ゾディアック事件――新聞社に暗号を送りつけた「数字の殺人鬼」の正体

半世紀以上前、カリフォルニアの新聞編集部に一通の暗号文が届いた。差出人は自らを「ゾディアック」と名乗り、犯行声明とともに「もし今週の朝刊にこの暗号を一面に載せなければ、もっと大勢を殺す」と脅迫した。それから2026年の今日に至るまで、事件は一度も解決していない。犯人はおろか、本名すら分かっていない。新聞社を挑発の舞台に選び、警察を出し抜くゲームのように殺人と暗号を繰り返した男――ゾディアック・キラーは、アメリカ犯罪史上もっとも有名で、もっとも不気味な「未解決」の代名詞であり続けている。

2020年には有志のアマチュア暗号解読者チームが51年越しに一つの暗号を解いて世界を驚かせたが、それでもなお、事件の核心である「彼が誰なのか」という問いには、誰も確定的な答えを出せていない。本稿では、事件の経緯、暗号文の中身とその解読史、これまで浮かんでは消えていった容疑者たち、そして2021年に世間を騒がせた「事件解決」報道の顛末までを、できる限り時系列に沿って整理していく。

1968年12月、静かな田舎道で始まった悪夢

事件の発端は1968年12月20日の夜、サンフランシスコから北東におよそ50キロのベニシア近郊、レイク・ハーマン・ロードという人気のない道で起きた。高校生のデビッド・ファラデー(17歳)とベティ・ルー・ジェンセン(16歳)は、クリスマス休暇前のデートで車を停めていたところを何者かに銃撃され、二人とも命を落とした。物取りの形跡はなく、動機は不明のまま事件は迷宮入りしかけていた。 事件が「シリーズ化」していると誰の目にも明らかになったのは、それから半年以上経った1969年7月4日の未明だった。

バレホ市のブルー・ロック・スプリングス・パークの駐車場に停まっていた車の中で、ダーリーン・フェリン(22歳)が銃撃されて死亡し、同乗していたマイケル・マジョー(19歳)も撃たれながらも一命を取り留めた。マジョーが警察に語った犯人の人相――がっしりした体格の白人男性、身長170センチ台後半、くせのある茶色い髪――は、その後何十年にもわたって「容疑者像」の原型として引用され続けることになる。この事件の直後、バレホ市警には犯人を名乗る男から電話がかかり、レイク・ハーマン・ロード事件についても「自分がやった」と告白する内容が語られていた。この時点ではまだ「ゾディアック」という名前は登場していない。

事件が新聞紙面を独占する引き金になったのは、1969年7月31日、サンフランシスコ・クロニクル、サンフランシスコ・エグザミナー、バレホ・タイムズ=ヘラルドの3紙に同時に届いた手紙だった。手紙には「私はクリスマスに二人のティーンエイジャーを殺した犯人だ」という書き出しとともに、391個の記号・文字が並ぶ暗号文が三分割されて同封されていた。犯人は「もしこの暗号を1面に掲載しなければ、週末にかけて大量殺人に出る」と脅し、暗号の中に自分の正体を示すヒントが隠されていると主張した。この暗号は後に「Z408暗号(Z408 cipher)」と呼ばれることになる。 そして1969年9月27日午後、事件はさらに凶悪さを増す。

ナパ郡レイク・ベリエッサ湖畔の小島でピクニックをしていたブライアン・ハートネル(20歳)とセシリア・シェパード(22歳)の前に、黒いフード付きの覆面をかぶり、胸に白い十字とサークルのマークをつけた男が現れた。男は拳銃を突きつけて二人をロープで縛り上げると、持っていたナイフで滅多刺しにした。シェパードは搬送先の病院で9月29日に死亡し、ハートネルは重傷を負いながらも生還した。犯人はこの現場近くの被害者の車のドアに、油性ペンで過去の犯行日時のリストと「ゾディアック」の署名、そして丸に十字を重ねた記号を書き残していた。この記号――円と十字を組み合わせたシンボル――は、以後すべての犯行声明に添えられる「ゾディアックのサイン」として定着する。

最後に確認されている殺人は、1969年10月11日の夜、サンフランシスコ市内プレシディオ・ハイツ地区で発生した。タクシー運転手のポール・スタイン(29歳)が乗客を乗せた直後に至近距離から射殺され、犯人はスタインのシャツの切れ端を持ち去って現場を去った。この事件は住宅街のど真ん中で起きたにもかかわらず、警察の初動が犯人の人相を「黒人男性」と誤って無線で伝えたために、実際には現場付近を歩いていた白人の犯人を巡回中の警官が呼び止めることさえなかったという、悔やんでも悔やみきれない失態も記録されている。

公式に「ゾディアックによる犯行」と特定されているのはこの5人の死者(および2人の生存者)だが、犯人自身は手紙の中で「実際にはもっと多くの人数を殺した」と繰り返し主張しており、その真偽も含めて被害者数そのものが確定していない。全米各地で未解決のまま残る類似の未解決殺人事件が、後年になって「ゾディアックの余罪ではないか」と取り沙汰されることも一度や二度ではなかった。

暗号文の中身と、51年越しの解読

ゾディアックを他の連続殺人犯と決定的に異なる存在にしているのが、暗号文への執着だった。1969年7月31日に3紙へ送られたZ408暗号は、字母や記号を組み合わせた391個のシンボルからなる換字式暗号で、犯人は「これを解読すれば私が誰か分かる」と挑発していた。この暗号は送付からわずか1週間後の1969年8月8日、カリフォルニア州サリナスに住む高校教師のドナルド・ハーデンと妻ベティ・ハーデンの夫婦によって解読された。専門の暗号解読者ではない一般市民が、新聞に掲載された暗号を見て手作業で解いてみせたという事実そのものが、当時大きな話題になった。

解読された文面は、狩猟が人間にとって最もスリリングな獲物殺しであるという趣旨の独白から始まり、殺人を「ゲーム」として楽しんでいること、そして死後に自分が殺した人間たちを奴隷として来世に従えるつもりだという、身の毛もよだつ誇大妄想的な内容が記されていた。ただし文末に隠されているはずとされた「正体を示す名前」は、結局浮かび上がらなかった。 犯人はその後も新聞社への手紙を送り続け、1969年11月8日には新たに340個の記号からなる暗号文(Z340暗号)を送付した。

Z408と似た記号セットを使いながらも、今度は単純な換字だけでは解けない構造になっており、以後半世紀にわたってプロのコード解読者やFBI、NSAまでもが挑んで匙を投げる「最難関の未解決暗号」として知られるようになる。この暗号が解かれたのは、実に51年後の2020年12月のことだった。アメリカのソフトウェアエンジニアであるデイビッド・オランチャク、オーストラリアの数学者サム・ブレイク、ベルギーのプログラマーであるヤルフ・ファンエイクの3人からなる有志のチームが、独自に開発したプログラムで6万5000通り以上の組み合わせを試すという地道な検証の末についに解読に成功し、FBIもこの解読結果を公式に確認したと報じられた。

解読された文面には、明確な「正体を明かす一文」はなく、代わりにテレビ番組への出演を望んでいないこと、そしてガス室で処刑されることへの恐怖を感じていないという趣旨の、犯人の自己陶酔的な独白が綴られていたとされる。この解読は世界中のメディアで大きく報じられ、暗号愛好家コミュニティの間では「事件史に残る快挙」として称賛された。 もっとも、これで謎がすべて解けたわけでは決してない。

1969年4月20日にサンフランシスコ・クロニクル紙に送られた13文字の断片(Z13暗号、「My name is―」に続くとされる部分)や、マウント・ディアブロ周辺の地図に関連するとされる32文字の暗号(Z32暗号)は、2026年現在もなお未解読のまま残されている。Z340の解読によって「犯人特定の決定打」が出るのではという期待が高まった時期もあったが、実際には解読された文章の中に固有名詞や具体的な住所といった手がかりはほとんど含まれておらず、むしろ「暗号が解けても正体には近づかない」という事件の不気味さを改めて浮き彫りにする結果となった。

「ゾディアック」という名乗りと、挑発する文体

犯人が自らを「ゾディアック(黄道十二宮)」と名乗った由来について、本人が明確な説明を残したことは一度もない。手紙に添えられた丸に十字を重ねたシンボルが占星術や照準器、あるいは古い懐中時計の文字盤を思わせることから、天文・占星術への関心や、狙いを定めて獲物を狙う「照準」のイメージを重ね合わせたのではないかという解釈がアマチュア研究者の間で長年語られてきたが、いずれも状況証拠に基づく推測の域を出ない。 犯人の手紙に一貫していたのは、警察や新聞、そして市民全体を見下すかのような尊大な文体だった。

「これを読んでいる警察は間抜けだ」という趣旨の挑発や、自分の殺人を娯楽や狩猟になぞらえる独特の言い回し、綴りの誤りをあえて残したような癖のある表記など、犯人の手紙には強い個性が刻まれていた。犯人はハロウィーンの日に「これは仮装ではない」という不気味な一文を添えたカードを送りつけたこともあり、明らかに自分の犯行が世間の注目を集めていることを楽しみ、その反応を計算に入れながら手紙を書き続けていたと考えられている。1974年1月29日に送られた、映画『エクソシスト』への言及を含む手紙を最後に、当局が「本物のゾディアックからの手紙」として認めている通信は途絶えている。

浮かんでは消えた容疑者たち――誰も立件されなかった半世紀

捜査史の中で唯一「警察が公式に容疑者として名前を挙げた」人物は、元小学校教師で性犯罪歴のあったアーサー・リー・アレンである。アレンは知人からの通報をきっかけに1970年代から捜査線上に浮かび、自宅や勤務先が複数回にわたって捜索されたほか、筆跡鑑定や指紋照合、DNA鑑定まで行われた。しかし、決定的な物的証拠は最後まで見つからず、アレンは起訴されることなく1992年に病死している。2002年に行われたDNA鑑定では、当時採取された唾液の遺伝子情報とアレンのDNAが一致しないという結果も報告されており、アレン犯人説は現在でも根強い支持者がいる一方で、これを覆す材料も存在する状態が続いている。

つまり、アレンについて確定的に言えるのは「有力な容疑者として長年捜査対象になったが、立件には至らなかった」という一点に尽きる。 アレン以外にも、この半世紀でさまざまな人物が「ゾディアックではないか」と取り沙汰されてきた。俳優ロバート・グレイスミスの著作をきっかけに広く知られるようになったアール・ヴァン・ベスト・ジュニア、2021年に民間団体が名指ししたゲーリー・フランシス・ポステ、映画関係者だったローレンス・ケーン、教師のポール・ドー、詩人のリチャード・ガイコウスキーなど、名前が挙がった人物は枚挙にいとまがない。しかし、これらの説のいずれについても、警察や検察が起訴に足る証拠を提示したことは一度もない。

状況証拠――犯人像に似た体格や年齢、事件当時の居住地が近かったこと、筆跡の一部の類似、あるいは家族や知人の「あの人だったのでは」という証言――が積み重ねられるたびに新しい容疑者説が話題になるが、いずれも「立件されなかった」という同じ結末を迎えている。これは裏を返せば、事件発生から半世紀以上が経過した現在でも、法的に「ゾディアックは○○である」と確定させるだけの証拠が一切存在しないということでもある。読者には、以下で紹介する説のいずれについても「真犯人と断定された人物では決してない」という前提を踏まえて読み進めてほしい。

2021年、「事件は解決した」という衝撃の報道とその後

2021年10月、事件の風向きが大きく変わったかのように見える出来事があった。退役軍人や元法執行官などで構成される民間の未解決事件調査団体「ケース・ブレイカーズ(Case Breakers)」が、独自の捜査により元空軍所属のゲーリー・フランシス・ポステという人物こそがゾディアック・キラーであると特定したと発表したのである。同団体は、ポステの経歴が犯行現場周辺の地理と重なること、暗号文中の記述と符合する個人的背景があること、そして関係者から採取したとするDNAや指紋の分析結果が有力な根拠だと主張し、大手メディアも一斉にこのニュースを報じた。ポステ自身はすでに2018年に死去しており、本人からの反論はできない状態だった。

ところが、この「解決」報道はすぐに公的機関の否定に直面する。FBIの広報担当者は「事件は依然として未解決であり、報告すべき新しい情報はない」と明言し、ケース・ブレイカーズの主張を公式には認めない姿勢を示した。またチェリー・ジョー・ベイツ殺人事件(ゾディアックとの関連が一部で噂されていた事件)を管轄するリバーサイド市警も、「これ以上明確に否定しようがない」として、この事件とゾディアックとを結びつける根拠となっていた匿名の手紙は、すでに2016年の時点で「悪質ないたずら」だったと確認済みであると釘を刺した。

サンフランシスコ市警をはじめとする複数の捜査機関も、ケース・ブレイカーズが提示した証拠はあくまで状況証拠の域を出ておらず、事件解決を裏付ける科学的な確証には至っていないとの立場を崩さなかった。結果として、ポステ犯人説は今なお「民間団体が有力視した一つの仮説」にとどまっており、警察・検察のいずれからも正式な立件や事件終結の宣言はなされていない。この一件は、SNS時代における未解決事件報道の危うさ――センセーショナルな「解決」の見出しが独り歩きし、後追いの訂正記事はそれほど広まらないという構造――を象徴する出来事としても記憶されている。

映画、ドキュメンタリー、そして終わらないアマチュア考察の文化

ゾディアック事件は、犯罪史のみならずポップカルチャーの中でも独自の位置を占め続けている。もっとも有名な映像化は、監督デヴィッド・フィンチャーが2007年に手がけた映画『ゾディアック』だろう。同作は事件そのものの派手な犯行シーンよりも、事件を追い続けた新聞記者や刑事たちが次第に執着へと呑み込まれていく過程を執拗なまでのディテールで描き出し、「解決しない事件を追いかけ続けることの狂気」というテーマそのものを主役に据えた点で高く評価された。フィンチャー自身、膨大な捜査資料や関係者への取材を基に脚本を作り込んだと語っており、その徹底したリサーチ姿勢は、後のドキュメンタリー制作にも影響を与えたとされる。

以後もNetflixをはじめとする各種配信サービスで、新証言や新解釈を打ち出すドキュメンタリーシリーズが繰り返し制作されており、そのたびに「ついに正体が判明か」という見出しが躍っては、確定的な結論に至らないまま次のシーズンへ持ち越されるというサイクルが続いている。 事件のもう一つの特徴は、警察やジャーナリストだけでなく、無数の市民アマチュア探偵によって支えられてきた「集合知の考察文化」である。

1970年代から現在に至るまで、暗号解読を趣味とする愛好家たちの非公式なコミュニティが存在し続けており、インターネット普及後はフォーラムサイトや専用の情報アーカイブサイトが乱立して、未解読のZ13暗号やZ32暗号の解読案、筆跡分析、地図上の符合探しなどが日々投稿され続けている。2020年のZ340暗号解読も、まさにこうした在野の暗号愛好家たちの粘り強い協力によって成し遂げられたものであり、公的捜査機関ではなく市民の手によって半世紀来の謎の一部が解かれたという事実は、この事件の「みんなで謎を解く」という独特の熱狂を象徴する出来事だった。

一方で、こうした自由な考察文化は同時に、根拠の薄い「真犯人特定」情報やデマが拡散しやすい土壌にもなっており、2021年のケース・ブレイカーズ騒動はその副作用が最も大きな形で表面化した一例だったとも言える。真剣な検証と扇情的な決めつけが紙一重で同居しているのが、この事件をめぐる言説空間の実情である。

まとめ――解けない謎が、なぜ人を惹きつけ続けるのか

1968年から1969年にかけてわずか1年足らずの間に少なくとも5人の命を奪い、新聞紙面を舞台に警察と市民を翻弄したゾディアック・キラーは、半世紀以上が経過した今も正体不明のままである。Z408暗号は事件発生直後に一般市民の手で解読され、Z340暗号も2020年についに有志の国際チームによって解かれたが、いずれの解読文にも「これが自分の名前だ」という決定的な自白は含まれていなかった。アーサー・リー・アレンをはじめとする複数の人物が有力な容疑者として捜査線上に浮かびながらも、決定的な物証を欠いたまま立件されずに終わり、2021年のケース・ブレイカーズによる「解決」発表も、FBIや複数の警察機関の否定によって公式な決着とはならなかった。

事件は今なお、法的には「未解決」のまま、カリフォルニア州の複数の捜査機関の管轄下でオープンケースとして残されている。 映画やドキュメンタリー、そして無数のアマチュア考察家たちが半世紀にわたってこの事件を語り継いできた背景には、単なる猟奇性だけでは説明できない何かがある。犯人自らが暗号と挑発の手紙という「謎解きの形式」を事件に持ち込んだことで、ゾディアック事件は誰もが参加できる巨大な未解決パズルへと姿を変えた。しかし、パズルの断片がどれだけ集まっても、最後のピースだけは半世紀たった今もどこにも見つかっていない。そのことこそが、この事件が「もっとも有名な未解決事件」であり続けている最大の理由なのかもしれない。

本稿はWikipedia「Zodiac Killer」「Arthur Leigh Allen」の各項目、CNN・NBC News・Newsweek・Rolling Stone・Wolfram Blog・The Case Breakersサイトなど複数の英語報道・専門家解説記事、および事件の暗号解読史・容疑者報道・2021年ケース・ブレイカーズ騒動に関する複数のニュースソースを横断的に参照して執筆した。事件当事者や被疑者について断定的な犯人特定は行わず、いずれも「立件されていない」「未確定」である旨を明記している。

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