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ささろさん

顔のない同居人と暮らす家族の話

ある一家の日常に、たしかな違和感が忍び込んできた。はっきりした亀裂ではない。きっかけは三歳の娘のひとことだった。夕飯の支度をしていた母親の背中に、娘は誰に教わったふうでもなくこう言ったのだ。

「うちには、ささろさんがいるよ」。母親は最初、聞き間違いかと思って聞き返した。すると娘はもう一度、同じことをはっきり繰り返す。父親が「どんな人?」と聞くと、娘は両手を大きく広げてみせた。

「おおきくて、しろくて、やさしいの」。そして続けて、なんでもないことのようにこう付け足した。「でも、かおがないんだよ」。

まあ、この年頃の子どもならイマジナリーフレンドだろう、空想の友達ってやつだろう、と軽く流すのが普通の反応だと思う。実際、しばらく誰もこの話を深追いしなかった。子どもって、テレビで見たキャラクターや絵本の登場人物を、さも家にいるかのように話すことがよくある。だからこのときも、両親は特別に気にとめたわけじゃなかった。ただ日常の細部に、うまく説明のつかない出来事がぽつぽつと積み重なっていく。

ある朝、母親が娘の部屋に入ると、寝ぐせひとつない三つ編みがきれいに編み上げられていた。母親には編んだ覚えがない。父親にも心当たりはない。恐る恐る「これ、誰が編んでくれたの?」と聞くと、娘は当たり前みたいに「ささろさんにしてもらったの」と答える。三歳児が自分でここまできれいな三つ編みを仕上げるなんて、まず無理な話だ。

別の日、父親が浴室で頭を洗っていたら、閉め切ったドアの向こうじゃなくて、すぐ背後に人の気配を感じた。振り返っても、湯気の向こうに人影なんてない。でもその夜、娘は父親に向かって笑いながらこう言ったという。「パパ、さっきささろさんとお風呂入ってたね」。父親はそれに、何も返せなかったらしい。

家族三人で三日間の小旅行から帰ってきたときには、もっと分かりやすい出来事が待っていた。誰もいないはずの居間のソファが、深く沈んだままになっていたのだ。触れてみると、ついさっきまで体格のいい誰かが座っていたみたいに、生ぬるい温もりが残っている。

父親が娘に「これ、誰か座ってた?」と聞くと、このときだけは珍しく「知らない」という素っ気ない返事だった。それまで何を聞いても「ささろさんが」と即答していた娘が、このときだけ言葉を濁した。この反応は、両親の記憶にはむしろ肯定の答えより薄気味悪いものとして残っているそうだ。

さらに別の晩には、娘が唐突にベランダへ駆け出して、暗い夜に向かって大きく手を振り始めた。「バイバーイ、バイバーイ」。何もない空間に何度も呼びかけて、やがて満足した顔で部屋に戻ってくると、「行っちゃった」とだけ告げる。

何が、どこへ行ったのか。娘はそれ以上説明しない。父親は、怖がる素振りを見せることが何か失礼にあたる気さえして、それ以上踏み込めなかったという。

そして極めつきは菓子の一件だ。虫歯を心配した母親は、押入れの上段にチョコレート菓子を隠していた。三歳児の手が絶対に届かない高さだ。

なのに娘は、いつの間にかそれを頬張っていた。「どうやって取ったの」と問い詰めると、娘はまたいつもの調子で答える。「ささろさんに取ってもらったの」。父親はこのとき、叱るかわりに「そうか」とだけ返したそうだ。

危害を加えられている様子はどこにもない。それどころか、髪を結い、風呂に付き添い、留守番をこなし、時には菓子まで融通してくれる。座敷童子みたいに、家に福をもたらす存在なのかもしれない。ただし、この家は旧家の日本家屋じゃなくて、ごくふつうのマンションの三階だった。

一家はその後も、線香をあげたりお祓いを頼んだりはしなかった。成仏させて消えてしまうのも、余計な刺激を与えて何かが変わってしまうのも避けたかったからだ。

下手に騒ぎ立てて機嫌を損ねるくらいなら、このままそっとしておいたほうがいい。両親はそう考えたのだと思う。見えない同居人には、ただ挨拶を交わす程度の距離感を保つ。そうやって家族は、顔のない「優しいもの」と日常を分け合いながら暮らし続けている。

どこから来た話なのか、正体を辿ってみる

「ささろさん」という名前そのものを単独で扱った一次資料は、外部の検索では見つからなかった。つまりこの話、広く拡散されたというより、わりとローカルな範囲で流通してきた可能性が高い。

掲載元の原資料では「2000年代(『ほんのりと怖い話』系掲示板、詳細不明)」という位置づけがされていた。これは断片的な連投形式だった。恐怖よりも生活の中のちょっとした違和感を描く「ほんのり系」怪談ジャンルに分類されていたことを示している。

「ほんのり系」というジャンル自体は、洒落怖に代表される「洒落にならないほど怖い話」とは違う。陰惨で後戻りできない結末とは、はっきり一線を画す。読み終えたあとにぞわりとしつつも、どこか温かみや余韻が残る、家庭や日常に根ざした怪異譚を指す呼び方だ。2000年代の複数の掲示板やテキストサイトで使われていた系統らしい。

育児や家族の話題を扱う板やコミュニティと相性がいい。投稿者自身が体験を「怖い」と言い切らず、戸惑いや愛着を含んだ筆致で綴ることが多いのが特徴だ。この話もまさにその典型と言っていい。

初出そのものは不詳とせざるを得ない。ただこの手のテキストはたいてい、当時の育児系掲示板や匿名掲示板の生活雑談スレッドに書き込まれていく。あるいは個人運営の「怖い話」投稿サイトに書き込まれていくこともある。

返信を挟みながら数日から数週間かけて少しずつ書き足されていく連続投稿形式を取ることが多い。この話の構造にも、そういう連投の名残が色濃く感じられる。日常の細部が少しずつ積み重なっていく作りだからだ。

流通の経緯としては、こういう「ほんのり系」の家庭怪談は、まとめサイトのブームが来る前からあったらしい。当時は口コミやテキストサイトのリンク集経由で伝わっていたようだ。後年になると、オカルトまとめブログや「意味がわかると怖い話」「後味の悪い話」といった別ジャンルのまとめと混同されて再録されることがある。そうした過程で、少しずつ改変や省略が入っていったと考えられる。

名前の由来にも定説はない。幼児が「座敷童子」という言葉を耳にして、自分なりに発音を崩した結果生まれた造語ではないか、という説もある。家族内の愛称がたまたま一致したものが、記録に残っただけではないか、という説もある。どれも仮説の域を出ないままだ。

分かれ道、語り継がれる中で生まれたバリエーション

一番よく語られる派生は「卒業型」だ。娘の成長とともに「ささろさん」の気配がだんだん薄れていく。最後には気づかないうちに姿を消してしまうという。この型だと、小学校に上がる頃には娘自身がその話をしなくなっている。

両親が久しぶりに尋ねても「そんな人、いたっけ」と首をかしげる場面で締めくくられることが多い。座敷童子が去るときに一家の繁栄が終わるという伝承と重ねて読む向きもある。この型を語る投稿者はよく「あの子が忘れたあと、何か悪いことは起きなかったか」という不安げな後日談を添えるそうだ。

もうひとつの有力な派生は「移動型」と呼べるもの。長女のところから存在が消えたと思っていた。数年後に生まれた弟や、新しく生まれたきょうだいが、同じように「大きくて白くて顔のない」何かについて話し始めるパターンだ。この型では、個々の子どもの成長というより「家」そのものに寄り添う存在として「ささろさん」を解釈する語りが強調されていく。

三つ目の派生は、いちばん不穏な色合いを帯びている。「ソファに座っていたものだけは別物だった」とする型だ。ふだん家族に優しく接している「ささろさん」とは別に、留守中にだけソファへ深々と腰掛ける何かがいるんじゃないか。

そんな疑念が語りの軸になる。娘が唯一「知らない」と言葉を濁した場面を膨らませる形で成立した派生だと考えられている。「優しいものが一つとは限らない」という不安を煽る、ホラーとしての牙をやや剥き出しにしたバリエーションだ。

似たような話をしている家族が、他にもいる

この話の性質上、外部で確認できる独立した目撃談は極めて限られている。ただ、同じジャンルで繰り返し語られる体験の型がある。幼児にしか見えない同居人を扱う家庭怪談全般だ。匿名性に配慮しつつここに並べてみる。

ある母親の話。当時二歳だった息子が、誰もいないリビングの隅に向かって毎晩「おやすみ」と手を振ってから眠るのが日課だったという。最初はただの習慣だと思っていた。ところが、ある晩のことだ。

いつも手を振る場所に置いてあった座布団が、朝になると明らかに人が座った跡みたいにへこんでいることに気づいた。それ以来、なんとなくその一角を避けるようになったそうだ。息子は成長するにつれてその挨拶をしなくなり、今ではもう本人も覚えていない。

別の体験談は、双子の姉妹を育てる家庭のもの。姉だけが「白いおばちゃんが、いつも妹のことを見てる」と口にする時期があった。両親は妹への嫉妬や不安の表れじゃないかと心理面を心配したという。

ところが妹のほうも、姉が寝たあとの夜だけ「白いおばちゃんとお話しした」と言うことがあった。両親は次第に、二人の空想がたまたま一致しているだけとは思えなくなっていったそうだ。結局その正体は分からないまま、姉妹の成長とともに話題に上らなくなった。

三つ目は、祖母から孫へと伝わった話。投稿者は、自分の母親から聞いた話を紹介している。母親が幼い頃に暮らしていた古い借家に「顔のない大きな人」がいたという。

当時のきょうだいたちの世話を焼いていたそうだ。引っ越しとともにその存在への言及は途絶えた。母親は今でも「あれは座敷童子のようなものだったのだと思う」と語っているらしい。投稿者自身が我が子から「ささろさん」の話を聞いたとき、真っ先にこの遠い記憶を思い出したのだという。

ネットの議論はどこに行き着くか

この手の家庭怪談がネットで語られるとき、しばしば議論の中心になる点がある。「これは本当に怪異なのか、それとも育児中によくある認識のずれなのか」という点だ。幼児は記憶や空間認識がまだ発達途中だ。

親が物を置いた場所を忘れていたり、実は自分で工夫して物を取っていたりすることがある。それを後から「誰かにやってもらった」と説明するのは珍しくない。この合理的な説明を支持する層がいる。

一方で「三つ編みや菓子の一件は幼児の技術じゃ無理がある」として超常的な解釈を推す層もいる。両者のあいだで、同じ論点が何度も蒸し返される。この手の話にはお決まりの反応パターンだ。

一方で、危害がまったく描かれない「善意の怪異」という構造そのものに着目する考察も少なくない。恐怖と安心が同居する語りは、読者に答えの出ない問いを残す。「じゃあ、なぜ顔がないのか」「なぜソファに誰かが座っていたのか」という問いだ。

派手なジャンプスケアも、追いかけてくる化け物も出てこない。それなのに、読み終えたあと妙に頭から離れない。この曖昧さこそが、そういう記憶の残り方を作っている理由だ。そんな分析は、育児系コミュニティやオカルト考察系のブログ・SNSで繰り返し出てくる切り口だ。

座敷童子との類似を指摘する声もある。「守り神なのか、それとも家に住み着いた別の何かなのか」と断定しない語りの姿勢がある。その姿勢自体が、現代的な怪異観を映していると評する声もある。

座敷童子と、もうひとつの科学の物語

「ささろさん」を単独で裏づける実在の地名や事件は確認されていない。ただ、この話の根っこには「家に住み着いて、家族に恩恵をもたらす見えない存在」というモチーフがある。

岩手県を中心に伝わる座敷童子信仰と、明らかに地続きだ。座敷童子は家に富や繁栄をもたらす一方、去るときには没落が訪れるとされる、東北地方の民間信仰に根ざした精霊だ。今でも座敷童子が出るという旅館に宿泊者が殺到するなど、信仰と観光が結びついた例が実際にある。

もうひとつ。幼児が見えない相手と会話をすること自体は、わりとありふれた現象だ。発達心理学で「イマジナリー・コンパニオン」として広く研究されている。

特に三歳から七歳あたりの子どもに多く見られるとされていて、空想の友達を持つこと自体は病気でもなんでもない。むしろ社会性や言語能力の発達と関係があるという指摘もある。「ささろさん」の物語は、学術的にもよく知られた幼児期の現象と、座敷童子という土着の民間信仰が重なって生まれた。

現代のマンション暮らしという新しい生活様式のなかで、まるで偶然のように重なり合ったのだ。都市型の家庭怪談として読むことができる。

もし子どもが見えない相手について話し出して、そこに恐怖や生活上の支障が伴うようなら、怪異として扱わない方がいいと思う。睡眠の状況や生活環境、心の変化を穏やかに確かめてみるのがいい。

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