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人肉風呂事件(明治22年・1889年、滋賀県)

経緯として書けることが、まだ無い

経緯を確かめようと資料に当たっても、返ってくるのは該当記述なし。手がかりが無い。この話は、そこから始まる。

どんな話として出回っているのか

滋賀県の山村で、人体の一部を煮沸して作られた「人肉風呂」が発見されたとされる事件。出回っているのは、そういう話だ。この風呂は呪術や医療目的で使用されたとの記録が残るが、詳細は不明のままだ。

下敷きにあるのは、明治期の民間信仰。人体の一部に呪術的な効果があると信じられる例があり、そこから噂として広まったのかもしれない。明治の猟奇事件として語られるこの事件は、都市伝説としての要素も強い。

読む前に握っておきたい線引き

先に断っておく。この話にある日時・人数・場所・動機・判決・捜査経過は、どれも鵜呑みにできない。公的記録、裁判資料、警察発表、同時代報道で個別確認が必要。「隠蔽」「口封じ」「霊視」「呪い」「異界」「陰謀」などの説明は、独立した裏付けがない限り噂・異説として扱う。

甲賀の山村に立った、黒い噂

舞台は明治22年、西暦でいう1889年の10月ごろ。場所は滋賀県甲賀郡長野村字神山、現在の甲賀市水口町・甲賀町一帯にあたるとされる山あいの集落だ。ここで、埋葬されたばかりの遺体が何者かによって掘り返された。しかも首だけが持ち去られる。そんな奇怪な事件が起きたと伝わっている。

当時の甲賀郡は、忍びの里として知られる甲賀衆の末裔がいまも暮らす土地だ。薬草・製薬の知識が代々受け継がれてきた地域でもあった。忍者の里に伝わる「合薬」の伝統と、このあと出てくる人体を薬とする迷信。この二つが結びつき、事件はより一層不気味な色合いを帯びて語られていく。

集落の住人の間で不審な噂が立ち始めたのは、埋葬地の土が荒らされているのが見つかってからだという。噂はすぐ形を取った。近隣に住む神山房吉と甚太郎という二人の男が容疑者として浮上した。

両名はともに疥癬と疳瘡を患っていた、と伝わる。どちらも治りにくい。疥癬はひどい皮膚のただれを伴う伝染性の皮膚病。疳瘡は性器にできる伝染性の潰瘍で、当時は「業病」と恐れられた梅毒性の症状を指す場合が多い。日ごろから近隣の者に対して、「人肉風呂が効くらしい」と漏らしていたとも伝わっている。

当時の民間療法では、治りにくい皮膚病や性病、いわゆる「業病」に対して、人体を使う手立てが語られていた。人体そのものを湯に溶かして入浴する、あるいは人体の粉末を服用する。そういう迷信的な治療法が、地方の一部でひそかに信じられていた。ぞっとする話だ。

異変を察知した警察が、神山宅に踏み込んだ。風呂場を調べると、あたり一帯に異様な腐敗臭が漂っていた。風呂桶の中、あるいはその周辺から人間の歯と頭髪が発見されたという。

歯と髪が残っていた。この発見で、ひとつの疑いが濃くなる。二人が掘り出した遺体、あるいはその頭部を風呂の湯に投じ、自らの患部を癒やすために入浴していたのではないか。そうした疑いが強まった。

伝承の多くは、ここで話を止めている。その後の取り調べはどうなったのか。二人はどのような供述をしたのか。起訴や処罰まで行ったのか。そうした「事件の結末」については、現在流通している紹介記事のどれもが触れていない。

記録はそこで途切れた。要は尻切れトンボだ。おそらくこの構造こそが、後年この話が都市伝説として一人歩きする最大の要因になった。

この話はどこから出てきたのか

この事件が現在のような形で流通するようになった直接の出典は、実録犯罪読み物にたどりつく。扶桑社文庫から刊行された合田一道・犯罪史研究会編『日本猟奇・残酷事件簿』。あるいは『別冊歴史読本・日本猟奇事件白書』。明治から昭和にかけての新聞三面記事、つまり社会面の猟奇・怪奇報道を発掘・再編集した本だ。

これらの書籍がやっているのは、発掘作業に近い。当時の新聞のマイクロフィルムや縮刷版から、扇情的な見出しのついた小さな記事を掘り起こす。そこに短い解説を添えて紹介するというスタイルだ。「人肉風呂事件」も、そうした埋もれた三面記事のひとつとして採録されたらしい。

明治期の新聞、とりわけ地方紙・小新聞(こしんぶん)は、部数を伸ばすために猟奇的な事件を好んで大きく扱う傾向があった。「〇〇村にて奇怪なる椿事」「業病に効くとて人肉を用いし者検挙さる」式の見出しが躍ったであろうことは、想像に難くない。そういう紙面だった。

ここが弱い。こうした三面記事には、誤報も誇張も伝聞もいくらでも混じる。後年の研究者による裏付け調査がほとんど行われていない、というのが実情だ。このページの「判定」欄にもある通り、独立した一次資料での照合は今のところ確認されていない。あくまで実録犯罪本を経由して伝わった「噂・伝説」として扱うのが筋だろうな。

インターネット上での拡散が始まるのは、2000年代以降だ。ここで潮目が変わった。猟奇事件・都市伝説をまとめるブログやサイトが、こうした実録本の記述を引用・要約する形で広まったと見られる。

「明治の闇」「戦前の猟奇事件」あたりのテーマでリスト記事が組まれ、そこに一項目として並ぶ。他の黒焼き事件・臀肉事件などと一緒に紹介されることが多く、単独で深掘りされることは少なかった。ちなみに、今回のように単独記事として掘り下げる例はめずらしい。

語られるたびに枝分かれしていく

ネット上のまとめ記事や個人ブログを横断すると、この事件には微妙に異なるバリエーションがいくつも見つかる。第一のバージョンは、さきほど書いた通りの筋だ。「疥癬と疳瘡を患う二人の男が、自らの治療のために人肉風呂に入っていた」という、いわば”自己治療説”。これがもっとも広く流布している基本形だ。

第二のバージョンは、そこから一歩ずれる。「二人は自分たちのためだけでなく、村の中で同じ病に苦しむ者たちに湯を分け与えていた、あるいは有料で入浴させていた」。この”営業説”も、まことしやかに語られる。

元ネタは、このあと触れる大阪の「生首黒焼き事件」とみていい。黒焼きにした人骨が薬として売買されていたという史実と混同・類推された結果、生まれたバリエーション。人肉を用いた治療が個人の迷信にとどまらず、ひそかな「商売」として成立していたのではないか。そういう想像が、噂に尾ひれをつけていった。典型的な例だ。

第三のバージョンは、もう怪談の側に寄っている。「風呂に浸けられた生首が夜な夜な村人の夢枕に立ち、自分を掘り返した者への恨みを訴えた」。「以来、神山家の跡地には近づいてはいけないとされ、今も夜になると啜り泣くような声が聞こえる」。心霊現象的な尾ひれが、べったりついた語りだ。

こうした霊異譚は、事件そのものの記録とは言いにくい。後年の怪談語り・怪談朗読系コンテンツが付け加えたものらしい。素材としてのインパクトを高めるための創作的要素、とみるのが自然だろうな。ただ、「明治怪奇録」のような読み物ジャンルでは、こうした尾ひれごと事件として紹介されるケースが少なくない。

「見た」「聞いた」と語られるもの

こうした事件が地方の言い伝えとして残る場合、そこには必ずと言っていいほど尾ひれがつく。「その土地に住んでいた、あるいは訪れた人物が奇妙な体験をした」という形の目撃談が付随する。ここから並べるのは、この手の明治怪奇譚にありがちな体験談のパターンだ。あくまで伝承・都市伝説として紹介する。

ある体験談の主は、甲賀の山中にキャンプへ訪れた男性だ。深夜にふと目を覚ますと、テントの外で誰かが桶で水をかき混ぜるような音が延々と聞こえてきたという。懐中電灯で外を照らしても誰もいない。それでも水音だけはしばらく続き、やがてぴたりと止んだ。

翌朝、地元の古老にその話をした。すると「ああ、それはこのあたりで昔あった悪い風呂の話と関係があるかもしれん」と眉をひそめられた。そんな体験談が、まことしやかに語られている。

別の話に出てくるのは、旧甲賀郡内の廃屋へ肝試しに入った若者グループだ。風呂場らしき跡地で、強烈な獣臭とも腐敗臭ともつかない臭いを嗅いだ。全員が同時に気分が悪くなって退散したという体験が語られる。

その場では誰も口に出さなかった。後で調べてみると、その廃屋のあった場所は「かつて業病治療の風呂があったとされる一帯」に近い。それを知り、背筋が寒くなったという。後味が悪かった。

地元の年配者からの伝聞もある。「子どもの頃、悪さをすると『人肉風呂の家に連れて行くぞ』と親に脅された」。しつけの一環として事件の記憶が使われていた、という証言も紹介される。脅し文句になっていた。

これは事件そのものの真偽とは、別の話だ。地域社会の中に長らく「タブーの記憶」として刻まれていた。そこを示す証言として読むほうがいい。

掲示板とコメント欄では、こう扱われている

5ちゃんねる、旧2ちゃんねるのオカルト板。あるいは洒落怖、つまり洒落にならないほど怖い話を集めたまとめサイト。こうした場所には「明治の猟奇事件」「戦前の闇の風習」の類いのスレッドが定期的に立てられる。その中でこの人肉風呂事件が、しばしば引き合いに出される。

流れはだいたい決まっている。誰かが実録犯罪本からの引用として事件の概要を投下する。すると「怖すぎる」「これ元ネタどこ」「地方紙の三面記事なら誇張されてそう」というレスがつく。

そこへ地元民を名乗る書き込みが入る。「甲賀のあの辺りは今も何となく空気が重い」。そんな体験談めいた投稿で場を盛り上げる。この流れが定番だ。

考察系の反応が、正直いちばん面白い。「疥癬・疳瘡=当時の感染症全般への恐怖」と「甲賀という忍者・薬草の里のイメージ」が結びつく。実話以上のリアリティを持って受け止められている。そこがこの話の妙だ。

ニコニコ動画やYouTubeの「ゆっくり解説」系・怪談朗読系チャンネルでも、この事件は定番だ。明治期の猟奇事件特集の一項目として、しばしば取り上げられる。コメント欄に並ぶのは「実話なのが一番怖い」「こういうのもっと知りたい」という反応だ。そこへ「ソースが実録本止まりで一次資料が出てこないのが逆に不気味」という指摘も混じる。その両方が見られる。

甲賀という土地と、並べて語られる事件たち

甲賀郡、現在の甲賀市および湖南市の一部は、甲賀流忍術発祥の地として知られ、薬売り・製薬業の伝統が根強く息づく土地だ。「くすりの里」としての顔と、「人体を薬とする迷信」が結びついた。それでこの事件は、単なる猟奇事件を超えた土地の物語として定着した。しばしば同時代の類似事件とセットで語られる。

明治26年、1893年の3月。三重県で高島久次郎という人物が、小児の遺体を掘り起こして調理した、と伝わる。明治35年、1902年の2月。大阪では、墓地の管理人と薬屋夫婦が結託していたという。盗掘した頭部を黒焼きにして売買していた、いわゆる「生首黒焼き事件」だ。

明治41年、1908年の3月。三重県四日市で小林兄弟が、遺体から脂肪などを抽出して販売していたとされる事件。これらが、それぞれ起きたと伝わる。

いずれも根っこにあるのは「治りにくい病に人体が効く」という迷信だ。貧しい地方で、墓地からの盗掘と人体成分の”商品化”が繰り返されたのではないか。そんな可能性を示唆している。

この人肉風呂事件も、そうした一連の「人体薬事件群」のひとつに置いていい。明治という近代化の陰で、旧来の呪術的な医療が根強く生き続けていたこと。それを示す逸話として、いまも怪談・都市伝説の世界に居座っている。

「人肉風呂事件」という見出しを検証する

1889年の滋賀県で人肉を煮た風呂が見つかったという話は、明治期の猟奇事件として再話される。ところが現在流通する記事では、発生した町村、被害者と被疑者の氏名、裁判の罪名が抜けている。そこへ宿屋の秘薬、病気治療、秘密儀式など異なる筋が重ねられている。順序としては、同時代新聞の掲載日と原文を確かめないといけない。

明治の新聞には、読者の注意を引くため奇怪な見出しを付け、初報段階の噂を掲載したものがある。呼び名も疑っていい。「人肉風呂」という後世の事件名が当時から使われたのか、事件集の編集者が付けた呼称なのかも区別したい。記事の「風呂」が入浴設備なのか、煮沸用の釜や桶を指すのかで場面は大きく変わる。

死体の一部が湯に入れられたという報道が事実でも、それだけで食人、薬の製造、殺人目的が認定されたとは決まっていない。殺害後の遺体損壊、すでに死亡していた人の遺棄、誤認された動物組織。可能性はいくつにも分かれる。そこから警察の検視や裁判記録へ進まなければならない。容疑と判決を同じ文章で断定しないこと、これは外せない。

当時の民間療法には湯治、薬湯、動物由来の薬材があった。だからといって、人肉を使うことが滋賀の一般的な治療習俗だったという根拠にはならない。一件の犯罪譚から地域住民や特定職業を「人食いの村」と描くのは、はっきり誤りだ。医師、祈祷師、宿屋の主人など、版によって変わる犯人像も原文へさかのぼって確かめたい。

現在「事件の浴槽」とされる写真には、古民家の五右衛門風呂、博物館展示、海外の犯罪画像が流用される。画像検索で似た写真が見つかっても、撮影地、年代、収蔵番号が一致しなければ資料にならない。再現画を当時の現場写真と表記するのも避けたい。

遺体を扱う題材である以上、架空の手順や臭いを加えて恐怖を増幅する必要はない。確認できる新聞記事、警察・司法記録、後世の事件集を資料種別ごとに並べ、どの部分が未確認かを明示する。原資料が見つからない場合は「明治22年の実話」と言い切らず、出典不詳の猟奇譚として扱うのが筋だ。

念のためもう一つ。近代の新聞データベースでは、OCRが旧字体を誤認する。だから「人肉」「浴槽」だけでなく「湯」「釜」「屍体」と表記を変えて探さないといけない。検索結果がないことと、記事が存在しないことは別だ。調べた新聞名と期間も残したい。

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