詐欺の逮捕が、死の連鎖につながっていた
2009年の秋、鳥取県に日本中のメディアの目が集まった。きっかけは同じ年の11月2日、鳥取県警が36歳の女性を詐欺の疑いで逮捕したというニュースだった。地方紙の片隅に載る程度の話だ。ところが捜査員が女の交友関係を丹念に洗っていくと、空気が一変する。
過去数年のあいだに、彼女の周りで男性が次々と原因のわからない死を遂げていたんだよな。新聞記者、警備員、警察官、トラック運転手、電器店の経営者。立場も年齢もばらばらの男たちが、そろってこの女性とお金や私生活のつながりを持ったあとで命を落としていた。偶然にしては重なりすぎる。
この重なりが、県警の再捜査を後押しした。事件はあっという間に「鳥取連続不審死事件」と呼ばれ、全国区の注目を浴びる騒ぎになっていく。ここまで聞くと、6人がまとめて殺された事件のように思えるかもしれない。そこが一番の落とし穴だ。
6つの死のうち、殺人で裁かれたのは2つ
当初取り沙汰された死亡案件は、全部で6件あった。2004年5月には読売新聞の男性記者が亡くなり、2007年8月には警備員の男性が日本海で溺れて死んでいる。翌2008年2月は警察官の男性。2009年4月にはトラック運転手の男性が溺死し、同じ年の10月には電器店を営む男性が亡くなった。
残る1件は、もう一人の男性の死亡事案になる。捜査と検視を経ても、これらが一様に殺人と断定されることはなかった。警察と検察が最後に整理した分類では、記者の死は自殺、警察官の死も自殺、警備員の死は事故死で、もう1件は病死とされている。
殺人の罪で裁かれたのはどれか。強盗殺人として実際に起訴の対象になったのは、トラック運転手の男性と電器店を営む男性の合わせて2件だけだった。6人が不審死、という見出しは独り歩きした。でも刑事司法の手続きで殺人として立件され、立証までいったのはその一部にすぎない。
この整理の経緯そのものに、事件の性格がよく出ている。事件を語るとき、いちばん誤解されやすいのがここだ。報道の熱と裁判の結論を、慎重に分けて頭に入れておいてほしい。
スナックで働く、子だくさんのシングルマザー
逮捕された女性は1973年生まれ。鳥取市内のスナックでホステスとして働きながら暮らしを立てていた。結婚と離婚を何度か経験し、複数の子どもを育てるシングルマザーでもあった。逮捕のときは別の男性と内縁関係にあって、生活は困窮していたとされる。
前歴もあった。以前にも詐欺容疑で逮捕されたことがあり、無免許運転で罰金を受けた記録も残っていた。日ごろからお金のトラブルを抱えていたことが、捜査が進むにつれて明らかになっていく。
メディアの伝えるところでは、暮らしの拠点は「ゴミ屋敷」と形容されるほど散らかった家だったという。華やかな生活とはまるで縁がない。のちに彼女が手にしていたとされる多額の金品は、どこから来たのか。その謎を深める材料として、この住まいの様子は繰り返し報じられることになる。
実名か匿名か、新聞も週刊誌も割れた
この人物の実名をどう扱うかでは、報道機関の対応が分かれた経緯がある。詐欺容疑で逮捕された当初は、大手の全国紙も実名で報じていた。風向きが変わったのは、不審死の疑惑が浮上してからだ。裁判員裁判の対象になりそうだとわかると、予断を与えないよう匿名に切り替える新聞社が相次いだ。
2010年1月、強盗殺人容疑での再逮捕。この段階で一部の全国紙は、再び実名報道へ戻っている。週刊誌はずっと実名と顔写真を載せ続けた。掲げた理由は「知る権利」と「事案の重大性」で、踏み込んだ報道をやめることはなかった。
報道姿勢のこの揺れは、それ自体がメディア論や犯罪報道の倫理の題材として論じられる対象でもある。あとで触れる「毒婦」報道の話とも地続きだ。どこまで書くのが正しいのか、各社の答えはばらばらだった。
検察が法廷で描いた筋書き
起訴された2件の強盗殺人について、検察が公判で主張した構図はこうだ。被害者の男性たちは、どちらも女と個人的な関わりがあり、お金の貸し借りやトラブルを抱えていた。そこへ市販の睡眠導入剤が出てくる。
検察の描いたシナリオでは、女が被害者に睡眠導入剤を飲ませて意識をもうろうとさせ、海辺など水辺に近い場所へ連れ出した。その結果、男性たちは溺れて死んだとされた。この流れで得たとされる金品、つまり現金や生命保険金を含む資産が、動機として位置づけられている。
ここはしっかり線を引いておきたい。この筋書きは、あくまで検察官が法廷で主張し、裁判所が証拠から認めた内容だ。使われたとされる薬の入手経路や量、水辺まで連れ出した具体的な手順は、公判記録でも報道でも踏み込まない形で伝えられてきた。
理由ははっきりしている。猟奇的な手口を興味本位で細かく伝えると、模倣を誘いかねない。報道倫理のうえでも避けるべきだという共通認識があって、ここでも実行の手順として再現できる形では書かない。追いかけたいのは、何が起きたと認定されたかという大枠と、それを裁いた裁判の枠組みのほうだ。
自白も目撃もないまま、死刑が言い渡された
この事件が刑事裁判の歴史で特別な位置にある理由は、はっきりしている。犯行の瞬間をとらえた直接証拠、つまり自白や目撃証言、映像の記録がひとつも無いまま、間接証拠の積み重ねだけで死刑判決が出たからだ。重い話だよな。
2012年9月25日、鳥取地方裁判所で裁判員裁判の公判が始まった。選任手続きから判決までにかかった日数は75日。これは当時の裁判員裁判として、過去2番目に長い審理期間だった。
法廷での被告人の態度は、罪によってくっきり分かれた。詐欺などの一部の余罪は、基本的に認める姿勢を見せている。一方で強盗殺人に問われた2件については、「私はやっていません」と一貫して否認を貫いた。被告人質問では黙秘権を使う場面もあり、自分の言葉で詳しく語ることはなかった。
弁護側の見立ては、まるで別物だ。当時被告人と同棲していた別の男性こそが、真犯人かもしれないと主張したんだ。睡眠導入剤でもうろうとした大人の男性を、女性ひとりの力で水辺まで運ぶのは物理的に難しい。そういう点を突いて、間接証拠だけで有罪とする危うさを訴えた。
検察は状況証拠を積み上げて立証しようとした。被害者との金銭トラブルがあったこと、被害者の体内から睡眠導入剤の成分が見つかったこと。亡くなる直前に被害者が被告人のもとを訪れていたことを示す、通信記録や目撃証言も出された。
2012年11月5日、検察は死刑を求刑した。翌6日に弁護側の最終弁論と被告人の最終意見陳述があり、12月4日、裁判所は死刑判決を言い渡している。判決まで一気だ。
間接証拠だけで、死刑という究極の刑を科す。そのために裁判所が照らしたのは、最高裁判所が示してきた「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」という基準だった。状況証拠を総合すると、犯人であることを強く指し示していると判断したとされる。
控訴も上告も退けられた8年
被告側は判決を不服として控訴した。2014年3月20日、広島高等裁判所松江支部は控訴を棄却し、一審の死刑判決をそのまま維持している。舞台は最高裁へ移った。
上告審では2017年6月29日、最高裁判所第一小法廷で弁論が開かれた。同じ年の7月27日、上告を棄却する決定が出て、死刑が確定する。8月23日には訂正の申し立ても退けられ、判決は完全に動かなくなった。逮捕から死刑確定まで、ざっと8年近く。これだけの時間が、ひとつの事件に費やされたわけだ。
執行を待たずに訪れた、拘置所での最期
2017年に死刑が確定したあとも、刑が執行されることはなかった。刑事訴訟法では、死刑の確定から6か月以内に執行すると決めている。ただこれは努力目標のような性格の規定で、実務では法的な拘束力を持たない運用が続いてきた。現実には、国内の死刑確定者が執行されるまでの期間は、平均で5年前後とされる。この事件の当事者も、その例に漏れなかった。
執行が長引いた事情として、専門家が指摘したのは次のような点だ。強盗殺人2件だけでなく、十数件もの詐欺事件を含む込み入った事案だったこと。初公判までに約3年かかるほど、審理に時間を要したこと。本人が最後まで無罪を訴え、反省の言葉を口にしなかったこともそこに加わる。
2023年1月、確定からおよそ5年半がたったころ、事態は誰も予期しない形で動いた。収容先の広島拘置所で、当人が死亡しているのが見つかったんだ。死因は、食事中に食べ物をのどに詰まらせたことによる窒息とみられている。死刑の執行によるものではなかった。享年49。
判決が確定したのに、刑が執行されないまま拘置所で死を迎える。この結末は、日本の死刑制度が実際にどう運用されているかを浮き彫りにする出来事として報じられた。確定から執行までの期間は事案ごとに大きくばらつき、ときに執行されないまま終わるケースも生まれうる。
一部の報道によれば、収容中も本人は面会に来た人に「私は、強い女ではないので」と胸の内を語る場面があったらしい。支援者の存在をうかがわせる言動も伝えられていた。ただ、その具体的な中身は表に出ていない。
ちなみに2021年に死刑が執行された、という情報も出回っていた。これは事実と違う。実際には2023年1月に拘置所内で窒息により亡くなり、刑は執行されないまま終わったことが、複数の報道で確かめられている。
名前も確かめておこう。公判や報道で広く確認されている実名は上田美由紀、旧姓は堀江だ。一部には別の名前の表記も流通しているが、裏付けになる一次情報は見つかっていない。
東の毒婦と西の毒婦
この事件を語るとき、どうしても出てくるのが首都圏連続不審死事件との比較報道だ。木嶋佳苗死刑囚による事件で、ほぼ同じ時期に発覚している。2009年秋、ふたつの事件が並行して世間を騒がせたことで、メディアは両者を「東西の毒婦」や「東のK、西のU」と対にして報じることが多かった。
年齢が近く、体格も似ているとされた。それなのに、生活ぶりは正反対に描かれている。首都圏の事件の被告人は、都心の高層マンションで一人暮らしをしながら、婚活サイトを使いこなして交際相手を探していたとされた。
鳥取の事件の被告人は違った。地方都市でスナックに勤め、5人の子を育てるシングルマザーで、暮らしの拠点は散らかった住まいだったと報じられている。生活に困っていたはずの女性が、なぜ多額の金品を得ていたとされるのか。この対比は、その謎をいっそう際立たせる形で消費された。
ノンフィクション作家やコラムニストの分析記事、雑誌の特集も相次いだ。ジャーナリストの青木理氏は、講談社から出したノンフィクション『誘蛾灯 鳥取連続不審死事件』で事件を細かく追った。猟奇性をあおるだけで終わらない、事件の奥にあるものを描いている。
コラムニストの北原みのり氏も独自の分析を出した。「独身男は木嶋佳苗に、既婚者は上田美由紀に惹かれた」という趣旨のものだ。女性の犯罪者に社会がどんなまなざしを向けるのか、その切り口から事件を論じる言説も目立った。
毒婦というラベルへの疑問
「毒婦」という呼び名そのものには、当時から批判の目も向けられていた。犯罪報道の専門家からは、厳しい声が出ている。確定判決が出る前から興味本位で実名や顔写真を載せ、あおるような見出しで女性の私生活を暴き立てる報道への批判だ。「疑惑段階での興味本位報道は問題である」という指摘だった。
ひとりの人間が、複数の重大事件で被告人になっている。その重さと、メディアがその人物をキャラクターに仕立てて消費することは、同じ地平では語れない。まあ、ここは分けて考えたほうがいいよね。
司法の手続きとメディアの報道。このふたつの回路が、一人の被告人を挟んでどうねじれて交わったのか。その重要な事例のひとつとして、この事件は日本の犯罪報道の歴史に記憶されている。
判決の外側で、いまも続く議論
刑事司法の側から見ると、この事件は重い問いを日本社会に突きつけた。間接証拠の積み重ねだけで、死刑という究極の刑罰をどこまで科してよいのか。法学の分野でも、論文や判例研究の対象として取り上げられてきた。
裁判員裁判では、一般の市民が量刑の判断にも加わる。直接証拠のない事件で、市民がどこまで「合理的な疑いを差し挟む余地がない」と確信できるのか。その手続きの妥当性は、いまも議論の的になったままだ。
もうひとつ浮き彫りになったのが、ジェンダーと犯罪報道の問題だった。女性の被告人を「毒婦」という型にはめて報じることは、果たして許されるのか。生活に困った地方暮らしのシングルマザーという属性に、複数の男性の死という猟奇的な要素が重なった。そのときメディアと世間は、どんな物語を欲しがり、どう消費したのか。この事件はその典型例として、後年も繰り返し取り上げられてきた。
ネットの掲示板やまとめサイト、YouTubeの事件解説動画でも、事件はよく話題にのぼる。「未解決の謎が残る事件」として言及されることが多いんだ。間接証拠だけで死刑が確定したことへの疑問、本人が最後まで無罪を主張し続けたこと、執行を待たずに拘置所で亡くなった結末。こうした点について、考察や意見がいくつも交わされている。
ただ、それらはどれも確定判決の外側にある憶測で、考察の域を出ない。司法が認定した事実と、ネットで語られる推測は、はっきり区別して受け止めたい。ここを混ぜると話が一気にゆがむ。
司法制度の限界、報道のあり方、地方で暮らす困窮した女性を取り巻いていた環境。この事件が突きつけたものは、いくつもの層にまたがっている。猟奇事件として面白がって済む話とは、どうにも思えない。
被害者とされた男性たちの遺族にとって、この事件はいまも身内を失った深い喪失の記憶だ。事件の猟奇性やメディアでの扱われ方の陰で、ひとりひとりの被害者と遺族が抱えてきた喪失の重みを見落としてはいけない。ある遺族は、判決が確定したあとも謝罪の言葉が一切なかった悔しさを語っている。
