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誰もいない印刷室で輪転機が回り続ける――ガリ版から令和のペーパーレスまで、学校でいちばん語られなかった部屋の怪談

放課後の校舎で、いちばん最初に「あれ?」と思う音がある。廊下の奥から、規則正しく、ガシャン、ガシャン、ガシャンと鳴る音だ。あれは何かと聞かれたら、たいていの日本人は答えられる。印刷機だ。輪転機だ。学校で育った人間の耳には、あの音が焼き付いている。

そして学校の怪談というジャンルの中で、この音はずっと過小評価されてきたと思う。花子さんがいて、ベートーヴェンの肖像画が目を動かして、人体模型が夜な夜な散歩する。その横で、印刷室はずっと黙っていた。黙ったまま、回っていた。

今回はそこを掘る。誰もいない印刷室で回り続ける輪転機の話。刷り上がった束に混じる知らない文字と顔の話。インクの匂いにまつわる禁忌の話。そして、そもそもなぜ印刷室が怖いのか、という話。ガリ版の歴史から令和のペーパーレス化まで、全部まとめて引きずり出す。

まず、いちばん流通している形をそのまま置く

いちばんよく聞く形はこうだ。語り手はたいてい中学生か高校生で、部活の居残りをしている。時刻は午後六時から七時のあいだ。冬なら外はもう真っ暗で、夏なら西日がまだ廊下の床にべったり残っている。この「どちらでも成立する」というのがこの怪談の強いところで、季節を選ばない。

主人公は顧問に頼まれて職員室に何かを届けに行く。あるいは忘れ物を取りに行く。ルートの途中に印刷室がある。印刷室というのは、たいていの学校で職員室のすぐ隣か、同じ階の少し奥まったところにある。ここが第一の仕掛けだ。生徒にとって印刷室は、通り道であって目的地ではない。

その日、印刷室のドアの下から光が漏れていた。すりガラスの入った引き戸で、中の蛍光灯がついていると、床に細長い明かりの帯ができる。そして音がしていた。ガシャン、ガシャン、ガシャン。等間隔で、機械が回っている音。

「先生、まだ残ってるんだ」

主人公はそう思う。ここが大事だ。この怪談の主人公は、最初の段階でまったく怖がっていない。むしろ安心している。誰かがいる、という安心だ。

引き戸に手をかける。ここで語りのテンポが一段落ちる。引き戸はたいてい重い。学校の建具はどこも重い。ガラ、と引くと、蛍光灯の白い光と、あの匂いが一気に出てくる。インクの油の匂いと、紙を大量に積んだときのあの粉っぽい匂いが混じったやつだ。

中には誰もいない。

でも輪転機は回っている。給紙台の紙が一枚ずつ吸い込まれて、ドラムが回って、排紙トレイにパタン、パタンと落ちていく。誰も操作していないのに。誰も紙を足していないのに。

主人公は最初、タイマーか何かだと思う。予約印刷でもかかってるのかな、と。近づいて、排紙トレイに積まれた紙を一枚取る。ここでバージョンが分かれるのだが、いちばん多いのは「まっさらな紙が刷り上がってくる」というやつだ。何も印刷されていない、真っ白な紙が、印刷済みとして次々に吐き出されている。

その次の一枚に、線がある。

さらに次の一枚に、その線が少し増えている。次の一枚、また増える。パラパラ漫画みたいに、一枚ずつ何かの輪郭が完成に近づいていく。主人公はそこで手が止まる。止まるのだが、しかし次の一枚をめくる。これが怪談の作法だ。人間は必ずめくる。

輪郭が顔になったところで、主人公は紙を全部その場に落として逃げる。翌朝、印刷室に行くと、排紙トレイは空で、機械の電源も落ちている。使用簿には前日の記録が一件もない。

これが基本形。細部は語り手によっていくらでも変わるが、骨格はほぼこれで固定されている。無人の音、境界的な部屋、そして「見てしまう」という決定的な一手。

誰もいないのに音がする、という話型の中でも印刷室は少し特殊だ

学校の怪談を大量に浴びてきた人ならすぐ気づくと思うのだが、「誰もいないのに音がする」は最頻出の型だ。音楽室のピアノ、体育館で跳ねるボール、放送室から流れる校内放送、家庭科室で舞う包丁。民俗学者の常光徹は一九九〇年前後から子どもたちの語る怪談を大量に集めていて、特別教室に怪異が集中することを繰り返し指摘している。利用時間が限られていて、特殊な道具があって、独特の匂いと音がある部屋。そこが選ばれる。

ただ印刷室には、音楽室や理科室にはない条件がひとつある。そもそも生徒が入れないのだ。

音楽室は授業で使う。理科室も使う。家庭科室も使う。放送室は放送委員が使う。ところが印刷室は、多くの学校で「教職員専用」だ。鍵は職員室で管理されていて、生徒が勝手に入ることはまずない。生徒会や新聞部が使わせてもらえる学校もあるけれど、その場合も必ず教員が立ち会う。つまり印刷室は、生徒にとって校舎の中にありながら、原理的に立ち入れない部屋なのだ。

学校というのは基本的に、生徒に対して開かれている建物である。教室も体育館も校庭も図書室も、生徒のためにある。その中に一箇所だけ、はっきりと「あなたは入れません」と書かれた部屋がある。しかもその部屋からは、毎日のように、自分たちの手元に届く紙が生産されている。テストも、学級通信も、進路の資料も、全部そこから出てくる。

見えない場所で、自分に関する紙が刷られている。この構造は、それだけでもう十分に不気味だ。怪談はその不気味さの上に乗っかっているだけで、土台のほうは実在する。

変異型その一――束に混じる「知らない顔」

地域によって、この怪談はかなりはっきり形を変える。ここからは代表的なものをひとつずつ、独立した話として書いていく。

まず、東日本の中学校を中心に語られる型。これは「白紙が刷り上がる」型よりも生々しい。

放課後、担任に頼まれて、生徒が二人で印刷室に行く。学級通信を人数分刷って、教室まで運ぶ役だ。この時点でもう「二人」という条件がついているのがポイントで、この型では最初から複数人がいる。ひとりだと逃げてしまって話が終わるからだ。

印刷は問題なく終わる。三十六枚。クラスの人数ちょうど。二人で数えて、輪ゴムでまとめて、教室に持って帰る。

翌朝、担任が配る。ところが一枚足りない。いや、正確には足りるのだが、最後の一人に配ろうとしたときに、担任の手が止まる。

その一枚だけ、印刷が違う。

文章のレイアウトは同じ。日付も同じ。ところが、通信の余白――普通なら何も入っていない右下のあたりに、うっすらと灰色の影がある。孔版印刷特有の、インクが薄く抜けたようなかすれた影で、目を細めるとそれが顔に見える。正面を向いた、輪郭のはっきりしない顔。目にあたる部分だけがやけに黒い。

担任はその一枚を折りたたんで、自分のポケットに入れる。「これは印刷ミスだから」と言って、別の紙に手書きで書き直して配る。生徒たちはその日から、その先生が印刷室に行くとき妙に急ぐようになったことに気づく。

この型のいちばん怖いところは、怪異が「一枚だけ」に宿るところだ。三十六枚のうち三十五枚は完全に正常で、一枚だけがおかしい。しかもその一枚は、ちゃんとクラスの人数分の中に混ざっていた。つまり、その日その教室に、紙の上で一人多かったことになる。

学校の怪談の古典に「人数が一人多い」という型がある。写真に一人多い。点呼をすると一人多い。班分けをすると一人余る。東北には座敷童が体育の授業に混ざっていて点呼で一人多かった、という古い伝承もある。印刷室の怪談は、これを紙の枚数に置き換えている。実によくできている。

変異型その二――刷ってはいけない原稿

西日本、特に近畿から中国地方にかけての高校で聞く型がこれだ。こちらは「原稿」のほうに焦点がある。

印刷室の作業台の引き出し、あるいは棚のいちばん下の段に、封筒に入った原稿が一部ある。表には何も書かれていない。ただ、封筒が古い。中の紙も黄ばんでいて、明らかに何十年か前のものだ。

この原稿には、代々の教員のあいだで申し送りがある。「あれは刷るな」と。

なぜ刷ってはいけないのかは、誰も説明しない。説明できる人はもう学校にいない。ただ、前任者から後任者へ「あの引き出しの封筒だけは触るな」とだけ伝わっている。異動の多い公立学校で、この伝言だけが何代も生き延びている、という設定がじわじわ怖い。

そこに新任の教員が来る。四月。まだ勝手がわからない。夜、ひとりで印刷室にいて、明日の授業のプリントを刷っている。引き出しを開けて、封筒を見つける。中を見る。手書きの原稿だ。ガリ版の蝋原紙を使った、鉄筆の跡が残っている古いやつ。

文字が読める。読めるのだが、意味がとれない。名前の羅列に見える。縦にずらっと、二十いくつの名前が並んでいる。日付らしきものが上に一行。

新任教員は、ふと思う。これを刷ってみたらどうなるんだろう、と。悪意はない。純粋な好奇心と、少しの疲労と、深夜特有の判断力の低下。

このバージョンで印刷機に原稿をセットするところの描写がやたら丁寧なのが特徴で、語り手はほぼ必ず「製版の音」に触れる。デジタル孔版印刷機は、原稿を読み取ってから、サーマルヘッドでマスターに孔を開ける。この製版のあいだ、機械の中でジー、ジー、という細かい音が続く。それから使い終わった古いマスターが排版ボックスに送られて、新しいマスターがドラムに巻き付く。この一連の動作に十数秒かかる。その十数秒が、この話ではやたら長い。

そして試し刷りが一枚出てくる。名前が並んでいる。ただし、原稿と枚数が合わない。原稿には二十いくつの名前があったはずなのに、刷り上がった紙には、いちばん下に一行、余分な名前が増えている。

その名前は、いま印刷ボタンを押した本人の名前だった。

翌朝、教員は普通に出勤してくる。何事もなかったように働く。ただ、その年度の終わりに、学校を辞める。理由は誰にも言わない。そして引き出しには、封筒が元通りにしまわれている。中の原稿には、名前が一行増えている。

この型は「見るな」の禁忌譚と「名簿もの」の合成だ。学校の怪談は名簿と相性がいい。名簿というのは、その集団に誰が属しているかを確定する装置だからだ。そこに名前が載るというのは、そちら側に移籍させられるということになる。

変異型その三――消えた学級通信

これは体験談として語られることが多い型で、怪異らしい怪異が出てこないぶん、かえって後を引く。

ある教員が、学級通信を毎週出していた。第一号から通し番号を打っていて、年度末には四十号を超える。ある年、卒業生が同窓会でその通信のファイルを持ってきた。全部残していた、という話になって、みんなで回し読みする。

そこで、誰かが気づく。番号が飛んでいる。二十七号がない。

教員も覚えていない。自分で作ったはずなのに、二十七号だけ内容が思い出せない。ファイルにも綴じられていない。他の卒業生に聞いても、誰も二十七号を持っていない。全員が持っていないということは、そもそも配られなかったということになる。

だが番号は飛んでいる。二十六号の次が二十八号で、二十八号の冒頭には「先週お知らせしたとおり」と書かれている。何をお知らせしたのかは、二十七号を見ないとわからない。

ここで話が終わるバージョンと、続きがあるバージョンがある。続きがあるほうでは、数年後、その教員が別の学校に異動して、印刷室で新しい印刷機の排版ボックスを開ける機会がある。使い終わったマスターがぐしゃぐしゃに詰まっているあの箱だ。

そこに、見覚えのあるレイアウトのマスターが一枚混じっている。マスターというのは、薄い和紙に樹脂フィルムを貼ったもので、孔が開いた部分が透けて見える。光にかざすと、文字が読める。

二十七号だった。

学校が違う。印刷機も違う。年度も違う。それでも、そこにある。

この型が優れているのは、怪異が「欠落」の形をとっているところだ。何かが出てくるのではなく、何かがない。しかし番号が飛んでいるという事実だけが、そこに何かがあったことを証明し続ける。

変異型その四――輪転機に巻き込まれた先生

この型は明らかに古い。手回しの謄写輪転機が現役だった時代を舞台にしている。だから語り手は、たいてい自分の体験ではなく「祖父から聞いた」「昔この学校にいた先生が言っていた」という形で語る。

昭和三十年代か四十年代。学校には宿直がある。教員が交代で校内に泊まり込む制度で、戦前は御真影や勅語謄本の警備が主任務だった。戦後もしばらく残っていて、地域によっては昭和四十年代後半まで続いた。宿直室があって、布団があって、当番の教員はそこで夜を明かす。

その夜、当番の若い教員が印刷室にいた。翌日のテストを刷っていた。手回しの輪転機だ。ハンドルを回すとドラムが回転して、原紙の孔からインクが押し出される。一分間に何十枚か。ひたすら回す。

ここからは複数の細部バリエーションがあるのだが、共通するのは「袖」だ。ワイシャツの袖か、白衣の袖か、あるいは首に巻いていたタオルか。それが回転部に触れた。触れると、機械は容赦なく巻き込む。回転する軸というのは、布を一度噛むとものすごい速さで引き込む。人間が「あ」と思ってからでは絶対に間に合わない。

翌朝、印刷室で発見される。手回しなのだから、本人が回すのをやめれば止まるはずだ。それがなぜ止まらなかったのか。この話ではそこを説明しない。説明しないから怖い。

そして、この事故があった学校では、それ以来、夜になると印刷室の機械が勝手に回るようになった、というオチがつく。

ここは慎重に書いておきたい。この手の「事故に由来する」という話は、学校の怪談ではめちゃくちゃ定番の説明装置だ。プールの怪談には溺死した子がいる。階段の怪談には転落した子がいる。理科室の怪談には亡くなった先生がいる。ほぼ全部、後付けで足された理由づけである。

実際に検証しようとすると、まず特定の学校名が出てこない。出てきても複数の学校の名前が同時に挙がる。年代も一定しない。「昭和三十年代」と言う人もいれば「戦後すぐ」と言う人もいる。要するに、事故の実在を裏づける具体的な足跡は、ほとんどの場合たどれない。

ただし、機械そのものの危険は本物だ。回転部に巻き込まれる事故は、産業現場では今でも起き続けている労働災害の主要類型のひとつで、挟まれ巻き込まれは死亡事故の上位に居座り続けている。輪転機に限らず、回転する軸に袖や手袋や髪が触れれば、人間の反射神経では止められない。だから「輪転機は危ない」という感覚そのものは、まったく根拠がないわけではない。むしろ、あの機械を実際に触ったことがある大人ほど、この怪談を笑い飛ばせない。

変異型その五――深夜のテスト印刷

最後に、比較的新しい型を。これは平成に入ってから、それも高校の話として広まったものだと思われる。

定期テストの問題は、当然ながら極秘だ。だから印刷は、教員がひとりで、他の教員も帰った時間帯にやることが多い。放課後どころか、夜。人によっては深夜。

その日、数学の教員が深夜零時近くまでかかってテストを刷っていた。印刷機の設定を間違えて、途中で紙詰まりを起こして、やり直して、また詰まって、というよくある展開。ようやく必要枚数が揃って、時計を見たら零時を回っていた。

刷り上がった束を数える。二百四十枚。八クラス分。輪ゴムでまとめて、金庫にしまう準備をする。

そこで、廊下から音がした。

引き戸のガラス越しに、人影が通る。当直の警備員かと思う。声をかけようとして、印刷室のドアを開ける。廊下は暗い。誰もいない。

戻ってくると、印刷機が動いている。

さっき電源を落としたはずなのに、動いている。ドラムが回って、紙が吸い込まれて、排紙トレイに落ちていく。慌てて停止ボタンを押す。押しても止まらない。電源ケーブルを抜く。それでもドラムは、あと三回転くらいしてからようやく止まる。

排紙トレイを見る。刷り上がった紙が二十枚ほど積まれている。テストの問題ではない。

そこには、生徒の答案が印刷されていた。

まだ実施していないテストの、記入済みの答案。名前欄には名前が書かれている。筆跡まで再現されている。全部、そのクラスの生徒の筆跡だ。しかも、点数まで赤ペンで書き込まれている。

数学教員はその二十枚をシュレッダーにかけた。かけたのだが、一週間後の実際のテストで、その二十人の点数が、あの紙に書かれていた点数と一点の狂いもなく一致した。

この型は、印刷室という場所が持つ「まだ生徒が見ていない情報を先に持っている部屋」という性質を、そのまま怪異に変換している。テスト問題は、生徒にとって未来の情報だ。それが刷られている部屋。未来が紙になっている部屋。だから、その部屋がもう一歩踏み込んで「結果」まで刷ってしまう、という飛躍が成立する。

で、この話はいつどこから出てきたのか

正直に言う。印刷室の怪談は、「初出はこれ」と言える一次資料が見つからない。

学校の怪談というジャンルが本格的に整理されたのは一九九〇年前後で、常光徹が『学校の怪談』を出したのが一九九〇年。ここから数年で学校怪談ブームが爆発して、児童書のシリーズが大量に出て、映画になってアニメになった。この時期に定番として固まったのは、トイレ、音楽室、理科室、階段、鏡、二宮金次郎像、プール。印刷室は、この主要ラインナップに入っていない。

つまり印刷室の怪は、ブームの中心にいたことが一度もない。全国区の定番になったことがない。だから「あの本のあの話が発祥」という形で辿れない。

じゃあ存在しないのかというと、そうでもない。個人ブログや掲示板の書き込みを追っていくと、印刷室にまつわる違和感の報告は散発的にずっとある。ただしそのほとんどが、怪談として整形される前の状態、つまり「そういえばあそこ変だったよな」というレベルで止まっている。

これは考えてみれば当然で、印刷室の怪異を体験できる立場の人間が、そもそも少ないのだ。生徒は入れない。教員は入れるが、教員は怪談を積極的に語り広める層ではない。用務員や事務職員も同じ。語り手の母数が圧倒的に少ない。だから話が育たない。

面白いのはここからで、二〇一〇年代以降、この話が急に育ち始めた気配がある。理由はたぶん二つ。ひとつは教員自身がネットで発信するようになったこと。もうひとつは、印刷室が消えかけていることだ。

なくなるものは怪談になる。これは経験則として相当あてになる。宿直室が消えたときも、旧校舎が取り壊されるときも、その直前にその場所の怪談が濃くなる。人間は、失われつつある空間に対して、集中的に物語を注ぎ込む癖がある。

体験談その一――生徒の話

以下は、こちらが集めた話をそれぞれ独立した読み物として並べる。学校名は伏せる。細部は語り手の言い方をなるべく残した。

中部地方の公立中学校、二〇〇〇年代前半。当時三年生だった男性の話。

「僕、生徒会の書記やってて、生徒会だよりを刷るときだけ印刷室に入れてもらえたんですよ。担当の先生が鍵を開けてくれて、機械のセットまでやってくれる。生徒は紙を足すのと、刷り上がったやつを揃えるだけ。それでも当時は嬉しかったですね。あの部屋、なんか特別だったんで」

「三年の二学期だったかな。文化祭の前で、パンフレットを刷るのに何日か通ってたんです。その日は僕ひとりで、先生は職員室で仕事してて、『終わったら呼びに来て』って言われてました。二千枚くらい刷ってたんで、けっこう時間かかるんですよ。給紙台に紙を足しては、また回して、の繰り返し」

「機械の音って、慣れるとリズムになるんです。ガシャン、ガシャン、って。それをずっと聞いてると、なんかトランス状態っていうか、ぼーっとしてくる。で、そのときも僕はぼーっとしてたんですけど、途中でリズムが変わったんですよ」

「ガシャン、ガシャン、ガ……シャン、みたいに。一拍だけ、間が空いた。紙詰まりかなと思って見たら、詰まってない。普通に刷れてる。でもリズムがおかしい。ずっと聞いてるとわかるんですよ、あれ、一枚おきくらいに、変な間が入ってるって」

「それで排紙トレイの紙を確認したんです。ちゃんとパンフレットが刷れてる。刷れてるんですけど、何枚かに一枚、裏面に薄く線が入ってた。片面刷りなのに、裏に。指でこすったらインクが伸びたんで、あ、これインクだなって。裏写りかなとも思ったんですけど、裏写りってもっとぼんやりするじゃないですか。あれは線だった。細くて、はっきりした線が、何本か」

「先生を呼びに行きました。先生が来て、見て、『あー、ドラムが汚れてんな』って言って、それで終わり。実際そのあと機械を掃除したら線は出なくなったんで、たぶんそういうことだったんだと思います。思うんですけど」

「僕、そのときに刷った紙を一枚だけ取ってあるんです。線が入ってるやつ。今も持ってる。なんで取っておいたかっていうと、あの線、途中で曲がってるんですよ。ドラムの汚れなら、同じところに同じ形で出るはずでしょ。でもあれ、紙によって曲がり方が違ったんです。一枚ずつ、違った」

体験談その二――教員の話

近畿地方の公立小学校に二十年以上勤めた、五十代の女性教員の話。

「印刷室の話ですか。あります。ありますけど、あれを怪談として話すのはちょっと違う気もしてるんですよね。怖いというより、なんというか、疲れてたんだと思うんです、私が」

「三月でした。年度末って、とにかく刷るものが多いんです。通知表の関係、修了式の資料、次年度の引き継ぎ、保護者向けの案内。全部紙。あの頃はまだ全部紙でした。それで、卒業式の週に、私は夜八時過ぎまで印刷室にいたんです」

「うちの印刷室、職員室の隣なんですけど、あいだに壁があるので音は聞こえないんですよ。だから印刷室にいると、けっこう孤立します。窓は高いところに一枚あるだけで、外は見えない。蛍光灯が二本。片方がちょっとちらつくやつ」

「学級通信の最終号を刷ってました。六年生を送り出す年だったので、思い入れのある一枚でした。子どもたちの名前を全員入れて、一人ずつに一行ずつ書いた。三十四人分。それを刷ってたんです」

「刷り上がったのを揃えてるときに、一枚だけ、紙の質が違うのに気づきました。ざらざらしてる。うちで使ってる更紙とは違う、もっと厚くて、黄ばんだ紙。え、と思って見たら、レイアウトは私の通信なんですよ。同じ。私が作ったやつ。でも、紙が違う」

「それで名前のところを見たんです。三十四人の名前が並んでるんですけど、順番が違ってた。私は出席番号順に並べたのに、その紙では順番がばらばらで、しかも、途中に知らない名前がひとつ入ってた」

「私、その学校に十年いたんですけど、聞いたことのない名字でした。子どもの名前って、担任してなくても全校のはだいたい頭に入ってるじゃないですか。それがない。うちの学校の子じゃない」

「怖いというより、まず自分を疑いました。疲れてるんだ、と。だから一回、職員室に戻ってお茶を飲んで、それからもう一回見に行ったんです。そしたら、その紙がなかった。三十四枚、全部正常。全部同じ紙」

「そのあと、その紙を探したんですよ。何日も。ゴミ箱も見たし、シュレッダーの中身も見た。なかったです。だから私は、見間違いだったんだろうと思ってます。思ってるんですけど、あの名字だけ、いまだに覚えてるんですよね。何年経っても忘れないんです。見間違いなら、なんで忘れないんだろうって、たまに思います」

体験談その三――用務員の話

関東の公立中学校で長く校務員をしていた、七十代の男性の話。この方はいちばんあっさりしていて、そのぶん妙な説得力があった。

「印刷室ね。あそこは変ですよ。うん、変。前から変」

「私は最後の見回りをやってたんです。学校って夜に機械警備が入るでしょ。あれのセットをする前に、一通り回るんですよ。窓の鍵、火の元、あと電気。全部消して回る。三十分くらいかな」

「印刷室はね、電気が点いてることが多かった。いちばん多い。理科室でも音楽室でもなくて、印刷室。なんでかっていうと、先生方が急いで出てくからです。印刷って、途中で放り出すことがあるでしょ。会議の時間が来たとか、子どもが呼びに来たとか。それで電気点けっぱなしで出て、そのまま忘れる。だから点いてる。これは怪談でも何でもない」

「ただね、電源が入ってることがあったんですよ。機械の。それは違う」

「印刷機って、待機中はランプが点いてるだけで音はしないんです。静かなもんです。でも、朝までに冷えるはずのドラムが、翌朝まだ温かかったことがある。二回だけ。二回とも冬でした」

「あと、排版ボックス。使い終わった版を捨てる箱ね、あそこが満杯になってたことがあった。前の日の夕方に空にしたのに。あれ、一回の製版で一枚しか出ないんですよ。満杯になるってことは、何十回も製版したってことになる。誰が。何を」

「先生方に聞きましたよ。誰も刷ってないって言う。刷ってないのに版だけ出てる」

「まあ、機械の誤作動でしょう。そういうこともある。私はそう思ってます。ただね、その箱を開けたとき、版がぜんぶ同じ模様だったんですよ。何十枚も。同じ。孔が開いてる部分が、全部同じ形だった。私は字が読めるほど目がよくないんで、何の版かはわかりません。ただ、細長い形が縦にずらっと並んでるように見えた。名前を書いた紙みたいな、そういう並び方でした」

「怖くはなかったです。あの部屋で怖いと思ったことは一度もない。ただ、あそこだけは、なんていうか、こっちの都合と関係なく動いてる感じがしてね。学校って先生と子どものものでしょう。あの部屋だけは、なんか、機械のものだったな」

体験談その四――事務職員の話

もうひとつ、少し毛色の違う話を。地方の私立高校で事務職員をしていた四十代男性の話で、これは怪異よりも「制度」の話に近い。

「うちの学校、印刷機のカウンターを事務で管理してたんですよ。何枚刷ったか、機械が全部記録してるので、月末にそれを見て、消耗品の発注量を決める。マスターとインクの残りを計算するわけです」

「で、あるとき、カウンターの数字と、実際の紙の減り方が合わなくなった。機械の記録では月に八万枚刷ってることになってるのに、紙の在庫は六万枚分しか減ってない。二万枚の差」

「最初は数え間違いか、紙の納品ミスだと思いました。だから翌月は在庫をきっちり数えた。それでもズレる。しかも今度は三万枚」

「機械の点検を頼みました。業者さんが来て、丸一日かけて調べて、『異常なしです』と。カウンターは正確に動いてます、と」

「じゃあこの二万枚三万枚はどこに行ったんだ、と。誰かが持ち出してるんじゃないかって話にもなって、けっこう嫌な空気になったんですよ。職員のあいだで。誰も何も出てこなかったですけど」

「結局、次の年に機械を入れ替えて、それで終わりました。新しい機械ではズレなかった。だから古い機械の不具合だったんでしょう。そういうことにしました」

「ただね、私が最後まで引っかかってるのは、あの二年間、印刷機のカウンターが減った月が一回もなかったってことなんです。ズレるときは必ず、機械のほうが多い。紙より、機械が多く刷ってる。逆はなかった」

「機械が、記録の上だけで刷ってた枚数。あれ、どこかにあるんですかね」

掲示板とSNSでこの話がどう転がったか

まとめておくと、印刷室の怪はネット上でずっとマイナー枠にいた。オカルト板の洒落怖スレが最も熱かったのは二〇〇五年前後で、その時期に生まれた名作の系譜――八尺様やコトリバコの流れ――に印刷室ネタは入っていない。あの時期の名作は、民俗的な背景を厚く盛って、土地に縛られた怪異を語るのが定石だった。印刷室はその型に乗りにくい。土地の因縁より、機械と制度の話だからだ。

代わりに印刷室の話は、いくつかの小さな水脈で流れ続けてきた。教員が匿名で書く日記系のブログ。学校あるあるを共有するスレッド。あとは、意外なところでは同人誌やZINEの制作者コミュニティだ。近年、リソグラフは印刷所や工房で再評価されていて、あのかすれた質感を目当てに使う人が増えている。彼らは印刷機と長時間ふたりきりになるので、機械の挙動に異様に詳しい。そのコミュニティから「ドラムが変な音を立てた」「刷った覚えのない版が排版ボックスに入っていた」といった報告が上がってくる。

考察側の反応は、大きく三つに割れる。

ひとつめは、この話を「学校怪談の後発型」として位置づける見方。トイレや音楽室といった先発の場所がネタとして飽和したので、まだ手つかずの部屋に怪談が流れ込んだ、という説明だ。実際、放送室や配膳室、機械室といった部屋の怪談も同時期に増えている。空きテナントに新しい店が入るようなものだ、と。

ふたつめは、印刷室に特有の構造を重く見る見方。生徒が入れない、教員だけが入れる、そこから自分たちに関する紙が出てくる。この非対称性が本質だという立場。この説明はかなり強い。実際、生徒が自由に出入りできる学校では、印刷室の怪談があまり育っていないという指摘もある。

みっつめは、単純に機械の誤作動説。これがいちばん現実的で、いちばん退屈で、そしてたぶんいちばん正しい。

反証の話をきちんとしておく

オカルト媒体でこれを書くのはちょっと悔しいのだが、印刷室の怪異のほとんどには、身も蓋もない説明がつく。

まず「勝手に回る」。デジタル孔版印刷機には、アイドリング機能というのがある。インクが固まらないように、一定時間ごとにドラムを空回転させる機種があるのだ。しばらく使っていない機械で最初に製版すると、印刷が薄くならないようにアイドリング動作が入る。これが夜中に自動で起きる設定になっていれば、無人の印刷室で機械が回る。物理的に、普通に、回る。

次に「白紙が刷り上がる」。マスターがドラムから剥がれかけている、あるいは二重巻きになっていると、正しく印刷されない。メーカーのサポート情報にも、マスターの二重巻きという故障が明記されている。ドラムの黒い帯からマスターが剥がれると、機械はマスターが装着されていないと誤認識して、その状態で製版すると二枚目が巻き付く。こうなると印刷はまともに出ない。白紙同然の紙が出ることもある。

「知らない線や模様が混じる」。ドラム表面のインク汚れ、スクリーンに残った前の版の痕、排版が詰まって前のマスターの一部が残っている、給紙ローラーの汚れ。原因はいくらでもある。孔版印刷はトナーを熱で定着させないので、インクが紙の繊維に浸透して乾く。だから前の紙のインクが次の紙の裏に移る裏写りが起きやすい。大量に積み上げれば下のほうほど圧がかかって写る。

「枚数が合わない」。重送だ。紙が二枚まとまって送られる現象で、湿度が高いと頻発する。実際、印刷機を日常的に使っている人はみんな雨の日の重送に悩まされている。逆に乾燥しすぎると静電気でくっつく。学校の印刷室は空調が弱いことが多いので、条件としては最悪だ。

「排版ボックスに覚えのない版が入っていた」。これは複数の教員が同じ機械を使う環境なら、単に誰かが黙って使っただけである可能性が最も高い。

「電源を切ったのに数回転してから止まる」。慣性だ。ドラムは重い。高速で回っているものが電源断で即座に止まるほうがおかしい。

こうやって並べると、怪談として残っている報告のほとんどは、機械の正常な挙動か、よくある故障か、そのどちらかの上に人間の解釈が乗ったものだとわかる。

ただ、それでこの怪談の価値が下がるとは思わない。むしろ逆だ。学校の怪談というのは、そもそも実在の何かを説明するために生まれたわけじゃない。あの部屋に対して人間が抱いている感情を、物語の形で外に出す装置なのだ。だから機械の説明がついたところで、感情のほうは全然解決していない。

ここでガリ版の話をする。堀井新治郎という男

印刷室が怖いのはなぜか、を本気で考えるなら、あの部屋に何があったのかを知る必要がある。だから歴史の話をする。

孔版印刷そのものの原理は、版に細かい孔を開けて、そこからインクを押し出して紙に写す、というものだ。凸版でも凹版でも平版でもない、第四の方式。シルクスクリーンと同じ理屈である。

近代的な謄写器の系譜はエジソンから始まる。彼は一八七〇年代から八〇年代にかけて謄写器と製版方法を確立し、一八八七年にシカゴのエー・ビー・ディック社がライセンスを受けて「ミメオグラフ」の名で発売した。これが世界中に広がった。

日本での展開の主役が堀井新治郎だ。滋賀県蒲生郡の出身で、明治二十六年、一八九三年にシカゴ万博を視察している。翌一八九四年一月、息子の耕造とともに、ミメオグラフの機構をもとにした自作の印刷用品セットを作り上げ、これに「謄写版」と名づけた。同年、東京の神田に謄写堂を構え、蝋原紙に関する特許も取っている。時代は日清戦争。謄写版はさっそく陸軍に採用され、軍の中には謄写版を扱う専門の兵まで置かれたと伝わる。

「謄写版」という名称は、役所で使われていた戸籍謄本の「謄」から来ているという説がある。要するに、公的な複製という位置づけだったわけだ。

一方、現場での呼び名は違った。蝋を引いた原紙をヤスリ盤の上に置いて、鉄筆で削る。このときガリガリと音がする。だから「ガリ版」。この、作業音がそのまま道具の名前になる、という現象が個人的にはたまらなく好きだ。技術ではなく身体感覚が名前になっている。原紙に文字を刻む作業を「ガリを切る」と言った。

一八九八年には単胴式の輪転謄写機が開発される。原紙とスクリーンを一緒に回転させることで印刷を自動化した機械で、ここで「輪転」という言葉が学校に入ってくる。手でハンドルを回すタイプから、電動タイプへ。学校の印刷室にあった機械の直系の先祖はここだ。

昭和の学校と、印刷室と、宿直

戦後、日本の学校でガリ版は爆発的に使われた。一九四七年の学校教育法のもとで、教員が自分で教材を工夫することが奨励される。ところが予算はない。印刷所に外注する金も時間もない。そこで校内で刷れる謄写版が重宝された。

昭和三十年代から四十年代、児童生徒数が急増していた時期、学校は大量の紙を必要とした。テスト、補助プリント、学級通信、行事の案内、保護者への通知。これを全部、教員が自分の手で作った。文部省の教材整備事業でも謄写版は備品として大量に導入されている。

作業は過酷だった。当時を知る人の証言はだいたい似ている。鉄筆は力加減が難しい。強く押せば原紙が破れ、弱ければ字が出ない。手はインクで真っ黒になる。ローラーで手刷りしていた頃は、一分間に一枚刷れれば上等だった。四十人学級のクラス分でも四十分かかる計算になる。学年全部となると、何時間の世界だ。

そこに宿直制度が重なる。戦前の学校では、教員が交代で泊まり込んで、御真影と教育勅語謄本を守るのが最重要任務だった。緊急時の避難経路や運搬方法まで細かく決められていた。戦後、御真影は消えたが、宿直そのものはしばらく残った。地域によっては昭和四十年代後半まで続き、その後は宿直代行員が入り、一九九〇年代後半からは警備会社の機械警備に切り替わっていった。

つまり昭和のある時期の学校には、「夜、校舎の中に大人がひとりだけいる」という状態が制度として存在した。そしてその大人は、暇な時間に何をしていたか。刷っていたのだ。宿直の夜は、ガリを切って、輪転機を回すのに絶好の時間だった。誰にも邪魔されない。印刷室を独占できる。

夜、無人の校舎、ひとりの教員、回り続ける輪転機。この光景は怪談ではなく、実際にあった日常の風景だ。印刷室の怪談は、この実景の上に建っている。だから妙にリアリティがある。

そしてその制度が消えたあと、風景だけが残った。制度が消えて風景だけが残ると、それは怪談になる。

リソグラフが学校を変えた

理想科学工業は、もともと謄写版用インクのメーカーとして出発した会社だ。経営が苦しくなった時期に、家庭用の「プリントゴッコ」を一九七七年に出し、これが大ヒットする。並行して業務用の機械も開発された。

一九八〇年、リソグラフが登場する。当初は製版部と印刷部が分かれた分離型だった。一九八四年に一体型のリソグラフ〇〇七が出て、一九八六年にはデジタル孔版印刷機になる。ここが分水嶺だ。原稿をスキャナで読み取り、サーマルヘッドがマスターに微細な孔を開ける。コピー機と同じ感覚で操作できるようになった。

この機械が一九九〇年代にかけて全国の学校を席巻した。何が変わったか。手が汚れなくなった。速度が桁違いになった。現行機なら毎分二百枚。一枚のマスターで四千枚刷れる。

数字にすると、ガリ版の手刷りの二百倍だ。四十人分に四十分かかっていた作業が、十数秒で終わる。

当然、刷る量が増えた。増えないわけがない。刷るのが簡単になれば人は刷る。学校の配布物は爆発的に増えた。ここは重要なので強調しておきたいのだが、印刷技術の進歩は、学校の紙の量を減らしていない。むしろ増やした。

そして「印刷室」という部屋が、この時期に確立する。ガリ版時代は、機械が職員室の片隅にあったり、教室に持ち込まれたりしていた。デジタル孔版印刷機は大きくて重くて、専用の場所が要る。紙も置かなければならない。インクとマスターの在庫も置く。だから独立した部屋になった。

面白いのは、この部屋がほぼ必ず職員室の近くに配置されることだ。理由は運用上の必然で、教員が頻繁に往復するし、鍵の管理も職員室でやる。結果として、印刷室は「職員室の付属器官」として校舎に埋め込まれた。生徒の動線からは外れているが、生徒の生活には直結している。この配置そのものが、怪談を呼ぶ地形になった。

輪転機の中で何が起きているのか

機械の中身をちゃんと見ておこう。ここを知ってから怪談を読むと、ぜんぜん違う顔になる。

デジタル孔版印刷機の動作は四段階だ。読み取り、製版、印刷、定着。

読み取りでは、スキャナが原稿をなぞってドットのパターンに変換する。パソコンから直接データを送ることもできる。

製版では、マスターにサーマルヘッドの熱で孔を開ける。マスターは薄い和紙に熱可塑性樹脂のフィルムを貼ったもので、熱が当たった部分のフィルムが溶けて孔になる。この孔の並びが版だ。できたマスターはドラムに巻き付けられる。同時に、前に使っていたマスターは剥がされて、排版ボックスに送られる。

印刷では、ドラムが回転する。ドラムは蜂の巣状に孔を開けたステンレスの版胴で、その上に目の細かいスクリーンが巻いてある。ドラムの内側でインクローラーがインクを外へ押し出す。インクは版胴の孔、スクリーン、そしてマスターの孔を順に通って、紙に転写される。

定着はしない。正確には、熱で定着させない。インクは紙の繊維に浸透して、自然に乾く。ヒーターがないので消費電力が少ない。これがコピー機との決定的な違いだ。

この「熱で固めない」というのが、印刷室の匂いの正体でもある。孔版印刷のインクは油性で、ゆっくり乾く。だから刷りたての紙は、しばらく匂いを放ち続ける。学校で配られたプリントの、あの独特の匂い。あれはインクが紙の中でまだ乾いていない匂いだ。

そして「巻き込み」。現行のデジタル機は安全設計が徹底していて、カバーを開ければ止まるし、素手で触れる回転部はほとんど露出していない。ユーザーが触っていい部分は色分けされているほどだ。危険なのは古い機械のほうだった。手回しの輪転謄写機は、回転する軸がむき出しで、そこにハンドルがついている。回すには身を乗り出す必要がある。袖口が触れれば、その先は速い。

回転機械の巻き込みが恐ろしいのは、人間の反応速度で対処できないからだ。布が軸に噛んだ瞬間、腕は引き込まれる。だから作業前に袖をまくれ、手袋をするな、というのが鉄則になっている。今も産業現場では、挟まれ巻き込まれが労働災害の主要類型として上位に居座り続けている。

「輪転機は人を巻き込む」という感覚は、学校の怪談の中では因縁として語られるが、機械の側から見ればただの物理だ。回転体は無差別に、何でも巻き込む。人間の都合とは関係なく。

用務員の男性が言っていた「あの部屋だけは機械のものだった」という言葉を、私はこの文脈で思い出す。

印刷室という部屋の建築的な奇妙さ

改めて印刷室の空間を分解してみる。

窓が小さい、あるいは高い位置にしかない。理由は簡単で、紙とインクを直射日光から守るためと、壁面を棚に使いたいからだ。結果として、外が見えない部屋になる。

床は硬い。機械が重いから、カーペットは敷けない。だから足音が響く。

音が反響する。棚と紙と壁と機械しかないので、吸音するものが少ない。人の話し声が変に響く。

匂いが常駐している。インク、紙、それに古い機械の油。この匂いは換気してもすぐ戻ってくる。壁に染みついている。

そして狭い。たいてい六畳から十畳くらいの部屋に、印刷機が一台か二台、断裁機、丁合機、紙の棚、作業台が押し込まれている。人ひとりが機械の横を通るのがやっと、という学校も珍しくない。

この条件は、実は「怪談が起きやすい部屋」の条件と完全に一致している。外が見えない。逃げ道が一本。音が変。匂いが強い。物が多くて視界が悪い。

さらに、断裁機がある。あれは紙を大量に一気に切る刃物で、学校にある道具の中では相当危険な部類だ。安全カバーがついているとはいえ、あの刃を見て何も感じない人はいない。印刷室には、機械と刃物が同居している。

理科室が怖いのは薬品と人体模型があるからだ、とよく言われる。同じ理屈でいえば、印刷室には回転体と刃物がある。それでいて、理科室と違って、生徒はその部屋の内側を知らない。

知らない部屋の中に、危険な機械がある。これで怖くならないほうがおかしい。

なぜ怖いのか、を整理する

ここまでの材料を組み直して、この怪談の怖さの構造をはっきりさせておきたい。

第一に、無人の音。学校の怪談で最も多い型がこれだ。音は「そこに誰かがいる」ことを意味する信号なのに、行ってみると誰もいない。信号と実体が切り離される。人間の脳は、この切断にものすごく弱い。しかも印刷機の音は規則的で、人間的でない。機械音というのは、意思のない反復だ。意思のない反復が延々と続いている空間には、意思のない何かがいる感じがする。

第二に、境界。印刷室は学校の中にありながら、生徒にとって外部だ。学校という空間の内側にある、立ち入れない場所。民俗学が言うところの、中心から隔たった境界的な場所。ただし従来の境界論とは向きが違う。トイレや理科室は「使えるが不気味な場所」だが、印刷室は「そもそも使えない場所」だ。境界というより、飛び地に近い。

第三に、人型。この怪談では、怪異が人の形を取るとき、必ず紙の上に現れる。顔が刷り上がる。名前が増える。答案の筆跡が再現される。実体としての幽霊が歩き回ることはほとんどない。これは重要な特徴で、印刷室の怪異は「複製される人間」なのだ。人が印刷されている。あるいは、印刷が人になっている。

第四に、人数のずれ。学級通信が一枚多い。名簿に名前が一行増えている。カウンターと在庫が合わない。学校の怪談の古典的な型である「一人多い」が、この怪談では枚数のずれとして現れる。学校は人数を数える場所だ。出席、班分け、配布物、給食。数が合うことで秩序が保たれている。だから数が合わないことは、それだけで秩序の破れになる。

第五に、そして個人的にはこれがいちばん効くのだが、印刷室は「情報が物質になる部屋」だということ。データや原稿や先生の頭の中にあるものが、あの部屋で紙という物質に変換される。まだ誰も見ていない情報が、あの部屋を通って現実になる。テストも、通知も、名簿も、全部そこを通る。

だとすれば、あの部屋から「本来ないはずの情報」が物質として出てくる、というのは、この部屋の機能をそのまま逆向きに使っただけだ。怪異は新しいことを何もしていない。印刷室が普段やっていることを、ちょっとだけ違う原稿でやっているだけである。

これがこの怪談の一番うまくできているところだと思う。

そして印刷室は消えつつある

令和になって、学校の紙が減った。これは体感ではなく、政策として進んでいる。

文部科学省はGIGAスクール構想のもとで校務のデジタル化を推進していて、学校向けのチェックリストまで作っている。保護者へのお便りをクラウドで一斉配信する。アンケートをフォームで取る。職員会議の資料を共有ドライブに置く。小テストを端末で実施する。宿題をデジタルで配って自動採点する。

実際に数字も出ている。職員会議のペーパーレス化に取り組んでいる学校の割合は七割を超え、保護者への配布物をクラウドで一斉配信している学校も半数近い。学級通信や学年だよりを紙で配るのをやめて、クラスの共有プラットフォームに投稿する学校が増えている。給食の献立表も、以前は職員が一日がかりで全家庭分を刷っていたのを、今はPDFで配信して終わりだ。

自治体によっては、印刷機器そのものを整理している。孔版印刷機とコピー機とプリンターを別々にリース契約していたのをやめて、高速の複合機に一本化する。既存の印刷機は撤去する。そうすると、印刷室に置くものがなくなる。

印刷室が消えると何が起きるか。まず物理的に、部屋が別の用途に転用される。教材室になったり、相談室になったり、端末の保管室になったりする。次に、あの匂いが学校から消える。子どもがインクの匂いを知らなくなる。

そして、あの音がなくなる。

放課後の廊下で聞こえていた、ガシャン、ガシャン、という音。あれを聞かずに育つ世代が、もう出てきている。彼らにとって、印刷室の怪談はまったく成立しない。何の音か想像できないからだ。

学校の怪談は、その学校にある物にしか宿れない。二宮金次郎像が撤去された学校では、二宮金次郎像の怪談が語られなくなる。人体模型が骨格標本だけになれば、人体模型の話も消える。宿直室がなくなった学校では、宿直の先生の話が語られない。

印刷室の怪談は、いま、まさにその瀬戸際にいる。この話が本当に怖い最後の世代は、たぶん今の三十代から五十代だ。あの部屋を知っていて、あの音を覚えていて、あの匂いをまだ鼻が記憶している世代。

だからこそ、今ここに書いておきたかった。

消える直前の怪談がいちばん濃い。これは経験則としてかなり信頼できる。

削ろうか迷って、結局ぜんぶ残すことにした話

ここからは総括と、書いているうちに出てきた追加の考察をまとめて置いておく。取材の途中で削ろうかと思ったが、結局こっちのほうが面白いという結論になったので全部残す。

まず、この怪談を追いかけていて何度もぶつかった壁について正直に書く。印刷室の怪談は、他の学校怪談に比べて圧倒的に「型が固まっていない」。トイレの花子さんなら、赤い紙青い紙のバリエーションまで含めて、全国どこでもだいたい同じ骨格で語られる。それは、その話が全国区の商品として流通した歴史があるからだ。児童書になり、映画になり、テレビになった。流通したものは形が固まる。

印刷室の怪談は流通していない。だから形がばらばらだ。白紙が出る話、顔が混じる話、名前が増える話、答案が出る話、通信が消える話。これらを同じ怪談と呼んでいいのかどうか、正直、書きながら何度も迷った。

迷った末に、同じ怪談だと判断した理由がある。すべてのバージョンで、怪異が必ず「紙」を経由しているのだ。声を聞いたとか、影を見たとか、そういう話がほとんど出てこない。印刷室で起きる怪異は、ほぼ例外なく、刷り上がった紙という物証を残す。

これは学校の怪談としてはかなり異例だ。花子さんは声で来る。ベートーヴェンは目で来る。人体模型は動きで来る。テケテケは音と姿で来る。物証を残す怪異は珍しい。

物証があるということは、あとから確認できるということだ。そして確認しようとすると、たいてい消えている。この「一度は手に取ったのに、あとで探すとない」というパターンが、印刷室の怪談には異様に多い。

この構造は、実は怪談の信憑性の作り方として非常に高度だ。目撃だけの話は「見間違いでは」と言われて終わる。物証がある話は「じゃあ見せて」と言われて終わる。ところが「物証があったが失われた」という形にすると、この二つの反論を両方かわせる。語り手は嘘をついていないし、聞き手も検証できない。

もちろん、これは意図的に設計されたわけではないと思う。ただ、この形で語られる話が生き残りやすかった、ということはあるだろう。生き残る話にはそれなりの理由がある。

次に、匂いの話をもう少ししたい。本文でも触れたが、この怪談ではインクの匂いが妙に重要な位置を占めている。禁忌として語られることもある。「印刷室の匂いを吸いすぎると連れて行かれる」「刷りたての紙の匂いを嗅ぐと、次に刷る紙に自分が出る」といった俗信めいた言い方を、複数の地域で聞いた。

匂いというのは記憶と直結している感覚だ。視覚や聴覚の記憶は言語化されて劣化するが、嗅覚の記憶は劣化しにくいし、言語を経由せずにいきなり感情を呼び出す。だから匂いのある空間の怪談は、体験した人にとって異様に生々しくなる。

常光徹と飯倉義之の対話に、示唆的な指摘がある。かつて人は聴覚で不思議を認識することが多かった、という話だ。今の我々は妖怪を視覚で認識する。姿かたちを想像する。だが昔は、音で、匂いで、風の感触で、何かがいることを知った。

印刷室の怪談は、この意味でかなり古い型に属している。音から始まり、匂いが場を支配し、最後に紙という物質が残る。視覚的なクライマックスは、実は「顔が刷り上がる」の一点しかない。それも、はっきりした顔ではなく、かすれた影が顔に見える、という曖昧な形で語られることが多い。

つまり印刷室の怪異は、ちゃんと見えない。見えないまま、他の感覚で存在を主張してくる。これは現代的な怪談としてはむしろ珍しい。ネット怪談は基本的に「はっきり見える」方向に進化してきた。八尺様には身長と服装と口癖がある。きさらぎ駅には駅名と風景がある。姿かたちを詳細に描くことで説得力を出すのが二〇〇〇年代以降のネット怪談の作法だ。

印刷室の怪はその流れに乗らなかった。だからネットで大化けしなかったし、だからこそ古い手触りを保っている。この話がマイナーであることと、この話が古風であることは、同じことの裏表だ。

三つめ。教員という語り手の特殊性について。

学校の怪談の語り手は、基本的に子どもだ。子どもが子どもに語る。そのなかで話は削られ、脚色され、テンポよく整形されていく。口承文芸というのはそういうものだ。

ところが印刷室の怪談は、語り手の相当部分が大人である。しかも職業人だ。彼らは怪談を語り慣れていない。だから話が下手だ。オチが弱い。細部が過剰に細かい。「そのときインクの残量が三分の一くらいで」みたいな、話の筋にまったく関係ない情報が入ってくる。

そして、必ず自分で否定する。「たぶん機械の不具合だと思うんですけど」「疲れてたんでしょうね」「見間違いだと思ってます」。取材した全員がこれを言った。ひとりの例外もなく。

これは職業的な習性だと思う。学校で働く人は、根拠のないことを断言しない訓練を受けている。子どもに対して「幽霊がいる」と言えない立場でもある。だから体験を語りながら、同時にそれを打ち消す。

結果として何が起きるか。話が異様に生々しくなる。断言しない語りのほうが、断言する語りより信じられてしまう、という逆転が起きる。

これは怪談の受容の面白いところで、聞き手は語り手の確信度を無意識に採点している。断言されすぎると警戒する。逆に、語り手が自分で疑っている話は、警戒が下がる。だから印刷室の怪談は、語り手が下手であるほど怖い。

四つめ。もっと構造的な話をする。

学校というシステムは、大量の紙で動いていた。これは比喩ではなく、文字通りそうだった。出席簿、時間割、テスト、通知表、指導要録、学級通信、保護者への案内、行事の資料、進路の書類。教育という営みの実体の大半は、紙のやりとりだったと言っていい。

そしてその紙は、全部あの部屋から出ていた。

印刷室は、学校というシステムの心臓だったのだ。血液を送り出すポンプ。だから職員室の隣にある。だから鍵がかかっている。だから生徒が入れない。

心臓室が怪談の舞台になる、というのは考えてみればすごく自然なことだ。システムの中心には、そのシステムの秘密が集まる。テストの問題も、成績も、進路の資料も、あの部屋を通る。生徒にとって最も重要な情報が、生徒の見えない場所で紙になっている。

生徒が印刷室に対して抱く感情を、正確に言葉にするならこうなると思う。あの部屋には、自分についての何かが集まっている。

この感覚を持ったとき、人はその場所に怪異を見る。怪談というのは、そういう感覚を処理するための装置だ。説明できない不安を、物語という扱いやすい形に変換して、友達に話せるようにする。「あの部屋なんか嫌だ」では話が続かない。「あの部屋には出るらしい」なら、話が続く。

だから怪談があることは、その空間に対する集団的な感情が存在することの証拠になる。印刷室の怪談があるということは、印刷室に対して人々が何かを感じていたということだ。それは怖さかもしれないし、憧れかもしれないし、疎外感かもしれない。

先ほど紹介した生徒会書記の男性は、印刷室に入れることを「当時は嬉しかった」と言っていた。この感情は無視できない。印刷室に入れる、というのは、大人の側に一歩踏み込むことだったのだ。新聞クラブに入ってボールペン原紙を渡された小学生が、禁断の空間に堂々と出入りできることにわくわくした、という証言もある。

つまり印刷室は、恐怖の対象であると同時に、特権の対象でもあった。この両義性が、境界的な空間の特徴そのものだ。境界は危険であり、同時に力の源でもある。

五つめ。技術の変化が怪談の形をどう変えたか。

ガリ版時代の怪談は、身体的だ。鉄筆を握る手、ガリガリという音、インクで汚れた指、ハンドルを回す腕。怪異も身体に襲いかかる。巻き込まれる、引き込まれる。

デジタル孔版時代の怪談は、情報的だ。刷り上がった紙に知らない文字が混じる、名簿に名前が増える、カウンターと在庫が合わない。怪異は身体ではなく、データに触れてくる。

これは面白い変化だと思う。機械が身体を要求しなくなった時点で、怪異のほうも身体を諦めた。代わりに、機械が扱うようになったデータのほうに移動した。

さらに言えば、ペーパーレス時代の学校怪談がどうなるかも、この延長で予想がつく。出席簿がアプリになれば、アプリの中で出席が書き換わる話になる。実際、そういう作品はすでに書かれている。誰も操作していないのに欠席が出席に戻り、ログには自分の名前だけが残る、という形だ。

怪異は、その時代のインフラに宿る。井戸があれば井戸に出た。トイレが汲み取りなら便所に出た。電話が普及すれば電話が鳴った。学校が紙で動いていれば紙に出た。学校がクラウドで動くならクラウドに出る。

そう考えると、印刷室の怪談が消えていくのは、負けたからではなく、引っ越したからだ。同じ怪異が、新しい住所に移っている。

六つめ。最後に、この怪談を今語ることの意味について書いておく。

正直に言えば、印刷室の怪談を回収して回るのは、かなり急ぎの仕事だと思っている。あと十年もすれば、印刷室で働いた記憶を持つ現役の教員がほとんどいなくなる。孔版印刷機の音を知らない管理職が普通になる。そうなったとき、この怪談は「昔そういう部屋があったらしい」という前置きなしには通じなくなる。

前置きが必要になった怪談は、もう怪談として機能しない。説明を聞いてから怖がることはできないからだ。

だから今のうちに書く。あの部屋の広さ、あの蛍光灯のちらつき、あの匂い、あの音、あの手触り。それを覚えている人がまだいるうちに、なるべく細かく。

そしてもうひとつ。印刷室の怪談は、教員という職業の孤独を記録した資料でもあると思う。

取材した教員の話には、共通して夜がある。年度末の夜、テスト前の夜、卒業式前の夜。彼らは全員、ひとりで印刷室にいた。窓のない部屋で、機械の音を聞きながら、大量の紙を刷っていた。それは仕事であって、同時にほとんど儀式だった。

昭和の宿直の教員も、令和の年度末の教員も、同じ部屋で同じことをしている。ハンドルを回すか、ボタンを押すかの違いだけで、やっていることは同じだ。夜、誰もいない校舎で、明日子どもに渡すものを作っている。

この光景に、人が何かを見てしまうのは当然だと思う。というより、見てしまわないほうが不思議だ。あれだけの時間、あれだけの孤独、あれだけの反復音。人間の脳は、そういう条件下で必ず何かを見る。

怪異が本当にいたかどうかは、正直どうでもいい。あの部屋にいた人が、何かがいると感じるだけの時間をあそこで過ごした。その事実のほうが、よほど確かで、よほど重い。

だから最後にこう言っておく。もしあなたの学校にまだ印刷室があるなら、そして放課後にあの音が聞こえたら、一回だけ扉を開けてみてほしい。たぶん先生がいる。疲れた顔で、紙を数えている。

もし誰もいなかったら、そのときはもう、この記事の出番だ。

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