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LINEわらし

「これ誰?」

2015年のある晩のことだ。

投稿者が参加していた友人グループのLINEトークルーム。そのメンバー一覧に、見慣れない名前がひとつ増えていた。アイコンは設定されておらず、名前だけが女児を思わせる響きだったという。

最初に気づいたのは投稿者ではなく、グループの中でも几帳面な性格のメンバーだった。「これ誰?」という一言がトークに投げられる。既読はつく。だが誰も名乗り出ない。

まあ、そういうこともある。グループの誰かが呼んだ知り合いだろう。あるいは兄弟か親戚の子どもを間違えて招待したのだろう。そんな空気が流れた。

というのも、LINEのグループトークは、既存メンバーの誰かが「招待」という操作をしない限り新規参加者が入れない仕組みだからだ。だから見知らぬ名前が増えていること自体は不自然じゃない。単に自己紹介がまだなだけ。全員がそう思い込んだ。

誰も、招待していなかった

ところが一人ずつ確認していくと、話が変わってくる。

「お前が呼んだんじゃないの」

「いや、俺じゃない」

「てっきりお前の妹かと」

そんなやり取りが延々と続いて、最終的に全員が「自分は招待していない」と答えた。

おかしいのはここからだ。グループの参加通知には本来、「〇〇さんが△△さんを招待しました」という表示が残るはずである。ところが、その女児の名前についてはそうした記録がどこにも見当たらない。

まるで最初から、静かにそこへ座っていたかのように。メンバー一覧の末尾に、名前だけがある。

気味悪くなったメンバーの一人が、直接その女児のアカウントへ話しかけてみた。

「〇〇ちゃん、誰かな?よかったら自己紹介して」

送信して、既読がつくのを待つ。既読はつかなかった。

そしてしばらくしてから、確認のためにもう一度メンバー一覧を開いた。

その名前は、跡形もなく消えていた。退会のお知らせもない。削除の履歴もない。何ひとつ残っていない。まるで最初から、誰もそんな名前を目にしていなかったみたいに。

この話が座敷わらしの再来として語られるのは、構造がそっくりだからだ。家に住み着く。気づいたときにはそこにいる。去るときは気配もなく去る。古典的な骨格をそのまま引き継いでいる。

ただし、原型となった2015年の投稿には、「現れると幸運が訪れる」「去ると家が没落する」といった具体的な因果関係の記述がない。恐怖の中心はあくまで一点に絞られている。招待という、システム上ありえないはずの侵入が起きたこと。それだけだ。

事典に載ったことで、名前が定着した

LINEわらしという呼び名と物語が広く知られるようになったきっかけは、はっきりしている。妖怪研究家の朝里樹氏が2018年1月に笠間書院から出した『日本現代怪異事典』だ。

この本は現代日本に流通する怪異譚を1092項目も収録した労作で、こっくりさんや異界駅といった定番の怪異と並んで、LINEわらしのようなSNS発祥の新しい怪異も採録された。

その後、2021年に出た朝里氏の『21世紀日本怪異ガイド100』でも改めて紹介され、それを扱った書評記事を通じて一般にも知られるようになった。

ただ、事典が採録する体験談という性質上、追跡には限界がある。元の投稿がどの掲示板の何というスレッドの何レス目だったのか。投稿者のハンドルネームは何だったのか。そこまでは一般向けの紹介記事から辿れない。

朝里氏自身、こうした現代怪異について「ネットの海に漂う無数の書き込みから、繰り返し語られ定着したものを拾い上げて記録する」というスタンスを取っている。LINEわらしについても、2015年という体験談の年代だけが明記され、初出スレッドの特定情報は事典側でも明言されていない可能性が高い。

だから現時点で裏取りできる最も確からしい経緯はこうなる。2015年、匿名掲示板もしくはSNS上に投稿された体験談が、後年の事典編纂によって「LINEわらし」の名で定着した。

文春オンラインが朝里氏本人にインタビューした記事でも同じ事典が取り上げられているが、一般公開部分ではLINEわらし個別の初出情報までは触れられていない。事典全体の刊行意義や収録方針が語られるにとどまる。

学校わらし、オフィスわらし

派生の中でいちばん典型的なのが、舞台をあらゆる人間関係へ広げたタイプだ。クラス、部活動、家族、同窓会。LINEグループが作られる場所なら、どこでも成立する。

特に語りやすいのが、学校の連絡網代わりに作られたクラスLINEに知らない生徒の名前が紛れ込んでいた、という体験談だ。これは「学校わらし」という呼称でひとまとめにされることもある。

ピクシブ百科事典では、座敷童子の亜種として「LINEわらし」「学校わらし」「オフィスわらし」が並べて記載されている。どれも骨格は同じだ。閉じたコミュニティの名簿へ気づかぬうちに紛れ込み、気づかれると姿を消す。器だけが職場や学校のグループチャットへ置き換わっている。

もうひとつの大きな派生軸が、「幸運と没落」の付加だ。

もともとの2015年型には吉凶の記述がなかった。にもかかわらず、後年ネットで語り直される中で「LINEわらしが現れたグループは何かいいことがある」「消えると悪いことが起きる」といった因果関係が付け足される例が増えている。座敷わらし伝承の骨格を知っている語り手が、無意識に元の民俗知識を輸入して物語を補強してしまったのだろう。

対照的に、怪異性を否定して現実的に説明しようとする流れも根強い。この話題がネットに広まったとき、「ただのグループ荒らしで草w」という懐疑的な反応がかなり多く見られたのだ。グループへの侵入者を心霊現象ではなく、乗っ取りアカウントや招待リンクの拡散、あるいは表示バグによるいたずらとして処理する立場である。都市伝説が広まると必ず現れる「脱魔術化」の典型だ。

表記も揺れている。LINEわらし、LINE童、ラインわらし。統一された正書法は存在しない。

近年ではこの題材を元にした二次創作も生まれた。小説投稿サイトには柳町いづみ名義で「LINEわらし拾遺集―SNS時代の怪異譚―」という連作が投稿されているし、動画サイトには「現代怪異 LINEわらし」と題した朗読・考察系の動画もある。事典発の話が二次創作コミュニティへ枝分かれしていく様子がよく分かる。

「人数の感覚がいい加減だった」

体験談その一。都内の専門学校に通っていたという投稿者の話だ。

サークルの連絡用に作ったLINEグループの人数が、ある朝いつの間にか一人増えていた。

「最初は誰かが妹を間違えて追加したのかと思った。アイコンもないし、一言もしゃべらない子だったから、正直気味が悪くてグループ通話のときも誰もその子には話しかけなかった」

数日後、メンバー全員に「あの子誰?」と聞いて回ったが、誰も知らないという答えばかり。慌ててもう一度アプリを開き直すと、その名前は綺麗さっぱり消えていた。

投稿者の振り返りが面白い。「怖かったというより、自分たちの人数の感覚がどれだけいい加減だったか思い知らされた」。

体験談その二は、中学時代のクラスLINEの話だ。

卒業から何年も経って見返したとき、当時のメンバー一覧のスクリーンショットに、記憶にない名前が一人写り込んでいたという。

「同窓会で聞いても誰も知らない子だった。担任にも確認したけど、そんな生徒はうちのクラスにいなかったと言われた」

これは学校わらし系の派生に典型的な語りだ。証拠になるはずのスクリーンショットが、逆に恐怖を増幅させる構造になっている。

体験談その三は職場の部署内グループチャット。繁忙期の深夜、業務連絡のやり取りの合間に、見知らぬアカウントが一瞬だけ表示されたという証言だ。

「既読の数がなぜか一人分多くて、誰だろうとメンバー一覧を確認したら見たことのない名前があった。次の瞬間には元の人数に戻っていた」

こうなるとオフィスわらし系との境界も曖昧になってくる。LINEわらしという呼称が固有名詞というより、「LINEグループに現れる座敷わらし的存在全般」を指すジャンル名として機能しているのが分かる。

怖がる人と、茶化す人が同じ数だけいる

この怪異が広まった当初、ネット上の反応は見事に二極化していた。

一方には、座敷わらし伝承に忠実な読み方をする層がいる。現代版の家つき神が、家というハードから通信アプリという新しい「居場所」へ移動した好例だ、と好意的に捉えるわけだ。電話をかけるメリーさんや、コンピューター室の怪異といった、通信技術発祥の先行する怪異群と並べて考察する。

他方には、さっきの「ただのグループ荒らしで草w」派が一定数いる。心霊現象としてよりも、いたずらや乗っ取り、表示バグとして処理しようとする空気だ。

SNSのハッシュタグ検索を見ても、この話題を怖い話として拡散する投稿と、ネタとして茶化す投稿がほぼ同じ熱量で並んでいる。恐怖と嘲笑がワンセットになった受け取られ方。令和以降の若い世代における怪談消費のスタイルを象徴する事例として、都市伝説研究の文脈でもよく言及される。

「家」から「グループチャット」へ

直接のモチーフである座敷わらしは、岩手県を中心とする東北地方に伝わる家つき神・妖怪だ。子どもの姿をして家に住みつき、その家に富をもたらす。一方で、去ると家運が傾くという伝承を持つ。

LINEわらしは、この「家に住み着く」という構造を、現代の新しい共同体の単位であるLINEグループへ移植したものと理解できる。

LINE自体は2011年にサービスを開始した実在のメッセージングアプリだ。2015年前後といえば、友人も家族も部活も職場も、あらゆる人間関係がLINEグループという形でデジタル化されつつあった時期にあたる。

「家」という物理的な集合体から、「グループチャット」という仮想的な集合体へ。人々のつながりの単位そのものが移行していった。その社会的な変化こそが、LINEわらしという怪異が生まれる土壌になった。

なお、LINEの実際の仕様は年々アップデートされている。招待の可否、参加通知の表示、退会ログの保持。どれも当時と今では違う。2015年当時の挙動を現在の画面で完全に再現できるとは限らない点は、頭に置いておきたい。

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