「今、魚津にいる」
1996年5月5日の夜、富山県氷見市に住む十九歳の女性二人が出かけた。行き先は魚津市の山あいにある廃ホテル「坪野鉱泉」。県内最恐と呼ばれた心霊スポットだ。家族には肝試しに行くと告げていた。
友人のポケベルに「今、魚津にいる」と一行が届く。それが最後だった。二人は乗っていた軽自動車ごと消え、大がかりな捜索でも車一台見つからなかった。
手がかりがないぶん、噂だけが勝手にふくらんだ。北陸でいちばん名の知れた未解決の失踪として、地元でもネットでも長く話のタネになった。
失踪から24年後の2020年、富山新港の海底から二人の車と遺骨の一部が上がる。形の上では決着だ。それでも、なぜ目的地と逆の港にいたのか、なぜ目撃者が長く黙っていたのかは、誰も説明しきれていない。
山の中に残された八階建て
坪野鉱泉は魚津市坪野地区の鉱泉だ。明治期に湯治場として開かれ、昭和31年(1956年)からは「ホテル坪野」の名で本格的な温泉宿として営業した。
経営が傾き、昭和57年(1982年)に廃業。建物はそのまま40年近く放り出された。山の中にぽつんと立つ巨大な廃ホテルは、やがて北陸最恐の心霊スポットと呼ばれ、暴走族や不良のたまり場にもなった。
2022年以降に解体へ向けた動きが進み、2024年春には更地に。いまは私有地で、立ち入りはできない。
乾電池とペンライトを買って
5月5日は日曜日の夜だった。一人が自宅から軽自動車を出す。もう一人は勤め先のスーパーで懐中電灯用の乾電池とペンライトを買い、同じ車で氷見市を出発した。
途中、隣の射水市にある「海王丸パーク」に寄ったとみられる。若者が集まる港の公園だ。午後10時ごろには、国道8号を魚津方面へ走る軽自動車がガソリンスタンドで給油したことが確かめられている。
そのあと友人のポケベルへ「今、魚津にいる」。連絡はそこでぷつりと切れた。目的地の坪野鉱泉で二人を見たという確かな証言は、ひとつも出てこなかった。
翌日になっても帰らない。心配した家族が警察に届けを出した。大規模な捜索が組まれたものの車すら見つからず、時間だけが過ぎた。
18年後の目撃情報と、さらに6年を要した発見
事態が動いたのは2014年の暮れだ。富山県警に一件の情報が入った。「あの頃、車が海に落ちるのを見た者がいる」という中身だった。
県警はそこから目撃者探しに入る。2020年3月、射水市の富山新港を捜索し、沈んだ軽自動車を見つけた。車内の骨をDNA鑑定し、行方不明の二人だと確定させている。坪野鉱泉とは方角も距離もまるで違う場所。
報道によれば、車が海へ落ちる瞬間をすぐそばで見ていた男が複数いたという。彼らは2020年の捜索に先立って県警の聴取に応じ、そのときの様子を話した。
なぜ通報も救助の要請もしなかったのか。なぜ長く口を閉ざしたのか。公式発表はそこを十分に語っておらず、責任の所在を巡って地元やネットで勝手な推測が飛び交った。
目撃者とされる人物について、犯罪の容疑が固まったという公式発表は見当たらない。だからここでは誰かを名指ししたり、犯人と決めつけたりはしない。分からない部分は、分からないまま書いておく。
北朝鮮、暴走族、そして宜保愛子
失踪が長引くと、事件は心霊ブームと結びついて膨れていった。雑誌やテレビは、北朝鮮による拉致説や暴走族による監禁説を取り上げた。
富山は1978年に「富山県アベック拉致未遂事件」が起きた土地でもある。拉致問題への関心が高まった時期と重なり、この説が広まる下地があった。
もう一つ有名なのが、霊能者の宜保愛子が坪野鉱泉を訪ね、「ここには入ってはいけない。危険すぎる」と引き返したという逸話だ。ただ、彼女が現地を訪れた様子がテレビで放送された記録は見つかっていない。出どころはあいまいなまま。
2022年公開のホラー映画『牛首村』の舞台になり、この場所の名前は一気に全国区になった。
「自分の車で行くな」という掟
この事件がやっかいなのは、三つの点が重なっているからだ。発見場所が目的地の逆方向だったこと。発見まで18年間、手がかりがゼロだったこと。目撃者が長く黙っていたこと。
心理学には「解離性遁走」という症状がある。強いストレスで一時的に記憶を失い、ふだんの居場所とは別の土地へふらりと移ってしまうものだ。不可解な行方不明や神隠し伝承の説明に持ち出されることもある。本件に当てはめた公式見解はなく、一般論の域を出ない。
別の話として、坪野鉱泉には昔から「自分の車で行かない方がいい」という地元の言い伝えがあった。心霊スポットで守るべきとされた掟のひとつだ。
この掟は幽霊よけというより、暴走族や不良が集まる現場の実害への警告と読むほうがしっくりくる。坪野の怖さの根っこは、幽霊より人間だった。人が人に何をするか分からない。そういう生々しい不安。
解体された廃墟と、黙っていた人たち
2020年の車両発見で、事件はひとまず区切りを迎えた。それでも、目撃者とされる人物たちの長い沈黙と、目的地と逆の海で見つかった不自然さは、公式にはきちんと説明されていない。
確かなことは二つだけ。二人の女性が1996年のゴールデンウィークに坪野鉱泉へ向かって戻らなかったこと。24年後に別の場所で見つかったこと。建物が消えたいまも、坪野鉱泉の名前はネットから消えていない。
後ろ向きに急発進した軽自動車
あの夜を、今度は港の側から見直してみたい。
二人が氷見を出たのは5月5日、連休最終日の夜で、翌朝から仕事に戻る人も多い日だった。一人はスーパー勤めで、乾電池とペンライトはその店で買ったものらしい。肝試しの支度としては、けっこう本気だ。
氷見から国道8号へ出て東へ走れば、射水市の海王丸パークはちょうど魚津へ向かう道の途中にあたる。帆船の海王丸が係留された港の公園で、夜は車を停めて海を眺める若者の溜まり場になっていた。二人はそこへ寄ったとみられている。
その先、魚津で給油して、友人のポケベルに「今、魚津にいる」と打つ。ここから先の足取りは、24年後に三人の男が口を開くまで、まるごと空白のままだった。
当時の県警も手をこまねいていたわけじゃない。1年以上にわたって捜査と捜索を続けたものの、車の影すら拾えずに終わっている。港の底までは、誰の頭にもなかったわけだ。
男たちの話はこうだ。96年の大型連休の深夜、旧海王丸パークの近くで、停まっている車の女性二人に声をかけようと近寄ったという。すると車が後ろ向きに急発進し、そのまま岸壁から海へ落ちた。
怖くなって、その場を離れた。責任を問われるのが怖かったから、通報もしていない。三人はそう説明したと報じられている。
記事によっては「ドアを開けて助けようとしたが、車は沈んでいった」という証言まで紹介された。どこまでが当夜の事実で、どこからが24年分の記憶の上書きなのか、外から確かめる手段はない。
引っかかる点はまだある。夜の岸壁で見知らぬ男たちが近寄ってきたら、十九歳の女性二人はどう感じたか。警戒して車を出そうとした、と考えるのが自然な流れだろう。あるまとめブログは、目撃者の男たちが二人を追い詰めたのではという疑問を見出しに掲げた。
死因は特定されていない。骨の状態から、それ以上を割り出すのは無理だった。
0840でおはよう
1996年は、ポケベルの契約数が全国で千万台を超え、ちょうど頂点に届いたころにあたる。女子高生や若い社会人が、公衆電話のボタンを叩いてメッセージを送り合っていた。0840でおはよう、14106で愛してる。
数字の語呂合わせで気持ちを伝えるのが当たり前で、カナ文字を表示できる機種もすでに出回っていた時代の話だ。携帯電話はまだ高かった。
十九歳が気軽に持てる道具じゃない。だから「今、魚津にいる」の一行は、たぶん道すがらの公衆電話から打たれている。どこの電話ボックスだったのかについて、報道はそこまで踏み込んでいない。
届いた側の友人は、まさかそれが最後の一行になるとは思わなかったはずで、画面の文字は軽い連絡のひとつにしか見えなかっただろう。
北ふ頭の海底から上がったもの
時計を2014年12月下旬まで進める。富山県警に「当時、女性二人の乗った車が海に落ちるのを見た者がいる」という情報が届いた。誰からの情報かは伏せられた。
失踪から18年。そこから目撃者の特定まで、さらに4年以上かかっている。県警が三人を割り出したのは2019年の春で、本人たちから詳しく話を聞いたのは翌2020年1月のことだ。
2020年3月4日、県警が発表した。射水市八幡町、伏木富山港の新湊地区、いわゆる富山新港の北ふ頭の岸壁近く。その海底に、二人が乗っていたとみられる軽乗用車が沈んでいたという。
車内からは複数の人骨。
場所は北ふ頭の北3号岸壁と呼ばれるあたりで、男たちが話した旧海王丸パークのすぐそばにあたる。証言と引き揚げ地点が重なったことで、24年前の夜の話は一気に現実味を帯びた。
港の水は濁っていて、底は泥だ。沈んだ軽自動車は、ずっとそこにあった。すぐ上の岸壁を、観光客や釣り人がこの24年間、何も知らずに行き来していたことになる。
24年も海水と泥の中にあった骨は傷みがひどく、頭蓋骨も骨盤も車内からは見つからなかった。県警は大腿骨の一部から取れたDNAの鑑定結果と、引き揚げた車の車台番号とを突き合わせている。4月18日、行方不明の二人だと特定したと正式に発表した。
魚津から見れば、この港は来た道をずっと引き返した先にある。ポケベルに「今、魚津にいる」と打ったあと、二人はなぜわざわざ何十キロも西の港まで戻ったのか。坪野鉱泉に着いたのか、着かなかったのか、それすら誰にも分からない。
県警の担当者は、目撃者とされる者には複数回の聴取をしたと取材に答えた。何らかの理由で車が岸壁から海に落ちた、そこまでは分かっている。ただし現時点で事件性を疑う状況は確認されていない、という説明だった。
報道の範囲では、この三人が逮捕されたとか、起訴されたとかいう話は一度も出ていない。名前が公表されたこともなかった。
「白い車で行くな」
坪野鉱泉には、行く人間が守るべき掟がいくつも伝わっていた。自分の車で行くな。白い車で行くな。見つけたドアは開けるな。何があっても一人になるな。
行くことを人に言うな、という項目もあった。名前や住所を明かすな、帰ったらお祓いを受けろ、という念押しまで付いている。白い車で行ったり、行き先を人に話したりすると、坪野の霊に連れていかれるという話だった。
掟のいちばん最初は、自分の車で行くな。二人は自分たちの軽自動車で出かけ、24年後にその車ごと港の底で見つかった。掟に照らせば、最初の一行をそのまま踏んでしまった格好になる。
廃業の理由にも噂がついて回った。営業中にプールで子どもが溺れて客足が落ちた、という話がひとつ。消息を絶ったオーナーが館内で自ら命を絶った、という話がもうひとつ。どちらも裏付けのない噂どまり。
魚津市の商工観光課が地元で取ったアンケートにも、怖い話はちゃんと混じっていた。「女の人の霊が出るという噂を聞いた」という声。「高校生のときに、あそこで自殺した人がいるという話を聞いた」という声。
同じアンケートには、まるで違う思い出も並んでいる。泉質がよくて弟のできものがきれいに治った。小学生のころプールで遊んだ。児童クラブの行事で行った。五十代より上の人にとって、あそこは楽しい行楽地の記憶とセットの場所なのだ。
アルバムを返しに行った夜
ブログサービスのnoteに、ZIMAという人が書いた坪野鉱泉の体験記がある。発端は職場の同僚で、魚津の出身、昔は暴走族にいたという男だった。
その同僚が若いころ、坪野鉱泉のフロントからアルバムを一冊持ち出していたらしい。それを持ち主の場所へ返しに行こう、という話になった。
メンバーは書き手と、霊感が強いという松井、それに中川の三人。車は書き手の銀色の日産ガゼールで、富山市から国道8号を東へ走り、魚津で曲がりくねった山道へ入っていった。
山に入ると霧が出た。視界はどんどん狭まる。フロントガラスの向こうが、少しずつ白く塗りつぶされていく。
建物の中で、中川が白い霧のような影を見る。驚いて身をよじった拍子に、隣の松井とぶつかったという。アルバムがその後どうなったのかは、書き手にも分からないらしい。
話には後日談がある。坪野に行った車は事故に遭う、という噂が当時あった。その噂をなぞるように、書き手の銀色のガゼールも、しばらくして電柱にぶつかっている。
二階から飛び降りた人影
週刊女性PRIMEが2021年1月に載せた記事は、ネットに流れていた体験談をいくつか拾っている。ひとつは、友人が肝試しに行ったときの話として書かれたものだ。
ホテルの二階から、人影がふっと飛び降りるのが見えた。慌てて車に乗り込んだ瞬間、後ろからドン、と押された。
その日は何も起きずに済んだ。ところが後日、その友人は事故に遭う。車の後ろには、はっきり手形がついていたという。話はそれだけ。
同じ記事には、もっと短い話も載っていた。いちばん怖いと言われていた地下で肝試しをしていたら、途中で友達がいなくなったという。話はそこでぷつりと切れていて、その友達が見つかったのかどうかまでは書かれていない。
屋上から一階ずつ
アメブロの「コジツケ君がゆく」は、坪野鉱泉を「富山県準最恐心霊スポット」と呼んで探索記を書いた。最恐ではなく準最恐。そこに妙な正直さがある。
書き手は連れと二人で建物に入り、階段をたどって、まず八階建てのてっぺんの屋上まで一気に上がった。そこから一階ずつ下へ降り、各フロアを順に見て回ったという。
床板はきしみ、ところどころ穴が開いていたそうだ。幽霊より先に足もとが怖い、そういう種類の廃墟。
2022年2月には、映画『牛首村』の公開に合わせて、エンタメ系サイトのクランクインの記者が冬の坪野鉱泉を訪ねている。見出しは、真冬の佇まいはリアル『シャイニング』。雪をかぶって静まり返った八階建ては、ジャック・ニコルソンが斧を振るったあの映画の山岳ホテルと重ねたくなる姿だった。
掲示板の「五人の男」
車が見つかるずっと前から、ネットの掲示板には妙に具体的な書き込みがあった。女の子二人は五人の男に乱暴されたうえ、車ごと捨てられたのだと。そのうち二人は殺した子の霊に取り憑かれて気が狂い、行方知れず。残る三人は怯えて暮らしている、という筋書きだ。妙に細かい。
地元のスナックで、事件に関わった男が「少女の霊に悩まされている」とこぼしていた。そんな都市伝説も出回っていた。出どころは不明。
週刊女性PRIMEが目をつけたのは、この「三人」だ。怯えて暮らす男が三人で、目撃者として浮かんだ男も三人。車ごと捨てられたという噂と、海の底で見つかった車。数字も場所も、妙に重なってしまう。
ここまでくると、噂のほうが先回りしていたように見えてしまう。人はそういう一致に弱い。
もちろん、噂と報道がたまたま噛み合っただけ、という見方のほうが筋は通る。三人の目撃者について県警は事件性を疑う状況はないと説明していて、噂の男たちと同じ人間だと決めつける材料はどこにもない。
もっと古い噂もある。暴走族に殺されて廃墟の敷地に埋められた。北朝鮮に連れ去られた。二人が消えたのはホテルの中だという前提があったから、話はいくらでも枝分かれしていく。
「実際には坪野鉱泉に行ってないって本当ですか」
2020年3月に車が見つかると、ネットの空気は一気にひっくり返る。Yahoo!知恵袋には、坪野鉱泉事件って実際には坪野鉱泉に行ってないって事実ですか、という質問まで立っていた。無理もない。
いちばん多かったのは目撃者への疑問だ。目の前で車が海に落ちたのに、なぜ20年以上も警察にも消防にも連絡しなかったのか。なぜ2014年になって、急に話が表に出てきたのか。
三人の記憶が24年たっても妙にはっきりしている、という指摘もあった。2014年に情報が入ってから車が上がるまで5年以上かかっていて、警察の動きが遅すぎるという声も少なくない。
一方で、心霊の話として楽しんできた側の居心地の悪さを書く人もいた。何年も肝試しのネタとして口にしてきた場所で、本物の二人は最初から別の港に沈んでいた。笑えない。
廃墟を長く取材してきた鹿取茂雄は、2020年4月に文春オンラインで事件を追う記事を書いた。見出しは「神隠し事件」24年目の真実。地元で流れた噂まで含めて、事件を一本の線に並べ直そうとした記事だ。
清水崇が撮りに来た
車が港の底から上がってから、ほぼ2年。2022年2月公開の『牛首村』は、清水崇監督の「恐怖の村」シリーズ第三弾だ。『犬鳴村』『樹海村』に続く一本で、主演はKoki,が務めた。清水崇は『呪怨』で知られる監督で、このシリーズでは福岡の犬鳴トンネルや富士の樹海といった実在の場所を下敷きにしてきた。北陸でその役を振られたのが、坪野鉱泉というわけ。
タイトルの牛首は、富山と石川の県境にある牛首トンネルから取られている。トンネルの中でエンジンが止まる。通り抜けるとき、車の屋根をトントンと叩く音がする。こちらも地元では有名な噂の場所だ。
撮影の話が表に出ると、坪野鉱泉の名前はワイドショーや映画サイトで一気に広がった。宜保愛子が入るのを拒んだ心霊スポット、という紹介のされ方が定番だった。
地元の北國新聞は、撮影を機に坪野に防犯カメラが2台付いたことを「ホラー舞台に安心」という見出しで伝えている。怖がらせる映画が、結果として集落の見張り番を置いていった。皮肉な話。
プールとネッシーランドの記憶
なぜ坪野鉱泉だけが、ここまで北陸の怪談の中心に居座ったのか。理由は二つある。
一つは建物の大きさ。山の中に八階建ての温泉ホテルが丸ごと放置され、遠くからでもその影が見えた。夜に行けば窓という窓が真っ黒な穴になって並び、それを下から見上げるだけで怪談が一本できあがる。
もう一つは、かつての賑わいだ。地元アンケートには、小学生のころプールやネッシーランドで遊んだという声がある。家族で遊びに来た記憶がある場所ほど、廃墟になったときの落差は大きくなる。
1996年の失踪が、その空気に火をつけた。噂が本物になる。肝試しの噂が先にあって、そこへ本物の行方不明が重なり、しかも車ごと二人とも見つからない状態が24年も続いた。宜保愛子の逸話も、白い車の掟も、事件のあとで一段と重みを増していく。
映画『牛首村』のロケ話が坪野地区に持ち込まれたとき、三十戸ほどの集落は最初、反対の声が多かったという。不法侵入に暴走族、落書き、不法投棄、不審火。鉱泉の評判のせいで、さんざん迷惑を被ってきた土地だ。
それでも「ロケ地マップで坪野の景色も紹介できる」「防犯を整えるきっかけになる」と前向きな声が出た。話し合いは住民アンケートでまとまる。制作側は集落に防犯カメラを寄贈し、住民のほうは撮影の拠点として公民館を貸し出すことで応えた。
2023年6月、魚津市議会の全員協議会で撤去の計画が示された。市内の事業者が2024年度までに建物を壊し、跡地を富山湾を見渡す展望台にするという中身だ。事業費は1億9800万円で、半分の9900万円を観光庁の補助金でまかなう。
2024年5月13日、魚津の蜃気楼や風景を撮り続けている地元の写真ブロガーが、跡地を訪ねて写真を残した。八階建てはもう跡形もない。平らにならされた広い空き地に、ソメイヨシノの苗木が植わっていた。
