深夜0時ちょうど。家じゅうの電気を落として、木のドアの前に紙を一枚置く。紙には自分のフルネームと、自分の指から絞った血が一滴。その上に蝋燭を立てて火を点ける。あとはノックするだけだ。
決められた回数、決められたタイミングで。最後の一打が0時の秒針と重なった瞬間、ドアの向こうに「彼」が立っている――ということになっている。ミッドナイトゲーム。英語圏では単にザ・ミッドナイト・マン・ゲームとも呼ばれる、ネット発の儀式型怪談だ。呼び出される側の名前がミッドナイトマン、日本語に直せば真夜中の男。
呼んだが最後、午前3時33分まで、真っ暗な自分の家の中を蝋燭一本持って逃げ回ることになる。捕まればどうなるかは版によってバラバラで、そのバラバラさこそがこの話の生まれと育ちを物語っている。この記事では、まずこの儀式が何をどう指示しているのかを一段階ずつ解きほぐす。そのうえで、それがどこの誰の手から出てきたのか、なぜ「古代異教の儀式」という嘘の看板を掲げているのかを追う。
どうやって英語圏から日本語圏まで転がってきたのか、そして掲示板の住人たちがどこで白けたのかまで、まとめて見ていく。先に言っておくと、これはやる話ではなく、読む話だ。理由は最後まで読めば嫌というほど分かる。
- 午前0時までに揃えなければいけないもの、という妙に生活感のあるリスト
- 二十二回目のノックが鳴り終わる、その一打のタイミング
- 3時33分まで、家が家でなくなる時間
- 「捕まる」とどうなるのか、誰も同じことを言わない
- 「これは古代の異教の儀式だった」という自己申告について
- では本当はいつ、どこで生まれたのか
- 数字が勝手に増えたり減ったりする、伝言ゲームとしての一面
- 別バージョンたち、ひとつずつ
- 日本語圏に着地したとき、最初に笑われたこと
- 語られてきた三つの夜
- 掲示板が真っ先に指摘した、致命的なほころび
- 暗闇と寝不足が人にさせること
- 本当に危ないのは、たぶん蝋燭のほうだ
- ひとりかくれんぼ、エレベーターゲーム、さとるくんと並べてみる
- なぜ二〇一〇年代は、こんなに儀式だらけだったのか
- 映画になり、小説になり、商品になった
- それでも、この話が怖い理由
午前0時までに揃えなければいけないもの、という妙に生活感のあるリスト
まず面白いのが、この儀式が要求する持ち物の顔ぶれだ。蝋燭が一本。マッチかライターだ。紙。書くもの。
塩。そして木製の閉じたドアだ。最後に、自分の血が一滴。並べてみると分かるが、半分はスーパーで揃う。残り半分は家にある。
特別な護符も、古文書も、聖別された何かも要らない。ここが第一の発明だと思う。要求される道具が生活雑貨の範囲を一歩も出ていないから、読んだその晩に手が届いてしまう。届いてしまうから、想像が「もしやったら」の側に一歩ずれる。オカルトの敷居を、わざと低く削ってある。
血の採り方については、版によっては「消毒した針で指を刺す」と丁寧に書かれている。この一行があるせいで、話全体に妙な実務感が出る。安全に配慮しているふうの記述が入ると、書き手が経験者に見えてくる。もちろん、他人の血を使ってはいけない、というルールもわざわざ添えてある。誰かに代わりに刺してもらう抜け道を塞いでいるわけだ。
塞ぐ必要があると想定している時点で、これが「実際に人がやろうとする前提で書かれた文章」だということが分かる。木製のドア、という指定にも触れておきたい。なぜ木でなければいけないのかは、どの版も説明しない。説明しないまま、木であることだけは譲らない。この「理由は言わないが条件は厳しい」という書き方は、儀式ものの常套手段だ。
理由を説明すると反証可能になる。条件だけ示せば、失敗したときに「あなたのドアが木じゃなかったからでは」と言い逃れができる。よくできている。よくできすぎている。そして塩。
塩は最初から「詰んだときの避難所」として用意しろと指示される。ここが後で効いてくるので、覚えておいてほしい。ゲームが始まる前から、負けたときの逃げ道が公式ルールに組み込まれているのだ。
二十二回目のノックが鳴り終わる、その一打のタイミング
準備が済んだら、家じゅうの照明を落とす。全部だ。廊下も、洗面所も、玄関灯も。そのうえで、用意した紙を木のドアの前に置き、蝋燭を紙の上に立てて火を点ける。ここからが招待の手続きになる。
ドアをノックする。回数は二十二回。これが最も広く流通している数字だ。しかも肝心なのは総数ではなく、最後の一打の着地点だ。二十二回目が、午前0時ちょうどに鳴り終わらなければならない。
つまり逆算して、0時の少し前からノックを始める必要がある。時計を見ながら、暗い玄関で、自分のフルネームと血の乗った紙を足元に置いて、木の板を叩き続ける。この絵面だけで、正直かなり良い。叩き終えたら、ドアを開ける。開けたら蝋燭を吹き消す。
そしてドアを閉める。この一連が「招き入れる」動作だ。開けて、火を消して、閉める。暗闇が家の中に一段深く入ってくる。そして即座に蝋燭へ火を点け直す。
ここで火が点かなければ、その時点でもうゲームは不利な状態から始まる。招待が成立した瞬間、家の中に「彼」がいる、ということになる。ここで面白いのは、ミッドナイトマンが玄関から入ってくるところを誰も見ない、という設計だ。姿を見せない。音も立てない。
ただ、手続きが終わったという事実だけがある。信じるも信じないも、参加者の頭の中の話になる。だから儀式が終わった瞬間から、家の空気が変わったように感じられる。感じられるように作ってある。物語版のいくつかでは、ドアを開けた瞬間に「冷たい何かが体の横をすり抜けた」と書かれている。
これも上手い。視覚ではなく皮膚感覚に振っている。真っ暗な玄関を夜中に開ければ、実際に外気が入ってくる。冷たいものは必ずすり抜ける。予言が自動的に当たる仕掛けだ。
3時33分まで、家が家でなくなる時間
ここからが本番になる。参加者は蝋燭を持ち、塩とライターを携えて、家の中を歩き回り続けなければならない。同じ場所に留まってはいけない。止まると見つかる、というのが共通了解だ。歩き回るという指示は、儀式の中でいちばん地味で、いちばん効いている。
三時間半、真っ暗な自宅を、蝋燭一本の光量でうろつく。それだけで人間の知覚はかなり普通でなくなる。禁止事項は多い。照明を点けてはいけない。懐中電灯も駄目。
スマートフォンの明かりも当然駄目。眠ってはいけない。家から出てはいけない。蝋燭の代わりにライターの火を使い続けるのも禁止。そして「彼」を挑発してはいけない。
この最後の一項が個人的にはいちばん好きで、要するに相手を人格のあるものとして扱えという指示なのだ。挑発できる、ということは、通じている、ということでもある。近づいてきたときの兆候は、だいたい四つに整理されている。急な温度の低下。姿の見えない囁き声だ。
視界の端に立つ、背の高い黒い人型。そして蝋燭の火が消えること。蝋燭が消えたら、猶予は十秒。十秒以内に点け直せれば、ゲームは続行される。点かなければ、そこで即座に塩を撒いて円を作り、その中に入れ、と指示される。
円の中は安全圏ということになっている。ただし、3時33分になるまで一歩も出てはいけない。出れば終わりだ。そして塩の円の中にいる間、「彼」は円の外をうろつき、囁きかけ、幻覚を見せて、外に出るよう仕向けてくる――というのが定番の描写だ。ここも周到で、要するに「円の中で何を見ても、それは嘘だ」という保険がかけてある。
円の中にいた三時間、何も起きなかった人は「守られていた」ことになり、何かを見た人は「誘い出されかけた」ことになる。どちらに転んでも話は成立する。3時33分。時刻が来たら、歩き回るのをやめてよい。塩の円から出てよい。
照明を点けてよい。ゲームは終わる。ただし、いくつかの版はここに一行足す。彼は完全にいなくなったわけではない、と。
「捕まる」とどうなるのか、誰も同じことを言わない
この儀式の結末について、流通しているテキストは驚くほど一致していない。そして、その不一致がこの話の性格をよく表している。比較的おとなしい版はこう書く。捕まった者は、自分がいちばん恐れているものの幻覚を見せられる。朝になれば解放されるが、記憶は残る。
心に傷が残る。それだけだ。もう少し血の匂いのする版はこう書く。捕まった者は声も出せず、体も動かせないまま、激しい痛みに耐えることになる。体には傷痕が残る。
日本語圏の紹介記事のいくつかは、この「体に瘢痕が残る」タイプの結末を採用している。そして最も派手な版は、臓器を抜かれる、と書く。意識があるまま、内臓を取り出される。ネット上に流通する体験談形式の物語には、蝋燭を消してしまった友人が「胸を裂かれ、内臓を横に几帳面に並べられていた」という描写のものがある。これは明らかに後発の、物語として盛った版だ。
さらに極端な版になると、捕まった者はこの世界から消える、と言う。存在ごとなかったことになる。だから体験談は生存者しか書けない。この「語れる者は生き延びた者だけ」という構造も、ネット怪談が繰り返し使ってきた便利な仕掛けである。結末が三つも四つもあるということは、原本が一つに固定されていないということだ。
口伝えなら分かる。だがこれはコピー・アンド・ペーストで広まった文章で、本来なら一字一句同じものが伝わるはずだった。にもかかわらず結末が割れている。つまり、この話は「誰かが書き足した」痕跡だらけなのだ。
「これは古代の異教の儀式だった」という自己申告について
ミッドナイトゲームのテキストは、ほぼ必ず冒頭か末尾に、こういう趣旨の前振りを載せている。これはもともと古い異教の儀式で、神々の教えに背いた者を罰するために行われた。生き延びれば赦され、失敗すれば二度と姿を見られなかった――と。日本語圏に入ってきたときも、この看板はほぼそのまま翻訳された。
日本語の紹介記事の多くが「自然崇拝や多神教の信仰、ペイガニズムにおいて、教えに背いた者を罰するための儀式」という形で紹介している。中世暗黒時代、あるいはケルト由来、といった枕詞が添えられることもある。結論から言うと、これを裏づける史料は一つもない。ここは強調しておきたい。ないというのは「見つかっていない」という意味ではなく、そもそも探す対象の輪郭がないという意味だ。
ヨーロッパの前キリスト教期の宗教実践について、我々が持っている史料は断片的で、しかもそのほとんどは後代のキリスト教側の記述だ。そこに「木製のドアを二十二回叩き、蝋燭を持って夜明け前まで歩き回る罰の儀式」に対応するものは出てこない。ついでに言えば、儀式の指定時刻である午前3時33分という数字は、二十四時間制の時計と分単位の時刻感覚があって初めて成立する。
夜を鐘や星で計っていた時代の儀式が、分を三つ揃えた語呂で終わりを定めるはずがない。そもそもこの「古い儀式だった」という自己申告は、儀式型ネットロアの定番装備だ。二〇一五年に世界的に流行したチャーリー・チャーリー・チャレンジは「メキシコの悪魔チャーリーを呼び出す遊び」として広まった。
だが、報道の現場で確認したところ、チャーリーはメキシコ系の名前ですらなく、そんな悪魔もメキシコの伝承には存在しなかった。鉛筆二本を重ねるだけの遊びに、メキシコの悪魔という背景を貼りつけると、急に由緒正しく見える。それだけの話だった。ミッドナイトゲームの「異教の儀式」も、まったく同じ機能を果たしている。ネットの誰かが昨日書いた文章です、と正直に名乗ると怖くない。
何百年も前から人を殺してきた儀式です、と名乗ると怖い。そして、その名乗りが本当かどうかを検証する手段が読者側にない。この非対称性を利用しているのが、この手の前振りの正体だ。英語圏の儀式怪談を長年整理してきた書き手も、この点についてはあっさり切り捨てている。この主張は疑わしく、むしろ「このゲームがクリーピーパスタとして生まれたことの証拠」だ、と。
看板が立派すぎるのは、中身が新しいことの裏返しなのだ。
では本当はいつ、どこで生まれたのか
ここからが本題に近い。分かっていることと、分かっていないことを、きちんと分けて置いておく。まず、確度の高い記録として押さえられるのは、二〇一二年一月二十七日という日付だ。この日、ミッドナイトゲームのテキストがクリーピーパスタ・ウィキに掲載された。同ウィキ自身が管理している年表に、この日付が明記されている。
ちなみに同じ日には別の儀式系テキストも掲載されており、当時このジャンルがまとめて整理・アーカイブされていく段階にあったことがうかがえる。掲載時の著者表記は「原作者不明」。つまりウィキに載った時点で、既に出所が分からなくなっていた。では、それ以前は。英語圏の儀式怪談を継続的に追ってきた書き手は、確認できるいちばん古い版を二〇一〇年八月としている。
二〇一〇年前後、掲示板文化圏のどこかで最初のテキストが投げられた。コピーされ、書き換えられ、一年半ほど漂流する。そして二〇一二年一月、ウィキという「保存場所」へ着地した。この流れ自体は、当時のネット怪談としてまったく典型的だ。発生源としてよく名指しされるのは、英語圏の匿名画像掲示板の超常現象板だ。
あそこは書き込みに名前が残らないうえ、スレッドが流れて消える。つまり構造的に、初出の特定ができない。この「特定できなさ」が、後から「起源不明の古い儀式」という物語を補強してしまった面もある。ただし、初出スレッドの具体的な日付やスレッド番号を提示している資料は見当たらない。ここは正直に「不明」と書いておく。
ネット上には二〇一〇年九月の掲示板投稿を初出とする記述もある。だが、一次資料に当たれる形で提示されているものは確認できなかった。断定は避ける。背景として押さえておくと、二〇一〇年という年はこのジャンルにとって節目だった。三月にレディットの怖い話専用板が開設され、八月にクリーピーパスタ・ウィキが立ち上がっている。
前者は「投稿されたすべての話を実話として扱う」という独自ルールを敷き、読者がコメント欄で疑わないことを制度化した。後者は流れて消える掲示板の書き込みを恒久的に保存する器になった。二〇一〇年に生まれた儀式怪談は、生まれた瞬間に「実話として読まれる場所」と「永久に残る場所」の両方を手に入れたわけだ。ミッドナイトゲームはその最初期の恩恵を受けた一本だと言っていい。
そこから先は、コピー・アンド・ペーストによる拡散が延々と続く。個人ブログ、まとめサイト、ワットパッドのような投稿プラットフォーム、そして各種の非公式ウィキ。二〇一三年にはすでに、英語圏の個人ブログが独自の注釈つきで「ルール解説」を掲載していた。そこには危険度の評価や、針の消毒と蝋燭の火事に関する注意書きまで添えられている。三年で、名もない書き込みが「解説される対象」になった。
数字が勝手に増えたり減ったりする、伝言ゲームとしての一面
ミッドナイトゲームを何十本も読み比べていくと、細部が版ごとに少しずつずれているのが分かる。そして、そのずれ方に法則がある。いちばん揺れるのがノックの回数だ。最も権威のある版はどれも二十二回で揃っており、日本語圏の主要な紹介記事も二十二回を採っている。ここは実質的に確定と言っていい。
ところが再話が重なるにつれて、この数字はしばしば別の数に置き換わる。人づてに語られるとき、二十二という中途半端な数字は覚えにくい。だから話者は、より印象的な数、より切りのいい数、あるいはより大げさな数に無意識で置き換える。三桁の数字を挙げる再話に出会ったら、それは原典から何段階も離れた版だと思っていい。「あれは百回以上叩くやつでしょ」という誤記憶は、この種の伝播ではむしろ自然に発生する。
蝋燭の色も揺れる。白でなければならないとする版があり、色の指定がない版がある。火の点け直しの猶予は十秒でほぼ固まっているが、ここも稀に別の秒数になる。塩は「円を作る」で統一されているが、円の直径を指定する版もあれば、塩の種類にこだわる版もある。終了時刻の3時33分だけは、驚くほど揺れない。
これは数字そのものが記憶のフックになっているからだ。ゾロ目は覚えやすい。そして西洋の怪談文脈における午前3時台の特権的な扱い――悪魔の時間、魔女の時間という通称――と結びついている。だから意味づけも簡単にできる。伝言ゲームで生き残るのは、意味を与えやすい要素なのだ。
この「揺れる部分と揺れない部分」の分布を見るだけで、この話が口伝と文書のあいだを何度も往復してきたことが分かる。純粋なコピー・アンド・ペーストだけなら、こんな分散は起きない。誰かが読んで、閉じて、後日に思い出しながら書き直す。そういう工程が何度も挟まっている。
別バージョンたち、ひとつずつ
まず複数人版。一人でやる想定の原型に対して、友人同士でやる版が早い段階から流通した。物語形式の再話ではむしろこちらが主流で、四人でハロウィンの夜に集まって始める、という導入は定番中の定番になっている。複数人版の場合、参加者は全員が自分の名前と血を記した紙を用意し、それぞれが蝋燭を一本持ち、家の中で散開する。ノックする役は一人でいい。
この版が優れているのは、単純に「一人ずつ脱落していく」構造が作れる点だ。蝋燭が消える順番がそのまま死亡フラグの順番になる。原型が持っていた孤独な緊張感は薄れるが、読み物としての起伏は圧倒的に増える。二〇一〇年代半ば以降に量産された物語版のほとんどが、この複数人版の骨格を使っている。塩を使わない版もある。
原型では塩が唯一の防御手段だが、これを別のものに置き換えた版がいくつも流通している。聖水に置き換えたもの、白墨で円を描くもの、米を撒くもの。米で円を作る版は、東アジア圏の魔除け観念が混ざった痕跡だと思われる。防御手段を置き換えると儀式全体の宗教的な出自が変わって見えるので、この改変はかなり大きい。「異教の儀式」を名乗っているのに防御が聖水、という版は、原典が主張する背景と真正面から矛盾している。
にもかかわらず平然と流通しているあたりに、この話の設定の緩さが出ている。蝋燭の扱いを変えた版も存在する。原型はライターの火で代用してはいけないと明記する。だが、後発の版には「蝋燭が三本必要」「途中で新しい蝋燭に替えてはならない」といった追加規則を持つものがある。規則を足す改変は、書き手が「もっと難しくしたい」と思ったときに起きる。
難易度を上げれば、達成の価値が上がる。ゲーム的な発想が入り込んでいる証拠だ。終了条件をずらした版もある。3時33分ではなく夜明けまでとする版、あるいは三時間半という長さだけを指定して開始時刻を自由にする版。後者はかなり合理的で、「0時ちょうどに始められない事情」への現実的な対応として生まれたのだろうと想像がつく。
そして日本語圏での翻案。日本語で紹介されるとき、この儀式は基本的に原型に忠実に訳された。むしろ問題になったのは翻訳ではなく物理的条件のほうで、後述するように「木製の玄関ドア」という要求が日本の住宅事情と真正面から衝突したのだ。結果として日本語圏では、玄関ドアを室内の木製建具に読み替える運用が自然発生的に生まれた。押し入れの襖、木の引き戸、和室の障子。
もちろんどれも原典の指定からは外れる。だが伝承というのは、そうやってその土地の建材に合わせて曲がっていくものでもある。もう一つ、日本語圏で観察できるのは「ひとりかくれんぼとの混同」だ。両者はどちらも深夜、どちらも塩を使い、どちらも家の中で何かから隠れる。似すぎている。
だから紹介記事のコメント欄でも、両者を並べて語る書き込みが繰り返し現れた。ハイブリッドな手順を書き込む者もいた。人形に名前をつけたうえでミッドナイトマンを呼ぶ、というような。伝承同士が接触したときに起きる典型的な融合現象で、これはこれで観察対象として面白い。
日本語圏に着地したとき、最初に笑われたこと
日本語圏でこの儀式が広く知られるようになった契機の一つは、二〇一六年六月十八日に大手の不思議系メディアが公開した紹介記事だ。「決してやってはいけない。古から伝わる異教の儀式」という趣旨の見出しだった。道具立てから手順、禁止事項までを一通り訳出したもので、この記事以降、日本語で「ミッドナイトゲーム」を検索したときの基本情報がほぼ固定される。
同時期には別の紹介記事もいくつか出ており、夏場の怪談需要に乗る形で「決してやってはいけない儀式」という括りで並べられることが多かったのだ。その後、ピクシブ百科事典に項目が立ち、都市伝説をカタログ的に扱う各種サイトにも収録された。ピクシブ百科事典の項目は手順を七段階に分けて簡潔にまとめており、関連項目として真っ先にひとりかくれんぼを挙げている。
日本語圏がこの儀式をどう位置づけたかが、その一行に集約されている。海外版のひとりかくれんぼ、という理解だ。そして、コメント欄が最初に食いついたのは、恐怖ではなく物件だった。日本の住宅に木製の玄関ドアはめったにない。集合住宅の玄関は基本的に鉄製だ。
この一点で、日本語圏の読者の多くは儀式の入り口で止まった。「うちの玄関、金属なんだけど」「そもそも玄関開けたら共用廊下なんだが」「深夜0時に玄関を二十二回叩いたら、来るのはミッドナイトマンじゃなくて隣人」。この手の書き込みが並んだ。三つ目は冗談のようでいて、かなり本質を突いている。集合住宅で深夜に二十二回ノックすれば、実際に起きるのは近隣トラブルだ。
もう一つ突っ込まれたのが、間取りだった。三時間半歩き回り続けろ、という指示は、部屋数のある一戸建てを前提にしている。ワンルームで三時間半歩き回るのは、儀式ではなく苦行だ。「六畳間をぐるぐる回る俺、傍から見たら完全に危ない人」という書き込みは笑った。だが、同時にこの儀式が持つ演出上の前提条件――広くて暗くて見通しの悪い家――を裏側から言い当ててもいる。
そして三つ目の突っ込みが、報酬の不在だった。成功しても何ももらえない。生き延びるだけ。「勝ってもゼロ、負けたらマイナス。誰がやるんだ」という指摘は、真っ当すぎて反論しにくい。
ここは実際にこの儀式の弱点で、ひとりかくれんぼも同じ弱点を抱えている。呼び出して、逃げて、追い払う。プラスの部分がどこにもない。呼び出したものと会話できる、さとるくんのような形式と比べると、動機づけの設計が明らかに弱い。
語られてきた三つの夜
儀式怪談の醍醐味は結局のところ体験談にある。ここでは、英語圏と日本語圏の掲示板・ブログ・動画に流通してきた語りのうち、繰り返し語られる型を三つ、読み物として再構成しておく。いずれも特定の個人を指すものではなく、複数の類話に共通する骨格を再話したものだ。一つ目は、いわゆる「最初の一時間で終わった夜」の型である。語り手は十七歳。
親が留守の週末、友人三人を家に呼び、深夜0時に儀式を始めた。ノックまでは笑いながらやった。二十二回目を叩いたとき、誰かが吹き出して、そのせいで一度やり直したという細部がよく添えられる。真剣にやっていない、という自己申告が、後の恐怖の落差を作る仕掛けだ。散開して三十分ほどは何も起きない。
ただ暗い家を歩くだけ。退屈すら感じ始めた頃、二階にいた友人の悲鳴が聞こえる。駆け上がると、その友人は廊下で座り込んでいて、蝋燭が消えている。手が震えてライターが点かない。全員でその子を囲んで火を点け直そうとするが、三度失敗する。
四度目で点いた瞬間、廊下の突き当たりで何かが動いた気がした――という語りで、この型はたいてい終わる。逃げ出して、朝まで車の中で過ごした。それだけだ。決定的なものは何も見ていない。この「見ていない」ことこそが、この型の体験談が説得力を持つ理由になっている。
派手な描写がないぶん、嘘くさくない。二つ目は、「塩の円の中で三時間過ごした夜」の型だ。語り手は一人でやった。最初の一時間は何もない。二時前後に、居間の方向から囁き声のようなものが聞こえ始める。
言葉としては聞き取れない。テレビの音量を絞ったときのような、確かに人の声のようだが内容のない音。無視して歩き続けたが、二時半を過ぎたあたりで蝋燭が消えた。慌ててライターを出したが、点かない。ガスは残っている。
着火はする。だが芯に移らない。十秒どころか一分近く格闘して、諦めて塩を撒いた。ここから3時33分までの一時間弱が、この型のクライマックスになる。円の中に座り込んでいる間、外から名前を呼ばれた、という語りが多い。
それも、母親の声で、あるいは兄弟の声で。家族は不在のはずなのに。振り返らなかった、出なかった、目を閉じて時計だけ見ていた、と語り手は言う。3時33分に照明を点けたら、塩は円のまま乱れておらず、家には誰もいなかった。この型は、円の外から誘われるという原典の設定を忠実になぞっており、語りとしてはかなり「教科書通り」だ。
だからこそ、原典を読んだ人間が書いた可能性も高い。三つ目は、動画投稿の隆盛期に大量発生した「配信された夜」の型である。二〇一〇年代半ば以降、この儀式は動画プラットフォームの企画として繰り返し実演された。深夜0時、カメラを回しながら儀式を始め、暗視モードで家の中を歩き回り、視聴者と一緒に3時33分を待つ。物音がするたびにカメラが振れ、悲鳴が上がり、コメント欄が盛り上がる。
この型の語りは、体験談というより興行だ。そして興行だからこそ、必ず何かが起きる。何も起きない三時間半は、動画として成立しないからだ。結果として、この型の記録には、扉が勝手に閉まる、背後で影が横切る。蝋燭が理由もなく消える、といった「都合よく起きる現象」が高密度で詰まっている。
日本語圏でも同様の実演企画が作られ、ゆっくり解説の形式で儀式の内容を紹介する動画が数え切れないほど投稿された。面白いのは、この動画群が結果的に「教科書」の役割を果たしてしまったことだ。テキストを読まずに動画で知った世代が、動画で見た手順を正解として広めた。伝承の主要な媒体が文字から映像に移った瞬間が、この儀式には記録として残っている。
なお、この三つ目の型については、視聴者の側からの反証も同時に大量に生まれた。編集点が不自然だという指摘、蝋燭の消え方が息を吹きかけたときの動き方だという指摘、暗視モードのノイズを人影と呼んでいるだけだという指摘。動画は証拠になりそうに見えて、実際には最も検証しやすい形式だった。この皮肉は記録しておくに値する。
掲示板が真っ先に指摘した、致命的なほころび
儀式怪談は、必ず突っ込まれる。そして突っ込みの質が、その怪談の寿命を決める。ミッドナイトゲームに対して繰り返し向けられてきた反証を、主要なものから並べていく。最も鋭い指摘は、塩に関するものだ。この儀式には、最初から公式の安全策が組み込まれている。
蝋燭が消えて、点け直せなくても、塩の円に入れば助かる。しかも塩は最初に用意しろと指示されている。つまり、儀式の設計者は「失敗する人が出ること」と「その人が助かること」を最初から想定している。本当に人を殺す儀式に、なぜ救済ルートが標準装備されているのか。これは伝承ではなく、ゲームデザインだ。
難易度調整であり、リトライ機構だ。この一点を突かれると、古代の罰の儀式という看板はほぼ崩壊する。神が背信者を罰するために作った儀式に、負けても助かる抜け道があるわけがない。次に指摘されるのが、反証不可能性の過剰さだ。何も起きなかった場合の説明として、この儀式は複数の言い訳を用意している。
ドアが木ではなく、ノックのタイミングが0時とずれており、血が乾いており、真剣に信じていなかった。挑発的な態度だった。どれか一つは必ず当てはまる。当てはまるように作ってある。逆に何かが起きた場合は、それがどんなに些細でも兆候として回収される。
寒気がした、音が聞こえた、火が揺れた。全部が証拠になる。当たりしか出ないくじ引きは、くじ引きではない。三つ目は、記録の不在だ。この儀式は「失敗すると消える」と言う。
ならば、失敗者の記録がどこかに残っているはずだ。行方不明者の届出、警察の捜査、家族の証言。それらしいものは一つもない。あるのは「友達の友達が」で始まる伝聞だけだ。この構造は、都市伝説の教科書的な特徴そのものである。
四つ目は、そもそも初出の匿名性への疑いだ。二〇一二年一月にウィキへ載った時点で作者不明。それより前の版が二〇一〇年頃に確認できる。つまり、この儀式は「近代のインターネットが記録を持ち始めた時期」より後に生まれている。もし本当に何百年も前から続いていたなら、二十世紀の民俗学的な採集記録のどこかに引っかかっていなければおかしい。
引っかかっていない。それが答えだ。五つ目に、儀式の内部矛盾がある。日本語圏のコメント欄でよく見かけた指摘だ。だが、そもそも「彼」は招待されて初めて家に入れるのに、なぜ3時33分を過ぎても居座れるのか。
招待に期限があるなら退去するはずで、退去しないなら招待という設定が無意味になる。後付けの「彼はまだ見ている」という一行は、恐怖の余韻を残すために足されたもので、ルールの整合性を犠牲にしている。物語として盛るたびに、儀式としての筋が通らなくなっていく。これは、この話が誰か一人の設計者によって作られたものではなく、多数の書き手が継ぎ足していった集合的な産物であることの、最も分かりやすい証拠だ。
暗闇と寝不足が人にさせること
反証は反証として、体験談を書いた人たちが全員嘘をついているとは私は思わない。むしろ、かなりの割合が「本当に何かを感じた」のだと思う。ただし、その原因が家の中を歩き回る背の高い黒い何かである必要はない。まず、暗順応の話をしておく。人間の目は暗い場所に置かれると、時間をかけて感度を上げていく。
桿体細胞が働き始めるまでには数十分かかり、完全に暗順応するには三十分から四十分ほど必要とされる。この状態の視覚は、輪郭の解像度が落ち、色の識別がほぼできなくなる一方で、わずかな輝度差に極端に敏感になる。つまり、暗闇に慣れた目は「何かがある」と感じやすく、「それが何か」は判別できない、という状態になる。儀式が要求する三時間半という長さは、この状態を維持し続けるのにちょうどいい。
そこに蝋燭を一本持たせる、というのが本当によくできている。蝋燭の光は、暗順応を完全には許さない。近くだけがぼんやり見えて、遠くは見えない。しかも炎は絶えず揺れるので、周囲の影が常に動く。壁に映る自分の影が、歩くたびに伸び縮みする。
動く影は、脳の視覚処理系にとって最優先の注意対象だ。この状況を三時間半続ければ、視界の端で何かが動いたと感じない方がおかしい。次に、パレイドリアの話がある。人間は曖昧なパターンから顔や人型を読み取るように出来ている。暗がりのコート掛け、開いたドアの隙間、カーテンの襞。
これらが人型に見える現象は病理ではなく、正常な知覚処理の副作用だ。そして押さえておきたい点がある。あらかじめ「背の高い黒い人型が現れる」と教え込まれた状態で暗闇に入ると、パレイドリアが出力する形が、その教えられた形に寄るのだ。何が出てくるかを知っている人ほど、それを見る。聴覚も同じだ。
夜の家は、実際にはかなりうるさい。木材が温度変化で軋む音、給湯配管の膨張収縮、冷蔵庫のコンプレッサー、外の風、遠くの車。日中はこれらを無視できているが、静かな暗闇で神経を尖らせていると全部が拾える。しかも、囁き声が聞こえるという前提を持って聞けば、意味のない音の連なりから言葉らしきものを聞き取ってしまう。この現象は音声パレイドリアと呼ばれ、心霊現象の録音の多くがこれで説明できるとされている。
そして最後に、睡眠だ。儀式は「眠ってはいけない」と明示する。深夜0時から3時33分といえば、多くの人にとって最も強い眠気が来る時間帯だ。断眠状態が続くと、知覚の異常は明確に増える。入眠時幻覚――眠りに落ちる直前に現れる。
鮮明な映像や音声や、誰かがいるという感覚――は健康な人にも普通に起こる現象で、疲労や睡眠不足があると出やすくなる。半分眠りかけた状態で、暗い廊下に座り込んでいれば、名前を呼ばれた気がするのはむしろ自然だ。つまりこの儀式は、暗順応を妨げる光源を持たせ、動く影を作り続け、断眠を強制する。そのうえで、あらかじめ何が現れるかを教え込み、三時間半その状態に置く。そういう手順になっている。
心霊現象を発生させるための装置として設計したなら、これはかなり優秀な設計だ。もちろん、設計者がそこまで意識していたかは分からない。だが結果として、何かを見る確率を最大化する構成になっている。
本当に危ないのは、たぶん蝋燭のほうだ
超自然的な危険については散々書いてきたが、この儀式には一つ、まったく超自然的でない、しかし確実に存在する危険がある。裸火だ。真っ暗な家の中で、火の点いた蝋燭を持って三時間半歩き回る。眠気と戦いながら。この行為の物理的なリスクを、少し具体的に考えてみてほしい。
カーテンの近くを通る。布団の脇を通る。紙の載った机の横を通る。手元は暗く、足元はもっと暗い。何かにつまずいたとき、手に持っているのは火だ。
日本の消防機関は、ローソクを原因とする火災について繰り返し注意喚起を行っている。仏壇や神棚まわりの事例が多いが、恐ろしいのはそこではない。「炎が直接届かない場所から出火した」という報告が、実際に存在するのだ。ある消防組合が公表した事例を見てほしい。ローソク立ての受け皿に水分が残った状態で使ったことで、火の点いた芯が立てから飛び上がり、離れた障子に燃え移ったと推定されている。
実験で再現されたこの現象は、水分がなければ起きないが、条件が揃えば起きる。要するに、裸火は「見ている範囲だけが危険」ではない。さらに、この儀式は「照明を点けてはいけない」「家から出てはいけない」というルールを課している。つまり、万一のときに真っ先に取るべき行動を、儀式そのものが禁止している。火が出ても電気を点けるな、逃げるな、と。
もちろん誰も本気でそのルールに殉じたりはしないだろう。だが、深夜、暗闇、寝不足、パニックという条件が揃った状態で、頭に「ルールを破ってはいけない」という枷が入っているのは、率直に言って危ない。血を採るという手順にも触れておく。針で指を刺す行為そのものは日常的な範囲だが、消毒されていない道具を使えば感染のリスクは当然ある。複数人でやる場合に一本の針を回し使いするなど、論外だ。
この儀式の解説記事の多くが「消毒した針を使え」と書いているのは、書き手なりの良心なのだろう。だが、そこまで気を回せる人間が、そもそも深夜に裸火を持って三時間半うろつくことのリスクに気づかないわけがない、とも思う。だからこの記事は、はっきり書いておく。これは読むものであって、やるものではない。ミッドナイトマンに会う確率よりも、カーテンに火が移る確率のほうが、比較にならないほど高い。
ひとりかくれんぼ、エレベーターゲーム、さとるくんと並べてみる
ミッドナイトゲームを理解するには、同じ棚に並ぶ他の儀式型ネットロアと比べるのがいちばん早い。ひとりかくれんぼは、二〇〇七年四月十八日に日本の大型掲示板のオカルト板へ詳細な手順が投稿されたことで爆発的に広まった。ぬいぐるみの中身を抜き、米と自分の爪を詰め、縫い合わせる。名前を付ける。深夜三時に儀式を始め、塩水を口に含んで隠れる。
構造がミッドナイトゲームと驚くほど似ている。深夜であること、自分の身体の一部(爪、あるいは血)を差し出すこと、名前という記号を媒介にすること、塩が防御であること、そして「隠れる」こと。ただし決定的に違う点がある。ひとりかくれんぼには、実況という文化が最初から張りついていた。手順が投稿された直後から、実際に試した人間が掲示板にリアルタイムで書き込み、それを大勢が見守った。
この「見られながらやる」構造が、日本の儀式怪談の最大の特徴だと思う。ミッドナイトゲームは、この実況文化を持たないまま生まれ、後から動画という形で実況を獲得した。生まれ順が逆なのだ。なお、ひとりかくれんぼについては、元の投稿者が「自作自演の創作だった」と明かしたという話が伝わっている。ただし本人が西日本に実在する儀式を下敷きにしたとも述べたとされ、この告白自体の真偽も確定していない。
創作だと明かされてなお伝承として生き続けている点は、ネット怪談の強靭さを示す好例だ。エレベーターゲームは、二〇〇八年十一月二十二日に日本の掲示板へ投稿されたのが確認できる最も古い版とされる。十階建て以上の建物のエレベーターに一人で乗り、決められた順番で階を巡り、五階で一階のボタンを押す。若い女が乗ってきたら、それは人ではない。この原型は驚くほど素っ気なく、成功した後どうなるかすら書かれていない。
その空白が、後に韓国語圏で埋められていく。二〇一〇年七月十一日付の韓国語の投稿が、確認できる最古の韓国語版とされる。そこには中断して帰る方法や、異世界に着いたときの光景といった具体的な描写が加わった。電子機器が動かなくなり、全ての灯が消えた自分の町が見える、というやつだ。英語圏に翻訳されて出回るのは二〇一一年十月頃からだ。
日本発、韓国経由、英語圏着。この経路は、ミッドナイトゲームの英語圏発、日本語圏着とちょうど逆向きになっている。儀式型ネットロアは、二〇一〇年前後に太平洋を両方向に渡っていた。この時期に何が起きていたかというと、翻訳ブログの隆盛だ。海外の怖い話を訳して紹介する個人ブログが各言語圏に生まれ、それが伝承の運び屋になった。
ミッドナイトゲームが日本語圏に届いたのも、この運び屋の流れの中でのことだ。さとるくんは少し毛色が違う。二〇〇〇年代前半に流行したとされるこの儀式は、公衆電話から自分の携帯へ電話をかけ、決められた文句を唱えるところから始まる。呼び出された「さとるくん」は二十四時間以内に電話をかけてきて、少しずつ現在地を告げながら近づいてくる。背後まで来たとき、どんな質問にも答えてくれる。
ただし振り返れば連れて行かれる。さとるくんが優れているのは、報酬が明示されている点だ。呼び出す動機がある。知りたいことに答えてもらえる。ミッドナイトゲームとひとりかくれんぼが抱える「勝っても何も得られない」という設計上の弱点を、さとるくんは持っていない。
その代わり、儀式に必要なのが公衆電話であるという時代的な制約を負った。公衆電話が街から消えていくにつれて、この儀式は実行不可能な伝承になっていった。伝承が使う小道具は、その伝承の寿命を決める。そしてもう一つ、チャーリー・チャーリー・チャレンジ。二〇一五年五月末に世界的に流行したこの遊びは、紙に「はい」と「いいえ」を書き、鉛筆を二本十字に重ね、決まった呼びかけをする。
鉛筆が動けば返事だ。仕組みは単純で、上に載せた鉛筆が重力と微細な傾きで転がるだけである。にもかかわらず、複数の国で学校が注意喚起を出す事態にまで発展した。この一件が示したのは、儀式の複雑さと流行の規模はまったく比例しない、ということだ。むしろ簡単なほうが広まる。
ミッドナイトゲームが世界的な学校騒動を起こすほどには広まらなかった理由の一つは、手続きが重すぎたからだと私は思っている。
なぜ二〇一〇年代は、こんなに儀式だらけだったのか
二〇一〇年前後から数年間、英語圏でも日本語圏でも、儀式型のネット怪談が異常に増えた。ミッドナイトゲーム、三人の王、砂男の儀式、フード付きの男の儀式。数え上げればきりがない。なぜこの時期だったのか。一つは、単純に器が整ったからだ。
前述の通り、二〇一〇年に怖い話専用の投稿板と保存用のウィキが揃った。それまで書き込んで流れて消えていた話が、蓄積されるようになった。蓄積されると、比較ができる。比較ができると、フォーマットが抽出される。「儀式型」という型が確立したのは、この蓄積があったからだ。
二つ目は、読者参加の飢えだ。読むだけの怪談は、読み終われば終わる。だが手順が書いてある怪談は、読み終わった後に「やれる」という余白を残す。実際にやらなくてもいい。やろうと思えばやれる、という状態が、話を頭から離れなくさせる。
深夜に一人でいるとき、あの手順を思い出してしまう。この粘着力が、儀式型の最大の武器だった。三つ目は、動画の存在だ。物語形式の怪談は朗読になるが、儀式型の怪談は実演になる。実演はコンテンツとして強い。
二〇一〇年代半ばの動画プラットフォームは、まさにこの手の企画を大量に必要としていた。儀式型ネットロアは、動画時代の要請に対して完璧に適合したフォーマットだったのだ。手順があり、制限時間があり、失敗条件があり、真っ暗な家という舞台がある。これは企画書としてほぼ完成している。四つ目に、民俗学が「レジェンド・トリッピング」と呼んできた行動様式との接続がある。
若者が、伝説の舞台とされる場所へ夜中に出向く。墓地、廃墟、事故現場。実際の危険はほとんどないが、自分の度胸を証明できる。この行動は昔から世界中で観察されてきたもので、若者にとっての通過儀礼のような機能を持つとされる。二〇一〇年代に起きたのは、この巡礼の目的地が「自分の家」になった、ということだ。
どこにも行かなくていい。深夜0時になれば、自分の部屋が伝説の舞台になる。移動コストがゼロになった巡礼が、儀式型ネットロアの正体だと考えると、いろいろと腑に落ちる。そして五つ目、これは苦い話だが、儀式型の流行が実害を生んだ例もある。二〇一四年、アメリカでスレンダーマンという創作上の存在を「証明する」ために少女二人が同級生を刺した事件が起きた。
ネット怪談が現実の暴力に接続しうることを、この事件は残酷な形で示した。ミッドナイトゲームに同種の重大事件は確認されていない。だが、深夜の裸火という物理的リスクを抱えている以上、まったく無関係な話ではない。伝承が現実に触れる面積は、思っているより広い。
映画になり、小説になり、商品になった
二〇一三年、この儀式は映画になった。監督はエー・ディー・カルヴォ。高校生たちが親の留守中に集まって儀式を始め、規則を守れずに崩壊していくという筋立てで、同年三月二日にマイアミの映画祭で上映され、翌年八月にソフト化された。批評は割れたが、雰囲気作りについては評価する声があった。さらに二〇一六年、別の同題の映画が作られる。
監督はトラヴィス・ザリウニー。一九五三年の屋根裏で行われた儀式を発端に、現代の少女が祖母の屋根裏で規則書を見つけてしまう、という構成だった。老女役にリン・シェイ、医師役にロバート・イングランドが入っている。ホラー好きにはたまらない配役だった。二〇一六年九月三十日にカナダで初上映された後、しばらく米国での公開先が決まらなかった。
二〇一八年一月にようやく配信と劇場公開に至っている。批評家の評価は厳しく、大手のレビュー集計サイトでは二割台の支持率に留まった。「機械的なかくれんぼの繰り返し」といった辛辣な評もあったのだ。ただしシェイとイングランドの演技、そして撮影については褒める声があった。この二本が並んで存在していること自体が、この儀式の伝播力を示している。
同じ元ネタから、数年違いで二本の長編が作られた。しかも後発の監督は、企画中に先行作の存在を知って「誰かが自分の書いてる映画を作ってる」と冗談を言ったと伝えられる。誰の権利物でもない、作者不明のネット怪談だからこそ起きたことだ。二〇二四年には、この儀式を題材にした若年層向けの小説も出版されている。ポッドキャストの回として取り上げられた例も多い。
こうして振り返ると、二〇一〇年頃に誰とも知れない人物が書いた数百語の文章が、十数年で映画二本と小説と無数の動画を生んだことになる。作者は一銭も受け取っていない。名前すら残っていない。ネット怪談というものの、身も蓋もない現実がここにある。
それでも、この話が怖い理由
散々ばらしておいて何だが、私はこの儀式の話がかなり好きだ。理由を言語化しておきたい。第一に、舞台が自分の家であること。ホラーの定番は「異界へ行く」ことだが、この儀式は逆で、異界のほうを自分の家に招き入れる。しかも招き入れるのは自分自身だ。
同意している。招待状に自分の名前と血で署名までしている。この「自分でやった」という要素が、恐怖の質を変える。逃げ場がないのではなく、逃げ場を自分で潰したのだ。第二に、時間の設計。
0時から3時33分という三時間半は、絶妙に長い。一時間なら耐えられる。一晩なら諦めがつく。三時間半は、途中で心が折れる長さなのだ。しかも終わりの時刻がはっきりしている。
あと何分、と数えられる。数えられるからこそ、残り時間が減らないことに絶望する。マラソンのゴール地点が見えているのに近づかない、あの感覚に近い。第三に、勝利条件の空虚さ。生き延びても何も得られない。
この「無報酬」は設計上の弱点だと先ほど書いたが、恐怖の観点からは長所でもある。得るもののない賭けに全額を張っている状態は、シンプルに正気ではない。そして正気でないことを、自分でも分かっている。この自己認識が、儀式の最中の孤独をきつくする。第四に、彼が何をするのか誰も知らないこと。
幻覚を見せるのか、内臓を抜くのか、存在ごと消すのか。版によって違うということは、読者の頭の中では「そのどれでもありうる」ということだ。可能性の集合が、確定した一つの結末より怖い。この曖昧さは、結果的にせよ最良の演出になった。第五に、終わらないこと。
3時33分を過ぎても、彼は完全には去らない。この一行が、儀式を「読んだ後」まで引き延ばす。読み終えて画面を閉じて、部屋の電気を消したときに、ふと思い出す。招待などしていないのに。していないよな、と確認したくなる。
確認したくなった時点で、この話は仕事を終えている。ここまで書いてきて、改めて整理しておきたいことがいくつかある。ミッドナイトゲームという一本の儀式怪談を、どういう対象として扱うのが正しいのか、という話だ。まず事実関係を、確度の順に固め直しておく。確実なのは、二〇一二年一月二十七日にクリーピーパスタ・ウィキへ掲載されたこと。
掲載時点で著者は不明とされていたこと。同ウィキ自身の年表がこの日付を記録していること。次に確度が高いのは、それ以前、二〇一〇年八月時点で流通していた版が確認されていること。これは英語圏の儀式怪談を継続的に調査してきた書き手の記述に基づく。ここまでは、根拠を指し示せる。
その先は霧の中だ。最初に書いたのが誰なのか、どの掲示板のどのスレッドだったのか、いつだったのか。英語圏の匿名画像掲示板の超常現象板が発生源だという説明は広く共有されている。だが、一次資料の形で提示されたものは見当たらない。二〇一〇年九月十日という具体的な日付を掲げる資料も存在するが、その根拠は追えなかった。
だからこの記事では、そこを確定させない。確定させないことが、この種の調査では誠実な態度だと思っている。ネット怪談の起源を語るとき、いちばん多い誤りは「もっともらしい日付を一つ選んで書いてしまう」ことだ。書いた瞬間、それが引用されて既成事実になる。この記事がその連鎖の一環になるのは避けたい。
次に、「異教の儀式」という自称起源について、もう一段深く踏み込んでおきたい。この主張が嘘であることは既に書いた。だが、なぜこの嘘が選ばれたのかを考えると、二〇一〇年前後の英語圏インターネットの空気が見えてくる。当時、オカルト系のネット文化には二つの権威づけの手法があった。一つは「政府の機密文書」型。
もう一つが「古代の失われた知識」型だ。前者は冷戦後の陰謀論文化の遺産で、後者は十九世紀のオカルト・リバイバル以来の伝統を引き継いでいる。ミッドナイトゲームは後者を選んだ。そして、その選択には合理性がある。政府機密型は、証拠として文書や写真が要求される。
古代知識型は、証拠が失われていることが前提なので、証拠を出さなくていい。個人が短時間で書ける怪談としては、圧倒的に後者が省エネなのだ。さらに、「異教」という語の選択も計算が働いている。特定の宗教名を出すと、その宗教の信者や研究者から具体的に反論される。「異教」「ペイガニズム」という広い括りなら、誰も自分のこととして反論しない。
反論者のいない設定は、生き残る。この話の看板が十五年経っても剥がれずに掲げられ続けているのは、そこがぼやけているからだ。実際、日本語圏の紹介記事の多くも、この看板を検証せずにそのまま訳出した。訳出されると、日本語圏では「海外の古い儀式」として定着する。翻訳は、しばしば検証の工程を飛ばす。
三つ目に掘りたいのは、この儀式の「規則の多さ」が何をしているか、という点だ。禁止事項を数え上げると、照明禁止、懐中電灯禁止、睡眠禁止、外出禁止、ライター代用禁止、他人の血の使用禁止、挑発禁止、円からの離脱禁止。八つある。儀式そのものの手順は七段階程度なのに、禁止事項のほうが多い。これは、ゲームというより契約書の構造だ。
そして契約書というのは、読む者に「相手が実在する」と信じさせる最短の文書形式でもある。禁止事項が具体的であればあるほど、それを禁じている主体が実在するように感じられる。ライターの火では駄目で蝋燭でなければならない、という細かい区別は、何の説明もなされない。だが説明されないことによって、「そういう決まりがある世界」の存在が暗黙に前提される。人は、細部が細かい嘘を信じやすい。
細部を作り込む労力を、嘘つきは払わないだろうと無意識に判断するからだ。もちろんこれは誤りで、怪談を書く人間ほど細部に労力を払う。四つ目に、この儀式が持つ「身体の断片を差し出す」という構造について。血を一滴。ひとりかくれんぼでは爪。
どちらも、自分の身体から切り離せる最小単位を媒介にしている。この発想自体は民俗学的にはごくありふれたもので、髪、爪、血、歯、名前といった「本人の一部あるいは本人を指す記号」が呪術の媒介になる例は世界中にある。共感呪術と呼ばれる考え方の枠組みだ。面白いのは、ミッドナイトゲームがこの伝統的な発想を、無自覚に、しかし正確に再現している点である。作者はおそらく民俗学を勉強していない。
にもかかわらず、血と名前という組み合わせを選んだ。これは、この種の発想が現代人の中にも残っているということでもあるし、あるいは既存のホラー作品を通じて学習された定型が再生産されているだけとも言える。どちらにせよ、儀式怪談を作るときに人間が手を伸ばす引き出しは、そう多くない。深夜、暗闇、鏡、水、火、名前、血、数え歌、境界としての扉。
この十個ほどの要素の組み合わせで、世界中の儀式怪談のほとんどが説明できてしまう。ミッドナイトゲームは、そのうち深夜、暗闇、火、名前、血、数、扉の七つを使っている。使っていないのは鏡と水だけだ。五つ目に、日本語圏での受容についてもう少し。この儀式が日本で「大流行」したかというと、正直に言えば、していない。
ひとりかくれんぼが二〇〇七年に起こしたような社会現象にはならなかった。カタログ的に紹介され、まとめサイトに載り、動画で解説され、それで止まった。理由はいくつか考えられる。住宅事情の壁が大きい。木製の玄関ドアという条件と、三時間半歩き回れる広さという条件を同時に満たす日本の住居は、それほど多くない。
伝承は、実行可能性が下がると急速に力を失う。さとるくんが公衆電話の消滅とともに衰えたのと同じ理屈だ。もう一つは、先行者がいたことだ。日本語圏には既にひとりかくれんぼがあった。深夜に一人で、塩を使って、家の中で何かから隠れる儀式。
構造がほぼ同じものが、しかも「実況」という強力な文化を伴って、九年も先に定着していた。後から来た輸入版が入り込む余地は狭かったのだ。実際、日本語の紹介記事のコメント欄では「ひとりかくれんぼの海外版か」という反応が繰り返し現れた。カテゴリが既に埋まっている場所に、新しいものは根を張りにくい。
そして三つ目に、この儀式が日本語圏に届いた二〇一六年前後は、掲示板文化の重心が既に移動し始めていた時期でもある。儀式怪談を育てるのに最適な環境――匿名で、リアルタイムで、深夜に大勢が張りついている場所――は、この頃には二〇〇七年ほどの熱量を持っていなかった。伝承が根を張るには土壌がいる。土壌の質が変わっていた。
六つ目、これは書いておかないと片手落ちなので書くが、この記事は「やってみた」を推奨しない。超自然的な理由からではなく、単純に割に合わないからだ。深夜に裸火を持って暗い家を三時間半歩く行為には、実在するリスクがある。カーテン、寝具、紙類、そして自分の袖。これらに火が触れる確率は、決してゼロではない。
そのうえ睡眠不足で、判断力は落ちている。消防機関がローソク火災について繰り返し注意喚起を出しているのは、実際に起きているからだ。しかも儀式のルールは、危険時に取るべき行動――照明を点ける、外に出る――を明示的に禁止している。この矛盾を抱えたまま実行するのは、単純に不合理だ。さらに言えば、集合住宅で深夜0時に扉を二十二回叩くのは、超自然的な存在を呼ぶ前に近隣を呼ぶ。
これは冗談ではなく、実際に日本語圏のコメント欄で最も多く指摘されたことでもある。伝承の実行が生む最大の被害は、たいてい人間関係のほうから来る。最後に、この話をどう読むのが一番面白いか、という個人的な結論を書いておく。ミッドナイトゲームを「本当にあるかどうか」で読むと、答えはすぐ出て、そこで終わる。ない。
看板は嘘で、記録はなく、設計にはリトライ機構が組み込まれている。三分で片がつく。だが、「誰がなぜこう書いたか」で読むと、これはかなり豊かなテキストになる。二十二回という覚えにくい数字を選んだ判断。木製という説明されない条件だ。
塩という救済ルートの標準装備。3時33分というゾロ目の記憶しやすさ。禁止事項が手順より多いという契約書的な構造。そして結末が版ごとに割れているという、集合的著作の痕跡。一つ一つに、書き手たちの判断が化石として残っている。
作者は不明のままだが、判断は残っている。そして何より、この文章は十五年以上、誰の管理も受けずに増殖し続けてきた。書き換えられ、翻訳され、映像化され、笑われ、また書き換えられ、名前も残らず、金にもならず、それでも消えなかった。伝承というのは本来そういうもので、我々はたまたま、その発生から現在までを記録として追える珍しい一例を手にしている。
中世の民話がどう変形していったかを、我々は結果からしか知らない。ミッドナイトゲームについては、途中経過が全部残っているのだ。だから、これは怖い話であると同時に、標本でもある。深夜0時にドアを叩く必要はない。画面の中で、この話がどう形を変えてきたかを追うだけで、十分すぎるほど面白い。
そして、それが安全な楽しみ方でもある。蝋燭に火を点けるのは、誕生日ケーキの上だけでいい。
