奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

04|埼玉愛犬家連続殺人事件

犬好きの顔をした男が熊谷にいた

1993年の話だ。バブルがはじけたばかりなのに、世の中はペットブームで妙に浮かれていた。そんな空気のなかで、埼玉県熊谷市の周辺を舞台に、犬を売り買いする人たちの間でこの事件は起きた。単なる猟奇殺人としてより、信じていた業者に裏切られた消費者トラブルの果ての大量殺人として今も語られている。

中心人物とされるのは男性S。逮捕されたときは53歳で、犬猫の繁殖と販売を手がける経営者だった。業界ではそれなりに名が通っていて、嘘や大げさな話を混ぜた巧みな話術で客や関係者を引き寄せていたとされる。そのくせ内実は自転車操業に近い経営だったというから、看板と台所がまるで釣り合っていなかった。

表向きの社長は元妻のK。こちらは逮捕された時点で37歳だった。二人は犬の売買をめぐるもめごとや金の行き詰まりを片づける手段として、人の命に手をつけていった。邪魔になった人物を次々と手にかけていったというのが、のちに確定した判決がはっきり認めた筋書きだ。

数字にすると被害者は4人。ペットショップの経営者が知人4人を殺し、遺体を焼却炉で処理した。怖さの理由としてよく挙がるのは、信頼関係を悪用した殺しと、遺体を消してしまう処理の非情さのふたつだ。

残虐度は星4つ。怖い事件を並べたある企画では、5段階でそう評価されていた。理由に挙げられていたのは身近な関係での冷酷な殺害で、見知らぬ誰かではなく知人が狙われた点が重く見られている。身近な相手を冷たく片づけたことが、いちばん背中を冷やすところなんだよな。

遺体がどこにもない

ここからが妙なところだ。被害者4人の遺体は、どれも見つからなかった。いわゆる遺体なき殺人というやつで、物証がほとんどないまま捜査も裁判も結局進めるしかなかったわけだ。頼りにされたのは関係者の供述で、とりわけ実行の一部を担ったとされる元従業員Yの自白が重く見られた。

普通なら考えにくい。殺人事件の裁判は、ふつう遺体という動かぬ証拠を土台に組み立てられる。それがまるごと欠けていたせいで、この事件では誰が何をしたのかを人の言葉で埋めていくしかなかった。

これがあとを引く。事件から長い年月がたった今でも、ネット上には疑問がくすぶっている。本当に真相は解明されたのかという問いは、自白が柱で物証がやせた裁判の形そのものから生まれてきた。そう言われても仕方ない面は、正直あると思う。

きっかけは大阪から飛んできた

発端は皮肉なものだった。埼玉の事件を表に引っぱり出したのは、大阪愛犬家連続殺人事件の報道。1994年1月、犬の訓練士を名乗る男が複数の人を殺し、遺体を捨てていたことが大きく報じられた。犬の売買をめぐるトラブルという共通点から、埼玉で同じ時期に相次いでいた行方不明にも目が向きはじめる。

埼玉でも人が消えていた。最初は1993年4月で、行田市の会社役員の男性がいなくなった。同じ年の7月には暴力団関係者の男性とその運転手が、8月には行田市の主婦が、それぞれ消息を絶っている。どれも当初はそれぞれ別の失踪として扱われていて、ひとつの事件としてつながって見られてはいなかった。

流れを変えたのは報道だ。マスコミが先回りして、埼玉にも同じような事件があるのではと報じる。これで世間の関心が一気に高まり、それに押されるようにして警察の捜査のほうも目に見えて加速していった。1994年の暮れに一部の遺骨が見つかったことがひとつの転機になり、翌1995年1月にSとKがそろって逮捕された。

考えるとぞっとする。大阪の報道がなければ、埼玉の失踪はもっと長く埋もれていたかもしれない。別々の失踪のまま片づけられていたらと思うと、報道が先に走ったことの重みを感じずにはいられない。

密約はあったのか

裁判は長引いた。初公判が開かれたのは1995年7月で、そこから実に長い時間がかかっている。いちばんの争点になったのは、実行に手を貸したYの供述をどこまで信じていいのかという問題。Yは遺体の解体と焼却に関わったとして自分の罪を認めていて、捜査の段階ではずいぶん細かく話していた。

ところが公判で揺れた。法廷に移ると、Yは一転して証言を拒む場面を見せている。弁護側はそこを突き、供述と引き換えに有利に扱うという密約が検察官との間にあったと主張しはじめた。Yの話が本当に自分の意思で出たものなのか、そもそも信用できるのか、根っこから疑ってみせた。

密約の話は重い。本当なら、供述そのものがゆがんでいた可能性が出てくるからだ。取り引きで口を開いた証人の話を土台に死刑を言い渡すことになれば、その判決の足もとまで揺らぎかねない。

裁判所は動かなかった。Yの供述には秘密の暴露が含まれている、と判断したからだ。中身は具体的で迫真性に富み、証拠としての価値は高いとされ、密約についても検察側の説明が採られた。弁護側の揺さぶりは結局届かず、Yの話はそのまま有罪を支える太い柱として最後の判決まで扱われ続けた。

秘密の暴露とは何か。犯人しか知りようのないことが、供述のなかに出てくることを指す。あとから捜査でそれが裏づけられれば、話を作ったのではなく本当に体験したことだと見なされやすくなる。物証の乏しいこの裁判では、Yの話にそれが含まれるかどうかが行方を左右する大きな分かれ目になった。

押しつけ合った二人の結末

見苦しい争い。SとKは法廷で、互いに責任をなすりつけ合った。どちらの被告も主犯は相手のほうで、自分は言われるまま従っていただけの立場だったと言い張った。2001年3月、第一審の浦和地裁は二人が対等に共謀していたと認め、そろって死刑を言い渡している。

厳しい判決文。殺しの計画性と残虐さが、何より重く見られた。ペット販売をめぐる対人トラブルから利害のぶつかる人物を次々と毒殺した、悪質で計画的な犯行だと断じている。控訴審でも上告審でもその判断はひっくり返らず、2009年になって最高裁で二人の死刑が最終的に確定した。

話には続きがある。死刑が確定したあと、Sは体を壊した。そして2017年、刑が執行されることのないまま、Sは収容先の東京拘置所で病気のために亡くなっている。この病死という結末は、遺族や事件をずっと追いかけてきた人たちに、どうにもすっきりしない複雑な思いを残した。

Kは今も塀の中だ。死刑囚として収監されたまま、年月だけが過ぎている。関わりを一貫して否定するか、ごく限られた関与しか認めないという立場を、今も取り続けているとされる。一方のYは懲役刑を務めたあとに出所し、自分の目から見た事件の姿を、本を書いて世に明かしている。

立場はばらばらだ。死刑が確定した二人のうち、一人は病死し、一人は否認を続けている。実行を手伝ったYだけが刑期を終えて外に出て、自分の言葉で事件を語る側に回ったという対比は、なんとも皮肉に映る。

ネットがざわつく本当の主犯

蒸し返される話がある。本当の主犯は誰だったのか、という疑問だ。Sは公判で主犯はKだと言い張り、Kのほうは自分の関与を否定するので、話がきれいに食い違っている。おまけに実行を手伝ったはずのYまでが、Kは無罪だと思うという趣旨の発言をしたとも伝えられている。

これでは核心が見えない。当事者の話がこうもずれると、何が本当なのか誰にもわからなくなる。まとめブログや個人サイトではSの人物像がよく話題にされ、子どものころから虚言癖で有名だったという証言が引かれる。そんな男の法廷での言い分をそのまま信じていいのかと、疑いの目を向ける書き込みはいくらでも見つかる。

遺体の件も根深い。遺体が一切出ていないという点も、よく持ち出される。物証に基づかない自白頼みの裁判だったのではないかという不安として、繰り返し語られてきたところだ。疑い出すときりがないし、だからこそ何十年たった今でも話題が尽きないんだよな。

命を奪った理由が小さすぎる

小さすぎる動機。みんなが驚くのは、たぶんそこなんだと思う。命を奪われた理由は、犬の代金をめぐるもめごとや、株の勧誘話が嘘だとばれるのを恐れたことだった。どれも日常のすぐ隣にあるような損得の話にすぎず、人を殺す理由としてはあまりにも釣り合っていない。

根っこは金だった。動機は金銭トラブルだと整理されている。ただ、その奥に横たわっていたのは、犯人の異常なまでの自己中心性で、こっちのほうが金の話よりよほど怖い。自分の都合のためなら他人の命でも平気で片づけてしまえる感覚が、どうしても理解できないところなんだ。

ネットの反応も大きい。5ch系のまとめサイトや個人ブログでは、この点が何度も取り上げられてきた。身近な人付き合いの延長線上で、ここまで残忍な結末に行き着くことがあるという戦慄とセットで語られている。

気持ちはわかる。大きな陰謀や深い恨みがあったなら、まだ理解の手がかりがある。ところがこの事件の場合、身近な相手との損得の延長で命が消えているから、読む側は逃げ場がなくなるんだ。

ボディーを透明にするという台詞

映画の話もしておこう。園子温監督が2010年に公開した「冷たい熱帯魚」は、この事件が着想のもとになったとされる。劇中に出てくる「ボディーを透明にする」という台詞は、遺体を跡形もなく消すことの象徴として広く知られるようになった。

効果は大きい。映画のおかげで、事件そのものを知る人はぐっと増えた。ただ、フィクションとして大げさに描かれた場面が、実際の事件の姿とごっちゃにされて語られる原因にもなっている。ネットの考察記事や動画のなかには、映画の中身をまるで本当にあったことのように紹介しているものまである。

台詞の力は強い。一度聞いたら忘れられない言い回しだからこそ、一人歩きもしやすい。映画の台詞として覚えた言葉が、いつのまにか実際の事件の中身として語られてしまうのは、よくある取り違えだ。

典型的な拡散の流れ。一次資料に基づかない情報が、二次的にどんどん広がっていく。映画から入った人ほど、どこまでが実際の事件でどこからが作り話なのか、少し気をつけて見たほうがいい。

震災とオウムにかき消された報道

時期も悪かった。1995年1月には阪神・淡路大震災が起き、同じ年にはオウム真理教の事件が相次いだ。社会全体の目がそちらに集中していたせいで、この事件の報道量は後の大事件に比べて小さかったという指摘もある。

考えてみれば不運だ。震災とオウムが重なった1995年は、ニュースがあふれ返った年だった。逮捕のタイミングがまさにその年の1月だったから、埼玉の事件は大きな見出しに埋もれていったように見える。

それでも爪痕は残った。ペット業界という一見のどかな世界の裏で起きた、むごい犯行だったからだ。消費者保護や動物取引業のあり方を考えるきっかけのひとつにも、この事件は確かになっている。犬を買うというごく普通の行為の裏にこんな事件があったと思うと、今でもたまらない気持ちになる。

今も名前は出てくる。遺体が見つからないまま死刑が確定した、ほかに例の少ない経過だからだ。加害者どうしの供述が最後まで食い違い続けた構図もあって、自白と物証の関係を考えるときの材料にされている。司法の世界でもメディアの世界でも、この事件はたびたび引き合いに出される事例のひとつになっている。

事件はまだ終わっていない。主犯格の一人は刑を受ける前に病死し、もう一人は今も死刑囚のままだ。最高裁の判決は出たのに、どこか区切りがつかないまま宙に浮いている感じが何年たっても消えないんだよな。

タイトルとURLをコピーしました