放課後の水面に、顔が三つ並んでいた
学校の怪談といえば、トイレと理科室と音楽室が三大巨頭だ。でもさ、実際に学校に通っていたときにいちばん不気味だった場所を思い出してみてほしい。かなりの確率で、あの池が候補に上がってこないか。
校舎の裏側、飼育小屋と花壇のあいだあたりにある、ひょうたんの形をしたコンクリートの池。深さは膝下くらいのはずなのに、水が緑黒く濁っていて底が見えない。周りには膝の高さの柵があるか、ないか。何匹いるのかわからない鯉が、ときどき水面に口を出して、白い口の中を見せてまた潜る。春になるとカエルの卵がひものように浮いていて、下旬にはオタマジャクシが壁いちめんに張りついている。プールのように定期的に掃除されるわけでもなく、だから何年も前のものがそのまま沈んでいる。
この手の池には、どの学校でも必ず何かしらの話がついている。いちばん多いのが、放課後にひとりで残った子が、水面に自分の顔が映っているのを見ていて、ふと、隣にもう一つ顔があるのに気づくやつだ。振り返ると誰もいない。水面に目を戻すと、今度は三つ並んでいる。この、「増えていく」というところがミソなんだよな。一つだけなら見間違いで済む。増えていくと、もう逆らえない。
この記事では、この「学校の池の怪異」をできる限り全部並べる。池をさらう型の話、鯉の主の話、亀の祟りの話、そして水面に増えていく顔の話。さらに、そもそもなんで学校に池があるのか、という現実の話もする。これがめちゃくちゃ面白いんだ。
消えたのは、亀が一匹だった――話の全体を時系列で
いちばん厚く語られる型を、頭から順に追ってみよう。地名と学校名は伏せてある。この手の話は全国でやたらと似た形で語られていて、どこか一つの実在の学校を指すものじゃない。
舞台は地方都市の、児童数が五百人前後の公立小学校だ。校舎の裏手に、コンクリートで固められたひょうたん形の池がある。長いほうの径で五、六メートル、深いところで五十センチもない。子どもが踏み入っても膝下だ。安全なはずの池。なのに、何年に一度、先生が全校集会で「池には入らないように」と言う。理由は言わない。
池の中には鯉が何匹かと、亀が三匹いる。亀には名前がある。これはどの版でも共通していて、飼育係の子どもが代々受け継いで呼んでいる。大きい順に一号、二号、三号、という素っ気ない命名の学校もあれば、選手の名前をつけている学校もある。この話では、一番大きい亀を「ごんた」と呼んでいたことにしておく。甲羅の後ろが欠けていて、すぐに見分けがつく。
事の発端は、六月のはじめだ。飼育係の子が、ごんたがいないと言い出す。亀はよく石の下に潜むから、最初は誰も相手にしない。だが一週間経っても出てこない。餌をまいても、出てくるのは二号と三号だけ。先生に言っても「どこかに隠れてるんだろ」で終わる。
六月の中旬、梅雨の大雨で池の水が溢れる。翌日の朝、登校してきた子どもたちが、池のへりに何かあるのを見つける。上履きだ。片方だけ。しかも、だいぶ古い。ゴムの部分が黄ばんで、布に藻がひっついている。名前を書く欄には、にじんで読めない字が残っている。さすがに騒ぎになって、用務員さんが長い網で池をさらう。
この池さらいの場面が、この怪談のハイライトだ。網にひっかかってくるのは、まず普通のゴミ。空き缶、ビニール袋、軽いプラスチックの定規。次に、学用品が出る。筆箱。ハーモニカ。リコーダー。なぜか上履きがもう片方。さらに、何年分もの泥の下から、ランドセルの金具だけが出てくる。本体は溶けているのに、金具と、肩ベルトのバックルだけが残っている。
さらい終わっても、ごんたは出てこない。代わりに、亀が三匹いる。二号と三号はいる。見たことのない三匹目が、石の上で甲羅を干している。こちらを見ている。飼育係の子が「ごんた?」と呼んだら、首を引っ込めた。引っ込めたくせに、目だけはこちらを見たままだった。
七月に入って、人の話になる。五年生の女子が、掃除の当番で池の周りの落ち葉を拾っていたときに、水面を見た。やたらと日が強い日で、水の表面が鏡みたいになっていたという。自分の顔が映っている。後ろには、ちゃんと校舎のへりと空が映っている。でも、自分の顔のすぐ左に、もう一つ顔がある。髪が長い。こっちを見ていない。どこか下のほうを見ている。
彼女は振り返らなかった。振り返っていないことが、この話のポイントだ。振り返って「誰もいなかった」とやると、はいはいという感じになる。彼女は、目をそらさないまま、数えた。一つ、二つ。数えているあいだに三つ目が増えた。増えるとき、水面は揺れない。しゅるしゅると浮いてくるんじゃない。まばたきをしたら、増えている。三つ目は子どもの顔で、これはこっちを見ていた。
彼女は箒を放り出して走って逃げた。職員室に駆け込んで言った。先生は、一緒に池まで戻ってくれた。水面には何も映っていなかった。面白いのは、その先生が何も言わずに、箒を拾って、池に背を向けて彼女を歩かせたことだ。「気のせいだよ」とも言わなかった。何年もあとになって、彼女はそこを思い出す。先生は知っていたんじゃないか、と。
二学期のはじめ、池は埋められることになる。表向きの理由は安全対策と、校舎の改修工事。工事は秋休みに行われた。鯉は地域の池に移された。亀は二匹しか捕まらなかった。三匹目は、どこにもいなかった。
ところが、この話はここで終わらない。埋め立てたあとの地面に、雨が降ると、ひょうたんの形に水が溜まる。これは、地盤の沈下としてはありえる話だ。だが子どもたちのあいだでは、雨上がりのその水たまりをのぞき込むのが禁忌になった。浅いはずの水の下に、池があったときの深さが見えるからだ、という。
誰も口にしないけど、全員が知っていること
学校の池の怪談には、もう一つの層がある。なにが沈んでいるのか、という層だ。
これは怪談というより、実際の学校で起きていることの反映だ。学校の池は、子どもにとって「ものを投げ入れられる場所」でもある。プールは鍵がかかっているし、ゴミ置き場は人目がある。だが池は、校舎の裏側で、濁っていて、底が見えない。何かを消したいとき、ここほど都合のいい場所はない。
だから池さらいの場面は、どの語り手の版でも居心地が悪い。出てくるラインナップは大体決まっていて、上履き、体操着の袋、フェルトペンケース、コンパス、笛の頭の部分だけ、そしてランドセルの金具。どれも、子どものもので、子どもの手でしか投げ込まれないものだ。怪異じゃない。怪異じゃないからこそ、この場面は、どの幽霊よりも先に背中が冷える。
話の上手い語り手は、ここで一度、怪異から離れる。池から上がった上履きを、先生がビニール袋に入れて、誰にも見せないように処分した。名前を確かめようとしなかった。子どもたちも、確かめようとしなかった。その前の年に転校していった子の名前が、一瞬だけ全員の頭をよぎった。でも誰も口には出さなかった。この一段を挟むと、話は一気に重くなる。
この話はどこから来たのか
学校の池の怪異は、実はトイレや理科室よりもルーツが古い。というのも、これは学校が生まれる前からあった「水の怪」の系譜を、そのまま引き継いでいるからだ。
民俗の伝承を集めたデータベースをのぞくと、池にまつわる怪異は大量に出てくる。主の話が圧倒的に多い。池の主は大蛇だったり蛇だったりして、池を埋めようとした者や、主を傷つけた者に災いが降りかかる。三重のある地域には、夕方にひとりで池のほとりを通ると「池の魔」に憑かれて吸い込まれてしまう場所があった、という記録が残っている。大正十一年、つまり今から百年以上前の雑誌に載った話だ。身投げする理由など何もないはずの番頭が、財布と下駄を揃えて置いて、沈んだ。周囲はそれを「主がいる」とか「魔がさした」と説明した。履物を揃えて置く、というディテールが、学校の怪談に出てくる「池のへりに上履きが揃えて置いてあった」と直結しているのは、偶然じゃないだろう。
学校という舞台にこの系譜が移植されたのは、学校怪談がジャンル化した一九九〇年前後だ。民俗学者が中学校の教師をしながら生徒から怪談を聞き取った本を出したのが一九九〇年で、今から三十六年前になる。このブームのなかで、学校の七不思議の一つとして「池」は定番入りする。定番の形はもうこのときに出揃っていた。池の鯉の中に一匹だけ真っ黒なのがいる。夜になると水面から手が伸びる。池をのぞき込むと、映っているのは自分じゃない。この三つだ。
これが掲示板の時代に入ると、具体性が一気に増す。二〇〇〇年代のオカルト系の板では、「池をさらったら何が出てきたか」という形式の投稿が何度も繰り返されている。この形式が強いのは、読む側が自分の学校の池を思い出してしまうからだ。自分のとこの池には何が沈んでいたんだろう、と考えさせた時点で、話は勝ちだ。二〇一〇年代に入ると、短文投稿の場や動画のナレーションでもこの型が重宝されるようになり、「学校の池の七不思議」という括り方でまとめられることも増えた。このあたりから、「水面に顔が増えていく」という、もともとはプールの人数が合わない型の怪談から派生したと思われるモチーフが、池の話に合流している。
プールの型というのは、例えば男子十八人のクラスで水に入ったときに数えると十九人いて、プールサイドに上がって整列すると十八人に戻っている、というやつだ。誰も触っていないはずの水面に、波紋だけが残っている。この「数えると増えている」という骨格が、池の水面に移されたときに、異常に相性が良かった。プールは定期的に水を抜いて磨かれるし、水が透明で底が見える。池は抜かないし、底が見えない。「増えていくもの」を置くなら、池のほうが圧倒的に居心地がいいんだよな。
主、祟り、改修工事――枝分かれをひとつずつ
この怪談の派生は、だいたい六つの方向に伸びている。
一つ目は、鯉の主バージョン。池に一匹だけ、とんでもなく大きい鯉がいる。普段は姿を見せない。卒業式の日だけ、あるいは雨の日だけ浮いてくる。背中が黒い。体長が人間の子どもくらいある。これを見た子は、卒業しても学校の夢を見続ける。
このバージョンは、鯉という魚の実際の性質に支えられているところが強い。鯉はとにかく長生きする。日本の錦鯉でいちばん有名なものは、推定二百二十六歳まで生きたとされる。一七五一年生まれと推定され、一九七七年に死んだ。年齢の根拠は鱗だ。一九六四年に、鱗を採取して年輪を調べるという方法で推定された。この鯉が死んでから、もう四十九年も経っている。つまり、学校の池にいる鯉が、学校で一番年上である可能性は、実は充分にある。校長より年上だけじゃない。校舎より年上なことすらある。この事実は、主の話にリアリティを与えている。
二つ目は、亀の祟りバージョン。これは国内の民話の土壌がものを言う。亀を助けて恩返しをされる話は、福岡や岐阜をはじめ各地にある。仏教には捕らえた生き物を逃がす放生会という行事があって、寺の放生池に亀や魚を放つ習俗が長く続いてきた。日本では七世紀の末にはすでに放生の詔が出ている。つまり、亀は「殺してはいけない側」の代表選手として、千年以上やってきているんだ。
だから学校の怪談でも、亀をいじめた子、亀を殺してしまった子には、必ず何かが起きる。背中に甲羅の形のあざが出る、首が回らなくなる、水を怖がるようになる、といった具合だ。この型の残酷なところは、殺した本人ではなく、それを見ていて止めなかった子のほうに怪異が来るバージョンが存在することだ。見ていただけの側を台に乗せるのは、学校という集団の話として鍵になる。
三つ目は、改修工事バージョン。池を埋めたとたんに、学校で事故が続く。階段での転倒、ガラスの破損、原因不明の断水。やがて地元の神社にお祓いを頼むことになる。
この型が面白いのは、現実に基礎があるからだ。庭の池を埋めるとき、お祓いを依頼する人は実際にいる。古い井戸を埋め戻すときに、竹や管を差して「息抜き」をする習慣も全国に残っている。井戸に宿る神が息をできるように、という理屈だ。現実的なガス抜きの意味もあると言われるが、いまの工法ではそこまでの必要はないらしい。にもかかわらず習慣が残っているのは、人間が「水のあった場所を埋める」ことに強い後ろめたさを感じるからだろう。学校の池にこの感覚を重ねるのは、すごく自然な展開だ。
四つ目は、水面の顔が増える型をさらに尖らせたバージョン。ここでは、増える顔の数に意味がある。一つ増えると一人、池の側に引き寄せられる。だから数えてはいけない。見てもいいが、数えたとたんに役が回ってくる。この、「見るのはいいが数えてはいけない」という細かい禁忌の付け方が、子どもの間で語られる怪談の特徴だ。恐怖に条件をつけることで、自分たちで恐怖の量を調節できるようにする。トイレの怪談が「三階の女子トイレの奥から三番目」と限定するのと同じ理屈だ。
五つ目は、ビオトープバージョン。これは比較的新しい枝だ。古いコンクリートの池を壊して、自然な形のビオトープに作り直す。土を入れて、水草を植えて、メダカを放す。子どもたちは喜んで参加する。ところが、古い池の底を割ったときに何かが出てくる。あるいは、新しいビオトープに、放した覚えのない生き物が増えていく。この型は、現代の学校の風景をそのまま使えるので、若い世代にはこちらのほうが実感があるらしい。
六つ目は、卒業の直前に何かが一つ減る型。鯉が一匹減る、亀が一匹減る、あるいは水面に映る顔が一つ減る。増える型と反対の発想で、こちらは別れの話になる。卒業していく子を、池の中の何かが見送っているという、少しだけ優しい版だ。優しいのに居心地が悪いのは、じゃあその何かはどこへ行ったのかという疑問が残るからだ。
語られてきた三つの話
ここからは、この型の周辺で語られてきた体験談を三つ、読み物として並べる。地名や学校名は伏せてあるし、登場する人物が特定できないように細部はぼかしてある。
池の底の、円いコンクリートの蓋
語り手は、北国の小学校を卒業した人。彼の学校の池は、冬になると完全に凍る。春になって氷がとけると、水は必ず一度、真っ白に濁る。プランクトンが湧くのか、底の泥が巻き上がるのか、理由は知らない。でも毎年そうなるので、子どもたちは「池が洗ってる」と呼んでいた。
彼が六年生の年、校庭の排水工事のついでに、池の水を全部抜くことになった。多分、学校の歴史で初めてだったと思う、と彼は言う。専門の業者が来て、ポンプで水を抜いて、鯉と亀は一旦別の入れ物に移された。子どもたちは教室の窓から見ていた。水位が下がっていくと、泥の山ができて、その中からいろいろなものが顔を出した。
彼が覚えているのは、池の中央に、円いコンクリートの蓋のようなものがあったことだ。直径はマンホールくらい。縁の欠けているところがあって、そこから下は真っ黒だった。井戸ではない。排水口だと先生は言った。だが、その排水口から、業者の人が長い棒を差し入れて、手元を見て首をひねっていた。子どもたちは「底なしだ」と騒いだ。教頭先生がやってきて、カーテンを全部閉めさせた。
翌日には池に水が戻っていて、鯉も亀も帰っていた。何が出たのかは、ついに誰も教えてくれなかった。ただ、その年の卒業文集に、先生のひとりが奇妙な一文を寄せていた。「この学校には、みなさんよりずっと長くここにいるものがいます。大切にしてください」。彼は何年もあとになって、これを鯉のことだと思っていた。でも一度だけ、違う可能性を考えて、寝られなくなった。
掃除の時間だけ、亀が並ぶ
この話は、体験者が保護者だ。彼女の子供が通っていた小学校には、ビオトープと呼ばれる一画があった。二〇〇〇年代に地域の人と保護者で作ったもので、もとは古いコンクリートの池だったところに土を入れて、岸をなだらかにして、ビオトープに作り替えたものだった。
彼女は年に何回か、保護者ボランティアで水草の間引きに行っていた。作業は午後の掃除の時間に重なることが多かった。子どもたちが箒を持って周囲を掃いているすぐ隣で、彼女は水に手を入れていた。
気づいたのは、三回目くらいのときだ。掃除のチャイムが鳴ると、岸の石に亀が上がってくる。一匹じゃない。四、五匹が、同じ方向を向いて、並ぶ。向いているのは、校舎のほうだ。掃除が終わるチャイムで、一匹ずつ水に戻る。彼女は最初、日光浴をしに上がってきているだけだと思っていた。亀は確かに甲羅を干す。だが、雨の日も同じだった。
一度、先生に言ってみた。若い先生は笑って「餌の時間を覚えてるんですよ」と言った。それはそうだと思った。ところが、その学校では亀に餌をやるのは朝の活動の時間で、午後の掃除の時間には何もやっていなかった。では何の時間を覚えているのか。
彼女が不気味だと思ったのは、亀が見ている方向の先に、使われていない入り口があったことだ。古い校舎のときの昇降口で、いまはベニヤ板で塞がれている。亀はその壁を、毎日同じ時間に、並んで見上げていた。
プールの水を抜く日に、池の水が減る
三つ目は、学校の施設を見ていた側の話だ。語り手は、自治体の委託で複数の学校の設備点検を回っていた人。
彼によれば、学校の池の水は、基本的に雨水と水道の足し水で成り立っている。循環ポンプがついている池は、実は少ない。ついていても、壊れたまま何年も放置されている。予算の項目に入りにくいからだ。池は安全点検の対象ではあるが、改修の優先順位ではだいたい最下位だ。
彼が引っかかっている学校が一つある。その学校の池は、プールの水を抜いた日にだけ、水位が下がる。これ自体は、地下の水道がどこかで繋がっているとか、池の底のコンクリートに亀裂があって周囲の地下水位に引っ張られているとか、説明はつく。実際、彼はそう報告した。
不気味なのは、その学校の古い図面を見たときのことだ。現在の池の下に、図面上は何もない。だがもっと古い、校舎を建て替える前の図面には、その位置に別の何かが描かれていた。円いものが二つ。注記はない。彼はそれを井戸だったと思っている。古い学校には井戸があったことが多いから、何も不思議ではない。ただし、図面にも工事記録にも、それを埋めたという記述が見つからない。いまの池は、その上に乗っている。
彼は報告書には何も書かなかった。書く欄がないからだ。ただ、その学校に行く日は、なるべく午前中に終わらせるようにしているという。
考察と、その考察の崩し方
この手の話が投稿されると、反応はだいたい四つに分かれる。
一つ目は、水面の顔は光のいたずらだという説。これは強い。水面は不完全な鏡で、波と光の具合で、映っているものが伸びたり分裂したりする。自分の顔が二つに割れて見えることは普通にある。加えて、水面を見つめるという行為自体が、人の知覚をおかしくする。揺れる模様をじっと見ていると、脳が勝手に顔を見出す。人間の脳はとにかく顔を見つけるのが得意で、コンセントの三つ穴を顔だと思ってしまうくらいには雑な判定をしている。
二つ目は、池の不気味さは濁りのせいだという説。これも現実的だ。学校の池は、ゆっくりと富栄養化する。餌の食べ残し、落ち葉、鳥の糞。浄化する仕組みはない。結果、水は緑黒くなり、底が見えなくなる。底が見えない浅い水は、底が見える深い水よりも不気味だ。深さが推定できないからだ。
三つ目は、亀が増えていたのは普通のことだという説。これはもう、反論として完璧に近い。縁日で売られていた小さな亀は、飼っているうちに人の顔くらいの大きさになる。飼いきれなくなった家庭が、学校の池や公園の池に逃がす。何十年も、全国でこれが繰り返されてきた。
ところがこれはいまや法律で禁じられている。二〇二三年六月一日から、この種の亀とアメリカザリガニは条件付きの規制対象になっていて、野外に放すことは禁止されている。一般家庭で飼う分には手続きも許可もいらないが、逃がしてはいけない。この規制の開始から、もう三年以上が経った。だから、これからの世代にとっては「見覚えのない亀が増えていた」という体験自体が、少しずつリアルでなくなっていく可能性がある。怪談の土台が、法律によって崩されていくというのは、なかなか面白い事態だ。
四つ目は、池を抜いても何も出ないし、抜くこと自体が危険だという説。これは近年の議論を反映している。公園の池の水を抜いて外来種を除去するという取り組みが一時期流行ったが、やり方を間違えると逆に生態系が壊れ、魚が消え、鳥も来なくなるという例が報告されている。綺麗にすることが、必ずしも正しいとは限らない。この視点をもってくると、池さらいの場面は別の意味を帯びる。何かを見つけるための行為ではなく、何かを壊す行為になる。
しかし、これらの説明は全部、ひとつのことを説明できない。なぜ、子どもはあの池を怖がるのか。実際には、膝下の水の溜まりだ。溺れることはまずない。なのに、先生は定期的に「入るな」と言い、子どもは入らない。この一致した態度は、合理的な危険度と釣り合っていない。ここに、水というものに対する古い感覚が残っていると見るのは、そんなに無理な読みじゃないと思う。
そもそも、なんで学校に池があるのか
ここで現実の話をしておきたい。この怪談の土台になっている学校の池は、実はかなり奇妙な施設なんだ。
日本の学校に池がある理由は、ひとつじゃない。古い水脈は、飼育と栽培だ。学校には長らく飼育小屋と学校菜園があって、その延長で水生生物を飼う場所が作られた。形はだいたいひょうたん型だ。これは日本庭園の伝統的な意匠で、丸い池が二つ重なった形をひょうたんに見立てたもの。公園や学校の庭に、やたらとこの形が多い。強度のあるコンクリートで作りやすく、見栄えがして、且つ狭い土地に収まる。合理的な選択だったんだろう。
もうひとつの水脈が、ビオトープだ。この言葉は一九〇七年にドイツの動物地理学者が作った造語で、今から百十九年前になる。ドイツでは一九七六年の自然保護の法律で法律用語になり、失われた自然を回復させる制度の中核になった。今から五十年前のことだ。この発想が日本に入ってきて、学校の敷地内に小さな生態系を作るという取り組みが注目されはじめたのが一九九〇年代。全国規模のネットワークができたのが二〇〇〇年で、今から二十六年前。総合的な学習の時間が制度化された時期と重なって、一気に広がった。
だから、いま学校にある水辺には、大きく分けて二世代ある。古いコンクリートのひょうたん池と、二〇〇〇年前後に作られたビオトープ。後者は岸がなだらかで、浅そうに見えて、だからこそ子どもが入りやすい。怪談の舞台としては、実は後者のほうがタチが悪い。
問題は、このビオトープというやつが、作るのは楽しいが維持がめちゃくちゃ重いという点だ。研究者が繰り返し指摘しているのは、公立学校では中心になっていた教員が異動でいなくなった瞬間に、取り組みが止まるということだ。公立学校の教員は数年で異動する。思いを持ってビオトープを作った先生が異動すれば、次の人は引き継ぎで候補に入るだけで、実際には手が回らない。全国コンクールの応募数も伸びておらず、設置数はもう伸びていない。つまり、全国の学校のあちこちに、作ったときの目的を失って放置された水辺がある。水草が伸び放題になって、水は滞って、誰も何がいるのか把握していない。
これは怪談にとって、この上なく都合のいい状態だ。管理の手が届いていない場所が、校地内にある。しかも水で、中が見えない。先生は中に何がいるか知らないし、知らないことを子どもに見抜かれている。子どもにとって学校の中で唯一、大人が把握していない領域なんだよな。そりゃあ、話の一つや二つ、生まれる。
安全面の現実も触れておく。学校の水辺の事故は、プールに比べれば圧倒的に少ない。だが、ゼロじゃない。国の安全教育の資料では、転落や水の事故について、ハード面の対策とソフト面の指導の両方が必要だと繰り返し述べられている。実際、多くの学校では池の周囲に低い柵を回し、普段は近づかないよう指導している。この「普段は近づいてはいけないけど、掃除や飼育係のときだけ近づける」という中途半端な距離感が、池を特別な場所にしている。禁じられているだけなら、話は育たない。禁じられていて、しかも定期的に接触する役目の子がいるから、話は回る。
水面をのぞき込む、という行為の古さ
なぜ水面なのか。これは、ものすごく古い話になる。
水面は、人間が手にした最初の鏡だ。金属の鏡よりも、ガラスの鏡よりも先に、水があった。だから水に映るものには、とんでもない量の意味が積み上がっている。能の作品には水の場面が何度も出てくる。霧の中の井戸、霊泉、野の水たまり。水面は、現実と現実でないものの境界として機能している。井戸は地中に深く差し込まれていて、この世とあの世を行き来する出入口として扱われてきた。水に映るものは、形のあるものだけじゃない。形のないもの、見えないものも映すとされてきた。
この発想の延長に、水面に映る自分を見つめるという行為への禁忌がある。自分を映すことは、自分の中身を外に出すことでもある。だから、長く見つめてはいけない。学校の怪談で、水面の顔を「見てもいいが数えてはいけない」とするのは、この古い感覚の現代版だと言っていい。数えるというのは、向こうを定量化してこちらの世界に引きずり込む行為だ。向こうからすれば、こちらに手をかけるとっかかりになる。
池の主という発想も、同じところから来ている。水のたまっている場所には主がいる。主は大きい。主は古い。主の領域を荒らすと、災いが起きる。学校の池という、作られて百年も経っていないコンクリートの入れ物にも、この発想はそのまま適用される。人は、水がたまっているという事実だけで、そこに主を想定してしまうらしい。
なぜこの話は、ここまで広がったのか
最後に、分析をしておきたい。
大きいのは、この怪談が「どこの学校にもある」ことだ。三階の女子トイレの三番目は、三階建てでない学校では使えない。人体模型がない学校もある。だが池は、古いコンクリートのやつか、新しいビオトープか、どちらかは、かなりの確率である。そして形が似ている。ひょうたん型、浅い、濁っている、鯉がいる、亀がいる、周囲に低い柵がある。この共通項の多さは異常だ。読んだ人間の九割が、自分の学校の池を見てしまう。
二つ目は、この怪談が「見えないこと」を使っている点だ。池の中は見えない。深さは膝下なのに、底は見えない。この矛盾が、人の不安を直接刺激する。人間は、深い水よりも、深さがわからない水を怖がる。プールは深いが、深さがわかる。だからプールの怪談は、人数が合わないとか、水の中に足が見えるとか、「見えているのにおかしい」方向に行く。池の怪談は、「見えないからわからない」方向に行く。後者のほうが、後を引く。
三つ目は、生き物がいることだ。これは地味に重要だと思う。学校の七不思議の大半は、物だ。銅像、模型、鏡、ピアノ。物が動くから怖い。ところが池には、本当に生き物がいる。しかも、子どもが名前をつけている。名前をつけた相手が一匹いなくなる、というのは、不在の実感が圧倒的に高い。しかも亀や鯉は、死体が見つからないことが多い。池の底の泥に潜ってしまえば、人間には確かめようがない。生きているのか死んでいるのか判定できない存在が、校地内の水の中に何匹かいる。こんなに怪談向きの状況はない。
四つ目は、この話が子どもの罪悪感と相性がいいことだ。池に何かを投げ入れたことがある子は、実はそれなりにいる。小石、消しゴム、ひどいときは人のもの。餌をやりすぎて鯉を死なせたことがある子もいる。亀をひっくり返して戻せなくなったことがある子もいる。池の怪談は、そういう小さな後ろめたさを、全部回収してしまう。自分のやったことを、池は覚えている。だって、池は何も流さない。流れないから池なんだ。川なら、流れていってくれる。
池は何も流さない、という一点
ここまで書いてきて、この怪談の中心にあるのは、結局「池は何も流さない」という一点だと思う。
川や海の怪談との決定的な違いはここにある。川に落ちたものは下流に行く。海に落ちたものは、潮に乗ってどこかへ行く。失われたものは、流れていって、やがて別の場所の問題になる。ところが池は、入ったものをそのまま抱えて、何十年でも持っている。泥が年々積もって、下のほうには古いもの、上のほうには新しいもの。学校の池は、学校という場所の地層そのものなんだよな。池をさらうという行為は、その地層を年代順にひっくり返す行為になる。だから池さらいの場面は、どの版でも必ずハイライトになる。発掘なんだ。
この「地層」の発想を押し進めると、学校の池がなぜ不安を呼ぶのかがもう一段見えてくる。学校という場所は、基本的に一年でリセットされるようにできている。四月にクラス替えがあって、担任が変わり、教室も変わる。三年や六年で人は入れ替わる。壁の掲示物は剥がされ、下駄箱の名前のシールは貼り替えられる。学校は、過去を残さないことで回っている施設だ。そのなかで池だけが、リセットされない。一年前の泥も、十年前の泥も、そのままだ。卒業していった子どもたちの痕跡が、ただ一つだけ、物理的に蓄積されていく場所。その場所を、先生も保護者も把握していない。この非対称は、相当に不気味だ。
作法の話もしておきたい。この型の怪談を語るときに、ひとつだけ外せないコツがある。水面を見ている時間を、ちゃんと長く取ることだ。水面の怪異は、瞬間の驚きでは勝負しない。映っているものを一つ一つ確認していく時間が必要で、自分の顔、背後の校舎、雲、枝、と順番に確認して、すべて説明がついたと思った瞬間に、説明のつかないものが一つ残る。この手順を省略すると、この怪談は一行で終わる小噺になってしまう。逆に、水面を丁寧に描けば描くほど、読む側の目は水面に固定される。そこに一つ余分なものを置く。これが、この型のすべてだ。
もうひとつ、ディテールとして強いのが、亀の命名だ。一号、二号、三号という素っ気ない名前でも、ちゃんとした名前でもいい。大事なのは、名前をつけているのが先生ではなく、代々の飼育係の子どもたちだという点。つまりこの名前は、学校の公式な記録には一字も残らない。子どもの口伝えだけで何年も引き継がれている。だから何年かに一度、引き継ぎの失敗が起きる。一号と二号が入れ替わる。いないはずの四号が語り継がれる。先生に確かめようにも、先生は亀の名前なんて知らない。この、記録のない命名体系が、怪談の入り口になっている。上の世代から伝えられた名前の一つが、実体を失っても語られ続けている。これは学校怪談というものの伝播の仕組みそのものと、完全に同じ形をしている。
現実の側に目を戻すと、この怪談の舞台は、この先確実に減っていく。学校のプールすら、維持費と教員の負担を理由に廃止され、外部の施設に振り替えられはじめている。池はもっと弱い。校舎の老朽化対策や建て替えのとき、優先順位の下のほうにある施設から順に消えていく。飼育小屋も減っている。亀についても、二〇二三年六月一日の規制以降、縁日での販売は実質的に姿を消した。子どもが小さな亀を買って、飼いきれなくなって、学校の池にこっそり逃がすという一連の流れ自体が、これからの世代には体験として存在しなくなる。つまり、この怪談はいま、共有される体験の土台を失いつつある。
ただし、土台を失った怪談が死ぬかというと、そうでもない。むしろ逆のことが起きることがある。体験として共有できなくなったものは、懐古の対象になる。もうどこにもない風景として語られはじめる。そして懐古と恐怖は、異常に相性がいい。日暮れの校舎の裏、誰もいないひょうたん池、餌の包み紙、箒の音。この一式は、実物が消えたあとのほうが、むしろ強いイメージとして残る可能性がある。学校の七不思議の多くが、すでに存在しないものを扱っているのと同じことだ。木造校舎の渡り廊下も、焼却炉も、もう実物はほとんどないのに、話だけは生きている。
最後に、この話を扱うときの線引きにも触れておきたい。池の怪談は、他の学校怪談よりも実在の事故と紐づけられやすい。「昔、ここで子どもが溺れたらしい」という一行を入れるだけで、話は一気に重くなる。重くなるから、つい入れたくなる。だが、これはやめておいたほうがいい。具体的な地名や学校名とセットで語られた瞬間、それは怪談ではなく、実在の学校を心霊スポット扱いする行為になる。いまもそこに通っている子どもがいて、毎日その池の横を通っている。この型の怪談は、具体的な事故を背景に置かなくても、十分に成立する。というか、背景を置かないほうが怖い。なぜそこに何かがいるのか、理由が一つもないほうが、逃げ場がないからだ。
池は、ただそこにある。深さは膝下で、中には鯉と亀がいて、水は緑黒くて、底は見えない。それだけだ。それだけなのに、あなたはいま、自分の通っていた学校の池を思い出しているはずだ。そして、あそこに何が沈んでいるのかを、知らない。
