12の次が、いきなり14になっている
エレベーターに乗って、階数ボタンを何気なく見上げる。1、2、3と順に並んでいて、そこまではいい。ところが12の次が、いきなり14に飛んでいる。
都心の高層ホテル、老舗のデパート、大きな病院。こういう建物ではまるで珍しくない光景である。12の下に「12A」という妙なプレートが貼ってあることもある。
ここから生まれたのが「存在しない13階」という都市伝説になる。5ちゃんねる、かつての2ちゃんねるの洒落怖系スレッドでは、もう何年も繰り返し語られてきた定番ネタだ。
表向きの説明は簡単で、欧米から来た縁起担ぎということになっている。だが、ネットで流通している怪談のほうは、そんな上品な話ではない。押しても点灯しない13階。深夜0時を過ぎると、そこにだけ現れるという13階。行ったきり戻ってこなかった清掃員や宿泊客の話もある。
舞台も語り手も入れ替わるのに、核だけは頑固に変わらない。あってはならない階が、ある条件のときだけ姿を見せる。この一点だけは、誰が語っても必ず残っている。
深夜のフロントに、1301号室から電話が来る
いちばん典型的な語られ方を、順番どおりに追ってみよう。舞台は地方都市によくある十数階建てのビジネスホテルだ。昭和後期に建って、そのまま古びた。平日はほとんど埋まらない。
主人公は、そこに深夜勤務のアルバイトで入ったばかりの大学生ということになっている。初日に渡されたフロア表を見て、彼はすぐ気づく。やはり12の次が14になっている。
「うちは13階が無いんですよ、縁起悪いから」。先輩はそう言って笑い飛ばしたが、その笑い方がどこかぎこちなかった。
数日後の深夜、彼がフロントに一人でいると内線が鳴った。表示された発信元は1301号室で、あるはずのない部屋番号である。恐る恐る受話器を取ると、女のすすり泣きだけが聞こえてくる。何を言っているのかは、どうしてもわからない。
慌てて先輩に電話をかけた。先輩はしばらく黙り込んで、それから「気にしないで、たまにあることだから」とだけ言って切ってしまう。
押してしまった、というところから戻れなくなる
それから数週間後の話になる。忘れ物の対応でエレベーターに乗り込んだ彼は、パネルの12と14のあいだに、うっすら汚れた凹みがあることに気づいてしまう。しかも、それは押せてしまう。無いはずの13のボタンが、確かにそこにあった。
結局、好奇心のほうが勝ってしまった。押した瞬間、箱はいつもよりずっとゆっくり上がりはじめる。体が妙に重く感じられる。そしてやがて、扉が開く。
広がっていたのは、他の階とはまるで違う廊下だった。昭和四十年代あたりで時間が止まったような造りだ。壁紙は黄ばみ、照明は切れかけて明滅している。どこか遠くから古いラジオみたいな音と、かすかな笑い声が漏れてくる。
突き当たりの部屋のドアだけが、わずかに開いている。その隙間から、誰かがじっとこちらを見ている気配がした。彼は全速力で駆け戻り、エレベーターに飛び乗ってボタンを連打する。
ようやく1階に着いたとき、時計は体感よりはるかに進んでいた。それも数時間分である。この「時間が飛ぶ」という締めくくりは、この系統の話でよく使われる型らしい。
図面から消された階、という落としどころ
後日、彼は先輩にすべてを打ち明けた。そこで先輩が、やっと重い口を開くことになる。このホテルは昔、増築工事のときに事故を起こしていた。13階になる予定だったフロアで、作業員が一人亡くなった。
それ以来、その階は正式な階として登記されていない。図面の上でも「存在しない」ことにされた。だからボタンもパネルから物理的に取り外してある。それなのに、深夜だけそのボタンが戻ってくるのだという。
事故があった。工事中に人が死んだ。そして、その記録が見なかったことにされた。日本語圏の13階怪談は、ほぼ必ずこの三点セットで終わる。
もはや様式美と言っていいと思う。舞台がどこに変わっても、この骨格だけは驚くほど頑丈に生き残る。正直、よくできた型だ。
屋上遊園地の下、鍵のかかった階段室
ホテル版と並ぶ人気があるのが、昭和のデパートを舞台にした派生になる。かつて全国のデパートには、屋上遊園地がよく併設されていた。屋上は案内図にもはっきり最上階として書かれている。
ところがこの話では、案内板の最上階とエレベーターの止まる最上階が微妙にずれている。案内板は13階建てなのに、ボタンは12までしかない。13階に通じているのは従業員通用口の非常階段だけで、その扉には営業中でも常に鍵がかかっている。
主人公になるのは、閉店後の見回りを担当する警備員だ。鍵のかかった扉の前を通るたび、向こう側から子どもの足音のようなものが響いてくる。
屋上遊園地には、迷子や遊具からの転落で命を落とした子がいたという噂がついて回る。その子の霊が、無かったことにされた階に閉じ込められている。そういう解釈が定番になった。
昭和の屋上遊園地は、いまほど安全基準が厳しくなかった。転落事故も、迷子による行方不明も、全国で一定数は報告されていた時代だ。この時代背景が、話のもっともらしさを黙って支えている。
ユダとロキ、そして13を消す建築の習慣
そもそも13階が無いという現象自体は、怪談より先に実在する。欧米、とくにアメリカのホテルやオフィスビルでは、12の次を14と表示する慣行が長く続いてきた。12Aや12Mといった表記に置き換える例もある。
背景にあるのは二つの物語だ。ひとつは最後の晩餐で、13番目の席に着いていたのが裏切り者ユダだったという逸話になる。もうひとつは北欧神話で、12人の神々の宴に招かれざる客として現れた13番目の神ロキが、悪戯を仕掛けた。
そこから13という数字そのものが不吉の象徴として定着していく。北米の高層ビルの多くが13階の表記を避けているという調査結果は、繰り返し紹介されてきた。噂ではなく、建築業界の実務的な慣行の話だ。
すでに「4」と「9」を避けていた国に、13が来た
この習慣が日本に本格的に持ち込まれたのは、高度経済成長期以降になる。欧米式の高層ホテルやオフィスビルが各地に建ちはじめた頃だ。
ただ、日本にはもともと自前の忌み数がある。4は死に通じ、9は苦に通じる。病院でも駐車場でもマンションでも、この二つを避ける習慣は古くから根付いていた。
そこへ欧米の13が輸入されてくる。結果として、日本の建物には4と9と13のどれか、あるいは複数をまとめて避けたフロア表示が生まれた。二重の忌み数文化が重なった状態である。
この「13階を消す」という現実の慣行が、まず下地になった。そのうえで、消された13階には何があるのかという想像が働く。ネット怪談としての13階は、そうやって出来上がったと考えるのが自然だろう。
個人ブログや怪談投稿サイトを追うと、この手の話は2000年代後半から2010年代にかけて断続的に投稿され続けている。ただ、元祖にあたる一本を特定するのは難しい。実際に13階が飛ばされた建物を見た人が、それぞれ勝手に膨らませて怪談に仕立て直す。そういう発生の仕方をしている。
つまりこの伝説は、一か所から広がったのではない。日本各地で独立に、それでいて驚くほど似た形で語り直されてきた現代伝承なのだ。
病院、学校、マンション――舞台ごとの変奏
病院版では、13階が精神科病棟や特殊な隔離病棟ということになる。昔そこで大きな医療事故があり、以来まともなフロア番号を与えられていない、という筋立てだ。
主人公は深夜勤務の看護師になる。13階の病室番号からナースコールが鳴るのに、システム上その病室は存在しない。呼び出しに応じて向かうと、誰もいない薄暗い廊下が伸びている。点滴スタンドだけがカラカラと音を立てて、奥へ転がっていく。
学校版もなかなかしぶとい。旧制中学の校舎を前身に持つ学校が舞台になり、本館はもともと13階建てだったという設定が置かれる。戦時中の空襲で最上階が焼け落ち、以来その階数だけが図面から消された。
こちらの主人公は夜間巡回の教師や用務員だ。閉め切った旧校舎の踊り場で階段を数えると、本来12段のはずが夜だけ13段になっている。段数が増える階段という怪談は、もともと別系統として全国の学校に広く分布している。それが13という忌み数を接着剤にして、この話と混ざった。
マンション版はもっと即物的になる。13階建てのはずなのに表示は12までで、屋上に出る非常階段の踊り場が実質的な13階にあたる、という語りだ。真夜中にその踊り場で背中を押された。窓から見下ろすと、いるはずのない人影が地面からこちらを見上げていた。飛び降りと結びつけて語られることも少なくない。
触るな、とだけ言われたボタン
体験談として投稿されてきた話も紹介しておこう。ある人は、地方都市の老舗百貨店で夜間警備のアルバイトをしていた。閉店後の巡回で業務用エレベーターに乗ると、普段は絶対に光らないはずの13のボタンが、ぼんやり点灯していたという。
同僚に聞くと「それは触るな、誰も触ったことがない」とだけ返された。理由は最後まで教えてもらえない。数か月後、退職の直前になってようやく先輩の一人が打ち明けてくれた。
昔あそこで人が亡くなった。だからあのボタンだけは配線を外さずに残してある。触った人間がどうなるかは、誰も試したことがないから分からない。彼は結局そのボタンを一度も押さずに辞めた。ただ、あの階だけ空調の音が違う気がした、という違和感は今も消えないそうだ。
別の投稿者は、出張で泊まった都心のビジネスホテルで夜中に目を覚ました。壁越しに、複数人の足音と話し声が聞こえてくる。フロントに問い合わせると、うちは12階までで、あなたの部屋の真上は屋上設備だから人はいないはずです、と説明された。
翌朝チェックアウトのとき、エレベーターのパネルをよく見てみた。12のボタンのすぐ上に、シールで塞いだような跡がうっすら残っている。本人は古いパネルの改修跡かもしれないと冷静に振り返りつつ、あの夜の足音だけは説明がつかないと書いている。
三つ目は、コンビニの深夜バイトが常連客から聞いた話だ。その客は廃業したホテルの元従業員で、あのホテルは13階部分だけ解体できなかったと語ったという。業者が作業を進められないと言って途中で投げ出した。
結局その建物は、13階だけを鉄骨のまま残し、外壁と窓を塞いだ状態で工事を終えたことになっている。いまでもその建物を撮ると、12階と14階のあいだに不自然な空白の帯が写り込む。地元ではそんな話が、まことしやかに囁かれているそうだ。
掲示板は、いつも同じ二手に分かれる
オカルト板や心霊系のまとめサイトでは、定期的にこの話題のスレッドが立つ。近所のビルに13階がない。うちの職場は13階だけ違う会社が入っていることになっているが、誰も見たことがない。そういう投稿だ。
ちなみに反応の内訳も、ほとんど固定されている。多数派を占めるのは「単なる縁起担ぎだろう」という冷静な指摘だ。
その一方で、相乗り型の書き込みも途切れない。知り合いが本当にそういう部屋に泊まって具合が悪くなった。うちのビルも13階だけ空調が入っていないらしい。だいたい、そういう調子である。
動画の解説系チャンネルでは、ホテル、デパート、マンションの3パターンに整理して紹介するのが定番の型になった。概要欄で実際に13階を欠番にしているホテルの写真を出し、そこへ怪談の尾ひれを乗せていく。
コメント欄も、だいたい似た顔ぶれで埋まっている。今度泊まるホテルのボタンを確認してみる。この系統の話は絶対に本当の事故が元ネタだと思う。落ち着く先は、いつもそのあたりだ。
百科事典系のサイトでも、忌み数や13階段といった隣接する項目のもとで、この怪談は何度も引用されてきた。本来存在しない階というモチーフは、ホラーゲームやホラー漫画でいまも再生産され続けている。
空白があると、人はそこに何かを入れてしまう
ここまで見てくると、この伝説の土台がはっきりしてくる。欧米由来の13への忌避と、日本独自の4と9への忌避。この伝説は、二つが重なった場所にちょうど立っている。
しかも現実の建物には、想像を刺激する材料が揃っている。13階部分を12Aやメザニン階として処理する例。そもそも13階を機械室や設備階にして、一般客を入れない例。どちらも実在する。
昭和期の古い建築なら、増築や改修の履歴が入り組んでいることも多い。図面上のフロア番号と、エレベーターが実際に止まる階が食い違う。この物理的なずれが、本来あるはずの階が消されているという話の物証みたいに機能してしまう。
そこへ悲劇のイメージが吸い付いてくる。デパート屋上の事故史、病院の医療事故、マンションの転落事故。舞台ごとに、ありえたはずの死が用意されている。数字そのものには何の実体もない。それでも、積み重なった不吉のイメージと、建築が作り出した本物の空白が組み合わさる。
空白があれば、人はそこを埋めたくなる。だから13階という話は消えない。エレベーターのパネルを見上げて指が止まるかぎり、この話は誰かの口から何度でも建て直されていくのだと思う。
