大学の怪談って、小学校の怪談とは手触りがぜんぜん違うんだよな。
トイレの花子さんも、動く人体模型も、夜中に走る二宮金次郎も、あれは要するに「知らない場所」への恐怖だ。子どもにとって学校は与えられた箱で、放課後の理科室も夜の体育館も、自分の裁量では入れない領域なんだよ。だから怪談は「入れない場所には何かがいる」という形をとる。
ところが大学は違う。深夜三時に研究棟にいられる。地下書庫の鍵を借りられる。部室棟に泊まれる。実験装置を回しっぱなしにして仮眠できる。つまり大学生は、子どもが怖がっていた領域の内側に、自分の意思で立ち入れてしまう立場なんだ。そこで生まれる怪談は、質が変わる。「入っちゃいけない場所」の話じゃなく、「入れてしまった自分」の話になる。
この記事では、大学キャンパスに巣くう怪談を全部ひっくり返して並べていく。医学部の解剖実習室、献体、ホルマリンの匂い。図書館の地下書庫。深夜の研究棟。学生会館と部室棟。そして日本の大学怪談の頂点にして王様、あの「死体洗いのバイト」の全貌を、発祥から派生から反証まで丸ごと。長くなるけど、たぶん最後まで読める。
深夜二時、地下から水の音がする
まず、いちばん有名なやつを、いちばん丁寧に語り直す。
話はだいたいこう始まる。友達の友達、あるいは兄貴の大学の先輩が、とんでもない条件のバイトを紹介された。時給が桁一つおかしい。日給なら十万近い、という語り口のときもある。仕事内容は当日まで教えられない。学生課の求人票には絶対に載らない。掲示板の裏側に、二つ折りにした紙が画鋲で留めてあった、という語り方をする人もいる。とにかく、正規のルートには存在しない求人だ。
紹介してくれた先輩は、こう言ったという。「体力あるか。あと、匂いに強いか」。それだけ聞かれた。バイトの内容は、行けばわかる、と。
指定された日は土曜日。夕方の六時に、医学部の裏手にある古い棟の通用口に来い、と言われる。表の正門からじゃなく、裏手。この「裏から入る」という段取りが、この話ではやたらと丁寧に語られる。渡り廊下を二本くぐって、蔦の絡んだレンガの建物の、地面より一段低いところにある扉。ノックすると、白衣の男が出てくる。名乗らない。名札もつけていない。
案内されるのは地下だ。階段を降りると、空気が変わる。まず湿気。次に匂い。ツンとした、目の奥を直接殴ってくるような刺激臭。鼻というより、涙腺に来る。学生は思わず顔をしかめる。男は「三十分で慣れる」とだけ言う。実際、三十分で慣れる。これがこの話のいちばん嫌なディテールで、人間は本当に三十分で慣れるんだよな。
通されたのは、プールだ。二十五メートルプールほどではないが、十メートル四方くらいの、コンクリートで囲われた大きな水槽。天井の蛍光灯が二本だけ点いていて、水面が鈍く光っている。水は透明じゃない。乳白色というか、うっすら濁っている。
そして、そこに、浮いている。
男は長い棒を渡してくる。先端に丸いゴムのついた、モップの柄みたいなやつだ。「浮いてきたら、これで押して沈めてくれ」。それが仕事の全部だという。処理の関係で、時間が経つと体内にガスが溜まって、順番に浮いてくる。浮いたまま空気に触れさせると保存状態が悪くなる。だから沈める。ひたすら沈める。
学生は八時間、それをやる。
話のバージョンによっては、ここで洗浄作業が入る。引き上げて、ホースで洗って、また戻す。二人一組で持ち上げる。想像よりずっと重い、というのが必ず語られる。「水を吸ってるから、生きてる人間の倍くらいに感じた」という言い回しは、複数のまとめサイトで見かける定型句だ。
さて、怪談としての山場はここからだ。作業も終盤、深夜近く。学生は疲れて、感覚も麻痺している。棒で押す、沈む、また浮く、また押す。単純作業のリズムに入っている。そのとき、押した先が、動いた。
押し返してきた、という語りもある。棒の先に手が触れた、という語りもある。いちばんよく聞くのは、こうだ。押した瞬間、水面のすぐ下で、目が開いた。
学生は棒を落とす。悲鳴も出ない。振り返って、白衣の男を見る。男は壁際の椅子に座って、事務書類を書いていて、顔も上げずにこう言う。
「ああ、たまにあるから。気にしないで」
これが、この話のオチだ。幽霊が襲ってくるわけでもない、呪われるわけでもない。ただ、その場にいる大人が、それを日常として処理している。学生だけが異物で、学生だけが怖がっている。怪異より、慣れている人間のほうが怖い、という構造になっている。
翌朝、学生は封筒で現金を受け取って帰る。そして二度と呼ばれない。連絡先を渡されたはずなのに、電話は繋がらない。あるいは、その建物に行ってみたら、地下への階段そのものが無くなっている。ここは語り手によってブレる部分だ。
匂いだけは、一週間落ちなかった。石鹸で何度洗っても、手を顔に近づけるとあの刺激臭がする。それが唯一の物証だった。この「匂いだけが残る」という締め方が、実話怪談としての説得力を一段引き上げているんだよな。
「棒で沈める」という一行が全部持っていった
この話の恐ろしさが、どの一点に集中しているかというと、間違いなく「棒で沈める」なんだ。
考えてみてほしい。洗うだけなら、まだ職業的な行為として理解できる。湯灌という実在の仕事があるし、遺体を清めることには文化的な文脈がある。ところが「浮いてくるから押し戻す」は、対象を完全にモノとして扱う動作なんだよ。浮力に逆らって沈める。それは荷物の扱い方であって、人の扱い方じゃない。
しかもこの動作は、能動的だ。見るだけ、運ぶだけなら受け身でいられる。でも「押す」は自分の腕でやる。棒を通じて、抵抗が手に伝わる。この触覚の生々しさが、聞いた人間の記憶に刺さる。
もう一つ効いているのが、時給の異常な高さだ。この設定があることで、話は単なる怪談から「取引」の物語に変わる。金と引き換えに、人としての一線を跨ぐ。跨いだ側の学生は、もう跨ぐ前には戻れない。バイト代を受け取った瞬間、共犯になっている。日本の大学怪談でこの構造を持っているものは他にほとんどなくて、だからこの話だけが何十年も生き残った。
そして、大学生という語り手にとって「割のいいバイト」ほどリアリティのある入口はない。仕送りが足りない、家庭教師は面倒、居酒屋は拘束時間が長い、治験は怖い。そういう生活実感の延長線に、この話はぬるっと置かれる。だから信じてしまう。
話の出どころは小説だった、しかも液体からして違う
じゃあこの話、どこから来たのか。ここは意外なほどはっきりしている。
大江健三郎の短編「死者の奢り」だ。一九五七年、文學界の八月号に発表された、大江の商業デビュー作にあたる作品で、第三十八回芥川賞の候補にもなっている。内容はこうだ。主人公の学生が、大学の医学部の事務室でアルバイトに応募する。仕事は、水槽に保存されている解剖実習用の遺体を、別の水槽へ移すこと。同じバイトに、妊娠している女子学生が来ている。彼女は堕胎の費用を稼ぐためにここにいる。
一日で終わるはずだった作業は、医学部側の決定変更によって、まったく違う意味を帯びていく。
で、ここが重要なんだけど、小説の仕事は「移す」であって「洗う」じゃない。そして水槽の液体はアルコールであって、ホルマリンじゃない。棒で沈める描写もない。
つまり、我々が知っている「死体洗いのバイト」は、小説そのものではなく、小説を又聞きした人間が、記憶と想像で作り替えたものなんだよな。アルコールはホルマリンに置き換わった。ホルマリンのほうが一般名詞として「遺体の保存液」というイメージに直結するからだ。運搬は洗浄に置き換わった。「洗う」のほうが動詞として想像しやすいからだ。
そして誰かが「浮いてくる」という物理現象を思いつき、「じゃあ沈めるんだろ」という理屈を付け足した。ここで話は完成した。
伝播の時期についてもう少し言うと、この噂が全国区の口コミになったのは、おおむね一九六〇年代後半から七〇年代にかけてだとされる。学生数が急増し、アルバイト市場が拡大し、地方から出てきた学生が下宿で夜通し喋る、という条件が揃った時期だ。八〇年代に入るとアルバイト情報誌が全盛になって、「情報誌には絶対載らない裏バイト」というジャンルが噂として定着する。この文脈に「死体洗い」はぴったりはまった。
九〇年代には、常光徹が一九九〇年に発表した「学校の怪談」を起点に学校怪談ブームが起き、テレビと児童書が全国の子どもへ同じ怪談を配り始める。ただし死体洗いは子ども向けにはならなかった。あまりに生々しかったからだ。代わりにこの話は、大学生と社会人の口伝えという、より狭いが、より粘り強いルートを進んだ。
二〇〇〇年代に入るとインターネットが引き取る。オカルト板や生活板の「割のいいバイト」系スレッド、あるいは実話怪談を投稿する形式のスレッドで、この話は繰り返し再投稿された。投稿者はたいてい「これ、うちの大学の先輩の話なんだけど」と前置きする。名前も年も伏せられる。だから初出の特定は事実上不可能になっていて、掲示板の過去ログを掘っても、必ず「もっと前に聞いた」という書き込みにぶつかる。
この「必ず一つ前がある」という構造こそ、都市伝説が都市伝説である証拠なんだよな。
誰かがベトナムを足した、誰かが糸と針を足した
この話には、はっきり系統の違う派生がいくつもある。順番に見ていく。
まずベトナム戦争バージョン。舞台が日本の大学ではなく、在日米軍の施設になる。戦死したアメリカ兵の遺体が大量に運び込まれてきて、本国へ送り返す前の処理を、日本人のアルバイトが担当する。時給はドル払い。守秘義務があるから絶対に喋るな、と言われる。このバージョンは六〇年代後半から七〇年代前半、つまりベトナム戦争がリアルタイムだった時期の空気を強烈に吸っている。
当時の学生運動の文脈と混ざって、「政府が隠している仕事」という陰謀論的な色がつくのも特徴だ。ちなみに法医学者の西丸與一が在日米軍の遺体安置施設の職員に確認したところ、そんな事実はないという回答だったという記録が残っている。
次に縫合バージョン。洗うんじゃなくて、解剖実習が終わった遺体を、元通りに縫い合わせる仕事だとされる。これは医学的にはむしろ実在の作業に近いところがあって、実習終了後の納棺前に整える工程は現実にある。ただし当然ながら学生アルバイトが担当するものではない。このバージョンが怖いのは、作業内容がやたら具体的なところだ。
「糸は太い麻糸で、針は湾曲したやつ」みたいな道具の描写が入ると、聞き手の疑いが一気に下がる。嘘は細部で信じられる。
死化粧バージョンもある。エンバーミングの知識が一般に広まった九〇年代以降に出てきた比較的新しい型で、遺体に化粧を施す仕事だとされる。このバージョンには怪異が出ないことも多く、むしろ「割に合わないほど精神的にきつい仕事」というリアル寄りの話に着地する。都市伝説が現実に寄せられて摩耗していく過程が見えて、これはこれで興味深い。
条件付きバージョンというのもある。作業前に、いくつか禁止事項を言い渡される型だ。顔を見るな。話しかけるな。数を数えるな。名前を呼ぶな。名札を読むな。そして必ず、学生はそのうちのどれかを破る。破った結果として何が起きるかは語られないことも多い。ただ「そのバイトに行った先輩は、翌年から大学に来なくなった」で終わる。この型は明らかに、禁忌譚という日本の昔話の古い型を引き継いでいる。
見るなの座敷、鶴の恩返し、あの系譜だ。都市伝説の皮をかぶった昔話なんだよ。
人数が合わないバージョンも根強い。作業終了後、白衣の男が台帳をつけている。学生が横から覗くと、その日運んだ数と、台帳の数が一つ違う。多いのか少ないのかは語り手によって変わるが、多いパターンのほうが圧倒的に怖い。じゃあ余分な一つは何だったのか、という問いだけを残して話は終わる。数が合わないという恐怖は普遍的で、これは山の怪談でも海の怪談でも同じ形で出てくる。
最後に、募集の出方そのものが怪異になっているバージョン。学生課の掲示板に、一枚だけ紙が貼ってある。他の求人票と紙質が違う。日付も書いていない。電話番号は市外局番が古い形式で、かけると呼び出し音が二回で切れる。次の日に見に行くと、その紙だけがない。画鋲の跡も残っていない。このバージョンは怪異が一切登場しないのに、いちばん後味が悪い。何もなかったことになる、という怖さだ。
実習室の本当の姿は、噂よりずっと静かで、ずっと重い
ここで一度、噂から離れて、現実の話をする。この記事でいちばん丁寧に書きたいのはここだ。
日本の医学部・歯学部の解剖学実習で使われるご遺体は、献体制度によって提供されている。根拠になっているのは、一九八三年十一月二十五日に施行された「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」だ。それ以前は法的な位置づけが曖昧で、現場は苦労していた。この法律ができたことで、生前の本人の意思と遺族の承諾に基づく献体が、制度としてはっきり位置づけられた。
献体を希望する人は、大学ごとに置かれた団体に生前登録する。多くの大学でこの会は「白菊会」という名前を持っている。たとえば京都大学の白菊会は一九六一年の設立で、法律ができるずっと前から篤志による献体を支えてきた組織だ。登録すると会員証が発行され、亡くなったときに遺族が大学へ連絡する。大学が引き取り、防腐処置を行い、実習に用いる。実習が終われば火葬され、遺骨は遺族のもとへ返される。
返骨までは一年から二年、場合によってはそれ以上かかる。そして各大学では毎年、解剖体慰霊祭が執り行われる。秋に行うところが多い。学生も参列する。
つまり、この一連の流れのどこにも、時給の高いアルバイトが入り込む余地はない。防腐処置は専門的な技術と資格を持つ人間が行う。血管から固定液を注入する処置は、量も速度も部位も繊細にコントロールされる工程で、素人が棒で押して済む世界じゃない。厚生労働省の資料でも、遺体の保存はエタノールを用いて一定の温度と期間で管理し、保存庫で個別に管理すると整理されている。
そもそもホルマリンのプールに人を近づけること自体が、労働衛生上ありえない。ホルムアルデヒドは二〇〇八年に特定化学物質へ指定替えされていて、扱いには厳格な濃度管理と局所排気装置が求められる。無防備な学生を八時間も蒸気の上に立たせたら、その大学は労働基準監督署どころの騒ぎじゃなくなる。実習室に強力な換気設備が入っているのはそのためだ。
じゃあ実習室の匂いはどうなのかというと、これは体験者の証言が面白いくらい割れる。近年改修された施設では換気が良く、照明も明るくて、想像したほどではなかったという声がある。一方で、手袋を通り抜けて手に匂いが染みつき、シャワーを浴びるまで落ちない、という証言はかなり共通している。一日中その中にいると嗅覚が麻痺して何も感じなくなる、という話もよく出てくる。
慣れの速さも共通していて、初日は皮膚に刃を入れるのも恐る恐るだったのが、二日目にはてきぱき進められるようになる、と多くの医学生が書いている。食欲は落ちない、むしろ実習後は腹が減る、という証言まである。
こう並べると、現実は怪談よりよほど散文的だ。でも、散文的だからこそ重い。学生が向き合っているのは、生前に「自分の体を教育に使ってくれ」と申し出た誰かの、その意思そのものなんだよ。実習の最初と最後に黙祷する大学は多いし、慰霊祭で遺族と対面する経験を、生涯で最も重かった時間だと書き残す学生もいる。
だから、この記事では解剖実習をネタとして消費する語りは採らない。ネットの一部には、実習中の不謹慎な振る舞いを面白おかしく語る噂の類型がいくつも流通していて、特定の大学名まで付けて語られることもある。ただ、あれらはどれも一次情報にたどり着けないし、細部が語り手ごとにころころ変わる。典型的な伝聞増殖のパターンで、実話として扱う根拠がない。
そして何より、あれを面白がる語り口は、献体した本人と遺族に対して失礼だ。怪談として扱うべき対象じゃない。
地下書庫はなぜあんなに人を不安にさせるのか
解剖実習室の次に大学怪談の舞台になりやすいのが、図書館の地下書庫だ。しかもこっちは、医学部がない大学でも通用するから、分布がずっと広い。
大学図書館の閉架書庫というのは、独特の空間なんだよな。まず、照明が常時点いていない。多くの書庫では、通路ごとに紐スイッチかボタンがあって、自分がいる列だけを点ける。つまり、背後は常に暗い。次に、集密書架がある。ハンドルを回すと書棚がレールの上を動いて、通路が開閉するあれだ。人が入っている列を閉められないように安全装置は付いているが、それでも「動く壁の間に立っている」という事実は変わらない。
そして、静かすぎる。空調の音しかしない。紙と埃と、古い糊の匂い。窓がない。携帯の電波が入らないことも多い。時計を見ないと今が昼か夜かわからない。地下三層とか四層まである大きな図書館だと、下に降りるほど蔵書が古くなって、洋書の革装丁や戦前の和装本が並ぶ区画に入る。ここまで来ると、もう現代日本にいる感じがしない。
こういう場所に生まれる怪談は、パターンが決まっている。いちばん多いのが「足音」だ。自分しかいないはずの層で、二列向こうの通路を誰かが歩く。ゆっくり、規則正しく。追いかけると止まる。止まると、また鳴る。二番目に多いのが「本が落ちる」。誰も触っていない棚から一冊だけ落ちる。拾うと、まったく興味のない分野の本なのに、開いたページに自分に関係のある単語がある。三番目が「閉じ込め」。
閉館時刻を過ぎて、気づいたら電気が全部落ちていて、階段の扉が施錠されている。これは実際に起きうる事故なので、体験談としての生存率が異様に高い。
もう一つ、書庫怪談には特徴的な型がある。「存在しない本」だ。目録には載っているのに現物がない。あるいは請求記号だけがあって、そこには何もない。逆に、目録にない本が棚にある。開くと手書きで、途中から筆跡が変わる。この型は明らかに、書物という媒体そのものへの畏怖から来ている。図書館は、死んだ人間の言葉を大量に保管している施設なんだよ。そう考えると、書庫が怖いのはむしろ当然なんだ。
夜の研究棟には、まだ誰か残っている
理工系の研究棟は、大学の中でも屈指の怪談生産装置だ。理由ははっきりしていて、あそこは物理的に人が二十四時間いるからなんだよな。
実験には時間がかかる。培養は待つしかない。装置は止められない。締切前は泊まる。だから研究棟は、夜になっても完全には無人にならない。この「完全には無人にならない」が曲者で、廊下の遠くで物音がしたとき、それが人間なのか判断できない。人がいる可能性が常にあるから、確認しに行ってしまう。そして確認しに行った先に誰もいなかったとき、恐怖が確定する。
定番の怪談をいくつか。エレベーターの話は全国どこの大学でもある。誰も呼んでいないのに動く。深夜に呼ぶと、必ず地下から上がってくる。行き先ボタンにない階で止まる。ボタンのない階に行くエレベーターがあって、そこは地下の共同溝に繋がっていて、勝手に入ると除籍になる、という噂も複数の大学で語られている。大学の地下に配管や電線を通す共同溝が実在するのは事実だから、この手の噂は現実の建築と噛み合って強くなる。
冷凍庫の話も多い。マイナス八十度のフリーザーが並ぶ部屋は、それだけで空気が違う。深夜に扉が開いていた、警報が鳴っていたのに誰もいなかった、というのが典型だ。実験動物を扱う施設にまつわる話も多いが、これは倫理的に扱いがデリケートなので、ネット上でも語り手が慎重になる傾向がある。
いちばん好きなのは「四人目」系だ。深夜、実験室に三人でいた。作業しながら喋っている。ふと気づくと、会話の相槌が四つ分ある。誰も指摘しない。指摘したら終わりだとみんな分かっているから。朝になって、誰も何も言わずに解散する。この型は、疲労と睡眠不足という現実的な要因で説明がつくのに、説明がついてもまったく怖さが減らない。むしろ「自分の脳がそこまでやる」という別の恐怖が生まれるのが上手い。
古い研究棟に付き物なのが、改修の痕跡だ。塞がれた階段。開かない扉。天井の色が一部だけ違う区画。用途不明の配管。使われていない実験台の上に、なぜか整然と並んだ空のシャーレ。大学の建物は増改築を繰り返すから、こういう「意味のわからない部分」が必ず残る。怪談は、そこに理由を与える作業なんだよ。人間は説明のつかない構造物を放置できない。だから物語を貼る。
部室棟の二階、いちばん奥の鍵が合わない部屋
学生会館と部室棟の怪談は、また別の質感を持っている。ここは大学の中で唯一、教職員の管理が薄い領域だからだ。
部室棟というのは、だいたい古い。新キャンパスを作るとき、部室棟は後回しになる。だから木造やブロック造の、明らかに築何十年という建物が残る。壁には歴代のメンバーの落書きがある。天井にはガムテープの跡がある。何代も前の代のポスターが剥がれかけたまま貼られている。冷蔵庫の中には正体不明の瓶がある。そして、必ず「誰も入らない部屋」がある。
この「誰も入らない部屋」の由来が、大学怪談における最頻出モチーフだ。かつてそこにあったサークルが解散した。解散の理由は、部員が一人いなくなったから。あるいは合宿先で事故があったから。あるいは、単に部員が集まらなかっただけなのに、代を重ねるうちに理由が事故にすり替わったから。鍵は紛失していて、開けようとした奴がいたが開かなかった。窓から覗くと、机が四つあって、椅子が五つある。
部室棟の怪談には、必ず「代々の言い伝え」という形式がついてくるのが面白い。大学のサークルは四年で完全に人が入れ替わる。だから伝承のサイクルが異様に速い。新歓コンパで先輩が新入生に話す。その新入生が三年後に先輩として話す。この四年周期の再生産の中で、話は少しずつ変形しながら、しかし途切れない。人類学者が調べたら喜びそうな純粋培養の口承環境が、部室棟には成立している。
そして部室棟の怪談には、たいてい笑いが混ざる。「うちの部室、幽霊が出るけど、そいつ譜面台倒すだけだから」みたいな、飼い慣らされた怪異が多い。これは小中学校の怪談との決定的な違いの一つで、大学生は怪異を共同体のマスコットに変えてしまう。怖がりつつ、可愛がる。合宿のしおりに載せる。Tシャツを作る。この距離の取り方が、大学怪談の一番人間くさいところなんだよな。
聞いた話その一、五月の実習室と、増えていた白い布
ここからは、ネット上や口伝えで拾える体験談の型を、読み物として三つ紹介する。特定の大学や個人が判別できる要素は落としてある。
一つ目。ある私立大の医学部で、解剖実習が始まって二週目のこと。語り手は当時三年生で、実習は午後から夕方まで。その日はグループの進行が遅れていて、片付けが終わったのが十九時過ぎだった。他の班はとっくに帰っていて、実習室には彼と、同じ班の女子学生の二人だけが残った。
実習室というのは、作業が終わると台の上に白い布をかける。埃と乾燥を防ぐためだ。台は整然と並んでいて、どの台に何番のご遺体がいるかは決まっている。片付けの最後に、彼は入口から実習室を見渡した。理由は特にない。ただ、明かりを消す前に一度全体を見る癖がついていたからだという。
そのとき、台の数を数えた。習慣だった。実習中、備品の数を数えるのがその班の彼の役割だったから、目についたものは数えてしまう。
台の数は合っていた。白い布の数が、一枚多かった。
彼は数え直した。同じだった。奥から二列目、窓側のいちばん端。そこには台がないはずなのに、床の上に白い布のかたまりがあった。膨らんでいた。人の形をしていた。
彼は隣の女子学生に「あれ何」と聞いた。彼女は目を上げて、その方向を三秒見て、それから「早く帰ろ」と言った。何も見えなかったから帰ろう、なのか、見えたから帰ろう、なのか、彼女は説明しなかった。彼も聞かなかった。二人は明かりを消して、扉を閉めて、鍵を返した。
翌日、彼はいちばん早く実習室に入った。奥から二列目、窓側の端には何もなかった。床は乾いていて、布のあとも何もない。彼はその後、実習が終わるまでの三か月間、片付けのときに台の数を数えるのをやめた。数えたら、また合わない気がしたからだ。彼は今も医師をしている。この話を人にするときは、必ず最後に「あれは疲れてたんだと思う」と付け加えるのだという。付け加えないと落ち着かないらしい。
聞いた話その二、書庫の三層目で名前を呼ばれた
二つ目は、地方国立大の図書館の話だ。語り手は文学部の四年生で、卒論のために閉架書庫に入り浸っていた。
その大学の書庫は地下四層まであって、下に行くほど古い資料が入る。三層目は戦前の雑誌のバックナンバーが集まっている区画で、集密書架がずらりと並んでいる。彼女は指導教員に紹介状を書いてもらって、閉館一時間前まで入れる許可をもらっていた。
その日は十一月で、外は暗くなるのが早かった。彼女は十七時ごろに入って、目当ての雑誌の合冊を探していた。書架のハンドルを回して通路を開け、明かりを点けて、背表紙を追う。書庫の中は、空調の低い唸りだけが響いている。
一時間ほど経ったころ、後ろから名前を呼ばれた。名字ではなく、下の名前だった。しかも、家族と、高校時代の友人しか使わない呼び方だった。
彼女は反射で振り返った。誰もいない。通路は開いたままで、突き当たりの壁が見えるだけ。彼女は「はい」と声を出してみた。返事はない。空調の音だけ。
それから彼女は、明かりが点いている列を確認した。自分がいる列だけだ。他は全部暗い。書庫の入口は一つしかなくて、そこを通れば必ず自分の視界を横切る。誰かが入ってきたなら、気づかないはずがない。
彼女はしばらく動けなかった。動けないまま、自分がやるべきことを考えて、結局、雑誌の目当ての号を抜いて、通路の明かりを消して、階段へ向かった。歩いている間ずっと、後ろから同じ距離で足音がついてくる気がした。振り向かなかった。振り向いたら足音が消えて、消えたことのほうが怖くなると分かっていたからだ。
一階のカウンターに戻って、司書に「今、下に誰かいましたか」と聞いた。司書は端末を見て、「入館記録はあなただけですね」と答えた。それから、少しだけ間を置いて、こう続けたという。「三層はね、たまにそういうことがあるって、前からよく言われるんですよ」。
彼女はその後も卒論のために書庫に通った。ただし、必ず友人を一人連れて行くようになった。友人には理由を説明しなかった。説明したら来てくれなくなると思ったからだ。
聞いた話その三、部室棟の窓に映っていた四人目
三つ目は、都内の私立大の部室棟の話。語り手は軽音サークルの二年生だった。
その部室棟は四階建てで、階段の踊り場が異様に暗い。彼らの部室は三階の奥から二番目で、隣、つまりいちばん奥の部屋は、ずっと使われていなかった。看板もない。鍵は部室棟の管理箱にも入っていない。先輩たちは「あそこは開かないから」としか言わなかった。
学園祭前の追い込みで、その日は三人が泊まりで作業していた。深夜二時ごろ、機材のセッティングを終えて、床に座って喋っていた。部室のドアはガラス入りで、廊下側が見える。廊下の蛍光灯は夜になると半分落とされていて、暗い。
そのとき、一人がふと言った。「今、四人で喋ってなかった?」
三人は黙った。数えた。三人しかいない。誰も何も言わなくなった。
数分後、別の一人が、ドアのガラスを見た。ガラスには部室の中が反射して映っている。座っている三人が映っている。その後ろに、立っている人影が一つ映っていた。
彼はそれを口に出さなかった。出さずに、静かに立ち上がって、部屋の電気を全部点けて、それから「コンビニ行こう」と言った。三人は外に出た。誰も理由を聞かなかった。三人とも見ていたからだ、と後で分かった。
戻ってきたのは朝の五時で、部室には何もなかった。機材もそのままだった。ただ、隣の使われていない部屋のドアが、五センチほど開いていた。中は暗くて何も見えない。誰も近づかなかった。夕方に他の部員が来たとき、そのドアはきっちり閉まっていた。
その年の新歓で、彼らは新入生にこの話をした。翌年の新歓では、話に少し尾ひれが付いていた。人影が女だったことになっていた。さらに翌年には、その部屋がかつて何のサークルだったかまで語られるようになった。語り手はそれを聞いて、訂正しなかった。訂正する意味がないと思ったからだという。「怪談って、そうやって育つんだよな」と、彼は言っていた。
掲示板が三十年かけて磨き上げたもの
大学怪談、とくに死体洗い系の話に対するネット上の反応は、時期によってきれいに三段階に分かれる。
第一段階は、素朴に怖がる時期だ。九十年代末から二〇〇〇年代初頭のオカルト系掲示板では、この話は「知ってるやつ」として共有され、投稿されるたびに「うちの大学にも同じ話がある」というレスが山ほど付いた。ここで面白いのが、みんな微妙に違うバージョンを持っていることなんだ。プールの大きさ、時給、季節、白衣の男の台詞。同じ話なのに一致しない。
その不一致自体が「実在の噂が全国に散らばっている証拠だ」として、逆に信憑性を高める方向に働いた。
第二段階は、検証と冷笑の時期だ。二〇〇〇年代半ば以降、実際に医学部を出た人間や、解剖学教室で働いた経験のある人間が、ネットで発言し始める。彼らは一様に否定する。防腐処置は専門職の仕事だ、学生バイトは存在しない、ホルマリンのプールなんか作ったら全員が体を壊す、と。
医科大学の事務にはこの噂に関する問い合わせが年に何件も来るという話もあって、職員が「そんなに給料がいいなら俺がやりたいよ」と冗談で返す、という定番のやり取りまで報告されている。この時期に、死体洗いは「情報リテラシーの練習問題」として扱われるようになった。噂を信じている側が笑われる構図ができた。
第三段階が、民俗学的に面白がる時期だ。ここ十数年、この話は「なぜ広まったか」の題材として語られることが増えた。個人ブログやnoteでは、大江健三郎の小説との差分を丁寧に追う記事が書かれ、動画では変形の系統樹を作る考察が上がる。もはや誰も本気で信じていないのに、話し続けられている。怪談が信仰の対象から研究の対象へ移行する典型的な過程で、実は妖怪の歴史でも同じことが何度も起きている。
主要な考察として、いくつか押さえておきたい説がある。まず「文学作品の口承化」説。これがいちばん有力で、実際に小説との対応関係がはっきりしているから、否定するのは難しい。次に「労働への不安の投影」説。高度成長期からバブル期にかけて、学生アルバイトの市場が異常に膨らんだ時期に、「金がいいバイトには裏がある」という漠然とした不安が形をとったという読みだ。
実際、この時期には治験バイトや訳ありの運び屋といった、似た構造の噂が並行して流通している。三つ目が「医学部という閉鎖領域への外部の想像」説。医学部は他学部から見て情報が遮断された領域で、その内側で何が行われているか、外の学生にはわからない。分からない場所には、必ず物語が生える。
反証側の言い分も強い。まず、この噂は五十年以上流通しているのに、実際にそのバイトをやったと名乗る人間が一人も検証可能な形で出てきていない。全部が「友達の友達」だ。次に、労働衛生の観点から物理的に不可能だという指摘。ホルムアルデヒドは劇物で、二〇〇八年に特定化学物質へ指定替えされている。三つ目に、献体制度の運用実態と噛み合わない。
献体されたご遺体は個体ごとに厳密に管理され、記録され、最終的に遺族へ返される。プールにまとめて放り込んで棒で沈めるという運用は、制度の根幹と真っ向から矛盾する。
つまり、この話は事実としては完全に否定されている。それでも消えない。そこがいちばん面白いところなんだよ。
小中学校の怪談と、大学の怪談は、そもそも怖がり方が違う
ここが、この記事でいちばん書きたかったところだ。
小中学校の怪談は、空間の禁止から生まれる。夜の学校には入れない。放課後の理科室には入れない。だから、そこには何かがいる。トイレの花子さんは、三階の三番目という具体的な座標を持っている。動く人体模型は理科室にいる。ベートーヴェンの肖像は音楽室にいる。二宮金次郎は校庭にいる。全部、場所に固定されている。子どもは学校の地図を持っていて、その地図の上に怪異を配置する。
そして小中学校の怪談は、集団で共有される。同じクラスの全員が同じ話を知っている。噂は教室単位で流通し、学年を越えて伝わる。「三階の女子トイレ」と言えば全員が同じ場所を思い浮かべる。これは学校という空間が均質だからできることだ。校舎は一つ、生徒は同じ時間割で同じ場所を移動する。
大学は全部が逆になる。
まずキャンパスが広い。学部が違えば建物が違う。理学部の学生は文学部の校舎に一度も入らないまま卒業することがある。だから「三階の女子トイレ」と言っても通じない。怪談を共有する共通の地図がない。結果、大学の怪談は学部単位、サークル単位、研究室単位に細分化する。医学部には医学部の話があり、体育会には体育会の話がある。互いにほとんど知らない。
次に、時間の禁止がない。大学生は深夜のキャンパスに合法的にいられる。徹夜で実験できる。部室に泊まれる。つまり「夜の学校」という子どもにとっての最大の禁忌領域が、大学生にとっては日常の作業場なんだよ。だから恐怖の対象がずれる。夜の校舎そのものは怖くない。夜の校舎に、自分以外の何かがいることが怖い。
三つ目に、大学の怪談には具体的な死の影が濃い。小中学校の怪談は、たいてい死因が曖昧だ。「昔ここで死んだ子がいて」で済む。ところが大学の怪談は、研究の失敗、実験事故、過労、進路の行き詰まり、卒業できなかった学生、といった、大学生自身が現実に直面しうる要因を怪異の背景に置く。これが効く。子どもの怪談は「知らない誰かの死」だが、大学の怪談は「なりえた自分の死」なんだよな。
だから医学部の怪談も、実は献体そのものより、実習に耐えられなかった学生の話のほうが多い。
四つ目、大学には制度への恐怖がある。除籍、留年、単位、学位。子どもには存在しない概念だ。この学籍という制度が怪談と結びつくと、独特の話になる。地下通路に入ると除籍になる。ある池の魚を食べると除籍になる。あの階段を使うと卒業できない。よく見るとこれ、超自然的な罰じゃなくて事務的な罰なんだよ。幽霊に殺されるんじゃなく、学籍を失う。大学生にとっては後者のほうが具体的に怖い、という感覚が正直に出ている。
ある国立大の七不思議として長く語られてきた噂群にも、この「除籍」型がいくつも含まれている。
五つ目に、大学の怪談は自嘲的だ。子どもは怪談を本気で怖がるが、大学生は怖がりながら同時にネタにする。学祭で肝試し企画にする。研究室の伝統にする。留学生に説明して笑う。この二重性が、大学怪談を独特の温度にしている。信じていないけど、深夜に一人で書庫に降りるときは、やっぱりちょっと嫌なんだよな。
そして最後に、伝承のサイクルが速い。小中学校は六年か三年、大学は四年で全員が入れ替わる。しかも大学は入れ替わりが完全だ。四年経つと、その話を最初に語った人間は一人も残っていない。にもかかわらず話は残る。この「語り手が全員入れ替わっても残る話」というのは、口承文芸としてはかなり純度が高い。伝統芸能に近いレベルで、大学の怪談は代々受け渡されている。
なぜこの話だけが死なずに生き残ったのか
死体洗いのバイトが半世紀を超えて生き延びた理由を、最後に整理しておく。
まず、この話には「検証しに行けない」という強度がある。心霊スポット系の怪談は、実際に行けば終わる。行って何もなければ、それで話は弱る。ところが死体洗いは、確認しに行く先が存在しない。医学部の地下は入れないし、そもそもそのバイトは求人として存在しないから、応募することもできない。反証が不可能じゃない、むしろ反証は簡単なんだけど、体験による反証ができないんだよ。この非対称性が、話を守っている。
次に、この話は「聞き手を試す」構造を持っている。語られたとき、聞き手には二つの選択肢がある。信じるか、笑うか。どちらを選んでも、その人の何かが露呈する。信じれば無知だと言われ、笑えば冷たいと言われる。この居心地の悪さが、話を記憶に残す。人は結論の出た話を忘れ、決着のつかない話を覚える。
三つ目に、この話は本物の重さを借りている。献体という制度は実在する。解剖実習も実在する。ホルマリンの匂いも実在する。慰霊祭も実在する。つまり、噂の九割は事実の上に建っていて、嘘は「そこに学生アルバイトがいる」という一点だけなんだ。嘘の割合が低い噂ほど強い。これは都市伝説の一般法則で、口裂け女にせよ人面犬にせよ、生き延びたものは必ず現実の生活動線の上に置かれている。
四つ目に、大学というコミュニティが、怪談にとって理想的な培養環境なんだよな。若い人間が大量に集まり、夜通し喋り、四年で入れ替わり、地方から集まって出身地ごとの話を持ち寄る。しかも大学は「知」の場だから、話に対して考察が加えられる。考察されると話は複雑になり、複雑になると生存力が上がる。単純な怪談は忘れられるが、注釈のついた怪談は残る。
そして五つ目、この話の核心にあるのは、死体でも幽霊でもなく、「慣れ」への恐怖だ。白衣の男が顔も上げずに「たまにあるから」と言う、あの一行。人は何にでも慣れる。三十分で匂いに慣れ、二日で刃を入れることに慣れる。慣れた自分が、慣れる前の自分から見たら化け物かもしれない。その予感が、この話をただの怪談から一段上に押し上げている。大学というのは、まさに「慣れる」ための四年間なんだよ。
専門知に慣れ、責任に慣れ、社会に慣れる。その入口に立っている人間が、慣れきった大人を地下で見る。これ以上に大学生向けの怪談があるだろうか。
怪談が住むのは、築五十年の棟の継ぎ目だ
ここからは、上で書ききれなかった部分を、もう少し踏み込んで掘る。
まず、キャンパス怪談の地理学の話をしたい。大学の怪談は、建物の年代と驚くほど正確に相関している。噂が濃いのは、ほぼ例外なく戦後すぐから一九七〇年代前半に建てられた棟だ。理由はいくつもある。この時期の校舎は、換気ダクトが露出していて、廊下が暗く、階段が狭く、窓が小さい。建材が古いから軋む。配管が鳴る。空調が唸る。要するに、物理的に音と影が多い。
さらに、学生数の急増に合わせて建てられたから、後から増築を繰り返している。増築の継ぎ目には必ず不自然な空間ができる。行き止まりの廊下、二重になった壁、使われない階段。ここに怪談が住む。
逆に、二〇〇〇年代以降の新しい棟には怪談が生えにくい。ガラス張りで、明るくて、動線が単純で、隠れた空間がない。監視カメラがあり、入退室がカードで記録される。記録が残る場所には怪異が出づらいんだよな。誰かが見た、では済まなくなるからだ。だから新キャンパスに移転した大学では、怪談が旧キャンパスに置き去りにされる、という現象が起きる。
移転後しばらくは「旧キャンパスの話」として語り継がれるが、旧キャンパスを知る学生がいなくなると、話は急速に消える。怪談は建物と一緒に取り壊されるんだ。
次に、匂いの話を掘り下げたい。この記事の主役は結局、匂いなんだよ。ホルマリンの刺激臭は、視覚的な恐怖と根本的に性質が違う。目は閉じられるが、鼻は閉じられない。しかも嗅覚は記憶と直接つながっている。海馬と扁桃体に近いところで処理されるから、匂いの記憶は言語化されないまま何十年も残る。解剖実習を経験した医師の多くが、何十年経ってもあの匂いを思い出せると書いているのは、そのせいだ。
そして嗅覚には「順応」がある。同じ匂いを嗅ぎ続けると、数十分で感じなくなる。ここが怪談的にとんでもなく重要で、順応するということは、自分の感覚が信用できなくなるということなんだよ。実習室にいる学生は、匂いを感じていない。でも服にも髪にも手にも染みついている。外に出て、他人にすれ違ったときに、相手の表情で初めて自分が匂うことを知る。この「自分だけが気づいていない」構造は、そのまま怪談の構造でもある。
自分だけが気づいていない何かが、自分にくっついている。死体洗いの話が「匂いだけが一週間落ちなかった」で締められるのは、だからものすごく理にかなっている。あれは物証じゃなくて、烙印なんだ。
三つ目に、大学怪談における「大人」の役割を考えたい。小中学校の怪談に出てくる大人は、たいてい無力か、無関係だ。先生は怪異に気づかない。用務員さんは何か知っていそうだが、はっきりは教えてくれない。子どもは大人に守られない代わりに、大人に責任も負わない。
大学の怪談では、大人が明確に「知っている側」として登場する。白衣の男は知っている。司書は知っている。守衛は知っている。教授は知っている。そして誰も学生に説明しない。「そういうことがたまにあるって、前から言われてるんですよ」で終わる。この、知っているのに説明しない大人という存在が、大学怪談の背骨だ。
大学生は法的には大人だが、専門領域の中ではまだ子どもで、その中間の宙ぶらりんな立場が、怪談の中で正確に再現されている。守ってもらえないのに、説明もしてもらえない。じゃあ自分で受け止めるしかない。この感覚は、実は怪異と無関係なところでも、大学生が日常的に味わっているものなんだよな。
四つ目に、体験談の語りの型を分析しておきたい。この記事で紹介した三つの体験談を読み返すと、共通の構造があることに気づくと思う。どれも、語り手が最後に何かを「やめている」んだ。台の数を数えるのをやめた。一人で書庫に行くのをやめた。訂正するのをやめた。
これは偶然じゃなくて、実話怪談というジャンルの基本文法だ。創作怪談は、怪異が解決するか、あるいは主人公が破滅して終わる。実話怪談は、どちらにもならない。日常が続く。ただし、日常の中に小さな回避行動が一つ増える。あの階段は使わない。あの時間には通らない。あの話はしない。この「生活の中に残った傷跡」こそが、実話怪談の証明書なんだよ。オチがないことがリアリティになる、という逆転がここにある。
五つ目、これは書いておかないといけない。献体という制度について、もう一度。
献体は、生きているうちに、自分の意思で、自分の体を教育のために差し出すという行為だ。動機は人それぞれで、医療への感謝を挙げる人もいれば、自分の病気の経験を役立ててほしいという人もいる。葬儀費用の問題を挙げる人もいるが、実際には遺族の負担が減るわけでもない。返骨まで一年以上かかるから、その間は遺骨のないまま過ごすことになる。遺族にとって、これは決して軽い決断じゃない。
それでも登録者は多く、大学によっては受け入れを制限しているところもある。
学生の側も、それを分かっている。実習の初日に献体者の名前や年齢を知らされる大学もあれば、最後まで知らされない大学もある。いずれにせよ、学生は数か月をかけて一人の人間の体と向き合い、実習が終われば納棺して見送り、秋の慰霊祭で遺族と対面する。感想文を読むと、学生が繰り返し書いているのは、恐怖ではなく、恐縮に近い感情だ。自分にこれを受け取る資格があるのか、という問いだ。
だから、この記事で扱ってきた怪談群と、現実の解剖実習室は、はっきり別の場所にあると考えたほうがいい。怪談が語っているのは、実習室そのものじゃなく、実習室の外にいる人間の想像力なんだよ。中にいる人は怖がっていない。外にいる人が怖がっている。そして外にいる人の想像は、たいてい的外れだ。ホルマリンのプールも、棒も、高額のバイトも存在しない。
存在するのは、静かな部屋と、換気の音と、数か月ぶんの時間と、誰かの決断だけだ。
六つ目に、これから大学怪談がどうなるかを考えたい。正直、環境はかなり厳しくなっている。カードキーで入退室が記録され、防犯カメラが廊下を押さえ、研究室の夜間滞在は労務管理の観点から制限される方向にある。徹夜作業は減っている。部室棟は建て替えられて、鍵の管理も電子化されつつある。図書館は電子ジャーナル化が進んで、地下書庫に降りる学生が減った。怪談が育つ土壌そのものが、確実に痩せている。
ただ、代わりに新しい型も出てきている。オンライン授業の録画に映り込む人影。学内システムの、誰も更新していないはずのページ。存在しない学籍番号。使われていないメーリングリストに届く配信。サーバーのログに残る、誰のものでもないアクセス。深夜のオンライン自習室に、ずっとカメラを切ったまま在室し続けているアカウント。こういう話は、二〇二〇年代以降じわじわ増えている。
舞台が物理空間からデジタル空間へ移っているだけで、構造は昔と同じだ。管理されているはずの領域に、記録の説明がつかない何かが混ざる。人間はそこに必ず物語を貼る。
七つ目、最後に。大学の怪談がなぜこんなに味わい深いかというと、あれが「これから専門家になる人間の、なりかけの時期」に語られる話だからだと思う。
高校生までは、世界は基本的に説明されるものだ。教科書があり、答えがある。ところが大学に入ると、答えのない領域に放り込まれる。分からないことがある、というのが常態になる。研究とは要するに、まだ誰も知らない部分に手を突っ込む作業だ。そういう訓練を受けている最中の人間が、深夜の建物で説明のつかない音を聞く。彼らは条件反射で説明しようとする。疲労だ、風だ、配管だ、共振だ。説明が付いてしまうこともある。
付かないこともある。付かなかったとき、彼らは自分の専門知の限界に、生身でぶつかることになる。
これが、大学の怪談が小中学校の怪談と決定的に違う点だ。子どもは、怖いから怖い。大学生は、説明できないから怖い。そして人生の残りをかけて説明する側に回ろうとしている人間にとって、説明できない一件は、単なるお化けよりもずっと深く刺さる。地下の暗がりで棒を握らされた学生が本当に見たのは、たぶん、水面に浮かんだ顔じゃない。
自分が今から入っていく世界には、説明を放棄したまま働いている大人がいる、という事実のほうだ。
夏だ。夜のキャンパスを一人で歩くことがあったら、ちょっとだけ数を数えてみるといい。窓の数でも、階段の段数でも、廊下の蛍光灯の数でもいい。合っていれば、それでいい。合わなかったときは、二度目を数えないほうがいいと思う。二度目で合ってしまったら、それはそれで、けっこう嫌な気持ちになるから。
