放課後の輪の中で、誰かがぽつりと言う
昭和四十年代、ある地方都市の小学校の下校時間。ランドセルを背負った子供たちの輪の中で、一人の男の子が友達とふざけ合っていた。あまりに突飛な、常軌を逸したおどけ方をした瞬間、輪の中の誰かがぽつりと呟く。
「そんなことしてたら、黄色い救急車が来るで」
場が一瞬しんと静まり返る。誰もその黄色い救急車を実際に見たことはない。それなのに、言葉の響きだけで得体の知れない恐怖が広がっていく。ある証言者は、この言葉を聞いた小学校低学年の当時、その車が本当に存在すると信じ込んでいたという。一度乗せられたら二度と出てこられない、どこか特別な病院に連れて行かれる。そんなイメージを頭の中に作り上げていた。
道路を走るガス会社の緊急車両――屋根に回転灯を載せた黄色いバン――を見かけるたびに、心臓が跳ね上がるような驚きを覚えたとも語られている。
噂の骨格は、どこで語られてもほぼ同じだ。突飛な行動、常軌を逸した行動をしている人を見かけて役所や警察に通報すると、普通の白い救急車ではなく特別な色の救急車がやってきて、その人を強制的に精神科病院へ連れて行ってしまう。地域によっては「通報した人には謝礼として三千円から五千円がもらえる」という尾ひれまで付いた。
学校の教室で、近所の路地で、「変わった人」とされる誰かを揶揄したり、自分への戒めに使ったりする脅し文句として、この言葉は長い間、生活の中に息づいていた。
関東は黄色、関西は緑。色が変わる伝承
この噂で面白いのは、地域によって救急車の色そのものが違って語られてきた点だ。
関東地方、特に東京では「黄色い救急車=イエローピーポー」というバージョンが定着していたとされる。都内の精神科病院として長い歴史を持つ松沢病院の名前とセットで語られることもあったという。一方、関西では緑色の救急車が来るとされ、「ミドキュー」あるいは「グリーンピーポー」という呼び名で流布していたと複数の証言が伝えている。
ある精神科医が実施したインターネット上の大規模調査では、四百人以上から回答が寄せられた。黄色や緑だけでなく、青や紫の救急車が来るという証言も東北や九州など各地に散発的に見られたという。つまりこの都市伝説は、一つの決まった話ではない。
「異様な色の救急車が、周囲から奇異とみなされた人物を連れ去っていく」という共通の核を持ちながら、地域ごとに細部を変えて自然発生的に語り継がれてきた、都市伝説群と呼ぶべきものだ。
ネット上の個人ブログには、子供時代にこの噂を耳にした記憶を書き留めているものがいくつかある。あるブロガーは一九七〇年の大阪万博の頃、小学生だった自分がクラスメイトから「そんなことしてたら、緑の救急車が来るで」と言われた体験を記している。後に上京してから、東京では同じモチーフが「黄色い救急車」「イエローピーポー」として語られていることを知って驚いたそうだ。
この人物はさらに全国的な傾向を調べようと試み、「全国的にはどうやら黄色いバージョンの方が主流らしい」という感触を得ている。ただし噂の起源や出典を示す確かな文献には、なかなか行き着けないとも述べている。
発祥について、正直に書けること
この都市伝説がいつ、どこで、誰によって最初に語られ始めたのか。詳しい初出は特定されていない。掲示板の特定のスレッドや投稿者に起源をたどれるネット発祥の怪談とは違って、これはおそらく戦後のどこかの時期に、口承として自然発生的に広がっていったものだ。
手がかりはある。一九七三年に発表された作家・井上光晴の小説『動物墓地』に、お手伝いさんが「精神病院へ患者を運ぶ救急車は黄色い」と語る場面が登場するのだ。この作品は翌年にかけて複数の出版社から三度も刊行されている。少なくとも一九七〇年代前半の時点で、この噂が口承文化としてすでに一定程度広まっていたことをうかがわせる。
のちに二〇〇四年発表の桜庭一樹の小説『推定少女』でも、この都市伝説をモチーフにしたとみられる描写がある。「連れていかれると、どこも悪くないのに出てこられない」という、なんとも不気味な言い回しで語られているという。文学作品が先にあったのか、すでに広まっていた口承が後から文学に取り込まれたのか。その前後関係は判然としない。ただ、半世紀以上前からこの手の噂が日本社会に存在していたことは間違いなさそうだ。
なぜ「本当にあった話」として信じられたのか
この噂がここまで長く広く語り継がれてきた背景には、単なる作り話では片付けられない現実の影がある。
ある調査に寄せられた証言の中に、「救急車から屈強な体格の男が現れて、様子のおかしい人を連れ去っていくのを本当のことだと信じていた」というものがあった。調査を行った当人は、これについて「救急車」という部分を除けば、あながち全くの作り話とも言い切れないと指摘している。
実際、日本にはかつて「私宅監置」と呼ばれる制度があった。精神障害者を法的に自宅の一室に監禁することを認めるもので、これが法的に廃止されたのは一九五〇年のことに過ぎない。さらに、家族の同意があれば本人の意思に反してでも精神科病院へ搬送・入院させることができる「医療保護入院」という制度は、形を変えながら現在も存在している。
二〇〇〇年代には、精神科を受診したことすらなかった人物の自宅に複数の男性が押し入り、刑務所の独居房のような保護室に鍵をかけて医療保護入院の扱いにしたという事件が報道されたこともあった。
つまり「本人の意思に反して強制的に連れて行かれる」という都市伝説の核心部分には、日本の精神医療をめぐる歴史的・制度的な現実がたしかに横たわっている。それが「黄色い救急車」という、分かりやすく象徴的なイメージへと結晶していったのだと考えられる。
ネットでは「実物が一枚もない」ことがネタになっている
ニコニコ大百科やピクシブ百科事典といった事典サイトには、この都市伝説専用の項目が立てられている。発生時期はかなり古く五十年以上前から語られているらしい、という説明とともに、実物を見た者はいないという点が繰り返し強調されている。
SNS上のまとめ投稿を見ると、複数のユーザーが「画像検索をかけても実車の写真どころか、二十四分の一スケールの模型を自作した人すら見当たらない」と指摘している。その存在しなさ加減自体がネタとして扱われているのが可笑しい。「グッズとして黄色い救急車のミニカーが欲しい」「絶対売れると思う」という冗談交じりの声もあって、都市伝説そのものが懐かしいサブカルチャー的アイコンとして消費されている側面が見える。
実在する福山通運の黄色いトラックのミニカーと見間違えられたのではないか、という考察を披露するユーザーもいた。
一方で、精神科医自身がSNS上で「黄色い救急車は都市伝説の一種で実在しない。地域によっては緑の救急車という都市伝説もあり、黄色はイエローピーポー、緑はグリーンピーポーと呼ばれている」と、専門家の立場から噂を否定する発信をしている例もある。医療従事者の側からも、この噂を過去の偏見として整理しようとする動きが出てきているわけだ。
個人ブログには、怖い話・不思議な話を集めたブログで「グリーンピーポー」という体験談も見つかる。酔って城址公園近くの堀に落ちた土木作業員が、白衣を着てガスマスクのようなものをつけた屈強な二人組を目撃した、という話だ。二人組は薄緑色の車体の車から降りてきて、堀の中から網とロープで何か人型のものを引き上げたという。引き上げられたものは「クゥェーン」と鳴く、緑色の裸の子供のような姿をしていたとされる。
投稿者自身が最後に「あれは河童だったのだろうか」と疑問を投げかけて締めくくっている。あくまで噂・体験談として流布している話だが、精神医療への恐怖という本筋から離れ、地域の妖怪伝承と混ざりながら派生していった一例として面白い。
YouTubeにも、洒落にならない怖い話として黄色い救急車を紹介する考察系動画や、懐かしい都市伝説として当時を知る世代に向けて振り返る動画がいくつも投稿されている。コメント欄には「自分も子供の頃に親から言われて本気で怖がっていた」「地元では色が違っていた」といった、世代や地域による記憶の違いを報告する声が並ぶ。
単なる怖い話ではなく、それぞれの子供時代の記憶と結びついた、ノスタルジーを伴う話題として語られている。
色の由来をめぐる俗説と、その危うさ
なぜ「黄色」という色が選ばれたのか。ネット上ではいくつかの俗説が語られている。その一つに、当時使われていた精神障害者を指す差別的な隠語の頭文字に由来するのではないか、という説がある。
この種の語源俗説は、ネット上で語られている一説として紹介するにとどめておきたい。というのも、この俗説自体が、すでに差別的な言葉を前提として組み立てられているからだ。説の真偽を検証すること以上に、そうした発想がまかり通ってきたこと自体が、この都市伝説の持つ差別性を如実に物語っている。
そもそもこの噂の恐ろしさは、幽霊が出るとか呪われるとかいった超自然的なものではない。自分や身近な人が、周囲から「異常」だとみなされた瞬間に、本人の意思とは関係なく社会から隔離されてしまうかもしれない。極めて現実的な恐怖に根ざしている。
子供たちが友達を茶化す際の脅し文句として使ってきたという事実は、裏を返せば、精神疾患を持つ人や精神科医療にかかる人に対する漠然とした恐怖や忌避感が、悪気のない遊びの中にまで浸透していたことを意味する。精神科に連れて行かれることを罰や脅しの言葉として使う感覚そのものが、偏見を無自覚に強化してしまう。結果として、本当に助けを必要とする人が受診をためらう一因にもなりかねない。
近年は精神疾患についての正しい理解を広める啓発活動が各所で進み、この都市伝説も「昭和の懐かしいネタ」として過去形で語られる機会が増えてきた。それでも、様子のおかしい人は強制的にどこかへ連れて行かれる、という発想そのものは、当事者やその家族にとって現在進行形の生きづらさに繋がりうる。面白おかしく消費するだけでは見えてこない部分だ。
黄色い救急車という都市伝説をたどっていくと、子供の頃の怖い記憶の奥に、私宅監置の歴史や医療保護入院制度という、決してフィクションではない日本の精神医療の現実が透けて見えてくる。この噂が長く消えずに語り継がれてきた理由は、幽霊話のような娯楽性ではないと思う。その根底にあるのは、社会が「異質」とみなす他者をどう扱ってきたかという、重く、今にも続くテーマのほうだ。
