幽霊部活の怪談を並べてみると、共通しているのは「制度は生きているのに、実体だけが消えている」という構造への恐怖だ。
部室という物理的な空間。鍵の貸出簿という書類上の記録。活動報告という手続き。どれも学校という組織が生み出す痕跡であって、生徒個人の生死や在籍とは無関係に存続してしまう。怪談に出てくる幽霊部員とは、この「制度だけが残り、人間だけが消える」という不気味さを人の形にしたもの、という見方もできる。
面白いのは、この怪談の主役の立ち位置だ。多くの学校怪談は「かつて実在した誰かの霊」が主役になる。ところが幽霊部活の話では、そもそも実在したかどうかも定かではない生徒が主役になることが多い。名簿にだけ名前があり、写真にだけ姿があり、記録にだけ活動がある。なのに、誰の記憶にもその人物の実像がない。この「記録はあるが実体がない」という不安は、卒業文集や通知表の怪談とも通じている。
学校の記録文化そのものへの、うっすらとした不信感なんだよな。部活動という制度が縮小・再編されていく今の学校事情を背景に、この手の話は新しい形を生みながら語り継がれていくと思う。
そしてここからが本題だ。この怪談、背景を調べていくと現実のほうがよほど不気味である。
部活は昔、学校の制度じゃなかった
この怪談を骨まで理解するには、部活動という制度そのものの妙な立ち位置を知っておくといい。ここがかなり歪んでいる。
戦後の学習指導要領を追うと、昭和二十六年の中学校学習指導要領に「クラブ活動」が特別教育活動として登場する。ただしこの時点で「部活動」という言葉の規定はない。授業の中に置かれたクラブ活動と、放課後に生徒が勝手にやっている部活動。名前の似た二つが、最初から別物として存在していた。
昭和四十四年改訂の中学校学習指導要領で、クラブ活動は必修になる。全生徒がどれかに所属する。昭和五十二年の改訂では、クラブ活動と関連の深い部活動を適切に実施できるよう配慮せよ、という文言が加わった。そして平成元年の改訂で、いちばん奇妙な条文が生まれる。部活動に参加した生徒については、クラブ活動を履修した場合と同じ成果があると認められるとき、部活動への参加をもってクラブ活動の履修に替えられる。
そういう条文だ。
制度上の授業を、制度外の活動で肩代わりできる。この代替の仕組みが、部活動を一気に肥大させた。そして必修クラブのほうが先に消える。中学校では平成十年十二月告示の学習指導要領で、高校では平成十一年三月告示の学習指導要領でクラブ活動が廃止された。廃止の理由として挙げられたのが「部活動が盛んになってきたこと」である。本体が影に食われて消えた形になる。
「教育課程外の学校教育活動」という、宙に浮いた肩書き
では今の部活動は何なのか。現行の学習指導要領の総則に置かれている項目名が、そのまま答えになっている。「教育課程外の学校教育活動と教育課程との関連」。教育課程の外にある、けれど学校教育の活動ではある。完全に宙ぶらりんだ。
条文はこう書く。生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動は、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養に資するものである。だから学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること。平成二十九年の改訂では、これに「持続可能な運営体制が整えられるようにするものとする」が付け足された。持続可能という言葉が入った時点で、国が何を心配していたかは透けて見える。
そして令和六年十月、文部科学省が学習指導要領解説の見直しについて新旧対照表の案を示した。ここに書き加えられた内容がなかなか強い。部活動は法令上の義務ではなく学校の判断で実施しないこともある、そして全ての生徒が一律に加入する必要はない。長年、事実上の全員加入が当たり前だった学校もある中で、国が明文で「やらなくていい」と言い出したわけだ。
つまりこの怪談が扱っている「制度として存在しているのに実体がない部活動」は、比喩でもなんでもない。部活動そのものが、法令の外側でずっと実体だけで走ってきた活動なのだ。実体が消えたら、あとには本当に何も残らない。名簿と鍵と部室だけが残る。
数字で見ると、部活はもう静かに消えている
体感ではなく統計で見たほうが、この怪談の背景はよくわかる。日本中学校体育連盟の加盟校調査をもとにした資料によると、運動部の参加者数は平成十九年度に約二百四十二万人だった。それが令和四年度には約百九十三万人まで落ちている。平成二十五年度と比べると四十八万人あまり、率にして二割の減少だ。
部の数も減ってはいるが、人ほどは減っていない。平成十九年度に十二万三千あまりだった運動部の数は、令和四年度で十一万四千台。結果、一つの部あたりの人数が十九・七人から十六・九人へ痩せていく。部屋も看板も鍵も残ったまま、中身だけが薄くなっていく。統計にそのまま出ている。
もっとわかりやすいのが合同チームの数だ。単独ではチームを組めない学校が、他校と組んで大会に出る仕組みである。これが平成二十五年に合計五百九十五だったのが、令和五年には二千八百七十まで増えた。四・八倍近い。サッカーに至っては五十五から六百六十六へ、十二倍を超える増え方をしている。
将来推計も出ている。スポーツ庁の広報が紹介した推計では、二〇〇九年度に約二百三十三万人だった中学の運動部員が、二〇四八年度には約百四十八万人まで減るとされる。三分の一以上が消える計算だ。特に野球やサッカーのような団体競技で減り方が大きい。誰も入部していないのに存在し続ける部室というのは、もはや怪談の設定というより、数十年後の学校の日常風景に近い。
部活を学校の外へ出す、という国の決断
この流れを受けて、国は部活動を学校の外に出す方向へ舵を切った。令和四年六月にスポーツ庁の検討会議が運動部について、同年八月に文化庁の検討会議が文化部について、それぞれ提言を出している。
そして令和四年十二月、スポーツ庁と文化庁が連名で「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を出した。平成三十年に別々に作られていた運動部と文化部のガイドラインを統合し、全面的に改定したものだ。本文には、令和五年度以降に休日の部活動の段階的な地域移行を図る、と書かれている。
さらに令和七年十二月には、部活動改革と地域クラブ活動の推進に関する新しいガイドラインが示された。
学校から部活動が出ていったあと、部室はどうなるのか。ここで面白いのが、学校施設の目的外使用をめぐる制度だ。行政財産は、その用途や目的を妨げない限度で使用許可ができると地方自治法が定めている。学校教育法にも、学校教育上支障のない限り学校施設を社会教育その他公共のために利用させることができる、という条文がある。
そして令和七年三月の文部科学省通知は、学校教育上支障がなければ営利目的の有無を問わず目的外使用が可能だと明確化した。
部活動が地域へ出ていっても、部室という箱は残る。使うのは学校の生徒ではない誰かになるかもしれない。灯りがついている、物音がする、備品が動いている。この怪談で語られてきた現象が、これから先は普通に起きる。しかも合法的に起きる。
「幽霊部員」は辞書に載っている。でも初出はわからない
言葉のほうも見ておきたい。「幽霊部員」は俗語ではなく、国語辞典に立項されている。デジタル大辞泉の語釈は、その部に所属してはいるが実際の活動に参加していない部員、というものだ。実用日本語表現辞典にも似た説明がある。
ただ、この言葉がいつ生まれたのかは追えなかった。新聞の縮刷版や国会図書館のデジタル資料まで当たれば古い用例が出てくるかもしれないが、今回の調査の範囲では初出年を特定できていない。語源として「姿の見えない存在だから幽霊に喩えた」という説明をよく見かけるが、これも辞書的な裏づけのない後づけの解説にとどまる。幽霊会員や幽霊党員といった親戚の言葉との前後関係もわからないままだ。
ついでに正直に書いておく。この怪談の骨格である「廃部になったのに予算や名簿に部活が残り続けていた」という事務ミスの実例も、報道としては見つけられなかった。廃部と予算計上、部費の徴収誤り、監査の指摘といった角度から探しても、該当する事案は出てこない。学校事務の現場で廃部処理が後回しになりやすい、という一般論には現実味がある。ただ、それを具体的な事件として裏づける記録はない。
ここは怪談の側が先回りして作り上げた設定と見るのが妥当だと思う。
部室に本当に危険があるとしたら、それは霊ではない
一方で、部活動という場に実際の死が伴っている事実は、統計で確認できる。日本スポーツ振興センターが出している学校の管理下の災害に関する資料によれば、令和二年度に災害共済給付の対象となった学校管理下の死亡は四十四件。そのうち体育的な部活動、つまり課外指導中の死亡が十一件を占める。中学校で五件、高校で六件だ。
この数字を前にすると、「大会直前に亡くなった生徒の未練が部室に残っている」という怪談の常套句が、急に手触りを変える。あの設定は完全な創作ではなく、現実に起きていることの薄い写しでもある。だからこそ、この手の話を語るときには、実在の学校や個人に結びつけない配慮がいる。話型として語るぶんには面白い。だが特定の誰かの死を怪談の背景に流用した瞬間に、それは別のものになる。
学術書と児童書、同じ題名の二冊が混同されてきた
最後に、学校怪談を調べるときに必ずぶつかる混同を整理しておきたい。常光徹の『学校の怪談』という本には、性格の違う複数の版がある。
学術書としての『学校の怪談』はミネルヴァ書房から一九九三年に出ている。同時代の書評でも版元と刊行年が確認できる。内容は、著者が勤務していた学校の生徒が語る「トイレの花子さん」や「口裂け女」などを分析し、学校という共同体における口承文芸として怪談の機能を論じたものだ。のちに文庫化され、さらに二〇一三年に副題を替えて復刊されている。
一方、講談社のKK文庫から出ていた同名の児童向けシリーズがある。こちらは研究書ではない。刊行時期は一九九〇年前後とされるが、正確な刊行年月までは確認できなかった。学校怪談を語る記事の多くが「常光徹『学校の怪談』一九九〇年」と書くとき、学術書の年と児童書の年が混ざっている可能性が高い。孫引きが積み重なった結果だろう。
ちなみに国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースには、三万五千件を超える事例が収録されている。ただし典拠は民俗学の雑誌や都道府県史、随筆の集成、柳田國男の妖怪名彙などだ。近世から現代の怪異伝承を対象としつつ、昔話は原則として省いている。この作りからすると、部室や部活を舞台にした現代の学校怪談が体系的に収録されている可能性は低い。
ただし今回、実際に部室を含む事例を検索して確認することはできなかったので、これはあくまで構成からの推測にとどまる。
こうして並べてみると、幽霊部活の怪談が語っているものの正体が見えてくる。制度は生きているのに実体がない、という不気味さは、部活動という制度自体がずっと抱えてきた性質そのものだった。教育課程の外にあり、法令上の義務でもなく、それでも学校に居座り続けてきた活動。その輪郭が少子化と地域移行でほどけていく今、部室の灯りの話は、消えるどころかむしろ現実に追いつかれつつある。
