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ロス疑惑――ロサンゼルスの銃撃、週刊誌が生んだ「疑惑の男」三浦和義はなぜ二度裁かれ、二度とも無罪になったのか

「ロス疑惑」という呼び名は有名だが、名前だけが先に歩くと大事な線引きが抜け落ちる。三浦和義氏は、妻が銃撃されて亡くなった事件について、日本の裁判で無罪が確定している。一方、別の暴行事件では有罪判決を受けた。二つを混ぜて「全部無罪だった」「結局は犯人だった」と片づけることはできない。

ロサンゼルスで起きた二つの事件

1981年11月、三浦氏と妻の一美さんはロサンゼルスに滞在していた。駐車場で一美さんが銃撃され、三浦氏も負傷した。一美さんは意識を取り戻さないまま日本へ移送され、翌年亡くなった。残された家族にとっては、海外旅行中に突然身近な人を失うことになった事件である。

その少し前、同じロサンゼルスのホテルで一美さんが襲われる事件も起きていた。当初、夫婦は事件の被害者として報じられたが、後に週刊誌が保険金や周辺の出来事を取り上げ、三浦氏への疑惑を大きく展開した。テレビや新聞も後を追い、「疑惑の男」という人物像が裁判より早く社会に定着していった。

ここで分けたいのは、ホテルでの暴行事件と、後の銃撃事件である。三浦氏は暴行事件について殺人未遂罪で有罪となった。一方、妻の銃撃を第三者へ依頼したとする殺人事件では、一審が無期懲役、高裁が逆転無罪、最高裁が検察の上告を退け、2003年に無罪が確定した。

無罪判決が示したこと

銃撃事件の裁判で問題になったのは、実行した人物と三浦氏との共謀を証拠で認定できるかだった。高裁は、実行者を特定できず、共謀を裏づける証拠も足りないとして無罪を言い渡した。疑わしい行動があるように見えることと、刑事裁判で犯罪を証明できることは別だ、という判断だった。

無罪は「疑惑が残るから半分有罪」という結論ではない。日本の刑事裁判では、銃撃事件について三浦氏の有罪は認定されなかった。この事実をぼかしたまま、後年の噂を足して犯人扱いすることは、推定無罪にも確定判決にも反する。

同時に、一美さんが銃撃を受けて亡くなった事実は消えない。報道が三浦氏の人物像ばかりを追ったことで、被害者本人の生活や家族の喪失が背景へ押しやられた面もある。事件を語るときは、疑惑を娯楽として広げるより、被害と裁判の結論を別々に見る必要がある。

2008年の再逮捕と未決のままの死

2008年、三浦氏は滞在先のサイパンで、ロサンゼルス当局の要請により再び身柄を拘束された。日本で無罪が確定した事件を米国で扱えるのか、一事不再理をめぐる争いが始まった。現地裁判所は殺人罪の扱いと共謀罪の扱いを分け、共謀罪については手続きを続けられると判断した。

三浦氏はロサンゼルスへ移された後、留置施設で亡くなった。現地当局は自殺と発表し、弁護側は疑問を示したが、本人が法廷で争う機会は失われた。米国で有罪・無罪の判決が出たわけではない。したがって「米国でも無罪になった」「再逮捕で犯行が証明された」のどちらも正しくない。

報道が残した傷

逮捕前から大量の報道が続き、手錠姿の撮影や、私生活を細かく追う取材も行われた。三浦氏は名誉毀損などを理由に多くの訴訟を起こし、一部では報道側の責任が認められた。逮捕された人を判決前から犯人のように映すことへの反省は、その後の報道実務にも影響を与えた。

ネット上では今も、銃撃事件、別の暴行事件、2008年の手続きを混ぜた話が流れている。確認できるのは、日本では暴行事件が有罪、銃撃事件が無罪、米国での共謀事件は判決に至らなかったというところまでだ。わからない部分を埋めるために、被害者や関係者の人生を新しい疑惑の材料にしない。それがこの事件を読み直す最低限の出発点になる。

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