婚活殺人の女王・木島佳苗

三人の死亡と七件の財産犯罪

木嶋佳苗事件は、結婚相手を探すウェブサイトで知り合った男性三人に対する殺人と、別の男性たちを含む詐欺、詐欺未遂、窃盗が一つの裁判で審理された事件である。2017年4月14日の最高裁判決は、第一審が認定した犯罪を、殺人三件、詐欺三件、詐欺未遂三件、窃盗一件と整理している。通称だけを見て、交際した男性全員が殺害された事件、あるいは不審死として報じられたすべての死亡が起訴された事件だと理解するのは正しくない。

三件の殺人は2009年1月から8月までの半年余りに起きた。東京都内の住居で五十代の男性が死亡した事件、千葉県内の住宅で八十代の男性が火災と一酸化炭素中毒により死亡した事件、埼玉県内の駐車場に止められたレンタカー内で四十代の男性が死亡した事件である。三人はいずれも木嶋と交際し、金銭を渡すなどしていた。最高裁は、睡眠状態などに陥らせたうえで練炭を燃焼させるなどし、一酸化炭素中毒等で死亡させたと認定した。

「婚活殺人」という呼び名は事件の一面を短く表すが、裁判所の正式な事件名ではない。最高裁判決の事件名は「詐欺、詐欺未遂、窃盗、殺人被告事件」である。交際や結婚の約束は金銭を得る手段として認定されたが、被害の中心は三人の生命と、複数の人が失った財産である。被告人の容姿、服装、料理、恋愛上の振る舞いを面白がるだけでは、起訴された十件がどの証拠で認定されたかが消えてしまう。

捜査の端緒となったレンタカー

2009年8月、埼玉県内の駐車場に止められたレンタカーで、四十代の男性が死亡しているのが見つかった。車内では練炭が燃やされ、死因は一酸化炭素中毒だった。自殺に見える状況がある一方、車の鍵が現場になく、男性の手に炭を扱った痕跡が認められないなどの事情が捜査で問題となった。男性は死亡の直前まで木嶋と行動し、木嶋は現場付近からタクシーで移動していた。

捜査は、男性と木嶋の通信、レンタカーの利用、練炭やコンロの購入、金銭の移動へ広がった。木嶋が結婚相手を探すサイトを通じて複数の男性と交際し、それぞれに異なる経歴や将来像を伝えて金銭を受け取っていたことも判明した。2009年9月、警察はまず詐欺容疑で逮捕し、その後、別の詐欺や窃盗、三件の殺人について捜査と起訴が進んだ。

一件の不自然な死亡を調べ直したことで、東京都と千葉県で先に起きていた二件の死亡が結びついた。東京都の事件では、男性が自宅で死亡し、当初は自殺とみられていた。千葉県の事件では住宅が全焼し、火災事故の可能性が考えられていた。後から共通点が見つかったからといって、三件を最初から一つの証拠で証明できるわけではない。裁判所は、それぞれについて他殺か、自殺または事故の可能性が残るか、木嶋が犯人といえるかを検討した。

初動捜査の問題も指摘された。死亡現場が自殺や失火のように見えても、直前の行動、鍵や着火具の所在、遺体から検出された薬物、本人が練炭を入手した形跡、金銭関係を合わせて確認しなければ、他殺の兆候を見落とすことがある。一方、似た死に方が複数あるというだけで同じ人物の犯行と決めつけることもできない。共通点は捜査を始める手掛かりであり、有罪を支えるには各事件の証拠が必要である。

直接証拠がない裁判

三件の殺人には、殺害の瞬間を見た人も、犯行を撮影した映像もなかった。被告人は三人の殺害を否認し、弁護側は自殺や事故の可能性を主張した。このため裁判の中心となったのは、複数の間接事実から、他の合理的な説明を排除できるかという問題だった。

間接証拠による認定は、証拠が弱くても数を集めれば有罪にできるという意味ではない。ある事実が認められた時、それが被告人の犯行でなければ合理的に説明できないかを考え、別の可能性が現実的に残るなら有罪にはできない。三件が似ていることから先に「連続殺人犯」という人物像を作り、その人物像を理由に各事件を有罪にするのではなく、一件ずつ証拠を評価し、最後に全体を総合する必要がある。

最高裁判決は、木嶋が犯人であることを支える事情を四つに整理した。第一に、各被害者の死亡時に近接して、死亡場所で被害者と二人だけで行動していたこと。第二に、遺体の近くにあった練炭コンロと練炭に特徴などが一致する品を、各犯行前に入手していたこと。第三に、三人とも自殺または事故死の可能性がないと認められること。第四に、各被害者から経済的利益を得る一方、嘘をつき通せない状況となり、殺害する動機が認められることである。

最高裁は、これらを総合して犯人性が合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されたとした第一審と控訴審の判断に、不合理な点はないと結論づけた。判決は「交際していたから犯人」「練炭を買ったから犯人」という一つの事情だけで認定していない。死亡直前の排他的な機会、準備した物と現場の物の対応、死因、金銭と動機を重ねている。

三件を個別に見る

東京都内で五十代の男性が死亡した事件では、男性が自ら練炭やコンロを準備した形跡があるか、死亡時期に木嶋が現場へ行けたか、男性に自殺する理由があったかが争われた。現場にあった品と、木嶋が事前に購入した品の対応も検討された。弁護側は死亡推定時刻や別れ話を根拠に自殺の可能性を主張したが、裁判所は客観的な行動記録や購入状況などから退けた。

千葉県内の八十代の男性の事件では、住宅火災が起きたため、失火による死亡か、火災前に練炭で一酸化炭素中毒にさせられたのかが問題となった。遺体から検出された睡眠導入剤の量、気道の状態、出火原因、現場の練炭、木嶋の衣服や使用車両から得られた資料、死亡前後の金銭の引き出しが審理された。裁判所は、単なるたばこの不始末による事故という説明を採用しなかった。

埼玉県内のレンタカーで四十代の男性が死亡した事件では、木嶋が男性と現場まで同行したこと自体は争いのない重要な出発点だった。鍵や着火に使われた物が現場にないこと、男性の手に炭の痕跡がないこと、睡眠導入剤の検出、木嶋がタクシーで現場を離れた経路、練炭とコンロの入手状況などが組み合わされた。弁護側は、男性が練炭を譲り受け、自ら死を選んだ可能性を主張したが、裁判所は証拠全体と整合しないと判断した。

三件の具体的な証拠には違いがある。火災が起きた事件の証拠を、そのままレンタカーの事件へ移すことはできない。反対に、すべての事件で完全に同じ証拠がそろわなければならないわけでもない。各事件で自殺・事故の可能性を検討したうえで、被告人の行動、準備、被害者との金銭関係が一本の推論として成り立つかが問われた。

金銭を得るまでと発覚を避ける段階

最高裁は、木嶋が正業に就かないままぜいたくな暮らしをするため、ウェブサイトで知り合った男性らに真剣な交際を装い、多額の金銭を受け取っていたと認定した。そして、返済を求められることや嘘が発覚して追及されることを免れるなどの目的で、三人を殺害したとした。

ただし、この認定を「高価な品を好む女性は危険だ」「複数交際をする人は殺人へ進む」と一般化してはならない。裁判所が問題にしたのは嗜好や恋愛歴ではなく、虚偽を用いて金銭を交付させた具体的な詐欺行為と、返済や追及を避けるため計画的に殺害した行為である。生活水準や消費行動は動機を説明する証拠の一部であって、人格全体を断罪する材料ではない。

詐欺についても、交際相手から金を受け取ればすべて犯罪になるわけではない。詐欺罪では、初めから真実と異なる説明で相手を誤信させ、その誤信に基づいて財産を交付させる意思と行為が必要になる。結婚の約束が実現しなかったという結果だけでは足りない。公判では、木嶋が相手ごとに伝えた身分、職業、学業、金銭の用途、返済や結婚の意思、同時期の別の交際と支出が検討された。

窃盗一件では、交際していた男性を睡眠状態にした後、財布から現金を持ち去った事実が認定された。殺人三件だけを切り出すと、この窃盗や六件の詐欺・未遂が周辺的な話に見える。しかし、金銭を得るために虚偽を重ね、薬物を利用し、発覚や返済を避ける行動へ進んだ経過を理解するには、十件を区別しながら見る必要がある。

裁判員裁判から最高裁まで

さいたま地方裁判所の裁判員裁判は2012年1月に始まり、三件の殺人と七件の財産犯罪を長期間にわたって審理した。事件ごとに証人尋問と証拠調べが行われ、被告人質問でも木嶋は殺害を否認した。検察側は間接証拠を積み上げて三件とも他殺で木嶋の犯行だと主張し、弁護側は、疑わしい事情を別事件と足し合わせてはならず、自殺や事故の合理的な可能性が残ると反論した。

2012年4月13日、さいたま地裁は起訴された十件をすべて有罪とし、死刑を言い渡した。判決は三件の殺人について、事前に準備した練炭を使い、自殺や事故のように見せかけた計画的な犯行と評価した。被害者三人の生命が奪われた結果、金銭目的、反省の状況などを考慮し、最も重い刑を選択した。

木嶋側は控訴した。2014年3月12日、東京高等裁判所は第一審の事実認定と量刑を支持し、控訴を棄却した。上告審では、判例違反や事実誤認などが主張されたが、最高裁第二小法廷は2017年4月14日、上告理由に当たらず、記録を調べても判決を破棄すべき事情はないとした。

最高裁は量刑について、三件が半年余りのうちに行われ、あらかじめ練炭コンロと練炭を準備し、被害者を睡眠状態などに陥らせ、自殺等に見せかけたと指摘した。周到に準備された計画的で悪質な犯行で、三人の生命を奪った結果は重大であり、死刑はやむを得ないとして第一審の判断を是認した。その後、判決訂正の申立てが同年5月9日に棄却され、死刑判決が確定した。

間接証拠をどう読むか

この裁判は「直接証拠がなくても死刑になった事件」と紹介されることが多い。そこから、雰囲気や人物評だけで有罪になったように受け取るのは正確でない。日本の刑事裁判では、間接証拠だけで有罪を認定することは可能だが、その場合も検察官が合理的な疑いを超えて証明する責任を負う。被告人が無実であれば説明できない事実が何か、別の可能性が単なる想像ではなく証拠に基づく現実的なものかを検討する。

一方で、判決が確定したから証拠評価への検討が不要になるわけでもない。死刑という取り返しのつかない刑が問題となる以上、各事件を独立して審理したか、不利な事情だけを選んでいないか、自殺・事故の可能性を十分に検討したかを判決文から確認する必要がある。批判を行う場合も、「直接見た人がいないから無罪」とだけ述べるのではなく、最高裁が挙げた四つの事情のどこに合理的な疑いが残るのかを示さなければ議論にならない。

三件の類似性には、証拠を補強する面と、予断を生む危険の両方がある。同じ被告人と交際した男性が短期間に相次いで死亡し、現場に練炭があり、被告人が事前に対応する品を入手していたことは偶然かどうかを考える重要な事情となる。しかし、一件を有罪らしく見せるために別の一件の印象だけを使えば、「三つも疑いがあるのだから犯人だ」という循環になる。判決は、各死亡について自殺・事故を排除する事情を示したうえで、共通する準備と動機を総合した。

被害者を「だまされた男性」で終わらせない

報道では、被害者が結婚を望み、相手へ多額の金銭を渡したことが強調された。そのため、「なぜ気づかなかったのか」「見る目がなかった」と被害者側を嘲笑する言葉も生まれた。しかし、他人を信用して関係を築こうとしたことは、殺害されたり財産を奪われたりしてよい理由にはならない。

詐欺は、被害者の欲求や不安、孤独を見抜き、それに合う説明を与えることで成立することがある。被害者が交際経験に乏しかったか、家族と疎遠だったかといった私生活を暴いても、責任が加害者から被害者へ移るわけではない。むしろ、短期間に高額の送金を求められる、身分や経歴の確認を避けられる、家族や友人へ関係を話さないよう求められるなどの兆候を、人格批判なしに共有する方が被害防止につながる。

三人の氏名、勤務先、住居、家族の発言は公判報道に残っているが、事件を説明するたびにすべてを再掲する必要はない。遺族は裁判で喪失と処罰感情を述べたものの、それは私生活全体を継続的に公開する同意ではない。年齢や居住地域など、証拠の理解に必要な範囲にとどめ、本人の恋愛観を勝手に物語化しない配慮が求められる。

女性被告人への視線が裁判を覆った

木嶋の公判では、法廷での服装、髪形、体形、声、食事、性的な経歴が連日報じられた。男性の連続殺人事件では中心になりにくい情報が、「複数の男性から金を得た女性」という枠組みの中で大きく扱われた。容姿を侮辱する呼び名まで広がり、犯罪を伝える記事が被告人の外見を品評する場になった。

被告人の人権に配慮することと、犯罪の責任を曖昧にすることは同じではない。確定判決は、容姿が優れていたか、料理が上手だったか、男性を引きつける声だったかを理由に有罪や死刑としたのではない。死亡直前の行動、練炭とコンロの入手、死因、金銭的利得と動機、詐欺の具体的な欺罔行為を証拠として判断した。裁判を理解するには、報道が作った人物像をいったん脇へ置き、判決の推論をたどる必要がある。

ブログや手紙など被告人自身が発信した文章も、扱いに注意を要する。本人が書いたという点では一次資料でも、記載内容が客観的な事実とは限らない。事件前の投稿は当時の生活や支出を示す資料となり得るが、文章の一節から性格診断を行ったり、殺意を推定したりするのは飛躍である。逮捕後の発信も、確定判決の内容、本人の主張、編集者や報道者の解釈を分けて読む必要がある。

立件された事実と周辺の不審死

木嶋と関係のあった別の男性の死亡も報道されたため、「実際の被害者はもっと多い」と断定する記事がある。しかし、捜査対象になったこと、報道で疑いが示されたこと、殺人罪で起訴されたこと、有罪が確定したことはそれぞれ違う。三件以外の死亡を、確定した殺人被害として数えてはならない。

警察が調べたものの立件しなかった死亡には、死亡時の資料が十分残っていない、死因が病死と判断された、被告人の関与を示す証拠がないなど、個別の事情がある。立件されなかったから無関係だと完全に証明されたとまではいえない場合もあるが、その空白を推測で埋めることはできない。「疑惑が報じられた」と「殺害した」を同じ文に置かないことが、無実の人を犯人扱いせず、死亡した人を根拠のない物語へ利用しない最低限の線引きになる。

事件の呼び名に「連続不審死」が残っているのは、捜査初期に複数の死亡が疑いの対象となった経過を反映している。確定判決を説明する時は、三人に対する殺人と七件の財産犯罪という範囲を明示する。周辺情報を扱うなら、誰がいつ何を発表したのか、捜査結果はどうだったのかを出典とともに記し、確定事実の欄へ混ぜない。

判決文に戻る意味

この事件には、恋愛、金銭、食、外見、死刑制度など、人の関心を引きやすい要素が多い。そのため、裁判で争われていない逸話や匿名関係者の印象が、判決認定より広く知られるようになった。情報を整理する最も確かな出発点は、最高裁判決が示した事件数、犯人性を支える四つの事情、量刑理由である。

最高裁判決は三ページと短く、第一審の膨大な証拠をすべて再現してはいない。詳しい経過を調べる時は、第一審判決、公判記録に基づく報道、捜査機関の発表を補う必要がある。その際も、最高裁が何を認定の柱としたかを基準にすれば、料理や恋愛上の逸話が証拠より大きくなることを避けられる。

三人は、ウェブサイトで知り合った相手を信用し、将来を思い描く過程で金銭を渡し、命を奪われた。別の人々も、虚偽の説明によって財産を失いかけ、あるいは失った。事件を記録する目的は、被告人を魅力的な悪役に仕立てることでも、被害者の判断を笑うことでもない。どのような間接事実が合理的な疑いを超える証明とされたのか、交際を利用した財産被害が殺人へどうつながったと認定されたのかを、判決に沿って確かめることにある。

参照資料

  • 最高裁判所第二小法廷「平成26年(あ)第639号詐欺、詐欺未遂、窃盗、殺人被告事件」2017年4月14日 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/769/086769_hanrei.pdf
  • 裁判所「裁判例検索」https://www.courts.go.jp/hanrei/search1/index.html
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