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ものもらいを井戸に落とした土地があった 小豆3粒と目籠と1円玉、呼び名が県ごとに割れる目の腫れの民間伝承

障子の破れ目から、手だけ出した

ものもらいができたら、障子の破れ目から手を出す。外にいる誰かがその手におにぎりを乗せてくれて、それを食べれば治る。東京都小平市が公式ページで紹介している「昔話」の一つだ。出どころは役所のページだ。

小平に伝わっていた民間療法や俗信を、聞き取りでまとめたページになる。ものもらいの項目には、障子と井戸と1円玉が出てくる。

ページの語りは話し言葉のままで、「それを食べれば治るんだって」と結ばれている。誰かが誰かから聞いた話を、そのまま写した文体だ。

障子の紙には穴が開く。子どもが指で突いたり、猫が爪を立てたりして、古い家では珍しくもなかった。その穴から手だけを差し出すのが、このまじないの入り口だった。

顔は見せない。声も出さない。外から来た人が黙っておにぎりを握らせて去るという、妙に静かな段取りだったらしい。道具は握り飯が1個。

障子紙に開いた小さな穴が、外にいる人と家の中にいる腫れた目の持ち主を結ぶ唯一の窓口になり、そこを通るのは手と握り飯だけだった。静かな儀式。

おにぎりに決まっていたわけでもなかった。同じ記述には「おにぎりに限らず、何か物をもらうだけでもいい」という説が添えてある。握り飯でも菓子でも小銭でもよく、誰かから何かをもらえば足りた。

肝心なのは、もらう側に回ることだった。地方の記録をたどると、この「もらう」にたどり着く土地が多く、病名そのものがそれを覚えている。

名前の中に、乞食が隠れている

「ものもらい」という呼び名は、他人から物を恵んでもらうと治るという迷信に由来するとされる。小平の昔話と同じ筋の説明が、百科事典にも載っている。

誤解されやすいのは、「他人から病気をもらう」という意味に取ってしまうことだ。実際は逆で、物をもらう側に回るから治ると信じたのが名前の起こりになる。

もらった物を受け取ることで腫れが相手へ移ると考えたのか、それとも別の理屈があったのか。そこまで書いた記述は見つからなかった。分かるのは、名前のほうが手順を覚えているということだけだ。

物をもらう行為は、ほかの呼び名にも顔を出す。「めこじき」と「めかんじん」がそれだ。目に乞食、目に勧進。勧進は寺社の寄付を募ることで、乞食とは近い響きを持つ。

麦粒腫という医学の名前を知らなくても、昔の人はこの腫れを「物乞いをすれば消えるもの」と見ていた。名前がそのまま、まじないの手順書になっている。筋は単純だ。

目に乞食、目に勧進という呼び名は、腫れそのものではなく、治し方のほうを名前に取り込んだものだと読める。病名というより、手順の名前に近い。

この説明は、1991年に小学館から出た『方言の読本』(佐藤亮一監修)と新聞記事を根拠にしている。百科事典の項目にも、同じ書名が出典として挙がっていた。

呼び名は、日本中でばらばらに割れた

ものもらいの呼び方は、地方ごとにここまで違う。ものもらい、めばちこ、めいぼ、めっぱ、めんぼう、めぼいと、めこじき。同じ腫れに、これだけの名前が付いた。とにかく数が多い。

ロート製薬は自社サイトで、呼び方の全国調査を公開している。回答したのは全国9770人で、マップが公開されたのは2004年7月22日からだ。

全国で最も多かった呼び名は「ものもらい」の34.5%。次が「めばちこ」で27.5%、3位は「めいぼ」の7.2%だった。1位と2位を足すと6割を超えるが、残りは小さな呼び名の集まりになる。

県別に見ると、色分けははっきりしていた。ものもらいが強いのは神奈川県の91%、千葉県と埼玉県の89%で、関東の3県が上位を占めている。

一方の「めばちこ」は、大阪府が91%、兵庫県が90%、奈良県が88%。関西全域で8割を超えた。

「めいぼ」は、京都府と滋賀県で多数派になる。大阪府と京都府は隣り合っているのに、呼び名の旗色ははっきり違った。九州の佐賀県、鹿児島県、沖縄県にも、ものもらいを使う県が確認されている。

関東の89%と、大阪の91%

数字を並べると、東西の差が見えやすい。ロート製薬の調査では、関東の3県で「ものもらい」が神奈川県91%、千葉県89%、埼玉県89%だった。

関西の「めばちこ」は、大阪府91%、兵庫県90%、奈良県88%。どちらも9割近い数字で、迷う余地が少ない。

関東の3県と関西の3府県のそれぞれで、地元の呼び名を選んだ人が9割近くに達していた。東と西で、同じ腫れがまるで別の名前を持っていたことになる。

9割。10人に9人が同じ名前を口にする計算になる。残る1人は、別の名前を持ち出す側だ。

全国の数字が34.5%と27.5%に割れたのは、こうした偏りの足し算にあたる。東西それぞれが、自分の呼び名を疑いもしなかった結果だ。

京都府と滋賀県は「めいぼ」で、大阪府は「めばちこ」。県境が、そのまま呼び名の境目になっている。

調査の回答は全国で9770人だった。47都道府県で割ると、1県あたりの平均はおよそ200人になる。県ごとの割合は、目安として読むのがよい。

小さな呼び名が、地図の隙間に散らばる

マップの解説は、数字に出てこない細かい名前も拾っている。京都府と滋賀県の「めいぼ」は、「目」と「いぼ」からできた名前だと説明される。目にできたいぼ、という見た目をそのまま言葉にした形だ。

東海地方では、岐阜県と愛知県で「めんぼ」が確認される。北陸と九州の一部には「めもらい」が分布し、福井県、石川県、長崎県、大分県の名が挙がっている。

ものもらいの頭の「もの」を取って「め」を付けたようにも見える形だ。ただし、この読みは語形から受ける印象にすぎず、由来を述べた資料は見つかっていない。

近畿の「めばちこ」は、高年層から若年層まで広く使われる傾向があるという。世代を超えて根づいた名前らしい。

このマップは、約50年前に国立国語研究所が行った調査と比べる形で解説を付けている。半世紀のあいだに、呼び名がどう動いたかを見る企画になっていた。

半世紀前の調査と今のマップを見比べれば、呼び名の勢力図がどこで動いたのかを読み取れる仕組みになっている。ただ、その比較の中身までは確かめられなかった。勢力図は動く。

九州や沖縄で「ものもらい」が使われる理由として、テレビや新聞の影響を挙げる解説もある。確かな根拠までは示されていないので、そういう見方がある、と紹介するにとどめる。

辞典は、呼び名を3つの群に分けた

方言の辞典は、これだけ散らばった呼び名を、いくつかの群に整理している。『現代日本語方言大辞典』の第6巻(平山輝男ほか編、明治書院、1993年)は、その代表的な1冊だ。

分け方はこうなる。ものもらい、めこじき、めぼいと、めかんじんをまとめた「こじき類」。めいぼを中心にした「めいぼ類」。そして関西の「めばちこ類」だ。

3つの群は、物乞い、いぼ、まばたきという、ここまで見てきた3つの語源の読みとほぼ重なって見える。おもしろいのはそこの一致。

注目したいのは、分布の並び方にある。めばちこが使われるのは近畿の中央で、そこから外へ向かうにつれて、めいぼ類、さらにこじき類が現れるという。

近畿の中央を芯にして、同心円のように呼び名が重なっている。関東や東北で優勢なものもらいは、この外側の群に入る。

辞典はほかに、九州の「インノクソ」と東北の「バカ」という語形にも触れている。宮城の「ばか」と佐賀の「いぬのくそ」は、辞典の側にも載っていたことになる。

めばちこの正体は、まばたきらしい

関西の「めばちこ」には、語源の説がある。患者が目をぱちぱちさせる様子から付いたのではないか、というものだ。

百科事典はこれを「推測されている」と書いていて、断定はしていない。ぱちぱちという音が先にあって、そこへ「目」が付いたのかもしれない。

ものもらいが物乞いの名を借りたのに対して、めばちこは目の動きを写した。同じ腫れでも、名前の付け方が真逆になっている。

片方は迷信の手順を呼び名にして、もう片方は見た目の様子を呼び名にした。東と西で、名前を作る目の付けどころが違ったことになる。

メノマハリという説もある

語源の説は、物乞いの説だけに絞られてはいない。『日本国語大辞典』第19巻(小学館、1976年)には、「メノマハリ(目間腫)の義」という説が載っている。

目のあいだが腫れる、という読みだ。物をもらう迷信とは別の系統で、名前の由来を腫れた場所に求めている。

一方、『日本語源大辞典』(前田富祺監修、小学館、2005年)は、別の説として「よその家から物をもらうと眼病が治る」という民間信仰に基づく命名を紹介している。

同じ辞典類の中に、説が並んで載った。どちらが正しいのか、決着をつけた記述は見当たらない。

めばちこにも、ぱちぱち説とは別の読みがある。由来を解説するあるサイトは、「メ(目)にハチ(こじき)にコ(接尾)」から来たという言語学的な説を挙げている。

その説が当たっていれば、関西の呼び名にも物乞いが隠れていたことになる。ただ、これも1つの説として紹介されているだけで、裏づける資料までは確かめられなかった。

宮城では「ばか」と呼んだ

珍しい呼び名の話をしておく。百科事典の稀な用例の欄には、「ばか」(宮城県)、「いぬのくそ」(佐賀県)、「おひめさん」(熊本県)が並んでいる。

宮城の「ばか」は、日本経済新聞が記事にしたことがあった。見出しは「ものもらいを『ばか』と呼んだら宮城県出身」で、方言から出身地が分かる、という話だ。

方言から出身地が分かるという話は、それだけ呼び名が土地ごとに固まっていたことの表れのようにも読める。きっかけは、ささいな一言。

目がばか。誰かがからかって付けた名前のようにも聞こえるが、理由を説明した資料は見つからなかった。ここは想像で埋めない。

佐賀の「いぬのくそ」は、さらに強烈だ。犬の糞が目に付いたような名前になっている。

熊本の「おひめさん」は逆に、丁寧すぎるくらい丁寧だった。腫れたまぶたを「姫」と呼ぶ。悪い名前と良い名前が、同じ腫れに付いたことになる。

名前を汚すことで遠ざけたのか、持ち上げて機嫌を取ったのか。その理由まで書いた資料は手元にない。ある解説も、ばかとおひめさんの由来は調べてみたいと書くにとどめていた。

隣の家のおにぎりと、壁越しの「はい」

呼び名のほかに、個人のブログに残された家の言い伝えもある。公式の記録ではないので、1つの例として紹介する。

宮城の例では、お隣さんからおにぎりをもらうと治る、という風習が書かれている。小平の障子の話と、骨組みがそっくり同じだ。

京都の例は、手順がもっと手が込んでいる。東の壁を向いて立ち、壁の反対側に誰かに立ってもらい、壁越しに向き合う。

相手に「めいぼ、めいぼ、めいぼ」と3回呼んでもらい、そのあとで本人が「はい」と返事をすると治る。書き手の母が、祖母から教わったものだという。

名前を3回呼ばれて返事をする。呼び名が手順の中心になっていて、ここでも名前がまじないの道具になっている。

愛媛の記録は、へそに塩をのせた

愛媛県の地域資料データベース『えひめの記憶』には、「メボ」の項に民間療法がまとまっている。「メボ」が今のものもらいと同じものかは、文脈だけでは確定できない。そのうえで、記された手順を紹介する。

上浮穴郡久万町では、へそに塩をのせる、あるいは女性の衣類でさする。御荘町ではへそに塩をすり込み、そのとき人に見られないようにする、と添えてあった。

川へ行って大豆を使う手順も載っている。小豆を井戸に落とす型と並べると、豆と水という材料が近い。

長浜町には、唱え言葉の記録がある。「伊勢のくにあさまが瀧の」で始まる呪文で、ここでは書き出しだけを引く。

眼病の欄には、景清様や一畑薬師に捧げる呪文も、複数の地域で記録されていた。東宇和郡野村町惣川では、「かげ清く照す生目の水鏡」と唱えるという。

目の腫れと、へそ。離れた場所を結ぶ手順なのに、なぜへそなのかを説明した記述は、引いた範囲には見当たらなかった。

へそに塩をのせる手順は、唱え言葉も道具の準備もほとんど要らないぶん、ほかの型よりずっと手軽に見える。塩ひとつまみ。

小豆を3粒、井戸に落とす

次は井戸だ。国立歴史民俗博物館には、全国の俗信を集めた俗信データベースがあり、井戸に関する記録だけで351件ある。

その中に、ものもらいを井戸に落とす型がいくつも出てくる。県ごとに、言い回しが少しずつ違った。

岩手県は、目に小豆を当てて「ほしが落ちた」と言いながら井戸に落とす。治る、と記録は結ぶ。山形県は、小豆を3粒、こっそり井戸に落とす。こっそり、という言葉が付いている。

愛知県は「ものむらい」という言い方で、小豆を目にはさんで井戸に落とす。1粒をはさむのか、数に決まりがあるのか、記録は述べていない。

大阪府は、めばちこができたら小豆を3粒、井戸の中へ投げ入れた。先に出てきた「めばちこ」の本場でも、この手順をやっていたことになる。

長崎県は、小豆を落としながら唱え言葉を口にした。「おれんメボはここへ落ちい」。メボは、長崎でのものもらいの呼び名だ。

5つの県の記録を並べると、共通点が見えてくる。小豆、井戸、落とす。目に当てるか、数を3粒にするか、唱えるかという細部は違うが、骨組みは同じ形をしている。

岩手から長崎までの記録を並べても、小豆を井戸に落とすという骨組みは崩れず、細部だけが県ごとに変わっていた。変わらなかった部分に、手順の芯がある。

腫れを小豆に移して井戸の底へ沈める。そう読める記録だが、どの記録も、なぜそうするのかまでは語らない。手順だけが、先に伝わった。

井戸は、目と結びつく場所だった

同じ俗信データベースの井戸の欄には、ものもらいとは別の話も並んでいる。群馬県には「井戸の中にどじょうを入れると目がつぶれる」という記録があり、沖縄県には「井戸の魚や鰻をとると、毛が抜ける」という記録がある。

井戸にまつわる351件の俗信のうち、ものもらいに触れたものがいくつあるのかは、今回引いた範囲では数え切れていない。数えていない。

井戸に生き物を入れたり取ったりすると体に障る。そういう戒めが、各地にあったらしい。

ものもらいの小豆も、同じ井戸を舞台にしている。井戸に何かを入れるとき、人はそこに相手がいるように振る舞った。ただ、井戸に誰が住むと考えたのかは、引いた記録のどれにも書かれていない。

記録が示すのは、井戸が水を汲むだけの場所に収まらなかったことだ。山形の記録は「こっそり」と書いたが、人目をはばんだのか、単なる言い回しなのかは判断がつかない。

目籠を、井戸に半分だけかざす

小平には、別の井戸のやり方が伝わっていた。井戸へ行って、目籠をかざす。目籠は、目の粗い竹のざるのことで、編み目が大きく、向こうがよく透ける。

かざす位置は井戸の半分だけで、全部は覆わない。その状態で、決まった言葉を2回か3回唱える。声に出す回数まで決まっていた。

「このものもらいを治してくれたら、全部見せます」。

交換条件の形をしている。治してくれたら全部見せる、今は半分しか見せていない、という取引だ。

井戸の半分をふさいだ目籠は、取引の担保のようなものだった。願いが通れば残りの半分を見せる約束を、井戸の向こうへ突きつける格好になる。

小平の記述は、その相手が誰なのかまでは書いていない。書いてあるのは、唱え言葉と目籠の置き方だけだ。岩手の「ほしが落ちた」と比べると、手順の重さが違う。

1円玉でこすって、道に捨てる

小平の記述にはもう1つある。1円玉でものもらいを軽くこすり、そのまま道に捨てる。説明は率直で、「ひどい話なんだけど、一円玉を拾った人に、ものもらいも一緒に拾ってもらおうってことね」と書く。

硬貨をこすって道に置くという手順は、井戸に小豆を落とす手順とは違い、拾う他人の存在を前提にしている点で際立っている。そこに他人の存在。

腫れを硬貨に移して、硬貨を拾った誰かに引き受けてもらう。人に移すという発想が、むき出しで出てくる。

障子の穴の話では、もらう側が助かった。この話では、拾う側がもらってしまう。立場が入れ替わっている。

1円玉は、1955年(昭和30年)に作られ始めた硬貨だ。この型は、1円玉ができて以降に生まれたことになる。古い型ではない。昔の銭や小豆から手近な硬貨へ、道具が時代に合わせて取り替えられたのかもしれない。

昔話のページは、これらをまとめて「医療が発達していなかった時代に信じられていたおまじない」と位置づけている。

3つの型が、同じ方向を向いている

ここまでに出た手順を、並べ直してみる。障子の破れ目では人から物をもらい、井戸では小豆や言葉を落とし、道では硬貨を捨てた。

もらう型と、落とす型と、捨てる型。向きは違うのに、どれも「手元から外へ出す」動きでそろっている。

どの型にも共通するのは、特別な道具も専門の祈祷師も要らず、家の中と家の周りにある物だけで手順が完結していたことだ。障子の穴から出した手にも、井戸に落とした小豆にも、道に捨てた1円玉にも、腫れを手放すという同じ動きが含まれていた。手順は簡素だった。

自分の中から外へ出して、ものもらいを体から切り離す。その手続きだけが、地方ごとの小道具に姿を変えていった。

県境をまたいで、小豆と井戸が繰り返し出てくる。岩手から長崎まで、離れた土地で似た手順が見つかっている。

どこで生まれて、どう広がったのか。記録には年代も伝わった道筋も書かれておらず、道筋を決める材料は見つからなかった。

治るものではない、と誰もが書き添える

こうした話には、いつも添え書きが付く。名前の由来を紹介した解説記事は、最後にこう断っていた。迷信のとおりに他人から食べ物をもらっても、治るものではない、と。

別の解説は、ものもらいは人にうつるものではない、とも書いている。「もらう」という名前を、「病気をもらう」と取り違えやすいからだ。

この記事で扱ったのは、あくまで言い伝えの記録だ。効くかどうかを論じるつもりはなく、医療の話は別の場所の仕事になる。

言い伝えを紹介することと、その効き目を保証することは別の話で、この記事が書いているのは前者だけだ。

確かに言えるのは、まぶたの小さな腫れ1つのために、日本の各地に小道具と唱え言葉が用意されたことだ。障子の穴、おにぎり、小豆、井戸、目籠、1円玉。どれも暮らしの中にある、ありふれた物ばかりだった。

小豆も、目籠も、1円玉も、どこの家にもある物を使って、誰にも頼らずに自分の手で済ませられる手順ばかりだった。安上がりな儀式だ。

大がかりな祈祷も、神社の札も使わない。台所と縁側と道ばたで済む儀式だ。

唱え言葉は、短いほど覚えやすい

長崎の唱え言葉は、わずか1行だった。「おれんメボはここへ落ちい」。岩手の「ほしが落ちた」は、さらに短い。小豆を星に見立てたのか、腫れそのものを星と呼んだのか、記録は教えてくれない。

唱え言葉を読み比べると、長崎は腫れそのものに向かって落ちろと言い、小平は井戸に向かって約束を持ちかけていて、話しかける相手がまるで違う。相手が違う。

小平の「全部見せます」は、一番長い。それでも口に出して2、3回唱えれば済む。

どれも口に出せる長さで、道具を揃える手間も少ない。覚えやすく手軽な型ほど長く残る、という見方は、個々の記録から離れた一般論に近い。事例の出所は、1件ずつ確かめる必要がある。

いまも呼び名だけは生きている

昔のまじないを知る人は、年を追って減っていく。それでも呼び名は、日常の言葉として生きている。関東の人はものもらいと言い、大阪の人はめばちこと言う。京都ではめいぼ、北海道ではめっぱだ。

「ものもらい」という名前を口にするたび、人は知らずに昔の迷信をなぞっている。物をもらうと治る、という筋が、名前の底に沈んでいる。

東京の人は、もらう話の名前を使い、大阪の人は、ぱちぱちの名前を使う。ロート製薬のマップでは、その使い分けが県ごとに数字で出た。

小平市の公式ページには、障子と目籠と1円玉が今も載っている。聞き取りは「昔話」の名前で公開されている。

辞典やデータベースに収められた記録は、井戸端や縁側で交わされた短い言葉の、ほんの一部にすぎない。

岩手の小豆、山形の3粒、愛知の「ものむらい」、大阪のめばちこ、長崎のメボ。こうした記録は、国立歴史民俗博物館の俗信データベースの中で保管されている。

井戸の底に落ちた小豆は、もう誰にも拾えない。それでも落とした先の名前は、辞書とデータベースが覚えている。

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