奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

日本地図から消えた・存在しない島々――バラス島・スズメ北小島・瓜生島伝説の実像

地図に載っていない島がある。逆に、地図には載っているのに実在しない島もある。どちらもぞくっとする話だ。ただ、その理由は一つではない。

潮の満ち引き、測量のミス、軍事機密、そして天災。性質のまるで違うものが、「地図の謎」という一言でまとめて語られてしまいがちなんだよな。ここでは一件ずつ、確認できる事実とそうでない部分を分けて見ていきたい。

潮が引くたびに生まれ直す島――バラス島

沖縄県竹富町、西表島と鳩間島のあいだの海上に、直径十から二十メートルほどの無人の岩礁がある。バラス島だ。

正体はサンゴの残骸である。地元でバラスと呼ばれるサンゴの欠片が、潮流で堆積してできた島だ。満潮時には水面下に沈み、干潮時だけ姿を現す。

存在そのものは一九六三年の空中写真で確認されている。ところが、台風のたびに形が大きく変わる。そのため国土地理院の地図には、固定した島として載らない。

西表島の大原港からツアー船で二十分ほど。エメラルドグリーンの海の真ん中に、真っ白なサンゴの欠片だけでできた島影が見えてくる。

実際に訪れた観光客のブログにも、その手ごたえが残っている。「満潮時と違ってかなりの部分が出現してます」。「人口密度も高くない環境でシュノーケリングを満喫できた」。干潮のタイミングに合わせて行けた喜びが伝わってくる。

近年は「新バラス島」も話題になっている。正式には南バラス島と呼ばれ、本来のバラス島とは別の場所に自然発生した砂浜だ。船長に案内されて上陸したというブロガーは、条件が合わないと見られない幻の島だと書いている。

「この大海原の真ん中にポツンと存在する小さな砂浜に立っている」。その感覚に強い特別感を覚えたと、そのブロガーは綴っている。

地図に固定した形として描けないのは、測量の不備ではない。サンゴの死骸が波と潮流で絶えず再配置され続けている。生きた自然現象そのものの証だ。

現在は西表石垣国立公園の海域公園地区に含まれ、シュノーケリングの名所として年間数万人が訪れる。一方で、サンゴの白化など気候変動の影響も懸念されている。

地図の中にだけ存在した島――スズメ北小島

こちらは自然現象ではなく、行政の失敗の話だ。

鹿児島県南さつま市沖、九州本土から西へ数十キロ離れた海に宇治群島がある。その中の雀島の北方に、地図上では小さな島影が描かれている。ところが、船で行っても上空から探しても誰も見つけられない島があった。スズメ北小島である。

発端は海上保安庁だった。昭和五十九年の航空測量をもとに、地図上で実際の位置より離して強調描画したのだ。

この謎が一気に話題になるのは二〇二〇年。読売新聞の取材チームが自社所有のセスナ機で現地上空を飛び、高高度からの撮影と目視確認を試みた。取材班は地図の座標周辺を執拗に旋回した。そこには海面が広がるばかりで、島らしきものは影も形もなかったという。

この取材は同年五月二十六日付の朝刊で、一面を含む複数面にわたって報じられた。さらにMBSの「林先生の初耳学」でも特集される。「地図に載っているのに実在しない島」という扱いで、実際に現地へ向かう検証企画が組まれる。

視聴者からは驚きの声が多数寄せられたと伝えられている。「こんな身近な場所にまだ未解決の地理ミステリーがあったのか」というわけだ。

ネット上でも盛り上がった。「日本の測量技術でこんなミスがあるのか」。「灯台下暗しとはこのことだ」。一時は幻の島ミステリーとして扱われた。

ところが、この話には続きがある。国土地理院は二〇二四年五月一日付で、地図上の島の位置を修正した。そして訂正した。雀島とスズメ北小島のあいだに記載されていた無名の島こそが、実はスズメ北小島そのものだったのだ。

つまり真相はこうだ。「島が存在しない」のではない。「地図上の位置が実際の島からズレていた」という測量・転記ミスだった。

背景には慣行がある。航行安全を目的とする海図は、重要地点を強調して描く。その強調描画が、そのまま国土地理院の地図へ引き写された。

領海と排他的経済水域の基点になる島の実在確認は、国家にとって重い課題だ。この一件は、日本の離島行政の盲点を示す実証事例として知られている。

地図から消された島――大久野島

軍事機密のせいで消された島もある。広島県竹原市の大久野島だ。

瀬戸内海に浮かぶ周囲四キロの島。今はウサギがたくさん住む観光地として知られている。だが一九二九年に旧日本陸軍の造兵廠忠海兵器製造所が開所して以降、一九四五年まで、この島では毒ガスが製造されていた。びらん剤や血液剤など、合計六千六百十六トンにのぼる。

ジュネーブ議定書で使用が禁じられていたにもかかわらず、秘密裏に進められた事業だった。だから一九三八年の地図では、周辺の島だけが描かれ、大久野島の位置は空白にされている。地図に載っていたものが、意図的に消されたわけだ。戦後の一九四七年になって、ようやく地図上に復活した。

従事者のうち六千七百人以上が後遺症に苦しんだ。一九九六年には土壌の砒素汚染が発覚し、洗浄が行われた。現在は毒ガス資料館が平和教育の場となり、年間十三万人を迎えている。

一夜で沈んだとされる島――瓜生島

そして、いちばん有名な「消えた島」の話だ。

慶長元年閏七月十二日、西暦でいえば一五九六年九月四日の深夜。豊後国、今の大分県の別府湾沿岸を、後に慶長豊後地震と呼ばれる巨大地震が襲った。震源は日出断層帯とされ、直後には大津波が湾内を襲ったと伝えられている。

当時、府内、つまり現在の大分市中心部の沖合には、瓜生島あるいは沖の浜と呼ばれる港町があった。貿易で栄えた賑やかな島だったという。

地震の夜、住民たちは寝入っていたところを激しい揺れで叩き起こされた。逃げる間もなく、津波と地盤の崩壊に飲み込まれた。江戸期の古文献「豊府紀聞」には、この災害で七百八人が溺死したという記述が残る。

一夜にして街ごと海に沈んだ。このドラマチックな筋書きから、瓜生島は後世「日本のアトランティス」と呼ばれるようになった。

ただし、話はそう単純ではない。大分大学の加藤知弘教授らは、瓜生島調査会を組織した。一九七七年以降、音波探査機ユニブームで湾底を調べた。しかし、独立した島が丸ごと沈んだことを示す明確な地形や遺構は発見されていない。

現在の学術的な見解はこうだ。瓜生島、つまり沖の浜は、完全に孤立した島ではなかったらしい。府内から約四キロ離れた岬状の陸地に築かれた港町だった。

地震による液状化現象と地盤沈下、そこに津波が重なって町全体が水没した可能性が高い。丸ごと海に消えた島という伝説のイメージ。液状化で沈んだ港町という地質学的な推定。両者のあいだには、確かに隔たりがある。

ちなみに、この事例を「宇留島」と表記する記事もある。ただ、正式な学術・民俗資料では一般に瓜生島とされている。同一事象の別表記か誤記と見るのが妥当だ。

出典が見つからなかった島――江州辺播磨小島

一方で、調べても実在が確認できなかった事例もある。

ある記事に、江州辺播磨小島という名が登場する。「北海道村沖五百メートル、海面上昇と波の侵食で消失した二〇一八年消滅の小島」という触れ込みだ。しかし今回の調査では、この名称の島を裏付ける公的資料が一件も見つからなかった。北海道村という自治体名も同様だった。

そもそも「江州」は近江、つまり現在の滋賀県を指す。「播磨」は現在の兵庫県だ。この二つの旧国名の組み合わせ自体が、地理的に不自然である。

国土地理院や気象庁の公開資料でも、該当する消失事例は確認できない。実在の地理現象ではなく、注目を集める目的で作られた創作的な事例。他の実在事例とは、はっきり分けて扱いたい。

日本各地に散らばる「沈んだ島」たち

瓜生島と似た構造の伝説は、実は各地に点在している。

伊勢湾に浮かんでいたとされる田引島。大地震で一夜のうちに水没したという言い伝えを持つ。地元の郷土史料にわずかに名前が残るだけの島だ。

島根県沖に伝わる加島の伝説も、同じく地震か津波による水没を伝える話だ。瓜生島ほどの知名度はない。それでも地方の災害伝承として、細々と語り継がれてきた。

さらに別府湾内には、久光島という島の伝承もある。瓜生島とは別に、同じ慶長豊後地震で沈んだという話だ。瓜生島の陰に隠れてあまり知られていないが、地元の郷土史家のあいだでは言及されることがある。

これらに共通するのは、いずれも実際の巨大地震という史実の裏付けを持っている点だ。そして時代を経るにつれて、「一つの島がまるごと消えた」という劇的で分かりやすい物語へ整形されていった。

地盤沈下や液状化という地味な地質学的現象より、島が一夜で消えたという筋書きの方が記憶に残りやすい。口承として生き延びやすかったのだろうね。

「結局あったんかい」と言われた訂正報道

スズメ北小島については、初耳学の放送直後からSNSが賑わった。「地図の間違いをこんなに大々的に検証するなんて面白い」。「日本地図って意外とアバウトなんだな」。好意的な反応が多い。

一方、地理に詳しい層や測量関係者からは、冷静な解説も多く寄せられた。曰く、「海図と地形図では縮尺も目的も違うのだから、こういう転記ミスは起こり得る」。

二〇二四年に国土地理院が正式に位置を修正したというニュースが流れた。すると「結局あったんかい」「オチがちょっと寂しい」という反応もあった。幻の島としての盛り上がりに比べて、訂正の方はやや地味な扱いに終わった印象がある。

瓜生島の方は「日本のアトランティス」という呼び名がキャッチーだ。だからオカルト・古代文明系のコンテンツでも、たびたび取り上げられる。「本当は宇宙人の基地があったのでは」といった飛躍した考察が語られることもある。

ただ、歴史・考古学系の掲示板の反応は冷静だ。「音波探査でも遺構が見つかっていない以上、実在の孤立した島というより港町の水没と考えるのが妥当」。調査結果に基づいた指摘が、繰り返しなされている。

地図の空白が語っていること

こうして並べてみると、「地図にない島」を一括りの神秘談として扱うことの危うさが見えてくる。

バラス島は潮汐と地形の問題。スズメ北小島は測量と制度上の経緯で、島が実在しないわけではない。大久野島は軍事機密という人為的な理由。瓜生島は自然災害とその伝説化。そこに、名前の組み合わせ自体が不自然で出典も確認できない事例まで混ざっている。

バラス島が属する西表石垣国立公園の海域は、サンゴ礁の白化など気候変動の影響が現れる最前線でもある。島の消長そのものが、海洋環境の変化を映す鏡になっている。

スズメ北小島を含む宇治群島はどうか。領海と排他的経済水域の基点となる離島の実在確認という、国家的な課題に直結する地域だ。

瓜生島が沈んだとされる別府湾の海底には、今も活動を続ける断層群が存在する。こちらは防災科学の重要な研究対象になっている。

地図は本来、客観的な事実を描くはずのものだ。その中に、測量の誤差と、自然の変動と、人々の記憶が生んだ伝説が入り混じっている。この列島がいかに動的で複雑な自然環境の上に成り立っているか。地図の空白は、それを静かに物語っている。

タイトルとURLをコピーしました