奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

カゴカキ

全員が右を向いたまま、城下町を進んでくる駕籠

二百年以上前、岡崎の城下町がいちばん賑わっていた頃の話だという。三河の要衝だった岡崎城下は、東海道の宿場町でもあった。旅人と商人がひっきりなしに行き交う。荷を担ぐ人足がいて、人を乗せて走る駕籠かきがいる。そういう景色が毎日そこにあった。城下の道は、敵が攻めてきたときに真っ直ぐ突っ込めないよう、何度も直角に折れ曲がっている。だから駕籠も、角を曲がるたびに見えたり消えたりしながら近づいてくる。

その雑踏に、ときどき妙な一行が混じる。そんな噂が立ちはじめた。

前で担ぐ人足も、後ろで担ぐ人足も、そして駕籠の御簾の隙間から覗く身分ありげな客の横顔も。全員が、判で押したように右を向いている。進行方向を見ている者が、ひとりもいない。首だけを揃えて右へ向けたまま、足取りだけは迷いなく、まっすぐ城下の道を進んでくる。

町の人たちも、最初は気にも留めなかったらしい。ただ、すれ違うたびに、つい自分もつられて右を見てしまう者が出てくる。何を見てるんだ。よっぽど珍しいものでもあるのか。そう思って店先や路地の奥まで目を凝らす。

だが、何もない。いつも通りの町並みが続いているだけだ。

おかしいな、と思って振り返る。駕籠の一行はまだ同じ姿勢のまま、何事もなかったように遠ざかっていく。

どこで客を乗せたのか。これからどこへ向かうのか。そもそもあの駕籠に乗っているのは誰なのか。誰も答えを持っていなかった。見たという者は少しずつ増え、いつしかその一行は城下の語り草になった。つまり、怪異になった。

駕籠が消えても、右を向くものは消えなかった

時代が下って明治になり、駕籠は道から姿を消す。人力車が取って代わり、やがて自動車の時代が来る。それでも「右を向くもの」は消えなかった、というのがこの話の肝だ。

現代。愛知県内のある道路を車で走っていた人が、対向車線から来る工場の送迎バスらしき車両とすれ違った。

まず目に入ったのが、運転手の姿だった。前を見ていない。首を右に向けたまま、視線を進行方向に一切向けずにハンドルを操っている。危険運転だろ、と身構えた次の瞬間、窓越しに車内が見えた。

作業員らしき人たちも、一人残らず右を向いていた。誰も前を見ていない。こちらを見ている者もいない。

すれ違う一瞬、目撃者の耳の奥に読経が響いた。低く、途切れることのない声明のような響き。エンジン音にかき消されることもなく、頭の中に直接流れ込んでくる。バスは速度を緩めず、何事もなかったように走り去った。

二百年前に城下町を進んでいたあの駕籠が、乗り物の姿だけ変えて、今も同じ客を運び続けているのかもしれない。語り手はそう結んでいる。

元をたどると、投稿されたのは2015年前後だった

この話が世に出たのは2015年前後だ。『洒落怖』――「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」系のスレッド群のうち、実質Part328と呼ばれるスレッドに投稿された短編として伝わっている。流通している題は「右を向く」。「カゴカキ」という呼び方は、物語の起点になる江戸期の駕籠かきに着目した通称だ。

冒頭で「少なくとも二百年以上前」と時代を提示してくる。ただ、古文書の名前も、採録した人物も、藩政資料への言及も、一切ない。だから素性としては、匿名掲示板に投稿された創作・伝聞として扱うのが妥当なところだ。

面白いのは舞台の選び方なんだよな。岡崎は徳川家康の生誕地で、江戸時代には東海道五十三次の三十八番目の宿場・岡崎宿として大いに栄えた土地だ。しかも城を守るために道をわざと何度も直角に折り曲げた町割りが今も残っていて、「岡崎二十七曲り」と呼ばれている。見通しの悪い道が延々と続く構造。突然現れて突然消える怪異を置くには、これ以上ないくらい都合のいい舞台だ。

現代パートの「愛知県のある道路」については、市町村名も、送迎バスの運行会社も、路線名も伏せられたままだ。特定を避けつつ実在感だけを演出する。匿名掲示板の怪談では、これは定番の手つきである。

バージョン違いを並べると、変わる部分と変わらない部分が見えてくる

いちばん基本的な派生の軸は、時代設定だ。江戸期の駕籠かきと客が全員右を向いて進む原型に対して、現代版では乗り物が工場の送迎バスになったり、路線バスになったり、作業員輸送用のワゴン車になったりする。

ただ、どのバージョンでも絶対に崩れない一点がある。乗り物を操る側――駕籠かきや運転手までもが、進行方向を見ずに右を向いていることだ。本来ならありえない運行が、事故も起こさず成立してしまっている。この不可能性がこの話の核なので、ここだけは誰も削らない。

もう一つの分岐は、一行が向いている右側に何かが見えるかどうか。よく語られる代表的な原話では、目撃者がつられて右を見ても何もない。だが一部の派生では、右側の路地の奥にぼんやりした人影や、古い建物の跡のようなものが一瞬だけ見えるとする再話もある。こちらは「一行が見ているものの正体」に説明をつけようとした方向の改変だ。

読経についても揺れがある。原型では現代のバスとすれ違った瞬間にだけ響くが、一部の語りでは江戸期の駕籠とすれ違ったときにも同じ音が聞こえたことになっている。時代をまたいで一貫した怪異へと組み直した形だ。

呼び名も統一されていない。「右を向く」「カゴカキ」「右向きのバス」。正式名称というものが存在しない。まとめサイトやSNSを介して再拡散されるうちに、話の核である現象そのものより、語りやすい見出しやタグのほうが先に定着していく。現代の怪談が抱えている癖が、そのまま出ている。

「静かだったのを覚えている」――語られる目撃譚

類話として語られる目撃譚がいくつかある。ひとつは、深夜の国道を走行中に対向車線の大型バスとすれ違ったという話だ。「ヘッドライトの光の中で、運転席の窓が異様に静かだったのを覚えている。普通なら運転手の顔がちらっと見えるはずなのに、その時は誰も前を見ていない気配だけがあって、確かめる間もなくすれ違ってしまった」。この人はすれ違った直後にバックミラーを見たが、後続車の姿はどこにもなかったという。

もうひとつは、工場地帯の道路脇で信号待ちをしていたときの証言だ。「窓の外から中を見たら、座っている作業服の人たち全員が、判で押したように同じ方向を向いていた。信号が変わってバスが発進したとき、運転手だけが妙にゆっくりと、機械みたいな動きでハンドルを切ったのが忘れられない」。

ついでに触れておくと、岡崎市周辺の心霊スポットや怖い話をまとめた個人サイトには、岡崎城の夜間の物音や、小豆坂古戦場での武者の霊の目撃談などが数多く紹介されている。「右を向く」そのものが収録されているわけではない。ただ、同じ土地に古戦場や城郭がらみの怪談が幾重にも積もっていること自体が、この話の生まれる土壌になっている。

読者たちの評価は、意外と冷静だった

洒落怖の読者コミュニティでの「右を向く」の扱いは、派手な祟りや怪物が出てくるタイプとは別枠だ。静かな不気味さを持つ短編、という位置づけで語られることが多い。

特に評価が高いのが、運転手までもが前を見ずにハンドルを握っているという設定である。物理的にありえないはずの行為が、何の支障もなく成立している。この不可能性への恐怖を端的に示す場面として、考察界隈でよく引き合いに出される。

群衆心理を使った仕掛けにも感心する声がある。大勢が同じ方向を見ていると、自分もつられてそちらを確認したくなる。この人間の癖を、そのまま怪異の演出に転用しているわけだ。巧いと言われるのも分かる。

一方で辛口の指摘もある。読経が頭の中に直接響くという表現は、霊障や憑依を示す定番モチーフとして使い古されている、という評だ。洒落怖全体の中では佳作、ただし突出した傑作というほどではない。そのあたりの中庸な評価に落ち着いている。

城下町と、素性の知れない担ぎ手たち

舞台とされる岡崎城下は、家康の生誕地である岡崎城を中心に発展した城下町だ。江戸時代には東海道五十三次三十八番目の宿場・岡崎宿として栄えた。城の防衛上の理由で道を直角に何度も折り曲げた町割りは「岡崎二十七曲り」と呼ばれ、今も愛知県の観光資源として保存・紹介されている。見通しの悪い曲がり角が延々と続く実在の構造が、駕籠の一行が唐突に現れて唐突に消えるという展開に、妙な説得力を与えている。

駕籠かきという職業にも、ちゃんと現実の背景がある。江戸時代、庶民向けの駕籠を担ぐ者は駕籠舁と呼ばれた。街道筋で客を運ぶ者の中には「雲助」と呼ばれる、身分の定まらない渡り者も多く含まれていた。雲助は宿場から宿場へ流れながら荷や人を運ぶ一方、法外な運賃を吹っかけたり、時には旅人を脅すこともあったという。江戸期の旅人にとって、畏怖と警戒の対象だったわけだ。

素性の知れない担ぎ手が、身分ある客を乗せて城下を行き交う。この社会構造が実際にあったからこそ、正体不明の一行という怪異に現実味が乗る。作り話にしては土台がしっかりしすぎている、という感想も出てくる。

最後にひとつだけ実務的な話を。走行中の車両で異常な運転を実際に見かけた場合、興味本位で追いかけたり、車を停めて確認しようとしたりするのは本当に危ない。安全な場所に停車してから、ナンバーや車両の特徴を記録し、必要に応じて警察や運行会社へ連絡してほしい。二百年続く怪異より、目の前の前方不注意のほうが確実に怖い。

タイトルとURLをコピーしました