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七不思議は永遠に完成しない――八つ目が数えているのは、たぶん君のほうだ

六つ目までは、たぶん君もそらで言える

学校の七不思議って、変な話なんだよな。名前は全国どこでも同じなのに、中身を最後まで言い切れるやつがいない。音楽室のピアノ、理科室の人体模型、動く二宮金次郎、十三段になる階段、鏡の踊り場、トイレの花子さん。ここまではスラスラ出てくる。指を折りながら数えて、六本目まで折ったところで、必ず手が止まる。あれ、あと一個なんだっけ、って。

で、その止まった一瞬に、必ず誰かがこう言うんだ。七つ目はな、知ると死ぬんだよ、と。

これが「八つ目」の七不思議と呼ばれる話の入り口だ。呼び名はいくつかある。八番目の不思議、七つ目の空欄、増えるやつ、番号のない怪談。共通しているのは、怪異そのものが「リストの数え方」に取り憑いているという点だ。ピアノが鳴るとか像が歩くとか、そういう単品の怖さじゃない。七つ集めるという行為そのものが罠になっている。集め終わった瞬間、そこに八つ目が生えてくる。

生えてきた八つ目は、たいてい、集めた人間を回収していく。

しかもこの話、伝わり方が三種類くらいに分裂している。全部知ると八つ目が現れて死ぬ、という版。そもそも本当は六つしかなくて七つ目を語った者が消える、という版。そして一番タチが悪いのが、七つ目を語った語り手自身が七つ目に数え直される、という版だ。三つとも結論は似ているのに、内部のロジックが全然違う。この記事はその構造そのものを主役に据えて、端から端まで潰していく。

放課後五時十分、図書室で七つ目が埋まってしまった夜

一番よく回っている再話を、細部まで再現しておく。語り方に地域差はあるが、骨格はだいたいこうだ。

季節は初夏。学期末が近くて、放課後の校舎に残っている生徒は部活組だけ。四人の中学生が図書室の奥、辞書の棚の陰にあるテーブルに集まっている。言い出しっぺは女子で、仮に「委員長」と呼ばれる役どころだ。文集の企画で、うちの学校の七不思議をちゃんと調べて載せよう、と言い出した。あとの三人は乗り気半分、暇つぶし半分。窓の外はまだ明るくて、グラウンドから野球部の声が聞こえている。時計は五時十分を指している。

まず一つ目、音楽室。夜になると誰もいないのにピアノが鳴る。二つ目、理科室の人体模型が場所を変えている。三つ目、渡り廊下の鏡。四つ目、旧校舎の階段が上りと下りで段数が違う。五つ目、体育館裏の焼却炉のあたりに立っている人影。六つ目、西校舎三階のトイレ、奥から三番目の個室。ここまでは全員がすぐ出した。ノートに書き取っていた男子が顔を上げて、あと一個、と言う。

そこで空気が変わる。誰も出せない。委員長が、去年の三年生が知ってたって聞いた、と言う。別の男子が、卒業した先輩に聞けばいいじゃん、と言う。四人目、いつも黙っている子が、静かにこう言う。七つ目はさ、うちのおばあちゃんがこの学校の卒業生でさ、聞いたことある。

言うなよ、と誰かが言う。委員長は笑って、いいから言ってみて、と促す。その子は少し迷ってから、口を開く。この話の再話で毎回すごいのが、ここで語られる七つ目の内容が、聞き手には届かないように書かれることだ。多くのバージョンでは、その子が喋り始めた瞬間に図書室のチャイムが鳴る。あるいは司書が下校を告げに来る。あるいは、単に「その子は七つ目を話した」とだけ書かれて、内容は一行も書かれない。

ノートを取っていた男子が、あとで自分のノートを見返すと、七番の欄だけ何も書いていない。書いた記憶はあるのに、白い。

四人は五時半に校門を出て、そこで別れる。ここまでは何も起きていない。

異変は翌日から始まる。まず、七つ目を語った子が学校に来ない。委員長が家に電話すると、そんな子はうちにいません、と言われる。いや、そこまで露骨じゃないバージョンもあって、そっちでは普通に風邪ということになっている。ただし教室に行くと、その子の席がない。机がひとつ足りない。掃除の当番表からも名前が消えている。クラスの誰に聞いても、そんな子いたっけ、という顔をされる。

覚えているのは、あの日図書室にいた三人だけだ。

三人は放課後にもう一度図書室に集まる。時計はまた五時十分。委員長がノートを開くと、昨日は白紙だった七番の欄に、字が入っている。自分の字だ。書いた覚えはない。そこにはあの子の名前が書いてある。名前だけ。

ここで一人が気づく。じゃあ、今うちの学校の七不思議って、七つあるってことだよな、と。全部そろっちゃったってことだよな、と。

そして誰かが、震えながら数えを始める。ピアノ、人体模型、鏡、階段、人影、トイレ、そして。七つ目まで数え終わったところで、ノートのページの下、八番の欄に、まだ書いていないはずの八行目が浮かんでいる。八つ目は、七つ全部を数えた人間のところに来る。

ここから先は語り手によって落ち方が変わる。図書室の照明が一斉に落ちるバージョン。廊下側の窓ガラスに、四人分の影が映っているバージョン。委員長が振り向くと、テーブルの椅子が四脚とも引き出されているバージョン。個人的に一番背筋が寒いのは、何も起きないバージョンだ。三人は普通に帰る。普通に卒業する。ただ、卒業アルバムの集合写真を数えると、クラスの人数がひとり多い。誰なのかは誰にも分からない。

委員長が同窓会でその写真を出したとき、周りが不思議そうに、あんた誰の話してんの、と言う。数えているのは委員長だけになっている。

名前だけが先にあって、中身が後から追いついてきた

じゃあこの「八つ目」がいつ生まれたのか。これがまた、追いかけると足跡が消えるタイプの話で、正直に言うと単一の初出は特定できない。ただ、輪郭はかなり見える。

まず前提として、「学校の七不思議」という枠組み自体が、そこまで古くない。民俗学者の常光徹が一九九〇年に講談社から『学校の怪談』を出して、翌年にポプラ社が同じタイトルのシリーズを走らせた。これで児童書の一ジャンルとして固まって、一大ブームになった。常光は当時中学校の教師で、放課後に生徒からうわさ話を聞き取っていた人だ。その聞き取りの中で一番多かったのが学校にまつわる怪談で、それを整理して世に出した。

のちにミネルヴァ書房から出た研究書『学校の怪談 口承文芸の展開と諸相』や、角川ソフィア文庫に入った版では、そのへんの採集の手つきがもっと詳しく読める。

ただし常光の本が出る前から、素地は十分にあった。松谷みよ子の『現代民話考』は第七巻が「学校・笑いと怪談・学童疎開」で、ここに学校まわりのうわさ話がごっそり集めてある。もっと生々しいのは雑誌のほうで、一九八五年創刊のホラー誌『ハロウィン』、一九七九年創刊の占い誌『My Birthday』あたりが読者投稿として学校の怪談を大量に載せていた。

つまり子どもたちが自分の学校の話を文字にして送る回路が、八〇年代前半にはもう出来上がっていた。吉田悠軌と廣田龍平の対談でも、トイレの花子さんの名前が一九八三年の民俗資料や一九七九年の児童作文の段階で確認できるのに、メディアが本格的に取り上げるのは八〇年代末から九〇年代だという話が出ている。名前が先にあって、全国流通が後から追いつく。この時間差が、学校怪談の伝わり方の基本形なんだよな。

「八つ目」も同じ形をしている。九〇年代前半には、七不思議を全部知ると死ぬ、というフレーズはもう完成して流通していた。ただし、そのフレーズを最初に言った人間は分からない。分からないというより、たぶん存在しない。というのも、この言い回しは怪談の内容じゃなくて、怪談を語る場のルールだからだ。

六つ言って七つ目が出てこない、という気まずさを処理するために、その場その場で無数の子どもが同時多発的に発明したと考えるほうが自然だ。あと一個なんだっけ、を、知らないほうがいいんだよ、に変換する。この変換は誰にでも思いつく。だから初出がない。

紙の上で確認しやすいのは、むしろ商業作品側だ。『金田一少年の事件簿』の File4、単行本でいうと四巻から五巻にかかる「学園七不思議殺人事件」では、七つ目の扉を開けし者は儀式の生け贄となる、という趣旨の脅迫文が出てきて、七不思議を全部知った者が殺されるという構図が事件の核になっている。連載としてはかなり初期の事件で、のちにドラマ版もアニメ版も第一話としてこれを持ってきた。

つまり九〇年代前半の時点で、七不思議を全部知ると消される、というルールは説明抜きで読者に通じるくらい共有されていた。作品が発明したというより、作品が既にある共通認識を使った、という順番だ。

ピクシブ百科事典の記述も面白くて、七つ目を知ると災いがあるとされる学校が存在すること、そして七つ目にそもそも固有の事件名がついていないことがしばしばある、と書かれている。アニヲタWikiのほうはもっと踏み込んでいて、七不思議でありながら語られている怪談の数は六つであることが多い、それは七つ目を知った者が消されてしまうからだ、と説明されている。

同じ記事に、逆のパターンとして、先生が興味を持って集め始めると人によって内容が違うので十個以上集まってしまう、という指摘もある。この「集めると増える」という現象は、あとでもう一回出てくるので覚えておいてほしい。

六つしかない学校と、七つ目だけが手作りの学校

派生バージョンを一個ずつ潰していく。まず「本当は六つしかない」版。

これは全国でたぶん一番数が多い。うちの学校の七不思議は六つまでしか伝わっていない、七つ目は昔あったが語ると消えるので誰も語らなくなった、という形だ。ポイントは、七つ目が「失われた」のではなく「封印された」ことになっている点で、つまり知っている人間はいたことになっている。だから探せば見つかる、という希望が残る。この希望が肝で、これがあるから生徒は探しに行く。探しに行くから話が続く。

もし七つ目が単に忘れられただけなら、誰も探さないし、話はそこで死ぬ。

この版には、七つ目の管理者が設定されているものもある。用務員さんが知っている、というやつだ。あるいは定年間近の先生、図書室の古い蔵書の中、職員室の金庫。誰かが管理していることにすると、七不思議は自然発生した伝承ではなく、学校が意図的に隠している秘密に変わる。子どもにとって学校は理由の説明されないルールが山ほどある場所だから、この読み替えは気持ちよくハマる。

廊下を走るな、と同じ棚に、七つ目を語るな、が並ぶわけだ。

この版には妙にリアルな傍証もある。アニヲタWikiが指摘しているんだが、最初の六つはだいたい全国共通の定番怪談で、七つ目だけがその学校固有の、校舎の構造に紐づいたオリジナルになりやすい。旧校舎の渡り廊下とか、埋められたプールの跡とか、増築で角度の変な階段とか。定番六つは外から輸入されたもので、七つ目だけがその土地で作られる。

だから七つ目は学校ごとに違うし、転校生には通じないし、卒業すると持ち出せない。七つ目が伝わりにくいのには、オカルト抜きのごく普通の理由があるんだ。輸入品と自家製が混ざっているだけ、という。

数え終えると増える、というたちの悪い算数

次が「全部知ると八つ目が現れる」版。冒頭で再話したやつだ。

この版の構造をよく見ると、八つ目は独立した怪異じゃない。七つを数え終えるという行為が発生させる副産物になっている。だから八つ目の中身は語られないことが多いし、語られたとしても「八つ目とは、七つを全て知ってしまった者のことである」みたいな、内容ゼロの定義で返ってくる。つまり八つ目は、リストのカウンターがオーバーフローした状態そのものだ。

面白いのは、この版だと七不思議は絶対に完成しないという結論になる点だ。完成した瞬間に八つになるので、七不思議ではなくなる。ということは、七不思議として存在している間は、必ず六つ以下しか観測できない。世の中の七不思議が全部一個足りないのは、そういう仕様だから、という説明が成り立ってしまう。屁理屈なんだけど、屁理屈として整い過ぎていて、初めて聞いたときにゾッとする感じがある。

派生の派生として、増え続ける版もある。八つ目を知ると九つ目が現れる。九つ目を知ると十が現れる。どこまでも止まらない。この形になると、もはや怪談というより無限ループのバグ報告みたいになってきて、怖さの質が変わる。追いかけると終わらないという、ゲームのやり込みに近い気持ち悪さだ。

実際、先生や有志が本気で校内の怪談を集めると十個どころか二十個以上集まってしまうという話は各地にあって、あるオカルト系のまとめでは学校の怪談を全部並べたら二十五不思議になった、なんて紹介のされ方もしている。数え上げようとすると増える。これは超常現象じゃなくて、単に口承の実態がそうなっているだけなんだが、実態のほうが怪談の設定に寄せてくるので、話としては最高に都合がいい。

語り手が七つ目に組み込まれる、一番いやなやつ

三つ目の派生が、個人的には本命だと思っている。語り手自身が七つ目に数えられる版だ。

構造はこう。六つ目まで語られる。七つ目を誰かが語る。すると、その語った人間が消える。そして消えた人間が、そのまま七つ目の内容になる。次に誰かが七不思議を数えるとき、七つ目として「昔この学校で、七不思議を語ったあと消えた生徒がいる」という話が語られる。で、それを語った人間がまた消えて、七つ目が更新される。

この形が怖いのは、七つ目の中身が常に「直近の犠牲者」で上書きされていくところだ。七不思議のリストは固定された遺物じゃなくて、動いている装置になる。しかも語り手を燃料にして動いている。前の記事で扱った時間割の怪異が「入り込んでしまう」話だとしたら、こっちは「数えられてしまう」話だ。飲み込まれるんじゃなくて、項目にされる。人格が一行の見出しになる。

さらに悪質なバージョンでは、消えるのは語った本人じゃなくて、聞いた人間のうちの一人だと言われる。誰が消えるかは分からない。語り終わったあと、その場にいた人数を数え直すと、最初から一人少なかったことになっている。全員が全員、自分以外の誰かが多かった気がする、と言う。そこにいた記憶はあるのに、誰だったか思い出せない。

この構造に近いものは創作でも繰り返し使われている。『地縛少年花子くん』は、そもそも七不思議の一番から七番までが実体を持った怪異として存在して、それぞれ持ち場と役割を持っている。人間ではなく番号が主体になっている世界だ。番号が空くと誰かがそこに入る、という考え方は、語り手が七つ目に数えられる話と同じ骨格をしている。

『ケロロ軍曹』にも学校の七不思議を調査する回があるし、スーパーファミコンの『学校であった怖い話』は、語られた話が語り手の数だけ積み上がって全体像が変質していくという、七不思議の数え方そのものをシステムにしたゲームだった。本所七不思議をモチーフにした『パラノマサイト』も、複数の怪異が一つの土地の名数として束ねられている構図をそのまま使っている。

一九九七年、放送部が録ってしまったテープの話

体験談を三つ紹介する。どれも書き込みや語りとして流通しているもので、裏取りができる性質のものではない。読み物として受け取ってほしい。

一つ目は九〇年代後半、放送部の話だ。語り手は当時中学二年生。文化祭の企画で、校内の七不思議を取材してカセットに録音し、当日校内放送で流す、という企画が通った。顧問も面白がって許可を出した。部員四人で、放課後に手分けして先輩や先生に聞き取りをして、六つまではすぐ埋まった。音楽室、理科室、階段、鏡、焼却炉、トイレ。定番だ。七つ目だけがどうしても出てこない。

困った部員たちは、当時学校で一番長く勤めていた用務員さんに聞きに行った。用務員さんは最初、そんなもんねえよ、と笑って追い返した。三回目に行ったとき、はあ、と息をついて、じゃあ一つだけ教えるけど録るなよ、と言った。部員は録音機のスイッチを切ったふりをして、ポケットの中で回し続けた。用務員さんが話した内容は、語り手いわく、たいした話じゃなかった。

旧校舎の一階、今は使っていない部屋の話で、そこで昔、というだけの、オチのないやつだったらしい。

問題はその夜だ。部室でテープを再生したら、用務員さんの声が入っていなかった。無音でもなくて、部員たちが相槌を打つ声だけが入っている。はい、へえ、そうなんですか、と。四人で顔を見合わせて、もう一回頭から聞いた。今度は相槌の間に、明らかに人数分より多い呼吸音が入っていた。数えると五人分あった。部長がテープを止めて、明日先生に相談しよう、と言った。翌朝そのテープは部室から消えていた。

企画は七不思議のうち六つだけを紹介する形に変更されて、文化祭当日、放送を聞いた三年生の一人が放送室まで来て、七つ目やらないの、と聞いたという。やらないほうがいいって言われたので、と答えたら、その先輩は、賢明だね、とだけ言って帰った。語り手は卒業まで、その先輩に七つ目の中身を聞かなかった。聞かなかったことをいまだに正解だと思っている、という一行で書き込みは終わっている。

二〇〇〇年代半ば、掲示板に貼られた「七つ目募集」

二つ目は、個人サイトの怪談投稿掲示板に二〇〇〇年代半ばに書かれたとされる話だ。当時高校一年生の投稿者が、自分の高校の七不思議を集めていた。ネットの掲示板に、うちの学校の七不思議の七つ目を知っている人いませんか、と書き込んだ。校名は伏せて、県名と、校舎の特徴だけ書いた。二日後にレスがついた。名無しで、短く、あなたの学校の七つ目は「七不思議を集めている生徒がいる」です、とだけ書いてあった。

投稿者は最初、うまいこと言うな、と笑ったらしい。よくある切り返しだ。ただ、そのレスには続きがあって、三年前にも同じことを聞きに来た人がいました、と書かれていた。投稿者は在校生に聞いて回った。三年前に七不思議を調べていた先輩がいたかどうか。誰も知らなかった。図書室で古い文集を漁って、三年前の号を開いた。学年ごとの企画ページに、たしかに七不思議の特集があった。

六つまで載っていて、最後に、七つ目は次の代に託します、と書いてある。企画の担当者名の欄は、印刷がかすれていて読めなかった。

投稿者は、そこで手を引いた、と書いている。掲示板のその後のレスで、なんで続けないの、と聞かれて、こう答えている。三年前の人が七つ目を託した相手が自分だとしたら、自分が七つ目を書いた瞬間に、六つまで載った次の文集ができるんだと思う、と。この投稿は結末が何も起きていない。何も起きていないのに、後味だけが異様に悪い。この手の話でよく出来ているやつは、だいたい何も起きない。

二〇二一年、卒業アルバムの人数が合わなかった話

三つ目は比較的新しい。二〇二一年ごろ、匿名SNSに連投された話だ。語り手は卒業アルバム委員だった元高校生。コロナ禍で行事が軒並み中止になり、アルバムに載せる企画が足りなくなった。それで、在校生に募集をかけて、うちの学校の七不思議を集めるページを作ることになった。募集箱を昇降口に置いたら、想定の何倍も投稿が来た。八十枚以上。中身は重複だらけで、整理すると十四種類。七つに絞る作業が発生した。

ここが妙で、委員会で票を取ると、なぜか毎回七位と八位が同数で並んだ。三回やって三回とも同数。四回目にやっと差がついて、七つが決まった。決まった日の夜、委員長が委員のグループチャットに、写真を一枚上げた。会議で使ったホワイトボードの写真だ。十四個の候補と、正の字の票数が書いてある。そこに、誰も書いた覚えのない十五個目が、一番下に小さく書き足されていた。

文字は他と違う筆跡で、内容は「この会議」とだけ書いてあった。

アルバムは無事に完成して、七不思議のページも載った。ただ、完成品を受け取った委員の一人が、集合写真のページを数えていて、学年の総数が一人多いことに気づいた。名簿と照合したら、名簿のほうが一人少ない。学校に確認したら、名簿の作成ミスということで処理された。実際に人が増えたわけでも減ったわけでもなく、ただ数が合わなかっただけだ。語り手は最後にこう書いている。

あのとき七つに絞らずに十四のまま載せていたら、何も起きなかったのかな、と。数を七に切り揃えた瞬間に、切り落としたほうが後ろに立った気がする、と。

掲示板とSNSは、この話をどう解剖したか

ネット上でのこの話の扱われ方は、けっこう乱暴で、けっこう鋭い。

まず一番よく出るツッコミが、伝達の矛盾だ。ピクシブ百科事典にも似た指摘があって、誰もいない音楽室のピアノの音を聞いた者は死ぬ、という話について、じゃあどうやってその話が伝わったんだ、と書かれている。八つ目の七不思議はこの矛盾の直撃を受ける。七つ全部知ると死ぬなら、七つ全部を知っていて、なおかつ生きて語った人間がいないと、このルール自体が伝わらない。ルールの存在が、ルールの反例になっている。

これに対する反論も何パターンか定型化している。よく見るのは、知る、と、数える、を分ける説だ。七つの内容を個別に知っているだけなら安全で、七つを一つのリストとして数え上げた瞬間にアウトになる、という切り分け。これだと、六つ知っている人間が別々に持ち寄っただけでは発動しないので、伝達は成立する。もう一つは、死ぬのは全部知った本人ではなく、その人から最後の一つを聞いた側だ、とする説。

伝言ゲームの下流だけが死ぬので、上流の情報は流れ続ける。よく出来ているが、これだと最初の一人がなぜ知っていたかの説明が消える。

もっと身も蓋もない反証もあって、そもそも七不思議が六つしかないのは、単に子どもが六つしか覚えられないからだ、という説。人間が短期記憶で扱えるまとまりの数はだいたい四から七くらいと言われていて、七つ目で必ず落ちるのは記憶の限界の問題だ、というやつだ。これは実際かなり効いていると思う。指を折って数えていって六本目で止まるのは、超常現象じゃなくて認知の仕様だ。ただ、この説明を採用しても怖さは減らない。

むしろ、全員が同じところで必ず止まるという事実が、怪談側に流用されているのが厄介なんだよな。共通の欠落が、共通の空白として演出できてしまう。

考察界隈でよく言われるもう一つの見立てが、七不思議は最初から「未完成であること」を仕様にした形式だ、という読みだ。完成したリストは、もう語る余地がない。欠けているからこそ、毎年新入生に説明する必要があるし、毎年誰かが埋めようとする。埋めようとする行為が伝承のエンジンになっている。だから七不思議は、完成しないように設計されている。設計者はいない。

ただ、完成してしまった学校の七不思議は語られなくなって消えたので、結果として、完成しないものだけが残った。淘汰の話だ。この見立てを一度飲み込むと、八つ目の怪異は、その淘汰圧を怪談の言葉で表現したものに見えてくる。

江戸の本所には、はじめから七つ以上あった

ここで実在の背景に降りる。七不思議という数え方は、学校が発明したものじゃない。江戸時代にはもう完成していた形式だ。

一番有名なのが本所七不思議だ。今の墨田区あたり、本所界隈に伝わる怪異をまとめた名数で、置行堀、送り提灯、送り拍子木、燈無蕎麦、足洗邸、片葉の葦、落葉なき椎、狸囃子、津軽の太鼓、埋蔵の溝、赤豆婆、幽霊橋、と、ざっと並べただけで七つを大幅に超える。置行堀は、堀で釣った魚を持ち帰ろうとすると水の中から置いてけ、置いてけ、と声がして、家に着くと魚が消えている話。

足洗邸は、武家屋敷の天井を突き破って毛だらけの巨大な足が降りてきて、洗え、と要求してくる話。片葉の葦は、堀の葦がなぜか片側にしか葉をつけない話。燈無蕎麦は、客のいない蕎麦屋の行灯がどうやっても消えず、無理に消した者が不幸になる話。

記録としては、平戸藩主の松浦静山が書いた『甲子夜話』の続篇に、自分の体験として書き留められている話がある。文政から天保にかけての時期だ。七つのセットとして列挙した早い例が、二世柳亭種彦の『七不思儀葛飾物語』で、元治二年、西暦でいうと一八六五年の刊行。ここでは片葉の葦、置いていけ堀、埋蔵の溝、足洗い屋舗、送り提灯、赤豆婆、灯り無しの蕎麦屋の七つが選ばれている。

注目してほしいのは、この七つの中に、現代の本所七不思議で定番になっている狸囃子も津軽の太鼓も入っていないことだ。つまり、江戸の時点ですでに「七つの中身」は編者ごとに違った。墨田区が地域の紹介として九つを載せている資料もあって、公的な整理でも七つに収まっていない。

本所七不思議は昭和に入って映画にもなった。一九三七年と一九五七年に映画化されていて、江戸怪談の中でもかなり長寿のコンテンツだ。それだけ回っているのに、中身が確定していない。というより、確定していないから回り続けた。

諏訪にも遠州にも、足りない七つがある

本所だけの話じゃない。日本各地の七不思議は、ほぼ例外なく数が合わない。

諏訪大社の七不思議は、御神渡、元朝の蛙狩り、五穀の筒粥、神野の耳裂け鹿、葛井の清池、御作田の早稲、宝殿の天滴、というのが一般に挙げられる七つだ。ところがこれ、上社と下社でそれぞれ別に七不思議が設定されていて、重複を含めて数えると十一個ある。しかも葛井の清池に関しては、対になっているとされる池の場所が現在どこなのか判明していない。項目そのものが行方不明になっている。

神社の由緒という、本来もっとも記録が固いはずのジャンルでこれだ。

遠州七不思議も同じで、静岡の情報を扱っているサイトが実際に伝承を拾い集めたら十三個になった、と正直に書いている。地域によって七不思議に数えるものが違うから、と説明されている。どれが本物の七つかを決める権威がいないので、拾えば拾うほど増える。

Wikipediaの七不思議の項目でも、七不思議とはある地域において説明のつかない現象や奇異な伝承を七つ一まとめにして称したもので、古くは諏訪大社七不思議や遠州七不思議があり、江戸時代には怪奇談の一形式として広まって本所七不思議などが作られた、と整理されている。同じ項目に、八つ目を知ると身に危険が迫るとするものも多い、とはっきり書いてある。

八つ目の禁忌は、学校が発明したんじゃなくて、名数の伝統に最初から含まれていたわけだ。

ついでに言うと、世界の七不思議の「不思議」は日本語側の意訳で、原語は景観とか驚くべきものという意味に近い。あっちは名所の列挙、こっちは怪異の名数で、出自が別だ。

なぜ七なのか、という話を真面目にやる

七という数がなぜ選ばれ続けるのか。これはオカルトの話というより、数の文化史の話だ。

西洋側の根っこはやっぱり聖書で、創世記で神が六日間で天地を創り、七日目を休息の日にした。ここから七が聖なる数として定着して、週が七日になった。七つの大罪も七つの美徳も同じ土壌から出ている。ニッセイ基礎研究所がまとめている解説では、七大陸とか七つの海といった言い方が、正確な数というより「全部」「完全」を意味する表現として機能してきたことが指摘されている。

七は数えるための数じゃなくて、これで全部です、と宣言するための数なんだ。

日本側にも独立した基盤がある。仏教の初七日、四十九日という区切りが典型で、七日を単位にして死後の時間が刻まれる。七宝は極楽の荘厳を表す。七福神は、実は組み合わせが固まったのが一八〇一年から一八〇三年ごろとされていて、意外と新しい。それでも一気に定着した。七で束ねると据わりがいい、という感覚が共有されていた証拠だと思う。数学的な話でいうと、正七角形は定規とコンパスだけでは作図できない。

ギリシャ以来、七はそういう扱いにくさを持った数として意識されてきた。

ここから先は書いていて楽しい部分なんだが、怪異の名数が七で束ねられるのは、七が「多いけれど数えられる」ぎりぎりの数だからじゃないかと思っている。三つでは少なすぎて全体感が出ない。十では覚えられない上に、切りが良すぎて神秘性がない。七は、数えようとすれば数えられそうで、実際に数えると必ずどこかで詰まる。詰まる余地があることが重要なんだ。詰まらない数で束ねられた怪談は、たぶん怖くない。

そして、初七日と四十九日を思い出してほしい。七を単位にして死者の時間を刻むという習慣が土台にあるところに、七つの怪異を数え上げるという行為を持ち込むと、無意識のうちに供養の作法と同じ形をなぞることになる。七つ数え終える、というのは、日本語の文化圏では、区切りをつけて送り出す動作に似ている。何を送り出しているのか、誰も考えずに数えている。

そこに八つ目が座っている、というのは、構図としてよく出来ている。

常光徹がノートに書き取っていたのは、話の中身じゃなかったのかもしれない

学校怪談の研究側から見ると、七不思議はちょっと変な位置にいる。個別の怪談、たとえばトイレの花子さんや音楽室のピアノは、それぞれ独立して採集できる。話型があって、分布があって、変異がある。ところが七不思議は、それ自体には内容がない。内容のある怪談を七つ入れるための箱でしかない。

常光の仕事の面白いところは、その箱ごと記録したことだと思う。放課後に聞き取りをすると、生徒は個別の話を語るだけじゃなくて、うちの学校のはこの七つです、という束ね方をしてくる。何を入れて何を入れないか、誰が管理していることになっているか、どの順番で語るか。この束ね方が学校ごとに違う。個別の怪談が全国共通の輸入品でも、束ね方だけはローカルなんだ。

そう考えると、八つ目の七不思議は、束ね方それ自体に発生した怪異ということになる。材料じゃなくて、箱に取り憑いた。だから中身が空っぽでも成立するし、むしろ空っぽだから、どこの学校にも輸入できる。トイレの花子さんは、トイレのない場所には出られない。八つ目は、リストがある場所ならどこにでも出られる。校舎の構造にも地域の歴史にも依存しない。

必要なのは、七つ数えようとする人間が一人いることだけで、その一人は毎年新入生として供給される。

映画とゲームは、八つ目をどう飼いならしたか

創作での扱いを見ていくと、この構造がどれだけ使い勝手がいいかがよく分かる。

『金田一少年の事件簿』の「学園七不思議殺人事件」は、七不思議を全部知った者が殺されるという触れ込みで生徒が狙われる。ここでの七不思議は、それぞれが過去に学園内で起きた死亡事故に紐づいていて、開かずの生物室では女生徒が電球を替えようとしてスカーフで首を絞められた、首吊り大イチョウにはいじめを苦に亡くなった生徒がいる、といった具合に、怪異に必ず現実の悲劇が対応している。

放課後の魔術師と名乗る犯人がその構図を利用して事件を組み立てる。ミステリとして処理するために、怪異は全部人間の仕業に還元されるんだが、それでも「七つ目を知ると消される」という前提だけは疑われない。読者がそれを常識として持っているからだ。連載初期にこれを持ってこられた時点で、九〇年代前半の共通認識の強度が分かる。

『地縛少年花子くん』は逆のアプローチで、七不思議を一番から七番までの実体として立てて、それぞれに持ち場と役割と目的を与えた。人ではなく番号が主語になる世界で、番号は空くことも入れ替わることもある。七不思議を「席」として扱う発想は、語り手が七つ目に数えられる版の民間伝承と、根っこで同じものを見ている。

ゲームだと『学校であった怖い話』が翻案として一番うまい。語り手が次々に現れて話を語り、その組み合わせで全体の意味が変わる。プレイヤーは話を集めているつもりで、集めた分だけ自分の立ち位置が変わっていく。集める行為が集める側を巻き込むという性質を、そのままシステムにしている。

本所七不思議をモチーフにした『パラノマサイト』も、複数の怪異が土地の名数として束ねられ、その束を巡って人間が動く構図を骨格に使っている。『ケロロ軍曹』にも学校の七不思議を暴きに行く回があって、怖くないほうの処理だけど、七つ目だけがどうしても分からないという導入は完全に定型どおりだ。

そして映画『学校の怪談』のシリーズ。一九九五年からの一連の作品は、七不思議という言葉を前面に出さなくても、夜の校舎に閉じ込められて怪異を一つずつ通過していく構造をとっている。あれは実質、七不思議を歩いて数える体験の映像化なんだよな。観客はあと何個、と思いながら見る。その数え方の癖自体が、七不思議によって仕込まれている。

空欄が怖い、という単純で厄介な話

なぜこの話が怖いのか。理由はいくつかあるが、根っこは一つだと思っている。空欄が怖いんだ。

七つあると宣言されたリストに六つしか入っていないと、人間の頭は勝手に七つ目の枠を作る。作った枠は空いている。空いている枠は、何でも入る。ここに入るものは、聞いた人間が自分で用意するしかない。だから七不思議の七つ目は、聞いた人間の数だけ違う顔をしている。語り手が何も言わなくても、聞き手が勝手に一番いやなものを置く。怪談としてこれ以上に効率のいい仕掛けはない。

書かないことで、全員に別々のものを見せている。

もう一つ、この話には逃げ場がない。ふつうの学校怪談には回避条件がある。夜の音楽室に行かなければいい。四時四十四分に鏡を見なければいい。三番目の個室をノックしなければいい。行動を制限すれば安全だ。ところが八つ目の七不思議は、数えるな、が条件になる。数えるというのは行動じゃなくて思考だ。禁止された瞬間、頭の中で勝手に始まる。

ピアノ、人体模型、階段、鏡、人影、トイレ、と、今この段落を読んでいる間に指を折った人がいるはずだ。回避できない禁止は、禁止としては成立していないのに、恐怖としては最高に機能する。

そして生き延びる理由。この話は、伝えるコストがほとんどゼロだ。中身がないから覚える必要がない。七不思議を全部知ると危ない、という一文だけで完結する。この一文は、六つしか思い出せないという誰にでも起きる状況に、必ず接続する。つまり、話が思い出されるトリガーが、日常の中に埋め込まれている。忘れられそうになると、六つ目で止まった誰かがまた思い出させてくれる。

さらに、この話は自分で自分を修理する。七不思議のリストが古びて、内容が誰にも通じなくなっても、リストが空になるだけで八つ目は死なない。空のリストは、新しい六つを入れれば復活する。中身は毎年入れ替わっていい。むしろ入れ替わったほうがいい。箱だけが残って、箱に取り憑いたものだけが世代を越える。学校という制度が続く限り、新入生が供給され続ける限り、この箱は空にならない。

数えている自分が、数え直されるということ

ここからは総括をやりつつ、本文で書き切れなかった角度をまとめて放り込んでいく。

まず、この怪異を分類しようとすると座りが悪い、という話から始めたい。日本の怪談の分類は、だいたい妖怪か幽霊か現象かで割れる。置行堀は現象、足洗邸は妖怪、花子さんは幽霊寄りの人格、といった具合だ。ところが八つ目の七不思議は、そのどれでもない。姿がない。声もない。場所にも紐づかない。じゃあ現象かというと、現象ですらなくて、正確に言えば「集計の結果」だ。集計という行為がなければ存在しない。

誰も数えていない学校には、八つ目は存在しない。存在しないというより、存在する余地がない。これは幽霊が出る条件とは根本的に違う。幽霊は人がいなくても出る。八つ目は、数える人間がいないと出られない。

この性質は、現代の怪談の中でもかなり特殊な位置にある。カウントを媒介にして発生する怪異は他にもあって、階段の段数が増えるやつが代表だ。十三段になる階段は、数えるという行為が引き金になる点で八つ目と親戚関係にある。ただ階段は、数えた結果が食い違うだけで、数えた人間がリストに追加されるわけじゃない。八つ目は、集計対象と集計者の区別が壊れる。

この壊れ方が肝で、要するに、観測している自分が観測対象の一部になる、という形の怖さなんだ。学校という場所は、生徒が常に数えられている場所でもある。出席番号、名簿、人数確認、点呼。数えられることに慣れきった子どもが、初めて自分から何かを数えようとしたら、数えている自分が数え直された。この読み替えは、たぶん狙って作られたものじゃない。ただ、狙って作ったとしか思えないくらいよく出来ている。

次に、なぜ全国の学校で必ず一つ足りないのか、という問いにもう一度戻る。本文では認知の限界と、輸入品と自家製の混在という二つの説明を出したが、三つ目の説明を足しておきたい。伝承の担い手の在籍期間が短すぎる、という理由だ。学校の生徒は三年、長くて六年でいなくなる。伝承の担い手が完全に入れ替わる周期としては異常に短い。江戸の町なら、置行堀の話を六十年語り続けるじいさんがいる。学校には、いない。

最長で六年しかいない。しかも六年目には受験があって、怪談どころじゃない。だから学校の伝承は、常に不完全な状態で引き継がれる。前の代が持っていた七つのうち、次の代に渡るのはだいたい五つか六つだ。渡らなかった分は、新しい話で埋められる。この目減りと補充が毎年起きているので、七つ揃った状態が観測されるほうが例外になる。

つまり、七不思議が一つ足りないのは怪異のせいじゃなくて、伝承の耐用年数が学校の在籍年数より短いせいだ。この身も蓋もない事実を、子どもたちは「七つ目は知ると死ぬ」という物語に翻訳した。翻訳のセンスがえげつない。実務的な欠落を、禁忌に読み替えたわけだから。

ここでもう一段深く行くと、七不思議は、忘却を制度化する装置だとも言える。人は忘れる。忘れたことを認めるのは気まずい。特に、後輩に対して先輩が、うちの学校の七不思議はえーと六つまでしか知らない、と言うのは格好がつかない。ところが、七つ目は語ってはいけないことになっている、と言えば、これは知識の欠落ではなく、責任ある判断になる。知らないことが、守っていることに変わる。

この変換があるから、先輩は後輩に堂々と六つを渡せる。七不思議が生き延びてきたのは、担い手の面子を守る仕組みを内蔵していたからだ、という見立てはかなり本気で有力だと思っている。

派生の話をもう少し足しておく。本文で三つの型を挙げたが、実際にはもっと細かいバリエーションがある。ひとつは「七つ目は毎年変わる」型。今年の七つ目は去年の七つ目とは別物で、その年に起きた一番説明のつかない出来事が繰り上がって七つ目になる、というやつだ。これは伝承の更新プロセスを、そのまま怪談の設定として明文化している。もうひとつは「七つ目を知っているのは学校側だ」型。

職員会議で毎年確認されている、卒業アルバムの奥付に暗号で書かれている、といった尾ひれがつく。大人が秘密を握っているという構図は、子どもの怪談の鉄板だ。さらに「七つ目は建物のほうにある」型もあって、七つ目は怪談じゃなくて校舎の一部だ、と言われる。使われていない部屋、地図に載っていない階段、封鎖された地下。

これは実在の校舎の増改築の跡が生む違和感を吸収するタイプで、実際に古い学校には由来の分からない空間がいくらでもあるので、話としてやたら強い。

反証の側もきちんと詰めておく。この手の話を否定するときに一番効くのは、実害の記録がないという点だ。あるオカルト系のまとめでは、七つ知ると不幸が訪れるという都市伝説について、実際に不幸になったというニュースが確認できない以上、怖さを膨らませるための演出の可能性が高い、とはっきり書かれている。これは正しい。正しいんだが、この否定は八つ目の七不思議にはあまり刺さらない。

というのも、この怪異が主張しているのは「不幸が起きる」ではなくて「記録から消える」だからだ。消えた人間の記録がないことは、この話の反証ではなく、この話の予測どおりの結果になってしまう。反証不可能な形に自分を仕立てている。この構造を、ずるい、と切り捨てることもできるし、よく出来ている、と感心することもできる。個人的には後者だ。怪談が長生きするための形質として、これほど有効なものはない。

もうひとつ、この怪異はネット時代に入って弱くなったのか強くなったのか、という論点がある。弱くなったという側の言い分はこうだ。今は検索すれば学校の怪談が四十六種類だの二十五不思議だのと一覧で出てくる。五十個並んだリストを見てしまえば、数が足りないという体験そのものが起きにくい。まとめが定番怪談を大量に並べたことで、うちの学校の七不思議という固有性もかなり薄れた。

一方で、強くなったという言い分も筋が通っている。ネットは、リストを完成させたがる人間を大量に可視化した。誰かが必ず、七つ目を知りませんか、と書き込む。書き込みは残る。残った書き込みに、何年も経ってから返事がつく。時間差で返信が届くという体験は、口頭の伝承では起き得なかった。本文の二つ目の体験談はまさにその構造を使っている。

三年前の投稿と今の投稿が同じページに並ぶのに、誰が生きていて誰が消えたのかはテキストからは分からない。掲示板のログという媒体は、話者の生死を表示しない。この不表示が八つ目には抜群に効く。学校の廊下から、アーカイブの中へ引っ越したわけだ。

そしてもう一点、忘れちゃいけないのが、七不思議の周辺には常に「大人が管理している」という影があることだ。学校は、生徒に説明せずに決めることが山ほどある場所だ。なぜこの部屋には入れないのか、なぜこの階段は封鎖されているのか、なぜあの先生は急にいなくなったのか。答えが返ってこない質問の総量が、他のどんな空間よりも多い。八つ目の七不思議は、その答えの返ってこなさに形を与える器として機能している。

七つ目が語られないのは、大人が隠しているからだ、という説明は、子どもの経験則としてはむしろ的確なんだ。学校では実際、いろんなことが説明されないまま処理されている。転校していった子が、なぜ転校したのかは誰も教えてくれない。話題にすることすら、なんとなく避けられる。人がひとり、説明なしにいなくなる。この経験は、たいていの人が一度はしている。

八つ目の七不思議が刺さるのは、その記憶に接続してしまうからだと思う。

最後に、この話が本当に伝えたいことは何なのか、という話をして終わりにする。七つを数え上げようとする欲望は、要するに、自分のいる場所を全部把握したいという欲望だ。この学校で起きたことを、この学校のすべてを、七つの箱に収めて手元に置きたい。子どもがそう思うのは自然なことで、悪いことでもない。ところが場所というのは、そんなふうに畳めない。畳もうとすると、必ず一つ余る。余った一つは、たいてい自分だ。

自分がその場所にいるという事実だけは、リストの外から数えられない。だから七つ目は空くし、八つ目には自分が入る。

こう書くと教訓めいて聞こえるかもしれないが、そういうつもりはない。ただ、この怪談が百年近く、名前を変えながら形式だけ生き延びてきた理由は、そのへんにあるんじゃないかと思っている。本所の堀端でも、諏訪の社でも、遠州の街道でも、平成の校舎でも、令和の匿名アカウントでも、人は七つ数えようとして、六つで止まって、残りの一つを誰かに預けてきた。預けられた側がまた六つまで数えて、また誰かに預ける。

ずっとそうやって回してきたんだ。

だから、もし君が自分の学校の七不思議を六つまで思い出せて、七つ目でどうしても詰まったなら、それはたぶん正常な状態だ。無理に埋めなくていい。埋めた瞬間に、次に数える誰かのために、君の名前が七行目に書かれるだけだから。

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