1968年12月10日、東京都府中市で約3億円を積んだ銀行の車が奪われた。現れたのは白バイ警官を装う男だ。行員4人を爆発の危険から逃がすふりをして、男は現金ごと車を乗り去った。わずか3分ほどの犯行は、157点とも数えられる遺留品と、解けない謎を残している。
犯人の名前は決まっていないが、あの朝、誰のどんな判断が利用されたのかは追っていける。狙われたのは現金だけだろうか。警察官なら助けてくれるという安心まで奪ったところに、この事件の怖さがある。煙と制服に隠れた短い犯行から、7年間の捜査が始まった。
- 雨の府中で、工場まであと少しだった
- 爆弾の話には、信じてしまう前置きがあった
- 車の下の煙が、行員と現金を引き離した
- 白バイは逃げず、車が次々に替わった
- 157点を拾っても、名前には届かなかった
- 指紋とモンタージュは、別々の難しさを抱えた
- 捜査の大きな数字にも、数え方がある
- 五日後に亡くなった少年を、犯人にしない
- あの顔に似ているという疑いが、別の人にも向いた
- 保険が埋めた損失と、埋まらない怖さ
- 消えたのは、車ではなく現金の行き先だった
- 一人で奪えたことと、一人で準備したこと
- 警察関係者説は、なぜ説明しやすいのか
- 学生運動と米軍基地を結んだ説の、その先
- 告白の形をした小説が、半世紀後に現れた
- 清張から漫画まで、犯人の席は空いたままだった
- 七年の期限は、真相の答えを出さなかった
- 制服が盗んだ信用を、157点の物へ戻してみる
- 謎が長生きするのは、金額のせいだけではない
雨の府中で、工場まであと少しだった
日本信託銀行国分寺支店が用意した現金は、2億9430万7500円に上った。行き先は東芝府中工場、約4500人へ渡る年末のボーナス。セドリックの車内には運転手を含めて4人の行員が乗り、現金をしまったケースも彼らと一緒に工場へ向かっていた。
通称には切りのよい3億円が使われたが、細かな端数は給与として配る金の性格を伝える。狙われたのは、働いた人の取り分だった。金庫に眠る財宝の話とは少し違う。年末の支払いを待つ工場が、輸送車のすぐ先にあった。
午前9時15分ごろに支店を出たとされる車は、府中刑務所の塀に沿う学園通りへ入っていった。師走の雨。2012年に海外へ配信された回顧報道も、この雨と工場目前の出来事を記している。晴天の道路を疾走する印象とは、実際の出発点から違ってくる。
そこへ追いついた白いオートバイは行員の目に警察車両と映り、制服とヘルメットを着けた男が停止を求めた。目的地は近い。仕事の途中で警察官に呼び止められたという理解から、4人は次の指示を聞いた。
爆弾の話には、信じてしまう前置きがあった
男は支店長宅で爆発が起き、この車にも爆弾がある恐れを告げた。実際に家が爆破されたという話ではない。逃げる理由を信じさせるために偽の警官が持ち込んだ筋書きであり、その場で4人が本当の爆発現場を確かめる余裕はない。
銀行の支店長には事件前から脅迫状が届いており、爆発物の話は唐突な作り話には聞こえにくかった。そこが厄介だ。警告の中に知っている事情が交じると、制服の信用まで強まってしまう。脅迫状と当日の芝居が、行員の中でつながる形になった。
事前の脅迫や金の受け渡しの要求は、犯行の予行演習だったとも解釈されてきた。これは犯人側の狙いを読む推理だ。脅迫した人物と、その朝に車を奪った人物の役割は同じ一言では決まらず、仲間の有無を考える際にもこの区別が残る。
白バイを見れば止まり、爆弾があると聞けば距離を取るという行動自体は不自然ではなかった。犯人はその順序を使った。行員の判断を愚かだったと笑えば、危険を避ける行動が現金から手を離す動作へ変わった、その手口の肝を取り逃がす。
車の下の煙が、行員と現金を引き離した
偽の警官は車の下を調べるように振る舞い、その直後に煙が上がった。煙の正体は発煙筒。爆弾を発見したという男の警告と、目の前で立つ煙が重なってしまう。行員たちは爆発に巻き込まれるのを避けようと、車から離れた。
離れた場所から特別な装置で点火したと考えなくても、車の下へ身を入れる動きは説明できる。警官が調べてくれている最中だ。そう受け取られる行動が、煙を出す準備も覆っていた。危険の発見者と、その危険を演出した人物が同じだったわけだ。
4人が戻らない間に、男は輸送車の運転席へ移って走り去った。白バイで来て、銀行の車で逃げる。現場の主役を一度だけ入れ替える仕掛け。路上には、役目を終えた偽の白バイが取り残された。
犯行は約3分と伝えられ、行員を殴ったり拳銃を撃ったりして車を奪ったわけではなかった。短い時間だ。それでも命の危険を信じた4人には、単なる手品を見せられた朝ではない。現金がなくなるまで、警官に助けられているつもりだった。
白バイは逃げず、車が次々に替わった
事件当日に撮られた朝日新聞の写真には、府中刑務所の外で偽の白バイを調べる警察官の記録が残る。犯人と一緒に消えた乗り物ではない。白い車体は現場にあり、捜査の出発点になった。写真の説明は、その後の話を組み立てる時刻の杭にもなる。
輸送に使われていた車も、国分寺側で乗り捨てられたものとして捜査の対象になった。犯人はいつまでも同じ車を走らせていない。現金を別の車へ移せば、最初の車を探すだけでは追跡が途切れ、そこから先は乗り換えと積み替えを追う捜査になる。
約30分後の午前9時50分ごろには緊急配備が敷かれたとされ、初動の遅れも後年の論点になった。現場の3分とは長さが違う。輸送車を見つける指示が広がる間にも、現金だけが別の場所へ動く余地がある。車を確保することと、金を取り返すことは重ならない。
翌年4月9日、小金井で事件に使われた車のケースを捜査員が開く場面も、当時の写真説明に残されている。犯行からおよそ4か月後の発見。車や容器が見つかっても中身まで戻るとは限らず、逃走の跡を追うほど、現金だけが先へ抜けていくように見える。
157点を拾っても、名前には届かなかった
遺留品の多さは、三億円事件を語る際に必ず顔を出す逆説になった。よく使われる数は157点。現場の偽白バイだけでなく、逃走に関わった車なども含めた一連の品々だ。ひとつの路面から全部が拾われたと想像すると、場面を取り違える。
偽の警視庁腕章やレインコート、発煙筒に磁石、拳銃の形をしたライターまでが遺留品として知られる。変装用とされるつけまつげもある。物だけを並べれば、小道具を詰めた箱に見えてくる。だが捜査員が探すのは、その道具を使った人との接点だった。
商品名や製造元を割り出せても、量産品には同じ形の物が大量にある。発煙筒は4000本以上、別の部品は3万個以上が流通していたという話も、捜査の難しさとして残る。店に届いた先が一本の線にはならないため、売り手を見つけたところから、買った人を絞る別の仕事が始まる。
犯人がわざと物を残して捜査を混乱させたという見方は、あの量を説明するには魅力的に映る。正直、見事な逆転の発想だと思う。ただし置き忘れや使い捨ても同じ遺留品になるため、見つかった物の多さだけで、全部が計算だったとは決められない。
指紋とモンタージュは、別々の難しさを抱えた
指紋まで残ったのに捕まらなかったと聞くと、鑑識が何も役に立たなかったようにも感じる。そこで一段、立ち止まりたい。指紋は持ち主が判明している記録と結び付いて、初めて人名へ届く。形が残ることと、その人を知っていることには隔たりがある。
警察庁の昭和51年版警察白書には、十指の記録と犯罪現場の遺留指紋を使う仕組みが説明されている。別の事件も含む、当時の科学捜査の記述だ。照合作業には対応する記録が必要で、大量の品を拾った後にも相手を探す手間が続き、画面を開けば答えが出る想像とは違う。
事件後に広まった顔はモンタージュ写真と呼ばれ、情報を求める捜査の顔として記憶されてきた。犯人の身元はなお空白。事件から11日後の12月21日に公表された顔は、その空白を埋めるように社会へ広がった。あの目と口を見れば事件名が分かるほど、像だけが定着した。
記憶から作った顔に似ている人を探すときは、似ているという印象の強さが別の材料を押し流しやすい。写真らしい一枚の怖さ。名前のない犯人の代わりに、見覚えのありそうな顔が頭に居座る。その顔と実際の運転手が同じだと、裁判で確かめられたことはない。
捜査の大きな数字にも、数え方がある
投入された警察官は延べ17万人を超え、調べられた関係者は11万人以上と伝えられてきた。同じ人の働きも含む、延べの人数。同じ捜査員が別の日も動けば、その活動は繰り返して数えられるため、17万人が一斉に府中へ集結した光景ではない。
7年間の捜査費用は9億円を超えたともされ、盗まれた金額と比較する話が定着した。額だけなら捜査の方が大きい。ただ、捜査は現金を買い戻す取引ではなく、犯人を見つけて事件を明らかにするために続く。被害額に達したら打ち切る計算とは違っていた。
大量の聞き込みや品物の追跡をしても、拾った線が同じ人へ集まらなければ逮捕の決め手にはならない。数字は働いた量を示す。その量から犯人の巧妙さだけを逆算すると、捜査が得た個別の手掛かりまで消してしまう。何も分からなかった7年という言い方も、少し乱暴だ。
車の乗り換えや品物の由来、当日の動きが調べられたからこそ、後から私たちは細かな推理を読める。結末は得られなかった。そのことをもって途中までの捜査を全部空振りにせず、残った記録と残らなかった答えは分けて読みたいと思う。
五日後に亡くなった少年を、犯人にしない
捜査の早い段階で、多摩地区の少年に疑いの目が向き、その後の語りでも大きな存在になった。少年Sと呼ばれる人物。父親は白バイ隊員とされ、本人には車に通じた経歴や地元の仲間とのつながりがあった。輸送車を狙う話をしたという証言も、彼を疑う材料として知られる。
事件の5日後、12月15日に少年は自ら命を絶ち、事情を本人から聞く機会は失われた。父親が訴えたのは、息子の無実。死に至るまでの家族のやり取りはいくつもの語り方で伝わっているが、そこへ告白の言葉を足すと、疑惑が事実へ化けてしまう。
血液型や筆跡の不一致、当日の居場所に関する話は、少年犯人説への反論として挙げられてきた。全員が同じ説明をしているわけではない。そうした材料を飛ばして、亡くなったこと自体を自白の代わりにはできない。少年を真犯人と確定した判決も、事件を解決した発表もない。
警察官の息子だったという一点は、制服や白バイの準備を説明しやすく、物語を作る側には強く響く。近すぎる人物像だ。だが道具を知っていた可能性と、その日に奪ったという証明は違う。少年の死を事件の答えにしてしまうと、残された問いがすべて彼の背中へ押し付けられる。
あの顔に似ているという疑いが、別の人にも向いた
少年の話だけを追うと、事件の約1年後にも顔の似た男性が疑われたという、モンタージュが招いた別の疑惑を見落としやすい。2012年の英語報道は、当時26歳の男性にあったアリバイが確認された経過を紹介している。似顔絵との一致だけで真犯人を選べない、重い事例だった。
名前や顔を覚えた側がその後の説明まで読むとも限らず、疑惑が広がる速さと、それをほどく速さはそろわない。事件の解説が犯人候補の顔ぶれを増やす遊びになると、この差が取り残される。本人が語る前に、見る側の中で役柄が出来上がってしまう。
平塚八兵衛ら捜査員の名や回想は、三億円事件の長い捜査を知る入り口になってきた。追い続けた側の視点だ。後から読む私たちは、疑いを持った時点と、その後に外した時点を区別したい。途中の発言だけを抜き出せば、決着したはずの疑いまで復活させられる。
少年の家族を含め、疑われた人や身近な人の生活は、事件の後も続いていった。謎解きの登場人物だけではない。警察に勝った鮮やかな犯人という像の裏に、この負担もあったことは覚えておきたい。誰も傷つかなかったという言葉が、そこで急に軽く聞こえる。
保険が埋めた損失と、埋まらない怖さ
奪われた現金が保険で補われ、従業員のボーナスも支払われたことは、この事件の印象を大きく変えた。翌日には支給されたと伝えられる。工場で働く人の年末の予定が丸ごと失われずに済んだ結末は、犯人を痛快な知恵者に見せる土台にもなった。
銀行や工場の支払いが守られたとしても、金銭的な負担そのものが消滅したわけではない。支払う相手が保険へ移ったのだ。仕組みが引き受けた損失まで、被害者がいない犯罪という呼び方で片付けると、支払われた金の負担は見えなくなる。
路上の4人は、爆発する車から逃げるつもりで動かされていた。怖さまで保険で清算はできない。疑いを向けられた人や遺族の経験も、現金の補填だけでは片付かない。直接の殺傷がなかったことを語るなら、その範囲で受け止める必要がある。
保険があるから企業の追及が弱まり、犯人が逃げ切れたという筋書きも読みやすいが、それだけで捜査の長さは説明できない。実際には7年間続いた。誰がどれほど圧力をかけたかまで、補償の有無から推測して決めるのは早い。払われたボーナスと追われた犯人は、それぞれ別の問題だった。
消えたのは、車ではなく現金の行き先だった
車や道具が次々に見つかったのに、金の行き先は決着しなかったという落差も、この事件の謎を深めている。金はどこへ行ったのか。隠されたままか少しずつ使われたかという問いには、その使い道が分かれば人へ近づくはずだという期待も含まれる。
まとまった金を得た人を探す推理は分かりやすいが、事件後に成功した人が全員怪しくなるわけではない。富の由来はそれぞれ違う。海外へ渡った、家を建てたといった話だけでは、盗まれた紙幣との接点は埋まらない。景気のよい後日談が、証拠の代わりになってしまう危険がある。
3億円という響きは、今の読者にも生活を変えるほどの大金として通じる。1968年のボーナス約4500人分。現在の金額へ単純に掛け算しなくても、奪われた規模はその人数で伝わってくる。個人の幸運の話へ縮めるほど、支払いを待った側が遠ざかってしまう。
現金の痕跡が後から人へつながっていれば、制服を着た男の名前も違う形で残ったはずだ。そこが閉じていない。現場に物を残し、持ち出した金には名前が付かなかったという反対向きの動きがある。遺留品の山と消えた金を並べると、この事件の輪郭がつかみやすい。
一人で奪えたことと、一人で準備したこと
現場で警官の役を演じた一人だけで準備から逃走まで進めたかどうかが、単独犯説と複数犯説の分かれ道になる。白バイの用意、現金輸送の把握、車の確保を、一人でこなしたと考える余地はある。役割を分けた仲間がいたと考えれば、別の筋も通る。
一人で行うなら、秘密を漏らす相手も、金を分ける相手も減るという利点がある。仲間割れの心配もない。人を集めるほど計画が成功するとは限らず、動きが増えれば見られる機会も増えていく。現場の短い芝居が、少人数で十分だった可能性は考えられる。
複数人なら、道具や車を用意しながら現場の担当を別に置くことができたはずだ。ここは役割分担の仮説になる。輸送車が奪われる前後に助ける人がいたのかは、単なる便利さの議論とは分けたい。人数を増やせば、説明しなければならない人の行動も増える。
仲間割れの告白が出なかったから一人だったと考えても、黙った仲間を想定できてしまい、決め手には足りない。逆に仕事が手際よかったから集団だと決めても、同じところを回り続ける。現場の一人を起点に、必要だった作業を一つずつ考える方が、人物を増やす推理より筋がよい。
警察関係者説は、なぜ説明しやすいのか
警察の装いを使い、初動の追跡をかわした事件だから、内部を知る人物を考えるのは自然な発想になる。警官本人か、その身近な人か。制服や白バイの印象を整える知識と、捜査の進み方への見通しを一人に集めると、筋書きは一気に短くなる。少年の父親の職業も、この連想を強めた。
一橋文哉の『三億円事件』は、独自の取材と仮名の人物を用いて、事件の背後の人間関係を描いた本として知られる。元警察官とされる人物や、地元の若者たちを組み合わせた像だ。旧来の解説でも、その構図が警察関係者説の代表として紹介されてきた。読者にとっては、散らばった道具を人間関係で結ぶ読み物になる。
この説が引き付けるのは、警察が負けた相手も警察を知る人だったという、きれいな対称の形だろう。たしかに納まりがよい。だが捜査の手法を知っていれば、すべての物証を意のままに扱えるわけでもない。量産品を使った理由は、その方が手に入りやすかっただけとも考えられる。
警察の車両に見せかける行為は、警察にしか思い付かない発想なのかという点にも疑問が残る。街で誰もが見る装いだった。制服への信用を借りるだけなら、内部にいた経験を必須にはできない。私は警察関係者説を、装備の説明には向くが、人物の特定を急ぎやすい説だと見る。
学生運動と米軍基地を結んだ説の、その先
1968年は学生運動が激しくなった時期で、活動資金を得るための犯行だったという説にも時代の手触りがある。大金と政治の結び付きだ。世の中の対立を知った後で事件を読むと、単なる金目当て以上の目的を置きたくなる。だが時代が同じというだけでは、金が渡った先は分からない。
学生が車やオートバイを扱い、仲間と計画を立てる物語は、青春の記憶を事件へ重ねられるため、小説にもなじんできた。恋人や友人との関係を置けば、現場に見えなかった動機や葛藤まで描ける。その読みやすさが、実際にあった関係の裏付けになるわけではない。
米軍基地との関わりや、政治的な事情による捜査の手控えを持ち出す説も、長く語られてきた。背後に大きな力を置く推理になる。基地の周辺で手に入る品との連想から、組織の関与まで一足に進むと話が飛ぶ。ある品が流通した地域と、犯行を指示した人は別々に問う必要がある。
捕まらなかったから隠した人がいる、という説明は、ほかの難問にもそのまま使えてしまう。何でも入る箱みたいだ。それでは、この事件にしかない車や道具の動きを読む楽しさまで薄れてしまう。陰謀を結末に置く前に、その説が現場のどの疑問を実際に解いているかを見てほしい。
告白の形をした小説が、半世紀後に現れた
2018年、事件から50年の節目に『府中三億円事件を計画・実行したのは私です。』が書籍になった。一目で手が止まる題名。小説家になろうで発表された物語が、読者の目に犯人の手記を思わせる形で届いた。題名の一人称が、事件の空白へ直接入り込んでくる。
ポプラ社は刊行の案内でこの作品を小説と明示し、発売5日で10万部という当時の反響も紹介している。大勢が手に取ったことは、犯人の名乗りが本物だと認められた人数を示すものではない。事件そのものの知名度と、告白形式の吸引力を伝える数字になる。
事件の答えを読むつもりで本を開けば、ひとりの人生からあの犯行へ向かう道筋が用意されている。捜査資料にはない読み心地。小説は当人の心の中まで語れるが、その便利さは創作だからこそ成り立つ。行間が埋まる感覚と、実際の事件の空白が埋まることは重ならない。
読んで面白かったという感想と、事件の証拠に採用する判断は、両方とも別に持てる。落ち着いて読み分けたい。作品を偽物の告白として責める必要も、本当の自白へ持ち上げる必要もない。実際の事件を土台に、あり得た人生を読むという小説の楽しみ方がある。
清張から漫画まで、犯人の席は空いたままだった
松本清張の『小説3億円事件』も、事実をそのまま並べた捜査報告とは違う場所から事件へ近づいた。実在の事件を借りる創作だ。少年を手掛かりに読む解説もあるが、作中人物の言動を実在の少年へ戻しては話が変わる。小説が作った台詞を、亡くなった人の発言にはできない。
『初恋』や『閃光』、漫画の『モンタージュ』や『クロコーチ』など、事件を扱った作品にはそれぞれ別の入り口がある。恋愛、捜査、組織の秘密といった視点だ。ポプラ社の作品案内にも、小説から映像へ展開した題名が年代順に並んでいる。同じ現場が、作品ごとに違う人物の記憶へ組み込まれてきた。
犯人が法廷で語った決まった動機がないため、作者はその席へ別の人生を置ける。空いているのは一人分の席。そこへ恋人、父親、刑事、仲間を並べれば、事件の見え方が変わり、3分の前後にそれぞれの人生の時間が足されていく。
映像で見た雨の道路や犯人の顔が、いつの間にか当日の記録に混ざることもある。自分の記憶にも起きることだろう。作品名を確かめてから思い返すだけで、写真で知った場面と演出で見た場面を分けやすくなる。三億円事件は、事件の記憶と作品の記憶を重ねて受け継がれてきた。
七年の期限は、真相の答えを出さなかった
1975年12月10日、事件の公訴時効が完成し、7年間の捜査には法制度上の区切りが付いた。逮捕のないまま迎えた期限。大金を奪ったため強盗と呼ばれることも多いが、この事件で追われた罪は窃盗だった。呼び名の迫力だけで、当時の罪名まで置き換えないでおきたい。
時効は、あの朝に何が起きたかを判断する判決ではなく、起訴する期限の問題だった。犯人が無実になったという意味ではない。誰かが真犯人だったと認められたのでもない。真相が分からない状態と、刑事手続の期限が来た状態が、この事件では重なってしまった。
事件から20年の1988年も、民事の責任を追及する期間が区切られる年として、後年の解説に登場する。金を返す話に関わる、もう一つの節目。そのため名乗り出る人が現れるのではないかという期待も生まれたが、期限を待っても犯人が語り始める約束はなかった。
本当の告白なら、誰でも知る筋書きを再現するだけでなく、その人と事件を結ぶ話が要る。名乗るだけでは終わらない。公表された道具や経路をなぞれば、読み慣れた人でも告白らしい文章を作れてしまう。時計が進んだ後にも、語った人をどう確かめるかという難問は残った。
制服が盗んだ信用を、157点の物へ戻してみる
この事件で最も大胆だったのは、行員を力で追い払わず、助ける人の立場を奪ったことだと思う。銀行の車へ乗ったのはその後だった。警告を信じて離れる順序まで含め、行員の行動が現金を差し出す形へ変わった。だから手口をたどると、暴力の少なさより信用の使われ方に驚く。
白バイは本物の警察車両でなくても、路上の短い時間にはその役を果たしてしまった。見破る試験の時間はない。煙が出た後で制服の縫い目を確かめようとする人が、普通の状況にいるだろうか。行員たちは、大金と自分の命を同時に失わないために動いていた。
残った道具を見れば、どれも人が用意した物で、超人的な知能の証明書ではない。そこも忘れたくない。使いやすい市販品を集め、相手が従う筋書きへ組み込んだと考えれば、神業にしなくても怖い。完全無欠の犯人という像は、捕まらなかった結末から逆向きに作られている。
遺留品が多いから素人の失敗だったと決める見方も、反対に出過ぎてしまう。人は物を使えば何かを残す。持ち主の名前へ結び付かなかった品が、犯人の意図どおりだったかは別の問いになる。巧妙さも未熟さも、一度の成功だけから全部は測れない。
謎が長生きするのは、金額のせいだけではない
三億円事件より多額の現金が奪われた事件が起きた後も、この名前は古びなかった。額だけではない引力。白いオートバイ、銀行の車、煙、数分で消える大金という組み合わせが、短く話しても頭に残る。結末のない事件が、話し始めやすい形を持ってしまった。
ブログや掲示板では、遺留品の写真、当時の地図、書籍の推理が繰り返し照らし合わされてきた。ネット上にもう一つの捜査本部があるようだ。地図で距離を確かめる人と少年の話を読む人が、事件の中心にそれぞれ違う場面を置き、別々の謎解きを持ち寄っている。
その楽しさは、犯人の名前を先に決めなくても味わえる。道具の役目から追ってみてほしい。残った白バイがどこで役目を終え、車がいつ探す対象から手掛かりへ変わったかをたどれば、時間の段差が見えてくる。
あの朝、最後に車へ乗った人物は誰だったのかという問いに、確定した名前は書き込めない。いまも空欄。だがその空欄を急いで少年や匿名の誰かで埋めるより、持ち主の分からない物を一つずつ見直す方が、あの3分へ近づける。現金を載せた車が去った後の道に、偽の白バイは残っていた。
