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ジョプリン竜巻の「バタフライピープル」――161人が死んだ日、子どもたちが見た羽ある光

午後5時41分、空が牙を剥いた

2011年5月22日、日曜日。ミズーリ州南西部の街ジョプリンは、いつもと変わらない春の午後を過ごしていた。教会帰りの家族連れ。日曜学校を終えたばかりの子どもたち。ホームセンターで買い物をする主婦たち。その平穏が一変したのは午後5時34分だった。

街の西側で発生した渦が、みるみるうちに幅1.6キロメートルの巨大な楔形へ育つ。5時38分には最大瞬間風速300キロメートルを超えるEF5規模に達した。竜巻は38分間、22マイル、およそ35キロにわたって地表を這った。5時38分から6時12分の間に、街の南半分が文字通り消えた。7000棟を超える住宅・建物が全半壊し、死者161人、負傷者1000人以上。アメリカ史上最悪クラスの単一竜巻災害である。

そしてこの日、瓦礫の中から生還した複数の子どもたちが、不思議な存在について語り始めた。後に「バタフライピープル(蝶々人間)」と呼ばれることになるものだ。

14歳だったエミリー・ハドルストンは、竜巻に車ごと巻き上げられ、数百ヤード先に叩きつけられた。脚が瓦礫に貫かれる重傷を負い、その後何週間もの治療と何カ月もの回復期間を要している。彼女の証言で注目されているのは、竜巻の最中ではなく、その後の療養中の出来事だ。その夏じゅう、なぜか本物の蝶が繰り返し彼女のもとを訪れ、傷ついた身体にとまり続けたという。

別の場所では、3歳と4歳の幼い息子二人を連れた父親が、逃げ込む間もなく竜巻の直撃を受けた。強風で靴底が根こそぎ剥がされるほどの暴力的な風。それなのに父子には奇跡的に目立った外傷がなかった。二人の男の子は口を揃えて、頭上に羽のある存在たちが覆いかぶさるようにして自分たちを守っていたと語った。

現場に居合わせたある看護師は、母子が身を寄せ合う頭上に、ローブをはためかせた背の高い人影が浮かんでいるのを目撃している。「この世のものではないと直感で分かった」と証言した。ある母娘は、母親が娘をかばうように覆いかぶさった瞬間、娘が「蝶の人」に守られている感覚を覚えたと語る。

日曜学校のクラスに通っていた11歳の少年も、まったく別の場所、別の時間でありながら、同じように羽のある光る存在を見たと証言した。

互いに面識のない、年齢も地区も異なる子どもたちの証言が、示し合わせたわけでもないのに驚くほど似通っていた。この一致こそが、バタフライピープルの物語を一過性の噂話から、街全体の記憶へと押し上げた。

発祥は地元紙の特集記事だった

この物語がネット上の都市伝説として広く知られるようになった直接の起点は、地元紙セントルイス・ポストディスパッチの記者トッド・C・フランケルが2011年12月に発表した特集記事だとされている。

フランケルは竜巻から半年が経過した同年12月、ジョプリンに現地取材に入った。生存者、カウンセラー、セラピスト、牧師、そして子どもの親たちに直接話を聞いて回っている。彼が最初に情報をつかんだきっかけの一つは、義援金配布センターでボランティアをしていたマーシャ・シェロッドの証言だった。

シェロッドは配布センターで被災者から偶然この話を聞いた。半信半疑のまま、自分が日曜学校で受け持っていた11歳の少年に確認してみる。すると少年は事もなげに「もし彼女が見たものを僕も見ていたら、彼女はきっと分かってくれる」と応じ、自分もあの夜バタフライピープルを見たのだと打ち明けた。

ジョプリン児童トラウマ治療センターの臨床責任者ドーニエル・ロビンソンも、複数のセラピストがカウンセリングセッションの中で子どもたちから同様の証言を直接聞いていたことを認めている。「年齢も地区も背景もばらばらな子どもたちから、横断的にこの話が出てきた」。証言の広がり方の異様さをそう語った。

元新聞記者でジョプリン在住のマルタ・チャーチウェルも独自に証言を集め、「互いに面識のない多くの子どもたちがよく似た話をしている以上、頭ごなしに否定することはできない」という立場を取っている。

つまりこの物語は、匿名掲示板発の噂ではない。災害トラウマケアの現場という極めて公的な文脈から自然発生的に浮上し、それを取材したジャーナリストの記事を通じて全米に拡散した。都市伝説としてはかなり珍しい成立過程を持っている。

天使、蝶、それともUMAか

物語が広まるにつれ、語り手によって微妙にニュアンスの異なるバージョンが並存するようになった。

最も多いのが守護天使バージョンだ。ジョプリンはバイブルベルトに位置する敬虔なキリスト教信仰の地域である。だから子どもたちの証言は、しばしば「天使」という言葉で語られる。

次に蝶そのものバージョン。羽のある人型の存在というより、竜巻の後に異常なほど蝶が生存者にまとわりつくという、エミリー・ハドルストンの体験に近い現象面を強調する語られ方だ。

三つ目が、インターネットのクリプティッド(未確認生物)文化の中で独自の発展を遂げたUMA的バージョン。Cryptid WikiやHeroes Wikiといった海外の考察系まとめサイトでは、バタフライピープルはモスマンなどと並ぶ「災害と結びついた謎の存在」に分類され、独立したキャラクターとして扱われている。

四つ目は科学的説明を試みるプラズマ現象仮説バージョンだ。ライターのマイケル・フォーサイス・ロビンソンらが提唱している。竜巻内部で発生する静電気や放電現象、閃光や砂塵が渦を巻く様子が、極度のパニック状態にある脳内で「羽ばたく光る人影」として再構成された可能性を指摘する立場である。

同じ現象を語りながら、信仰、驚異、懐疑という三つのレンズを通すことで、これほど表情の違うバージョンが同時多発的に生まれた。そこがこの都市伝説の一番面白いところだ。

目撃者たちの証言を、もう一度生々しく

看護師の証言を詳しく再構成すると、こうなる。竜巻が直撃する直前、彼女は避難してきた母親と幼い子どもの傍にいた。轟音と暗闇の中、視界の端に何かが浮かび上がる。ローブのようなものをはためかせた、異様に背の高い人影。それが母子の頭上にいた。恐怖よりも先に「この世のものではない」という確信にも似た違和感が全身を貫いたと彼女は振り返る。竜巻が過ぎ去った後、母子には奇跡的に大きな怪我がなかった。

エミリー・ハドルストンの体験は、もっと長期にわたる不気味さを帯びている。竜巻に車ごと吹き飛ばされ、瓦礫に脚を貫かれる重傷を負った彼女だが、退院後の療養期間中、なぜか本物の蝶が繰り返し周りに現れ続けた。一度や二度ではない。その夏を通じて何度もだ。周囲の大人たちはこれを偶然と片付けようとした。だが彼女自身は「あの日、自分を助けてくれた何かとのつながりを感じる」と語っている。

3歳と4歳の男の子二人を連れていた父親の証言も忘れがたい。突風で自分の靴底が根こそぎ持っていかれたのに、家族全員が無傷だった。その物理的な異様さと、幼い息子たちが口をそろえて「羽のある人たちが上から守ってくれていた」と語る証言の一致。彼にとって説明のつかない出来事として、今も記憶に残り続けているという。

ネットでは、感動と懐疑が真っ二つ

海外の懐疑論系フォーラム「スケプティックフォーラム」では、この現象は「極限のストレス下における集団的な知覚変容の典型例」として、心理学的な観点から議論されてきた。同様の災害時の守護者ビジョンが9.11同時多発テロの生存者証言の中にも報告されていたことを引き合いに出し、宗教的シンボルが極限状況下でどう実体化して知覚されるかという議論が繰り返されている。

Redditのパラノーマル系コミュニティやR/HighStrangenessでは、この話題が再燃するたびに応酬が起きる。「これは集団ヒステリーだ」とする懐疑派と、「あれだけ独立した証言が一致するのは不自然すぎる」とする擁護派。どちらも譲らない。

監督グレゴリー・フィッシュによるドキュメンタリー映画『The Butterfly People』は映画祭で最優秀長編映画賞を受賞した。YouTube上の予告編やインタビュー映像のコメント欄には「涙が止まらない」「これは都市伝説というより、街の祈りの記録だ」といった感動系のコメントが並ぶ。

日本語圏では、TOCANAやwebムーがこの話題を取り上げ、「災害時に多数の子どもが目撃した守護天使」という切り口で紹介したことで一定の認知が広がった。コメント欄には「素直に泣ける話」「モスマンみたいな不吉な予兆系じゃなくて、守護者系なのが珍しい」といった声が目立つ。

5ch系のオカルト板では「アメリカの災害系怪談はキリスト教文化がベースにあるから日本の口裂け女とかとは方向性が違って新鮮」という、文化比較的な視点からのコメントも見られた。

街は本当に、蝶を復興のシンボルにした

バタフライピープルの物語は、怪奇現象の噂として消費されただけでは終わらなかった。ジョプリンという街の復興そのものと、固く結びついている。

2011年、アーティストのデイヴ・ローウェンスタインが手がけた壁画「The Butterfly Effect: Dreams Take Flight」の制作には、200人を超える市民ボランティアが参加した。その多くは子どもたちだった。ここが興味深い。彼らは事前にバタフライピープルの話を聞かされていなかったにもかかわらず、自発的に蝶のモチーフを描き始めたという。

2014年には市が正式に復興のシンボルとして「バタフライガーデン・アンド・オーバールック」という記念公園を開設した。以降、街の至るところで蝶をモチーフにしたデザインが採用されている。復興10周年、12周年といった節目には、地元メディアがバタフライピープルの証言をあらためて特集する慣習も定着した。単発の噂話にとどまらず、災害コミュニティの集合的記憶として制度化された、かなり稀有な事例である。

同種の災害時の守護者ビジョンは、世界各地の大規模災害でも報告されてきた。代表格が第一次世界大戦中の1914年、退却するイギリス軍を守ったとされる光の存在の目撃談、「モンスの天使」伝説だ。極限状況における集団的な視覚体験と、それが後世に語り継がれる社会的なメカニズム。この二点で、ジョプリンの事例とモンスの天使は驚くほど多くの共通点を持っている。

バタフライピープルの正体が知覚変容なのか、宗教的な象徴の投影なのか、それとも本当に何かがいたのか。その答えが出ることは、たぶんこの先もない。ただ、この物語が、瓦礫の中から立ち上がろうとするジョプリンの人々にとって歩みを進めるための拠り所であり続けたことだけは、疑いようのない事実として街の記憶に刻まれている。

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