放送室というのは、学校の中でいちばん立場のおかしい部屋だと思う。理科室や音楽室みたいに授業で使うわけじゃない。保健室みたいに誰でも駆け込めるわけでもない。鍵は職員室で管理されていて、放送委員か放送部の一部の生徒だけが、決められた時間にだけ入れる。狭い。
防音扉がやたら重い。中に入るとまず耳が変になる。外の音がすっと引いて、自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。そして机の上には、校舎じゅうのスピーカーにつながったマイクが一本、無造作に立っている。
考えてみるとおかしな話だ。生徒が、ボタンひとつで、全校の耳を占領できる。教室にいる千人が、その一本のマイクの前にいる誰かの声を、逃げも避けもできずに聞かされる。学校という場所には他にこんな装置はない。だからこそ、この部屋には昔から怪談がへばりついてきた。
誰もいないのに放送が流れた。死んだ子の声で点呼が始まったのである。マイクが拾うはずのない音を拾ってしまった。全国どこの学校にもひとつはある、あの手の話だ。
これから「校内放送の怪」を端から端まで掘る。まず語りとしての完全再話を三本。それから型の分類を、ひとつずつ独立させて厚く。そのあとで、学校に声を届ける装置がどうやってこの国に入り込んで、どんな順番で更新されてきたのかという、まったく怖くない機械と制度の歴史を長々とやる。ここが実は本丸だ。
校内放送の怪談は、装置が変わるたびに設定を書き換えてきた。テープの時代にはテープの話、ミニディスクの時代にはミニディスクの話、そして今は「予約放送が誤作動したんじゃないの」という話になっている。怪談の側が機械に合わせて進化してきたのだ。最後に体験談、掲示板の反応、そして「なぜ声だけの怪異がここまで怖いのか」という分析までいく。長い。
覚悟してほしい。
- 完全再話その一――四時を過ぎた校舎で、スピーカーがカチリと鳴った
- 完全再話その二――放送室のドアの隙間から見えたもの
- 完全再話その三――返事をしてしまった子の話
- 型一 無人放送型――誰も操作していないのに、校舎じゅうに音が届く
- 型二 点呼型――名前を呼ばれる、そして一人足りない
- 型三 死者の声型――もう学校にいない誰かが、まだ放送を続けている
- 型四 予告型――まだ起きていないことを、過去形で放送する
- 型五 録音混入型――テープの中に、いなかった誰かがいる
- 型六 放送室の女型――部屋そのものに何かが住んでいる
- 型七 マイクが拾ってしまった型――切り忘れた一分間
- 型八 存在しないクラスへの呼び出し型――暗号放送が本物になるとき
- 装置の歴史その一――学校に「声が降ってくる」ようになった日
- 装置の歴史その二――戦後、校舎に配線が張り巡らされる
- 装置の歴史その三――チャイムと昼の放送、そして競技としての放送部
- なぜスピーカーは、誰も触っていないのに鳴るのか
- 一九九〇年代――放送室が全国共通の怪談舞台になるまで
- 二〇〇〇年代以降――掲示板が放送室怪談を長編化した
- 体験談その一――最後に電源を落とす係だった男の話
- 体験談その二――旧校舎の廊下でザーッという音を聞いた話
- 体験談その三――知らない名前が混ざっていた昼の放送
- 体験談その四――教師として、無人の放送室に入った話
- 体験談その五――暗号放送が流れた日
- 掲示板・エスエヌエス・考察界隈は何を言っているか
- なぜ「声だけの怪異」はここまで怖いのか
完全再話その一――四時を過ぎた校舎で、スピーカーがカチリと鳴った
その日、六年二組に残っていたのは四人だった。日直の日誌が終わらなくて居残りになった男子が二人、それを待っていた女子が二人。掃除はとっくに終わって、教室には夕方の斜めの光だけが入っていた。時計の針は四時をだいぶ回っていた。
最初に気づいたのは、窓際に座っていた子だったのである。廊下のスピーカーが、カチリ、と鳴った。あの音を知っている人は多いと思う。放送機器の電源が入って、アンプがつながった瞬間に、スピーカーが小さく身じろぎするみたいな音を立てる、あれだ。昼の放送が始まる直前にも同じ音がする。
だからその子は、最初は「ああ、下校の放送か」と思ったらしい。
でもおかしかった。放送委員会の活動はその日、五時間目のあとにもう終わっていた。当番だった女子が「機材の電源全部落として、鍵は職員室に返した」と言っていたのを、その場にいた全員が覚えていたのである。放送室は施錠されているはずだった。
スピーカーからは、しばらく無音が流れた。無音といっても本当の無音じゃない。マイクが入っているときの、あの「サー」という空気の音。誰かがマイクの前に立って、息を吸っている気配だけがある音だ。教室の四人は顔を見合わせた。
誰も何も言わなかった。日誌を書いていた子のえんぴつが止まったのである。
そして声が来た。
「――今日の掃除当番は」
昼の放送で毎日聞いていた、あの独特の抑揚だった。放送委員が原稿を読むときの、少しだけ気取った、語尾を上げる読み方。ただし声そのものには聞き覚えがなかった。いや、正確に言うと、そこにいた四人のうち一人だけが「この声、知ってる」と言った。三つ上の学年に、放送委員長をやっていて、六年生の途中で病気で亡くなった子がいたのである。
その子の声だと、上級生たちが騒いでいたことがあったらしい。
放送は、名前を読み上げ始めた。出席番号順ではなかった。ばらばらの順番で、しかも聞いたことのない名前が混ざっていたのである。読み上げのテンポは一定で、間違えたり詰まったりしなかった。教室の四人は、机の下で手を握り合っていたと後に語っている。
読み終わったあと、放送はしばらく黙った。それから、ひとつだけ、それまでとまったく違う調子で言った。
「――一人、足りませんね」
蛍光灯が一度だけ、ジジ、と鳴って明滅した。次の瞬間、スピーカーはぶつりと切れた。カチリという、電源が落ちるときの音がして、廊下は静かになったのである。四人はランドセルもそのままに教室を飛び出して、昇降口まで一気に走ったという。
翌朝、用務員が放送室を確認した。鍵は確かにかかっていた。アンプの電源ケーブルは、根元からコンセントごと抜けていたのである。機材の使用記録にも、前日の午後四時以降の使用は残っていなかった。担任は「誰かのいたずらだろう」と言った。
だが、いたずらだとしたら、施錠された部屋に入って、電源を入れて、放送して、また電源を落として、ケーブルを抜いて、鍵をかけて出ていったことになる。
誰もその説明を口にしなかった。
その学年ではその日以降、「下校時刻を過ぎたら放送室のある廊下は通らない」という決まりが、誰が決めたわけでもなく共有された。卒業まで、それは守られ続けたという。
完全再話その二――放送室のドアの隙間から見えたもの
これは中学校の話として語られることが多い。舞台は旧校舎の一階、階段の裏にある古い放送室だ。新校舎ができたときに設備も一式そちらに移されて、旧校舎の放送室は使われなくなった。ただし機材はそのまま置きっぱなしになっていた。予算がつかなかったのか、単に忘れられていたのか、そのへんは語りによって違う。
部活帰りの生徒たちは、下校時刻ぎりぎりにその廊下を通る。冬になると四時半には暗い。蛍光灯が一本おきにしか点いていないから、廊下の半分は影になる。その旧放送室の前を通ると、たまに音が聞こえる。ラジオのチューニングが合っていないときの、あの「ザーッ」という音。
使われていない部屋から、なぜか電源の入った音が漏れてくる。
ある日、二年生の女子が、その音を聞いた。友達は先に行ってしまっていて、一人だった。立ち止まって、耳を澄ませたのである。ザーッという音の隙間に、ときどき何かが混ざる。人の声のようでもあるし、遠くのラジオ番組が混信しているようでもある。
彼女は好奇心のほうが勝って、ドアに近づいた。
旧放送室のドアには、上のほうに小さなガラス窓がついている。中を確認するための、細長い窓だ。彼女は背伸びをして、そこから中を覗こうとした。
中は真っ暗だった。ただ、機材のパイロットランプだけが、赤くひとつ点いていたのである。そして、その赤い光の手前に、人の後頭部があった。
長い髪だった。制服かどうかも分からない、暗い色の服。椅子に座って、こちらに背を向けて、机の上のマイクに向かっている。彼女は最初、誰か先生が残業でもしているのかと思ったらしい。声をかけようとして、ドアに手をかけた。
そのとき、ザーッという音がやんだ。
そして、代わりに、彼女の耳のすぐ横、ドアの向こうではなく廊下側のスピーカーから、囁くみたいな小さい音量でこう聞こえた。
「みないでください」
彼女は走った。自分でもどう走ったか覚えていないくらいの勢いで職員室まで走って、当直の教師に「旧校舎の放送室に人がいる」と言った。教師は面倒くさそうについてきて、鍵を開けたのである。中には誰もいなかった。機材のパイロットランプも点いていなかった。
埃が積もっていて、床には最近人が入った形跡がなかったのである。
ただ、机の上のマイクだけが、スタンドに立てられたまま、ドアのほうを向いていたという。
この話には後日談がついていることが多い。翌年、その旧校舎は取り壊された。解体前の最後の見学会のときに、旧放送室の壁の裏から、古い配線の束と一緒に、放送用のカセットテープが何本か出てきた。ラベルには年度と行事名が書いてあったのである。生徒の一人が、家に持ち帰って再生してみた。
入っていたのは、卒業式の録音だった。校長の式辞、送辞、答辞、蛍の光。ごく普通の記録だった。ただ、答辞の途中、生徒代表が言葉に詰まって黙り込む数秒間のところに、まったく別の声が入っていた。低い、男とも女ともつかない声で、ひとこと。
「ありがとうございます」
完全再話その三――返事をしてしまった子の話
三つ目は、いちばん短くて、いちばん後味が悪い型だ。
放課後の教室に、居残りの子が数人。時計を気にしている。四時四十四分になった瞬間、チャイムでも下校の音楽でもない、聞いたことのないメロディが流れ始める。オルゴールを引き伸ばしたような、少しだけ音程のずれた曲。
そのあとで、点呼が始まる。出席番号順に、名前が読み上げられていく。読み上げているのは女の声で、抑揚がない。一人、二人、三人。読まれるたびに、教室の空気が重くなる。
自分の名前が呼ばれる。
このとき、返事をしてはいけない。
でも、その子は返事をしてしまった。学校で名前を呼ばれたら返事をする。それは体に染み込んだ反射だ。呼ばれたから、はい、と言った。ごく普通の声で、教室の中に向かって。
放送は、そこで一度止まった。数秒の沈黙。それから、また名前の読み上げが再開された。ただし、そのあとに読み上げられる名前の中に、聞いたことのない名前がひとつ増えていた。読み上げは最後まで進んで、そして終わりに、こう言ったのである。
「――全員そろいました」
その子はそのまま何事もなく帰宅した。何も起きなかったのである。翌日も学校に行った。何も起きなかった。
異変が起きたのは、その学年が卒業して何年も経ってからだという。同窓会の名簿を作る段になって、幹事が古い出席簿を借りてきた。そこに載っている名前の数が、卒業アルバムの人数と合わなかった。一人多い。名簿には確かに名前がある。
誰も、その名前に心当たりがない。
そして、その名前を見た幹事が、無意識に、小さく「はい」と言ってしまった。そこでこの話は終わる。
型一 無人放送型――誰も操作していないのに、校舎じゅうに音が届く
いちばん数が多くて、いちばん骨格がシンプルなのがこれだ。放送室は無人。鍵はかかっている。機材の電源は落ちている。それなのに、スピーカーから音が出る。
音の内容は語りによってまちまちで、ノイズだけのこともあるし、意味不明な音楽のこともあるし、はっきりした人の声のこともある。
この型の怖さの核は、幽霊が出ることじゃない。「規模」だ。教室に幽霊が出る話は、その教室に行かなければいい。トイレの怪異は、そのトイレを使わなければいい。学校の怪談の多くには、こういう回避条件がちゃんと組み込まれている。
ところが校内放送はそれが効かない。放送設備というのは、校舎のあらゆる場所にスピーカーを置いて、どこにいても音が届くように設計されている。設計思想そのものが「逃げられないこと」なのだ。だから無人放送型の怪異には、逃げ場がない。廊下にいても、教室にいても、体育館にいても、便所の個室にいても、同じ声が同じ音量で届く。
もうひとつ、この型がしぶといのは、現実に「起きうる」からだ。あとで技術の話として詳しくやるが、放送設備が誰の操作もなしに音を出す物理的なルートは、実は複数ある。予約放送のタイマー。残留した音源データ。配線の誘導だ。
ワイヤレスマイクの混信。非常放送設備の待機電源。学校の先生に聞くと、「あそこのスピーカー、たまに勝手にブツッて鳴るんだよね」という証言はいくらでも出てくる。怪談がそこに食い込む余地は、常に開いている。
型二 点呼型――名前を呼ばれる、そして一人足りない
二番目に強いのがこれだ。無人放送型に「名前」という要素が加わると、途端に怪談の質が変わる。ただの不気味な音が、自分に向けられた呼びかけになるからだ。
点呼型の定番の締め方は二つある。ひとつは「一人足りません」。読み上げが終わったあとに、放送がそう告げる。教室にいる子たちは、自分たちの中の誰が足りないのかを数え始める。数えても合わない。
合わないまま、放送が切れる。もうひとつは「返事をしてしまった者が名簿に加わる」。呼ばれて返事をすると、次の日から出席簿にその子の名前が二重に書かれるようになる、あるいは逆に、その子の名前が消えて別の誰かの名前になっている。
この「返事をしてはいけない」という禁止条項は、日本の民間伝承にべったり根を張ったモチーフだ。国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースを引くと、この手の記録がごろごろ出てくる。夜に名前を呼ばれたら二度目まで待ってから返事をしろ、という戒め。狐や化け物は一度しか呼ばないから、一声で応じると危ない、という理屈。
和歌山県で一九八一年に採集された話には「呼ばれたときに一度目で返事してはいけない」とはっきり出てくるし、沖縄県で二〇〇一年に記録された話では「一声だと亡霊だとみなされる」という言い方になっている。船幽霊に声をかけられて返事をすると死ぬ、というのも同じ系統だ。
面白いのは、学校の校内放送というのが、この禁忌をぶち壊す装置として設計されている点だ。放送で名前を呼ばれたら、生徒は返事をするか、指定された場所に行くしかない。それが学校のルールだ。つまり、民俗的には「絶対にやってはいけないこと」を、制度として全員に強制している場所が学校なのである。点呼型の怪談は、その矛盾のど真ん中を突いてくる。
だからよくできている。
型三 死者の声型――もう学校にいない誰かが、まだ放送を続けている
三つ目は、放送している声の主が特定されている型だ。数年前に亡くなった放送委員長、退職した用務員、昔この学校にいた教師。声質が特定できることによって、怪異が匿名の恐怖から個別の物語に変わる。
この型は、怖い話であると同時に、ちょっと切ない話として語られることが多い。亡くなった子の声が、いつもの昼の放送の口調で、いつものように献立を読み上げる。誰もその子がもういないことを放送の中では言わない。読み終わると、ふつうに「以上で放送を終わります」と言って切れる。聞いていた側は、怖いというより、なんとも言えない気持ちになる。
ただし、この型を語るときには気をつけたほうがいい。実在の学校で実際に亡くなった子どもを名指しして「あの子の声が出る」とやり始めた瞬間に、これは怪談ではなくなる。遺族がまだそこに住んでいることも、同級生がまだ近所にいることも普通にある。良質な語り手はここを必ずぼかす。「三年前に亡くなった放送委員長だと言われている」までで止める。
固有名詞を出さないというのは、怪談の技術であると同時に、最低限のマナーでもある。
型四 予告型――まだ起きていないことを、過去形で放送する
四つ目は、時間の向きがおかしくなる型だ。放送が、まだ起きていない出来事を、すでに起きたことのように読み上げる。「本日、体育館裏で事故がありました」「二年三組の誰々さんが亡くなりました」。放送が流れた時点では何も起きていない。翌日、放送された内容と酷似した出来事が実際に起きる。
この型は、他の型に比べると成立が新しい気配がある。学校怪談というより、テレビの怪奇特番や、予知夢もの、あるいは海外の都市伝説の翻案が混ざっている感じが強い。日本の学校で口伝えに育った話は、もっと「その場で怖い」ことに集中する傾向がある。予告型は、恐怖の回収が翌日以降にずれ込むぶん、語りとしては構造が凝っている。児童書やゲームの中で洗練された型という印象がある。
とはいえ、放送という装置と予告の相性が悪いわけではない。学校放送はもともと「これから起きることを事前に知らせる装置」だからだ。下校時刻の予告、集会の予告、避難訓練の予告。放送で告げられたことは、そのあと必ず起きる。予告型は、その日常的な機能をひとつだけ狂わせている。
誰も知らないはずの未来を、いつもの口調で告げてくる。日常の書式のまま中身だけがずれる、というのは怪談の基本技だ。
型五 録音混入型――テープの中に、いなかった誰かがいる
五つ目は、生放送ではなく記録媒体に焦点が当たる型だ。卒業式を録音したテープ、合唱コンクールの記録、運動会の実況。あとで聞き返すと、その場にいなかったはずの声が入っている。
この型が面白いのは、証拠が手元に残るという点だ。無人放送型は、聞いた人が「聞いた」と言うしかない。録音混入型は、テープなりディスクなりデータなりが実在する。だから語りの中で「今も家にある」「怖くて再生できない」という所有の話が出てくる。物として残っているという設定が、話に妙な現実味を与える。
そして、この型には海外に太い親戚がいる。電子音声現象、いわゆる録音機に霊の声が入るという分野だ。系譜をたどると、一九〇一年にアメリカの民族学者ボグラスがシベリアのシャーマンの太鼓の録音に複数の「声」が入っていたと報告したあたりまで遡れる。一九二〇年代にはトーマス・エジソンが死後の世界と交信する機器の開発を口にしていた。
決定的だったのは一九五九年、スウェーデンの映画制作者ユルゲンソンが、野鳥の鳴き声を録音していたテープに「フリードリヒ、あなたは守られていますよ」というドイツ語のメッセージが入っていたと主張した一件だ。彼はその後四年で何百という「声」を集め、一九六四年に本を出した。これを技術的に体系化したのがラトビアの心理学者ラウディブで、ホワイトノイズを流しながら録音するという手法を確立した。
「ラウディブの声」という呼び名まで生まれたのである。ちなみに彼は、霊には喉頭がないので言葉の作られ方が人間と違う、という理屈まで用意していた。
日本の学校怪談の録音混入型が、この系譜を直接知って生まれたとは思えない。ただ、テレビの怪奇番組がこの手のネタを繰り返し取り上げていた時期がある。それが「テープに変な声が入る」という発想の下地になった可能性は高い。
型六 放送室の女型――部屋そのものに何かが住んでいる
六つ目は、放送という現象ではなく、放送室という部屋に怪異が固定されている型だ。放送室に入ると誰かがいる。後ろ向きで座っている。振り返ってはいけない、顔を見てはいけない。
この型が濃く出るのは、放送室の物理的な条件が理由だと思う。放送室というのは、設計上どうしても閉じた箱になる。マイクが外の音を拾うと放送に乗ってしまうから、防音を厚くする。窓は小さいか、なかったりする。ドアは重い。
中は機材で埋まっていて、人が動ける面積は狭い。照明は落としがちで、機材のランプだけが点いている。要するに、意図的に「外から切り離された部屋」として作られている。学校の中に、あえて外界と遮断された小部屋を作れば、そこに何か住まわせたくなるのは自然な流れだ。
そのうえ、この部屋は使う人間が限られている。放送委員か放送部だけ。鍵の管理も厳しい。「限られた者だけが入れる特別な部屋」という属性は、それだけで語りを呼ぶ。入れない生徒からすれば、放送室の中で何が行われているのか本当は分からないわけで、その空白に想像が流れ込む。
型七 マイクが拾ってしまった型――切り忘れた一分間
七つ目は、副題にした型だ。マイクが、拾うはずのないものを拾ってしまう。
現実的なほうから説明する。放送事故として実際に起きるのは「切り忘れ」だ。放送を終えたあと、マイクのスイッチを切らずに雑談を始めてしまう。それが校舎じゅうに流れる。これは全国の学校で日常的に起きている事故で、たいてい笑い話として消費される。
放送委員が先生の悪口を言って全校に流れた、という話は誰の学校にもある。
怪談としての型七は、その構造を使う。放送が終わったあと、切り忘れたマイクが、放送室の中の音を拾い続ける。最初は椅子を引く音、紙をめくる音、放送委員の生徒たちの声。ところが途中から、そこにいないはずの誰かの声が混ざる。あるいは、放送委員は全員教室に戻ったのに、無人の放送室の音だけが流れ続ける。
足音。息づかい。椅子が軋む音。そして、マイクにごく近い距離で発せられた囁き。
この型の技術的な裏づけとして語られるのが「近接効果」だ。マイクは近くの音源に対して低域が持ち上がる特性がある。だから口をマイクに近づけて喋ると、声が異様に低く、太く、生々しくなる。怪談で「耳元に口をつけたみたいな声だった」と描写されるとき、聞き手が思い浮かべているのは、実はこの近接効果のかかった音だ。放送室のマイクが拾った「近すぎる声」は、それだけで身体的に不快になる。
型八 存在しないクラスへの呼び出し型――暗号放送が本物になるとき
八つ目は、比較的新しい型だが、現実の学校運用に食い込んでいるぶん、いちばんぞっとする。
多くの学校には、不審者が校内に入ったときに教職員だけに伝える暗号放送がある。全校放送で「不審者が入りました」とやると、生徒がパニックになるし、侵入者本人にも作戦が伝わってしまう。だから、生徒には意味が分からず、教職員には一発で伝わる文言を決めておく。実在しない先生の名前を呼び出す。実在しないクラスの鍵を持ってこいと言う。
そういうやり方だ。文部科学省が示している学校の危機管理マニュアルでも、緊急時の校内連絡の合図をあらかじめ決めておくことは繰り返し推奨されている。
この運用が全国に広がった直接のきっかけは、二〇〇一年に大阪の小学校で起きた侵入事件だ。あの事件のあと、学校の防犯体制は根本から作り直された。門扉、来校者の受付、さすまた、緊急通報装置、そして校内の連絡合図。今の学校で当たり前になっている防犯の作法は、ほとんどがあの事件を境に整備されている。
念のため書いておくが、ここで扱っているのはあくまで制度史の話であって、あの事件そのものを怪談の材料にする気は一切ない。
型八の怪談は、この現実の運用を借りる。ある日、「三年四組の鍵を持っている先生は至急職員室まで」という放送が流れる。その学校の三年生は三クラスしかない。四組は存在しない。つまり暗号放送だ。
生徒たちは意味を知らないが、教師たちの顔色が変わる。ところが、放送を流した人間が、どこにもいない。職員室にいた教師は誰も放送していない。放送室には鍵がかかっている。しばらくして「先ほどの放送は誤報です」というアナウンスが流れるが、その声は妙に平板で、抑揚がなくて、誰の声でもない。
この型がよくできているのは、「学校が本気で怖がっている」という状況を作れるところだ。他の型では、怪異に対して大人はたいてい鈍い。担任は「気のせいだ」と言い、教師は取り合わない。ところが型八では、暗号放送が流れた瞬間に、教職員が一斉に動く。生徒たちは意味が分からないまま、大人が本気で緊張しているのを見る。
あの、大人の顔から表情が抜ける瞬間の怖さ。それが怪異の正体より先に来る。
装置の歴史その一――学校に「声が降ってくる」ようになった日
ここからしばらく、まったく怖くない話をする。でも、この記事でいちばん大事なのはここだ。校内放送の怪談は、放送設備という機械と、学校放送という制度がなければ一行も成立しない。まずその機械と制度がどうやって日本の学校に入り込んだのかを押さえる。
始まりはラジオだ。日本でラジオ放送が始まったのが一九二五年。そのわずか三年後、一九二八年にはラジオ体操の放送が始まっている。学校とラジオが結びついた最初の形が体操だった、というのは象徴的だ。声で号令をかけて、全国の子どもの体を同時に動かす。
放送という技術が最初に学校で使われた用途が「一斉に体を動かさせること」だったわけで、そこにはすでに、後の校内放送のすべてが入っている。
一九三一年に第二放送が始まり、これに合わせて学校向けの放送が企画される。同年十二月には名古屋放送局が朝七時五十分から十分間のラジオ体操を流し始めた。一九三三年九月には大阪放送局が「学校へのラジオ体操」を開始し、同じ年に大阪第二放送による本格的な学校放送がスタートしている。関西が先行していたわけだ。
そして一九三五年四月十五日、午前八時。全国向けの学校放送が始まる。開始にあたっては当時の松田文部大臣が挨拶をしている。教育行政と放送行政が正面から握手した瞬間で、以後、教室に受信機を置くことが学校の標準装備になっていく。一九三七年頃には受信機を備える学校が目に見えて増えた。
ただしこの時期の内訳を見ると、電池式受信機が全体の一割五分ほどを占めていた。電気が来ていない学校がまだそれだけあったということだ。
一九四一年、国民学校令施行規則の第四十一条によって、学校放送は正規の授業として認められる。放送を聞くことが授業になった。この年の調査では、学校へのラジオの普及率は七割五分に達している。ただし、全校に一斉に音を流せる「全校式放送装置」を持っていた学校は、まだ三割四分にとどまっていた。
つまり四十年代前半の時点では、まだ多くの学校で「放送」は教室ごとの受信である。校舎じゅうに声が降ってくる体制にはなっていない。
そこから先は戦争だ。一九四二年に「戦時国民学校放送」へと名称が変わり、内容も戦時色に染まっていく。一九四四年以降は放送時間が縮小され、一九四五年度にはついに休止する。
装置の歴史その二――戦後、校舎に配線が張り巡らされる
再開は早かった。一九四五年十二月三日には、児童向けの学校放送が再開している。敗戦から四か月足らずだ。この時点で、全国の学校の八割一分にはすでにラジオがあったという調査があって、未設置の学校に優先的に受信機が配られた。
一九四六年、日本放送協会が「学放一号型受信機」の設計を完了して公開する。学校向けの標準機を規格として示したわけだ。翌一九四七年に教育基本法が制定され、新しい教育制度が動き出す。そして一九四八年以降、この学放型受信機が実際の商品として出回り始める。東京無線電機がトムという名前のシリーズで出し、松下電器産業と東京芝浦電気もそれぞれ自社モデルを作った。
出力の大きいものだと三十ワット級の大型機があって、これは教室ごとではなく、校舎全体に音を配る前提の設計になっている。十五ワット級の中型機も広く使われた。
一九五〇年には放送教育研究会の全国連盟が設立され、機材の規格化が一気に進む。同じ年、物品税が免税になったことで導入コストが下がり、普及が加速した。このころの設備で重要な役目を果たしたのが「スイッチボード」だ。教室ごとに放送を切り替えられる盤で、これがあることで初めて「全校一斉」と「特定の教室だけ」を使い分けられるようになった。
校内放送の怪談で「うちのクラスだけ聞こえた」「隣のクラスは聞いてないと言った」という設定がやたら出てくるのは、この切り替え機構が現実に存在するからだ。教室スピーカーも、初期のマグネチック式から、より音質のいいダイナミック式へと更新されていった。運動会用に校庭へ音を出すためのミキサー機器も揃っていく。
一九五二年、文部省が視聴覚教育課を新設し、「視聴覚教材の設備」の基準を刊行する。一九五四年からは日本放送協会が僻地の学校に研究費を出すようになり、翌一九五五年からは五年計画で、電気の来ていない学校に電池式ラジオを贈るという事業まで始まった。同じ一九五五年、学校へのラジオ普及率は九割を超える。ほぼ全部の学校に、声を届ける装置が入った。
一九六〇年代に入るとテレビが急激に普及して、ラジオによる学校放送は主役の座を降りる。ここが分かれ目だ。校舎に張り巡らされた配線とスピーカーは、外から来る番組を受信するための設備から、学校の中の誰かが学校の中に向けて喋るための設備、つまり純粋な「校内放送」へと役割を変えた。怪談が住みつくのは、まさにこの転換のあとの設備である。外から降ってくる声は放送局の声だ。
誰が喋っているか分かっている。でも校内放送は、校舎の中の誰かが喋っている。誰が喋っているか、聞いている側からは見えない。この「見えない話者」という条件が、六〇年代以降の設備に組み込まれた。
装置の歴史その三――チャイムと昼の放送、そして競技としての放送部
ついでに、学校の音にまつわる細かい歴史を二つ三つ拾っておく。
まず、あのチャイムだ。キンコンカンコン、と鳴るあの旋律の正体は「ウェストミンスターの鐘」で、ロンドンの時計塔の鐘の旋律として知られていたものだ。これが日本の学校に入ったのは一九五〇年代で、東京都大田区立大森第四中学校が最初だとされている。理由が実にいい。授業の開始と終了を告げるベルがしょっちゅう故障していたから、代わりのものを探した、というのだ。
壊れたから替えた。それだけの理由で選ばれた旋律が、その後全国の小中学校に広がって、七十年経った今も鳴り続けている。
チャイムが放送設備と同じアンプにつながっているというのは、怪談的にかなり効いてくる。だからこそ「鳴るはずのない時刻にチャイムが鳴る」という話と「無人の放送室から放送が流れる」という話は、同じ回路の上で起きている現象として語られる。実際、機械としてもそうなっている。
次に、昼の放送。給食の時間に音楽をかけて、放送委員が原稿を読む、あの文化。これは戦後の校内放送設備の普及と一緒に定着した習慣で、いま調べてみると、学校向けの給食時間用音楽集みたいな商品が普通に流通しているくらい、確立したジャンルになっている。リクエスト曲を募集して、誰々さんからのお便りです、と読み上げる。放送委員がラジオのパーソナリティのまねごとをする。
この「ラジオごっこ」の空気は、怪談にもそのまま引き継がれている。禍話という怪談群に「わたしの放送」という話があって、これは主人公が昼休みに聞こえるかすかな放送で自分の名前を呼ばれ、「いつもありがとうございます」と礼を言われるところから始まる。放送室に行ってみると、同い年くらいの生徒が二人、椅子をひとつ空けて座っている。その空いた椅子に吸い寄せられるように座ってしまう。
肩を叩かれた記憶のあと、記憶が飛んでいる。そして年月が経ったあと、その学校には放送部そのものが存在しなかったことが判明する。主人公は夜な夜な部屋で「お便りありがとうございます」と叫ぶようになっている。昼の放送の様式美を、そのまま怪異の形式に流用しているのがうまい。
三つ目に、競技としての放送部。日本には全国高校放送コンテストというものがあって、日本放送協会と全国放送教育研究会連盟の共催で、第一回が一九五四年に開かれている。二〇二四年で七十一回目だ。アナウンス、朗読、ラジオドキュメント、テレビドキュメント、創作ラジオドラマ、創作テレビドラマの六部門に加えて、校内放送研究発表会という枠がある。
二〇〇八年度の数字だと、参加校は千五百二十六校、参加人数は一万三千六百四十二人。北海道だけで百四十五校、千三百八十一人が出ている。決勝は東京の渋谷にあるホールで行われる。
つまり、放送室に出入りしている生徒たちには、ちゃんと目標のある部活動の世界がある。声の出し方を訓練し、原稿を書き、番組を作り、審査される。彼らにとって放送室は怪異の部屋ではなく、練習場だ。この二重性、つまり同じ部屋が、ある生徒には日常の作業場で、別の生徒には近づいてはいけない場所であるということは、放送室怪談の裏側でずっと機能している。
なぜスピーカーは、誰も触っていないのに鳴るのか
ここが実は怪談の物理的な下地だ。「無人の放送室から音が出た」という話を聞いたときに、多くの人は「誰かのいたずらだろう」と考える。でも、いたずらでなくても音は出る。ルートが複数あるからだ。
まず、そもそも学校の放送設備は完全には止まっていない。多くの学校の放送設備は、日常の業務放送と、消防法で義務づけられた非常放送設備を兼用している。非常放送というのは火災報知の信号を受けて自動で警報を流す仕組みだから、当然、常に電源が入っていないと意味がない。夜も、休日も、待機している。停電に備えて蓄電池も積んでいる。
放送委員が「電源を落とした」と思っているのは操作卓の話であって、系統全体が眠っているわけではないのだ。
制度としての非常放送設備は、けっこう細かく決められている。従来は「放送区域のどこからでもスピーカーまでの水平距離が十メートル以下」という設置基準で、一九九八年七月二十四日に性能規定が加わって、床から一メートルの高さのどの場所でも七十五デシベルの音圧を確保し、残響のある空間では明瞭度の基準も満たすこと、という形になった。
スピーカーは性能によって三段階に格付けされていて、最上位のものが広い空間に使われる。火災信号を受けたときは、まず階の情報を含む発報放送、続いて火災放送という二段階の自動音声警報が流れる。収容人員の規模によって、自動式のサイレンや放送設備が必要か、非常ベルで足りるかが変わってくる。
つまり学校の廊下にぶら下がっているあのスピーカーは、単なる連絡装置ではなく、消防設備の一部でもある。半分は生徒に献立を伝えるための機械で、半分は非常時に人を逃がすための機械だ。この二重人格ぶりが、あの装置の不気味さの土台にあると思っている。
次に、勝手に音が出る具体的な仕組み。ひとつめは予約放送とタイマーだ。チャイムの自動鳴動、下校音楽の自動再生、放送の予約機能。設定が残っていれば、誰も操作しなくても鳴る。設定を入れた人が異動していて、誰も設定内容を把握していない、という状況は学校では珍しくない。
ふたつめが、電波の回り込みと検波だ。ここが一番オカルトっぽく見えて、実は一番地味な物理現象だ。放送設備の配線というのは、校舎じゅうに数百メートル単位で引き回されている。長い電線というのは、それだけで立派なアンテナになる。そこに強い電波が当たると、電線に電圧が誘導される。
誘導された高周波が、増幅回路のどこかにある半導体の接合部で整流されると、変調がほどけて音声成分だけが取り出されてしまう。要するに、意図せずラジオ受信機ができあがる。オーディオ機器やギターアンプに突然ラジオ放送や無線の声が混ざってくるのは、この現象だ。
対策としてはフェライトコアを噛ませたり、コンデンサを入れたり、シールドを強化したりするのだ。だが、根っこの問題は「配線そのものがアンテナである」ことなので、完全には消せない。
学校の放送設備でこれが起きると、どうなるか。誰も操作していないスピーカーから、知らない人の声が聞こえる。近所のアマチュア無線、業務用無線、タクシー無線、あるいはラジオ放送。断片的で、文脈がなくて、途中から途中まで。「今から向かいます」「まだいますか」「そこにいるんですね」。
無線の会話というのは、外から聞くと異様に不気味だ。完全な文章にならないし、応答の片側しか聞こえないことも多い。これが夕方の誰もいない廊下で流れてきたら、そりゃ怪談になる。
みっつめが、ワイヤレスマイクの混信。同じ周波数帯の他の機器の音を拾ってしまうと、まったく無関係な場所の音声が校内放送に乗る。学校のワイヤレスマイクは体育館や校庭で使うことが多く、電源の入れっぱなしも起きやすい。マイクの電源が入ったまま職員室の机に置かれていて、教師たちの雑談が校舎じゅうに流れる、という事故は実際にある。
よっつめが、電源やアース由来のノイズ。ハムと呼ばれる低い唸り、ヒスと呼ばれる高い擦過音、接点の劣化によるガリ。老朽化した設備はこれをよく出す。真夜中の校舎で、電源だけが入っているアンプがサーッと鳴っている状態は、物理的にはごく普通のことだ。
そしていつつめ、これは怪談的に一番美味しいのだが、スピーカーはマイクにもなる。振動板とコイルと磁石の構造は、スピーカーもマイクも原理的には同じだ。だからスピーカーに向かって大声で喋ると、微弱ながら電気信号が発生する。逆流と条件が揃えば、廊下のスピーカーが拾った音が、系統のどこか別の場所から小さく出る、ということが理論上は起こりうる。
「壁のスピーカーがこっちの声を聞いている」という感覚には、うっすらとした物理的な裏づけがあるわけだ。
一九九〇年代――放送室が全国共通の怪談舞台になるまで
ここまでの装置と制度の話が、いつ「全国共通の怪談」として束ねられたのか。答えは九〇年代だ。
出発点は一九九〇年、講談社の児童向け文庫から出た常光徹の『学校の怪談』だ。民俗学者が子どもたちの口承を採集して、児童書として編み直したこのシリーズは版を重ね、全国の子どもが同じ話を読む状況を作った。この本が効いたのは、「新しい怪談を作った」からではなく「各地でばらばらに語られていた話を一冊にまとめた」からだ。地域ごとに細部の違う話が、活字になった瞬間に標準形を持つようになった。
一九九五年には映画『学校の怪談』が公開される。監督は平山秀幸、東宝が全額出資し、企画はサンダンス・カンパニーの古澤利夫。原作として常光徹の著作と日本民話の会のコミックが挙がっている。この作品が一九九五年度の邦画興行成績で四位に入り、日本アカデミー賞の脚本賞と美術賞にノミネートされた。翌一九九六年に第二作、一九九七年に第三作、一九九九年に第四作と続く。
夏休みの子ども映画として、旧校舎、放送室、理科室、音楽室といった舞台が繰り返し映像化された。これで「学校の怪異が起きる場所」の共通イメージが完成する。
同じ一九九五年の八月四日、家庭用ゲーム機向けに『学校であった怖い話』が発売されている。開発はパンドラボックス、監督は飯島健男。高校の新聞部に所属する主人公が、旧校舎の取り壊しを記念して「学校の七不思議」を特集するために、六人の生徒から怖い話を聞いて回るという構成だ。本来は七人集まるはずが、当日一人来ていない、という設定から始まる。
実写を取り込んだ画面と、語り手ごとにまるで違う話の色、そして選択肢による分岐。このゲームが、それまで口伝えだった学校怪談を「複数の語り手が語る短編集」という形式に整えた影響はでかい。今のインターネット怪談の書き方は、かなりの部分がここから来ていると思う。
九〇年代のこの三点セット、つまり児童書と映画とゲームによって、放送室は「怪異が起きて当然の場所」として全国の子どもの頭に登録された。そこから先は、実際の学校での体験がこの型に流し込まれていくフェーズになる。
二〇〇〇年代以降――掲示板が放送室怪談を長編化した
ネット掲示板の時代に入ると、放送室怪談は形を変える。短い噂話から、長編の連作へと膨らんだのだ。
代表格が、二〇一一年五月六日に大型掲示板の怖い話系スレッドに投稿された「放送室」という一連の書き込みだ。投稿者は自分の出身小学校にまつわる複数の出来事を、何度かに分けて書いている。八十年代前半、授業中に謎の女性の声が校舎じゅうに流れ、それが「見ないでください。おかしくなります」と聞こえたという事件。担任だった教師はその後、精神を病んで入院し、退職した。
放送係だった五年生の男子が、放課後の放送室で後ろ向きに立つ長髪の女を目撃し、逃げようとしたら女が移動している。パニックになって窓ガラスに体当たりして外に飛び出した事件。教頭が階段で首を吊った件。そして近年、学校中の水槽から魚が消えて、放送室の隣の部屋の引き出しから干からびた魚が見つかった件だ。ばらばらの出来事が、放送室という一点に集められている。
この投稿の何がすごいかというと、怪異を説明していないところだ。女が誰なのか、なぜ「見ないでください」なのか、魚は何なのか、最後まで一切明かされない。ただ、放送室に関係した人が次々におかしくなる、という事実だけが並ぶ。この「説明しない」書き方が、二〇一〇年代以降のネット怪談のスタンダードになっていく。
もうひとつの代表が「校内放送」という短編だ。マンモス校が舞台で、新旧の校舎が連絡通路でつながっている。ある日、低学年らしい女の子がベランダをうろついていると報告がある。「校内を徘徊してる生徒は本校の生徒ではありません」という放送が流れる。その直後、生徒たちが新校舎の四階のトイレの窓から身を乗り出す女の子を目撃する。
おかっぱ頭に黄色い帽子、白いシャツに赤いスカート。
学年主任が窓を覗いた瞬間、その子は消えていて、結局見つからなかった。何年も経った同窓会で、当時の教師たちが「あれは説明のつかない何かで、幽霊だと思っていた」と明かす、という締め方をする。
この話の巧さは、あの放送の文言そのものにある。「本校の生徒ではありません」。これは学校が不審者への注意喚起として実際に使いそうな、いかにも事務的な言い回しだ。ところが同時に、これは「あれは人間ではない」という宣告としても読める。制度の言葉が、そのまま怪異の宣告になっている。
校内放送怪談の最高到達点のひとつだと思う。
近年の語りでは、より短く、より切れ味のいい型も出てきている。放課後の学校に残っていた二人の教師のところに放送が入り、片方の教師の名を呼んで「第二校舎二階の渡り廊下までお越しください」と告げる。その声は、目の前にいるもう一人の教師の声そのものだった、という話。あるいは、実在しないクラスを呼び出す暗号放送が流れて、続く「誤報です」という訂正放送が、抑揚のない機械的な声で、誰の声でもなかったという話。
どちらも、放送という制度の言葉づかいをそのまま怪異に使っている点で共通している。
チャイムに寄せた変種もある。実際には鳴っていないチャイムの音が、特定の場所でだけ聞こえる。その音のする方に行くと、トイレの個室のドアに顔をぴったりくっつけている見知らぬ背の高い男がいて、次に見たときには消えている、という話。チャイムという学校でいちばん機械的な音が、実は誰かの口から出ていた、という反転が効いている。
体験談その一――最後に電源を落とす係だった男の話
四十代の男性。小学校で放送委員をやっていたときの記憶だという。
「委員会の当番で、昼の放送が終わったあとに機材の電源を全部落として、鍵をかけて職員室に返すのが自分の役目でした。手順は決まっていて、まずマイクのスイッチ、次にデッキ、最後にアンプ。アンプを切ると、廊下のスピーカーがブツッて鳴るんです。あれで『終わったな』って感じになる。毎日やってたから体が覚えてました。
その日も同じようにやって、ドアに手をかけたところで、後ろでスピーカーが小さく鳴ったんです。ブツ、じゃなくて、もっと軽い、カチ、みたいな音。振り返ったら、アンプの電源ランプはちゃんと消えてました。機材は全部黒い。でも、耳の中にはっきり残ってたんですよ。
女の子の声で、『ねえ』って、一言だけ。
自分の学年に、あんな喋り方をする子はいなかった。というか、放送室にはその時点で自分しかいなかった。誰かが後ろに立って喋ったんじゃなくて、確かにスピーカーから聞こえたのである。距離感が違うんです、あれは。人の口から出た声と、スピーカーから出た声って、聞けば分かるじゃないですか。
あれはスピーカーの声でした。
それ以来、電源を落として部屋を出るときは、絶対に振り返らないようにしてました。振り返って何かがいたら困るというより、振り返ったらまた聞こえる気がして。卒業まで一年半、それを続けました。今でもたまに、家でオーディオの電源を切ったときに、あの軽い音が鳴ることがあって、そのたびに体が固まります」
体験談その二――旧校舎の廊下でザーッという音を聞いた話
三十代の女性。中学のときの話。
「うちの中学は校舎が二つあって、旧校舎のほうはほとんど使われてませんでした。空き教室と、倉庫と、あと使われなくなった放送室。新しい放送室は職員室の隣にできてたので、旧校舎のは完全に放置されてたんです。
部活が終わるのが六時前で、冬はもう真っ暗でした。旧校舎の一階を通ると近道だったので、みんなそこを通ってたんですけど、その旧放送室の前だけ、たまに音がするんです。ラジオの周波数が合ってないときの、ザーッていう音。最初は誰かが忘れて電源つけっぱなしにしてるんだろうって話してました。
でも一回だけ、その音の中に、はっきり人の声が混ざったことがあって。何を言ってるかは分からないんですけど、間違いなく人が喋ってる感じの、抑揚のある声でした。友達と二人で立ち止まって、しばらく聞いてました。三十秒くらいで、ふっと音が消えたんです。フェードアウトじゃなくて、スイッチを切ったみたいに、ぱたっと。
翌日、先生に言ったら『あそこはもう配線切ってあるから、音は出ないはずだ』って言われました。それを聞いて逆に怖くなって。配線が切ってあるのに音が出るって、どういうことなんだろうって。
その後、後輩から『昔あそこで先生が倒れて救急車で運ばれたことがあるらしい』っていう噂を聞かされて、それからは誰も一人であの廊下を通らなくなりました。噂の真偽は今も知りません。たぶん誰かが後から足した話だと思う。でも、あの音は本当に聞きました」
体験談その三――知らない名前が混ざっていた昼の放送
二十代の男性。小学校高学年のとき。
「給食の時間の放送で、その日だけ声が違ったんです。いつもの放送委員の子じゃなくて、もっと平坦な、抑揚のない喋り方でした。内容は普通で、次の日の給食の献立と、あと委員会からの連絡。それから、なぜか教室の座席順を読み上げ始めたんですよ。何のために読んでるのか分からない。
誰々さん、誰々さんって、うちのクラスの名前が順番に出てくる。
自分のクラスの名前なので全部知ってるんですけど、途中に一個だけ、知らない名前が混ざってました。聞いたことのない苗字で、変な名前でもないんだけど、そんな子はいない。周りを見たら、何人かは気づいてるみたいな顔をしてて、何人かは全然聞いてなくて普通に食べてました。
放送が終わったあと、担任がいきなり『今の放送、聞いてた人?』って聞いてきたんです。誰も手を挙げませんでした。挙げにくい空気だった。先生の顔が明らかに強張ってたので。
それで、そのまま何もなかったことになりました。
何年か経って、同じ小学校出身の友達とその話をしたら、その子は覚えてなくて。でも別の子は覚えてて、『あれさ、前に転校していった子の名前じゃなかった?』って言うんです。自分は転校していった子のことなんて知らなかったので、確かめようがない。でも、そう言われた瞬間に背中が冷たくなったのはよく覚えてます」
体験談その四――教師として、無人の放送室に入った話
五十代の女性。教員経験から。
「新任のころ、下校指導で最後に校舎を見回るのが若手の仕事でした。全部の教室の窓を閉めて、電気を消して、鍵をかけていく。一人でやるんです。夏はまだ明るいけど、冬は本当に真っ暗で、懐中電灯を持って回っていました。
ある日、放送室のドアが十センチくらい開いていたんです。鍵は職員室にあるはずなのに。中から、小さくハミングみたいな音が聞こえました。鼻歌です。旋律ははっきりしなくて、ただ音程が上下している感じ。
誰か生徒が残ってるのかと思って、『まだいるの?』って声をかけながらドアを開けました。
誰もいませんでした。椅子は机の下に入っていて、機材は全部消えてる。ただ、机の上のマイクだけがスタンドに立ったままで、スイッチの横の小さいランプが点いていました。あれは電源が入っているという意味のランプです。慌てて切って、ドアを閉めて、鍵を職員室から持ってきてかけました。
翌日、同僚に話したら、『ああ、あそこ、たまに勝手にランプ点くから気にしなくていいよ』って笑われたんです。それが一番怖かった。気にしなくていいってことは、前にも何回か起きてるってことじゃないですか。誰も原因を調べていない。みんな知っていて、みんな触れないようにしている。
学校って、そういうことが結構あるんです」
体験談その五――暗号放送が流れた日
十代後半の女性。つい数年前の高校での話として語られたもの。
「うちの高校には、不審者が入ったときに流れる決まった放送があるって、入学のときにこっそり教えられるんです。先輩から。『存在しない先生の名前が呼ばれたら、それは合図だから、教室から出るな』って。実際に流れたことは一度もないって聞いてました。
三年生の秋に、それが流れたんです。授業中でした。存在しない名前が呼ばれて、至急職員室まで、って。教室が一瞬静まり返って、先生が黙ってドアの鍵を閉めました。何も説明しないんです。
ただ鍵を閉めて、カーテンを引いて、『座ってなさい』とだけ言って。
十分くらいして、『先ほどの放送は誤報です』って放送が入りました。その声が変だったんです。誰の声か分からない。うちの学校の先生の声を全部知ってるわけじゃないけど、抑揚がなくて、機械が読んでるみたいな喋り方でした。あとで友達と話したら、みんな同じことを言ってました。
あれ誰の声だったんだろうって。
先生に聞いたら『機械の誤作動だ』の一点張りでした。でも、機械の誤作動なら、そのあとの誤報放送は誰が入れたのか。人が入れたなら、なんであんな声だったのか。誰も説明してくれませんでした。卒業するまでその話は学年でずっとされてて、後輩に語り継がれてると思います」
掲示板・エスエヌエス・考察界隈は何を言っているか
放送室系の怪談は、掲示板のまとめサイトでも動画の朗読チャンネルでも、定番中の定番として回り続けている。反応を眺めていると、だいたい三つの流派に分かれる。
第一が、共感派。「うちの学校にも似た話あった」「放送室ってどこの学校でも一個は怖い話ある」という書き込みが延々と続く。これがいちばん多い。面白いのは、この共感の書き込み自体が新しい採集データになっていることだ。地域も年代もばらばらの人が、同じ構造の話を独立に持っている。
それを見て「じゃあ元ネタは何なんだ」という話に発展する。
第二が、技術派。この人たちが強い。予約放送のタイマーが残っていたんじゃないか。非常放送設備は常時通電しているから電源が落ちているというのは思い込みだ。配線がアンテナになって近所の無線を拾っただけ。
ワイヤレスマイクの混信。アンプの経年劣化によるノイズ。実際、ここまでに書いてきた技術的説明のほとんどは、掲示板で誰かがすでに書いている。学校の設備管理に関わったことのある人や、音響を仕事にしている人が出てくると、話はかなり具体的になる。「その学校のアンプ、たぶん何年製のやつだろう」というレベルまで踏み込む人もいる。
第三が、構造派というか、考察好き。「校内放送という仕組みそのものが本質的に不気味だから、怪談が集まるのは当然だ」という言い方をする。一方向にしか流れない。反論できない。話者が見えない。
全員に届く。断れない。この四つが揃った通信手段は、日常生活ではほとんど他にない。刑務所の館内放送か、災害時の防災無線か、その程度だ。そういう装置が学校という子どもが逃げられない空間に設置されている。
怖いに決まっている、という理屈だ。
反証の側で強いのは、聞き取りに関する話だ。電子音声現象への懐疑論として昔から言われてきたのは、ノイズの中に意味のある言葉を聞き取ってしまうのは脳の側の働きである。音のほうに情報があるわけではない、という指摘である。ランダムな音の連なりを、自分の知っている言語として無理やり解釈してしまう。ホワイトノイズにフィルターをかけて加工すると、人が喋っているようにしか聞こえない音を意図的に作ることもできる。
ラジオの混信が偶然そう聞こえただけ、というのも定番の説明だ。
これを放送室怪談に当てはめると、かなり効く。ザーッというノイズの中に人の声を聞いた、という証言は、まさにこの現象で説明できてしまう。しかも、聞いた本人は嘘をついていない。本当に聞こえているのだ。脳が勝手に補完しているだけで、聞こえた事実そのものは主観的には本物だ。
だから、この説明をされても体験者は納得しない。「そうかもしれないけど、あれは違った」と言う。それはそうだと思う。
もうひとつの反証は、記憶の側だ。放送で聞いた内容は、テキストとして残らない。だから何年も経ってから思い出すとき、細部は語りのたびに整えられていく。「知らない名前が混ざっていた」という記憶は、後から「あれは転校した子の名前だったのでは」という解釈がくっついて、次に話すときには最初からそうだったことになる。学校怪談の細部が語り継がれるうちに固まっていくのは、この整形作業の結果だ。
なぜ「声だけの怪異」はここまで怖いのか
最後に分析をやる。校内放送の怪談が、他の学校怪談と比べて何が違うのか。
ひとつめ、姿がないこと。学校怪談の主役の多くは姿を持っている。花子さん、人体模型、動く肖像画、二宮金次郎。見える怪異は、見た瞬間に情報が確定する。ところが声だけの怪異は、確定しない。
どこにいるのか分からない。何人いるのかも分からない。人間なのかも分からない。情報が足りないまま、恐怖だけが持続する。
ふたつめ、逃げられないこと。前にも書いたが、放送設備は「どこにいても届く」ように設計されている。学校の怪談にはたいてい回避条件がついているのに、この型にはない。
みっつめ、名指しされること。放送は、集団に向けて流れる装置でありながら、その中で一人の名前を呼ぶことができる。全校に向けて放送されているのに、呼ばれるのは自分だけ。全員に聞かれながら、自分だけが指名される。この公開処刑めいた構造は、学校でその放送を実際に経験した人なら分かると思う。
名前を呼ばれて職員室に来いと言われるときの、あの、教室じゅうの視線が集まる感じ。怪談はその感触をそのまま利用している。
よっつめ、数えられること。点呼型が強いのは、人数という数えられる情報が入っているからだ。「一人足りません」と言われたら、聞いた側は数え始めるしかない。恐怖に具体的な作業が伴う。数えるという行為は、結果が出てしまう。
合わなければ、それは動かせない事実になる。
いつつめ、返事という反射を突いてくること。学校では、名前を呼ばれたら返事をする。それは訓練された反射だ。一方、日本の民間伝承では、名前を呼ばれてすぐ返事をするのは危険な行為だとされてきた。学校という制度が教え込んだ反射と、民俗が積み上げた禁忌が、真っ向からぶつかっている。
放送で名前を呼ばれた瞬間、子どもの体は「はい」と言おうとする。それを止められるかどうかが生死を分ける、という設定は、日本の学校という場所でしか成立しない。
むっつめ、話者の不在。これがたぶん核心だ。校内放送は、聞き手にとって「誰が喋っているか見えない」通信だ。普段はそれで問題ない。声で誰か分かるからだ。
放送委員の誰々さん、教頭先生、校長先生。ところが、その声が誰のものか分からなくなった瞬間、この装置は正体不明の何かに全校を占領させるための設備に変わる。設備は何も変わっていない。ただ、声の主が分からないというだけで、同じ機械が別の意味を持つ。
ここまで書いてきて、あらためて思うのは、校内放送の怪談というのが「学校が自分で用意した装置に、学校自身が食われる話」だということだ。他の学校怪談とは、そこが決定的に違う。
理科室の人体模型は、理科の授業のために置かれている。音楽室の肖像画は、音楽史を教えるために掛かっている。どちらも教育のための道具ではあるけれど、あくまで教材だ。ところが放送設備は教材じゃない。あれは学校という組織を運営するための装置だ。
時間を管理し、集合をかけ、指示を出し、避難させる。学校が学校であるために必要なインフラそのものである。だから、そこに怪異が住みつくというのは、教室の隅に幽霊が出るのとは意味が違う。組織の神経系が乗っ取られている状態なのだ。
この構造は、装置の歴史をたどると余計にはっきりする。一九三五年に全国向けの学校放送が始まったとき、あれは「外から声を降らせる」装置だった。教室の受信機は、東京や大阪の放送局から来る声を受ける窓だった。国が用意した番組を、全国の子どもが同じ時刻に、同じ内容で聞く。一九四一年に国民学校令施行規則で正規授業に組み込まれた時点で、この装置の性格ははっきりしていた。
同時に、同じ内容を、全員に。教育の均質化を、電波の力でやってのける装置だったわけだ。戦時下の一九四二年に「戦時国民学校放送」に改称されたのも、当然の帰結だった。
戦後の再建でも、その骨格は変わらなかった。一九四六年に標準受信機が規格化され、一九五〇年に全国連盟ができて機材が統一され、一九五五年には普及率が九割を超える。そこまでは「外の声を受ける」装置の話だ。転換点は六〇年代のテレビ普及で、ラジオ学校放送の役目が終わったあと、校舎に張り巡らされた配線とスピーカーだけが残った。中身が抜けた。
空になったインフラに、今度は学校の内側の声が流れ込む。給食の時間の音楽、放送委員のお喋り、教頭の連絡、下校の合図。
このとき、決定的なことが起きている。声の出どころが「遠くの放送局」から「校舎の中のどこか」に変わったのだ。遠くの放送局から来る声は、正体が分かっている。会ったことはないけれど、どこかにスタジオがあって、そこに人がいることは知っている。ところが校内放送の声は、この校舎の中のどこかにいる誰かの声だ。
近い。同じ建物にいる。でも、見えない。この「近くにいるのに見えない話者」という条件は、六〇年代の設備更新によって、全国の学校に一斉に配備された。怪談が生えるための土壌は、そこで完成している。
そして九〇年代に、児童書と映画とゲームがそれを収穫した。常光徹の採集が各地の話を一冊にまとめ、映画が舞台のイメージを固定し、ゲームが語りの形式を作った。この三つがほぼ同時期に走ったのは偶然ではないと思う。八〇年代までに学校の設備は完全に整い、その設備で育った世代が作り手になった。作り手が全員、放送室のあの重い扉と、防音材の匂いと、廊下のスピーカーが鳴る前のカチという音を知っていた。
だから細部がリアルだったのである。
そこから二〇一〇年代のネット怪談期に入ると、語りの重心がまた移る。掲示板の長編怪談は、怪異を説明しない。二〇一一年に投稿された「放送室」の連作が典型で、女の正体も、「見ないでください」の意味も、干からびた魚の理由も、最後まで説明されない。ただ、その部屋に関わった人が次々におかしくなるという事実だけが並ぶ。これは怪談の書き方としてかなり新しい。
九〇年代の児童書や映画は、必ず落ちを用意した。怪異には理由があり、成仏したり、退治されたりした。ネット怪談はそれをやめたのである。理由のない出来事を、時系列だけ揃えて並べる。読者が勝手に線を引く。
放送室という部屋は、この書き方と相性が異常にいい。なぜなら、放送室で起きることは、もともと因果が見えないからだ。放送を聞いている側からは、誰がなぜ喋っているのかが構造的に分からない。
技術の側から見ても、この怪談は今後もしぶとく生き残ると思う。理由は単純で、放送設備が「勝手に音を出す」余地が消えないからだ。デジタル化しても、ネットワーク化しても、この性質は変わらない。むしろ増える。予約放送のスケジュールはより細かく組めるようになり、音源はデータとして機器の中に常駐し、系統は制御装置を介して常時接続される。
誰も操作していないのに音が出る可能性は、機能が増えるほど増える。しかも、設備を理解している人間の割合はどんどん減っている。ミキサーのつまみとボタンの多さに現場の教職員が苦労している、という話は今でも普通に出てくる。英語のリスニングテストのために、各教室にスピーカーがあるのに、わざわざ音声機器を教室に運び込んで再生している学校がある、なんて話も報告されている。
設備は高機能になり、使う人はそれを把握しきれない。この隙間に怪談は住む。
心霊写真がデジタル化で成立しにくくなったのとは対照的だ、というのも面白い点だと思う。写真の怪異は、フィルムの多重露光や現像ミスという物理的な足場を失って、画像解析で検証されるようになり、居場所を狭められた。ところが音の怪異は逆に足場が増えている。ノイズの中に言葉を聞き取ってしまうという人間の側の性質は、機材がどれだけ良くなっても変わらない。
むしろ、集音マイクの感度が上がり、録音が日常化し、誰もが常に録音機を持ち歩くようになったことで、「拾ってしまった音」の総量は爆発的に増えた。素材は増える一方だ。
もうひとつ、放送室怪談の面白さとして押さえておきたいのが、「怖がる主体が生徒とは限らない」ことだ。他の学校怪談は、基本的に子どもの怪談である。大人は出てきても、たいてい鈍い脇役だ。ところが放送室の話は、教師の体験談がやたら多い。下校指導で最後に校舎を回るのは教師の仕事で、無人の校舎に一人で残るのも教師だ。
放送機器の鍵を管理しているのも、機材の異常に気づくのも教師である。だから、この怪異は大人の側から語られる比率が高い。そして大人の語りには、独特の諦めが混ざる。「あそこ、たまに勝手に点くから気にしなくていいよ」と笑われた、というあの感触だ。学校という組織は、説明のつかないことを説明しないまま運用し続ける能力が異様に高い。
原因不明の誤動作を、原因不明のまま「そういうもの」として引き継いでいく。この引き継ぎの文化そのものが、怪談の伝播経路になっている。
制度の側の話も、もう一段だけ深く掘っておく。校内放送が消防法上の非常放送設備と兼用されているという事実は、この怪談の背骨だ。あのスピーカーは、生徒に献立を伝えるための機械であると同時に、火事のときに人を逃がすための機械でもある。だから、水平距離十メートル以下という設置基準や、床から一メートルで七十五デシベルという性能規定に従って、聞き逃せない音量が、聞き逃せない密度で、校舎じゅうに配置されている。
逃げ場のなさは、思想ではなく法令の帰結なのだ。怪談が「どこにいても聞こえた」と語るとき、それは誇張ではない。設計通りである。
そして二〇〇一年以降の防犯体制の整備が、この装置に新しい層を足した。暗号放送だ。生徒には意味が分からず、教職員だけに伝わる文言。これは、同じ放送設備の上に「二重の意味を持つ言葉」を走らせるという運用で、怪談的にはとんでもない発明だと思う。生徒からすれば、放送の言葉には裏の意味があるかもしれない、という前提が制度によって与えられたことになる。
「三年四組の鍵を持っている先生は職員室まで」が本当に鍵の話なのか、それとも別の何かなのか、生徒には確かめようがない。この構造は、放送という装置に生まれつき備わっていた「話者が見えない」という不安に、「意味が見えない」という第二の不安を重ねた。型八の怪談が新しくて強いのは、この二重化を利用しているからだ。
最後に、この怪談群がどこへ行くのかを少しだけ書いておく。おそらく次の舞台は、放送設備そのものではなく、それを操作する側の何かになる。学校の連絡が電子的な配信に置き換わり、保護者への通知が端末に届くようになり、時間割の管理が自動化されていくと、「学校が全員に一方的に何かを伝えてくる」という機能は、廊下のスピーカーから別の場所へ移動する。そのとき、怪談も一緒に引っ越すはずだ。
誰も送っていない連絡が届く。存在しないクラスの通知が来る。名前を呼ばれて、応答してしまう。骨格は何ひとつ変わらない。話者が見えず、逃げられず、名指しされ、数が合わない。
九十年前に教室の受信機から降ってきた声は、形を変えながら、まだ学校の中を回り続けている。
放送室の前を通るとき、少しだけ耳を澄ませてみるといい。たいていは何も聞こえない。たまに、ザーッという音がする。それは十中八九、古いアンプが電源を入れっぱなしにしているだけだ。残りの一分は、まあ、聞かなかったことにしたほうがいい。
