文化祭の準備期間の校舎って、独特の匂いがするんだよな。埃と、ポスターカラーの絵の具と、ガムテープの粘着面が空気に触れたときのあのちょっと甘ったるい匂い。それが放課後の廊下に溜まっていて、夕方になるとやたら濃くなる。窓に暗幕を張った教室は、昼間なのに夜みたいで、そこだけ時間の流れがずれてる感じがする。学校の怪談の中でも「文化祭のお化け屋敷に本物が混じる」という一群の話は、この「校舎の中に人工的な夜をつくってしまった」という状況をまるごと燃料にして育ってきた。今回はこの怪談を、話そのものの再話から、派生バージョン、体験談、掲示板の反応、そして実際の文化祭運営や校舎建築の事情まで、まとめて全部やる。
## その夜、七人目はどこから出てきたのか
一番よく流通している形はこうだ。舞台は公立の高校、あるいは中学。学年は二年生であることが多い。クラスの出し物を決めるホームルームで、意外性もなく「お化け屋敷」に決まる。担任は「毎年どこかのクラスがやるやつだろ」と苦笑いしながら黒板に書く。教室ひとつを使い、机を積んで骨組みにし、その上に黒いビニールを垂らして通路をつくる。窓には暗幕。入口と出口は前後の扉。順路は一筆書きのS字。この時点までは、全国どこの学校でもやってる、ごく普通の文化祭の話でしかない。
配役も普通だ。受付が二人、誘導が二人、そして中に入るお化け役が六人。話のバージョンによって五人だったり七人だったりするが、ここでは六人としておく。六人はそれぞれ持ち場が決まっていて、一番奥の「首吊り」担当、途中の「這い出す手」担当、出口手前で肩を叩く担当、という具合に振り分けられる。衣装は白い浴衣か体操服。顔は白塗りに、片栗粉と食紅で作った偽物の血。当日の朝、美術部の子がみんなの顔を塗って回る。この「顔を塗る」という工程が、後で効いてくる。
初日は盛況で、行列ができる。二日目も同じ。問題は、二日目の最終回、閉幕直前の回で起きる。すでに校内放送で「まもなく一般公開を終了します」というアナウンスが流れていて、外の廊下は片付けを始めた他のクラスの音でうるさい。最後の客が出ていって、誘導係が「終わりまーす」と声をかける。中のお化け役たちがぞろぞろ出てくる。ここで、誰かが言う。「あれ、いま何人出てきた?」
数えると七人いる。六人しかいないはずなのに、七人が黒いビニールの通路から出てきた。白塗りの顔がずらりと並んでいて、みんな同じような格好をしている。誰が余分なのか、パッと見では分からない。名前を呼んで確認していくと、六人はちゃんといる。じゃあ残りの一人は誰なんだ、と全員が振り返ったとき、もうそこには六人しかいない。人数が合っている。さっき七人だったという記憶だけが、その場の全員に残っている。
ここからが話の後半だ。片付けの最中、誰かが言い出す。「奥の首吊りのところ、途中から二人いなかった?」。首吊り担当は一人だったはずなのに、後半の回で客が「奥に二人いて怖かった」と言っていた、という証言が出てくる。受付をやっていた子が、ノートに正の字で入場者数を数えていて、その数字が最後の回だけ一人多い、という描写がつくこともある。そして決定的なのが写真だ。閉幕後、教室の前でお化け役全員が並んで記念撮影をしている。デジカメで撮ったその一枚に、端のほうに白い顔がもう一つ写っている。誰も知らない顔で、目のあたりだけ塗り残しみたいに黒い。
翌日、暗幕を外して教室を元に戻す作業をしていると、一番奥の角、通路の行き止まりになっていたあたりの床に、白い粉が落ちている。白塗りに使ったドーランかベビーパウダーの粉だ。だがそこには誰も立っていなかったはずで、そもそも役者の待機位置ですらない。掃除機をかけても翌週にはまた同じ場所に白い粉が出ている。そこで話は終わる。オチをつけずに終わるのが、この怪談の作法だ。
## 発祥はどこか、初出は特定できるのか
正直に言うと、この話の初出を一点に絞ることはできない。ネット上のオカルトまとめサイトや体験談投稿サイトでは「二〇〇〇年代前半の匿名掲示板発」と書かれることがあるが、具体的なスレッド名や投稿日時、レス番号まで示している例をきちんと確認できたことはない。むしろこの話は、ネット以前の口承段階からすでに存在していた可能性が高い。というのも、話の骨格が「学校の怪談」というジャンルの最古層のモチーフの組み合わせでできているからだ。
民俗学者の常光徹が一九九〇年から講談社で刊行した児童向けの『学校の怪談』シリーズ、およびその母体になった口承文芸研究は、日本の学校怪談を体系的に採集した仕事として知られている。この一連の仕事が示したのは、学校怪談というのが子どもたちの口から口へと伝わる「現代の民話」であって、原作者のいる創作ではないということだった。「一人多い」という怪談も、その採集の網にかかる古典的なモチーフのひとつだ。修学旅行の部屋で人数が合わない、肝試しで帰ってきた人数が増えている、集合写真に知らない顔が写っている。これらは日本各地で個別に発生し、個別に語られてきた。文化祭のお化け屋敷版は、その「一人多い」の器を、たまたま文化祭という舞台に置き換えたものと見るのが自然だ。
ただし、置き換えが起きた時期はある程度絞れる。文化祭のお化け屋敷が「教室を暗幕で真っ暗にして、段ボールとビニールで迷路をつくる」という定型の形式に落ち着いたのは、おおむね一九八〇年代以降だ。それ以前は展示や演劇が中心で、お化け屋敷という出し物自体がここまで一般化していない。加えて「記念撮影に一人多く写る」というオチが成立するには、生徒が気軽にカメラを持ち込める環境が必要になる。使い捨てカメラが普及した一九九〇年代、そしてデジカメと携帯カメラが行き渡った二〇〇〇年代前後に、この話の完成形が固まったと考えるのが妥当だろう。実際、ネット上に転がっている版でも、古いものほど「写真」の要素が薄く、新しいものほど写真が話の中心に来ている。
ピクシブ百科事典やニコニコ大百科の「学校の怪談」項目を見ても、この話が単独の項目として立てられていることはほとんどない。「人数が増える」「一人多い」といった一般項目の一例として、文化祭のお化け屋敷の話が挙げられている程度だ。つまりこの怪談は、固有の名前を持たないまま、モチーフの一変種として広く薄く流通しているタイプの話ということになる。逆に言えば、名前がないからこそ、語る人が毎回自分の学校の記憶に合わせて作り替えられる。これが後で説明する派生の多さにつながっている。
## 同じ話が、学校ごとに違う形で生えている
### 客の側が一人多い版
お化け役ではなく、入場した客の人数が合わないというパターン。受付で人数を数えて中に通し、出口で誘導係が数える。そのカウントが合わない。三人組で入ったはずのグループが四人で出てくる。しかも四人目は、その三人と普通に喋りながら出てくる。誘導係が「今、四人でしたよね」と声をかけると、三人組はきょとんとして「え、三人ですけど」と答える。振り返ると確かに三人しかいない。この版の怖さは、余分な一人が「本人たちには認識されている」という点にある。当事者は最後まで気づかず、外から見ていた人間だけが違和感を持つ。閉幕後の記念撮影ではなく、その場でリアルタイムに異常が起きるので、こちらのほうが体感的な恐怖は強い。文化祭の受付は実際に入場者数を数えるのが仕事なので、生活実感にも合っている。
### 交代のタイミングだけ増える版
お化け役は長時間やると疲れるし暑いので、二十分から三十分ごとに交代するのが普通だ。この交代の瞬間だけ人数が合わないという話。中から出てきた組と、これから入る組が入口ですれ違う。そのとき、出てきた組の最後尾にもう一人いる。だが交代要員が中に入って持ち場に着き、点呼を取ると全員そろっている。異常が起きるのは「入れ替わりの瞬間」だけ。この版は、境界や隙間に怪異が現れるという日本の怪談の伝統的な構図をきれいになぞっている。橋の上、辻、夕暮れ、といった「あいだ」に異界が接するという考え方と同じ位置に、この「交代の三十秒」が置かれている。よくできた変奏だと思う。
### 誰も配置していない持ち場が存在する版
順路の途中に、企画書にも配置図にも書かれていない部屋があった、という版。教室のレイアウト図を後から見返すと、通路のS字の内側に、どうやっても人が入れないはずの三角形の空間ができている。当日、そこに白い人影が立っていたという客の証言が複数出てくる。そして片付けのとき、その三角形の空間の床だけ、埃の積もり方が違う。この版は「一人多い」よりも「一部屋多い」に主眼が移っていて、後で紹介する存在しない教室系の怪談と地続きになる。文化祭のお化け屋敷は現場で図面が何度も描き替えられるから、最終形の配置図が誰の手元にも残っていない、という実務的な事情が話にリアリティを与えている。
### 前年の資材が混じっている版
お化け屋敷の資材は、翌年のために倉庫に保管されることが多い。黒いビニール、暗幕、発泡スチロールの墓石、そして人形。この版では、倉庫から出してきた資材の中に、去年使った覚えのない等身大の人形が混じっている。誰が作ったのか分からないが、よくできているのでそのまま使う。当日、その人形の位置が回ごとにずれている。最終回のあと、人形は消えている。翌年また倉庫から出てくる。この版の面白さは、怪異が単年で完結せず、学校という組織の時間の上を何年も渡っていく点だ。生徒は三年で入れ替わるが、倉庫の中身は入れ替わらない。学校怪談が「代々語り継がれる」という形式そのものを、話の内容に組み込んでしまっている。
### 一人少ない版
数少ない逆転バージョン。閉幕後に数えると五人しかいない。誰が足りないのか分からず、名簿と照合すると、誰の名前が抜けているのかも分からない。そのうち、そもそも六人だった記憶自体があやふやになってくる。翌日には全員が「うちのクラスのお化け役は五人だった」と思っている。集合写真も五人で写っている。この版は、余分な誰かが現れるのではなく、いた誰かが消えて、その痕跡ごと世界から回収されるという構造になっている。ネット上ではこちらのほうが怖いという声もあるが、流通量は圧倒的に少ない。人が増えるほうが語りやすいのだろう。
### 教師が気づいていた版
担任、あるいは学年主任が、全部知っていたという版。閉幕後の教室で人数が合わないと騒いでいると、担任が入ってきて、何も聞かずに黒板の日付を消し、窓を全部開けて、「今日はもう帰れ」と言う。生徒が問い詰めると「毎年あるんだよ」と一言だけ返す。この学校では、お化け屋敷をやったクラスで必ず同じことが起きると知られていて、教職員のあいだでは暗黙のうちに「終わったら人数を数えない」という運用になっている。この版は、学校という組織が怪異を管理している、あるいは黙認しているという構図で、後味の悪さでは随一だ。管理する側の大人が敵でも味方でもないという不気味さがある。
## あの暗がりで、何を見たと言われているのか
### 体験談その一 白塗りの手
ネット上の体験談投稿サイトで読んだもので、投稿者は関東の県立高校の卒業生を名乗っていた。二年生のとき、クラスでお化け屋敷をやった。投稿者は誘導係で、出口の外に立って、出てきた客に「ありがとうございましたー」と言い続ける役だった。二日目の午後、そろそろ喉が痛くなってきた頃、出口の暗幕の隙間から手が出てきたという。白塗りの手で、指先だけがこっちに向いて、招くように動いた。中の役者が悪ふざけしてるんだと思って「もう客いないよ」と声をかけた。手は引っ込んだ。
その十分後、休憩に入った役者の一人に「さっき出口で手を出したの、誰?」と聞いたら、全員が知らないと言った。出口手前の持ち場にいたのは女子で、その子は白塗りではなく血のりのメイクだった。つまり白い手の役者はいない。投稿者はそこで初めて怖くなって、その日はもう出口に立たず、受付に替わってもらったという。話としてはそれで終わりで、写真も人数の異常も出てこない。だが投稿者は最後に、「暗幕の隙間から出てきた手が、内側から外に出るには、腕をかなり不自然に曲げないと届かない位置だった」と書いていた。この、後から気づく物理的な違和感の描写がやたらリアルで、印象に残っている。
### 体験談その二 二回来た客
別の投稿。地方の中学の文化祭で、クラスの出し物が肝試し形式のお化け屋敷だった。投稿者は受付で、入場者に整理券を渡して回収する係。同じ整理券が二回戻ってきた、というのがこの話の核だ。整理券は色画用紙を切って番号を書いた手作りのもので、一枚ずつしかない。回収した券は箱に入れていく。閉幕後に数えたら、同じ番号の券が二枚あった。しかも二枚とも、同じ手で書かれた同じ数字だった。
投稿者は最初、誰かが番号を書き足したんだと思った。だが紙の色も、切り口のギザギザも一致していて、どう見ても同じ工程で作られた二枚だった。作った本人に聞いても「一枚しか作ってない」と言う。気持ち悪いので二枚とも捨てたが、翌年、後輩が倉庫から出してきた文化祭の道具箱の底に、同じ色の同じ番号の券が一枚残っていたという。この話は、増えたのが人ではなく物であるという点で少し変わっている。だが本質は同じで、「数えたら合わない」という体験の記録だ。
### 体験談その三 撮り直しの写真
三つ目は、まとめサイト経由で読んだもの。私立高校で、閉幕後に教室前でクラス写真を撮った。撮ったのは担任の先生で、フィルムのコンパクトカメラだった。現像から上がってきた写真を見ると、後列の右端に、クラスにいない生徒が写っていた。白塗りで、口の端が上がっている。投稿者を含む何人かが「誰これ」と言い、名簿と照合したが該当者がいない。他クラスの子が混じったのかとも思ったが、その位置には壁があって人が立てるスペースがない。
面白いのはここからで、その写真は文化祭の記録として学年通信に載る予定だった。だが印刷された学年通信を見ると、その人物は写っていない。同じネガから焼いたはずの写真なのに、いない。投稿者が現像した写真をもう一度確認したら、そちらにはまだいた。手元の紙焼きと、印刷された紙面で、写っているものが違う。投稿者はその紙焼きを卒業アルバムに挟んでしまい込んで、以来一度も見ていないと書いていた。「見ていない」で終わるのが、この手の投稿として非常に正しい終わり方だと思う。
### 体験談その四 声だけの参加者
短いが不気味なもの。演劇部が体育館ではなく空き教室でお化け屋敷をやった年、内部の演出用に「囁き声」の音声を流していた。カセットテープに部員が交代で録音したもので、内容は「こっちだよ」「見つけた」といった短い言葉の繰り返し。当日、客から「一番奥で女の子が名前を呼んできた」というクレームが何件も来た。名前を呼ぶ音声は入れていない。テープを聞き直すと、確かに何も入っていない。だが再生装置は最奥の一台だけで、そこから流れた声を客の全員が同じように「名前を呼ばれた」と表現した。文化祭が終わってテープを捨てようとしたら、ケースの中身が空だったという。音の怪異は視覚の怪異より検証しづらい分、話としては長く生き残る。
## 掲示板とSNSでの反応、そして主要な考察
この話がスレッドやSNSで出てくると、必ず湧いてくるのが「数え間違いだろ」という反論だ。これはかなり強い。暗い場所で、全員が同じ白い衣装で、顔を白く塗っていて、しかも興奮状態にある。この条件下で人数を正確に数えるのはそもそも難しい。心理学でいう境界の曖昧な対象の計数は誤りが出やすく、人数の過大評価は珍しくない。実際、文化祭のような場面では、隣のクラスの手伝いに来ていた生徒や、写真を撮りに来た他学年が混じることも普通にある。「知らない顔が一人いた」の大半は、単に知らない他クラスの生徒だった、というのが最も現実的な説明になる。
これに対する再反論として持ち出されるのがカウントの二重化だ。受付の正の字、整理券の枚数、記念撮影の人数。複数の独立した記録が同時に一人分ずれるなら、単なる錯覚では説明しづらい。ただしこの再反論も弱点があって、そもそも「複数の記録が一致してずれていた」という状況自体が、話の中で語られているだけで、物証として提示されたことは一度もない。掲示板でこの議論が起きると、たいてい「で、その写真は?」という一言で終わる。写真は必ず「捨てた」「なくした」「見るのが怖くて封印した」ことになっている。
もう少し面白い考察として、この怪談を「役割の一時的な消滅」の物語として読むものがある。お化け屋敷のお化け役というのは、数時間だけ人間をやめる役割だ。名前を呼ばれず、顔を塗りつぶし、暗闇の中で同じ動作を繰り返す。個人としての識別可能性を自分から手放している状態と言っていい。その状態にある人間が六人いる部屋に、七人目が紛れ込んでも見分けがつかないというのは、怪異の話であると同時に、匿名性についての話でもある。制服や体操服という均質な衣装、名前ではなく番号や役職で呼ばれる学校という空間は、もともとこの「見分けがつかなくなる」性質を強く持っている。怪談がそこを突いてくるのは理にかなっている。
さらに踏み込んだ読みとして、文化祭という行事そのものが持つ祭祀的な性格を指摘する向きもある。日常の教室を非日常の空間に作り替え、生徒が仮の姿をまとい、決められた期間だけそれを演じ、終わったら全部片付けて元に戻す。これは祭りの構造そのものだ。祭りには必ず、人ならざるものが混じり込むという伝承がついてまわる。盆踊りの輪に一人多い、村祭りの行列に見知らぬ者がいる、といった話は日本各地にある。文化祭のお化け屋敷の怪談は、その古い型が現代の学校行事に移し替えられたものだ、という読み方は、個人的にはかなり説得力があると思っている。
考察界隈でよく言及されるもうひとつの論点が、なぜ「閉幕後」なのかという問題だ。怪異が起きるのは開催中ではなく、必ず終わったあとの片付けの時間帯である。この時間は、まだ暗幕が張られていて教室は暗いのに、もう客はおらず、演出も止まっていて、緊張が解けている。舞台でいえば、幕が下りたあとにまだ照明が消えていない状態だ。この中途半端な時間を、怪談が狙って選んでいる。演出としての怖さが取り払われた後に残る怖さこそ本物だ、という構造になっているわけで、この話が語り継がれる理由の相当な部分はここにあると思う。
## 実在の背景――文化祭のお化け屋敷は、実際どうやって作られるのか
怪談の土台を理解するには、実際の文化祭運営を知っておく必要がある。まず教室でお化け屋敷をやる場合、必ず消防と安全の制約がかかる。避難経路を塞がないこと、可燃物である段ボールや布を大量に使う場合の火気厳禁、非常口の表示を隠さないこと、暗くする場合の誘導灯の確保。多くの学校でこの手のルールが生徒会や実行委員会経由で下りてきて、企画書に配置図を添えて提出させられる。つまり本来、お化け屋敷の内部構造は書類として存在するはずなのだ。にもかかわらず、現場では当日の朝まで通路が組み替えられ、提出した図面と最終形が一致しないことが日常的に起きる。「配置図にない空間があった」という怪談は、この実務の隙間からきれいに生えている。
暗くする方法も定番がある。窓に暗幕を張り、足りなければ黒いポリ袋を裂いて貼る。教室の蛍光灯は消し、代わりに懐中電灯や豆電球を使う。全部暗くすると客が転ぶので、床には蓄光テープを貼って順路を示す。通路の壁は、机を並べてその上に段ボールを立て、黒ビニールを垂らして作る。この構造だと壁の高さは大人の胸くらいまでしかなく、上から覗けば内部は丸見えになる。だが客は暗い中を進むので上を見ない。「隣の通路に誰かいた」という体験談が出やすいのは、実は物理的にそういう構造だからでもある。
衣装とメイクも重要だ。白い浴衣や体操服、白塗りは片栗粉やベビーパウダー、あるいは演劇部から借りたドーラン。血のりは食紅と水飴。この材料はいずれも粉っぽく、動くと床に落ちる。片付けのときに床に白い粉が残っているというのは、実は完全に自然な現象だ。怪談はそこに「誰もいなかった場所にだけ落ちている」という一行を足すだけで成立する。優れた怪談ほど、こういう現実の細部を土台にして、最小限の一手だけを非現実にする。
校舎の建築的な事情もある。日本の学校建築は、戦後の標準設計の影響で、片廊下型と呼ばれる形式が非常に多い。廊下が片側にあり、教室が一列に並ぶ。この構造だと教室は前後二か所に扉があり、お化け屋敷の入口と出口をきれいに分けられる。逆に言うと、順路は必ず教室内で折り返すことになり、通路と通路が薄い仕切り一枚で隣り合う。ビニール一枚を挟んで、まったく別の場所にいるはずの人間の気配がする。この構造こそが、この怪談の物理的な母体だ。
加えて、文化祭は学校の中で最も人の出入りが管理されない日でもある。一般公開の日には保護者、卒業生、他校の生徒、近隣の住民が校内に入ってくる。受付で名簿を取る学校もあるが、実効性は高くない。校内に、その日だけ、誰も把握していない人間が大量にいる。知らない顔を見ても誰も不審に思わない。この「一年で唯一、部外者が正当に紛れ込める日」という条件が、怪談の説得力を根本で支えている。怖いのは幽霊が入り込むことではなく、幽霊が入り込んでも誰も気づけない体制になっている、ということのほうだ。
## なぜこの話は怖くて、なぜ広まったのか
この怪談の怖さの核心は、幽霊が出ることではない。「怖がらせるために作った偽物の中に、本物が一体だけ混ざる」という構図そのものだ。人間は、恐怖の対象があらかじめ枠に入っていれば安心して怖がれる。お化け屋敷はまさにその枠で、中にいるのは全部クラスメイトだと知っているから入れる。その枠を内側から一体だけ破られる。安全装置が働いていると信じている場所で、安全装置の外側のものに触れてしまう。この裏切りの構造は、遊園地のアトラクションでも映画館でも同じように機能するが、学校という毎日通う場所でやられるのが一番効く。
広まった理由も分かりやすい。まず、体験可能性が異常に高い。文化祭でお化け屋敷をやったことがある、あるいは入ったことがある人の数は膨大だ。誰もが「あのとき、あの暗がりで感じた違和感」を自分の記憶から引っ張り出せる。怪談が生き延びるための最大の条件は、聞き手が自分の記憶と接続できることで、この話はその条件を極端に満たしている。
次に、話の器が空っぽで、いくらでも中身を入れ替えられること。何人だったか、誰が気づいたか、写真だったのか声だったのか、こういう部分は全部可変で、語る人の学校の実情に合わせて調整できる。固有名詞がなく、有名な原典もなく、だからこそ誰の学校の話にもなれる。学校怪談が全国に散らばりながら似た形を保っている理由は、まさにこの構造にある。常光徹の採集した膨大な学校怪談の多くが、地域ごとに細部だけ違って骨格が同じなのも、同じ理屈だ。
最後に、この話が「終わったあと」を舞台にしていること。文化祭という行事は、終わった瞬間に強烈な虚脱感が来る。あれだけ準備したものが、数時間で全部ゴミになる。暗幕を外して光が入ってきた教室は、さっきまで別世界だったのに、もう明日から数学をやる場所に戻っている。この落差の中に立っていると、人はやたらセンチメンタルになるし、記憶も曖昧になる。怪談はその隙に滑り込んでくる。だからこの話は、恐怖の話であると同時に、祭りが終わることの寂しさの話でもあるんだと思う。誰も知らないお化け役の一人は、たぶん、片付けたくなかった誰かなのだ。
ここまで書いてきて、あらためてこの怪談の位置づけを整理しておきたい。文化祭のお化け屋敷に本物が混じるという話は、学校怪談の中では比較的新しい層に属している。トイレの花子さんや音楽室の肖像画、階段の段数が変わるといった古典層が、校舎という建築物そのものに張りついた怪異であるのに対して、この話は行事という時間的な出来事に張りついている。場所ではなく時間に憑いているという点が、この話の際立った特徴だ。だからこの怪談には、決まった場所がない。特定の教室が呪われているわけでもなく、特定の年に事故があったわけでもない。文化祭という数日間が来るたびに、その都度どこかに発生する。移動する怪異、期間限定の怪異と言ってもいい。この性質は、日本の民間伝承における祭礼期の霊的存在の扱いとよく似ている。盆の期間だけ帰ってくる、祭りの夜だけ辻に立つ、といった時限的な出現形式だ。
もうひとつ掘っておきたいのは、「一人多い」というモチーフが持つ数への執着だ。この話では、人数を数えるという行為が怪異を発見する唯一の手段になっている。逆に言えば、数えなければ何も起きない。教師が「終わったら人数を数えない」と決めていたという派生バージョンは、そのことを露骨に示している。数えるという行為が、それまで曖昧だった集団を確定した個体の集まりに変え、そこで初めて余りが現れる。数えなければ余らない。これは怪談としてはかなり高度な構造で、観測することで初めて異常が発生するという意味では、現代的な感覚に近い。学校が生徒を出席番号で管理し、点呼で数え、名簿で確定させる場所であることを考えると、この怪談が学校で発生したのは必然だったとも言える。数えることを制度として持っている場所だからこそ、数が合わないことが恐怖になる。
そして、この話が現在も更新され続けている点にも触れておきたい。近年の版では、記念撮影がスマートフォンになり、クラスのグループチャットに写真が投稿される、という形に変わっている。誰かが「これ誰?」と送ると、既読はつくのに返信が来ない。しばらくして写真が削除される。送信取り消しの表示だけが残る。この形式は、紙焼きの写真時代の版が持っていた「物として手元に残ってしまう怖さ」を失った代わりに、「消えた痕跡だけが残る怖さ」を手に入れている。既読の数が一人分多い、というさらに新しい変種も出てきていて、これは「一人多い」というモチーフがデジタル環境にきれいに移植された例と言える。参加者リストの人数と、実際に来ている人数が合わない。オンラインの通話に、名前のない参加者がいる。学校怪談は死んでいないどころか、媒体を乗り換えながら生き延びている。
最後に、この怪談を語るときの作法について。良い語り手は、七人目の正体を絶対に明かさない。過去にこの教室で死んだ生徒だ、といった説明をつけた瞬間に、話は急速につまらなくなる。正体が分かれば、それは物語として閉じてしまうからだ。この話の力は、閉じないことにある。誰だったのか分からないまま片付けが終わり、暗幕が外れ、翌日から普通の授業が始まる。日常が何事もなかったように再開する、その平然とした感じが一番怖い。文化祭が終わった月曜の朝、机の並んだ教室に座って、ふとあの暗がりを思い出す。あそこにいた七人目は、今もこの校舎のどこかで次の文化祭を待っているのかもしれない。そう考えると、来年の秋がちょっとだけ違って見えてくる。この怪談が本当にやりたかったのは、たぶんそういうことなんだと思う。
文化祭のお化け屋敷に本物が混じる――閉幕後の教室で、誰も知らない『お化け役』が一人多かった話
