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お昼寝の布団が一組だけ多い――幼稚園と保育園に住みついた「もう一人のお友だち」を追いかけた話

布団を三回数え直した先生の話から始めよう

まずは一番よく知られている形から話す。舞台はどこにでもある認可保育園だ。園舎は二階建てで、一階に乳児クラス、二階に幼児クラス。よくある間取りだよな。

その日、担任は年少クラス、園児は十八人だった。梅雨の合間の、やたら蒸し暑い日だったという。給食が終わって、子どもたちが歯を磨いて、遊戯室に敷いた布団に転がっていく。担任は毎日この時間に布団の数を確認する。理由は単純で、休んだ子の布団を敷きっぱなしにするとダニがつくし、逆に足りないと誰かが床で寝ることになるからだ。だから数えるのは業務だ。オカルトでもなんでもない。

その日は欠席が二人いた。だから敷くのは十六組。担任は自分で敷いた。順番に、端から端まで、いつもの並びで。子どもが入ってきて、それぞれの布団に潜り込んで、電気を落として、カーテンを引く。ここまでは何も変じゃない。

異変に気づいたのは、寝かしつけの巡回をしていたときだ。列の一番奥、非常口の扉のすぐ手前に、敷いた覚えのない布団が一組あった。しかもきちんとシーツが張ってあって、タオルケットが半分めくれていた。誰かが今さっきまで寝ていて、起き上がった後みたいな形だ。

担任は最初、遅番の職員が気を利かせて余分に敷いたんだと思った。それで小声でもう一人の保育士に聞いた。敷いてないよ、と返ってきた。じゃあ誰かが自分の布団を移動させたのか。それなら誰かの寝場所が空になっているはずだ。担任は懐中電灯を手のひらで覆って、光を落としながら列を回った。全員いた。十六人が十六組の布団で寝ていて、その奥にもう一組ある。合計十七組。

ここで担任は数え間違いを疑った。誰だってそうする。指で押さえながら数え直す。十七。もう一度、逆から数える。十七。三回目は、園児の顔を一人ずつ確認しながら数えた。園児は十六人。布団は十七組。差はどうやっても埋まらない。

もう一人の保育士を呼んで、二人で確認した。奥の一組は、押し入れの予備布団ではなかった。園の予備はカバーが水色で統一されていて、その一組は薄い黄色に小さな星の柄が入っていた。園にはないカバーだ。誰の私物でもない。担任はその場でクラス全員の名前を頭の中で読み上げて、去年の在籍児の顔まで思い出そうとした。それでも黄色に星の子は出てこなかった。

そのまま午睡は続いた。四十分ほど経ったころ、窓側で寝ていた男の子が急に上半身を起こして、部屋の奥をじっと見た。担任が近寄って肩に手を置いたら、その子は起きているのに寝ているみたいな、焦点の合わない目でこう言ったという。あのこ、まだねてる。

担任が奥を見ると、黄色い布団はさっきと同じで空だった。タオルケットが半分めくれたまま。誰も寝ていない。それなのに、男の子は同じ方向を指さして、もういっかい、と言った。もう一回、何なのかは聞けなかった。その子はすぐに横になって寝てしまったからだ。

午睡明け、布団を畳む段になって、黄色い布団は消えていた。片付けたのは担任自身だ。順番に畳んで押し入れに入れて、最後の一組を取ろうとしたら、そこには何もなかった。床のマットに、布団の重みで残る四角い跡だけがあった。跡はしばらく消えなかった。

その日の帰り、担任は連絡帳を書きながら、さっきの男の子の言葉を思い出して手が止まったという。あのこ、という言い方だ。三歳児が知らない相手を指すときは、ふつう「だれか」とか「おじさん」とか言う。あのこ、は、知っている子に使う言葉だ。

このバージョンでは、翌週も似たことが起きる。ただし二回目は布団ではなく、コップだった。うがい用のコップ立てに、名前シールのないコップが一つ増えていたという。中に水が半分残っていて、縁が濡れていた。ここで話は終わる。オチはつかない。園児は全員無事で、担任も無事で、ただ一組と一つの余りだけが記録に残った。オチがつかないところが、この話がずっと生き残っている理由だと思う。

この話の出どころを、たどれるところまでたどってみた

「布団が一組多い」形の話が、はっきり一つの起点から始まったという証拠は見つからない。ここは正直に書いておく。ただ、いくつか手がかりはある。

まず土台になっているのは、間違いなく学校の怪談の系譜だ。民俗学者の常光徹が中学校の教員時代に生徒から集めた話をまとめて一九九〇年に『学校の怪談』として出したのが、このジャンルが本の形で固まった瞬間だとされている。それまで教室と廊下と塾の行き帰りで口から口に流れていたものが、活字になって全国区の型になった。その後、九〇年代の映画やドラマやアニメでさらに定型化していく。

トイレの花子さん、音楽室のピアノ、動く肖像画、あのへんの並びだ。

その中に「人数が一人多い」という型がずっとある。日本文化研究の資料をあたると、無人の音楽室からピアノが鳴るという話は一九三〇年代から九〇年代まで、栃木、東京、神奈川、島根といったバラバラの土地で独立に記録されている。月刊ムーの二〇二四年八月号に載った学校の怪談特集の記事によれば、群馬の大学の講堂で真夜中にピアノの音が聞こえたという一九四九年ごろの話まで確認できるらしい。

つまり「誰もいないのに音がする」「数えると一人多い」という骨格は、戦後すぐの学校空間にすでにあった。

これが幼稚園と保育園に降りてきたのは、たぶんネット以降だ。理由ははっきりしている。幼稚園児と保育園児は、自分でスレッドに書き込めないからだ。学校の怪談は子どもが子どもに語って広がるが、園の怪談は子ども自身の口からは広がらない。広げられるのは大人だけ、つまり保育士と保護者だけだ。だからこのジャンルはネット掲示板と個人ブログの時代に一気に増えた。

二〇〇〇年に2ちゃんねるで「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」の最初のスレが立って、そこから二十五年以上にわたって膨大な話が流れた。くねくねが二〇〇三年三月二十九日、コトリバコが二〇〇五年六月六日、ヤマノケが二〇〇七年二月五日、八尺様が二〇〇八年八月二十六日。有名どころは初出の日付とスレ番号まで有志が特定している。ところが園の怪談はこの特定作業からこぼれる。

単発で、短くて、誰かの体験談として書かれて、まとめサイトに拾われずに落ちていくからだ。

だから「布団が一組多い」の初出を一点に決めるのは難しい。ただ、二〇一〇年代後半から二〇二〇年代にかけて、note や個人ブログで元保育士が書いた実話系の記事が急激に増えた。この時期に型が固まったのは間違いないと思う。実際、note に投稿された実話怪談のシリーズには「人数確認」という題で、こども園の年中クラス二十八人が帰り道だけ二十九人にも三十人にもなる話が載っている。

書き手は当時のボランティアで、依頼してきた担任の先生の口ぶりが最初から不自然だった、と書いている。この話は後で詳しく紹介する。

もうひとつ、二〇二〇年前後に投稿された元保育士の記事も型の形成に効いている。新設園で子どもたちが「男の先生、いるよね」と言い出す話だ。園には女性職員しかいなかった。これも後述する。

要するに、発祥は複数だ。学校の怪談の型が先にあって、そこにネット時代の保育士の実体験が流し込まれて、混ざって、いまの形になった。そういう成り立ちだと思っておくのが一番正確だ。

枝分かれしていった別バージョンを順番に見ていく

帰り道だけ人数が合わなくなる版

これが「布団」版と並ぶ二大主流だ。散歩や遠足の帰り、引率の保育士が人数確認をすると、行きと合わない。必ず多い方にずれる。二十八人で出たのに、帰りは二十九人。園に着いて玄関で数え直すと、また二十八人に戻っている。

この型の怖さは、確認作業そのものが日常業務だという点にある。保育の現場では人数確認は命に関わる手順だ。園を出るとき、公園に着いたとき、公園を出るとき、園に戻ったとき。最低でも四回は数える。しかも二人以上で数えるのが基本になっている園も多い。つまり数え間違いという逃げ道が、構造的に潰されている。

この型のもっとも完成度が高いバリエーションでは、担任が「このクラスだけ、一歳児のときからずっと一人多く数える」と告白する。全員の顔と名前を確認しても、なぜか一人多い。誰なのかは分からない。そして卒園式の日、その担任は花束を一つ余分に用意していた、というところで話が終わる。この余分な花束が効いている。怪異を追い払わずに、席を用意してやるという発想が、園という場所の性格をそのまま映しているからだ。

園庭の遊具に残る痕跡版

こっちは視覚に寄せた型だ。誰もいないブランコが揺れている、というのは全国どこにでもあるが、園庭版はもう少し具体的になる。

よく語られるのが足跡だ。園庭の隅、決まった場所に、大きな裸足の右足の跡がいつも残っている。指の跡まではっきり見える。砂をかけて消しても、次に園庭に出ると同じ場所に同じ形で復活している。先生たちもみんな知っていて、でも誰も騒がない。そして卒園すると、みんなその足跡のことをきれいに忘れてしまう。年長のお泊まり会のとき、足跡が地面から浮き上がるのを見た子がいる、という証言が付くこともある。

この話には反証もセットで語られることが多い。地下水が浅いところを通っていて、そこだけ土の締まり方が違うんじゃないか、という説だ。ただ土質を調べても異常はなかった、という形で潰されるのが定型になっている。語り手が最後に「フェンス越しに見上げると、足跡の主と目が合う気がする」と言って、以降その園の前を通るとき上を見ないようにしている、と締めるパターンもある。

砂場版もある。前の日に子どもが作った山が、朝来ると壊されているのではなく、続きが作られている。トンネルが一本増えていたり、掘りかけの穴がきれいに仕上がっていたり。保育士が朝一番に園庭を見回る習慣のある園でよく出てくる話だ。誰かが夜中に入ったのではという説明が一番自然なんだが、その場合は足跡が残る。残っていないから話になる。

誰もいない部屋でオルガンが鳴る版

音楽室のピアノの怪の、園バージョンだ。園にはグランドピアノがないことも多いから、鳴るのはたいていアップライトか、足踏みオルガンになる。この楽器の違いが実は効いている。

足踏みオルガンは、鍵盤を押すだけでは音が出ない。ペダルを踏んで空気を送らないと鳴らない構造だ。だから「誰もいないのにオルガンが鳴る」というのは、単に鍵盤に何かが乗ったという説明が通らないことを意味する。誰かがペダルを踏んでいる。しかも足踏みオルガンのペダルは子どもの脚力だとけっこう重い。座って全体重をかけないと踏めない。つまり、そこには座っている誰かがいる。

鳴る曲も型がある。園歌、季節の歌、そして「かえるのうた」や「ちょうちょ」みたいな指一本で弾ける曲だ。ちゃんとした演奏ではなく、たどたどしく、片手で、同じフレーズを何度も繰り返す。この「うまくない」という描写が、聞き手の想像の中で弾き手をいっきに小さくする。うまい演奏だと大人の霊になってしまうが、下手だと子どもになる。語り手はそこまで意識していないのに、みんな同じ選択をしている。

止まり方にも型がある。保育士が遊戯室のドアを開けた瞬間に音がやむ。オルガンの蓋は閉まっている。ただし鍵盤の上に、埃の積もり方が不自然な部分がある。指の幅で、四本分だけ。

卒園アルバムと集合写真版

これは学校の怪談から素直に降りてきた型だ。卒園アルバムの集合写真を数えると、名簿より一人多い。あるいは、後列の端にいる子の顔が誰か分からない。名簿と照合しても該当者がいない。園に問い合わせても記録がない。

現代版だと、写真ではなく動画になる。運動会や発表会をスマホで撮って、家に帰って再生したら、映っていない子が映っている。あるいは音声だけが混ざる。子どもの声で、名前を呼んでいる。園児の名前ではなく、保護者自身の子どものころの呼ばれ方だった、というひねりが加わることもある。

増える一人が悪さをしない版

派生の中でいちばん語りとして新しいのがこれだ。増えた一人が、何も悪いことをしない。むしろ役に立つ。転びそうな子を支える方向に押した、危ない場所に行こうとした子の前に立った、という話になる。保育士側の語りに多い。怪談として弱くなるはずなのに、これが妙に怖い。悪意がないなら見過ごしていいのか、という判断を語り手が読者に押しつけてくるからだ。

実際に語られた体験談を、三つ紹介する

新設園に来ていた「男の先生」

これは元保育士の女性がネット上に書いた話で、勤め先は開園したばかりの認可園だった。もともと畑だった土地に建った、新しくてまだ匂いのする園舎だ。彼女は新卒で、一歳児クラス十二人を保育士三人で見ていた。

最初の異変は、午睡用のコットを並べた部屋で起きた。早生まれの男の子が、部屋の片隅をじっと見つめていた。何もない壁の角だ。彼女が近づくと、その子は指をさして、あった、と言った。あった、という言い方が引っかかったという。いた、でも、いる、でもなく、あった。まだ言葉を覚えている途中の一歳児だから、単純に語彙の問題かもしれない。でも彼女はその日から、その角を見るのが少し嫌になった。

そのうち、別のクラスの子どもたちが同じことを言い出した。男の先生、いるよね、と。その園に男性職員は一人もいなかった。給食の業者も、送迎バスの運転手も女性だった。だから子どもたちが実在の男性を見て言っているという説明が立たない。

子どもたちは怖がらなかった。それが一番不気味だったと彼女は書いている。今日はいたね、笑ってたね、そういう会話を、おやつを食べながら普通にしていた。誰かが泣いたわけでも、園に行きたがらなくなったわけでもない。彼女自身は一年間、一度もそれらしいものを見なかった。何も見えないまま、子どもたちの報告だけを毎日聞き続けた。この非対称が、たぶん一番きつい。

そして開園から一年が経つころ、子どもたちの報告がぱたりと止まった。誰も何も言わなくなった。彼女が副園長にそれとなく話したら、副園長はまったく驚かずに、保育園にはああいうのが遊びに来ちゃうことがあるのよ、と言ったそうだ。来ちゃう、という言い方だった。呼んでいるわけではない、追い出せるわけでもない、勝手に来る。そういう扱いだった。

二十八人が二十九人になった帰り道

こっちは保育補助として入っていた人の話だ。十年ほど前、園児数の多いこども園で、年中クラスは二十八人。担任はベテランの先生で、仮にM先生としておく。

その日は近くの公園まで散歩に行った。出発前、玄関で人数確認。二十八人。ここまでは何も変じゃない。おかしかったのは、M先生が「人数確認をお願いしてもいいですか」と、やたら丁寧に頼んできたことだった。人数確認は普通、担任と補助が二人で同時にやる。片方だけに頼むのは手順から外れている。

公園を出るときも二十八人。問題は帰り道だった。M先生が、歩きながら数えてほしい、と言った。列を止めずに、歩いたまま数えろということだ。やりにくい。それでも数えた。二十九人だった。

数え直した。今度は先頭から順番に、手をつないでいるペアごとに数えた。三十人になった。もう一度、後ろから。二十九人。どう数えても合わない。前を歩くM先生の背中に向かって、あの、と言いかけて、言えなかったという。M先生が一度も振り返らなかったからだ。

園に着いて玄関で数えたら、二十八人だった。全員そろっていて、誰も欠けていない。上履きに履き替えて、みんな部屋に入っていった。そのあとM先生が言った。このクラス、一歳児のときからずっとそうなの、と。全員の顔と名前を見て確認しても、必ず一人多い。誰が多いのかは分からない。誰かが増えているというより、数だけが増える。そう言いながらM先生は少し泣きそうな顔をしていた。

話にはまだ続きがある。その学年が卒園するとき、M先生は花束を一つ余分に用意していた。名前の書かれていない花束だ。誰に渡すのか聞いた人はいない。式のあと、その花束がどうなったのかも、語り手は知らないと書いている。

遊戯室のオルガンと、四本の指の跡

三つ目は、園の怪談としてはやや古い型で、複数の場所で似た形で語られている。地方の私立幼稚園に勤めていた人の話として流通しているものをまとめる。

その園の遊戯室には、古い足踏みオルガンが一台置かれていた。園ができたときからあるもので、もう使われていない。行事のときはキーボードを持ち込むから、オルガンは壁際で布をかぶって置かれているだけだった。

ある年の秋、行事の準備で残業していた職員が、遊戯室から音を聞いた。ちょうちょの、最初の四小節だった。片手で、たどたどしく、同じところを何度も。最初は誰か残っていて遊んでいるんだと思ったという。でも時計は八時を回っていて、園にいるのは彼女と、事務室で書類を書いている主任だけだった。

彼女が遊戯室のドアを開けたら、音が止まった。電気を点けた。誰もいない。オルガンには布がかかったままで、蓋も閉じていた。彼女はそのまま帰るつもりだったが、なんとなく気になって布をめくった。蓋を開けた。鍵盤に埃が薄く積もっていて、その一部だけ、指の幅で四本分きれいに拭き取られたようになっていた。位置は、ちょうどちょうちょの最初のフレーズを弾く場所だったという。

彼女は主任に報告した。主任は表情を変えずに、布をかけ直しておいて、とだけ言った。それ以降、彼女は残業のときに遊戯室の前を通らないルートで帰るようになった。オルガンは今もその園にあるかどうか分からない。この話が広がったあと、同じ県内の別の園でも似た話があると言い出す人が出てきて、どこの園の話なのか特定しようとする動きがあった。ただ結局どこにも行き着かなかった。

行き着かないほうがいい、と個人的には思う。

掲示板とSNSが、この話をどう転がしてきたか

まず一番多い反応は、単純に数え間違いだろ、というやつだ。これは強い。人間は同じものを繰り返し数えるとき、視線の移動と記憶が干渉して、驚くほど簡単に間違える。特に動いている対象を数えるのは難しい。園児は動く。しかも小さくて、似た服を着ていて、列の中で入れ替わる。歩きながら数えろというM先生の指示は、むしろ間違いが起きやすい条件を作っている、という指摘があった。

これに対する再反論もちゃんとある。保育現場の人数確認は、間違えないための手順が積み上がっている業務だという点だ。声に出して数える、名簿と照合する、複数人で数える、区切って数える。それを毎日やっている人間が、同じクラスで何年も同じ方向にずれ続けるというのは、単純な誤りとしては説明しにくい。しかも「多い」方向にしかずれない。ランダムな誤りなら少ない方にもずれるはずだ。

この非対称性を指摘した書き込みは、かなり議論を伸ばした。

もっとも、それにも反論が返っている。少なくずれた場合、現場は即座にパニックになって捜索が始まるから、話として残らない。結果として「多かった」ケースだけが記憶に残る。人間の記憶はそういう選別をする。この説明は身も蓋もないが、たぶん相当な部分を説明できてしまう。

布団版については、園の備品管理の実態から攻める人が多かった。予備布団やレンタル布団の入れ替え、他クラスからの借用、業者の納品ミス。カバーの柄が園にないものだった、という決定的な描写が、逆に「じゃあ業者の見本品じゃないの」という現実的な説明を呼び込んでしまう。ここは語りとしては諸刃なんだよな。

一方で、話をもっと面白がる方向の考察もある。増える一人はどこから来ているのか、という問題だ。多いのは三つの説だ。ひとつは土地に紐づく説。園が建つ前にそこにいた誰かで、園という機能とは無関係に居続けているという読み。新設園の話がこれにあたる。ふたつめは、園という場所そのものに紐づく説。

子どもが集まる場所には子どもの形のものが寄ってくる、という考え方で、副園長の「遊びに来ちゃう」という言い方はこっちに近い。みっつめが子ども側に紐づく説で、特定の子が連れてきている、あるいは特定の学年に付いている、という読みだ。M先生のクラスが一歳児のときからずっと、というのはこれを支持する。

さらにひねった読みもあって、増えている一人は過去でも未来でもなく、そのクラスの誰かの「もう一人分」だという説がある。つまり誰かが二人分の存在を持っている。この読みは怖いが、証拠を作りようがないから、考察としては行き止まりになる。行き止まりだと分かっていて、それでも面白がって話す人が多いのが、この界隈のいいところだ。

考察系の動画やポッドキャストでも、園の怪談は定期的に取り上げられる。ただ扱いが独特で、他の怪談みたいに「真相を暴く」方向にはあまり行かない。むしろ、真相を確かめに現地へ行くのが構造的に不可能だからだ。学校なら卒業生として入れる余地があるが、園には行けない。部外者が園に近づくこと自体が問題になる。この取材不能性が、この怪談を批判からも検証からも守っている。

「見えないお友だち」は、実は心理学の常連客だ

ここからは種明かしっぽい話になるが、種を知っても怖さが減らないのがこのテーマの妙なところだ。

子どもが目に見えない誰かと遊ぶ現象には、ちゃんとした名前がある。空想の友達、あるいはイマジナリーコンパニオン。研究の世界では一九三四年のスヴェンセンの定義がよく引かれる。目に見えない人物で、名前が付けられていて、他人との会話の中で話題になり、一定期間、少なくとも数か月にわたって直接遊ばれ、本人には実在している感じがあるが、客観的な根拠はない。だいたいこういう定義だ。

ただ研究者の間で定義が完全に一致しているわけではない、というのも大事な前提として押さえておきたい。

出現率がまた面白い。文化によってかなり差が出る。目に見えない友達というタイプは西欧で二割から四割ほど。日本では、目に見えないタイプよりも、ぬいぐるみや人形に人格を与えるタイプが多くて、こちらは四割から六割にのぼるという報告がある。つまり日本の子どもは、空想の相手に器を与える傾向が強い。園でいうと、これはお気に入りのタオルや、名前を付けたぬいぐるみに現れる。

出現時期には二つの山があると言われている。ひとつが二歳から三歳ごろ。この時期は親から心理的に分離していく過程で不安が高まるタイミングで、その不安への対処として現れる。もうひとつが九歳から十歳ごろで、こっちは同性同年代の集団に関心が移っていく過程での不安に対応する。消えるのは普通は児童期のうちだが、犬塚らの調査では十二歳を過ぎても持ち続けていた人が約半数いたという報告もある。

だいたい五歳から六歳、あるいは十歳ごろに出て、いつのまにか消える、という理解でだいたい合っている。

機能の分類だと、ナゲラが挙げた七つがよく引かれる。超自我の補助、つまり自分を叱ってくれる役。衝動を発散させる相手。悪いことをしたときに責任を押しつけるスケープゴート。万能感を延長させる装置。理想の自分を人格化したもの。孤独を紛らわせる相手。そして退行を避けるための支え。ざっとこんな感じだ。要は、子どもは自分の心の中でまだ処理できないものを、外に出して人の形にして扱っている。

ここで園の怪談に戻ると、話がきれいに接続する。園というのは、多くの子どもにとって人生で最初の「親のいない社会」だ。二歳から三歳という空想の友達の第一のピークは、そのまま入園の時期と重なる。朝、親と引き離されて泣く。知らない大人と知らない子どもの中に放り込まれる。名前を呼ばれても最初は反応できない。この状況は、不安への対処として空想の相手を作るのに、これ以上ないくらい適した環境なんだよな。

しかもそこには、同じ状況の子どもが十人も二十人もいる。ひとりの子が「あのこ」と言い出したとき、まわりの子は否定しない。それどころか、自分も見えると言い出す。幼児は他人の語りと自分の記憶の境目が大人ほど固くない。だから空想の友達が、集団の中で共有される。個人の空想が、クラス全体の共通の登場人物に育っていく。

ここが、この怪談の一番おいしいところだ。空想の友達だと説明したところで、集団で共有されている以上、当事者にとっては実在するのと同じように機能してしまう。名前が付いて、席が用意されて、卒園式に花束が用意される。心理学的に説明できることと、実際に起きていることが、まったく矛盾しない。だから種明かしをしても怖さが減らない。

念のため書いておくと、空想の友達を持つこと自体は正常な発達現象で、心配する必要はないというのが研究の一致した見解だ。長子や一人っ子に多く、女児にやや多い傾向がある、という報告もある。性格や気質の面では、持つ子と持たない子でほとんど差がないというのも面白い。孤独な子だけが作るわけじゃないってことだ。

ただし、その空想が適応の役に立たなくなって、生活を壊す方向に働き出したときは別で、そのときは専門家の出番になる。

園という建物が、そもそも怪談を産みやすい形をしている

もうひとつ、環境の話をしておきたい。園は物理的に怪談と相性が良すぎる。

まず暗い時間がある。午睡だ。真っ昼間にカーテンを閉めて電気を落として、二十人近い人間が横になって静まり返る空間が、毎日決まった時刻に発生する。学校にはこの時間がない。オフィスにもない。真昼の暗闇という、本来ありえない状態が制度として組み込まれているのは園だけだ。しかも寝ている側は全員、判断力が未熟な幼児で、起きているのは数人の大人だけ。この構図は、そのまま怪談の舞台装置になる。

次に、園には「数える」という文化が徹底している。これがでかい。教育社会学の吉岡一志は、学校の怪異が圧倒的にトイレに出るのは、利用頻度が高くて条件づけしやすい場所だからだと指摘している。同じ理屈でいくと、園における最頻の行為は人数確認だ。何度も繰り返される、注意を集中させられる、間違えたら大変なことになる。この三条件がそろった行為に怪異が乗るのは、むしろ自然な流れなんだよな。

それから、園舎は改築と増築が多い。定員が変わる、制度が変わる、耐震の基準が変わる。その都度、間取りが変わる。使われなくなった部屋、封鎖された階段、園庭の隅の何に使うのか分からないコンクリートの土台。こういう「説明されない構造物」が園には溜まりやすい。子どもは説明されないものに対して、自分で説明を作る。それが怪談になる。

そして人が入れ替わる。園児は最長でも六年で全員いなくなる。保育士の入れ替わりも早い。つまり園には、七年前の出来事を知っている人間がほぼ存在しない。学校なら古株の教員がいるが、園ではそれも珍しい。記憶の継承が途切れやすい場所では、話は毎回ゼロから語り直される。語り直されるたびに細部が変わって、型だけが残る。足跡の話で、卒園するとみんな忘れてしまう、という描写があったのを思い出してほしい。

あれは怪異の性質というより、園という組織の性質そのものだ。

最後に、園は外部の目が入らない。防犯の要請から、園はどんどん閉じた空間になっている。門はオートロックで、部外者は入れない。保護者ですら入れる範囲が限られている。だから内部で何が語られているかは、外からは分からない。この不透明さは、安全のために必要なものだけど、怪談の温床としても完璧に働く。

なぜこの話は、こんなに背中が寒くなるのか

理由をいくつか挙げるが、たぶん本命は最後のやつだ。

ひとつめ。増えるからだ。人が消える話より、人が増える話のほうが処理に困る。消えるのは喪失で、悲しいけど輪郭がはっきりしている。増えるのは、輪郭が定まらない。どこから来て、いつからいて、いつまでいるのかが全部不明のまま、こちらの生活に混ざる。しかも被害がない。被害がないから対処のしようもない。

ふたつめ。子どもだけが見えているからだ。ここには残酷な非対称がある。守る側の大人には見えず、守られる側の子どもには見えている。保育士は職業上、子どもの安全に全責任を負っているのに、子どもが見ているものが見えない。この無力さが、話の芯にある恐怖だ。新設園の話で語り手が一年間何も見なかった、というのが効いているのはこれだ。

みっつめ。子どもが怖がっていないからだ。これが逆に怖い。子どもたちは、今日はいたね、笑ってたね、と楽しそうに話す。怖がっていないということは、その存在が敵じゃないということだ。じゃあ何なんだ、という問いが宙に浮く。宙に浮いたまま話が終わる。

よっつめ。誰も悪くないからだ。犯人がいない。呪いの原因になった事件もない。祟りの理由もない。因果が閉じない話は、聞いた後に処理できずに残る。学校の怪談の多くには、事故で死んだ生徒がいるとか、昔ここは病院だったとか、原因説明がくっついている。園の怪談はそれが薄い。というより、園の怪談に事件を持ち込むと、途端に読み味が悪くなる。だから語り手が本能的に避けている。

結果として、原因のない話だけが生き残っている。

いつつめ、これが本命だ。この話は、親の一番柔らかいところを的確に突いてくる。子どもを預けるという行為には、どうしても後ろめたさがついて回る。仕事のために、生活のために、自分が見ていない時間を他人に任せる。その八時間、九時間のあいだ、我が子が何を見て何を話しているのかを、親は本当には知らない。連絡帳に書かれることは要約でしかない。子どもの言葉はまだ拙くて、聞いても要領を得ない。

この空白に、増える一人はぴったりはまる。自分が見ていない時間に、我が子には仲のいい誰かがいて、その誰かのことを自分は何も知らない。これは怪談というより、預けることそのものの構造だ。だからこの話は、幽霊を信じない人にも刺さる。刺さるようにできている。

広まった理由のほうも考えてみる

怖さと拡散力は別の話だから、分けて考えたい。

まず、語り手の資格がはっきりしている。この怪談を語れるのは保育士か保護者だ。どちらも社会的に信頼される立場で、しかも実名を出さずに語る正当な理由がある。守秘義務があるから園名は書けない、子どものプライバシーがあるから詳細は伏せる。この「書けない理由」が、話の信憑性を落とすどころか、逆に上げてしまう。普通の怪談で場所をぼかすと嘘くさくなるが、園の話でぼかすのはむしろ誠実さの証明になる。

よくできた構造だと思う。

次に、検証できない。さっきも書いたけど、心霊スポット化ができない。夜中に忍び込んで撮影する、という定番の消費のされ方が、園に対しては倫理的にも法的にも成立しない。だから話が汚れない。ネットの怪談は消費されるうちに擦り切れていくものが多いが、園の怪談は擦り切れる工程が発生しない。

三つめに、体験の裾野が広い。日本の子どもの大半は園に通う。だから読者のほぼ全員が、園の匂いと午睡の暗さと園庭の砂の感触を知っている。想像力の負担がゼロなんだよな。八尺様やコトリバコみたいに、まず設定を飲み込ませる工程がいらない。一行目から読者は現場にいる。

四つめ。短い。園の怪談は基本的に短編だ。長い前フリがいらないから、SNSの投稿一つに収まる。動画にすれば数分で終わる。この長さは現在の情報流通に完璧に適合している。

五つめ。改変が容易だ。布団でも、人数でも、コップでも、上履きでも、連絡帳でも成立する。増えるものを差し替えるだけで新しい話になる。しかもどれも園に実在する物だから、リアリティを担保する手間がかからない。型が強いのに自由度が高い。ミームとして優秀すぎる。

追い出さずに、卒園させるという処理の仕方

ここからは、これまで書いてきたことを踏まえて、もう少し深いところまで潜る。

まず、この怪談の核にある「一人多い」という感覚について、根っこの話をしたい。日本の怪談には、数が合わないことを不吉とする感覚が昔からある。数え歌の最後で一人足りない、階段の段数が上りと下りで変わる、集合写真に写り込む。ただ、それらの多くは「足りない」ほうに寄っている。足りないというのは、誰かが連れて行かれたということだ。恐怖の対象がはっきりしていて、対処法もある。数えて足りなければ探す。

見つかれば終わる。

ところが園の怪談は「多い」に振り切っている。しかもこの多さは、決して減らない。追い出す手続きがない。祓う話が出てこない。この点は本当に特異で、他ジャンルの怪談と比べると異様なほどだ。祟りものなら、供養して終わる。呪物なら、封じて終わる。増える一人には、終わり方がない。あるのは卒園だけだ。卒園という制度上の区切りが、唯一の終幕として機能している。

M先生が花束を一つ余分に用意したのは、その意味で完全に正しい振る舞いだった。祓うのではなく、卒園させる。園に来た以上、園の作法で送り出す。あれは怪談の中で怪異を「処理」した数少ない例で、しかも処理の仕方が保育の論理そのままなんだよな。ここに気づいたとき、この話の完成度に少し鳥肌が立った。

次に、語りの担い手の交代について。学校の怪談は子どもが子どもに語るジャンルだった。だからこそ生々しくて、細部が毎回変わって、大人には見えないところで増殖していた。ところが二〇〇〇年前後から、教師が怪談を語らなくなったという指摘がある。保護者対応への配慮、授業時間の圧迫、そういう現実的な理由だ。世代を超えて話を渡す回路が細くなった。

園の怪談は、その回路が細くなった後に育ったジャンルだ。だから最初から大人が語り手で、聞き手も大人だ。子どもは登場人物であって、語り手ではない。この構造の転換は、話の質を根本から変えている。子どもが語る怪談は、恐怖を遊びに変える装置だった。怖いものを名前で呼んで、出没場所を決めて、対処法を決めて、コントロール可能なゲームにする。それで安心して怖がれた。

大人が語る園の怪談には、この遊びの機能がない。名前もない、出没場所も一定しない、対処法もない。あるのは「分からない」だけだ。大人はもう、怪異をゲームにして安心する技術を持っていない。だからこの怪談は、遊びではなく、不安の直接表現になっている。ここが学校の怪談との決定的な違いだと思う。

もうひとつ掘りたいのが、保育の現場が今どういう状態に置かれているか、という点だ。オカルトの話をしているときに現実の労働環境を持ち込むのは無粋に見えるかもしれないが、この怪談を読むときには避けて通れない。人数確認という行為が持つ緊張は、単なる手続きではない。子どもが一人でも欠けたら、それは重大な事故だ。園から出るとき、公園で遊ぶあいだ、戻るとき、その全部で数える。

数え終わって数が合ったときの、あの一瞬の安堵。この安堵を毎日何十回も繰り返している人間の神経は、数という抽象に対してとんでもなく敏感になっている。

そういう神経が、たまたま二十九を見る。見間違いかもしれない。でも見間違いだったとしても、その瞬間に走った戦慄は本物だ。怪談として語られているのは、幽霊の存在ではなく、この戦慄のほうだと思う。実際、体験談の書き手はほとんど幽霊を見ていない。見ているのは、合わない数字と、子どもの言葉と、自分の内側の反応だけだ。それでも怪談として成立している。

これは怪談というジャンルの中でもかなり洗練された形式なんじゃないか。

空想の友達の研究に戻ると、もう一段面白い視点が出てくる。この現象は、子どもが自分の心の一部を外に出して人の形にする働きだと説明される。孤独を紛らわせるため、ストレスに適応するため、自尊心を保つため。心の中でまだ処理しきれないものを、いったん外に置いて、他人として扱う。

じゃあ、大人はそれをやらないのか。やっている、と思う。園に子どもを預ける親は、自分が見ていない時間への不安を抱えている。その不安は、心配しても解決しない種類のものだ。仕事を辞めるわけにはいかない、園を疑うわけにもいかない、子どもに聞いても分からない。処理できない。処理できないものは、外に出して形を与えるしかない。

その形が「増える一人」なんじゃないか。親の不安が人の形をとったもの。そう考えると、この怪異が悪さをしない理由も分かる。親の不安は、園を悪者にしたくないという気持ちとセットになっているからだ。園は悪くない、先生も悪くない、でも何かが引っかかる。その何かが、害のない、名前のない、ただそこにいるだけの一人になる。

つまり子どもの空想の友達と、大人の語る怪異は、生成の仕組みが同じかもしれない。子どもは分離不安から作り、大人は分離不安から作る。子どもは親から離れる不安、大人は子どもから離れる不安。方向が逆なだけで、同じ場所で、同じ時期に、同じ形のものが生まれている。園という場所は、その二つが真正面からぶつかる交差点なんだよな。

そう思うと、あの黄色い星柄の布団が、誰のものだったのかという問いの立て方自体が、少しずれていた気がしてくる。あれは誰かの物ではなく、誰かの気持ちが敷いた一組だったのかもしれない。

さらに言うと、この怪談が二〇一〇年代後半から二〇二〇年代にかけて増えたことにも、たぶん理由がある。共働きが当たり前になって、保育の利用が広がって、預ける時間が長くなった。〇歳児から預ける家庭も珍しくない。同時に、園の側は防犯のために閉じていった。預ける時間は延び、見える範囲は狭まった。この二つの線が離れていく分だけ、空白が広がる。空白が広がった分だけ、そこに置かれるものが増える。

話が増えたのは、単に人が増えたからじゃない。空白が広がったからだ。

一方で、この怪談を語るときには気をつけたいことも当然ある。実在の園を心霊スポット扱いするのは、絶対にやってはいけない。園には現に子どもがいて、職員がいて、日々の生活がある。噂が立てば実害が出る。それに、園で起きた実際の事故や不幸を怪談の素材にするのも違う。この記事に出てくる話がどれも原因不明で、誰も悪くない形になっているのは偶然じゃなくて、そこを踏み越えた話は語り継がれなかったからだ。

ジャンルの側に、自浄作用みたいなものが働いている。この点は素直に良いことだと思う。

最後に、この話を子どもの側から読み直しておきたい。園児にとって、あのこ、は怖い存在じゃない。一緒に遊ぶ相手だ。名前があって、好きな遊具があって、好きな歌がある。並んで座って、同じおやつを食べたつもりになっている。先生には見えないけど、自分には見える。これは幼児にとって、けっこう誇らしいことなんじゃないか。世界には自分にしか見えないものがある。しかも友だちも見えると言っている。

この共有された秘密は、たぶん人生で最初の「大人に言っても伝わらない体験」だ。

そしてある日、見えなくなる。誰かが追い払ったわけでもなく、何かが解決したわけでもない。ただ、言葉が増えて、集団のルールが分かって、時計が読めるようになって、そのぶんだけ世界の隙間が埋まる。埋まった隙間に、あのこはもういられない。新設園の子どもたちが一年で何も言わなくなったのは、たぶんそういうことだ。怪異が去ったのではなく、子どもが変わった。

この読み方をすると、増える一人の正体は結局、幼児期そのものになる。数えられないもの、名前を付けられないもの、大人には見えないもの。あの時期の子どもは、その全部を丸ごと抱えている。だから園の中には、常に定員より多くの何かがいる。名簿には載らない、でも確かに部屋の隅にいる何か。それを大人が数えようとすると、数字が合わなくなる。合わないのが正しい。合ってしまったら、その子はもう幼児じゃない。

だから午睡の部屋の布団が一組多くても、たぶんそれでいいんだと思う。誰かがちゃんと敷いてやったんだ。タオルケットが半分めくれているのは、さっきまで誰かが寝ていた証拠だ。畳むときに消えるのも、たぶん礼儀みたいなものだろう。帰るときは片付けなくていいよ、と誰かが言ってやったんじゃないか。園というのは、そういうことを言ってくれる場所だ。

もし自分の子が、いない誰かの名前を言い出しても、慌てて否定しないほうがいいと思う。否定したところで見えなくなるわけじゃないし、そのうち勝手に消える。それより、名前を聞いておくといい。何色が好きか、どの遊具が好きかも聞いておく。十年後に子どもに話したら、覚えてないと言われるはずだ。覚えてないのに、こっちだけ覚えている。そのとき初めて、この怪談の本当の怖さが分かる。増える一人は、園にいたんじゃない。

増えたまま、こっちに残るんだ。

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