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禍垂

塞がれたトンネルに、隙間が空いていた

深夜。四人の少年が、山あいの旧道に口を開けた封鎖トンネルの前に立っていた。手にしているのは懐中電灯とライターだけだ。

入口はコンクリートブロックで塞がれていた。ただし長年の風雨で角が崩れ、人ひとりがようやく通れるだけの隙間ができている。

誰が最初に「行くか」と言い出したのかは伝わっていない。血の気が多いT。威厳のあるM。超絶イケメンなのに心霊沙汰には人一倍弱いS。そして語り手の「俺」。この四人がその場にいた。

だが実際に隙間を抜けて奥まで進んだのは、見栄を張った俺ひとりだった。

ライターの炎は、数十センチ先までしか照らさない。湿った土と苔の匂い。コンクリートの粉塵。どこか遠くで水が滴る音。

奥へ進むほどに、妙な感覚がこみ上げてきた。初めて来た場所のはずなのに、不思議と懐かしい。

ここ、実は伏線なんだよな。原話でもとりわけ不気味な一文として、読者の記憶に残っている箇所だ。「初めてなのに知っている」という感覚そのものが、あとで意味を持ってくる。

十秒に一度の息が、途切れなくなった

引き返す道すがら、耳に生温い息がかかった。

最初はおよそ十秒に一度。まるで生き物が呼吸のタイミングを数えているような、規則正しい間隔だった。それがやがて数秒おきになる。そしてついに、途切れることのない一続きの呼気に変わった。

その瞬間、俺は隙間の外へ転がり出た。

外で待っていた三人は、俺の顔ではなく、俺の背後に視線を釘付けにして青ざめていた。左の視界の端に、黒い髪の毛が映り込んでいる。

三人が悲鳴を上げて逃げ出した。置いて行かれる恐怖のほうが、背後の何かへの恐怖を上回った。俺は思わず振り返ってしまう。

そこにいたのは、ごく普通の私服を着た一人の女だった。ただし顔が違う。口は大きく裂けて膿み、鼻はちぎれかけ、両の黒目には細かなガラス片のようなものが無数に突き刺さっていた。悲鳴すら出ない。それほどの異形だった。

命からがら車に乗り込み、山を下る途中のことだ。供花の置かれた急カーブの脇、道路にせり出した木の上に、何かがぶら下がっているのをTが目撃する。誰も口には出さなかった。その輪郭を、語り手はもう一度思い出すことになる。

枕元で、黒い液体を鳴らしていた

その夜、俺はT宅に泊まった。眠りに落ちてすぐ、頬に冷たい感触がある。

目を開けると、あの女が枕元に屈み込んで、俺の頬を両手でつかんでいた。口の中で黒い液体をコポコポと鳴らしながら、何かを伝えようとしている。言葉にはならない。それでも、怒りではなく、何かを訴えるような必死さだった。

その顔に、俺は見覚えがあった。

中学時代に付き合っていて、疎遠になった後に事故で亡くなった元恋人のUだ。そして思い出す。あの封鎖トンネルは、かつてUと二人で肝試しに来た場所だった。供花のあった急カーブも、彼女の命日と重なる。

「祓う」のではなく、「消す」

家族の伝手で、心霊研究家のHという人物に相談することになった。

Hが提案したのは、祓う儀式ではなかった。「Uの意識の中から俺という存在を消す」という、奇妙な儀式である。

Hの自宅の一室が清められ、四方と天井、そして畳の下にまで札が配置された。対象者である俺は、一言も口を利いてはならない。代わりにT・M・Sの三人が、夜通し会話を続ける。Hいわく、言葉を発する者だけがUには「存在している」ように見えるのだという。

深夜、家の周りを足音が回り始めた。壁を叩く音。あの黒い液体を含んだような声が、部屋を取り囲む。三人の声は次第に小さく震えていった。それでも夜明けまで、途切れることなく喋り続けた。俺はひたすら沈黙を守った。

木の上に「立っていた」わけではなかった

一か月後、Hから電話がかかってきた。

真相はこうだ。Uは俺を恨んでなどいなかった。しかし彼女は、山に棲む別の何かに既に捕らえられ、操られる存在になっていた。

Hの師匠にあたる人物は、その正体を「禍垂(かすい)」と名付けた。本名ではない。目撃されたときの姿から、便宜的につけられた呼び名にすぎない。

あの夜、カーブの木の上に立っていたように見えたもの。あれは、立ってなどいなかった。

下半身が存在せず、両腕だけで枝からぶら下がっていたのだ。

禍垂がもともと何であったのか。由来も、祓う方法も、一切分からないとHは語った。Uは山に縛られたまま取り残される。もし彼女と俺との縁が再び結ばれれば、今度こそ助からない。

俺はその日以来、二度とあの山に近づいていない。

Part293、そこから先が追えない

初出は『死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?』、いわゆる洒落怖シリーズの通称Part293で採録された長編とされている。時期はおよそ2012年前後。今のところ、それ以上の情報は確認できない。

スレッドが立った日時も、レス番号も、投稿者のトリップやコテハン名も不明だ。断定できる一次資料には到達できなかった。

洒落怖のスレッドは2ちゃんねる(後の5ちゃんねる)オカルト板が発祥で、長編は複数レスに分割して投稿され、後日談が数日から数週間後に追加されるのが通例だった。禍垂もその形式に沿っている。本編である肝試しからUの目撃までと、後日談であるHの儀式と種明かしが、別のタイミングで書き込まれたと推測される。ただしこれも投稿ログの直接確認による裏付けはない。

洒落怖という媒体の一般的な構造から導いた推測にとどまる。

その後この話は、洒落怖まとめサイト群、個人ブログ、noteのコピペ転載記事によって繰り返し再生産されてきた。2023年6月15日付でコピペ全文を掲載したとされる転載記事は、今も読める。朗読系のYouTubeチャンネルでも定番だ。「ナナフシギ」「ゆっくり朗読」系列の複数チャンネルが扱っている。

YouTubeのタイトルはだいぶ煽り気味である。「封鎖されたトンネルに潜む悪魔の正体」「心霊スポットにいたのは、まさかの〇〇」。再生数を稼ぐ定番ネタとして定着した証拠でもある。アルファポリスのような小説投稿サイトにも、要約・改変版が転載されている。

後日談を読むかどうかで、話が別物になる

いちばん大きな異本の分岐点は「後日談を含めるかどうか」だ。

本編だけを独立して読むと、これは「疎遠になった末に事故死した元恋人の霊に、罪悪感を抱えた青年が追われる」という祟り系の一話完結怪談になる。よくある形だ。

ところが後日談を足すと、重心がまるごと動く。Uは怨霊ではなく被害者で、真の怪異は「禍垂」という得体のしれない山の存在だったという構造に反転する。

この反転が、評価を大きく分けている。後日談を知らずに本編だけを語り継いだ転載や朗読動画も存在するので、「禍垂の話」だと思っていたら実はUの怨霊譚として広まっているバージョンに触れていた、という食い違いも起きる。

もうひとつの論点が、「禍垂」という名前の扱いだ。

これはH自身が名付けたのではない。Hの師匠にあたる人物が、木の枝から上半身だけで垂れ下がっているという目撃時の姿から、便宜的に付けた仮称である。この点は原話にはっきり書かれている。

にもかかわらず、転載やまとめサイトの中には、まるで古くからの土地神の名であるかのように扱う紹介文がある。ここは事実として区別しておきたい。既存の民俗語彙としての「禍垂」を裏付ける資料は、見つかっていない。

結末にも異本がある。代表的な原話ではUは山に残されたまま、救済されないバッドエンドだ。だがネット上の要約や二次的な紹介の中には、儀式によってUも解放されたかのように誤読・誤伝されているものが散見される。後日談の有無の問題とも絡んで、伝播が進むほど細部が丸められ、座りの良い結末へ変質していく。その典型的な過程が観察できる。

「あの時のあの感覚に近い」

拡散後、掲示板の関連スレッドやコメント欄には、似た体験を語る書き込みが出てくるようになった。

ある投稿者は、地元の山中にある廃トンネルへ友人と肝試しに行ったときのことを書いている。出口付近で、「誰かが自分の真後ろで、決まったリズムで息を吐いているような感覚があった」というのだ。振り返っても誰もいない。友人たちも同じ気配を感じたと証言した。禍垂の「十秒おきの息」との類似が指摘され、スレッド内で話題になった。

別の体験談は車中のものだ。山道の急カーブに置かれた供花や地蔵の前を通過する際、後部座席に「何か重いものが乗り込んできたような沈み込みを感じた」という。その後しばらく原因不明の体調不良や悪夢に悩まされ、後になって禍垂の話を読んで「あの時のあの感覚に近い」と結びつけたそうだ。事後的に怪談の型へ当てはめて解釈された可能性が高い。因果関係を証明するものでもない。

ただ、ネット怪談が実体験の語りにどう影響するかを見るうえでは、なかなか面白い事例である。

SNSには「木の上に人のようなものがぶら下がっているのを見た」という投稿も散発的にある。多くは夜間の見間違いで、木の根やツタ、ビニール袋が正体だったと自分で説明をつけている。ところが一部の投稿者は、あえて説明をつけない。「あれは禍垂だったのかもしれない」という言い回しで締める。既存の怪談の名前が、新しい目撃談を解釈する枠組みとして機能しているわけだ。

「隠れた良作」と呼ばれる理由

洒落怖という媒体は、きさらぎ駅や八尺様といった大型ネット怪談を生んだ土壌として知られている。禍垂もその文脈で、愛好家に「隠れた良作」として語り継がれてきた。

ピクシブ百科事典やニコニコ大百科の洒落怖関連項目でも、殿堂入り作の陰に隠れがちながら、構成の巧みさを評価する声が根強い。罪悪感の可視化から正体の反転まで、二段構えになっているところだ。

考察の論点は三つに整理できる。

ひとつ目は正体論。禍垂とは結局何なのか。山の妖怪、地縛霊の一種、あるいは山そのものの人格化。YouTubeのコメント欄や考察系ブログで、いろいろな説が交わされている。

ふたつ目は結末の解釈。Uは本当に救われなかったのか。ここは前述の異本問題と直結していて、読み手の願望が投影されやすい。

三つ目は儀式の合理性だ。なぜ喋り続けることが有効なのか。対象者が沈黙する意味は何か。洒落怖特有の、独自ルールの論理を味わう読み方である。

朗読系チャンネルのコメント欄で目立つのは、「ラストの一文で鳥肌が立った」「タイトルの意味が分かった瞬間に戻って読み返した」という感想だ。タイトル回収型の構成が効いている。一方で「後日談がなければもっと怖かった」という、説明過多を惜しむ声も一定数ある。

供花の置かれたカーブは、どこにでもある

原話は「日本のどこか」としか語らない。具体的な山名もトンネル名も明かされない。

とはいえ日本各地には、実在する封鎖・廃止トンネルを舞台にした心霊スポット伝承が数多くある。検索でよく言及される「山神トンネル」なども類例のひとつだ。こうした実在スポットの雰囲気や噂が、禍垂のような創作怪談の土台になっている可能性は高い。

交通量の少ない山道の急カーブに供花が置かれているという描写も同じだ。単独事故の多発地点に手向けられた、実際の献花風景を踏まえたリアリティ演出だろう。

モチーフとしては、山中で人間ではない何かに操られる、あるいは取り憑かれるという構造がある。山童(やまわろ)や山男といった伝統的な山の妖怪伝承、人を化かす獣の霊の系譜と、遠くで響き合っている。

そして、木からぶら下がる上半身だけの姿。この視覚的な恐怖演出は、既存の妖怪像には見当たらない独自の造形だ。禍垂を単なる祟り系怪談から一段引き上げているのは、この一点である。

事故死した女性の顔が損壊しているという描写自体は、口裂け女や事故現場に現れる女性の霊など、日本の怪談に頻出するモチーフだ。目新しくはない。ただ、罪悪感というテーマと結びついた瞬間に、これが効いてくる。怖がっていた相手が、実は助けを求めていた。その反転が、この話をずっと後味の悪いものにしている。

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