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読んだ覚えのないページが増えている――教科書に憑く四つの怪異と、「消えた先生」エレン・ベーカー、そして検定制度が本当に生み出している「ページが増減する本」の正体

毎日開くのに、誰も最後まで読まない本が机の中にいる

学校の怪談って、だいたい「場所」に憑く。理科室、音楽室、三階の女子トイレ、体育館裏、屋上へ上がる階段の踊り場。夜になると誰もいなくなる、という前提があるから、ああいう話は成立する。逆に言うと、昼間の教室のど真ん中で起きる怪談は、実はそんなに多くない。明るすぎるし、目撃者が多すぎるからだ。

でも、一個だけ例外がある。教科書だ。

考えてみてほしい。あれは四月に配られて、三月まで机の中にいる。毎日開く。国語なら週に何時間も開く。なのに、全部のページを読んだ人間はほぼいない。巻末の付録、資料編、コラム、著作権表示、奥付、白い余白のページ。授業でやったのは全体の六割か七割で、残りは「時間があったらやります」と言われたまま卒業していく。手元に一年間あって、毎日触っていて、それでも中身を把握していない本。こんな都合のいい器、他にない。

しかも教科書には、怪談に必要な要素が全部そろっている。前の持ち主がいる場合がある。落書きができる。声に出して読む機会がある。そして何より、内容が勝手に変わる。これは比喩じゃない。制度として本当にそうなっている。あとで検定と改訂の話を延々するけど、先に結論だけ言っておくと、教科書は「ページが増えたり減ったりする本」であることが公式に保証されている、たぶん日本で唯一の書物だ。だから怪談が入り込む隙間がある。

これから四つの型を、一つずつ厚めに語っていく。読んだ覚えのないページが増えている話。落書きした人物が翌日笑っている話。音読すると教室の空気が変わる作品の話。前の持ち主の名前が消えない話。どれも独立した読み物として成立するように、情景と会話と時系列を細かく再現する。そのあとで、実在の教科書史と検定制度をぶん回して、この怪談群がなぜここまでしぶといのかを解剖する。長くなるけど、たぶん最後まで読める。教科書と違って。

怪異その一 習っていない話が、自分の教科書にだけ載っている

これが一番古くて、一番数が多い型だ。骨格はシンプルで、「自分の教科書に、習っていない話が載っている」。それだけ。でも語られ方のバリエーションが異常に豊富で、地域ごとに細部が違う。まずは一番ディテールの濃い版を再話する。

十一月の下旬、五時間目の国語。教室の後ろの掲示板には、十月に描いた写生大会の絵がまだ貼ってある。窓側の三列目、前から四番目の席の子が、教科書を開いて固まっていた。先生が「百二十四ページ」と言ったので開いたら、そこに知らない話があった。

タイトルは覚えている。四文字だったと言う人と、七文字だったと言う人がいて、ここは版によってブレる。共通しているのは「タイトルの意味が、その時はわからなかった」という点だ。挿絵があった。子どもが後ろ姿で立っていて、その向こうに、たぶん木がある。線が細くて、他のページの挿絵より少し古い感じの絵。教科書の絵って、だいたい年度ごとに絵柄がそろっているから、そこだけ浮いていた。

その子は隣の席の友達をつついた。「ねえ、これ、やった?」友達は自分の教科書を見て、「え、何ページ?」と聞き返す。「百二十四」。友達がページをめくる。そこには、先生がさっき読み上げたのと同じ、みんなが知っている説明文が載っている。ふたりの教科書は同じ出版社の、同じ年度のものだ。表紙も同じ。背表紙のバーコードも同じ。なのに、片方には見たことのない話が一本余分に入っている。

ここでその子は手を挙げた。「先生、百二十四ページが違います」。教室が少しざわつく。先生が近づいてきて、教科書をのぞき込む。ここから先が、この怪談の型としては二パターンに割れる。

一つは、先生が普通にページを見て、「同じだよ」と言って戻っていく版。子どもがもう一度見ると、たしかにみんなと同じ説明文になっている。さっきの挿絵はない。木もない。後ろ姿の子もいない。放課後、もう一度確かめたけど、やっぱりない。この版は後味が軽い代わりに、家に帰ってから寝る前にもう一回めくってしまう、というオチが付くことが多い。

もう一つは、先生が固まる版。こっちのほうが語りとして強い。先生はページを見て、数秒黙る。それから「あー、これね」と言う。「これ、前の教科書に載ってたやつだ」。そして、なぜか説明をしない。授業に戻る。子どもは休み時間に職員室へ行って、もう一回聞こうとするけど、先生は「ああ、うん」としか言わない。翌日、その子の教科書からそのページは消えている。ページ番号は飛んでいない。百二十三の次はちゃんと百二十四で、百二十四には説明文が載っている。

時系列の細部で共有されているのは、だいたいこのあたりだ。まず、気づくのは授業中である。家で予習していて気づいた、という版は少ない。次に、必ず他人に確認させる。一人で見つけて一人で終わる話にはならない。そして最後に、確認しようとした瞬間に消える。この三段構えは、学校の怪談全体に共通する「目撃の共有と、共有の失敗」の構造そのままだ。

余分なページの中身については、大きく三系統ある。一つ目は、戦争の話。空襲、疎開、防空壕、そして帰ってこない家族。二つ目は、動物の話。犬か、狐か、名前のない小さな生きもので、最後に死ぬ。三つ目が一番厄介で、「読んだのに内容を思い出せない」というやつだ。読んだ、確実に読んだ、最後まで読んだ、なのに一行も再現できない。この三つ目のバリエーションが出てくるあたりから、この怪談は単なる不思議話から、記憶そのものを疑う話に変質していく。

怪異その二 消したはずの落書きが消えて、代わりに肖像画が笑っている

教科書に落書きをするな、と言われて素直にやめる小学生はいない。偉人の肖像画に眼鏡を描き足すのは、たぶん日本の義務教育の裏カリキュラムだ。この怪談は、その裏カリキュラムをそのまま怪異に変換している。

再話する。舞台は中学一年の教室で、時期は六月。梅雨で外に出られない昼休みが続いていた頃。男子が三人、後ろの席に集まって歴史の教科書をめくっていた。誰かが「こいつ顔がおもしろい」と言って、肖像画に落書きを始める。最初は普通に、眼鏡と鼻毛。それから口を描き足した。もともと口を結んで真顔だった肖像に、上向きの線を一本引いた。笑っている顔になった。

ここで一人が言う。「やりすぎじゃね」。落書きをした本人は「別にいいだろ、俺のだし」と笑って、教科書を閉じて机に入れた。ここまでは、どこの学校でもある光景だ。

翌日の三時間目、歴史の授業。教科書を開いた本人が、声を出さずに固まった。落書きは消えていた。眼鏡も、鼻毛も、線が一本もない。ページはきれいなままだ。消しゴムで消した跡もない。紙が毛羽立ってもいない。ただ、肖像画が笑っていた。

もともとその肖像は真顔だったはずだ。教科書の他のページに載っている同じ人物の別の図版も、真顔だ。隣の席の子の教科書を見ると、そっちも真顔。自分のだけ、口角が上がっている。しかも、自分が引いた線とは全然違う。もっと自然で、絵の一部として最初からそこにあったみたいに、陰影までついている。

本人はその場では何も言わなかった。授業が終わってから、昨日いた二人に見せた。一人は「お前が描いたんだろ」と言った。もう一人は黙って、自分の教科書を開いて見比べて、それから「うわ」と言った。三人で職員室に持っていくかどうか揉めて、結局やめた。落書きしたことがバレるからだ。この「先生に言えない」という制約が、この型を強くしている。証言者が自分から口を閉じるので、話が広がらない。広がらないから、真偽が確かめられない。

そのあとの展開は、語り手によって分かれる。一番よく聞くのは、日を追うごとに笑いが深くなる版だ。翌週には口が開いていて、歯が見えている。その次には目が細くなっている。最終的に、こっちを見て笑っている顔になる。本人は教科書を捨てたくなるけど、教科書は無償で配られたものだから捨てられない、という理屈が付く。ここが妙にリアルで、話に説得力を足している。

別の展開では、笑っているのが肖像画じゃなくて、集合写真の中の一人になる。社会科の資料集に載っている、昔の学校の集合写真。落書きで一人の顔に丸をつけたら、翌日その一人だけがこっちを向いて笑っている。周りの子は全員うつむいたまま。写真の中で誰かが動く、というモチーフは怪談の王道だけど、教科書の資料写真は、そもそも人物の名前も素性も書かれていないことが多い。名前がない人物が笑うというのは、なかなか気持ちが悪い。

さらに厄介な版だと、落書きされたのは人物じゃなくて、教科書の余白に自分が描いた、適当な棒人間になる。ノートの隅に描くようなやつだ。次の日、棒人間が増えている。三体だったのが四体になっている。増えた一体だけ、線が太い。

怪異その三 全員で読み上げた日、カーテンが止まった

これは他の三つと毛色が違って、怪異の主体が「本」じゃなくて「声」にある。音読という行為が引き金になる型だ。しかも、実在の教材が名指しされることが多い。だから実話っぽさが一気に上がる。

再話。小学三年の二学期、国語の時間。先生が「じゃあ、みんなで読みましょう」と言って、全員で立つ。この「起立して音読」は多くの学校でやる。一斉音読は声がそろうと気持ちがいいし、そろわないと妙に気持ちが悪い。その日は最初から、声がそろわなかった。

読んでいたのは戦争の話だった。空が出てくる。家族が出てくる。読み進めるうちに、誰かが読むのをやめる。それが伝染していく。三十人で始めたはずの音読が、いつのまにか十人になっていて、その十人の声も、だんだん小さくなる。窓は開いているのに、カーテンが動かない。これがこの型のキモで、空気が「止まる」という表現が繰り返し出てくる。暑いとか寒いとかじゃなくて、動かなくなる。

最後の一段落に差しかかったところで、教室の後ろでガタン、と音がした。誰かの椅子が倒れた音。振り返ると、後ろの席の子が立ったまま泣いていた。本人も、なんで泣いているのかわからないと言う。先生は何も言わずに、その子の背中に手を置いて、それから「今日はここまで」と言って授業を終わらせた。教科書を閉じた瞬間に、カーテンが動いた。

この型が強いのは、実際に「音読すると教室の空気が変わる作品」が存在するからだ。これはオカルトの話じゃなくて、教室で普通に起きる。戦争を扱った教材を全員で声に出して読むと、本当に空気が重くなる。読んでいる子どもたちは物語の意味を先取りしてしまうし、先に読み終わった子は、これから何が起きるか知った状態で他人の声を聞くことになる。この時間差がしんどい。だから怪談として語られるずっと前に、体験としての「変な感じ」が全国に何十年分も蓄積している。怪談はその蓄積の上に、あとから乗っかっただけだ。

派生としては、「特定の一文を読むと必ず何かが起きる」という版がある。誰かが読み上げると、蛍光灯が一本だけ切れる。教室の後ろのドアが少し開く。廊下で誰かが走る音がする。読み終わったあと、その音は二度としない。もう一度読んでも起きない。一回だけ、というのがポイントで、再現できないから確かめられない。

もう一つ、地味に怖いのが「読んでいない子がいる」という版だ。全員で音読しているのに、声の数が一人分多い。テープに録って数えようとした、という理系寄りの子が必ず出てくるけど、録音するとその一人分だけ入っていない。この「装置で確かめようとすると消える」パターンは、平成後期以降、録音機材が全員のポケットに入るようになってから明らかに増えた。技術が普及すると、怪談は技術に対する免疫を獲得する。

怪異その四 名前の欄に、消えない溝が残っている

教科書は基本的に配られたら自分のものになる。義務教育の教科書は国の負担で無償給与されていて、この制度は昭和三十八年度に小学一年生から始まり、昭和四十四年度までに小中学校の全学年に広がった。だから普通は「前の持ち主」なんて存在しない。

でも、例外はいくらでもある。転校生が前の学校で使っていた教科書。兄や姉のお下がり。学校に置きっぱなしになっていた予備。副読本や資料集、問題集の類。図書室に置いてある見本。学級文庫の隅に転がっている、誰のものかわからない一冊。この「例外の隙間」に、この怪談は棲んでいる。

再話する。四月、転入してきた子が、教科書がまだ届かないという理由で、学校にあった予備の一冊を渡された。表紙の裏、名前を書く欄には、消しゴムで消した跡があった。うっすら、二文字か三文字。読めそうで読めない。書いた本人が相当な力で書いたのか、紙に溝が残っている。光にかざすと、そこだけ影になって、名前の形が浮かぶ。

その子は自分の名前を書こうとして、少しためらった。溝の上に重ねて書くと、二つの名前が混ざって、どっちでもない字になる。だから、欄の下のほうにずらして書いた。ここ、細かいけど、多くの語りに共通している。名前を「上書きしない」という選択をした瞬間から、話が動き出す。

数日後、名前の欄を見ると、消したはずの前の名前が濃くなっていた。鉛筆の粉が戻ってきたみたいに、線がはっきりしている。自分の名前は、書いた場所にちゃんとある。二つの名前が並んでいる状態だ。その子は消しゴムをかけた。消えた。翌朝、また濃い。

この繰り返しが三日か四日続いて、そのあとに来る展開が二種類ある。一つは、自分の名前のほうが薄くなっていく版。最終的に、欄には前の持ち主の名前だけが残る。教科書の持ち主が入れ替わる、という結末だ。もう一つは、名前が増える版。二つが三つになり、四つになる。全部違う筆跡で、全部同じ欄に収まっている。どう考えても物理的に収まらない数の名前が、なぜかきちんと並んでいる。

ここで話に厚みを足すディテールとして、「前の持ち主を探した」という展開がよく付く。転入生は名前の形を写し取って、担任に聞いた。担任は少し考えて、「うちの学校にはいないな」と言う。学校の名簿を調べても出てこない。図書室の貸出カードにも、卒業アルバムにも、その名前はない。じゃあこの教科書はどこから来たんだ、という問いが残る。予備の教科書は、転出した子が置いていったものだったり、余分に発注されたものだったりするから、由来がはっきりしないことが本当にある。制度の隙間に、名前だけが残る。

さらに嫌なバージョンでは、名前の欄じゃなくて、本文の余白に名前が出てくる。国語の教科書の、物語の最後のページ。登場人物が誰も名前を呼ばれずに終わる話の、そのすぐ下の余白に、鉛筆で小さく名前が書いてある。物語の続きみたいな位置に。読んだ子は、それを登場人物の名前だと思ってしまう。そして翌年、その学年の別の子が同じ教科書を使うと、その名前が本文の中に入り込んでいる、という語りにつながる。ページが増えるタイプの怪談と、ここで合流するわけだ。

この話はいつ、どこから湧いてきたのか

教科書怪談の起源を一本の線で引くのは、正直むずかしい。学校の怪談全般がそうなんだけど、口伝えで広がるものに「初出」を特定するのは、煙に印をつけるみたいな作業になる。それでも、たどれるところまではたどれる。

まず前提として、学校の怪談が学問の対象としてまとめられたのは、民俗学者の常光徹による仕事が大きい。常光は都内の公立中学校で教員をしたあと、国立歴史民俗博物館に移った人で、口承文芸としての学校の怪談を体系的に集めて分析した。学術書『学校の怪談 口承文芸の展開と諸相』がミネルヴァ書房から出たのが一九九三年で、のちに角川ソフィア文庫に入っている。同じ著者による児童向けのシリーズが講談社から一九九〇年に始まり、二〇一四年まで全十九巻続いた。このシリーズが売れて、映画も作られて、いわゆる学校の怪談ブームが起きる。九〇年代半ばの小学生は、だいたいこの流れの中にいた。

見落とせないのが、常光の研究が「教室で語られる話」を対象にしていた点だ。つまり、子どもが子どもに口で伝えるフォーマットが調査されている。教科書にまつわる話は、この時期の採集記録の中にも断片的に出てくる。ただ、当時の主役はあくまで場所の怪談だった。トイレの花子さん、人体模型、音楽室のベートーヴェン。教科書の話は脇役で、七不思議の七つ目を埋める枠に入っていたりする。七不思議は必ず一つ足りない、というお約束があるから、埋め草の位置には無名の話が入りやすい。

教科書怪談が単独の型として太り始めるのは、インターネット以降だ。九〇年代後半から二〇〇〇年代前半にかけて、個人サイトの心霊掲示板や、いわゆるテキストサイトの「怖い話」コーナーに、この手の投稿が散発的に出てくる。当時の投稿は短い。数行で終わる。「小学校のとき、教科書に習ってない話が載ってた。次の日見たらなかった」くらいの分量だ。ここには情景も会話も時系列もない。骨だけある。

肉がついたのが、二〇〇〇年代の巨大掲示板時代だ。オカルト板に立てられた学校怪談系のスレッド、洒落にならない怖い話を集める系のスレッド、それと学校限定の体験談スレッド群。ここで語りの作法が確立する。何年生のとき、何時間目、席はどこ、隣は誰、先生は何と言ったか。この「証言のフォーマット」が共有されたことで、教科書怪談は一気に読み物として成立するようになった。ページが増える話も、落書きが笑う話も、この時期に細部を獲得している。

二〇一〇年代に入ると、舞台が動画とSNSに移る。朗読系の投稿者が過去の掲示板の話を拾って読み上げ、そこにコメントが付く。「うちの学校にもあった」「それ、うちの地域だと落書きじゃなくて写真だった」というふうに、コメント欄で異本が集まる仕組みができた。掲示板時代は一つのスレッドの中で異本が並列したけど、動画時代は一つの動画の下に異本がぶら下がる。並び方が変わっただけで、やってることは同じだ。

そして二〇二〇年代。短尺動画のプラットフォームで、教科書怪談は「一分で語れる怪談」の定番ネタになった。尺が短いので、細部が削られる。増えたページの中身は語られず、「知らない話が載ってた」だけになる。皮肉なもので、掲示板時代に肉がついた話が、短尺の時代にまた骨に戻りつつある。ただ、コメント欄には相変わらず長文の体験談が投下されるので、肉は別の場所に移動しただけかもしれない。

同じ型なのに、細部だけが土地ごとに入れ替わる

同じ型でも、地域や世代で細部が入れ替わる。有名なものを、一つずつ独立して見ていく。

ページが増える話の派生で古株なのが、「削除された作品が戻ってくる」版だ。増えているのは新しい話じゃなくて、昔の教科書に載っていて今は載っていない作品だ、という設定になっている。だから語り手は必ず「上の学年の人に聞いたら、昔は載ってたって言われた」という一段を挟む。この一段が入ると、話が急に検証可能っぽく見える。実際、教科書の掲載作品は数年おきに入れ替わるので、上の学年と下の学年で載っている作品が違うことは普通にある。事実がベースにあるので、この派生は特に反証しにくい。

次に、「ページ番号が飛ぶ」版。増えるんじゃなくて、番号が狂う。八十二の次が八十五になっている。八十三と八十四は存在しない。他の子の教科書ではちゃんと連番になっている。この版の面白いところは、増えたページを見た人がいない点だ。存在しない二ページ分の話は、誰にも読めない。読めないから内容が語られない。語られない部分が一番怖い、という原理を、この派生は正面から使っている。

「他の教科に出る」版もある。国語じゃなくて算数の教科書に、文章題が一問だけ多い。しかも解けない。数字の条件が足りていないのか、多すぎるのか、とにかく答えが出ない。翌日にはその問題は消えていて、代わりに答えが出る問題が同じ場所に載っている。理科版だと、実験の手順が一つ多い。図工版だと、作品例の写真が一枚多い。教科によって「増えるもの」が変わるのが芸細かい。

落書きの派生では、「消しゴムで消したら別の顔が出てくる」版が強い。落書きを消そうとして力を入れたら、印刷そのものが薄くなって、下から別の顔が現れる。教科書の印刷はオフセットで一層しかないから、物理的にはありえない。ありえないんだけど、子どもは印刷の仕組みを知らないので、この話は小学校中学年くらいで最大の破壊力を持つ。逆に、印刷の仕組みを習うと同時に効力を失うタイプの怪談でもある。

落書き系のもう一つの派生が、「自分が描いていない落書きが増えている」版だ。これは持ち主の名前が消えない話と親戚関係にある。教科書の余白に、自分のじゃない筆跡の落書きがある。しかも、その落書きは自分がよく描くモチーフの、少しだけ下手なコピーになっている。真似されている、という感覚が入るので、他の派生より生理的に嫌な感じが強い。

音読系の派生では、「読む順番が回ってくると必ず邪魔が入る」版が知られている。一人ずつ順番に段落を読んでいく形式のとき、特定の段落の担当者になると、必ず何かが起きて読めない。チャイムが鳴る。誰かが咳き込む。先生が急に別の話を始める。何年か越しで、その段落だけ誰も声に出して読んでいない、という状態が続く。学級の記憶として蓄積するタイプで、語り手が「うちのクラスでは」と言えるのが強い。

音読系にはもう一つ、「先生が読むと何も起きない」版がある。大人が読むと平気で、子どもが読むと変になる。この線引きは、学校の怪談全体に共通する「大人は見えない、子どもだけが見える」構造の再生産だ。教師は怪異の外側にいる存在として設定されがちで、だからこそ「先生が固まる」バージョンが例外的に怖くなる。

名前が消えない系では、「教科書じゃなくて出席簿」に移動した版がある。担任が持っている出席簿に、いない子の名前が一行ある。学級名簿の印刷は年度当初に確定するから、こっちは大人が主役になる。教師が語り手になると、話の説得力の出どころが変わる。子どもの証言は「見間違い」で片付けられるけど、教師の証言は事務手続きの話になるので、簡単には流せない。

もう一つ、「教科書販売店の在庫」に憑く版もある。町の教科書取扱書店の倉庫に、どの学校にも納品されない一冊がある、という都市伝説寄りの派生だ。教科書の流通は、発行者から特約供給所、取次供給所を経て学校に渡るという、わりときっちりした経路をたどる。その経路のどこかに一冊だけ行き先のないものが混ざる、という話は、流通の仕組みを知っている大人のほうがゾッとする。

体験談その一 「百二十四ページの木」

三十代半ばの女性から聞いた話を、なるべく本人の言い方に近い形で書く。彼女は北関東の公立小学校に通っていた。学年は三年生、時期は二学期の途中だと記憶している。

その日は国語の授業で、説明文をやっていた。動物の体のつくりの話だったと思う、と彼女は言う。先生が「百二十四ページを開いて」と言ったので開いたら、そこに知らない物語が載っていた。挿絵があった。夕方の色をした空の下に、後ろ姿の子どもが立っている。その向こうに木が一本。木の形が変で、枝が全部下を向いていた。柳じゃない、と彼女は強調する。柳なら知ってるから、あれは柳じゃない。

タイトルは覚えていない。ただ、最初の一行だけ覚えているという。「その日、空がいつもより低かった」。これだけは今でも言える、と。彼女は数行読んで、なんだこれ、と思った。周りを見たら、みんな普通に説明文を読んでいる。前の席の子の背中越しに教科書をのぞいたら、その子のページには写真が載っていた。動物の骨格の写真。

彼女は手を挙げようとして、やめた。理由は、その一週間前に別のことで手を挙げて、先生に「今その話じゃないでしょ」と言われたばかりだったからだ。この、手を挙げなかった理由がやたら具体的なところが、私はこの証言を気に入っている。作り話にしては、余計な情報が多すぎる。

授業が終わって、彼女はもう一度そのページを開いた。説明文だった。骨格の写真もあった。物語はどこにもない。前後のページもめくった。ない。彼女は家に帰って、母親に「教科書に知らない話が載ってた」と言った。母親は「読み飛ばしてたんじゃない?」と答えた。それで終わった。

彼女がこの話を思い出したのは、三十歳を過ぎてからだという。子どもが小学校に入って、教科書を持って帰ってきた。パラパラめくっていたら、急にあの挿絵を思い出した。枝が全部下を向いている木。それで検索した。同じ挿絵を探して、何十件も見た。見つからなかった。「あれが何だったのかは、今でもわからない。夢だったのかもしれない。でも、あの一行だけは、絶対に自分で考えた文じゃないと思う」。彼女はそう言って笑った。

体験談その二 「笑ってるんだよ、これ」

次は男性の体験談。四十代前半、関西の公立中学校。一年生の六月。彼は当時、後ろから二番目の席で、周りに三人ほど仲のいい友達がいた。

雨の続く昼休みだった。彼らは歴史の教科書をめくって、載っている肖像画に片っ端から落書きをして遊んでいた。彼自身は落書きをしていない。彼の教科書に、友達の一人が勝手に描いた。それが発端だ。「俺のに描くなよ、って言ったけど、そいつは笑ってた」。描かれたのは、真顔の肖像画の口元に、上向きの線が一本。ただそれだけ。

翌日の授業で、彼はそのページを開いた。線は消えていた。彼は最初、友達が消しゴムで消したんだと思った。実際、消してくれと頼んでいたから。それで友達のほうを見たら、友達は「消してないよ」と口の形だけで言った。

彼はもう一度ページを見た。それで気づいた。肖像画が笑っていた。落書きの線じゃない。印刷の線だ。口角が上がっていて、目の下に細い皺の線が入っていて、絵として完成している。彼は隣の子の教科書を借りた。隣の子の肖像は真顔だった。彼は自分の教科書に戻った。笑っていた。

「そのとき、俺は先生に見せようと思ったんだよ」と彼は言う。「でも見せられなかった。落書きしたのがバレるから。いや、落書きは消えてるんだけどさ、消えてるってことをどう説明すんのって話で」。彼はそれから一年間、その教科書を使い続けた。ページをめくるときに、そこだけ飛ばすようになった。二年生になって教科書が変わったとき、彼は一年の歴史の教科書を実家の物置に入れた。捨てなかった理由を聞いたら、「捨てたらもっと嫌なことになる気がした」と答えた。

十年ほど前、彼は実家を片付けたときにその教科書を探した。見つからなかった。段ボールを全部開けたけど、一年の歴史だけない。他の教科は全部ある。国語も数学も理科も英語も、ちゃんと物置にあった。「歴史だけ、ない。母親に聞いたら、そんなの捨ててないって言う。まあ、どっかにあるんだろうけど」。彼はそう言って、少し黙ってから、「でも、たまに思うんだよ。あれ、まだ笑ってんのかなって」と付け加えた。

体験談その三 「あの日、カーテンが止まってた」

三件目は、現役の教員から聞いた話だ。実在の学校が特定されないように、地域と年度は伏せる。本人の希望でもある。

その先生は小学三年の担任をしていた。二学期、戦争を扱った物語教材の授業。教科書は複数社あるうちの一社で、その教材は長く使われている定番だ。授業は全五時間の計画で、最終時間に全員で通して音読することにしていた。

「音読をさせる意図は、はっきりしていました」とその先生は言う。「あの教材は、黙読だと最後の場面の意味が入らない子がいる。声に出すと、リズムで気づく子が出てくる。だから読ませたかった」。

その日は九月にしては涼しくて、窓を開けていた。三十人ほどの子が立って、そろって読み始めた。最初の場面は明るい。家族がそろっている場面だから、声も明るい。それが、だんだん落ちていく。中盤で、読む速度が全体的に遅くなった。先生は最初、内容が難しいのかと思ったという。でも違った。「みんな、先を読んでたんです。目だけ先に行って、口が追いつかない。何が起きるかわかった子から、声が小さくなる」。

最後の場面に入ったところで、声が半分になった。読んでいるのは十数人。そこで、先生自身が異変に気づいた。カーテンが動いていなかった。窓は開いている。さっきまで揺れていた。「気のせいだと思いたいんですけどね。でも、教室の空気が止まったとしか言いようがない。音が全部、床に落ちるみたいな感じで」。

読み終わったとき、教室は完全に静かだった。誰も何も言わない。先生が「はい、座って」と言ったけど、二人ほど座らなかった。一人は泣いていた。もう一人は、教科書を持ったまま、ページを見ていた。先生がそばに行くと、その子は「先生、これ、まだ続きがあるんですか」と聞いた。物語はそのページで終わっている。次のページは学習の手引きだ。「ないよ」と言ったら、その子は「そっか」と言って座った。

その先生は、こう締めくくった。「怪談だと思ってないです、私は。でも、あの日の教室のことは今でも覚えてる。教材の力なんだと思う。ただ、力があるものを扱うときは、こっちも準備がいる。あの日、私は準備が足りなかった」。

体験談その四 「名前の溝」

四件目は短めだけど、細部が生々しいので入れておく。語り手は二十代の男性。中学二年のときに転校して、四月の途中から新しい学校に通い始めた。

教科書がすぐには届かなくて、学校の予備を借りた。国語の教科書だった。表紙の裏、名前欄に、消した跡があった。「消しゴムで消してあるんだけど、紙がへこんでるんですよ。書いた人が、めちゃくちゃ力を入れて書いてる」。彼はそこに自分の名前を書こうとして、やめた。「上から書いたら、なんか、悪い気がして」。それで欄の下のほうの空白に書いた。

一週間ほど経った日曜日、彼は家で教科書を開いた。名前欄の溝が、黒くなっていた。「粉が入ったんだと思います、たぶん。鉛筆の粉が、消しかすとかと一緒に溝に溜まったんだろうって」。彼は理屈をつけた。つけたけど、気持ち悪いので消しゴムをかけた。溝の中は消しゴムでは掃除できない。かえって黒くなった。

彼はそこで、名前を読んだ。読めてしまった。三文字だった。彼はその名前を今でも覚えているけど、口には出したくないと言う。理由は、「実在する人だったら失礼だから」。彼は担任にその名前を聞いた。担任は名簿を確認して、「うちの学校にはいないね」と言った。過去の名簿までは調べてくれなかった。

数週間後に自分の教科書が届いて、予備は返した。返すとき、彼は名前欄を消しゴムで消した。自分の名前は消えた。溝はそのまま残った。「今もあの学校のどこかにあると思うんですよ、あの教科書。誰かがまた借りて、また下のほうに名前を書いて、また返すんだろうなって」。

掲示板とSNSは、この話をどう扱ってきたか

反応の歴史を追うと、この怪談の受け止められ方が三段階で変わっているのがわかる。

第一段階は、素朴な共感期。掲示板時代の初期、「わかる」「うちもあった」という短いレスが中心だった。話の真偽より、体験の共有に価値が置かれていた。この時期の書き込みには、細部を詰める意識がほとんどない。誰かが投稿すると、似た話が三つ四つぶら下がって終わる。

第二段階が、検証期。二〇〇〇年代半ば以降、「それ何年度のどこの教科書?」と聞き返す人が現れる。出版社名、版、掲載作品名が具体的に問われるようになった。この流れを作ったのは、教科書の掲載作品リストを調べる手段が整ってきたことが大きい。図書館のレファレンス機能で教科書掲載作品を調べる方法が案内されるようになり、実際に調べる人が出てきた。すると当然、「その話は載っていない」という結論が出る。出るんだけど、それで話が消えるわけじゃない。むしろ「じゃあ何だったんだ」という余白が生まれて、話が延命する。検証は怪談を殺さない。形を変えるだけだ。

第三段階が、制度理解期。二〇一〇年代後半から目立つのが、「教科書は改訂で内容が変わるんだから、増えて見えるのは当然」という指摘だ。この指摘をする人は、たいてい教育関係者か保護者で、検定と採択の仕組みをある程度知っている。この段階になると、議論の焦点が「怪異かどうか」から「なぜ人はこの誤解をするのか」に移る。オカルト界隈と教育界隈が、同じ現象について別の言葉で語る、という妙な並走が起きた。

考察側で今も強いのが、記憶の問題として片付ける立場だ。人間の記憶は再構成されるものだから、あとから読んだ別の本の内容が、教科書の記憶に混ざる。学校で配られる副読本、学級文庫、道徳の副教材、朝読書の本、学習雑誌。子どもの周りには教科書以外の印刷物が山ほどある。それらの記憶が教科書というラベルに吸い寄せられる、という説明だ。実際、体験談の多くで「教科書だったと思う」という留保が付く。断定していない。ここは効いてくる観察だと思う。

もう一つの有力説が、副教材の実在説。国語の教科書には、本冊とは別に副読本や資料集がセットで配られることがある。学校によっては、地域の郷土教材や、平和学習用の読み物が独自に配布される。それを教科書だと思い込んでいた、というパターンは相当あるはずだ。この説は地味だけど、かなりの数の証言を説明できる。

反証としてよく持ち出されるのが、印刷と製本の物理だ。教科書は大量部数を刷る製品で、丁合が乱れれば落丁乱丁として交換対象になる。無償給与の仕組みで配られるものだから、不良品の交換ルートもある。だから「一冊だけページが多い」という状態は、起きたとしても事故であって、事故なら発見されて処理される。処理されずに一年間残る、というのは考えにくい。この指摘は正しい。正しいけど、怪談を語る側は「だから不思議なんじゃないか」と返す。この応酬は二十年たっても同じ形で繰り返されている。たぶん、これからも。

面白い考察としては、「怖いのは増えたページじゃなくて、確認できなかったことのほうだ」という読み方がある。教科書怪談の恐怖の核は、内容じゃなくて、共有の失敗にある。誰かに見せようとした瞬間に消える。この構造は、子どもが大人に信じてもらえない経験そのものだ。だから教科書怪談は、超常現象の話であると同時に、証言が届かないことの話でもある。私はこの読み方が一番好きだ。

教室で本当に効いてしまう教材を、まじめに掘る

ここからは怪談を離れて、実在の教材の話をする。というか、教科書怪談を語るうえで、これを飛ばすわけにはいかない。日本の子どもは、教科書という媒体を通じて、けっこうな確率で人生初の「読んでつらい物語」に出会う。その体験が土台にあるから、教科書は怪異の器になれる。

『ちいちゃんのかげおくり』が三年生に効きすぎる理由

あまんきみこの作品で、一九八二年にあかね書房から出ている。挿絵は上野紀子。翌一九八三年に小学館児童出版文化賞を受賞していて、児童文学としての評価も確立している。小学三年の国語教材として長く使われていて、平和教材の定番中の定番だ。

物語の骨格はこうだ。ちいちゃんには父、母、兄がいる。父が出征する前の日、家族で「かげおくり」をする。地面に映った影を十秒見つめてから空を見ると、白い影が空に浮かんで見える、という遊びだ。この遊びが、物語の全体を貫くモチーフになる。やがて空襲が来て、家族ははぐれる。ちいちゃんは一人になり、最後にもう一度かげおくりをする。そこで家族に会う。そして物語は終わる。

この教材が三年生に強烈に刺さるのは、仕掛けがいくつも積んであるからだ。まず、遊びが死の描写に変換される。楽しい遊びとして提示されたものが、最後には別の意味を持つ。三年生でもこの反転はわかる。わかるけど、言葉にできない。次に、直接的な死の語が使われない。だから読み手が自分で埋めるしかない。埋めた瞬間に、自分で意味を完成させてしまったという実感が残る。これがきつい。

そして音読だ。この作品は音読に向いている。文が短く、リズムがあり、繰り返しが効いている。授業では実際によく音読される。声に出したときに、最後の場面の意味が体に入る。「音読すると教室の空気が変わる」という怪談が実在の体験を土台にしていると私が書いたのは、まさにここだ。あれは怪異じゃなくて、テキストの設計が正しく機能している証拠でしかない。

念のため書いておくけど、この作品を怪談のネタとして扱うつもりはない。戦争で亡くなった人たちの話を、驚かせるための道具にするのは筋が違う。ここで確認したいのは、教材が持つ力の大きさと、その力が子どもの記憶にどう残るか、という一点だけだ。

『やまなし』は、なぜ大人になっても頭から離れないのか

宮沢賢治の作品で、小学六年の教材として長く使われている。光村図書の教科書クロニクルをたどると、昭和四十九年度版の六年上巻にすでに掲載されているのが確認できる。半世紀近く教科書の中にいる作品だ。

内容は、谷川の底にいる蟹の兄弟が見た二枚の幻灯、という構成になっている。五月と十二月。五月にはカワセミが来て魚をさらう。十二月にはやまなしが落ちてきて、いい匂いのする酒になる。それだけと言えばそれだけだ。

この作品が子どもに刺さる理由は、内容よりも言葉にある。「クラムボンはかぷかぷわらったよ」。クラムボンが何なのかは、本文のどこにも書かれていない。教室では毎年これが議論になる。泡だ、光だ、プランクトンだ、蟹の言葉だ、賢治の造語だ、といろんな説が出る。そして結論が出ない。教師も結論を出せない。出せる根拠がないからだ。

この「答えが本文の中にない」という状態が、子どもにとっては相当に異様だ。国語の授業は基本的に、本文に根拠を求める。線を引いて、ここに書いてありますと言う。それが唯一の作法として叩き込まれる。なのにクラムボンだけは、根拠が本文の外にある。ルールの外にある単語が教科書の中に堂々と載っている。これが記憶に残らないわけがない。

大人になってから『やまなし』を思い出す人が多いのは、たぶん、この未解決感が処理されずに残っているからだ。教科書怪談における「読んだのに内容を思い出せないページ」というモチーフは、この感覚と地続きだと思う。読んだのに、わからない。わからないまま次の単元に進んだ。その置き去りの感覚が、あとから怪異の形をとる。

『白いぼうし』の女の子は、どこへ行ったのか

あまんきみこの連作『車のいろは空のいろ』に収められた一編で、小学四年の教材としておなじみだ。タクシー運転手の松井さんが主人公で、話は初夏の匂いから始まる。

道端に落ちていた白い帽子を拾い上げると、下からもんしろちょうが飛び出す。帽子の持ち主の子どもが捕まえたものだったらしい。松井さんは申し訳なく思って、車にあった夏みかんを帽子の下に置いておく。車に戻ると、後部座席に女の子が座っている。「早く、おじちゃん、行ってちょうだい」と急かす。言われた場所へ向かい、着いたと思って振り返ると、女の子はいない。そして、外の草むらから「よかったね」「よかったよ」という声が聞こえる。松井さんの耳には、それが聞こえる。

四年生の教室では、必ずこの質問が出る。女の子は何だったのか。もっとも一般的な読みは、逃がしたもんしろちょうが姿を変えたというものだ。伏線は丁寧に置かれている。帽子から蝶が飛び出したこと、女の子が急いでいたこと、草むらのちょうの声。その筋で読むときれいにまとまる。

ただ、教室で必ず出てくるもう一つの読みがある。女の子は蝶じゃなくて、別の何かだった、というやつだ。物語の中で女の子は誰にも触れられていないし、どこから乗ったのかも書かれていない。この不在の描き方が、子どもには幽霊の作法に見える。だからこの作品は、教科書の中で数少ない「授業中に堂々と怪談の話ができる教材」になっている。授業として扱われる読みと、休み時間に語られる読みが並走する。教科書怪談の温床としては、これ以上ないポジションだ。

『注文の多い料理店』の、あの一文

宮沢賢治の童話集の表題作で、短編集は一九二四年十二月に刊行されている。盛岡の杜陵出版部と東京の光原社が発売元で、部数は千部。ほぼ自費出版に近い形だった。生前に刊行された賢治の本は、この童話集と詩集だけだ。

内容は有名だ。都会から狩りに来た二人の紳士が、山奥で西洋料理店を見つける。「当軒は注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください」。扉ごとに注文が増えていく。上着を脱げ、金属を外せ、クリームを塗れ、塩をよくもみ込め。二人はようやく気づく。自分たちが料理される側だと。

この作品が怖いのは、構造がじわじわ効くからだ。読者は途中で気づく。気づいてから、登場人物が気づくまでの数ページが地獄になる。子どもは大声で「気づけよ」と言いたくなる。この時間差が読書体験として強烈だ。

そして最後の一文。助かったあと、恐怖でくしゃくしゃになった二人の顔は、東京に帰っても元に戻らなかった。ここでこの話は、単なるスリルからはみ出す。助かったのに、代償が残る。しかも回復しない。子どもにとって、これはかなり重い結末だ。恐怖は去っても痕跡は残る、という原理を、初めて教えてくれる作品かもしれない。

ちなみに山猫軒という名前については、一九二四年に建てられた花巻の西洋料理店がヒントになったという説がある。実在の風景から出発して、扉の並ぶ異界に着地する。この作りが、教科書というごく日常的な媒体から怪異が始まる構造と、きれいに重なる。

「昔は載っていた」が、噂を呼び込む

ここが今回の話の肝の一つだ。教科書怪談の中でも「ページが増える」型は、実在の現象に半分足を突っ込んでいる。教科書からは、作品が本当に消えるからだ。

年配の人が「昔はこれが載っていた」と言い、若い人が「知らない」と言う。この断絶は毎年どこかで起きている。国立国会図書館は教科書の掲載作品を調べるための案内を用意しているし、教科書出版社の一つは自社の過去の掲載作品を年度ごとにたどれるアーカイブを公開している。つまり、掲載作品の入れ替わりは公然の事実として記録されている。

にもかかわらず、「消えた作品」には必ず噂が付く。何かまずいことがあって消されたんじゃないか、という筋の話だ。表現が問題視された、遺族から申し入れがあった、内容が時代に合わなくなった、政治的な圧力があった。この手の憶測は昔から絶えない。

実際のところ、掲載が終わる理由は複数ある。学習指導要領が改訂されて単元の構成が変わる。ページ数の制約で入れ替えが必要になる。同じテーマの新しい作品を入れたい。著作権の許諾条件が折り合わない。指導のしやすさの評価が変わる。教科書会社は編集方針を持っているし、現場の意見も聞く。要するに、編集判断の集積だ。陰謀が必要な場面はほとんどない。

ただし、噂が生まれる土壌も理解できる。教科書の編集過程は、外からは見えにくい。なぜこの作品が入り、なぜあの作品が出たのか、いちいち説明されるわけじゃない。説明がない場所には物語が湧く。これは怪談の発生条件そのものだ。

しかも、消えた作品にはたいてい強い読者がいる。子どもの頃に読んで、忘れられなかった人たちだ。その人たちにとって、作品が消えるのは記憶の足場が抜けることに等しい。だから「あの話は本当にあったのか」という不安が生まれる。あった。ちゃんとあった。でも今の教科書にはない。この状態を怪談の言葉で言うと、「読んだ覚えのないページ」ならぬ「誰も知らない読んだ覚え」になる。方向は逆だけど、生じる不安は同じ種類だ。

『ごんぎつね』の鍋で、何が煮えていたのか

二〇二二年にちょっとした議論が起きた。震源はノンフィクション作家の石井光太による『ルポ 誰が国語力を殺すのか』という本で、文藝春秋から出ている。その序章に、小学校の国語の授業を参観したときの記述がある。

扱われていた教材は『ごんぎつね』。新美南吉の作品で、初出は一九三二年一月号の雑誌『赤い鳥』。掲載時のタイトルは「権狐」で、編集者の鈴木三重吉が子ども向けにかなり手を入れている。語り手の存在感を薄め、場面を単純化し、地域性を薄め、三十数か所に及ぶ改変を加えたとされる。国語教科書への採用は一九五六年の大日本図書『国語四年』が最初で、以後、小学四年の定番教材として現在まで使われ続けている。日本人の共通教養と言っていい作品だ。

問題になったのは、兵十の母親の葬式の場面だ。村の女たちが大きな鍋で何かを煮ている。授業でその鍋の中身を問われた児童たちが、「兵十の母の死体を消毒している」「死体を煮て溶かしている」といった答えを出した、と本に書かれている。文脈をたどれば、鍋で煮ているのは葬儀の参列者にふるまう料理だ。当時の村の葬式では、そういう共同の煮炊きが当たり前に行われていた。

この記述が広まって、「今の子どもは読解ができない」という論調が一気に噴き出した。一方で、教育に関わる人たちからは慎重な反論も出た。児童の回答の背景には、コロナ禍で消毒という語に日常的に触れていた事情があるかもしれない。授業の発問の設計や、事前に与えられた情報の量も検討すべきだ。そもそも、一つの授業の一場面から一般論を引き出すのは危うい。京都の大学の教員が公開しているブログでも、多角的な検討が必要だという指摘がされている。

私がこの件を教科書怪談の文脈で取り上げるのは、批判のためじゃない。ここに、教科書という本の本質が現れているからだ。同じページを、同じ言葉で読んでいるのに、頭の中で起きていることが全然違う。ある子には葬式の煮炊きが見え、ある子には死体を煮る鍋が見える。教科書は全国で同じものが配られる。均質な本だ。でも、その中身は読む人の数だけ分岐する。

これ、怪談の構造とまったく同じなんだよ。隣の席の教科書と自分の教科書で、書いてあることが違う。物理的には同じ本なのに。ごんぎつねの鍋の一件は、その現象が現実に起きた記録だと言える。しかも、この読み違いを生んだのは超常現象じゃなくて、生活経験の差だ。かつての村の葬式を知らない子どもが、知らないなりに埋めた結果、あの鍋の中身が変わった。怪異はいらない。前提の共有が崩れるだけで、本の中身は変わる。

『星野君の二塁打』が教科書から消えるまで

もう一つ、制度と作品をめぐる話をしておく。道徳教材の『星野君の二塁打』だ。

作者は児童文学者で明治大学教授でもあった吉田甲子太郎。初出は一九四七年八月、雑誌『少年』の第二巻第八・九号。国語教科書には一九五三年度から一九六〇年度にかけて掲載され、その後は道徳の教材として長く使われた。定番として五十年以上生き延びた教材だ。

話はこうだ。少年野球のチームが選手権大会出場をかけた試合をしている。星野君は監督からバントの指示を受ける。しかし星野君は打てると判断して、指示に従わずに打った。結果は二塁打で、チームは勝った。翌日、監督は星野君に対して、チームの統制を乱したとして次の試合の出場禁止を告げる。

長いあいだ、この教材は「規則の尊重」や「集団の一員としての自覚」を考えさせる題材として使われてきた。ところが二〇一〇年代後半から、この扱い方に強い批判が向くようになる。指示に従わなかったことより結果を出したことを評価すべきではないか。監督の裁定は理不尽ではないか。上意下達を無条件に肯定する教材ではないか。二〇一八年に大学のアメリカンフットボールをめぐる問題が大きく報じられたとき、あの構図と重ねて語られたことも議論を後押しした。教育行政に関わってきた研究者からは、憲法にも学習指導要領にも犠牲の精神は書かれていない、という指摘も出た。ネット上でも著名人が監督の采配を批判して、話題が広がった。

そして二〇二四年度以降、この教材はすべての教科書会社の道徳教科書から姿を消した。消えた理由は論争だけではないという見方もある。子どもの自主性を重んじる方向に教育の言葉づかいが変わったこと、野球のルールそのものが今の子どもに通じにくくなったこと。バントという語がわからなければ、そもそも葛藤が理解できない。

ここでも確認したいのは同じことだ。教材は消える。消えるときは、複数の理由が同時に効いている。誰か一人の意志で消えるわけじゃないし、隠蔽でもない。ただ、消えたあとに残るのは「昔あった話」の記憶だけになる。その記憶を持つ人と持たない人が、同じ教室に立つ日が来る。教科書怪談は、その断層の上に建っている。

「消えた先生」エレン・ベーカーは、八年かけて帰ってきた

これは今回いちばん語りたい実話だ。教科書のキャラクターが消えて、ネタになって、そして帰ってきた。怪談じゃないのに、怪談の構造をきれいに踏んでいる。

東京書籍の中学英語教科書『NEW HORIZON』に、エレン・ベーカーという外国語指導助手のキャラクターが登場する。初登場は二〇一六年度版から。それ以前の版にはメアリー・ブラウンという別のキャラクターがいた。エレン先生の設定はボストン出身の二十代後半で、デザインを担当したのはサークル「ねこげんき」の電柱棒氏だ。

火がついたのは二〇一六年四月。ツイッターに「新しく中学校に入学した弟が持って帰ってきた英語の教科書。登場人物可愛すぎない?」という投稿が上がり、爆発的に広がった。二日ほどで五万を超えるリツイートと同規模のいいねが付いたと記録されている。四月六日には「エレン先生」がトレンド入りし、一日で四十万件を超えるツイートが飛び交ったという。pixivには二次創作が一斉に投稿され、ニコニコ動画にはオリジナルのキャラクターソングが上がって、初日に一万回以上再生された。教科書のキャラクターとしては前代未聞の事態だ。イラストを描いた電柱棒氏は当初は戸惑いを示していたが、のちに「コラとかいくつか見させてもらいましたけどホント笑いました。あまり気にせず楽しんでください」という趣旨の発言をして、二次創作を受け入れる姿勢を示した。この対応も含めて、当時の空気は妙にあたたかかった。

ここからが本題だ。エレン先生がメインキャラとして活躍したのは、一年生用の教材だった。二年生用には登場しない。理由は編集上のもので、二年生の教材は生徒たちが海外に行くエピソードが中心になるからだ。三年生用でも顔見せ程度。この不在が、ネット上では「エレン先生が消えた」というネタになった。イラストを担当した電柱棒氏自身が、困惑する絵をツイッターに投稿して反応したという逸話まで残っている。二〇二一年版以降は、二年生用にも一ページだけ復帰しているという情報もある。

そして二〇二〇年度検定の版で、中学の教科書にはエイミー・クックという後任のALTが登場し、エレン先生は入れ替わりで教科書から姿を消した。ここで「消えた先生」というネタが完成する。実在しない人物が、教科書という制度の中で任期を終えて去る。ALTという設定がまた効いていて、外国語指導助手は実際に任期があって入れ替わる職種だ。設定と制度が奇妙に噛み合っている。

ただ、完全に消えたわけじゃなかった。同社の高校入試向け参考書シリーズに登場していたり、二〇二四年度の高校地理の教科書に、貿易についてのテレビ会議の場面で顔を出していたりする。教科書という世界の外側で、生存が断片的に確認され続けていた。ここも怪談っぽい。目撃情報が散発的に上がる、というやつだ。

そして二〇二四年、正式に帰ってきた。小学校用の『NEW HORIZON Elementary』に再登場し、東京書籍は「NEW HORIZONプロジェクト」を始動させた。「物語は教室をこえて」というテーマで、教科書のキャラクターを教室の外に展開していく企画だ。その第一弾として、サイドストーリー小説『NEW HORIZON青春白書 ユニット1 新学期がはじまる前に…』が二〇二四年四月に刊行された。税込千百円。「トキメキ度満点の青春イングリッシュ・ストーリー」という売り文句が付いている。同時に『エレン・ベーカー先生 はじめての英語教室』という英語学習書も出ている。

つまり、こういうことだ。教科書から消えた登場人物が、ネットでネタとして生き延び、八年越しに別の学校段階で復活し、しかも小説になって教室の外に出た。フィクションのキャラクターが制度の都合で消え、需要によって戻る。教科書という本が、いかに「動く本」であるかを、これ以上ないくらいわかりやすく示した事例だと思う。

教科書怪談の「読んだ覚えのないページが増えている」を、逆から見るとこうなる。エレン先生の場合、増えたページには名前も顔もあった。話題にもなった。だから怪談にならずに済んだ。もし誰も気づかないうちに、静かに登場人物が入れ替わっていたら。誰かが「去年の教科書にはこの先生がいた」と言い、誰かが「そんな先生いない」と答える。それだけで、立派に怪談が一本立つ。

ページが本当に増減する仕組みが、制度として存在している

ここまで来たら、制度の話をきっちりしておく必要がある。教科書怪談の考察の核心は、ここにある。

日本の小中学校で使われる教科書は、民間の発行者が編集し、文部科学大臣の検定を経て、各地で採択されて子どもの手に渡る。検定では、文部科学省の教科書調査官が調査意見書を作り、教科用図書検定調査審議会が審議して、検定意見が示される。発行者はそれを踏まえて修正する。この過程で、記述が変わり、図版が差し替わり、単元が入れ替わる。

そのうえで時間の流れが独特だ。申請から使用開始まで、おおむね三年かかる。検定の年、採択の年、そして使用開始の年。一九八九年告示の学習指導要領以降、検定も採択も原則として四年ごとのサイクルで回るようになった。ただし学習指導要領そのものが改訂される時期には、周期が短くなることもある。

流通も独特だ。義務教育の教科書は無償で給与される。この制度は昭和三十八年度に小学一年生から始まって、昭和四十四年度までに小中学校の全学年に行き渡った。国が発行者と契約を結び、発行者が供給業者を通じて学校に届け、校長が制度の意義を説明したうえで子どもに渡す。年度途中で転校した子には、転校先で使っている教科書が改めて渡される。令和八年度の政府予算では、この無償給与のために四百七十億円ほどが計上されている。

この制度の帰結を、怪談の目で見てみよう。まず、同じ学年でも地域によって使っている教科書会社が違う。採択は地区単位で行われるからだ。だから、隣町の友達と自分の教科書の中身が違うのは、まったく普通のことだ。次に、四年おきに内容が入れ替わる。上の学年と下の学年で、載っている作品が違うことがある。さらに、途中転入した子は、前の学校とは違う教科書を持つ。予備として学校に置かれる教科書もある。

つまり、「自分の教科書だけ他人と違う」という状況は、制度上いくらでも発生しうる。ページが増えたように見える現象の大半は、この制度の産物で説明がつく。上級生の記憶と下級生の教科書を突き合わせれば、掲載作品は当然ずれる。ずれるように制度が作られている。

これに加えて、教科書には正誤の訂正という手続きもある。誤りが見つかれば訂正の申請が行われる。学校には訂正の連絡が届き、場合によっては差し替えの紙が配られる。子どもの目には、これが「ページが増えた」ように映ることがある。実際、資料の追加や差し替えの紙が挟まれた教科書は、ページ番号の連続を破ることがある。八十二の次が八十五になる、という怪談の細部を思い出してほしい。制度は、怪談が語るとおりの現象を、平然と現実に発生させている。

全部、編集と印刷と流通で説明がつく

はっきり書いておく。教科書怪談で語られる現象のうち、実際に起きうるものはすべて、編集と印刷と流通の帰結だ。怪異は要らない。

ページが増える。これは版が違う教科書を見た、副読本と混同した、上の学年の記憶と混ざった、訂正の紙が挟まっていた、のいずれかで説明できる。落丁乱丁が起きた場合も、不良品として交換される仕組みがある。

作品が消える。これは学習指導要領の改訂、単元構成の見直し、ページ数の制約、著作権許諾の条件、現場評価の変化といった編集判断の結果だ。誰かが隠したわけじゃない。星野君の二塁打が全社の道徳教科書から消えたのも、論争と社会状況と実務的事情が積み重なった結果だ。

キャラクターが消える。エレン先生の一件が示すとおり、これは教材の設計上の判断だ。二年生の教材の舞台が海外に移るなら、日本にいるALTは出番がない。それだけの話だ。そして必要があれば戻ってくる。実際に戻ってきた。

名前が消えない。これは物理だ。強い筆圧で書かれた字は紙に溝を作る。消しゴムでは溝は消えない。溝には黒鉛の粉や汚れが溜まる。時間が経てば、消したはずの字が濃く見えることは普通にある。むしろ、消えるほうが不思議だ。

落書きが変わる。これは記憶の問題である可能性が高い。人は自分が描いた線の位置や角度を正確には覚えていない。もともとの印刷の陰影と、自分が足した線の記憶が混ざる。加えて、教科書の肖像図版は版によって別の絵に差し替わることがある。学期の途中で気づくとは限らない。

音読で空気が変わる。これは怪異どころか、教材が意図どおりに機能している状態だ。書き手も、編集者も、教師も、読んで心が動くように作っている。動いたなら成功だ。空気が止まったように感じたのは、教室にいる三十人が同時に同じ場面を理解したからで、そういう瞬間に人は呼吸を浅くする。カーテンが止まって見えたのは、たぶん、そのとき風が止まっただけだ。

ここまで書いても、この話は怪談の否定にはならない。むしろ逆だと思っている。制度が「ページが増減する本」を実際に作り出し、教材が「読むと空気が変わる文章」を実際に用意している。怪談は、その現実の上にきれいに乗っている。土台が本物だから、話がしぶとい。

器としての教科書は、七つの条件を全部満たしている

最後に整理しておく。器としての条件を、教科書はいくつも満たしている。

一つ目、全員が持っている。学校の怪談は、聞き手が自分の経験に照らせないと広がらない。教科書は全国の全員が持っているので、どこで語っても通じる。トイレの花子さんと違って、施設の構造にも依存しない。

二つ目、全部読まれない。毎日開くのに、全ページは読まれない。既知と未知が同じ本の中に同居している。この構造が、「知らないページがあってもおかしくない」という素地を作る。人は、自分の未読の範囲を正確に把握していない。

三つ目、比較が可能で、しかも比較が壊れる。隣の席の子と見比べられる。だから怪異の確認手続きが物語に組み込める。しかも、採択地区や版の違いで、実際に中身が違うことがある。比較の前提が制度的に壊れている。

四つ目、身体を通る。音読という行為がある。本を目で読むだけじゃなく、声に出して、耳で聞く。教室全体で同じ文章を同時に発声する時間が、学校にはある。声が同期する体験は、それ自体がちょっと呪術的だ。

五つ目、所有と痕跡がある。名前を書く欄がある。落書きができる。線を引ける。持ち主の痕跡が残る本というのは、意外と少ない。図書館の本には書き込めないし、電子書籍には溝が残らない。教科書は、書き込める本として例外的な位置にいる。

六つ目、権威がある。教科書に書いてあることは正しい、という前提が共有されている。その前提があるからこそ、そこに不正確なもの、不明なもの、見知らぬものが混ざったときの動揺が大きい。権威ある本の中の異物は、ただの異物より怖い。

七つ目、そして一番大きいのが、本当に変わることだ。四年ごとに、静かに、公式に、中身が入れ替わる。誰も嘘をついていないのに、去年と今年で内容が違う。この一点だけで、教科書は他のどんな本より怪談に向いている。

ここから先は、もう一段深いところを掘る

ここまでを踏まえて、もう一段深いところを掘る。教科書怪談という現象を、怪談としてではなく、日本の学校というシステムが必然的に生み出す副産物として見直してみたい。

まず押さえておきたいのは、教科書という物体の異常さだ。日本で暮らしていると当たり前すぎて気づかないけど、義務教育の九年間で、国民全員が同じ規格の本を、無償で、毎年新しく受け取る。この本は買ったものではないのに、自分のものになる。図書館の本のように返す義務はない。汚してもいい。書き込んでもいい。でも、捨てるのは何となくためらわれる。所有権はあるのに、心理的には預かり物のような感触が残る。この宙ぶらりんな所有感が、体験談その二の男性が言った「捨てたらもっと嫌なことになる気がした」という一言に凝縮されている。教科書を捨てられない大人は、想像以上に多い。実家の押し入れに小学校の国語がまだある人が、この記事の読者にも相当いるはずだ。物として捨てられない本は、記憶の器として長く機能する。器が長持ちすれば、そこに入る話も長持ちする。

次に、教科書が持つ時間の構造を考えてみたい。ふつうの本は、読み手が読みたいときに読む。教科書は違う。読む順番も、読む日も、読む速度も、他人が決める。しかも三十人が同時に同じページを開く。この同期の強さは、日常生活のどこにもない。映画館ですら、観客は同じ映像を見ているだけで、同じ行為をしているわけじゃない。教室では、三十人が同じ紙を同時にめくり、同じ行を同時に目で追い、ときには同じ言葉を同時に声に出す。この極端な同期の中で、一人だけ違うものを見てしまう、というのが教科書怪談の基本構造だ。つまりこの怪談は、集団からの脱落の物語なんだと思う。みんなと同じページを開いているのに、自分だけ違う。そして、それを訴えても信じてもらえない。学校という場所で子どもが一番恐れているのは、幽霊じゃなくてこれだ。同調から外れることと、外れたことを説明できないこと。教科書怪談が場所の怪談より地味なのに生き残っているのは、恐怖の質がより本質的だからだと私は思っている。

三つ目に掘りたいのが、記憶の書き換えという論点だ。人間の記憶は保存じゃなくて再構成で、思い出すたびに少しずつ書き換わる。これは今どき常識に近い話だけど、教科書に関してはこの現象がとりわけ強く出る。理由は単純で、教科書の記憶は他の記憶と強く絡み合っているからだ。あの物語を読んだ教室、その日の天気、隣の席の子の名前、給食のメニュー、先生の声。物語の記憶が、生活の記憶に埋め込まれている。だから物語だけを純粋に取り出せない。取り出そうとすると、周りの記憶が一緒についてくるし、逆に周りの記憶が物語のほうを汚染する。体験談その一の女性が「あの一行だけは自分で考えた文じゃないと思う」と言ったのは、この汚染の中で、なぜか一行だけが異物として残っている感覚を表している。この感覚は本人にとっては確信に近い。他人には検証できない。検証できない確信、というのが怪談の一番おいしい燃料だ。

ごんぎつねの鍋の一件を、もう一度別の角度から考えたい。あの話が広く受け止められたとき、多くの人は「読解力の低下」という枠で理解した。でも私は、あれは読解力の話というより、共有知の欠落の話だと思っている。かつての村落で行われた葬儀の煮炊きを、今の子どもが知らないのは当然だ。知らないものは想像できない。想像できないところに、知っているもの、つまり感染対策や刑事ドラマの映像が入り込む。ここで起きているのは能力の低下じゃなくて、参照先の入れ替わりだ。ある世代は葬式の煮炊きを参照し、別の世代は消毒や事件報道を参照する。同じ文が、まったく別の絵を結ぶ。そして興味深いのは、この現象が教科書怪談の「隣の席と中身が違う」という設定と、原理的に同じだという点だ。物理的なページは同一で、頭の中のページが分岐している。怪談は、この分岐を物質のレベルに投影して語っている。怪談というのは、抽象的な不安を物に憑依させる技術なんだと、この件はよく示している。

星野君の二塁打が全社の教科書から消えたという事実も、深掘りする価値がある。あの教材は五十年以上使われた。つまり、日本人の複数世代が同じ物語を読み、同じ問いを与えられ、それぞれの答えを持っている。教材が消えるということは、この共通体験の生産が止まるということだ。今後、星野君を知っている世代と知らない世代の境界が、日本社会の中に一本引かれる。その境界は、教室で語られる怪談の境界とも重なる。「昔は教科書に載っていた話」が話題として流通しなくなったとき、その作品は現実世界の記憶から浮遊し始める。浮遊した記憶は、往々にして怪談の素材になる。年配者だけが知っている話、確かめようとすると出典が曖昧になる話。教科書から出た作品が、二十年後には都市伝説の一部として再登場する、という展開は十分ありうる。というより、これまでの教科書怪談の一部は、実際にそうやって作られてきた可能性が高い。

制度の話も、もう一歩踏み込んでおく。教科書検定という仕組みは、外から見ると「国が内容をチェックする制度」と受け取られがちだけど、実務のうえでは膨大な調整の集積だ。調査官が意見を作り、審議会が審議し、発行者が修正する。この往復のなかで、文章のどこかが必ず動く。動いた結果は、次の版の子どもに届く。ここで面白いのは、動いた事実そのものは公開されているのに、動いた理由の細部までは、多くの人が知らないという非対称だ。公開されているのに知られていない情報というのは、隠されている情報よりも噂を生みやすい。隠されているなら「知らなくて当然」で済む。公開されているのに知らない場合、人は「自分が見落としているのか、それとも本当は隠されているのか」と迷う。この迷いが噂の栄養になる。教科書をめぐる噂の多くは、この非対称の産物だと思う。

エレン・ベーカーの一件を、ここでもう一度だけ引き受けたい。あれは今のところ、教科書をめぐる出来事のなかで、最も幸福な形で完結した事例だと思う。教科書のキャラクターが、教科書の外で愛され、教科書から消え、消えたこと自体がネタになり、そして版元が正面からそれに応えて連れ戻した。二〇二四年の小学校版での再登場と、サイドストーリー小説の刊行、そして「物語は教室をこえて」というプロジェクトのテーマ。あのテーマの言葉づかいは、たぶん狙って選ばれている。教室の中に閉じた物語は、教室を出た瞬間に行き先を失う。行き先を失った物語が怪談になる。だから教室の外に道を作った。その判断が意識的だったかどうかはわからないけど、結果として、消えた登場人物を怪談にしない最良の手を打ったことになる。

ここから言えるのは、教科書怪談への一番効く対処は、否定でも検証でもなく、続きを用意することだ、という一点だ。消えたものについて、消えたという事実と、その後の行き先が示されていれば、噂は立ちにくい。逆に、消えたきり何の説明もないものについては、必ず物語が湧く。学校という場所には、この「消えたきり」が山ほどある。転校していった子。年度末に配置換えで去った先生。取り壊された旧校舎。廃止された部活。使われなくなった特別教室。そして、教科書から消えた作品。学校の怪談の相当な部分は、この「説明のない消滅」を処理するために、子どもたちが自前で作った装置なんだと思う。装置としてよくできているし、たぶん必要なものだ。

体験談を集めていて気づいたことも書いておきたい。四件の証言はどれも、怪異そのものより、怪異を誰かに伝えようとして失敗した記憶のほうが鮮明だった。一件目の女性が覚えていたのは、手を挙げなかった理由だ。一週間前に先生に軽くあしらわれた記憶。二件目の男性が覚えていたのは、先生に見せられなかった理由だ。落書きがバレるという計算。四件目の男性が覚えていたのは、担任に名前を聞いて「うちの学校にはいないね」と流された場面だ。三件目の先生の話だけが例外で、こちらは伝える側じゃなくて受け取る側にいた。子どもが「先生、これ、まだ続きがあるんですか」と聞いてきた場面を、その先生は今でも覚えている。伝えようとした側と、受け取った側。両方の記憶に共通して残っているのは、内容じゃなくて、伝達の手触りのほうだ。これは怪談の記憶の性質として、かなり示唆的だと思う。怪異は忘れる。伝えられなかったことは忘れない。

もう一つ。この記事を書きながら、教科書怪談は電子化の時代に生き残れるのかを考えていた。デジタル教科書が広がると、紙の物理的な特性に依存した怪異は成立しにくくなる。名前を書く欄の溝は残らない。落書きは取り消せる。ページ番号は動的に変わるし、そもそも改訂は配信で行われる。ここまで書いてきた四つの型のうち、少なくとも二つは足場を失う。でも、たぶん死なない。形を変えるだけだ。すでにその兆しはある。端末に、自分が入れた覚えのないブックマークがある。マーカーを引いた覚えのない箇所が光っている。前の年度に使っていた誰かの手書きメモが、消したはずなのに同期で戻ってくる。学習履歴に、自分が開いた記録のない教材が残っている。紙より厄介なのは、電子には「同期」という概念があることだ。同期は、他人の痕跡が自分の端末に流れ込む正当な経路になる。怪談にとってこれ以上都合のいい仕組みはない。デジタル教科書時代の怪談は、たぶん紙の時代より不気味になる。

最後に、この記事の立場をはっきりさせておきたい。私は、教科書に本当にページが増えたとは思っていない。落書きが自分で笑うとも思っていないし、名前が意志を持って濃くなるとも思っていない。全部、制度と物理と記憶で説明がつく。つくんだけど、説明がついたあとに残るものがある。それは、あの本が自分の子ども時代の全部を吸っている、という感覚だ。四月に配られて、三月まで机の中にいて、毎日開いて、それでも全部は読まなかった本。あの本には、自分が読まなかったページが確実にある。読まなかったページには、何が書いてあったんだろう。今から読み返せば書いてある。書いてあるけど、あの教室で、あの席で、あの年齢で読むことは、もう二度とできない。読めたはずなのに読まなかったページ、というのは、要するに生きられたはずの時間のことだ。それを取り戻せないと知っているから、大人になった私たちは「読んだ覚えのないページ」の話にぞくっとする。あれは本の怪談じゃない。時間の怪談だ。

だから、教科書怪談はこれからも死なないと思う。制度が変わっても、紙が端末になっても、四月に何かが配られて三月に何かが終わる限り、あの本は毎年新しい世代に渡される。その中の何ページかは、必ず読まれないまま捨てられるか、押し入れの奥に入る。読まれなかったページの総量は、毎年、着実に増えていく。それを怪異と呼ぶかどうかは、たぶん、呼びたい人が決めればいい。私は呼びたい側だ。少なくとも、実家の物置に一年生の国語がまだあると気づいた夜くらいは、そう呼んでもいいと思っている。

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