも三つの版が存在する。原型、掲示板版、そして権利者版だ。

なぜこれは怖いのか、なぜここまで広まったのか

怖さの正体は、予言が当たったことじゃない。予言はほぼ全部外れた。怖いのは、書き込みの温度だと思う。

彼は世界の終わりを、興奮せずに書いた。三十億人が死ぬ話を、ガソリン缶の話と同じトーンで書いた。カルト的な救済も約束しないし、金も取らない。ただ「そうなるよ」と言って、質問に答えて、消えた。人間は、感情を込めて脅されると身構えるが、淡々と事務的に語られると防御が遅れる。あれは文体の暴力だ。

もうひとつは、こちらが参加させられている感覚だ。この物語は、読者の質問なしには成立しなかった。掲示板の住人が投げた問いに彼が答えることで、設定が増え、世界が育っていった。読者が共犯者になっている。だから「あれは嘘でした」と外から言われても、簡単には手放せない。自分が作った部分が混ざっているからだ。

ARGの原理そのものだが、タイター事件はそれを、誰もARGという言葉を知らない時代に、掲示板一つでやってのけた。

そして、時代の空気。二〇〇〇年と二〇〇一年のアメリカだ。Y2Kの緊張がほどけた直後で、大統領選の開票が泥沼になり、社会の分断が可視化され始めていた。九月十一日はまだ来ていない。誰もが漠然と「何かが崩れる」と感じていたが、その形がまだ見えていなかった。そこに、崩れ方の詳細な設計図を持ってきた男が現れた。当たっていたかどうかより、輪郭を与えたことが受けたんだと思う。

人間は、正体不明の不安より、名前のついた恐怖のほうを好むから。

最後に、消え方だ。彼は自分の物語を、自分で閉じた。ネットの怪談の九割は、飽きられて自然消滅する。書き手が飽きるか、住人が飽きるか、荒らしに潰される。タイターは違った。終了予告を出し、最後の一言を残し、二度と戻らなかった。開かれたままの扉より、静かに閉められた扉のほうが怖い。あれから二十五年、誰も本人だと名乗り出ていない。金の匂いのする法人は現れたが、書き手本人は出てこない。

この沈黙が、いまだに一番よくできた仕掛けなんだよな。

未来の資料としては役立たず、過去の資料としては一級品

ここまで書いてきて、あらためて思うことがある。ジョン・タイター事件でいちばん興味深いのは、未来の情報ではなく、二〇〇〇年という時代の情報だということだ。

彼が語った未来を裏返すと、当時のアメリカ社会の恐怖の目録がそのまま出てくる。ウェーコ事件とオクラホマ爆破事件の記憶。連邦政府への不信。銃と自警の文化。共食い飼料と狂牛病。冷戦が終わったのに消えないロシアの核。そしてY2Kで一度は肩透かしを食らった「技術による文明崩壊」への期待と失望。

タイターの年表は、予言というより、当時のアメリカ人の悪夢を丁寧に並べ替えた目録だ。だから当時の読者にはあれほど刺さった。未来を見せられたのではなく、自分の不安に整理番号を振ってもらったからだ。二〇二六年の今から読み返すと、外れた予言の一つ一つが、あの頃の空気の化石として見える。オカルトの記録は、未来の資料としては役に立たないが、過去の資料としては一級品だという典型例だと思う。

技術面での評価も、二十五年経つとだいぶ整理がついた。彼のタイムマシン描写は、その後の物理学の進展でますます苦しくなっている。マイクロブラックホールを車載する話は、当時から荒唐無稽だったが、今はもっと荒唐無稽だ。

一方でIBM 5100の件は、いまだに評価が動かない。あの隠し機能の知識は、二〇〇〇年当時のウェブ検索では簡単には出てこないが、業界に属していれば届く範囲にある。つまりあれは「未来人の証拠」ではなく「玄人の証拠」だ。書き手が計算機の歴史に相当詳しい大人だった、という一点は、ほぼ動かないだろう。

そして正体候補として名前が挙がってきた人々のなかに計算機科学の専門家が複数含まれているという事実は、その線をきれいに補強する。断定はしない。しないが、この符合はよくできている。

タイムマシンより、法務のほうが完成度が高かった

そして権利の話だ。個人的には、この事件の後日談で一番ぞっとするのは核戦争ではなく、商標登録のほうだ。

名もない誰かが掲示板に撒いた匿名の物語が、三年後には法人の資産になっていた。名称と紋章が商標で押さえられ、書籍が売られ、代理人がラジオでしゃべる。伝説が財産に変わる過程が、ここまできれいに書類として残っている例は珍しい。しかも、その法人構造そのものが、真の書き手の匿名性を法的に守る盾として機能している可能性が指摘されている。

つまり、この物語の最後の仕掛けは、時間旅行の理論ではなく契約書だったのかもしれない。オカルトの終着点が知的財産管理だというのは、二十一世紀らしすぎる結末だ。

その上で、じゃあ全部くだらないかというと、そうも思わない。

ジョン・タイター事件が発明したのは、「参加できる怪談」という形式だ。それまでの都市伝説は、語り手から聞き手へ一方向に流れるものだった。友達の友達が体験した、という形で。タイターは違った。聞き手が質問し、語り手が答えることで、物語が伸びていく。読者が設定を要求し、書き手がそれに応える。この双方向性が生む没入感は、書物にも映画にも出せないものだった。

今日のネットに溢れる、コメント欄で育っていくタイプの創作の直系の祖先が、あの掲示板にいる。

だからこの話は、信じるか信じないかという軸だけで語るともったいない。あれは、インターネットという新しい媒体が、自分に何ができるかを発見した瞬間の記録だ。作者が消え、権利者が現れ、二次創作が世界中に散らばり、原典を読んでいない人が名前だけを知っている。物語がインターネット上でどう生き延びるかの、最初のフルコース。書いた本人がそこまで意図していたとは思わない。

マシーニーの言うとおり文学実験だったとしても、実験は制御を離れて勝手に育った。実験の結果が二十五年後に日本のアニメになって世界中に配信されているなんて、二〇〇〇年の書き手が想像できたはずがない。

最後に、少しだけ怖い話を置いておく。

彼は二〇三六年から来たと言った。今は二〇二六年だ。彼の言う世界線ではとっくに核が落ちて、アメリカが分裂して、世界人口が激減している時期にあたる。もちろん、そんなことは起きていない。彼の未来はもう完全に無効だ。だが彼が用意した二・五パーセントの逃げ道は、二十五年経っても閉じない。何が起きても、起きなくても、「世界線が違う」で説明がついてしまう。反証できない物語は、死なない。

あの男が本当に置いていったのは、未来の年表ではなく、絶対に死なない形式のフィクションだったんじゃないか。そう考えると、掲示板から静かに消えていったあの手際が、いまさらながら少し怖い。ガソリン缶を積んでおけ、という最後の一行を思い出すたびに、こちらの背中のあたりが妙にざわつくのだ。

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