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水の底から手が足をつかむ学校のプールの怪談と、紫雲丸事故のあとに増えたプールの歴史

授業中に足首をつかまれる、という話の形

夏のプール授業の最中に、水の中で誰かに足首をつかまれる。振り向いても、誰もいない。水の底をのぞき込んでも、青いタイルの上で光が揺れているだけだ。水着の子どもが何十人も入っているのに、足をつかんだ手の持ち主だけが、どうしても見当たらない。学校のプールの怪談は、おおかたこの形で語られてきたし、今の子どもにもそのまま通じる。

語られ方には癖がある。引っ張るのは、たいてい一本の手だ。子どもの小さな手の版もあれば、髪の長い女の手の版もあり、水死した人の青白い腕の版もある。数も姿も学校ごとに違うのに、引く力が強いことだけは、どの話でも同じになっていた。足首を握られた子は、そのまま水の底の暗がりへ持っていかれそうになり、必死に水面へ手を伸ばす。

結びにも型があり、溺れかけた子を、先生が慌てて引き上げる。プールサイドで足首を見ると、赤い跡が、くっきりと残っていた。指の形をした、細い跡。そんな締めくくりがつく版もあり、跡の話が出ると、聞いた子は思わず自分の足首を見た。ここまで揃えば、噂としては一人前だ。

足を引く手の話を聞いた子は、次の水泳の時間、いつもより水の底を気にするようになる。足をつくたびに、底の感触を確かめ、ほかの子の足が近づくと体をこわばらせる。噂には、子どもの動きを変える力がある。

この型は、映画にもなった。1999年に公開された『学校の怪談4』には、泳いでいる最中に何者かに足を引っ張られて溺れかけ、先生に助けられる場面が出てくる。監督は平山秀幸。シリーズの1作目が公開されたのは1995年で、2作目が1996年、3作目が1997年と、毎年のように続いた。

活字の側にも流れがある。民俗学者の常光徹が書いた『学校の怪談』は、1990年11月8日に講談社の文庫から第1巻が出た。トイレの花子さんや、理科室で動く骸骨や、人の顔をした魚が並ぶ本だった。映画の原作には、この文庫と、日本民話の会のコミックが挙げられている。

消毒槽の冷たさと、塩素のにおい

プール開きの日は、まず水の冷たさに驚く。昔ながらの学校には、腰まで浸かる消毒槽があり、冷たい液の中をざぶざぶと歩かされた。シャワーを浴びてから、ようやく本物の水へ入る。鼻に残るのは、プール特有の塩素臭。

学校のプールの水には、決まりがある。学校環境衛生基準では、遊離残留塩素は1リットルあたり0.4ミリグラム以上と定められ、1.0ミリグラム以下が望ましいとされる。あのにおいは、子どもの目や肌をいためるためにあるのではなく、水を清潔に保つために、毎年きちんと入れられてきた。

プールサイドのコンクリートは、夏の日差しで足の裏を焼くほど熱く、濡れた足で歩けば、すぐに乾いて白い跡が残るほどだ。熱い地面から冷たい水へ、一気に飛び込みたくなる気持ちは、どの子にも覚えがあるはずだ。

水の中では、世界の音が変わる。友だちの声は遠くなり、先生の笛だけが鋭く響く。目を開ければ、揺れる光が底のタイルに網のような模様を作り、自分の足元なのに、輪郭がぼやけて見えた。

教室や廊下と違い、プールでは足が地面から離れ、体は浮いて、重さの感覚が薄くなる。その状態で何かに触れたとき、人はそれが何なのかを、すぐには判断できない。クラス全員が一度に入る水の中なら、誰かの足の指が別の子の足首をかすめることは、ごく普通にある。

泳いでいて足がつることも珍しくなく、ふくらはぎが急に固まって、足が思うように動かなくなる。その感覚を、誰かに引かれたと受け取る子が、過去にいたかもしれない。ただし、これは筆者の想像にすぎない。

授業が終わると、体は重い。耳には水が残り、濡れた髪からは塩素が匂い、給食の前の教室は、いつもより静かになった。プールの記憶は、そういう心地よい疲れとセットで、体のどこかに残る。

底に沈んだ輪を拾う授業

水泳の授業には、潜る時間がある。

ゴーグルをつけて潜ると、世界は急にはっきりする。底の線も、友だちの足の指も、一本ずつ見えてくる。底に沈めた輪を拾ったり、友だちの足の間をくぐったりして、水に顔をつける怖さを少しずつ減らしていく。息を止めて、顔を沈める。

泳げない子にとっては、その時間がいちばん長く感じられる。足がつかない深さの水は、それだけで怖い。怪談の怖さは、その感覚と地続きなのかもしれない。

体を丸めて浮くダルマ浮きや、壁を蹴って進むけのびも、授業で習う技だ。体を丸めているあいだ、視界は水面の下で完全にふさがれ、外の音は消えて、自分の心臓の音だけが聞こえた。

水中で目を開けても、ゴーグルがなければ焦点は合わない。ぼんやりした視界の中に、肌色の棒のようなものが何本も立っている。それが友だちの足だと分かっていても、揺れながら近づいてくる様子は気味が悪い。

水の中では、光の屈折のせいで、物が実際より近く、大きく見えることが知られている。足がすぐそばまで迫ってくるように感じる子がいても、おかしくはない。

髪の長い子が潜れば、髪は水の中で広がり、ゆっくりと揺れる。底のほうで黒い糸のように漂うその様子は、何かが手招きしているようにも見える。怪談の手は、こういう景色のどこかから、形をもらったのかもしれない。

25メートルの底にあるもの

プールの底には、黒い線が引かれている。コースを分ける目印で、泳ぐ子はそれを見ながらまっすぐ進み、水深を示す数字が、プールサイドの縁に書かれていることも多い。

底の隅や壁際には、排水口や吸水口が口を開けている。格子のふたが、四角い穴をふさいでいる。水の底の、暗い穴。水が回る仕組みを知らない子どもにとって、あの暗い穴が何をする場所なのかは、見当がつかなかった。

プールの水は、ろ過のために循環していて、吸水口へ向かって、いつもゆっくりと動いている。目に見えないほどの流れでも、足元の水は一つの方向へ寄っていく。

見えない力が足元に働いている。その感覚は、水の中にいる子どもなら、誰でもうっすらと持っている。足を引く手の怪談は、その感覚に、手という分かりやすい形を与えた話に見える。

笛が鳴ったら、ペアで手を挙げる

多くの学校の水泳授業では、子どもを二人一組にして行動させる。笛が鳴ったら、お互いの手を挙げて、相手の無事を確かめる。ペアの相手が水の中で見えなくなっただけでも、授業の空気は一瞬でこわばり、プールサイドの先生たちが一斉に動き出す。短い笛の音には、そういう張りつめた緊張がこめられている。笛が鳴れば、全員が動きを止める。

あの決まりは、水の事故を防ぐためにある。水の中では、人は意外なほど静かに沈み、叫ぶ余裕もなく水を飲んでしまう。だから学校は、人数の確認を授業のあいだに何度も繰り返し、笛一本で全員の動きを止めてきた。

見えないものが水の底にいる、という怪談の前提は、この点呼の感覚と表裏になっている。数えて、確かめて、全員がいることを確認しても、水の中は見通しが悪く、水面のきらめきの下で何が起きているかは、プールサイドからは分かりにくい。数が合わなくなる怖さを、子どもは体のどこかで知っている。

学校の怪談には、数が合わない話が多い。階段の段数が一段増える。教室の机が、いつの間にか一つ余っている。夜の校舎を歩く話でも、昼の授業の話でも、数のずれは怖さの入口として使われやすい。プールで人数が合わなくなる話も、同じ系統に入る。

1955年5月11日、高松沖で船が沈んだ

宇高連絡船と言えば、岡山県の宇野と香川県の高松を、瀬戸内海をまたいで結ぶ航路を指す。1988年に瀬戸大橋が開通するまで、本州から四国へ渡る人々の大事な足。紫雲丸は、その航路を走る国鉄の連絡船だ。修学旅行の子どもたちも、同じ船に乗っていたのだった。

1955年5月11日。瀬戸内海の高松沖で、紫雲丸が「第三宇高丸」と衝突した。犠牲者は168人にのぼり、そのうち100人以上が修学旅行の子どもたちだった。衝突から沈没までは、わずか数分だったとされる。2025年には事故から70年を迎え、高松市で慰霊祭が行われた。

修学旅行は、子どもにとって数えるほどしかない大きな行事だ。楽しみにしていた旅の途中で起きた事故は、学校にも家庭にも大きな傷を残し、事故のあと、香川では修学旅行の見直しが続いた。小学校の修学旅行で連絡船を使わず、四国の中だけで済ませる対応が、約15年も続いたと伝えられる。

この事故は、学校の水泳の見方も変えた。子どもにも泳ぎを教えておく必要がある、という考えが全国に広がった。小中学校でプールの設置が進み、体育に水泳が組み込まれていったと整理されることが多い。水の事故の記憶が、学校の水泳という形になって残ったとも読める。

学校のプールは、水の事故から子どもを守るために増えた施設だった。そこに水の怪談が棲みついたのは、皮肉な話だ。ただ、紫雲丸の犠牲者と学校のプールの手を結ぶ怪談の記録を、筆者は確認していない。この記事で結ぶのは、水の事故の記憶が学校の水泳をつくった、という経緯までだ。

増えたプールは、今は減っている

笹川スポーツ財団の整理によると、令和3年度の学校プールは約2万2千か所。1996年からの25年で、約6千か所が減った。昭和から平成の初めにかけては、全体の8割ほどの学校にプールがあった、という見方もある。減っていく数字が、今のプールの姿を映している。

減る理由には、維持費の重さと老朽化が絡む。水を張り、ろ過し、塩素を入れ、毎年掃除をするだけでも、手間と金がかかる。老朽化した施設の改修費は、自治体に重くのしかかる。日本経済新聞は、学校プールに廃止の波が来ており、自治体が維持を重荷にして民間で代替する動きがある、と伝えた。

自治体が選ぶ手立ては、大きく4つに整理されている。学校のプールを拠点にして、周りの学校で共同利用する。公営プールを借りたり、民間のプールに任せたりし、思い切って水泳の授業を一律にやめる町もある。どれを選ぶかは、財政も人口も違う町ごとに分かれる。

2024年の笹川スポーツ財団の自治体調査では、小学校の水泳授業を自校以外の公共施設などで行う割合が44.1パーセントだった。民間事業者への委託は20.4パーセントとなっている。授業は、学校の外へ出始めた。校庭の隅のプールだけが学びの場、という時代は、すでに動き始めている。

学び方の側も変わった。平成29年に改訂された小学校の学習指導要領では、水泳に「安全確保につながる運動」が加わった。文部科学省は、泳法だけでなく、浮くことを大切にした指導を勧めている。溺れないための授業へと、軸が動いた形だ。

河童は水辺の人を引きずり込んだ

水辺に、人を引きずり込む存在がいる。そんな話は、日本には古くからあり、その名を河童という。水の怪の、代表格。伝承はほぼ全国に広がっていて、特に九州では目撃の報告が多いという。

呼び名は土地によって違う。東北のメドチ、九州のヒョウスンボ、四国のエンコウなど、同じ水の怪が別の名で呼ばれてきた。名前が変わっても、水辺で人に害をなす点は共通している。

泳いでいる人や、水辺を通りかかった人を、いつの間にか水中に引き込んで溺れ死なせる。それが河童の代表的な悪さだったと語られてきた。馬を柳瀬川へ引きずり込もうとしていた河童の事例も、記録に残っている。人だけでなく、家畜も狙う存在だった。

河童に抜かれると人がふぬけになる、という尻子玉の話もある。尻子玉は、人の肛門の中にあると想像された架空の臓器だ。溺死した人の肛門の筋肉が緩んでいることが由来とされ、尻子玉を抜かれた状態は、間接的に死を指すとみられている。水に引かれた末に何が起きるかを、昔の人もよく見ていた。

河童は今も、水難の防止に使われる。危険と思われる水域に、河童の看板が立つ。水辺は危ない、近づくな、というお達しを、怖い話の形に載せて、子どもにも大人にも伝えてきた。

プールの手も、足をつかんで水の底へ引きずり込もうとする。形は河童とよく似ている。ただ、両者を直接つなぐ記録を、筆者は見つけていない。だから、同じ流れの話だと断言することは避ける。

河童の手は寺に残っている

河童の話には、手が出てくるものが多い。河童の手とされるものが各地の寺や旧家に伝わり、干からびた小さな手を、箱に入れて大切にしまっている家もある。

話の筋にも、手が絡む。悪さをした河童が人に腕を切られ、返してほしいと詫びて、返してもらう代わりに二度と悪さをしないと約束し、薬の作り方を教える。そんな話が、全国にいくつも残っている。

馬を水へ引き込もうとして失敗する話もある。逆に馬に引きずられ、人に捕まって詫びる筋で、河童駒引と呼ばれてきた。引き込む側のはずの河童が、引かれる側に回るのが、この話の面白さだ。

水の底から人を引く河童と、腕を失って詫びる河童。恐れられる存在の手が、語りのなかでは何度も主役になる。プールの手の怪談が手に焦点を当てるのも、こうした水の怪談の古い癖と並べると、収まりがいい。

お盆に泳ぐと、足を引かれる

日本の各地には、お盆に海や川で泳ぐな、という戒めが伝わっている。お盆には、亡くなった人が帰ってくる。水の中には、帰ってきた死者に紛れて、あの世の者が混じっているという考え方が、昔の人にはあった。

泳いでいると足を引っ張られる、という言い方で語られることが多く、引いているのは水で亡くなった人の霊だと説明される。海水浴の客でにぎわう夏の盛りに、こういう決まりが置かれていたのは、面白い。夏の盛りの、水辺の戒め。

お盆は、夏休みの真ん中にある。学校のプールが、水泳の補習やプール開放で子どもを迎える季節でもある。学校の怪談の手は、お盆の戒めと、同じ季節の、同じ水の上に立っている。海や川と違い、学校のプールには波も流れもない。それでも手の話が成り立つのは、水そのものが、見えない底を持っているからだろう。

吸水口が子どもを引いた夏

2006年の夏。埼玉県ふじみ野市の市営プールで、小学2年の女の子が亡くなった。流れるプールの吸水口に吸い込まれる事故だった。起きたのは学校のプールではなく、市の施設だ。2026年にはあれから20年がたち、事故の起きた日に市長らが献花して、安全管理の徹底を誓ったと伝えられる。

水の底に引かれる怖さは、噂の中だけの話ではなく、吸い込む力という形で、実際に水の中にあった。プールの安全を考えるとき、この事故は繰り返し思い出される。

事故の翌年の2007年3月、文部科学省と国土交通省が「プールの安全標準指針」をまとめた。指針の案が出たのは、事故の年の12月だった。プールの管理者に向けた、安全の基準がそこにある。

足を引く手の怪談を、笑い話として片づけることもできない。水の底へ持っていかれる恐怖は、子どもが体で知っている感覚に近い。事故の報道が、その感覚に形を与えたのかもしれない。

ここで言えるのは、一つだけだ。吸水口の事故と学校の怪談を結ぶ資料は、見つけていない。二つは別々の話として、並べておく。

夏の数か月だけ、水が入る場所

学校のプールは、一年じゅう水があるわけではない。プール開きの前に掃除をして、水を張る。夏が終われば、水を抜く。水のない季節のプールは、ただの大きな穴になる。

掃除の日には、水の抜けたプールにデッキブラシが入り、底にたまった泥や落ち葉を、子どもたちがこすり落としていく。水の下に隠れていた底が、むき出しになった。

水を抜いたプールの底に立つと、普段は見えない深さが目の前に現れ、水の中では怖かった場所も、水がなければただのコンクリートの窪みだと分かる。水を抜いたプールの底には、落ち葉が積もる。ヤゴを救い出す行事を、毎年続ける学校もある。夏には子どもでいっぱいだった場所が、秋には静まり返る。

夏休みには、プール開放の日が設けられる。出席の印を、カードにスタンプで押してもらう学校も多い。授業がない日のプールには、授業とは違う、ゆるんだ空気が流れる。

夏だけ現れ、夏が終わると消える場所は、噂の置き場所にちょうどいい。一年のうち数か月しか人が入らない水が、翌年また同じ話を呼び戻す。そう考えると、プールの怪談が夏の話であることにも納得がいく。

学校の怪談は、子どもの口から口へ渡ってきた話だ。上級生から下級生へ、同じ学年の友だちへと、休み時間や掃除の時間や帰り道に、小さな声で回っていく。誰が最初に言ったのかは、誰にも分からない。

1990年に文庫が出て、1995年に映画が公開された。この時期、学校の怪談は本と映画の形で全国に出回った。文庫は続巻を重ねて、第2巻、第5巻と番号が進み、一つの学校の噂が、遠い町の教室にも届いたことになる。

プールの怪談の型を並べてみる

プールにまつわる噂は、足を引く手だけではない。夜のプールから水音が聞こえる、という型がある。水の中で亡くなった子が出る、という型もあり、どれも水と夜と死を組み合わせた形だ。舞台は、いつも夏。

足を引く手の型は、授業中の昼間に起きる点で、少し違う。夜の校舎の怪談は、肝試しの舞台になる。昼の手は、授業という、誰も勝手にプールから出られない決まった時間の中に現れる。夜は水音、昼は手。

昼の怪談は、聞いた子の日常に直結していて、次の水泳の時間には、自分も同じ水に入ることになる。夜の怪談は、聞くだけで済む。昼の怪談は、体験する側に回る可能性を残す。

だから、プールの手は怖い。怖がらせるために、どこかで磨かれた話だ。語り継ぐ子どもたちが、その怖さを選び取ってきたのだろう。

足を引く手の話は、プールの外にも広がっている。海や川や池でも、泳ぐ人の足を引く手の話は、昔から語られてきた。学校のプールの手は、そうした水辺の怪談の流れを、校庭の隅へ持ち込んだ形に見える。

水の怪談は、決まりごとを教えてきた

プールには、守るべき決まりが多い。走らない、飛び込まない、準備体操をする、一人で泳がない。どれも、水の事故を防ぐために積み重ねられてきた約束だ。決まりの多さは、それだけ水が危ない場所だという証でもあり、怪談は、その危なさを、子どもにも分かる形に言い換えてきた。

準備体操をするのは、足がつるのを防ぐためでもある。足がつったら、無理をせず、手を挙げて先生を呼ぶ、と教わるのが、水泳授業の基本だ。

河童の看板が水辺の危険を知らせるように、プールの手の怪談も、水の怖さを子どもの体に刻む役目を、結果として果たしてきたのかもしれない。そう読むことはできる。ただし、あくまで読み方の一つにすぎない。

水泳の授業が学校の外へ出ていく

水泳の授業を、学校の外で行う町が増えている。バスで公営プールへ向かう。民間のスイミング施設へ通う。校庭の隅にあった自校のプールは、使われないまま残る。水の入らない、空の水槽。

水が入らなくなったプールは、取り壊されて更地になることもあれば、別の用途に作り替えられることもある。使われないまま、フェンスの中に置かれる例もある。

学校のプールは、災害のときの水の備えとして見直される場合もある。生活用水や防火用水として、水を蓄えておく使い道だ。夏の数か月しか泳ぐ子がいなくても、水の価値は一年じゅう続く。

水泳の授業を一律にやめる、という選択肢を採る自治体もある。授業がなくなる町では、プール開きの朝の冷たさも、塩素のにおいも、子どもの記憶に残らない。

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