北九州監禁連続殺人事件(別稿2)

七人の死亡を一つの筋書きに押し込めない

北九州監禁殺人事件は、一人の加害者が次々に人を襲ったというだけの事件ではない。長期間の暴力と金銭的な搾取によって複数の人が外部とのつながりを断たれ、家族や身近な人同士で監視し、傷つけ、死亡させる行為まで担わされた。刑事裁判で審理されたのは、男性一人と、もう一人の被告人の親族六人、合わせて七人の死亡に関する殺人や傷害致死、死体損壊・遺棄などである。

事件の中心にいた男性は、相手ごとの弱みや秘密、借金、家族内の対立を利用し、誰が上で誰が下かという序列を細かく変えた。従わせるために暴力を振るい、電気を用いた身体的苦痛を加え、食事や睡眠、外出、金銭、連絡手段を制限したことが、裁判や公判報道で明らかになった。支配されていた人が、別の人への暴力を命じられる。命令に従った事実が次の脅しの材料となり、助けを求めれば自分も処罰される、家族にも危害が及ぶと思わされる。被害と加害が同じ集団の中で重なっていった点に、事件を理解する難しさがある。

死亡した七人を、残酷な手口を説明するための人数として扱ってはならない。それぞれに事件前の生活と人間関係があり、本人の意思とは無関係に支配の中へ引き込まれた。とりわけ子どもの被害については、具体的な苦痛を細かく再現しても事件の理解は深まらない。誰がどの命令を出し、なぜ周囲が抵抗しにくくなったのか、捜査と裁判が何を証拠として認定したのかを追う方が、失われた命を見世物にしない記録になる。

発覚まで続いた孤立

事件が公になったのは2002年である。長く自由を奪われていた少女が逃げ出し、保護を求めたことが捜査の端緒となった。少女の説明は、家族や関係者が何年にもわたり死亡し、遺体が処理されたという内容を含んでいた。通常の行方不明届や家庭内のもめ事からは想像しにくい話であり、警察は関係者の所在、住居、金銭の流れ、過去の失踪や死亡を一つずつ確かめる必要があった。

長く発覚しなかった理由を、被害者が逃げなかったからだと考えるのは誤りである。外出できる瞬間があったとしても、それだけで自由だったとはいえない。戻らなければ家族が罰せられるという恐怖、自分も犯罪に関与したと警察へ告げられる不安、連絡先や現金を持てない状態、長く繰り返された暴力による判断力の低下が重なれば、物理的に扉が開いていることと、現実に逃げられることは別になる。

また、家庭内で一人だけが常に暴力を受け、残りの全員が一貫して加害側にいたわけでもない。ある時は命令を執行する側に置かれ、別の時は罰を受ける側に落とされる。互いに密告させれば、同じ被害を受ける者同士が相談して逃げることも難しくなる。中心人物だけが情報を握り、周囲には異なる説明を与えることで、誰も全体を把握できない状態が作られた。

「洗脳」や「マインドコントロール」という語は、この経過を短く表すために使われてきた。しかし、その一語に頼ると、超常的な力で意思を消されたような誤解を招く。実際に裁判で検討されたのは、日々の通電や殴打、生活の制限、金銭の取り上げ、家族への脅し、互いを罰させる命令が積み重なった状況である。支配は一度の説得で完成したのではなく、抵抗した場合の損失を少しずつ大きくし、選べる行動を狭めることで維持された。

金銭の支配から身体の支配へ

中心人物は、事件以前から対人関係を利用して金を得ていたとされる。だが、経歴上の逸話を並べて「生まれつきの怪物だった」と結論づけることには慎重であるべきだ。刑事責任を考える上で重要なのは、虚偽を交えて信用させ、金銭を出させた後、返済や発覚を避けるために相手を孤立させ、暴力を選択した具体的な行為である。幼少期や学校時代の評判は、多くが後年の取材で語られたもので、判決が認定した犯罪事実と同じ確かさを持つわけではない。

金銭の管理は、単なる詐欺の結果ではなく、逃げ道を塞ぐ手段にもなった。収入や預金を取り上げられ、仕事や住居を失い、外部へ連絡する費用も持てなくなれば、支配する人物への依存が強まる。さらに、親族の一人から得た秘密や不満を別の一人へ伝え、家族内に敵味方を作る。対立が生まれると、中心人物が仲裁者のように振る舞いながら、実際には全員の情報と判断を管理できる。

暴力はこの構造を固定するために使われた。通電については身体のどこへどの程度行われたかという刺激的な描写が広まりやすいが、再現可能な細部は必要ない。重要なのは、いつ苦痛を与えられるか分からない状態が続き、命令への服従と家族への監視が結びつけられたことである。罰の回数や強さを周囲の評価に左右されるようにすれば、被支配者同士が連帯するより、他人を告発して自分の罰を軽くしようとする方向へ追い込まれる。

七人の死亡と遺体の不在

刑事裁判で扱われた死亡は、1990年代後半に集中している。最初に死亡した男性の事件に続き、女性被告人の両親、妹、妹の夫、妹夫婦の子ども二人が相次いで死亡した。死亡の原因や、誰がどの行為を担当したかは一件ごとに異なる。衰弱や暴行の結果として亡くなった事件と、殺害行為が直接行われた事件を、同じ表現で一括りにすることはできない。

死亡後、遺体は解体され、鍋などで処理されたうえで捨てられたと認定された。そうした事実は事件の異常さを示すが、工程を克明に書く必要はない。遺体の発見が困難になったことで、死因や死亡時期を示す通常の法医学的証拠が得にくくなり、関係者の供述が非常に大きな意味を持ったという点が、裁判を読む上では重要である。

遺体がない事件で有罪を認定すること自体は、日本の刑事裁判で不可能ではない。ただし、供述だけで結論を出してよいわけでもない。供述した人がその場にいたのか、本人にしか分からない内容を含むか、時期や場所について客観的な記録と合うか、捜査段階から公判まで説明がどう変化したか、別の供述と不自然に合わせられていないかが吟味される。この事件でも、金銭記録、住居の状況、関係者の行動、過去の失踪届などと供述を照合し、各訴因が審理された。

供述者自身が暴力を受け、同時に死亡や遺体処理へ関与した立場だったことも、評価を難しくした。自分の責任を軽くするため中心人物へ責任を集中させる可能性は検討しなければならない。一方で、支配下にあったから供述はすべて信用できないと退ければ、遺体を消して証拠を乏しくした者が有利になる。裁判所は供述を一枚岩として採用したのではなく、個々の場面について信用できる部分と補強の有無を検討した。

二人の被告人を同じ位置に置かない

福岡地方裁判所は2005年9月、二人の被告人に死刑を言い渡した。中心人物の男性は多くの場面で自ら手を下さず、周囲に命令して実行させたとされたが、それは責任を軽くする事情にはならなかった。誰を処罰するか、誰に暴力を加えるか、死亡後にどう処理するかを決め、支配の仕組み全体を作って維持したと認定されたためである。

もう一人の被告人は、中心人物の命令に従って複数の死亡や遺体処理へ関与した。同時に、その本人も長期間、激しい暴力と脅迫を受けていた。支配されていた事実だけで刑事責任がなくなるわけではなく、裁判では、善悪を判断する能力や行動を制御する能力が失われていたか、命令に逆らう余地がどの程度あったか、各犯行に主体的に関与したかが問題となった。

福岡高等裁判所は2007年9月、男性被告人について死刑を維持する一方、女性被告人については第一審の死刑を破棄し、無期懲役を言い渡した。高裁は、女性被告人が主体性を完全に失っていたとはせず、有罪判断を維持した。しかし、長期間にわたって異常な虐待を受け、男性被告人に従属して犯行へ加わった事情、自白が事件の解明に果たした役割などを量刑で重く見た。

2011年12月12日、最高裁第一小法廷は、男性被告人側の上告と、女性被告人を死刑とするよう求めた検察側の上告をいずれも棄却した。これにより、男性被告人の死刑と女性被告人の無期懲役が確定した。二人とも同じ七人の死亡に関係したから同じ刑になるべきだ、あるいは一方が支配されていたから責任はない、という二択ではない。個々の行為、支配関係、自白、反省、犯罪全体を主導した程度を分けて評価した結果である。

「共犯」で終わらせると失われるもの

支配下で他人を傷つけた人をどう捉えるかは、この事件が残した重い課題である。命令を実行した行為によって新たな被害が生じた以上、その責任を見ないことはできない。一方、長期間の虐待で選択肢を奪われた人を、自由な環境で利益のために加わった者と同じ言葉だけで説明するのも正確ではない。

刑法上、脅されて行為をしたという事情が直ちに無罪を意味するわけではない。差し迫った危険を避けるために他の手段がなかったか、生命や身体への危険がどの程度具体的だったかなど、厳しい要件の下で判断される。また、責任能力の有無と、量刑上どこまで酌むかも別の問題である。女性被告人の判決が示したのは、支配を認めれば犯罪への関与が消えるということではなく、有罪を前提としても、主導者との力関係を刑の選択で無視できないという点だった。

この区別は、現在の家庭内暴力や監禁事件を考える時にも関わる。被害を受けている人が加害者をかばう、説明を変える、戻ってしまう、別の家族へ暴力を振るうといった行動は、外から見ると理解しにくい。しかし、行動の一部分だけで「自分の意思で残った」「本当は協力者だった」と決めつければ、支配の継続を見逃す。安全な場所の確保、加害者と切り離した事情聴取、金銭や通信手段の支援がなければ、本人の選択を正確に確認することは難しい。

報道で作られた怪物像

事件報道では、男性被告人の話術や虚言、女性被告人との関係、通電や遺体処理の方法が強調された。重大事件を伝えるために犯行態様の説明は必要だが、残酷さを競うような見出しは、七人がなぜ助けへつながれなかったのかという問題を見えにくくする。中心人物を人間離れした存在として描けば、同じような支配は特殊な人物の周囲でしか起こらないという安心感さえ生みかねない。

事実として確認できるのは、暴力、金銭管理、孤立、相互監視を組み合わせた支配が長く続いたこと、それを利用して重大な犯罪が行われたこと、そして裁判所が二人の役割を分けて刑を定めたことである。「北九州という土地だから起きた」「特定の宗教や組織が背後にいた」といった説明を裏づける判決認定はない。個人の犯罪を地域の性質へ広げることは、住民への偏見を生むだけで、事件の原因を明らかにしない。

また、生き延びた人や事件当時未成年だった人のその後を、本人の同意なく追い回すべきではない。公判記録や報道に実名、続柄、学校、過去の住所が現れることがあっても、現在の居場所を特定する必要はない。生存者の証言は事件解明へ大きく寄与したが、それによって生涯にわたり私生活を公開する義務を負うわけではない。

判決から読み取れる事件の輪郭

この事件を資料で確かめる時は、第一審、控訴審、上告審の役割を分けて読む必要がある。第一審は多数の訴因について証人と証拠を調べ、二人に死刑を言い渡した。控訴審は事実認定だけでなく量刑を見直し、女性被告人を無期懲役へ変更した。最高裁は、男性被告人の死刑と女性被告人の無期懲役を維持した。後の短い記事が「二人に死刑」「女性は支配され無罪」など一つの段階だけを記していれば、確定した結論とは一致しない。

判決が認定した事実と、公判外の取材で語られた逸話も区別したい。被告人の幼少期の性格、交際中の会話、関係者が後年に語った印象は、事件を考える補助資料にはなっても、そのまま犯罪事実にはならない。反対に、判決文に記載がないから起きなかったとも限らない。刑事判決は起訴された事実と法的責任を判断する文書であり、被害者の人生や支援上の問題をすべて記録するものではないからである。

七人の死を記録する意味は、異様な場面を再演することではない。外から普通の家族関係に見える場所でも、金銭、通信、移動、睡眠を一人に握られ、暴力と連帯責任を課されれば、助けを求める力が奪われる。発覚の端緒となった訴えを受け止め、断片的な失踪や傷害を結びつけ、支配者から切り離して話を聴くことが必要になる。この事件の裁判記録が示すのは、理解しがたい犯罪の物語ではなく、自由を段階的に奪う具体的な方法と、その中でも個人ごとの責任を見失わない難しさである。

参照資料

  • 裁判所「裁判例検索」https://www.courts.go.jp/hanrei/search1/index.html
  • 最高裁判所第一小法廷、2011年12月12日決定(殺人、傷害致死、死体損壊・遺棄等に関する上告審)
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