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粉のような耳あか――日本人の八割が持つ乾いた耳垢と、一文字の違いが決めていた体質の話

耳かきの先に載っていたのは粉だった

耳かきを耳に入れて、ゆっくり引く。先に載ってくるのは、白っぽくて薄い粉のようなかけらだ。指でつまめばぱらぱらと崩れ、湿り気はほとんど感じない。日本で暮らす人の多くが、これこそ耳垢の普通の姿だと信じて疑わず、それ以外の形があることさえ想像しない。見慣れた粉だ。

ところが世界を見渡すと、この「普通」は少数派に入り、ヨーロッパやアフリカの人たちの耳垢は、褐色でべたつく。飴のように柔らかく、耳かきにねっとり絡みつく。粉ではなく、油っぽい塊だった。

耳垢には、乾いたものと湿ったものの二つの型がある。前者を乾型、後者を湿型と呼ぶ。乾型には「こな耳」という呼び名もあり、遺伝学の世界では、ずいぶん昔から知られてきた体質だ。

日本人では、乾型が七割から八割を占める。ところがヨーロッパ人やアフリカ人は、ほぼ全員が湿型になる。同じ人間なのに、耳の穴の中で作られるものがこれほど違う。いったい何が、この差を生んだのか。

数字で見ると、差はもっと極端になる。ある整理によれば、湿型の割合は、北部の中国人や韓国人でわずか四パーセントから七パーセントほど。ミクロネシアやメラネシアの人々では、六割から七割に上る。白人では九割を超え、黒人では九九・五パーセントに達する。

北東アジアの端から、世界の南と西へ向かって、湿型が増えていく。耳垢の乾き具合は、この列島の外へ続く長い歴史に、細い糸でつながっていた。糸の端を、これから手繰ってみる。

耳の穴の中で作られているもの

答えに入る前に、耳垢の正体を押さえておく。耳の入り口から鼓膜までの通り道が外耳道で、長さはおよそ三センチある。入り口に近い側の壁は軟骨でできていて、奥のほうは骨でできている。どちらも、指では届かない深さだ。

耳垢が作られるのは、入り口に近い軟骨の側。ここの皮膚には、耳垢腺という汗の腺の一種と、毛穴につながる皮脂の腺が並んでいる。両方から出る分泌物に、はがれ落ちた皮膚の角質やほこり、毛が混ざったものが耳垢になる。俗に耳糞とも呼ぶ。

耳垢は、汗と脂と皮膚のかすの寄せ集めで、汚れのようにも聞こえるが、耳にとっては働き者でもある。弱い酸性を保って細菌の増えすぎを抑え、免疫に関わる物質も含み、脂の膜で耳の皮膚が乾くのを防ぐ。そんな役目を持つと説明されてきた。

虫除けの効果があるという言説もある。湿った耳垢の苦みやにおいが虫を遠ざけるというのだが、この言説を科学的に証明した研究は、まだ出ていない。面白い話だが、今のところは言い伝えの域にとどまる。

しかも耳の穴には、掃除の仕組みが最初から備わっていて、外耳道の皮膚は、鼓膜のある奥から入口へ向かって少しずつ移動していく。物を噛んだり喋ったりして顎が動けば、その動きも耳垢を外へ押し出す。放っておいても、耳垢は自力で出てくる。耳の穴は、掃除係つきの造りだ。

だから耳の奥まで頻繁に掃除する必要は薄い、と説明する耳鼻科医は多い。アメリカの耳鼻咽喉科の学会も、無理な掃除が皮膚の傷や鼓膜の穿孔、耳垢のつまりにつながる恐れを指摘している。耳かきの習慣が根強い日本では、少し耳が痛い話だった。耳垢は、みみあかとも、医学の場ではじこうとも読む。

湿ったほうが優位に立つ

乾型と湿型を分けているのは、どうやら一つの遺伝子らしい。そう考えられるようになった背景には、半世紀以上前からの研究がある。一九六二年、日本の遺伝学者の松永英が、正常な耳垢には二つの型があるという内容を、英文の学術誌に報告した。ここから話が動く。

この体質は、メンデルの法則に従って親から子へ伝わり、エンドウ豆の種が丸くなるかしわになるかで決まるのと同じ仕組みだ。耳垢の型は、両親から一つずつ受け取る遺伝子の組み合わせで決まる。子は親の半分ずつを受け継ぐ。

ここで効いてくるのが、顕性と潜性という関係だった。昔は優性と劣性と呼んでいたが、優れている劣っているという意味ではない。湿型が顕性、乾型が潜性。湿型の遺伝子を一つでも受け取れば耳垢は湿り、乾型になるには、乾型の遺伝子を両親から二つそろって受け取る必要がある。

だから、両親がどちらも湿型でも、乾型の子どもが生まれることはある。湿型と乾型の遺伝子を一つずつ持つ人は、見た目こそ湿型だからだ。そういう両親から生まれる子が乾型になる確率は、四人に一人。乾型の親と、乾型の遺伝子を隠し持つ湿型の親とが組めば、子の半分が乾型になる。祖父母が乾型で、父母が湿型で、孫がまた乾型という家族も、遺伝子の上では筋が通る。

反対に、両親が二人とも乾型なら子どもは必ず乾型で、二人とも乾型の遺伝子しか持たないから、渡せるものがほかにない。湿型の親は中身の遺伝子まで読めないが、乾型の親は見た目だけで中身を言い当てられる。

乾型は、湿型の働きが欠けた状態にあたり、湿型の遺伝子が持つ何かの働きが、乾型では落ちているわけだ。乾いているのは、足りないものがあるせいだった。では、足りないのはいったい何なのか。

長崎の研究室が探した一か所

この謎に挑んだのが、長崎大学の新川詔夫さんと吉浦孝一郎さんの研究グループだ。東京工業大学の石川智久さんも加わった。成果は二〇〇六年一月二十九日付けで、遺伝学の専門誌の電子版に掲載される。

研究が目指したものは、大きく三つあった。耳垢の型が決まる仕組みを分子のレベルで解き、腋臭症や初乳、薬剤への耐性との関わりを医学の面から探る。日本人の起源や移動の道筋を、人類学の面から推し量る。耳垢は入口にすぎなかった。

最初にやったのは、探す範囲を絞ることだ。人の遺伝情報は、二十三対、四十六本の染色体に収まっている。広大な地図のようなもの。耳垢の型を決める場所がこの地図のどのあたりにあるのかを、まず突き止めなければならなかった。

調べ方は地道だ。家族を集めて、耳垢の型と遺伝子の目印が、いっしょに受け継がれるかを調べた。近くにある遺伝子どうしはまとまって子へ伝わりやすく、この性質を使うのが連鎖解析という方法だ。結果、耳垢の型を決める遺伝子は十六番染色体にあると分かった。

範囲が絞れても、まだ広い。染色体を住所にたとえれば、区までは分かったが、番地はこれからという段階だ。染色体を本棚、遺伝子を一冊の本、塩基をそこに並ぶ文字と思えば、探す本の棚が決まっただけだった。そこで、候補の領域にある遺伝子の個人差を、耳垢の型ごとに比べていった。調べたのは百十八人で、湿型が五十四人、乾型が六十四人。

この段階では、型は本人の申告で決めていた。申告にはどうしてもずれが出るので、条件を改め、実際に耳垢を観察して分類をやり直す。対象は百二十六人。湿型が三十八人、乾型が八十八人という内訳だった。

結果は鮮やかだった。乾型の八十八人は、全員が同じ遺伝子型だったのだ。湿型三十八人のうち三十七人は、その型を持っていなかった。残る一人だけが、この型に当てはまらなかった。八十八人が一人も漏れずにそろうのだから、偶然では片付けにくい数字だ。

塩基一つが書き換わっていた

遺伝子の正体は、薬剤排出に関わるタンパク質を作る遺伝子だった。本来は、細胞の中の物質を外へ送り出す役目を持つ。名前は長い記号で呼ばれるが、ここでは「十六番染色体の薬剤排出遺伝子」と呼んでおく。記号は後回しだ。

違いが見つかったのは、その遺伝子の五百三十八番目の塩基だ。塩基とは、遺伝情報を書き込む文字のようなものを指す。文字は四種類しかない。アデニン、グアニン、シトシン、チミンの四つで、人の設計図はすべて書かれている。

ふつうの湿型では、五百三十八番目にグアニンが入る。乾型では、それがアデニンに置き換わっていた。人の設計図は、およそ三十億の文字でできていて、そのうちのたった一つが別の文字に入れ替わっただけだった。

たった一つ。それなのに、タンパク質の働きが落ちる。乾型の遺伝子を持つ細胞では、細胞内の信号に使われる物質が、ほとんど外へ出ていかなかった。湿型の細胞とは、動きがまるで違う。この遺伝子が薬を細胞の外へ追い出す働きも持つため、薬剤への耐性との関わりも、研究の課題に挙げられていた。

のちの研究で仕組みはさらに細かく分かり、乾型のタンパク質は、細胞の中で分解されやすいと分かっている。しかも、糖の鎖が付く加工が抜けるため、細胞内で正しく形を整えられない。物質を外へ送り出す機能が落ちるのは、このせいだった。

遺伝子の型は、二つの文字の組み合わせで三通りに分かれる。アデニンが二つなら乾型、グアニンとアデニンが一つずつでもグアニンが二つでも湿型になる。顕性と潜性の関係が、塩基の文字のレベルでようやく説明できた。長年の謎に、文字通りの答えが付いた瞬間だ。発表の資料には、腋臭症との関連の検証や、個人に合わせた医療への応用が期待される、と書かれていた。

脇の汗と耳の穴は、同じ腺の仲間だった

耳垢の研究が注目された理由は、もう一つある。日本では昔から、湿った耳垢の人は腋臭、いわゆるワキガと関わりがあると言われてきた。耳と脇に、何の関係があるのか。

手がかりは、汗を出す腺にある。人の汗腺は大きく分けて二種類あり、全身にあるエクリン腺と、脇の下や耳の中などに限られるアポクリン腺だ。耳垢腺は、このアポクリン腺の仲間にあたる。

脇のにおいのもとになるのはアポクリン腺から出る汗だが、汗そのものにはほとんどにおいがない。皮膚にいる細菌が汗を分解するときに、独特のにおいが生まれる。湿型の人は、このアポクリン腺の量が比較的多い傾向にあるという。

アポクリン腺の働きは、成長とともに変わる。思春期に活発になるのが、第二次性徴の一つだ。成長期を過ぎると汗の分泌は落ち、高齢の人の耳垢は粘土のように固くなりやすい。湿型の耳垢は、流れ出るほど柔らかいものから粘土状まで幅広い。耳垢にも年齢がある。

新川さんたちの研究では、腋臭症の患者七十九人のうち七十八人が、湿型にあたる遺伝子型を持っていた。一般の人との頻度の差は、統計の上ではっきりしていた。これが決め手になる。耳垢と脇のにおいは、同じ遺伝子の型でつながっている。

ただし、ここは誤解されやすい。耳垢が湿っている人が、必ずワキガになるわけではない。においの感じ方には個人差が大きく、診断は医師が行うものだ。耳垢の型だけで、体質を決めつけることはできない。乾型も湿型も、健康な体の個性だ。

母乳の出かたにも及んでいた

この遺伝子は、アポクリン腺で働く。アポクリン腺の仲間には、乳腺もある。研究グループは、産後の女性の初乳に目を向けた。

調べた産婦は二百二十五人。乾型が百五十五人、湿型が七十人という内訳。結果は、初乳がまったく出ない産婦の割合が、乾型のほうが湿型より有意に多いというものだった。出た初乳の量も、乾型のほうが有意に少なかった。

ここで言う有意とは、偶然では説明しにくいほど差がはっきりしている、という意味だ。耳の穴の話をしていたはずが、母乳の話に行き着いた。同じ遺伝子の一文字が、耳垢の湿り気と、脇のにおいと、初乳の量にまで関わっている。体の離れた場所が、一文字でつながっていたわけだ。

研究では、乳がんとの関わりも調べられた。乳がんの患者九十一人と、そうでない人百二十七人を比べたが、両者に差は見られなかった。乳がんの発症に関わるという仮説は、この調査では裏づけが得られていない。

乾型は北東アジアで生まれた

もう一つ、この遺伝子が注目を集めた理由がある。乾型の遺伝子が、世界のどこに多いかという話。調べると、乾型は北東アジアを中心に高い頻度を示していた。

論文の報告では、アデニンの側の遺伝子は、北から南へ、東から西へと、頻度が緩やかに下がっていく。いちばん高いのは中国人と韓国人だった。乾型の遺伝子は北東アジアで生まれ、そこから世界へ広がったと推定されている。起点は北東アジア。

北アメリカにも南アメリカにも先住民の中に乾型の人がいて、過去に民族が広がっていった証拠だと、研究グループは見た。人が動いた道筋が、耳垢に刻まれていたのだ。

型は一つではない。アジアの集団からは、五百三十八番目の変化とは別に、二十九個の塩基が抜け落ちた型も報告されている。いずれの型でも、乾型の遺伝子は民族の間で共通の型が受け継がれていた。偶然の産物には見えない。

日本地図に描かれた弥生の道

では、日本の乾型はどこから来たのか。研究グループは、乾型の遺伝子が渡来した人々によって日本列島へもたらされた可能性を示した。縄文の人々には湿型が多く、弥生の人々には乾型が多かった。そんな見方。

この見方が当たっているなら、日本の中にも濃淡が出るはずだ。新川さんたちは、スーパーサイエンスハイスクールの学校と共同研究を組んだ。全国五十五校から試料を集め、千九百六十三の試料を分析した。

高校生が集めたデータが、日本地図になった。乾型の遺伝子の頻度が高いのは、北九州から東九州、四国北部の瀬戸内海側、関西を中心に兵庫県から岐阜県までの地域。弥生の渡来系の人々が北九州から東へ広がった道筋と、重なって見える。

二〇〇七年九月十五日には、長崎県立長崎西高校の生物部が、日本人類遺伝学会で同じ種類の研究を発表している。乾型は西日本に多いという結果だった。渡来人の人骨が西日本でよく見つかる事実とも、足並みがそろう。

反対に、湿型が多く残る土地もあり、北海道のアイヌの人々では、約半数が湿型だったという報告がある。東北や北関東、南九州にも湿型が多いようだ。沖縄の耳鼻科医も、診療の実感として、本土より湿型の人が多いと書いている。

日本全体の湿型の割合は、資料によって一六パーセント前後から二割台まで幅を持つ。渡来の影響の濃さで説明する見方は有力な仮説だが、確定したわけではない。耳垢の分布から列島の人の動きを読み解く試みは、まだ途中だ。

耳かきという日本の習慣

乾型が多数派の日本では、耳かきという道具が広く使われてきた。細い竹の先が小さく曲がり、乾いた耳垢をかき出すのにちょうどいい形をしていて、先に白い綿毛の飾りが付いたものもよく見る。

ヨーロッパの湿った耳垢には、耳かきは合わないのかもしれない。べたつく耳垢は綿棒のほうが絡め取りやすく、ごく単純な理由が、国ごとの掃除道具の違いを作ったと考えてみる。そう考えるのは筋が通っていて楽しいが、ただの推測にすぎない。

型にかかわらず耳の奥を強くこするのは勧められず、皮膚を傷つけると、外耳炎という炎症を起こすことがある。耳垢が奥で固まって道をふさぐ耳垢栓塞になると、聞こえが悪くなる。

耳の中がべたついたり、痛んだり、聞こえにくくなったりしたら、自己判断で掻かずに耳鼻科を受診するのが安全だ。耳垢の取り方は、医師が耳の中を見て判断してくれる。補聴器やイヤホンを長い時間着けている人は、外耳道がふさがれて耳垢が自然に出ていきにくくなる場合もあるので、気になるときは早めに相談しておきたい。

耳垢をため込む動物もいるのだ。クジラの仲間は、耳の構造のせいで耳垢が外へ出ず、死ぬまでたまり続けて栓になる。この耳垢栓には年輪のような筋があり、年齢やホルモンの変化、体に入った汚染物質の影響まで読み取る手がかりになるという。鯨類の研究では、この耳垢栓が貴重な資料として扱われる。人の耳は、その点では掃除上手なのだ。

なぜ乾型は広がったのか

ここまでで、乾型を決める一文字は分かった。北東アジアで生まれたことも、ほぼ間違いない。しかし、なぜその遺伝子が、これほど多くの人に広がったのかは、研究の途中にある。その答えは、空白だ。

偶然が重なって広がっただけかもしれないし、何らかの利点があって、乾型の人が子孫を多く残したのかもしれない。いまのところ、どちらとも決めきれない。分かっていることと、分かっていないことの境目が、ここにある。

耳かきの先の粉は、アデニンを二つ持つ体質のしるしだ。日本人の七割から八割が持つ、北東アジア生まれの一文字。小さな粉だ。そのありふれた粉の中に、人の移動の記録が畳まれていた。

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