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🚌 スクールバス・通学バスに乗る幽霊――終点まで消えない「もう一人の乗客」

いつものバスに、いつもと違う一人

夕方、あるいは雨の日。いつもと同じ通学バスに、いつもと違う一人が乗ってきた。制服の生徒のこともあれば、着物姿の老婆や白髪の老紳士のこともあって、姿は語り手によってばらばらだった。筋書きだけは、ほとんど変わらない。

その人物は、誰も座らない席にだけ座る。誰とも口をきかない。気づいたときには、もういなくなっている。

満員なのに隣だけ誰も座ろうとせず、冷房が効いているのに、席のまわりだけ空気が冷たかった。運転手が「次、降りる方は」と声をかけても、返事はない。

終点か、目的のバス停。ふと視線を戻すと、座っていたはずの人影が消えていて、座席には水滴も忘れ物も、何の痕跡も残っていなかった。これが「通学バスの幽霊」「スクールバスの幽霊」と呼ばれる怪談の基本形なんだよな。

最初から幽霊か、昔からの乗客か

この話には、大きく二つの型がある。一つは、乗ってきたときからもう幽霊だった型。目撃者はあとになって、「あの人、影がなかった」「足元が透けていた」と気づく。

もう一つは、本来いるはずのない昔の乗客が、今も同じ時間のバスに乗り続ける型だ。こっちは事故と結びつけやすく、その路線で昔バス事故があり、亡くなった生徒が今も同じ便に乗っている、という説明がよく付く。ここが分かれ目だ。

この説明が付いた瞬間に、ただの幽霊話が「その学校、その路線だけの言い伝え」へ化ける。固有の場所がつくと、聞き手は自分の通学路に引き寄せて考え始め、自分が毎朝乗る、あのバスの話に変わっていく。

ここから先は、記録の裏が取れる話と、筋として語られるだけの話を分けて並べていく。

駕籠の昔から、乗り物には幽霊が乗った

乗り物に乗ってくる幽霊は、バスよりずっと古い。江戸の話として、駕籠に女を乗せた駕籠屋が、着いて垂れを上げたら誰もいなかった、という筋が採録されている。今野圓輔の『日本怪談集』や、松谷みよ子の『現代民話考』がその例だ。

明治に入ると、乗り物は人力車に替わる。伊波南哲の『沖縄怪談集 逆立ち幽霊』には、那覇の一日橋のあたりを舞台にした話が出てくる。乗せた客が消え、車夫は気を病み、受け取った金は木の葉に変わっていた。

乗り物が替われば、幽霊も乗り換える。昭和30年代には、東京の青山墓地のあたりで女をタクシーに乗せた、という話が民話の採録に出てくる。送り届けた家で、親が車代を払ってくれる筋だ。怖さは薄い。

1950年代にはタクシーの幽霊が新聞にも載り、広く知られるようになった、と整理する書き手もいる。深夜に乗せた客が消え、後ろのシートだけが濡れていたという細部は、今のタクシー怪談にもそのまま生きている。

バスの幽霊は、この流れの先に立つ。タクシーは客が一人だから、幽霊も一人で乗れる。バスは違う。大勢の乗客の中に紛れ込まなければならないから、「誰も座らない席にだけ座る」という決まりが、バスの怪談には欠かせなくなる。

石巻のタクシーに乗った、夏のコートの客

この系譜のいちばん新しい記録が、宮城県の石巻にある。東日本大震災のあと、東北学院大学の学生がゼミでタクシー運転手に聞き取りを重ね、2016年3月に卒業論文として仕上げた。石巻は、津波で大きな被害を受けた町だ。

語られた客の一人は、30代ぐらいの女性だった。夏なのに、真冬のコートを着ている。行き先は南浜。南浜は、石巻の海に近い地区だ。女性は「私、死んだのでしょうか」と口にし、運転手がミラーで後部座席を見ると、誰もいなかった。

小学生くらいの女の子の話もあって、真夏の深夜にコートとマフラー姿で乗り込み、「おじちゃんありがとう」と言って消えた。メーターを切り、運賃を自腹で払った運転手もいたという。

この卒論は、幽霊を聞き取りの対象として正面から扱った研究で、新聞や週刊誌でも取り上げられた。指導した教授は、運転手の体験談は他の霊の話と違って「リアリティがある」と見ていた。毎日同じ町を走る人の語りは、重みが違う。派手さはない。

『学校の怪談』が書店に並んだ年

学校を舞台にした怪談が広く知られた節目は、1990年にある。この年の11月、講談社の文庫から常光徹の『学校の怪談』が出た。

1995年には、東宝が同じ題名で映画を作った。当時の小学生の間で、学校の怪談がブームになっていた時期だ。1作目は1995年度の邦画で4位、2作目は翌年度に2位まで上がり、3作目は1997年度の5位、4作目は1999年度の10位に入っている。

バスの怪談も、この流れに乗る。2004年10月には、岩崎書店の「平成うわさの怪談」の11巻として『スクールバスにさまよう霊』が出た。2013年10月には、童心社の「怪談オウマガドキ学園」の4巻が『遠足は幽霊バスで』になっている。乗り物と道と旅をテーマにした、全13話の巻だ。

学校の怪談には、トイレの花子さんのように、場所に幽霊が棲みつく型が多い。バスの怪談は違って、幽霊が乗ってきて、降りていく。棲みつかずに動く幽霊だから、通学路のどこにでも出られる。

題名のとおり遠足のバスも舞台にされ、通学バスが毎日の繰り返しなら、遠足のバスは一日だけの非日常になる。どちらも、子どもが大人の目の届かない場所へ運ばれていく乗り物だ。ここで、バスに乗る子どもたちの暮らしのほうを、数字で見ておく。

4キロと6キロの線

国には、公立小中学校の通学距離の目安がある。小学校でおおむね4キロメートル以内、中学校でおおむね6キロメートル以内。学校統合に国の費用を出すときの条件で、義務教育諸学校等の施設費の国庫負担等に関する法律の施行令に書かれている。

この線を超える子には、足が要る。2015年1月に文部科学省がまとめた手引は、通学に使われる交通機関の多様さを認めている。スクールバスや路線バス、コミュニティバスが、その例だ。通学時間は、交通機関を使う場合でおおむね1時間以内と決める市町村が多い。

手引の題は「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」。副題は「少子化に対応した活力ある学校づくりに向けて」だ。学校を減らす話と、通学を支える話が、同じ文書の中に並んでいる。

学校の数も減る一方だ。文部科学省の調査では、平成4年度から平成23年度までの20年間で、公立学校6,834校が廃校になった。毎年400校から500校前後が消え、平成23年度の廃校は474校だった。

バスの数字もある。平成19年5月1日現在、全国の自治体の62.7パーセントがスクールバスを導入していた。専用バスは約4,700台、利用者は約13万人で、年間の運営費は、保護者の負担も含めて約353億円に上った。導入の理由には、へき地の通学支援、合併や過疎による統廃合、遠距離通学、通学路の安全確保が挙がっている。

この13万人は、専用のスクールバスを使う子だけの数字だ。路線バスやコミュニティバスで通う子は、別に数えなければならない。同じ時刻に同じバスへ乗る子が、10万人を超える規模で毎日いる。ここは筆者の見立てだが、そこに怪談が育つのは自然な流れだ。

掲示板に出た「通学バスの老紳士」

ネットで読める有名な話に、「通学バスの老紳士」があり、2ちゃんねるのオカルト板で読まれてきた書き込みだ。2001年には、通学バスにいつも乗っている奇妙なおばあさんの話が書かれた。2003年12月15日には、老紳士が出てくる版が投稿された。

2001年の版は短い。いつもの奇妙なおばあさんがいて、シルクハットの人たちが、丸い物や大きな紙袋を持って乗っている。トンネルの中でバスが止まり、気づくと学校前の停留所に着いていた。語り手は、あのバスの乗客はもうみんな死んだ、と結ぶ。

2003年の老紳士の版は、友人から聞いた話という前置きで始まる。舞台は、神奈川の高校へ向かう通学バス。シルバーシートに座る帽子の老紳士には、同じ恰好をした40代ぐらいの男が二人、大きな鞄を持って付き添っていた。老紳士は、気配のおかしいおばあさんに話しかけ、「それだけはさせません」と大声で叫ぶ。

連れの男が、鞄から丸い物を取り出した。そこでバスが急ブレーキをかけ、トンネルに入ったところで意識が途切れ、気づくと病院にいた。友人は脳に障害が残り、言葉も不自由になって、のちに亡くなったという。

二つの版を並べると、細部が動いている。シルクハットは帽子になり、紙袋は鞄になった。バスの乗客が全員死んだという結びは、友人の死へ替わっている。書き込みから書き込みへ渡るあいだに、話の形が少しずつ変わっていったらしい。

掲示板の怖い話は、「友人から聞いた」「親戚の話だ」と前置きするのがお約束だ。出どころを一段ぼかすことで、本当かもしれないという余地が残る。老紳士の話にも、その前置きがついていた。話の出どころは、確かめようがない。

この話には、座席から消える幽霊が出てこない。人間の姿をした何者かが、通学バスの中で堂々と話し、叫ぶ。怖いのは、そのあとの記憶が抜けているところだ。洒落怖は「洒落にならない怖い話」の略称だ。掲示板で集められた怖い話はまとめサイトにも載り、この話にも考察の記事が何本も書かれてきた。

終バスの老婆と、押されたブザー

運転手が自分の体験として語った話も、ネットの記事で読める。2021年8月にキャリコネニュースが載せた投稿だ。語り手は、50歳の男性運転手。10年ほど前のお盆、夏の夕方の終バスでの出来事らしい。

ルームミラーを見ると、乗せた覚えのない老婆が座っていた。寺の名がついた停留所で降車ブザーが鳴り、停まってドアを開けると、降りる客は誰もいなかった。

2023年8月の同じ媒体には、50代後半の女性運転手の話が出ている。ハンチングをかぶり眼鏡をかけた高齢の男性が乗ってきて、終点が近づいたころ、どこで降りるのか確かめようとしたら、その席には誰もいなかった。

どちらも一人の運転手の記憶で、裏を取れる記録ではない。まあ、それは怪談の宿命だ。降車ブザーは、誰かが押さなければ鳴らない。この小さな理屈が、話を怖くする。

運転手は、乗り降りする客の数を毎日、何十回も確かめる。確かめ慣れた人だからこそ、一人ぶんのずれに気づいたときの重みが違う。運転手の語る怪談が、数字で進みやすいのはそのせいだ。

運転手の体験談は、掲示板の怪談より地味だ。幽霊は叫ばないし、襲いもしない。ただ座席にいて、ブザーを押す。その静けさが、あとからじわじわ効いてくる。

筋だけで語られる、バスの怪談

裏を取れない話は、ここにまとめて置く。筋の型として、順に並べておく。

置き去りの型がある。昔、この路線のバスが点呼を間違え、ある生徒を乗せ忘れて出発した。その生徒は冬の停留所で凍えて亡くなった、あるいは車道に飛び出して事故に遭った、という因縁が付く。

この型では、幽霊はバスに乗ってこない。誰もいないはずの夜の停留所に制服の生徒が立っていて、バスが速度を落とすと、ふっと消える。それだけの話だ。子どもにとって、バスに乗り遅れる怖さは現実と地続きだ。点呼のミスという因縁は、その怖さをそのまま幽霊の理由に使っている。

最終バスの老婆の型もある。昼間は普通の路線バスなのに、ダイヤにない深夜の便が現れる。乗っているのは和装の老婆が一人だけで、行き先を告げず、運賃も払わず、気づけば消えている。最後まで乗り続けるとあの世へ連れて行かれる、という結末の版もあるらしい。

運転手そのものが幽霊の型もある。いつもと違う無口な運転手がハンドルを握り、生徒たちは気味悪く思いながらも、普段どおりバスに揺られる。降りる停留所で運転席を見ると、そこは空っぽだ。バスだけが勝手に走っていた。

四つ目の型は、ぐっとマイルドになる。満席のバスで、自分の隣に一人ぶんの隙間がある。姿は見えない。それでも座席は重みで沈み、窓の結露には手形が残る。

型が同じでも、細部で怖さは変わる。制服は同じ学校のものなのに、学年章の色が今は使われていない古い色、という一点だけで、その人の時間が止まっていると伝わる。部活の遠征帰りに撮った写真に、数えても合わない背中が写り込む筋もある。時刻表にない便に乗った人が、翌日バス会社に確かめて初めて怖くなる、という運びも効く。小道具は、古い学年章に、数えても合わない背中。

どの型にも、数のずれがある。乗せた人数と、降りた人数のずれ。座席の沈み方と、見えている姿のずれ。ずれは、小さいほどいい。小さいからこそ、聞き手は自分で数え直してしまう。

どの型でも、乗客は誰も叫ばない。幽霊は静かに消える。静かだから、聞いた子は帰り道で一人になったとき、ふと思い出してしまう。

京都の「幽霊バス」は、幽霊ではなかった

「幽霊バス」と聞いて、京都市の話を思い出す人がいるかもしれない。あれは怪談ではなく、行政の不祥事につけられた名前だ。発覚したのは2007年だった。

路線バスを走らせるには、国土交通省へ運行計画を届け出る必要がある。ところが京都市交通局は、少なくとも2002年から、5つの路線で届け出なしにバスを走らせていた。系統の表示はなく、時刻表にも停留所の案内にも載らない。利用者に知られないバスだったから、「幽霊バス」と呼ばれた。

2007年4月25日に、近畿運輸局が無届けの路線と判断する。運行は、5月20日までに止まった。労働組合の幹部の乗務に使われていた可能性を指摘する声もある。

深夜に、誰も知らないバスが走っていた。こう書くと、怪談の筋にそっくりだ。名前だけが幽霊で、中身は実在の運行だった。怪談の言葉と事件の名前が重なる例として、覚えておくと混乱しない。

窓ガラスに映る、もう一人

夕暮れや夜の下校では、車内が明るく窓の外が暗いため、ガラスは外を透かす力を失い、鏡に近づく。自分の顔や後ろの席の乗客が、流れる外の景色に重なって映る。

窓の向こうに、誰かが立っているように見える。見間違いの材料としては、これ以上ない条件で、座席の背もたれの影まで人の形に見えてくる。夜の電車でも、窓に映った自分の顔にぎょっとした経験がある人は多い。

天井のしみが顔に見える。コンセントの穴が顔に見える。あれはパレイドリアと呼ばれる錯覚で、人の目は点が二つと線が一本あれば顔を探してしまう。夜の窓に映った自分の影へ街灯の光が重なれば、見知らぬ顔くらい簡単にできあがる。

運転手が頼るのは、ルームミラーだ。さっきの終バスの話でも、老婆を見つけたのはミラーの中だった。ミラーは、広い車内のすべてを映すわけじゃない。

生徒同士は前を向いて座るから、後ろや隣の気配は確かめにくい。運転手からも、後ろの席は見えにくい。座席の並びが生むこの死角が、噂の育つ余地になる。

最後尾の席だけが、いつも空いている

通学バスの怪談では、幽霊が座るのは決まって後ろのほうの席だ。最後尾か、その手前。理由は、乗ってみれば分かる。

全員が前を向くバスの中で、後ろの席に座る人の顔は、誰にも見えない。前の席の生徒は、後ろに何がいても、振り向かなければ気づけない。振り向く理由がなければ、一日中気づかないままでいられる。

最後尾は、運転席から最も遠い席でもある。運転手のミラーに映る姿は小さく、そこに座っていた人が消えても、消える瞬間は誰も見ていない。怪談が「気づいたらいなくなっていた」という形をとるのは、この見えにくさのせいだ。

席の位置が決まれば、話の組み立ても決まる。乗ってくる、座る、誰も隣に座らない、気づくといない。この四つの動きだけで、怪談は一本できあがる。

毎日同じだからこそ、差分が怖い

通学バスが怪談の舞台になりやすい理由は、いくつかの条件に分けて考えられる。一つ目は、密閉されていて、しかも毎日繰り返されることだ。

ほぼ同じ時刻に同じ道を走り、同じ顔ぶれが同じ席に座る。この強い規則性があるから、見慣れない一人が紛れ込むだけで、強い違和感が生まれる。席の定位置まで決まっている子もいる。

毎日の繰り返しは、安心の裏返しでもある。いつもの席、いつもの顔ぶれ、いつもの揺れ方。そのすべてが体に染みついているから、一つ狂うと体のほうが先に気づき、理由を言葉にできないまま、気づけば背中だけが冷たくなる。

教室と同じ構図だ。いつもと同じはずの場所に、いつもと違う何かがいる。その差分に気づく瞬間が、恐怖の芯になる。

走っている間は、降りられない

二つ目は、移動中は逃げ場がないという物理的な縛りだ。教室やトイレなら扉を開けて外へ飛び出せるが、走っているバスの中では、隣に何がいようと、着くまで乗っているしかない。逃げ場はない。

降車ボタンを押しても、バスが次の停留所に着くまでには数分かかる。その数分が、怪談の中ではやたらと長い。この「逃げられない乗り物」という感覚が、密室ものの怪談に共通する怖さの土台を作る。

老紳士の話でも、運転手の話でも、乗客は途中で降りられなかった。降りられないから、見たものを見なかったことにもできない。

学校でも家でもない時間

三つ目は、バス通学が置かれた時間の性格だ。学校の管理が届く範囲と、家に帰るまでの途中の、ちょうど間にある。宙に浮いた時間。責任の所在がぼやけた移動時間だ。

だから「もし何かあっても、誰も気づかないかもしれない」という不安が、話の下敷きになりやすい。過疎地のスクールバスのように、乗客が数人しかいない路線なら、この孤立感はもっと強まる。過疎地のスクールバスは、運転手が全員の顔を知っている。知らない顔が一人混じれば、最初に気づくのも運転手になる。

通学時間帯の路線バスには、学校へ向かう生徒と、病院や買い物へ向かう高齢の人が同じ車内にいる。老婆や老紳士が怪談に出てくるのは、そういう乗り合わせ方が日常だからかもしれない。ここも筆者の見立てだ。

朝は、これから学校へ行く緊張がある。帰りは、一日の疲れで眠くなる。眠りかけた目で見る最後尾の席は、起きているときよりずっとあやしい。いつもは誰もいないその席を、つい見てしまう。そんな心理が、怪談の土壌になってきたんだろう。

隣の空席に、誰かが座った気配

骨組みを並べ直してみる。繰り返す日常のわずかな差分、逃げ場のない密閉空間、死角の多い座席の並び。この三つが揃ったとき、乗り物怪談はいちばん強く語られる。三つで足りる。

通学バスは、その三つをほぼ満たす珍しい学校関連の空間だったから、「もう一人の乗客」という単純なモチーフが、世代を超えて受け継がれてきた。老紳士、老婆、置き去りの生徒、運転手のいないバス。衣装を替えながらの話だ。

大人向けのタクシーの幽霊や、終バスの幽霊とも地続きだ。子どもが初めて、知らない人たちと密室を共有して移動する。通学バスの怪談は、そのときの怖さを残した通過儀礼の記録にも読める。

バス通学が、スマホの位置共有や防犯カメラで管理される時代になった。それでも、隣の空席に誰かが座った気配という感覚は、技術では埋まらない。想像の余白として、今日も最後尾の席に残っている。

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