夜の学校って、なんであんなに怖かったんだろう。
昼間はうるさいだけの場所だ。上履きの音、給食のワゴン、笛の音。それが夕方五時を過ぎた途端、廊下の端が急に遠くなる。理科室のドアの磨りガラスの向こうに何かの影がある気がして、目をそらしたまま早足で通り過ぎる。あの感覚を、一九九〇年代に小学生をやっていた人間はたぶん全員が共有している。そして、その感覚に具体的な顔と名前を与えてしまった漫画が一本ある。
『地獄先生ぬーべー』。原作は真倉翔、作画は岡野剛。週刊少年ジャンプの一九九三年三十八号から一九九九年二十四号まで、全二百七十六話。単行本はジャンプ・コミックスで全三十一巻、のちの文庫版で全二十巻。集英社の発表では、シリーズ累計の発行部数は三千万部前後に達している。数字だけ並べると「そこそこヒットした学園ホラー」に見えるかもしれない。けれど、この作品が日本の子どもの脳に残した爪痕は、部数では測れない種類のものだ。
何がすごかったか。ぬーべーは、それまでバラバラに口伝えされていた学校の怪談を、絵つきで、名前つきで、しかも週刊のペースで固定してしまった。テケテケはこういう姿。口裂け女はこういう顔。花子さんはこの個室にいる。子どもたちが友達から友達へ、伝言ゲームのように歪めながら伝えていた輪郭のない怖い話に、岡野剛の線が決定版のビジュアルを与えた。以後、日本の子どもが「テケテケ」と聞いて思い浮かべる姿は、ほぼぬーべーの絵になった。伝承が漫画に吸い込まれ、漫画から出てきたものが新しい伝承として広まりはじめた。これは相当に異常な事態である。
この記事では、その異常事態を一つずつ解きほぐしていく。作中の怪異が実在のどの伝承を下敷きにしているのか。どこを持ってきて、どこを捨てて、どこを作り足したのか。そして、なぜあれほど多くの子どもが眠れなくなったのか。長い。覚悟して読んでほしい。
一九九三年三十八号、化け物じみた雑誌の片隅で
まず、この漫画が始まった場所の異様さを確認しておきたい。
一九九三年の週刊少年ジャンプは、日本の出版史のなかでも突出した怪物だった。翌一九九四年の新年合併号で公称六百五十三万部という数字を叩き出す、その助走の真っ只中である。誌面には『ドラゴンボール』があり、『スラムダンク』があり、『幽☆遊☆白書』があり、『るろうに剣心』が始まろうとしていた。日曜の朝に配達されるわけでもない一冊の漫画雑誌が、全国の小学校の教室で共通言語として機能していた最後の時代だ。月曜の朝、誰かが持ってきた一冊を五人でのぞき込む。あの光景がまだ生きていた。
その化け物雑誌の三十八号に、新連載巻頭カラーで載ったのが第一話「九十九の足の蟲の巻」だった。掲載順はもちろん一位。連載期間を通じた平均掲載順は十一点台で推移しており、看板ではないが確実に定位置を持つ、いわゆる中堅の安定株として六年近くを走り切ったことになる。
面白いのは、当時のジャンプの空気とぬーべーが微妙にずれていたことだ。ジャンプの王道は友情と努力と勝利で、少年が修行して強くなり格上を倒す構造が骨格にある。ぬーべーはそこに乗っていない。主人公は二十五歳の小学校教師である。戦うのは基本的に彼一人で、生徒は守られる側だ。しかも敵を倒して終わりではなく、怪異の背後にあった人間の悲しみを引き受けて成仏させる、という後始末までが毎回ワンセットになっている。バトル漫画の顔をした民話の語り直しだ。
そして時代の側も、ぬーべーを待っていた。一九九〇年、常光徹という中学校教諭であり在野の民俗学者でもある人物が、講談社のKK文庫から『学校の怪談』を出す。子どもたちから直接集めた「ナマの学校の怪談」を、民俗学的な解説つきで並べたシリーズで、最終的に全九巻まで伸びた。ここに「赤いちゃんちゃんこ」「メリーさんの電話」「三時ババア」といった、当時の教室で本当に流通していた噂話が記録されている。この本が、それまで口伝えでしかなかった学校怪談に活字の背骨を通した。
さらに一九九五年、平山秀幸監督による東宝映画『学校の怪談』が公開され、その年の邦画興行で四位に食い込む。翌一九九六年の第二作は邦画二位、一九九七年の第三作は五位、一九九九年の第四作でも十位。四作すべてがヒットラインに乗るという、児童向けホラーとしては異例の成績を残した。テレビ番組も夏になれば競って心霊特番を組んだ。子どもの周囲が、怪談で飽和していたのである。
ぬーべーの連載開始は一九九三年。この怪談ブームの本格化よりわずかに早い。つまりぬーべーはブームに乗った作品ではなく、ブームを内側から加速させた側にいた。ジャンプという最大の配管を通じて、毎週、全国の小学生の手元に怪談が一話ずつ配送されつづけた。この配送量に匹敵するメディアは、当時ほかに存在しなかった。
童守小学校五年三組という実験場
作品の舞台は童守町の童守小学校、鵺野鳴介が担任を務める五年三組である。主人公の苗字が鵺、というところからしてもう趣味が出ている。鵺は『平家物語』にも出てくる、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という寄せ集めの怪物だ。妖怪の名を負った教師が妖怪を祓う。この座りの悪さが、そのまま作品全体の味になっている。
クラスの面々もよくできている。霊感が強くて気が強い稲葉郷子、噂話が大好きで体格のいい細川美樹、不良から更生する木村克也、いちばん小さくて気弱だが土壇場で踏ん張る栗田まこと、サッカー部でムードメーカーの立野広。彼らは戦力ではない。基本的に、怖い目に遭う役である。だからこそ読者は彼らに憑依できた。読者は主人公ではなく、主人公に助けられる子どもの側に立って読む。ここがぬーべーの設計で最も重要な部分だと私は思っている。
ぬーべーの左手には、鬼が封じられている。この鬼の手が全編を貫く縦糸だ。素手で霊体を掴めるし、悪霊なら一撃で消滅させられる。記憶を読み、消し、封じることもできる。祓えないほど強い相手には、無理やり成仏させるという荒業も使う。原作では封印を解く呪文として実在の経文である白衣観音経が使われていて、南無大慈悲救苦救難広大霊感白衣観世音、という一節から始まる長い文句を唱える。アニメやドラマではオリジナルの呪文に差し替えられているが、原作が本物の経文を持ってきたことには意味がある。この作品は、怖がらせる装置にはできるかぎり実在の材料を使う、という方針で貫かれているからだ。
完全再話その一――てけてけの怪
原作十七話、単行本二巻。ぬーべーのトラウマ回を語るとき、ほぼ必ず最初か二番目に名前が挙がる話である。
始まりは、いつもの噂話だ。細川美樹あたりが仕入れてくる。踏切事故で電車に轢かれて、体が上下真っ二つになった女の子がいる。その子の霊が出る。名前はてけてけ。上半身だけで両腕を使って地面を這い、追いかけてくる。追いつかれると、下半身を持っていかれる。教室で笑い話として消費されるはずのその噂が、この回では笑い話で終わらない。
ぬーべーの恐ろしいところは、怪異に「事故の記録」という質感を与えたことだ。てけてけは、もともとどこかの誰かだった。踏切で切断されて即死できず、しばらく上半身だけで動いていた。その苦痛と無念が霊として固着した。だから彼女は、自分の失われた下半身を求めて他人の足を奪う。理屈が通っている。理屈が通っているぶん、逃げ道がない。
そして視覚だ。岡野剛は、上半身だけの少女を描くときに、切断面を隠さない。断ち切られた胴の下から内臓が垂れ下がっている。そのまま両手で地面を掻いて、想像を超える速度で追ってくる。子どもが夜中にトイレに行けなくなるのは、ここである。物語としての怖さではなく、絵としての怖さ。ページをめくった瞬間に網膜に焼き付いて、消えなくなる種類の怖さだ。
追われる側の描写も容赦がない。逃げても逃げても、あの音が近づいてくる。てけ、てけ、てけ。擬音そのものが恐怖のカウントダウンになっていて、コマの隅に小さく置かれるだけで空気が変わる。最後はぬーべーが鬼の手で決着をつけるのだが、この回に関しては、退治されたという安心感より、彼女が生前に味わったであろう時間の方が読後に残る。ざまあみろ、とは誰も思えない。かわいそうだ、と思いながら、それでも夜中に廊下の音がしたら心臓が跳ねる。この二重の後味こそが、ぬーべー的な怪談の完成形だった。
読者ブログの証言のなかには、この話の背景に北海道で起きた実際の事故が下敷きになっていると聞かされて、より一層怖くなった、という趣旨のものがいくつもある。本当かどうかは別として、「実話らしい」という但し書きが子どもに与える追加ダメージは計り知れない。
完全再話その二――「A」がきた
原作二十四話、単行本二巻。多くのランキングで一位を取る、ぬーべー最恐の呼び声高い回である。
この話が異質なのは、敵が妖怪でも幽霊でもないところだ。出てくるのは人間である。赤いマントに山高帽、顔には仮面。下校途中の子どもの前に現れて、静かに尋ねる。赤が好きか、白が好きか、青が好きか。答えると、その色に応じた殺し方が実行される。赤なら血まみれ。白なら血を抜かれて真っ白。答えなければ答えないで、どのみち助からない。三十年以上捕まっていない、百人以上を手にかけた通り魔という設定になっている。
作中の子どもたちは、実際に襲われる。これがきつい。ジャンプの漫画で、名前と顔のあるクラスメイトが、血を流して倒れる。妖怪相手なら鬼の手で片がつくが、相手は生身の人間だ。鬼の手は霊体には絶対的だが、生きている人間には万能ではない。ぬーべーは格闘の末に一度は仕留めたはずが、Aは起き上がってくる。妖怪より人間の方が怖い、というテーマを、これほど直球で子どもに叩き込んだ回はほかにない。
読者の反応で最も多いのが、「下校の時間が嫌になった」という言葉だ。妖怪は学校にいる。学校は昼間なら安全だ。でもAは、家に帰る途中の道にいる。ランドセルを背負って歩く自分の背後に、赤いマントの男が立っているかもしれない。逃げ場がゼロになる。物語が終わってもAは捕まっていない、という後味の悪さも計算ずくで、読み終えたあと自分の生活圏に恐怖が転移する構造になっている。
この回のモチーフは、あとで詳しく触れるが、昭和初期から続く「赤マント」の噂と、トイレの「赤い紙、青い紙」を掛け合わせたものだ。色を選ばせる、というルールがそのまま持ち込まれている。実在の怪談の骨格を、生身の殺人鬼という現代的な皮で包み直した。ぬーべーの怪異設計の巧さが、いちばん露骨に出ている一本である。
完全再話その三――赤いチャンチャンコ
原作五十話、単行本四巻。見開きの一枚で一生分のトラウマを配ったことで知られる。
いじめを苦にして自殺した少女がいる。その怨念が霊となり、無差別に人を襲うようになった。現れると、こう言う。赤いチャンチャンコ、着せましょか。断っても、承知しても関係ない。着せましょか、と言われた相手は、首から下を血で染められる。赤いちゃんちゃんこを着せる、というのは要するに、全身を血まみれにするという意味だ。婉曲表現がそのまま処刑の予告になっている構造が、まず気持ち悪い。
この回の破壊力は、演出のタイミングにある。じわじわと近づいてくる気配、廊下の暗さ、逃げる生徒の息づかい。そこまでを普通のホラー漫画のリズムで積み上げておいて、ページをめくった瞬間に見開きで霊の顔がドアップで飛び込んでくる。当時の読者の証言で圧倒的に多いのが、この見開きに関するものだ。マンガを放り出したくなるくらい強烈だった、という言い方をされることがある。実際、雑誌を閉じた、という子どもは相当数いたはずである。
しかも動機がいじめだ。妖怪の理不尽ではなく、教室で毎日起きていることの延長線上に彼女がいる。読者にとっての「他人事にできなさ」が跳ね上がる。ぬーべーが最後に彼女の生前を語る場面で、読んでいる側は自分の教室の隅を思い浮かべる。怖い話としての完成度と、社会的な刺さり方が、この回では完全に一致していた。
赤いちゃんちゃんこという名前そのものが、常光徹の『学校の怪談』第一巻に収録されている実在の噂だという点も押さえておきたい。ぬーべーは、当時の子どもが本当に囁いていた話を、そのまま拾って絵にしている。
完全再話その四――メリーさん
単行本二十七巻、文庫版では十八巻。トラウマ回ランキングでほぼ確実に上位、しばしば一位を取る。
童守小学校に、メリーさんが出る。彼女は標的に選んだ子どもに、手足の欠けた人形を渡す。ルールはひとつ。一週間以内に、この人形の失われた部位を全部見つけてくること。見つけられなかった部位は、その子ども自身の体から引きちぎって人形に付ける。腕が見つからなければ腕を、脚が見つからなければ脚を持っていく。
この回で標的になるのは、中島法子という生徒だ。ここが残酷で、主要キャラの一人が丸ごと一週間、時限爆弾を抱えたまま学校生活を送ることになる。人形のパーツは校内のどこかに隠されていて、探すあてはない。時間だけが減っていく。ホラーというより、心理的な拷問の記録に近い読み心地になる。
そしてぬーべーが、除霊できない。これが決定的だ。それまで読者は、どんなに怖くても最後は鬼の手が来る、という安心を担保に読んでいた。メリーさんはその担保を外してくる。彼女は生前から並外れた霊能力を持っていて、悪霊化したあともその力を保持している。鬼の手が通じない怪異が出てきた瞬間、読者の足場が抜ける。
決着は暴力ではつかない。メリーさんの正体は松原めぐみという少女で、生まれつきの強い霊能力ゆえに化け物扱いされ、凄惨ないじめを受けていた。決定打になったのが、いちばん大切にしていた人形をバラバラにされて校内のあちこちに隠されたことだった。彼女はそれで死んだ。だから死後も、手足の欠けた人形を探させつづけている。自分がされたことを、永遠に反復している。
ぬーべーが自分も同じように、異能ゆえに疎まれてきた人間だと明かしたとき、彼女は初めて泣く。そして経文を受け入れて消えていく。ただし、成仏したかどうかは明示されない。この曖昧さも含めて、読後に長く残る。単なる怖い話ではなく、いじめという主題をここまで真正面から扱った少年漫画は当時ほとんどなかった。
完全再話その五――見たら死ぬ、海難法師
原作百九十四話。ぬーべー後期の代表的な恐怖回で、ルールの理不尽さでは作中随一である。
設定はこうだ。海で死んだ者たちの魂が集合した怪異が、決まった日にやってくる。対処法はただひとつ、見ないこと。姿を見た者は死ぬ。だから戸を閉め、目を閉じ、息を殺してやり過ごす。それだけ。倒す方法も、追い払う方法もない。
この設定が読者を追い詰めるのは、恐怖の主導権が完全にこちら側にあるからだ。相手が襲ってくるのではない。自分が見てしまったら死ぬ。つまり、自分の目が凶器になる。人間は、見るなと言われたものほど見たくなる生き物である。作中の子どもたちがまさにそうなって、開けてはいけない目を開けそうになる。読者は自分の指がページをめくる音まで気になってくる。
そして海難法師の姿が、見開きで来る。無数の顔が塊になったような造形で、これも当時の読者から「夢に出てきそう」と言われつづけている一枚だ。見たら死ぬ、と散々書いておいて、読者にはしっかり見せる。この意地の悪さが素晴らしい。
海難法師は、完全な創作ではない。伊豆諸島に実在する伝承である。詳しくは後で書くが、この回に関しては、実在の禁忌の構造をほぼそのまま漫画に持ち込んでいる。
完全再話その六――はたもんばの呪い
原作七話から八話にかけて。連載初期の話でありながら、いまだにトラウマ回として名前が出る一本だ。
不良だった木村克也が初めて主役を張る回である。彼が賽銭を盗む。それをきっかけに、はたもんばと呼ばれる怪異に「罪人」として認識され、追われはじめる。この怪異の造形が凄い。落ち武者のような姿の化け物が、輪になった巨大な刃にまたがっている。両手で柄を握り、輪を回転させながら地面を滑るように移動してくる。頭蓋骨が剥き出しで、腹が裂けて内臓がはみ出している。
初期のぬーべーの絵柄はまだ少年漫画としての柔らかさを残しているのだが、はたもんばの造形だけが浮いている。土着的で、湿っていて、笑いの余地がない。子どもが刃物に追いかけられるという状況そのものの生々しさもあって、妹まで巻き込まれる展開はかなりつらい。
決着は正面からの力比べではない。鏡を使った罠と、側面からの一撃。しかも完全に成仏させることはできず、元の刀に戻ったところを、鞘に護符を貼って封印するという結末になる。倒しきれなかった、という後味が残る。のちに人面疽の話で再び持ち出されるあたり、封じただけのものは封じただけ、という律儀さがある。
名前の由来もえげつない。はたもん、というのは磔に使う柱を意味する「はたもの」が訛ったものだとされる。つまりこの怪異は、処刑場そのものが化けたようなものだ。作中では、その処刑場跡地に罪人の血を吸って育つ植物が自生していた、という設定まで足されている。ここまでやるか、という念の入れようである。
突き合わせその一――テケテケ
さて、ここからが本題だ。ぬーべーに出てきた怪異が、実在のどの伝承を下敷きにしているのかを、一つずつ照らし合わせていく。
テケテケから行こう。ぬーべーの描き方は、踏切事故で上下に切断された少女の霊、というものだった。これが世間一般のテケテケ像とほぼ一致している。というより、一致するようになった、というのが正確だ。
民俗学寄りの調査によると、上半身だけの怪異という話型自体はかなり古くから各地にある。ただし名前がバラバラだった。鹿児島ではパタパタさん、滋賀ではコトコトさん、神奈川ではカタカタ。年配の語り手のあいだでは、老婆の姿をした肘かけババア、肘子さんという呼び方も伝わっていた。テケテケという呼称の初期の記録としては、一九八〇年前後に沖縄で語られていた事例が挙げられており、テケテケという音の響き自体が沖縄方言のイントネーションに由来するという指摘もある。テクタク、シャカシャカといった呼び方も併存していた。
要するに、九〇年代に入る前のテケテケは、全国区の固有名詞ではなかった。地域ごとに違う名前で呼ばれる、輪郭のぼやけた話型だった。それが九〇年代、メディアが学校の怪談を大量に取り上げるなかで、テケテケという名前が上半身だけの怪異を代表する名前として定着し、ほかの類話を吸収していった。
その定着の過程で、ぬーべーが果たした役割は決定的だと考えていい。一九九三年から九九年という連載期間は、まさに名前の統一が進んだ時期と重なる。週刊少年ジャンプという最大級の媒体が、テケテケという名前と、切断面から内臓が垂れた少女の絵を、同時にセットで配った。以後、子どもが思い浮かべるテケテケの姿は、ほぼこの絵になる。地域ごとの多様性が、一枚の決定版イラストに上書きされた瞬間だった。
北海道の踏切事故が発端という説も広く流布しているが、これは検証可能な原典があるわけではない。むしろ、テケテケの話に「実話らしさ」を付与するための後付けのディテールと見るのが妥当だろう。ぬーべーはその「実話らしさ」を素材として採用し、結果的にさらに広めた。
突き合わせその二――口裂け女
原作三十一話、「恐怖の口裂け女の巻」。この回は、ぬーべーの怪異観がいちばんきれいに出ている一本だと思う。
まず実在の口裂け女を確認しておく。噂の発生は一九七八年十二月ごろ、岐阜県だとされる。マスコミへの初登場は翌一九七九年一月二十六日の岐阜日日新聞。そこから中京圏を起点に全国へ広がり、一九七九年の春から夏にかけて完全に社会現象化した。週刊朝日が一九七九年六月二十九日号で記事を組んでいる。
その広がり方が尋常ではない。福島県郡山市や神奈川県平塚市ではパトカーが出動する騒ぎになり、北海道釧路市や埼玉県新座市では集団下校が実施された。子どもの噂話が、自治体レベルの防犯対応を引き起こしたのである。そして八月、夏休みに入って子どもたちの口コミ回路が途切れると、噂は嘘のように急速に沈静化した。学校という装置が、噂の伝播インフラそのものだったことがよくわかる挙動だ。
弱点はポマードとべっこう飴。ポマードと三回続けて唱えると怯む。べっこう飴を投げると夢中で舐めはじめる隙に逃げられる。正体については、精神科病院からの脱走者、整形手術の失敗、交通事故の被害者、郡上一揆の怨念、江戸期の切り裂き事件の亡霊、果ては海外の諜報機関による社会実験まで、諸説が乱れ飛んだ。
さてぬーべーはこれをどう料理したか。噂が隣町に出たと聞いて、五年三組の子どもたちが「退治」に出かける。夕暮れどき、大きなマスクをした女性に出くわす。子どもたちは彼女を取り囲み、囃し立て、ポマードを投げつける。つまり、この回で最初に暴力を行使するのは怪異ではなく、子どもの側なのだ。
そこにぬーべーが来て止める。そして彼女に憑いていた動物霊を鬼の手で祓う。憑き物が落ちた女性は、元の美しい顔に戻る。ぬーべーはこう告げる。妖怪を作るのは人の心だ、と。誰かがまた彼女の心を傷つければ、彼女はまた化け物になる。
この改変は相当に踏み込んでいる。実在の口裂け女は、子どもを襲う加害者だった。ぬーべー版では、噂の対象にされて追い詰められた被害者になる。マスクをした女性という記号を、差別といじめの寓話に反転させた。子ども向けのホラー漫画で、噂を信じて群れる自分たちの側にナイフを向けたわけである。
ちなみにこのエピソードは、実在する顔面の疾患や障害を連想させかねないという配慮から、一九九六年のアニメ版では映像化が見送られたとされている。原作の踏み込みの深さが、逆にメディア展開の壁になった格好だ。
突き合わせその三――赤い紙、青い紙という古層
Aがきた、と赤いチャンチャンコ。この二本は、同じ根から生えている。
学校のトイレで用を足していると、どこからともなく声がする。赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか。赤を選べば全身から血が噴き出して死ぬ。青を選べば全身の血を抜かれて死ぬ。どちらを選んでも死ぬ。何も選ばなくても、たいてい死ぬ。
この話型は相当に古い。一九三〇年代の奈良市で、すでに小学生のあいだに「赤い紙やろか、白い紙やろか」という形で広まっていたという記録がある。戦前である。バリエーションも豊富で、紙が衣類になれば赤いマント、青いマント、赤い半纏になる。体の部位になれば赤い手と青い手、赤い舌と青い舌。結末も、天井から血の雨が降る、鎌で切られる、首を絞められる、便器から手が伸びるなど、地域ごとに違う。色の組み合わせも赤と白、赤と紫といった変種がある。
起源についてはいくつか説がある。テストに答えられない恐怖が形を取ったという学校不安説。京都に伝わるカイナデという、便所で尻を撫でる妖怪の伝承が変化したという説。便所神に紙の人形を供える民俗が怪異化したという説。そして昭和初期に流行した赤マントの噂からの派生説。どれが正しいというより、複数の古層が学校という新しい容器のなかで混ざり合った、と見るのが実情に近いだろう。
ぬーべーはこの話型を二方向に展開した。一方は赤いチャンチャンコで、赤い衣類を着せるという言い回しの残酷さを最大化した。もう一方はAで、色を選ばせるという儀礼的な問答を、赤マントの姿をした生身の殺人鬼に持たせた。同じ古層から、幽霊の話と人間の話を両方引き出している。作り手が話型の構造を理解したうえで分解している証拠だ。
なお、いわゆる「赤い部屋」として記憶されている怖い話については注意が必要だ。ネット時代に広まった同名の怪談は二〇〇〇年代のもので、ぬーべーの連載期間とは重ならない。多くの人が記憶のなかで、赤い紙と赤いチャンチャンコと赤い部屋を一つの塊にしてしまっている。この混線自体が、学校怪談の伝わり方をよく表している現象なので、後半でもう一度触れる。
突き合わせその四――人面犬
人面犬は、学校の怪談というより、通学路の怪談だ。
ブームは一九八九年ごろから平成の初めにかけて。小中学生のあいだで爆発的に広まり、ワイドショーやオカルト番組が次々と取り上げて全国区になった。姿は、体は犬で顔だけが人間。多くの証言で中年男性の顔とされる。時速百キロで走る車を追い抜いていったとか、話しかけると「ほっといてくれよ」と返してくるとか、噛まれた人間も人面犬になるとか、細部がやたらと具体的だった。
伝播経路についても、興味深い証言がある。ある雑誌のライターが、読者投稿に脚色を加えて人面犬の逸話を掲載し、それをラジオやテレビでも語ったことが拡散のきっかけになった、という話だ。つまり人面犬は、口伝えの伝承というより、メディア発の合成怪談としての性格が強い。
ただし、まったくの新種でもない。江戸後期の国学者である平田篤胤が、人間そっくりの顔を持つ犬の目撃談を書き残している。石塚豊芥子の『街談文々集要』には、一八一〇年に江戸の田戸町で人面犬が生まれた、という記述がある。人と獣の中間の顔をした生き物への恐怖は、少なくとも二百年前から日本にある。梅毒の治療をめぐる根拠のない俗信が背景にあったとも言われる。
ぬーべーが人面犬を扱うときのアプローチは一貫している。噂の派手さで押すのではなく、なぜそんなものが生まれたのかという説明を必ず足す。人面犬の場合も、単なる珍獣ではなく、人間の側の事情から発生したものとして処理される。都市伝説を、原因のある現象に置き換える。この癖が、読者に「怖い話には理屈がある」という感覚を刷り込んだ。
突き合わせその五――トイレの花子さん
原作九話。ぬーべーがかなり早い段階で手をつけている題材である。
花子さんの起源については、一九四八年ごろ、岩手県和賀郡黒沢尻町、いまの北上市の小学校で「三番目の花子さん」という怪異が噂されていた、という記録が知られている。体育館のトイレの、奥から三番目の個室に出るというものだった。呼び出し方には「三」という数字が繰り返し出てくる。三階の女子トイレの、入口から三番目の個室を、三回ノックする。この三重の反復は、日本の民俗的な呼び出し儀礼に共通する閾値としての三、を継承したものだという指摘がある。
つまり花子さんは、戦後の学校建築の標準化と、それ以前からある召喚儀礼の作法が合体してできている。全国どこの小学校に行っても似たようなトイレがある、という均質化が、同じ怪談を全国で成立させた。校舎という装置そのものが、怪談の共通フォーマットだったわけだ。
一九八〇年代に小学校で流行し、一九九四年に関西テレビでドラマ化、一九九五年には映画化されて全国区になる。ぬーべーの九話は、この全国化の波のちょうど手前にある。
ぬーべー版の花子さんは、学校のトイレを渡り歩く霊として描かれる。ここで効いているのが、彼女を一箇所に固定しなかったことだ。花子さんは、日本中のどこの学校のトイレにも出うる。読者が通っている学校にも出うる。この移動性の設定が、読者の学校を怪談の舞台に接続してしまった。翌日、教室で「うちのトイレの三番目、開けたことある?」という会話が発生する。漫画が読者の日常に作業を投げ返す構造になっている。
突き合わせその六――雪女とゆきめ
ゆきめの初登場は単行本三巻、第三十話。雪山で村人に銃を向けられていたところをぬーべーに救われ、そのまま婚約者を名乗って居座る。以後、作品の恋愛面を担う主要ヒロインになる。
実在の雪女伝承と比べると、改変の方向がはっきりしている。日本各地の雪女は、基本的に人を殺す。吹雪の夜に現れて、旅人の精気を吸う、凍死させる、赤ん坊を抱かせて凍らせる。小泉八雲が広めた話型では、雪女に見逃してもらった男が約束を破って正体を明かし、妻だった雪女が去っていく。人と雪女は結ばれない、という悲劇が核にある。
ぬーべーのゆきめは、この核を保持したまま、コメディに反転させた。彼女はぬーべーを永遠に自分のものにするために、氷漬けにしようとする。愛が重い、という現代的な形容がぴったりくるキャラクターだが、その重さの正体は、雪女という種族が本来持っている殺意そのものだ。愛しているから凍らせたい。この論理が、笑える形で提示されつつ、根っこでは伝承と地続きになっている。
人間と妖怪という種族の壁も、ちゃんと機能している。雪女には掟があり、人間と結ばれることは許されない。読者はゆきめを応援しながら、この恋が構造的に成就しづらいことを知っている。ラブコメの三角関係という王道の枠で、伝承の悲恋を再演した。ゆきめが長く人気を保っている理由は、単にかわいいからではなく、この二重構造にあると思っている。
突き合わせその七――化け猫と猫又
化け猫は、日本の妖怪のなかでも屈指の古株だ。飼い猫が長く生きると尾が二股に分かれて猫又になる、という話型は鎌倉時代の文献にまで遡る。行灯の油を舐める、人語を話す、死者を操る、飼い主の仇を討つ、あるいは飼い主を食い殺して化ける。江戸期の怪談や芝居では、鍋島の化け猫騒動のような有名な演目が定着した。
化け猫が持っている固有の怖さは、身近さである。犬より人に懐かず、夜行性で、暗がりで目が光る。家のなかにいるのに、何を考えているかわからない。この日常のなかの異物性が、化け猫の伝承を千年近く支えてきた。
ぬーべーが化け猫を扱うとき、ここを外さない。単に強い妖怪として出すのではなく、飼い主との関係を必ず持ち込む。かわいがられた記憶、捨てられた記憶、あるいは死んだ飼い主への執着。妖怪の側に感情の履歴を持たせるのが、この作品の一貫した作法だ。だから読後に残るのが恐怖だけではなく、後味の悪い切なさになる。
化け猫だけではない。ぬーべーに出てくる古典妖怪の多くが、この処理を受けている。妖怪は、人間の営みの副産物として発生する。この世界観が、鳥山石燕以来の絵図的な妖怪観よりも、柳田国男以降の民俗学的な妖怪観に近いことは指摘しておきたい。
突き合わせその八――七人ミサキと海難法師
原作七十三話の七人ミサキ、そして百九十四話の海難法師。この二本は、ぬーべーが最も真面目に実在伝承を参照した例だと思う。
七人ミサキは、主に四国から中国地方にかけて伝わる集団の亡霊である。水死者や非業の死を遂げた者たちの霊で、常に七人一組。誰かを取り殺すと、その一人が成仏して、代わりに殺された者が新しい一人になる。だから七人という数は永遠に減らない。この「定員を維持するために人を殺す」というルールの冷酷さが、話の核だ。高知県には、七人みさきに憑かれると高熱を出す、という言い伝えもある。ぬーべーはこの定員制のルールをほぼそのまま採用している。改変の必要がないくらい、元の伝承がよくできているからだ。
海難法師は、伊豆諸島の伝承である。寛永五年、つまり一六二八年、島民を苦しめていた代官がいた。島の若者たちが、わざと海の荒れる日を選んで島巡りを勧め、代官は海難で死んだ。あるいは別伝では、若者二十五人が暴風雨の夜に代官殺害を決行し、その帰りに全員が海で死んだ。この二十五人の霊が日忌様と呼ばれ、伊豆大島の泉津地区には祠が祀られている。神津島では二十五日様として、神職が海からの来訪神を迎える神事が続いている。
そして、一月二十四日という日付がある。伊豆七島では、この日は決して外に出てはならないとされた。人々は雨戸を閉め、家のなかで息を殺す。門口に籠をかぶせ、雨戸にトベラや柊といった匂いの強い葉を刺して魔除けにした。三宅島では、海難法師が「皿出せ、土器出せ、それがなきゃ人間の子を出せ」と言いながら通ると伝えられ、子どもを隠す必要があった。戸締りをせずに外出した者、トベラを捨てた者に異変が起きたという警告譚も残っている。
ぬーべー版が採用したのは、この「見てはいけない」という禁忌の構造そのものだ。倒せない、逃げられない、ただ見ないことだけが助かる道。伝承のなかで数百年間、島の人々が実際に守ってきた作法を、そのまま漫画のゲームルールに変換した。だから怖い。作り物の設定ではなく、本当に誰かが本気で守っていた禁忌だからだ。
突き合わせその九――メリーさん、そして逆流
最後に、いちばん面白い例を置いておく。
メリーさんの電話という都市伝説は、古くからある。少女が古い人形を捨てる。しばらくして電話が鳴る。私メリーさん、いま駅にいるの。切る。また鳴る。私メリーさん、いま公園にいるの。少しずつ近づいてくる。そして最後に、私メリーさん、いまあなたの後ろにいるの。
ぬーべーが二十七巻で描いたメリーさんは、この電話の話ではない。人形の手足を探させる、という別のルールを持った、ほぼ独自の怪異である。名前だけを借りて、中身は作り替えた。
ところが、ここから妙なことが起きる。ぬーべー版のメリーさんが、実際の都市伝説として流布しはじめたのだ。漫画が発表されたあと、人形の手足を探させるメリーさんという話が、子どものあいだで語られるようになった。二〇〇八年ごろの怪談本や、後年の現代怪異事典のたぐいにも、この形のメリーさんが記載されるに至っている。
これは、伝承と創作の関係が完全に逆流した事例だ。ふつうは伝承が先にあって、作品がそれを取り込む。ぬーべーの場合、作品が作った怪異が伝承の側に染み出して、口伝えの回路に乗った。子どもが友達に「メリーさんって知ってる?」と話すとき、その内容がジャンプ由来だと本人は意識していない。数世代を経れば、それはもう作者不明の学校怪談になる。
こういう現象が起きうる媒体は限られている。毎週、全国の同年代の子どもが同時に読み、翌日に教室で話題にする。この配送インフラを持っていたのは、九〇年代のジャンプだけだった。ぬーべーが学校怪談の教科書になった、というのは比喩ではなく、実際に新しい伝承の発生源として機能したという意味である。
鬼の手という発明――覇鬼と美奈子先生
ここで、作品の中心にある設定に戻りたい。ぬーべーの左手に封じられた鬼のことだ。
この鬼には名前がある。覇鬼。地獄の鬼三兄弟の長兄で、作中で名前が明かされるのは二百四話と、かなり後半になってからだ。六年近い連載のうち、五年以上にわたって「鬼の手」は名前のない力として存在しつづけた。この引っ張り方がうまい。
封印の経緯は、作品全体でいちばん重い部分である。ぬーべーには美奈子先生という恩師がいた。彼女はぬーべーを救うために命を落とし、地獄で覇鬼に魂を喰われてしまう。ぬーべーは覇鬼を自分の左手に封じるのだが、その封印は二重構造になっている。外側からはぬーべーが押さえ、内側からは喰われた美奈子先生が押さえている。どちらかの力が弱まれば、覇鬼は解き放たれる。
つまり、ぬーべーが妖怪を祓うたびに振るっているのは、恩師の魂を犠牲にして手に入れた力なのだ。使えば使うほど封印が消耗する。強さの代償が、最初から設計に組み込まれている。
見た目も凝っている。鬼の手は霊体で、赤紫色の筋肉の筋のような模様と、腱のようなものが走っている。普段は包帯やグローブで隠している。能力は幅広く、霊体への一撃必殺、記憶の読み取りや消去や封印、生きた人間の霊体を掴むこと、強制的な成仏。この「記憶を消せる」という機能が地味に効いていて、怪異を見てしまった子どもの記憶を消して日常に戻す、という後始末が可能になる。学校怪談は、翌日には日常に戻らなければならない。その戻り道を用意した設定だと言える。
そして覇鬼自身が、ただの動力源で終わらない。中盤以降、彼は独立した人格として振る舞いはじめる。仲間が傷つけられれば逆上し、絶交を突きつけられて和解し、人間を殺さないと誓って、自分の意志でもう一度鬼の手に戻る。最強の破壊力を持ちながら、選んで手であることを続ける。左手のなかに一人ぶんのドラマが入っている、という構造は、少年漫画の相棒設定としてかなり洗練されている。
なお続編の『地獄先生ぬーべーNEO』では、覇鬼が地獄に帰ったことで鬼の手の出力が百分の一ほどにまで落ちる。ぬーべーは蓄気法という技術を修行で身につけ、鬼の手NEOとして復活させる。力の由来が変わっても、代償を払って手に入れるという原則は維持されている。
「片足のバレリーナ」は、どこにもなかった
ここで、この記事を書くにあたって最も引っかかった話をしておきたい。
ぬーべーのトラウマ回として、しばしば「片足のバレリーナ」という題名が挙がる。踊っているうちに片脚を失った少女、という話をはっきり覚えている、という人がいる。同じように「Y字路の怪」という題名を記憶している人もいる。分かれ道で、どちらを選んでも同じ場所に戻ってしまう話だった、と。
ところが、原作二百七十六話のどこを探しても、この題名は出てこない。掲載データにも、単行本の目次にも、アニメの各話リストにもない。
これは記憶違いだ、で片づけるのは簡単だが、少し待ってほしい。なぜ、そんな存在しない話をはっきり覚えている人が複数いるのか。
理由はいくつか考えられる。ひとつは、当時の子どもがぬーべーだけを読んでいたわけではないことだ。常光徹の『学校の怪談』シリーズがあり、東宝の映画があり、児童書のコーナーには類似の怪談集が山ほど積まれていた。テレビの心霊特番もあった。それらから吸収した無数の話が、いちばん強い記憶の受け皿であるぬーべーに紐づけられて保管された。ぬーべーが、九〇年代の学校怪談の総合索引として機能してしまったのである。
もうひとつは、ぬーべーの怪異のパーツが記憶のなかで組み替わることだ。片脚を失う、というモチーフはてけてけにある。分かれ道で選択を迫られる、という構造はAがきた、や赤い紙青い紙にある。バレリーナの人形めいた不気味さは、メリーさんの人形にある。これらのパーツが記憶のなかで再結合すれば、「片足のバレリーナ」という一本の話ができあがってしまう。
そしてこれこそが、口伝えの怪談が生まれる仕組みそのものだ。誰かの記憶のなかで断片が組み替わり、新しい一本になって、また誰かに語られる。ぬーべーは怪談を固定した作品であると同時に、読者の頭のなかで新しい怪談を生成しつづける装置でもあった。存在しない「片足のバレリーナ」を覚えている人がいるという事実は、この作品が伝承としてどれだけ深く機能したかの証明になっている。私はこの現象を、失敗ではなく成果として記録しておきたい。
眠れなくなった子どもたちの証言・その一
ここからは、読者側の話をする。「これで眠れなくなった」という体験談は、ぬーべーを語るうえで避けて通れない層だ。取材のなかで拾った語りを、いくつか読み物として置いておく。
当時小学四年生だった男性の話。彼が読んだのは、床屋の待合室に置いてあった単行本の二巻だった。父親の散髪を待つあいだ、なんとなく手に取った。ぱらぱらめくって、てけてけの回に当たった。
最初は普通に面白かったという。学校の怖い話だ、という感じで読み進めた。ところが、ページをめくった先で上半身だけの少女が地面を這っている絵に出くわす。彼はそこで本を閉じた。閉じたのに、次のページが気になって、また開いた。そしてもっと悪い絵を見た。
その日の夜、彼は自分の部屋のベッドに入ってから、床を見られなくなった。ベッドの下という空間の存在を、生まれて初めて具体的に意識したという。上半身だけなら、ベッドの下に入れる。そう思った瞬間、足を布団の外に出すのが不可能になった。真夏だったが、足首まで完全に布団に入れて寝た。トイレに行きたくなっても、床に足を下ろすのが怖くて行けない。結局、朝まで我慢した。
その癖は数年続いたそうだ。中学生になっても、暗い部屋でベッドから足を下ろすときに一瞬ためらう。大人になってからも、旅先のホテルで低いベッドを見ると反射的に下を確認してしまう。三十年以上前に床屋で見た数ページが、いまだに身体に残っている。彼は笑いながら言った。あれは呪いだよ、と。
床屋の待合室、という細部が個人的には効いている。自分の家の本棚ではないから、途中でやめても続きを持ち帰れない。中途半端に見てしまった絵だけが記憶に焼き付く。ぬーべーの被害者には、この「他人の家や店で偶然読んでしまった」パターンが妙に多い。
眠れなくなった子どもたちの証言・その二
当時小学六年生だった女性の話。彼女の場合は、逆に自分で買っている。しかも狙って買った。
友達のあいだで、ぬーべーの何巻がいちばん怖いか、という話題が回っていた。怖いもの見たさというより、見栄だったと本人は振り返る。いちばん怖いやつを読んだ、と言いたかった。それで小遣いを持って本屋に行き、メリーさんが載っている巻を買った。
彼女がやられたのは、絵ではなくルールの方だった。一週間以内に人形の手足を全部見つけないと、自分の体から引きちぎられる。この期限つきというのが致命的だったという。読み終わってから、頭のなかで勝手に時計が動きはじめた。もし自分が渡されたら、あと何日、と数えてしまう。
さらに悪いことに、彼女の学校には古い木造の別棟があって、掃除用具や跳び箱が押し込まれていた。あそこなら何でも隠せる、と思った瞬間、通学が苦痛になった。朝、校門をくぐるたびに別棟の方を見てしまう。見なければいいのに見てしまう。それが二週間ほど続いた。
いちばん怖かったのは、と彼女は言った。ぬーべーが助けてくれなかったところ。それまでの回は、どんなに怖くても最後は先生が来て終わりだった。でもメリーさんには、あの鬼の手が効かない。効かないんだ、とわかった瞬間に、自分の安全装置も壊れた。
そして彼女は、いまでも中島法子に感情移入すると言う。標的にされた子は、何も悪いことをしていない。ただ選ばれただけだ。その理不尽さが、大人になってから別の意味で刺さるようになった、と。
眠れなくなった子どもたちの証言・その三
三人目は、少し毛色が違う。当時小学三年生だった男性で、彼が読んだのは兄の部屋にあった巻だった。しかも読んだのは真っ昼間で、夏休みの午後だ。
彼が当たったのは、Aが出てくる回だった。赤いマントの男が、色を選ばせる。読み終わって、彼はそれほど怖いと思わなかったという。妖怪じゃないから、という理由で、逆に安心すらした。幽霊は倒せないけど、人間なら警察が捕まえるだろう、と。
問題は、その日の夕方に起きた。塾から帰る途中、いつもの交差点で、赤い上着を着た男性がベンチに座っていた。それだけである。何もしていない。ただ座っていた。
彼はその場で足が動かなくなり、遠回りして帰った。翌日も遠回りした。それから一学期分くらい、その交差点を通らなくなった。彼は言う。あの漫画の怖さは、読んでる最中じゃなくて、読み終わって外に出たときに来る。妖怪の話なら、学校を出れば終わる。でも人間の話は、どこにでも続いてる。
この証言は、Aがきた、という回の設計思想をきれいに言い当てている。作中でAは捕まらない。決着はついても、社会に対する解決はされない。読者は「まだいる」という感覚を持ったまま日常に返される。ジャンプの巻末の予告を読んで、いつも通り月曜が来て、いつも通り学校に行く。その道に、赤いマントの男がいるかもしれない。この転移が、二巻という初期の単行本で完成していたのだから恐ろしい。
掲示板とSNSで、いまも回っている話
ぬーべーのトラウマ回語りは、二〇〇〇年代の匿名掲示板の時代から、いまのSNSまで、途切れることなく続いている。定期的にスレッドが立ち、定期的に同じ回の名前が挙がり、定期的に「思い出させるな」と怒られる。この持続性自体が、この作品の特殊さを示している。
挙がる名前は、だいたい固定されている。Aがきた、赤いチャンチャンコ、メリーさん、てけてけ、はたもんば、寄生虫、人食いモナリザ、海難法師、ブキミちゃん、まくらがえし。人体模型や餓鬼魂、七人ミサキ、疫病神も常連だ。上位陣の顔ぶれは、二十年前の掲示板と現在のSNSでほとんど変わっていない。世代が入れ替わっても同じ話が挙がる、というのは記憶の定着度が異常だということだ。
反応の傾向にも型がある。ひとつは「見開きで来るやつが一番きつい」という視覚の話。赤いチャンチャンコと海難法師が代表格で、ページをめくる行為そのものがトリガーになっている、という指摘がしばしば出る。もうひとつは「妖怪じゃないのが一番怖い」という話。Aと寄生虫がここに入る。理不尽な化け物より、ありうる現実の方が精神に残る。
寄生虫の回は、九巻に収録されている。江戸時代の肉団子を食べた生徒の体内で巨大な寄生虫が増殖し、最終的に口から虫の頭が出てくる。シンプルな生理的嫌悪でトップクラス、という評価が定着していて、ホラーというより衛生的な恐怖に分類される。子どもは自分の体のなかで何が起きているか知らない。そこを突かれると逃げようがない。
ブキミちゃんは十巻。噂を聞いた者の夢に三日以内に現れて、複雑な道順やなぞなぞを覚えてこいと命じる。失敗すれば夢から出られない。この回の恐ろしさは、読者に宿題を出してくるところにある。実際に道順を覚えようとした、という証言が複数ある。漫画を閉じたあとも作業が続く。学校怪談の呼び出し儀礼が持っている参加型の構造を、そのまま読者に向けて発動させている。
まくらがえしの回は、平行世界の未来に飛ばされる話だ。そこでは同級生たちがそれぞれ悲惨な結末を迎えていて、ぬーべー本人も全身が動かない状態になっている。怪物が出てきて驚かせるタイプの怖さではなく、取り返しのつかなさの提示による怖さで、これも語り継がれている。ホラー回の多いこの作品のなかでも、後味の悪さでは屈指だ。
そして人食いモナリザ。図工室のモナリザの絵から巨大な顔が飛び出し、校内に侵入した生徒を襲う。裂けた口と牙を持つ巨大な顔面という造形が、当時の子どもに強烈な印象を残した。この回に関しては、特筆すべき証言がある。『進撃の巨人』の作者である諫山創が、この回を自分のトラウマとして挙げているのだ。小学生のころに読んで、怖くてトイレにも行けなくなった。その体験が創作の財産になり、自分も読者に同じような衝撃を与えたいという動機につながった、という趣旨のことを語っている。巨人という着想の根がここにある、と結びつける読み方は、二〇一四年ごろから広く共有されるようになった。
影響を受けた作り手は彼だけではない。『暗殺教室』の松井優征や『東京喰種』の石田スイといった名前も、ぬーべーの影響下で語られることがある。異能を持つ教師と生徒たちの教室、という構造の共通性を指摘されることもあれば、単純にホラー描写の系譜として名前が挙がることもある。九〇年代に小学生だった世代がそのまま作り手になり、あの週刊連載で受けた傷を自分の作品に変換していった。世代を通じた伝染の記録として見ると、ぬーべーの射程はかなり長い。
一九九六年、テレビ朝日の夕方に来たもの
アニメ版は一九九六年四月十三日から一九九七年六月二十一日まで、テレビ朝日系列で放送された。制作は東映アニメーション。本編四十八話にスペシャル一話を加えて全四十九話。平均視聴率は十一点三パーセントという数字が残っている。九〇年代半ばの夕方アニメとしては堂々たる成績だ。
アニメ化がぬーべーにもたらしたものは、読者層の拡張である。ジャンプを買っていない子ども、とくに低学年と女子が、ここで一気に流入した。漫画を読んでいなくてもぬーべーを知っている、という層が生まれる。学校怪談の共有範囲が、雑誌の購読者から、テレビの前にいる子ども全員に広がった。
そして主題歌だ。「バリバリ最強No.1」というオープニングは、内容の湿った怖さとは真逆の、突き抜けて明るい曲だった。このミスマッチが逆に効いていて、曲を聞いた瞬間に反射で身構えるようになった子どもがいる。怖い話の前に必ず流れる陽気な音楽は、パブロフの鐘みたいなものだ。
もっとも、アニメ版は原作の全部を映像化できたわけではない。夕方の放送枠には当然、表現上の制約がある。前述の通り、口裂け女の回は実在の疾患や障害への配慮から映像化が見送られたとされる。ほかにも、原作のグロテスクな描写や性的な描写は相当に薄められた。原作を読んでいた子どもが、アニメを見て「これは原作の方がやばい」と友達に吹聴する。この落差が、また新たな読者を原作に送り込むという循環も生まれていた。
劇場版は三本ある。一九九六年七月六日公開の『(超)劇場版!地獄先生ぬーべー』が配給収入六億円。一九九七年三月八日公開の『午前0時ぬーべー死す!』が五億四千万円。同年七月十二日公開の『恐怖の夏休み!!妖しの海の伝説!』が五億二千万円。当時の東映アニメフェアの枠で、堅実に数字を積んだ。OVAも一九九八年九月から一九九九年十月にかけて三作が発売されている。
連載終了後も、シリーズは断続的に続いた。葉月いずなを主人公にしたスピンオフ『霊媒師いずな』が二〇〇七年から。本編から十二年後を描く続編『地獄先生ぬーべーNEO』がグランドジャンプの二〇一四年九号から始まり、全十七巻。さらに『地獄先生ぬーべーS』が最強ジャンプの二〇一六年一月号から二〇二一年五月号まで連載され、全四巻。二十年以上にわたって、どこかで新作が動きつづけていたことになる。
二〇一四年、実写版という試練
実写ドラマ版は、二〇一四年十月十一日から十二月十三日まで、日本テレビの土曜ドラマ枠で放送された。主演は丸山隆平。
キャストの布陣は、いま見返すとかなり壮観である。玉藻京介に速水もこみち、ゆきめに知英、葉月いずなに山本美月、栗田まことに知念侑李、和尚役にマキタスポーツ、美奈子先生に優香、覇鬼に坂上忍、無限界時空に高橋英樹。生徒役には立野広に中川大志、木村克也に吉沢亮、稲葉郷子に松井愛莉、細川美樹に佐野ひなこ。原作にはいないオリジナルの女性教師である高橋律子を桐谷美玲が演じ、物語の視点役を担った。
発表当初の反応は、率直に言えば厳しかった。原作のホラーとしての濃度が、地上波の連続ドラマ枠でどこまで再現できるのかという不安がまずあった。そして、原作の絵柄が持っていた独特のケレン味を生身の役者と特殊効果でどう出すのか、という技術的な懐疑もあった。ネット上には放送前から批判的な声が並んだ。
実際に出来上がったものは、原作の再現よりも、テレビドラマとしての人間ドラマに重心を置いた作りになっていた。学園ものとしての情感を軸に据え、怪異はその触媒として扱う。これは原作ファンの一部には物足りなく映ったが、逆に言えば、ぬーべーという素材が持っていた「教師と生徒の物語」という側面を抽出した判断でもある。怪異を全部落としても教師ものとして成立してしまうくらい、原作の人間ドラマは丈夫だった、ということでもある。
いま振り返って面白いのは、当時まだ十代だった中川大志や吉沢亮が生徒役で出ていることだ。十年後の彼らのキャリアを知ってから見返すと、まったく別の作品に見える。実写版の評価は割れたままだが、キャスティングの先見性という一点だけは誰も否定しない。
二〇二五年、二十六年ぶりに帰ってきた
そして新作アニメである。二〇二四年七月二十一日に制作と放送が公表され、二〇二五年七月二日に第一話と第二話が一時間の枠で放送された。テレビ朝日系列二十四局、毎週水曜の深夜二十三時四十五分から。制作はスタジオKAI。分割二クールの全二十六話で、第二クールは二〇二六年一月七日から。
放送枠が深夜になったのは大きい。一九九六年版が夕方だったのに対して、今回は深夜だ。つまり、あのころ小学生だった世代を主要な視聴者として想定している。同時に、表現の制約が緩む。原作のトラウマ回を、薄めずにやれる可能性が出てきた。発表直後のネット上では、まさにこの点が最大の話題になった。あの回はやるのか、やれるのか、令和の地上波で。はたもんばやAといった屈指の恐怖回の名前が、期待と不安をないまぜにして並んだ。
キャストは、旧作からの続投を含む座組になった。鵺野鳴介は置鮎龍太郎が続投。玉藻京介も森川智之が続投。新しい顔ぶれとして、立野広に白石涼子、稲葉郷子に洲崎綾、細川美樹に黒沢ともよ。ゆきめは加隈亜衣が担当し、第七話「季節はずれの雪女」で登場した。原作より幼めの声色で、純粋さが際立つ演出になっているという評価が出ている。第十六話は「雪女ふたたび」。そして第二クールの第二十四話で、ついにメリーさんが初映像化される。声は斎藤千和。あの回が映像になるという事実だけで、旧世代の読者はざわついた。
第一話の演出で、いちばん話題をさらったのは音だった。旧アニメ版のオープニング「バリバリ最強No.1」が、ぬーべーの携帯電話の着信音として流れたのである。二十九年前の曲が、スマートフォンを持て余す主人公のポケットから鳴る。この一手で、旧作を見ていた世代が完全に落ちた。懐かしい、熱すぎるでしょ、という反応がSNSに溢れ、関連ハッシュタグはトレンドの一位に上がった。
現代化の手つきも慎重だった。キャラクターデザインは原作の骨格を保ちつつ、生徒たちはスマートフォンを使い、ぬーべーは機械に手こずる。怪談の伝播経路が口伝えからSNSに変わった時代に、口伝えを前提とした話をどう成立させるか、という問題を、機器の描写で自然に処理している。原作を尊重しつつ現代に落とし込んでいる、という評価が多かったのは、この匙加減のおかげだろう。
主題歌も現代の布陣になった。第一クールのオープニングとエンディング、第二クールのそれぞれに、いまのシーンで活動するアーティストが起用されている。放送枠、キャスト、音楽、すべてが「あのころの子どもがいま大人になって見る」という前提で組まれている。単なるリメイクではなく、記憶の回収作業として設計されたリバイバルだ。
なぜ、この作品が教科書になったのか
ここまで書いてきたことを、最後に束ねておきたい。ぬーべーが日本の学校怪談の教科書になった理由は、私が数えたところ五つある。順番に、地の文で説明する。
第一に、供給量と同時性だ。週刊連載で六年間、二百七十六話。これだけの量の怪談を、全国の同世代に同じ日に配りつづけた媒体は、当時ほかになかった。怪談は、翌日の教室で共有されて初めて怪談になる。ジャンプはその共有を毎週保証した。児童書は読んだ子と読んでない子がいる。テレビは見た子と見てない子がいる。ジャンプは、少なくとも教室に一冊は必ずあった。
第二に、ビジュアルの決定力だ。口伝えの怪談は、聞いた人間の頭のなかでそれぞれ違う姿になる。それが本来の姿だった。ところが岡野剛の絵が入った瞬間、全員の頭のなかの映像が統一される。テケテケはこの絵、はたもんばはこの絵。多様な地域変種を持っていた話型が、一枚の決定版に収束していく。伝承の研究者から見れば貧困化だが、恐怖の伝達効率という一点では、これ以上ない強化だった。
第三に、実在の材料を使い切ったことだ。呪文には本物の経文を持ってきた。七人ミサキの定員制も、海難法師の見てはいけないという禁忌も、伊豆諸島や四国に実際に伝わる形をほぼそのまま使った。花子さんの三という数字も、赤い紙青い紙の選択の構造も、実在の話型を骨格として保持している。子どもは、その本物っぽさを敏感に嗅ぎ取る。取材の厚みが恐怖の説得力に直結していた。
第四に、怪異に理由を与えたことだ。この作品の妖怪は、意味もなく襲ってこない。てけてけは自分の失った下半身を探している。赤いチャンチャンコはいじめで死んだ。メリーさんは自分がされたことを反復している。口裂け女は、そもそも噂を立てた側の暴力の産物だった。妖怪を作るのは人の心だ、という作中の一句が、全編を貫く方針になっている。この方針のおかげで、読者は怖がるだけでなく、考えることを要求される。怖い話が、倫理の教材として機能した。
第五に、そして最も重要なことだが、読者を怪異の側に接続してしまったことだ。ブキミちゃんは読者に道順を覚えさせる。花子さんは読者の学校のトイレに接続する。Aは読者の下校路に立つ。メリーさんは読者に時計を持たせる。これらは全部、漫画を閉じたあとに作動する仕掛けだ。ぬーべーの怖さは、読んでいるあいだの怖さではない。読み終わって、電気を消して、布団に入ってから始まる怖さだ。
だから三十年経っても、みんな覚えている。あれは記憶ではなく、身体に入った条件反射だからだ。ベッドから足を下ろすときの一瞬のためらい。夜の廊下で背後を振り返らない習慣。トイレの三番目の個室を無意識に避けること。そういう形で、九〇年代の子どもの身体には、いまだにぬーべーが住んでいる。
学校怪談は、本来なら卒業とともに終わるはずのものだった。校舎を出れば、七不思議は他人事になる。ところがぬーべーを通過した世代は、卒業しても終わらなかった。二〇二五年の深夜に、二十九年前の主題歌を着信音で聞いて震えている四十代がそれを証明している。
あの左手は、まだ何かを封じている。
褒めるだけじゃ信用ならないので、弱点から書く
ここからは、本編で触れきれなかった論点を、もう少し粘っこく掘り下げていく。全部読んだ人だけが得をする種類の話だ。
まず、ぬーべーという作品の構造的な弱点から始めたい。褒めるだけの記事は信用ならないので、先に欠点を並べる。
この作品の最大の弱点は、連載が長期化するにつれてバトル漫画に寄っていったことだ。前半は一話完結のオムニバスで、毎回違う怪異が出てきて、毎回違う人間の悲しみが処理される。これが本当に美しかった。ところが中盤以降、玉藻京介との因縁が長期化し、大物妖怪との連戦が増え、鬼の手の強化イベントが挟まるようになる。ジャンプという媒体の重力が働いた、と言えばそれまでだが、怪談としての濃度は確実に薄まった。
これは責められない。週刊連載で毎回新しい怪異を発明しつづけるのは物理的に不可能だからだ。日本の学校怪談のストックには限りがある。有名どころは連載の前半三分の一でほぼ使い切ってしまう。花子さん、てけてけ、口裂け女、人体模型、七人ミサキ、赤いちゃんちゃんこ。この主力打線が一巡したあと、作品はどこへ行けばいいのか。選択肢は三つあった。マイナーな地方伝承を掘りに行くか、オリジナルの怪異を発明するか、キャラクター間の関係性ドラマに移行するか。
ぬーべーは、三つ全部をやった。海難法師や七人ミサキのような、当時の一般的な知名度がそれほど高くなかった伝承を後半で持ってきたのは、明らかに一つ目の路線だ。メリーさんのように名前だけ借りて中身を作り替えたのは二つ目。そして玉藻との関係やゆきめとの恋愛は三つ目にあたる。この三方向の同時進行が、結果として作品の寿命を伸ばした。ただし、初期の純度の高い怪談を求めていた読者にとっては、散らかったように見えた面もある。単行本で二巻あたりばかりが語られ、二十巻台の話があまり話題にならないのは、この構造が原因だ。
次に、怪談を漫画にすることの功罪について、もう少し正面から考えたい。
民俗学の立場から言えば、ぬーべーがやったことは伝承の破壊である。テケテケの項で書いた通り、上半身だけの怪異には地域ごとに固有の名前があった。パタパタさん、コトコトさん、カタカタ、肘かけババア、肘子さん。それぞれの土地の音韻と生活感覚のなかで育った呼び名だ。これらは記録されないまま、テケテケという一語に吸収されて消えていった。ぬーべーが単独犯ではないにせよ、実行犯の一人であることは間違いない。
けれど、こうも考えられる。伝承は、変わらなければ死ぬ。地域の口伝えだけに依存していた怪談は、地域社会の解体とともに消える運命にあった。九〇年代というのは、子どもの遊び場が路地から屋内に移り、地縁が薄くなり、口伝えの回路そのものが細っていった時期だ。その回路が切れる直前に、ジャンプという新しい配管が接続された。伝承は形を変えたが、生き延びた。名前は一つに統一されたが、テケテケという怪異そのものは、いまも中学生が知っている。
どちらの評価が正しいかは、たぶん決まらない。ただ、はっきりしているのは、ぬーべー以後の学校怪談は、ぬーべー以前には戻れないということだ。あの絵を見てしまった人間は、自分だけのテケテケを想像できない。
三つ目に掘りたいのは、教師という主人公の異様さについてだ。
ぬーべーは二十五歳の小学校教師である。妻子はいない。給料は安い。特別な地位もない。にもかかわらず、彼は毎回、命懸けで生徒を守る。しかも守り方が徹底していて、自分の左手に地獄の鬼を封じ、恩師の魂を犠牲にしたまま日々を生きている。この設定を素直に受け取ると、かなり過酷な話だ。
九〇年代半ばというのは、学校をめぐる空気が悪化しはじめた時期でもあった。いじめが社会問題として大きく報じられ、教師への不信が語られるようになっていた。そのタイミングで、絶対に生徒を裏切らない教師像を毎週提示しつづけたことの意味は小さくない。ぬーべーは能力が高いから信頼されるのではない。生徒のためなら自分の身体を平気で差し出すから信頼される。赤いチャンチャンコの回でも、メリーさんの回でも、彼が最終的に使う武器は鬼の手ではなく、相手の痛みを引き受ける態度の方だ。
とくにメリーさんの決着は象徴的だった。彼は彼女を倒さない。自分も同じように異能ゆえに疎まれてきた、と告白する。つまり、加害者の側に自分を並べることで解決する。少年漫画の主人公が、敵を殴らずに自分の傷を見せて終わる。当時これがどれだけ異質だったかは、同時期のジャンプの誌面を思い出せばわかる。
そして、ここが重要なのだが、この態度は現実の教師には実行不可能である。ぬーべーは記憶を消せるから、子どもを日常に戻せる。現実の教師にはその機能がない。この作品が示した理想の教師像は、超能力とセットでしか成立しない。あの優しさは、フィクションの装備込みの優しさだ。そこを踏まえずに「先生はぬーべーみたいであるべきだ」と言い出すと、たぶん誰かが潰れる。作品の美点をそのまま現実に持ち込めない、という但し書きは、大人になった読者が引き受けるべき部分だと思っている。
四つ目に、恐怖の技術論をもう少し細かく分解しておきたい。
ぬーべーの恐怖演出には、はっきりした型がある。まず日常のディテールを積む。給食、掃除当番、放課後の教室、下駄箱。読者が自分の学校生活と重ねられる材料を先に置く。次に噂を導入する。誰かが「知ってる?」と言う。この時点ではまだ笑い話の温度だ。そして噂の裏づけとして、一件目の被害が出る。ここで温度が変わる。ここまでを、たいてい前半で済ませる。
後半は追跡だ。標的が決まり、逃げ場が絞られていく。この段階のコマ割りが巧妙で、逃げる側の視点で細かく割ったあと、追う側を大ゴマで一発置く。この落差でリズムを作る。そして、いちばん大きな一撃を見開きで出す。赤いチャンチャンコの顔、海難法師の塊、人食いモナリザの口。読者がページをめくるという物理動作を、そのまま驚愕のトリガーに転用している。漫画という媒体でしかできない仕掛けだ。
最後に処理がある。鬼の手で祓う。あるいは封じる。そして怪異の背景が語られる。ここで読者の感情は恐怖から哀れみに切り替わる。この切り替えがあるから、読後感が単なる不快で終わらない。もし恐怖のまま終わっていたら、子どもは二度目を読まなかっただろう。哀れみのフックがあるから、怖いのにまた読んでしまう。中毒性の設計として、実によくできている。
さらに言えば、この処理には安全弁としての機能もあった。子どもの心の耐久度を考えると、恐怖だけを毎週浴びせるのは危険だ。哀れみと納得で着地させることで、恐怖体験を物語として消化可能な形に変換している。ホラーとしての強度を最大化しながら、子ども向け媒体としての責任も果たす。この二兎を追ったバランス感覚こそが、他の学校怪談コンテンツとぬーべーを分けた一線だった。
五つ目に、ぬーべーが提示した「怪異の分類学」について。
作中の敵は、大まかに四つの層に分かれている。一つ目が、古典的な妖怪。化け猫、雪女、天狗、鬼。文献に記録があり、江戸期以前から存在が確認できる層だ。二つ目が、土着の怪異。はたもんば、七人ミサキ、海難法師のような、特定の土地に紐づいた、全国的な知名度はさほど高くない層。三つ目が、現代の都市伝説。口裂け女、テケテケ、人面犬、花子さん、メリーさん。戦後、とくに七〇年代以降に発生した層。そして四つ目が、生身の人間。Aがその代表で、そこに寄生虫のような生物学的な脅威も含まれる。
面白いのは、この四層が作中で明確に格付けされていないことだ。古典妖怪だから強い、都市伝説だから弱い、といった序列がない。むしろ、読者が最も怖がったのは四つ目の層、つまり人間だった。妖怪より人間の方が怖い、という結論に子どもを導く構成になっている。妖怪漫画の顔をして、最終的に人間を見ろと言ってくる。
この四層構造は、その後の日本のホラー作品にかなり広く受け継がれている。妖怪と都市伝説と人間を同じ地平に並べて扱う、という発想は、九〇年代以前にはそれほど一般的ではなかった。妖怪は妖怪の作品に、都市伝説は都市伝説の作品に、猟奇犯罪は猟奇犯罪の作品に、それぞれ棲み分けていた。ぬーべーはそれを一つの教室に全部放り込んだ。以後のホラー作品が当たり前のようにやっている混在は、この作品が地ならしした土地の上で行われている。
六つ目、そして最後に、二〇二五年のリバイバルが持つ意味について書いておきたい。
深夜枠での新作アニメ化というのは、単なる懐古企画ではない。あの作品を子どものときに浴びた世代が、いま社会の中核にいるという事実の反映だ。四十代になった元小学生が、深夜に酒を飲みながら、二十九年前の着信音に震える。これは消費というより、供養に近い。自分のなかに残っている傷を、もう一度、今度は大人の目で確認しに行く行為だ。
そして見逃せないのが、この作品が「当時と同じ怖さ」を再現しようとしていない点だ。生徒たちはスマートフォンを持っている。噂は口伝えではなくSNSで回る。花子さんを呼び出す前に検索してしまう時代だ。怪談の生態系が根本から変わってしまった環境で、ぬーべーの怪異はどう成立するのか。この問いを、二〇二五年版は正面から引き受けている。
答えのひとつは、たぶん、閉じられた場所の復権だろう。情報がいくら流通しても、夜の学校の廊下は暗い。トイレの三番目の個室は、開けるまで中が見えない。ベッドの下は、検索できない。スマートフォンの光が届かない場所は、いまも同じ量だけ残っている。学校怪談が扱ってきたのは情報ではなく、この物理的な暗がりの方だった。だから成立する。
そして第二クールでメリーさんが初めて映像化されるという事実は、この作品の三十年をきれいに閉じる。あの回は、原作でも最強のトラウマとして語り継がれ、一度も動く絵にならないまま伝説になっていた。二〇二六年一月からのクールで、ついにそれが動く。旧世代の読者にとって、これは自分の記憶が正しかったかどうかの答え合わせでもある。あんなに怖かっただろうか。あんなに悲しい話だっただろうか。
たぶん、両方とも記憶より少しだけ強い。子どものときに感じた恐怖は誇張されがちだが、ぬーべーに関しては逆のことが起きる。大人になってから読み返すと、いじめの描写も、孤立の描写も、当時わからなかったぶんだけ鋭く刺さる。子どものときは絵が怖かった。大人になると話が怖い。同じページで二度殴られる作品というのは、そう多くない。
学校の怪談というジャンルは、結局のところ、子どもが自分の生活圏の恐ろしさを言葉にするための装置だった。理科室が怖い、夜の廊下が怖い、あの先生が怖い、あのクラスの空気が怖い。名指しできない不安に、テケテケや花子さんという名前を与えて、扱えるサイズにする。ぬーべーは、その装置に絵と物語と理屈を与えて、全国配布した。だから教科書になった。
そして教科書というのは、忘れるためではなく、身につけるために読むものだ。三十年経っても、夜の廊下でうしろを振り返らない癖が抜けない人が大勢いる。あれは、ちゃんと身についた証拠である。
