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人面犬

生ゴミをあさる犬が振り向いた

噂の筋書きは、だいたいこうだった。場所は、夜の繁華街。飲食店の裏口に生ゴミの置き場がある。野良犬が袋を破って中身をあさっていて、店の人が気づき、追い払おうと声をかける。

犬は、ゆっくり振り向いた。その顔は犬のものではなく、くたびれた中年男の顔だった。低い声で、ぼそりと言う。「ほっといてくれよ」。

捨て台詞は「うるせえんだよ」や「勝手だろ」、「なんだ、人間か」に変わることもあった。言うだけ言うと、犬は路地の奥へ走り去る。残された人は、しばらくその場から動けなかったらしい。破れたゴミ袋の音が、暗い路地にいつまでも聞こえていた。

目が合って腰を抜かし、振り返るともういない、という筋もある。通学路や住宅街なら、下校中の子どもの後ろから人語を話す犬が追ってくる型になる。コンビニや塾の帰り道も、定番の舞台だった。異説には「ほっといてくれ」とだけ言う型や、事故現場に現れる型もある。どこかに犬と顔を交換した犬面人がいる、と締めくくる型まである。

1989年ごろ、この話が小中学生の間で一気に広まった。体は犬で、顔だけが人間。たったそれだけの怪物が、あの年の日本中の教室を走り回った。

時速100キロで追いすがる顔

もうひとつの定番は、深夜の高速道路の話だ。走る車の横にいつのまにか犬が並び、時速100キロで飛ばす車にも涼しい顔でついてくる。

運転手がふと横を見ると、窓の外に人間の顔がある。追い抜きざまに、ニヤリと笑う。その瞬間にハンドルを切り損ねて、急ブレーキを踏む。あるいは事故を起こす。高速道路の怪談は、そんな二次被害まで語られて育った。

速さは、話ごとに違った。時速100キロと書く資料があり、時速140キロから150キロでスポーツカーを抜いたと書く資料もある。数字がふくらむのは、噂の常だ。盛るほど、よく伝わる。県警が本気で調べたという話まであるが、真偽は分からない。

跳躍力にも尾ひれが付いた。6メートルは軽く跳んだ、ビルからビルへムササビのように飛んだ、と語られた。聞いている子どもの目が丸くなる数字ばかりが選ばれて、次の子へ手渡されていく。

走る、跳ぶ、しゃべる。人面犬は、犬と人間の得意なことを、いちばん気味の悪い形で組み合わせた怪物だった。ほとんど妖怪というより、都市の怪速伝説に近い。

緑のフンと、ギョーザと、多摩川

噂の細部は、聞けば聞くほど妙なものが混ざっている。緑色のフンをする。好物はギョーザやみかんだ。多摩川を犬かきで泳いでいるのを見た、という話まである。

顔の持ち主についての報告も細かい。いちばん多いのは、高齢の男性の顔をした柴犬に似た犬だ。高齢の女性の顔や、セントバーナードのような大型犬、公園でいちゃつくカップルの人面犬まで、少数ながら報告があった。

出る場所は、公園、墓地、アーケード街の路地裏と広い。どこにでも出るのだから、どこの子どもも「うちの近所にも出た」と言えたわけだ。

目撃者50人へのアンケートでは、有名人に似ていたという答えが並び、政治家、演歌歌手、お笑い芸人と、誰もが知っている顔が挙がった。犬の首の上に、その顔が乗っている。この調査は、平成2年に勁文社から出た『緊急レポート人面犬を追え』に載っている。

怖い話のはずなのに、ここまで来るとだんだん笑えてくる。笑えない噂も、ちゃんと混ざっていた。じっと見つめられると気を失う。噛まれた傷が腐って、手足を切り落とすことになる。

もっと嫌なのが、「人面犬菌」の噂。噛まれた人は体内に菌が回り、自分も人面犬になってしまう。被害者が怪物の側へ回る型は、ゾンビや吸血鬼の話とよく似ている。

子どもの間では、「見ると3日以内に不幸が起きる」「話しかけると連れて行かれる」という尾ひれも付いた。単なる目撃譚が、タブーを持つ言い伝えへ育っていったわけだ。

態度の悪い怪物が愛された

台詞の種類が、人面犬の生命線だった。定番は「ほっといてくれよ」。そこへ「勝手だろ」「うるせーんだよ」「なんだ、人間か」が加わる。どれも、こちらを見下してうんざりしているトーンで揃っている。

祟る、呪うといった積極的な悪意は、この怪異にはない。そっとしておいてほしいのに、絡まれて苛立っている。そんな人間くさい態度が、人面犬いちばんの個性になった。馬鹿にされたり石を投げられたりすると、激しく怒って襲ってくるという話もある。

ネットの考察の場では、「なんで人面犬は総じて態度が悪いのか」という疑問が愛されている。「ほっといてくれよって、そっちが勝手に出てきたんだろ」というツッコミも、定番のジョークだ。恐怖の対象でありながら、どこか憎めない。

教室から教室へ渡った噂

この噂を最初に広げたのは、主に小中学生だった。休み時間に、友だちから友だちへ。聞いた子は、別の子へ少し盛って話した。

その様子を調べた記録が、民俗学の雑誌にある。1992年に高橋敏弘が書いた「山形の噂一観」だ。山形市内の小学校で取ったアンケートの結果も、その中に入っている。

子どもたちの答えは、地方色にあふれていた。東京にいたけれど、騒がれすぎて山形へ逃げてきた。東京のものより体が小さくて、動きも鈍い。出る場所は、山形市内の七日町あたり。ある古い家では、人面犬を3匹飼っている。

東京で生まれた噂を、地元の話に作り変える力が、子どもにはあった。都会の怪物だったはずなのに、山形の子の頭の中では、隣の古い家の飼い犬になっている。

地方の紙面も、この噂を拾った。和歌山のニュース和歌山は、連載「町の妖怪」で人面犬を取り上げ、和歌山市内での目撃談を載せている。「うちの近所にも出た」という話が、全国で同時に増えていった。

噂は、口から口へ渡る間に形を変える。だから「正しい人面犬」は、そもそも存在しない。誰も、正解を持っていない。誰かが聞いた話の全部が、そのまま人面犬だった。

十年前にも、子どもたちを走らせた噂があった

人面犬より10年ほど前にも、日本中の子どもが同じ噂に追いかけられた年がある。1979年の口裂け女だ。噂は前の年の12月の初めに岐阜県で起こり、1979年1月26日の岐阜日日新聞に載ったと整理されている。

6月29日には週刊朝日が記事にしたが、そのころ噂はすでに全国へ広まっていた。福島県の郡山市と神奈川県の平塚市では、パトカーが出動する騒ぎが起きる。北海道の釧路市や埼玉県の新座市では、子どもたちが集団で下校する措置まで取られた。

6月21日には、兵庫県姫路市の25歳の女が口裂け女の格好で包丁を持ってうろつき、銃刀法違反の疑いで逮捕された。銀座のホステスの間でも、口を手で覆って客に「私、きれい」と聞く遊びが流行ったらしい。客は「べっこう飴」か「ポマード」と答える決まりだった。

この噂は、同じ年の8月に急速に静まる。夏休みに入って、子どもたちが学校で情報を交換できなくなったから、と説明されている。

噂が育つ場所は、教室。人面犬の1989年も、同じ場所で育った。違いは、口裂け女がパトカーを呼んだのに対して、人面犬はガチャガチャの機械を回したことだ。

雑誌とテレビとラジオが育てた

人面犬は、子どもの教室へ降りてくる前から、大人向けの雑誌の中を走っていた。1982年7月19日、祥伝社が出していた隔週刊の女性誌『微笑』に、日本各地のサーファーが人面の犬を目撃したという噂が載った。ブームの7年も前。

1989年に動いたのは、雑誌『ポップティーン』だった。8月1日発売の9月号が、読者から寄せられた人面犬の話を紹介し、これが大反響になる。ライターの石丸元章が、読者投稿にあった話へ創作を足して誌面で広めた。

9月20日には、石丸がテレビのバラエティ番組で人面犬の噂を紹介した。10月10日には、深夜のラジオ番組でも触れている。ブームが本格的に走り出したのは、そのあたりだと説明されることが多い。

読者の反応は、すさまじかった。『ポップティーン』や『微笑』の編集部には、「私も見た」「友達が追いかけられた」という報告が、手紙や電話で毎日何十件も届いたという。ラジオで目撃情報を募ると、聴取者からとんでもない数の報告が寄せられた。

ブームの立ち上がりは、こう整理される。1989年は小中学生の間で地域ごとに散発的に流れ、1990年にテレビと雑誌が連動して取り上げたことで、全国へ広がった。

1990年に入っても、勢いは続いた。『ポップティーン』が人面犬を特集し、目撃情報が誌面にずらりと並ぶ。『微笑』も人面犬を扱い、読者からの報告が舞い込んだ。

勁文社からは平成2年に『緊急レポート人面犬を追え』が出た。オカルトを題材にした児童向けの大百科シリーズの別冊だ。二見書房からも、山口直樹の『怪奇人面の呪い』が出ている。怪物の目撃談が、書店の棚で一冊の本になった。

同じ1990年には、人面犬を題材にしたビデオ作品も出た。石丸元章が出演している。目撃談を読む楽しみが、画面を見る楽しみに変わったわけだ。

仕掛けを白状した書き手

人面犬の噂は、自然に湧いて出たのか。それとも、仕掛けた者がいたのか。この点が揺れたのは、1993年だった。

『クイック・ジャパン』の創刊準備号に、石丸元章の文章が載る。人面犬は『ポップティーン』編集部と一緒に仕組んだ実験で、自分が作り出した「物語(ウソ)」だった。そう明かす内容だ。

事件はメディアと書き手が作れる、というテーマの試みだったらしい。人面犬の台詞も、評論家が分析しやすいように、管理社会への反発や子どもの自我といった要素を入れ込んだという。

ただ、石丸はゼロから作ったとは書いていない。当時の少年少女雑誌の投稿欄の「うわさ」に、人面犬という言葉がすでにあり、そこからヒントを得たという。吉田悠軌も、仕掛け人がはっきり名乗り出ている点で、ほかの都市伝説とは違うと指摘している。

種明かしは、ブームが落ち着いたあとに出た。事情を知らずに怖がった子どもたちは、もう大人になりかけていた。火付け役を名乗る人は、ほかにもいる。ラジオ、テレビ、雑誌。いくつもの動きが互いに影響して、大きなブームになったと見る整理が一般的だ。

誰か一人の創作で、全国の小学生がここまで盛り上がるものではない。仕掛けが火を点けたとしても、燃え広がる枯れ草は、もともと教室に積まれていた。

考察の場では、この告白がしばしば持ち出される。「じゃあ全部ウソだったのか」という声に、「いや、江戸時代に犬産人面狗の記録があるから、原型は本物の見世物だ」と返す人がいる。そこへ「でも高速道路を時速140キロで走るのは物理的に無理」という冷静な指摘が続く。この三段論法は、すっかりテンプレート。

コロコロとガチャガチャの人面犬

子ども向けの商品にもなった。月刊『コロコロコミック』の1990年10月号には、竹村よしひこの読み切り漫画『人面犬太』が載っている。怖い存在だった人面犬が、ここでは名前のついたキャラクターになった。

玩具の世界にも入り込んだ。今野産業が出した人面犬の消しゴムは、ガチャガチャで売られていた。ビックリマンシールやカードダスにも人面犬が混ざったが、あまり人気は出なかったらしい。人面犬から逃げるボードゲームまで売られたという。

怪談として怖がられていた犬が、おまけ付きのお菓子や、百円玉で回す機械の中へ引っ越した。こうなると、もう誰かの目撃談ではない。流行のキャラクター。

東両国の木戸銭は12文だった

人面犬は、1989年の発明ではない。江戸時代の記録に、すでに似た話がある。考証家の石塚豊芥子が書いた『街談文々集要』の巻七に、文化7年6月8日の記事がある。西暦では1810年だ。題は「犬産人面狗」で、犬が人面の子を産んだ、という意味になる。

文には、田所街の紺屋の裏で犬が子を産み、2匹か3匹の顔つきが人に似ていた、と書いてある。大評判になって、すぐに東両国の見世物に出された。見物人は大群衆で、木戸銭は1人12文だった。

場所の書き方は、資料によって揺れる。原文の転記は田所街だが、ウィキペディアなどは田戸町と書く。どちらも同じ記事を指すと見るのが自然だ。町名の読みまでは、確かめにくい。

豊芥子本人も、見物に行っている。母犬が乳を飲ませているところを見て、目から鼻筋の通ったあたりが人間のように見えた、と書いた。犬の体に人の頭が乗っていたわけではないらしい。犬は間もなく死んだが、3、4日は線香をたいて見せたという。

10日には、このあらましを刷った板行が、町中を売り歩かれた。見世物小屋の前に行列ができ、木戸銭を払って薄暗い囲いへ入ると、人の顔に似た子犬が1匹。そんな光景があったのだろう。

梅毒と雌犬の迷信

なぜ犬が人の顔の子を産むのか。江戸の人々が持ち出した理由は、今読むと苦い。当時、梅毒にかかった者が雌犬と交わると、病が犬に移って治る、という根拠のない迷信があった。豊芥子は、この人面犬もそんな行いから生まれたのではないか、と書き添えている。

人間と犬のあいだに子が生まれたと考えれば、顔が人に似るのも筋が通る。もちろん、そんなことは起こらない。病に苦しむ人の必死さと、見世物を見たい人の好奇心。その二つが、1匹の子犬のまわりで絡み合っていた。

江戸には、ほかにも記録がある。水戸藩士の加藤曳尾庵が書いた『我衣』には、文政2年4月29日に日本橋の近くで生まれた子犬が人面といわれ、江戸中の評判になって見物人が詰めかけた、とある。曳尾庵が見物人から聞いた話では、猿のような顔つきだった。瓦版には、前足が人間の足だったと書かれた。

国学者の平田篤胤も、人間そっくりの顔を持つ犬の話を書き留めたという。学者までが気にかけた怪異だった。

江戸に実在した見世物の記録と、平成の雑誌ライターによる創作。二つが重なって、人面犬ができている。この二重底こそが、人面犬の面白さの核だ。

見世物と医学書が追いかけた人の顔

人の顔を持つ獣を調べた本は、昭和にも出ている。昭和7年に刊行された『人面類似集』は、蜘蛛や魚、カボチャや竹まで、人の顔に似たものを集めた奇書だ。人面瘡や、人面牛身の件も載っている。

藤沢衛彦は、見世物の歴史をまとめた『日本見世物史』を、『講座日本風俗史』の第7巻に書いた。見世物には「人首獣体」という種類があり、首から上が人で体が獣というものは、かなり多かったらしい。人面犬も、その仲間に入る。

1940年には、田中香涯が医学の立場から『医事雑考妖異変』を出した。「犬産人面狗」の記録を取り上げ、人面犬という言葉を繰り返し使っている。人面犬の話は、こうした古い本の中で、たびたび引き合いに出されてきた。

出羽の山にいた火を吹く犬

山形には、もっと荒っぽい話が伝わる。高橋敏弘が「怪異雑考」で紹介したもので、200年ほど前の山形に、人面犬の仲間のような妖犬の話があったという。『出羽妖魅異記』という古文書に出てくる、と書かれている。

妖犬が村をまるごと全滅させた話。山中で人面犬を見た狩人が面白がって追い回し、谷底へ落としたところ、翌日、犬は口から火を吹いて怒り狂い、家々に飛び込んで火をつけ、大火事になった話。

1989年の子どもたちが語った、口から火を吹く人面犬と重なる部分がある。ただ、この書は明治元年の刊行とされるが、ほかに情報がなく、現在も確認できていない。噂の側が古い話を知っていたかも、分からない。

人の顔をした犬が、人間に仕返しをする筋書き。それだけは、どの時代の話も同じだった。

明治の新聞は、人面の子犬を書き立てた

時代が明治に変わっても、人面の犬の記事は消えない。1885年4月9日の出羽新聞は、「人面獣体」という見出しで報じた。山形県東村山郡の山寺村で、妻を亡くして独り身になった男が、飼い犬を毎晩布団に入れて抱いて寝ていた。

その犬が身ごもり、頭が人間で体が犬の子犬を産んだという。男は珍しいことだと大切に育てたが、子犬は10日ほどで死んだ。死体はアルコール漬けにされた。4月13日の奥羽日日新聞にも、同じ事件が出ている。

珍しい話では、なかったらしい。翌1886年5月12日の改進新聞には、「人面獣身」の記事が載った。東京の牛込で、軒下に駆け込んだ洋犬が13匹の子を産み、そのうち1匹が目も鼻も口も揃った人の顔をしていた。大金を出してほしがる人まで出たが、子犬はすぐに死んだ。絵も添えられている。

1899年8月8日の記事は、「狗面人面」と題されていた。遠州の森町で、紙屑拾いの男が近所の家の大きな雌犬と通じ、人の頭と犬の体の子犬が生まれたという。男は子犬を溺愛して離さず、雌犬の飼い主の家との間で、権利争いまで起きた。

どの記事も、人と犬の交わりという同じ筋を持つ。江戸の迷信は、明治の新聞の紙面でも生きていた。

昭和の人面犬は、漫画と雑誌の中にいた

昭和に入ると、人面犬は雑誌や漫画の登場人物になる。1970年代に『週刊少年マガジン』で連載されたつのだじろうの漫画『うしろの百太郎』には、霊能犬のゼロが出てくる。普段は普通の犬で、主人公と話すときだけ、顔が人のものに変わった。

1968年の『週刊少年キング』18号には、「世にもふしぎなお化け動物」という記事が出た。外国で捕まった人面犬の話だ。ゴミ溜めであさっていたところを捕まえた、という点は、のちの噂と似ている。ただ、この記事の裏は取れていない。

映画にも、人の顔をした犬は出てくる。1979年に日本で公開された洋画『ボディ・スナッチャー』と、1972年公開の『悪魔のワルツ』だ。子どもたちの頭の中には、1989年より前から、人面犬の下地ができていたのかもしれない。

正体として語られたもの

人面犬の正体について、いくつもの説が出た。ひとつは、妖怪の類だという見方だ。遺伝子操作で作られた生物兵器だという話もあり、環境汚染による突然変異で、工場の廃液や排ガスが犬の顔を人に変えたという説まである。

筑波大学で生まれた実験動物が逃げ出した、という話もあった。杉並区や中野区では、白衣の人物が人面犬を追っていたという噂がセットで語られた。大学の生物実験が生んだキメラ、という言い方もある。

霊的なものだという説もある。強い霊感の持ち主にしか見えない、というおまけ付きだ。これは便利な説明。誰にも見えなくても、説明がついてしまう。

『ポップティーン』の編集部には、サーファーの霊が飼い犬に乗り移った、事故で亡くなった少女の霊が犬に憑依した、といった情報も寄せられた。1年生を対象にしたアンケートにも、こうした正体が出てくる。正体は、ひとつに決まらなかった。

どの説にも、裏付けはない。決め手は、どこにもない。目撃談がこれだけ語られながら、写真も死骸も1枚も確保されていない。見間違いだと結論づける考察も多い。あるのは噂と、見世物と、新聞記事と、玩具だけだ。

記録と噂の境目

人面犬は、現代妖怪型の噂として整理される。通学路で追ってくる型は、学校の怪談の中では追跡者の型に入る。噂があったこと自体は、学校の怪談の資料や当時の雑誌に残る。

単一の起源は、確定していない。地域ごとの口承と、メディアが付けた設定が混ざっている。怪異や呪いが実在した、という確認は取れない。

事件が起源だという説にも、気をつけたい。個別の学校名や死者の名前、事故の日付が示されても、一次資料が見つからなければ未確認のままにする。新聞や初出の記録がある流行と、のちの時代に付け足された速度や武器、逃げ方の細部とを、はっきり分けて考える。

固定された本文がない噂では、後発の細部を「本来の設定」とは呼べない。異説として、並べておくしかない。上級生から下級生へ、別の学校へ、本や映画やネット投稿へ移るたびに、場所や時刻、人物、逃げ方が付け足されていく。

何が残り、何が差し替えられたのか。比べていくと、見慣れた場所のほんの一部だけ決まりが違う、という怖さの作り方が見えてくる。ゴミ捨て場も通学路も、毎日通る道。

消えたあとも、顔だけは残った

1990年代の前半には、ブームは落ち着いた。路地の裏から人面犬の目撃談は消え、子どもたちの興味は、次の流行へ移っていく。

けれど、人面犬は完全にはいなくならなかった。顔だけは、しぶとく残る。『人面犬研究駄ワン』という本まである。妖怪の仲間として、ゲームや漫画にも顔を出すようになり、『妖怪ウォッチ』にも登場する。怖い噂から、笑えるキャラクターへ。

江戸の見世物小屋から、明治の新聞、昭和の雑誌、平成のガチャガチャへ。人の顔をした犬は、時代の入れ物を替えながら、200年近く人々の前に現れ続けた。

深夜の路地で、ゴミ袋のにおいの中から、犬が振り向く。その顔は、やはり中年男。「ほっといてくれよ」と言い残して、闇の中へ消えていく。

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