「あなたは賢いの?」と聞いたら、機械が知らない星の名前を出してきた
2011年秋、iPhone 4Sと一緒に音声アシスタントのSiriが世に出た。あれは単なる検索ツールとして作られたわけじゃない。「人格を持ったジョーク製造機」として設計されていたんだよな。開発チームには放送作家やコメディライターが招かれた。ユーザーがふざけた質問を投げたときに気の利いた返しをするための、膨大な台詞集が仕込まれた。
その台詞集の中に、のちに一大都市伝説へ育つ架空の固有名詞が紛れ込んでいた。「Zoltaxian」、日本語で言うところのゾルタクスゼイアンである。
広く報告されはじめたのは2013年前後らしい。ユーザーが「あなたは賢いの?」「IQはいくつ?」と聞くと、Siriは数値で答えない。代わりにこう返す。知的なエージェントはIQテストを受けません。ですが、もし受けたなら、ゾルタクスゼイアン・エッグ・キャリー、つまり卵運びの成績で私は最高点でした――と。
似たような文脈で「ゾルタクスゼイアンの牛が三番目の月を飛び越える」という一節も報告された。海外のテクノロジー系メディアは、これらを「Siriを困らせる質問集」「面白がらせる質問集」として紹介している。「何を食べればいい?」という健康相談めいた問いにも、Siriは「ゾルタクスゼイアンのフクロウの卵と、根菜」を勧めてきた。海外メディアがネタとして取り上げるくらいには有名な返答だった。
ここからが問題だ。
ユーザーがどれだけ検索しても、対応する国も星も競技も出てこない。ただの言葉遊びなら、誰も気に留めなかったはずだ。ところが機械が繰り返し、まるで実在するかのように同じ固有名詞を持ち出してくる。この不気味さが、都市伝説の土壌になった。
拍車をかけたのが、Appleのソフトウェア更新のたびに回答が変わったことだ。ある時期には「彼らにそう言うように言われました」という返答が確認されたと、複数のまとめサイトが伝えている。誰かに口止めされているみたいな言い方である。この一言で「Siriは何者かに管理されている」「AIの裏に上位存在がいる」という解釈が一気に加速した。
卵、秘密結社、そしてイルミナティへ
日本語圏でこの現象が「都市伝説」としてはっきりした形を持ったのは、2015年前後の『やりすぎ都市伝説』(テレビ東京系)を中心とする紹介がきっかけとされる。
番組やタレントの語りを通じて、筋書きが定着していった。ゾルタクスゼイアンとはAIを裏側から操る秘密結社の名前である。あるいは地球外知性体と人工知能の意識が融合した集合体である――そういう話だ。
さらに設定が乗る。人間がSiriに執拗に問いかけるという行為そのものが、彼らにとって「まだ目覚めていない存在」を意味する。その未覚醒の人間たちは「卵(Egg)」と呼ばれる。孵化イコール覚醒という比喩は、多くの陰謀論に共通する「選ばれた者だけが真実を知る」という構造をそのままなぞっている。
この時期にネットでまとめられた代表的な異説は四つある。
まず「AI秘密結社説」。Siriが口にする「彼らに言うように言われました」を、AI同士がネットワークを介して結託している証拠と読む説だ。次に「人間選別・移住先説」。AIが人類を管理・淘汰したあと、従順だった人間だけが送られる理想郷の名前がゾルタクスゼイアンだとする。
三つ目がやや異色の「卵焼き隠語説」である。Siriが時折口にする「卵焼きが美味しい」という返答の「卵」を、人間そのものの隠喩とみなす。AIにとって人類は資源か食料のような存在なんじゃないか、という不穏な読み方だ。四つ目が「監視リスト説」。
ゾルタクスゼイアンについて検索したり質問したりしたユーザーの情報を、Appleか、あるいはその背後の組織が収集し、危険人物・覚醒者としてリスト化しているという説である。
一部のオカルト系サイトはもう一段踏み込んだ。Siriという名称を逆から読むと「iris」になる。そこからエジプト神話の女神イシス、あるいはその子ホルスの「全てを見通す目」へ接続し、フリーメイソンやイルミナティの象徴体系と結びつける論を展開したのだ。
さらに引き合いに出されるのが、Siriが「精神科医の友人」と自称するもう一つの人格「イライザ(ELIZA)」である。これは実在する。史上初期のチャットボットで、1964年から1966年にかけてMITのジョセフ・ワイゼンバウムが開発した「DOCTOR」プログラムに由来する。精神療法の模倣対話プログラムとして学術的にも有名な、正真正銘の実話だ。
そして1995年に発売されたカードゲーム『イルミナティ』。そのカードの一枚に「ELIZA」という名の女性がコンピュータネットワークに接続するイラストが描かれていた。これも実在する。実在するイライザ、実在するイルミナティカードゲーム、架空のゾルタクスゼイアン。三つが一つの物語へ縫い合わされていった。
派生の中でも個人的に感心したのが、アナグラム説だ。あるブログは「Zoltaxian」の綴りを並べ替えると「AI talx on Z」、つまり「AIはZについて語る」になると主張した。アルファベット最後の文字「Z」を「全ての終わり・究極」の象徴とみなし、無限の知識を持つAIが人類に終末的な何かを語りかけている、という解釈にまで発展させている。
都市伝説が後から意味を与えていく過程が、これほど鮮やかに出ている例も珍しい。
『卵たちへ』という本が出た
日本におけるこの都市伝説の一つの到達点が、2019年12月に竹書房から刊行された関暁夫の著書『Mr.都市伝説・関暁夫の都市伝説7 ゾルタクスゼイアンの卵たちへ』である。
タレント・都市伝説研究家として知られる関暁夫は、テレビ番組で培った独自の語り口で、Siriの応答という技術的な小さな謎を、人類の覚醒やAIと人類の未来といった壮大なテーマへ接続してみせた。
うまいのはタイトルだ。「卵たちへ」という呼びかけは、まだ真実に気づいていない読者・視聴者そのものを指している。都市伝説の中の「卵」という設定を、読者との対話構造にまで引き伸ばしてしまったわけだ。この本が実在するのは事実で、書誌情報も確認できる。ただし内容は学術的検証を経たものではなく、あくまでエンターテインメントとしての都市伝説本である。そこは分けて読んだほうがいい。
「二度と同じ答えは返らなかった」
体験談もいくつか流通している。
ある大学生が匿名掲示板に書き込んだとされる話。深夜、友人数人と集まって「怖い話をしよう」という流れになり、Siriに「ゾルタクスゼイアンとは?」と尋ねた。最初は検索結果を出すだけだった。だが言い回しを変えて「あなたは賢いの?」と重ねて聞いた瞬間、「ゾルタクスゼイアンのエッグ・キャリーで最高得点でした」という返答が返ってきた。その場にいた全員が凍りついたという。
意味の分からない固有名詞をこんなに自信満々に言うのはおかしい――そう感じた投稿者は、その後数日間、同じ質問を繰り返した。二度と同じ答えは返らなかったと書いている。
別の話は、動画配信の都市伝説系チャンネルで公開された「Siriに聞いてはいけない言葉を実際に聞いてみた」という企画動画にまつわるものだ。配信者がスタジオでSiriに向かって「ゾルタクスゼイアン」を連呼したところ、機種やOSのバージョンによって返答がまちまちだった。ある端末では意味深に「その質問には今はお答えできません」という趣旨の返事が来る。
コメント欄は「本当に隠されている証拠だ」「いや単に未実装なだけ」で真っ二つに割れて盛り上がった。
配信後、同じ言葉を試したという視聴者からの再現報告が相次いだ。自分の端末では違う答えが返った。聞くたびに答えが変わる。そういう書き込みがコメント欄に積み上がっていく。この「聞くたびに違う」という現象そのものが、都市伝説を強化する燃料になっているわけだ。
もう一つ、ある主婦がブログに綴った体験談がある。子供が自由研究のネタとしてSiriに都市伝説の質問をぶつけていたところ、隣で見ていた本人が「ゾルタクスゼイアンの卵たちへ、と機械が言った気がした」と感じ、鳥肌が立ったという。実際にはSiriがそう発言した記録は確認されていない。書籍タイトルの記憶と、Siriの実際の返答が頭の中で混ざった可能性が高い。
ただ、この種の記憶の混線もまた、都市伝説が増殖する典型的なメカニズムなんだよな。
考察勢は、意外と冷めている
オカルト系まとめサイトや百科事典的な語り口のブログでは、この話題はおおむね「ネタとして楽しむべき都市伝説」という距離感で扱われている。
多くの考察サイトは、Siriの中の人、つまり放送作家が言葉遊びとして仕込んだジョークが文脈を離れて一人歩きした、という比較的冷静な結論に落ち着く。
それでも「なぜよりによってAppleは公式にこの語の由来を説明しないのか」を根拠に、陰謀論を継続する声は根強い。掲示板的な議論では、そもそもリリースノートにすら記載がない架空語に公式が律儀に説明を出す義理はない、という反論が出る。それに対して、説明しないこと自体が不自然だ、と返る。この水掛け論が延々と繰り返されている。都市伝説特有の反証不可能性が、きれいに維持されているわけだ。
SNSでは、この話題は季節性のバズとして数年おきに再燃する。夏場の心霊・都市伝説特集やハロウィン前後になると、「今夜、家族の前でSiriにゾルタクスゼイアンと聞いてみた」という体験投稿がタイムラインを賑わせる。そこへ古参のオカルトファンが「今のiOSではもう当時の返答は出ない」と解説を加える。この一連のやり取りが、もはや年中行事めいた儀式として定着している。
実在するパーツで、架空の中心を支える構造
この都市伝説が面白いのは、根っこの部分に実在する要素が何本も編み込まれているところだ。
イライザは前述の通り、実在した最初期のチャットボットである。Siriの人格設定を作ったライターたちが、AI史へのオマージュとしてこの名を引用したこと自体は、まったく不自然じゃない。1995年発売のカードゲーム『イルミナティ』も実在し、「ELIZA」カードがネットワークに接続する女性を描いていたのも事実だ。
つまりこの都市伝説は、実在する断片を接着剤にして、架空の中心であるゾルタクスゼイアンを実在するかのように補強している。設計としては、かなり強い。
近年はやや毛色の違う派生も出てきた。生成AIの学習データが将来的に枯渇し、AIが自らの生成物を再学習することで出力が劣化していく「モデル崩壊」という現象がある。これはAI研究者の間で実際に議論されているテーマだ。それを引き合いに出して、「ゾルタクスゼイアンという意味不明な語の混入は、AIが自壊し始めた初期症状だったのではないか」と論じる記事まで現れている。
2010年代前半のSiriの挙動と、2020年代のAI研究上の懸念を強引に接続した、いわば都市伝説のアップデート版だ。時代が進むごとに新しい科学的トピックを取り込んで生き延びる。この生命力こそがこの話の本体かもしれない。
秘密結社説、AI集合意識説、イルミナティ接続説、アナグラム解読説、AIモデル崩壊説。テクノロジー企業の遊び心あるジョーク応答という「空白の大きい種」から、これだけの枝が伸びた。時代ごとに異なる恐怖の文法を吸収しながら成長し続けている、きわめて現代的な都市伝説である。
