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鬼門封じのやり方 家の鬼門の出し方、方除け札の受け方と貼り方、盛り塩と柊南天、札の返納まで

京都御所の築地塀は、北東の角だけが内側へ折れ込んでいる。角がない。軒下の金網の中には、烏帽子をかぶって御幣をかついだ木彫りの猿が座っていた。この欠けと猿の二つで、都の鬼門を封じていたわけだ。

猿が辻の欠けと、表と裏の両方を押さえる考え方

この角は猿が辻と呼ばれている。北東の丑寅が鬼門で、反対の南西の未申が裏鬼門になる。猿を置いたのは、鬼門と向き合う未申の申にちなむ、という説明が昔からあった。

平安京では、北東に比叡山延暦寺、南西に石清水八幡宮が控える形で語られてきた。表と裏の両方を押さえる型。家の鬼門除けで北東と南西をいつも一組で扱うのは、この見立てを小さく写したものだと思えばいい。

京都の町なかを調べた報告には、北東の隅を四角く囲って玉砂利を敷き、柊や南天を植えた家の例がいくつも載っていた。これから書く手順は、この形を今の家へ持ち込むやり方になる。

間取り図の上で家の中心を取る

用意するのは間取り図、定規、鉛筆、それに方位磁石かスマートフォンの方位アプリの二つだけ。図面が手元にない賃貸なら、入居時にもらった募集図面の間取りで足りる。紙は拡大コピーしておくと線が引きやすい。鉛筆は濃いめ。消しゴムで何度か引き直すことになるので、図面の原本には書き込まず、コピーのほうを一枚作業用にしておくと後で困らない。

家の中心は、建物の形の重心で取る。長方形や正方形に近い家なら、四隅を結ぶ対角線を二本引き、交わった点が中心になる。二階建てなら一階の外形で取るのが普通のやり方だ。

鉤の手や凸凹の多い家は、対角線では狂う。家相を扱う設計事務所の解説でも、複雑な形のときは重心の出し方を建築士に相談するよう勧めていた。自分で出すなら、図面を厚紙に貼って外形どおりに切り抜き、鉛筆の先に載せて釣り合う点を探すやり方もある。

ベランダやポーチ、張り出した濡れ縁は、外形に入れない流儀が多い。中心に印をつけたら、そこへ小さく十字を書いておく。図面の縮尺が分からなくても方角を見るだけなら困らないので、寸法は気にせず外形の線だけを正確になぞっておく。これが以降のすべての線の出発点になる。消えないよう濃く書く。

北を取って、鬼門と裏鬼門の線を引く

ここが肝心。中心の点に図面を置き、方位磁石で北を取る。磁石の針は真北を指さない。国土地理院の発表では、東京の磁北はこの五十年で西へ六度二十分から七度四十分までずれてきたそうだ。

家相の流派によって、北を磁北で取るか真北で取るかが割れている。磁北で見るとはっきり書いている家相設計事務所もあった。どちらに従うか決めたら、その北から時計回りに四十五度の線と、二百二十五度の線を引く。前者が表鬼門の中心線、後者が裏鬼門の中心線だ。二本で一直線。

磁石やスマートフォンは、冷蔵庫や電子レンジ、鉄筋の柱のそばで針が振れる。家の中で測るなら、家電から一メートルほど離れた床に置いて何度か測り直す。真北で取る流儀に従うなら、磁石よりも地図のほうが確かだ。住宅地図や地図アプリは上が真北なので、自分の家の外形を地図に重ねて、図面の傾きを写し取ればいい。

鬼門の幅にも差がある。八方位を均等に割って四十五度ずつとする流儀と、北東の六十度の範囲を鬼門とする流儀が並んでいた。二十四山で細かく見る家相家なら、艮の十五度をいちばん強い鬼門線として扱う。

分度器があると楽。迷ったら、中心線の両側に二十二度半ずつ、合わせて四十五度の扇を描いておくといい。その扇にかかる部屋と隅が、手当ての対象になる。玄関、トイレ、台所、浴室が扇に入っているかどうかも、ここで書き込んでおく。扇の境目に壁が来る家なら、両側の部屋をどちらも鬼門にかかる部屋として扱っておくと、手当ての漏れが出ない。

扇にかかった隅を空けて拭き上げる

線が引けたら、実際の部屋でその隅を探す。図面と部屋を見比べながら、北東と南西の壁に貼ってある物やコンセントの位置を目印にすると、どの角か取り違えずに済む。北東と南西、それぞれいちばん奥の角が目当てになる。そこに段ボールや使わない家電、古雑誌が積んであれば全部どける。

物がなくなると隅が広い。床を出したら掃き、固く絞った雑巾で拭き、乾いた雑巾で水気を取る。幅木の上、窓のサッシの溝、カーテンの裾も見ておきたい。サッシの溝は古い歯ブラシでかき出すと早い。北東の隅は日が入りにくい間取りが多いので、昼のうちに照明もつけて、埃やカビの跡を確かめながら拭いていく。

扇が水回りにかかっている家なら、排水口の髪の毛とぬめりを取り、換気扇のフィルターも替える。家相の解説では、鬼門には玄関や火の元、水回りを置かないのが理想とされていた。動かせない家がほとんどだから、そこは掃除の回数で補うしかない。

外に庭や通路があれば、北東と南西の角の落ち葉と雑草を片づける。雨どいの詰まりもこの機会に見る。日取りは節分の前の数日にすると、次に書く札の受け替えとちょうど重なって都合がいい。

方除けで知られる社寺を選ぶ

札を受けに行く先は、氏神の社でも構わない。自分の氏神が分からなければ、都道府県の神社庁に住所を伝えて尋ねると教えてもらえる。方角の障りに特化した社寺を選ぶなら、京都伏見の城南宮、相模の寒川神社、堺の方違神社が名の通った三社になる。京都御所の表鬼門に当たる赤山禅院でも、方除けと鬼門除けの札を授けていた。

城南宮は方除の大社と呼ばれ、方位の障りや家相の心配がないよう祈る社だと自らの案内に書いていた。寒川神社は八方除の社で、四方八方すべての方位の災いを除く。方違神社は方災除けの神として古くから知られた社だ。

一つ覚えておきたいのは、社は家相の診断をしてくれないことだ。城南宮の問い合わせ案内には、家相などの良し悪しは見ていないとはっきり書いてあった。どこが鬼門かは自分で出し、社には祓いと札を頼む。この分担。

寺で鬼門札を受ける手もある。高野山の宗泉寺のように、鬼門札そのものを授与品に並べている寺があった。その案内では、鬼門札のほかに、トイレ用の札もなるべく人より高い位置へ貼るよう添え書きがしてあった。神社の札と寺の札は、並べずに別々の場所へ祀るよう案内する社もあるので、どちらか一方に絞ると迷いが少ない。

祈祷を申し込み、初穂料を包んで当日に臨む

札だけなら授与所で受けられる。祈祷は任意。家の方位の障りそのものを祓ってほしいなら、方除けの祈祷を申し込む。城南宮と寒川神社は、どちらも予約なしで受け付けていた。城南宮は午前九時から午後四時、寒川神社は午前八時から午後五時まで。

初穂料は社ごとに違う。ここは確かめどころ。城南宮は祈る期間で分けていて、七日祈祷が六千円、一か月祈祷が一万二千円、一年祈祷が八万円と載っていた。寒川神社は式の格で分け、中式が三千円以上、大式が五千円以上、当座式が一万円以上。東京王子の七社神社は、方除祈願を七千円からとしていた。

お金は紅白の蝶結びののし袋に入れ、表の上に初穂料、下に祈祷を受ける人の名前を書く。七社神社の案内でも、のし袋に入れて用意するよう書いてあった。新札でなくても咎められはしないけど、折り目の少ないお札を選んでおくと気持ちがいい。

金額に以上と書かれていたら、その額を包めば足りる。服装は平服でいい。祈祷を受ける建物に上がるので、素足にサンダルは避けておく。靴下は白が無難。

当日は受付で申込用紙に名前、年齢、住所、願意を書く。願意の欄には方除、あるいは家屋方除と書けば通じる。この用紙の内容がそのまま祝詞に読み込まれる、と七社神社は説明していた。受付の締め切りは早めなので、午後の遅い時間に着くのは避け、午前のうちに社へ着くよう家を出ると落ち着いて受けられる。

呼ばれたら拝殿か本殿へ上がり、神職のお祓いを受けて頭を下げ、祝詞を聞く。城南宮では、巫女の祓神楽か神職の福鈴の儀がこのあとに入るそうだ。玉串を捧げる番が来たら、神職の指示に合わせて二拝二拍手一拝で拝む。

遠方で行けない人のために、寒川神社は郵送での祈祷も受けていた。電話やネットで申し込み、初穂料を納めると、札や授与品が後から届く仕組みだ。城南宮も電話とファクスでの申し込みを受け付けていた。

授かった物を確かめて持ち帰る

祈祷のあとに授かる物は社で違う。寒川神社の中式なら記名板剣神札、御守、御神土、御箸、御神供、御神酒。大式からは、八方札という九体一組の札が加わる。

方違神社の授与品には、御砂が五百円で並んでいた。城南宮にも清めの御砂があって、錦の袋に入った置くための御砂も別にある。城南宮には、方位盤をかたどった方除御守と、高さ七十五ミリ、幅二十九ミリほどの方災難除御守もあった。こちらは貼らずに鞄へ入れて身につける物。

持ち帰るときは紙袋のまま鞄の底に押し込まず、札が折れないよう平らに持つ。

家に着いたら、その日のうちに祀る場所へ落ち着かせたい。すぐ貼れないなら、神棚か、棚の上の目線より高い場所に白い紙を敷いて一旦置いておく。床や冷蔵庫の上に直に置くのは避ける。仮置きは一晩まで。

札を北東の柱や壁に貼る

どこに、どちら向きに貼るかは、受けた社寺の案内がいちばん優先になる。社によって言うことがはっきり違うので、ここは並べて書いておく。手元の札に紙の説明書きが添えてあったら、それを読んでから貼るのが早いし、書いてあることをいちばん信じていい。

神社本庁の一般的な説明では、神札は正面を南か東に向け、目線より高いところに祀るとしていた。七社神社の方除の札も、正面を東か南に向け、目線より高い位置に祀るよう書いてあった。札立ては五百円で頒布している。

方違神社はもう少し細かい。細部まで決まっていた。神棚に祀るか、部屋の柱や壁に表が北を向かないように貼り、薄紙の上からテープで留める。玄関と台所は避け、ほかの宗教の札とは分けて祀る、という案内だった。

城南宮の方除御札は、どの方角に向けて祀ってもよい特別な札だと書いてあった。向きに悩まなくていい札。転居の方除けでは、移ってきた方角へ札の表を向けて新居の柱や壁に貼るよう勧めている。

寺の鬼門札は考え方が逆になる。高野山宗泉寺の解説では、札は家の中心から見た北東と南西の、できれば外壁に表を外へ向けて貼るのがいいという。屋内に貼るときは裏面を手前にして、外から入るものを防ぐ向きにする。

貼る道具は、画鋲を札に刺さないのが共通の作法だ。宗泉寺は強力な両面テープを勧めていたし、方違神社は薄紙を当ててテープで留める形だった。札の裏に直接テープを貼りたくなければ、白い厚紙の台紙に札を載せ、台紙の四隅を壁に留めるといい。貼る前に壁の埃を乾いた布で払い、札の上端が水平になっているか目で確かめてから押さえる。傾きは意外と目立つ。

寒川神社の八方札は九体一組で、家の中央と八方に祀る。北東と南西だけでなく、中心にも一体。さっき図面に書いた十字の位置が、ここで役に立つ。

八方は、北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の八つ。それぞれの方位に当たる部屋の壁か柱に一体ずつ貼り、残る一体を家の中心に近い部屋に祀る。貼る順番の指定は、寒川神社の案内には見当たらなかった。

貼り終えたら札の前に立ち、二拝二拍手一拝で拝む。声に出すなら、あとで書く略拝詞を一度。

神棚のない家で札の置き場を整える

鬼門札は鬼門の柱や壁に貼るのが筋だけど、方除けの札を神棚に祀るよう勧める社もある。神棚がない家なら、神社本庁の説明がそのまま使える。神棚を設けられないときは、きれいに整えた場所に札を祀るだけでもいい、という書き方だった。

置き場は、目線より高い棚の上か、たんすの上がいい。板の上に白い紙か半紙を一枚敷き、札立てに札を差して正面を南か東へ向ける。方違神社の札なら、北向きだけは外す。

供え物は米、塩、水が基本になる。神社本庁は、真ん中を尊ぶので中央に米、次に酒、塩、水と並べるよう書いていた。毎日替えられないなら、月の一日と十五日に替える家もある。榊を供えるなら左右に一対で、水は毎日替える。

供えた米と塩は、下げたら家族で料理に使っていい。お下がりと呼ぶ。盛り塩の塩とはそこが違う。水は台所の流しに流せば済む。

寒川神社の当座式から上の祈祷には、八方除の門札がつく。門口に掲げるための札なので、どこへどう掲げるかは授かるときに社で確かめておく。雨の当たる場所なら、透明の札入れに入れて留める。

御砂を敷地の四隅と玄関に撒く

砂は少しずつ。御砂を授かったら、札を貼った日かその翌日の朝に撒く。寒川神社は御神土を敷地の四隅、入口、玄関に撒くよう案内していた。方違神社の御砂も、敷地の四隅や家の周り、気になるところに撒いて清めるものだった。

撒く順番まで決めた社の案内は見当たらない。四隅それぞれで指先にひとつまみ取り、地面へ落とすように撒いていく。玄関の前へ撒いて締める。雨の前日に撒くと流れてしまうので、晴れが二、三日続きそうな朝を選ぶと、砂が地面になじむまで残ってくれる。

マンションなら、方違神社の案内のとおり玄関やベランダに撒いて清め、そのあと片づける。共用廊下に砂を残すと管理規約に触れかねない。撒けない場所には、城南宮の錦袋入りの御砂のように、袋のまま置くための砂を使う手があった。

撒き残った御砂は、紙に包んで札の横に置いておき、次に撒く節目まで取っておく。城南宮は年の初めや節目ごと、工事にかかる前に撒くよう書いていた。

盛り塩を北東と南西に一皿ずつ置く

白い小皿を二枚と粗塩を用意する。皿は揃いで。塩は海水から作った天日塩のような、添加物の少ないものがいいと勧める歴史学者の解説があった。皿は直径十センチ前後の白い無地で十分。

塩を大さじに山盛り一杯ほど取り、霧吹きで軽く湿らせ、円錐形の型か手で山型に固める。宮崎の白鬚神社は円錐形か八角錐形を基本としていた。八は末広がりの数。形そのものにこだわる理由は薄く、白い皿に山型に盛れば足りるとする説明もある。

置き場所は、さっき出した扇の中の北東と南西の隅に一皿ずつ。両手で皿を持ち、床か低い台の上に静かに下ろして、小さく一礼する。玄関の扉の内側に左右一対で置く家もあるらしい。

交換は、白鬚神社が月に二、三回を目安にしていた。量で決める考え方もあった。ひとつまみを約一グラムと見て、七グラムなら一週間、十五グラムなら半月で替える目安だ。

固まった塩の角が崩れたり、湿って色がくすんだりしたら、日数に関係なく替えていい。下げた塩は白い紙に包んで可燃ごみに出す。生ごみと一緒に出せば焼却で祓われる、と説明する解説もあった。

下げた塩を料理に使い回したり、庭の植木の根元へ撒いたりはしない。塩で木が枯れてしまうからだ。柊や南天を植える場所とは、少し離して置く。湿気の多い隅では塩が溶けて皿の縁から垂れることもあるので、皿の下に白い紙を一枚敷いておくと床が傷まない。

柊を北東に、南天を南西に植える

鬼門除けの植木には柊、南天、万年青の記録が残る。京都の町なかの調査でも、北東の隅を四角く区切った中に柊や南天を植えた家が何軒も見つかっていて、この二つが定番だと分かる。組み合わせは表鬼門の北東に柊、裏鬼門の南西に南天がよく勧められるが、両方の隅に両方を植える家もある。決まりは一つにまとまっていない。

柊は葉のふちが鋭い棘になる常緑樹で、節分の柊鰯と同じく棘で鬼を追う見立てだ。南天は難を転ずるに通じる名で、冬に赤い実をつける。柊には雌雄があって実をつけるのは雌の木だけだが、鬼門除けでは棘の葉が目当てなので、どちらでも構わない。どちらも半日陰で育つので、日の当たりにくい北東の角と相性がいい。

柊と南天の苗は、たいていのホームセンターの園芸売り場に並んでいて、小さなポット苗なら気軽に買える値段で手に入る。苗は園芸店で背丈三十から五十センチくらいのものを選ぶ。植え付けは春の彼岸から梅雨入り前か、秋の彼岸のころがやりやすい。真夏と真冬は根が落ち着きにくい。

植え穴は根鉢の倍ほどの幅と深さに掘り、腐葉土を混ぜた土を半分戻して苗を据える。周りに土を入れて手で軽く押さえ、鉢底から流れるくらいたっぷり水をやる。そのあと苗の前で一礼しておく家もあった。

庭がなければ鉢で置く。北東の部屋の窓辺か、ベランダの北東の隅がいい。柊の棘は硬いので、小さな子のいる家では手の届かない台に載せる。剪定のときは厚手の手袋が要る。切った柊の小枝は、節分の柊鰯に回せる。

据えるときと見回りのときに唱える言葉

唱えるなら、神社で広く使われる略拝詞がいちばん素直だ。原文は、祓へ給へ清め給へ神ながら守り給へ幸へ給へ。読みは、はらえたまえ、きよめたまえ、かむながらまもりたまえ、さきわえたまえ。

ざっくりした意味は、祓い清めてください、神様のお力のままにお守りください、幸せをお授けください、となる。札の前に立って背筋を伸ばし、腰を深く折って二拝する。そのまま頭を少し下げてこの言葉を一度か三度唱え、胸の高さで二度手を打ち、最後にもう一度深く拝んで締める。声は小さくていい。早口は禁物。

隣の部屋に家族がいて声を出しにくい夜なら、口の中で唱えるだけにして、所作のほうを丁寧にしておけばいい。無理は要らない。

寺の鬼門札を祀るなら、札を受けた寺の宗派の作法に合わせる。真言や経文の指定があればそれに従い、分からなければ受けるときに寺で聞いておくのが早い。自分で文言をこしらえるのはやめておく。

月に一度の見回りで塩を替え、札を確かめる

据えたあとは、月の初めの朝に北東と南西を見て回る。朝のうち。十分もかからない作業だ。続けることのほうが効く。欠かさずに。

盛り塩が崩れていれば替え、札が傾いていないか、日に焼けて文字が薄くなっていないか確かめる。窓に近い札ほど早く焼ける。植木の根元の落ち葉を拾い、土が乾いていれば水をやる。鉢の受け皿にたまった水は捨てる。蚊よけの意味もある。

見回りの日を月の一日に決めておくと、神棚の供え物を替える日とも重なるので、一度に済ませられて忘れにくい。

見終えたら隅に向かって一礼し、略拝詞を一度唱えて終わる。鬼門が玄関やトイレに当たる家は、ほかの部屋より掃除を増やす。玄関のたたきを週に一度水拭きし、トイレは換気扇を回して湿気をこもらせないようにする。

節分に古い札を返し、立春から新しい札を迎える

札は一年で替えるのが習わしだ。期限は一年。城南宮は、御守や御札は一年たったら神社へ返し、新しく授かるよう案内していた。宗泉寺の鬼門札は、節分に古い札を返して立春から新しい札を祀る段取りになっている。

札をはがすときは、手を洗ってから一礼し、両手で台紙ごと外す。テープの跡が壁に残ったら、あとでぬるま湯で拭き取る。外した札は白い紙か半紙で包み、折らずに持っていく。

返す先は受けた社寺の古札納所がいちばんいい。城南宮は、ほかの神社でも返納を受けてもらえることがあると書いていた。寺の札は寺へ、神社の札は神社へ返すのが筋になる。宗泉寺は、返納された鬼門札のお焚き上げに供養料を取らないそうだ。

城南宮の転居の方除御札のように、工事や引越しのあいだだけ祀る札もある。そういう札は、工事が済んだら受けた社へ戻す。鎮め物や上棟の御札は建物がある限り祀り続けるものなので、年ごとの返納には入れない。

新しい札は、返納と同じ日に受けて持ち帰り、前の札と同じ位置へ貼る。貼り替えたら盛り塩も新しくし、略拝詞を唱えて一巡が終わる。

手当てが追いつかないときと、やめておくこと

扇の中に玄関や水回りが入っていて、盛り塩も植木も置けない家はある。そういうときは札だけ祀り、あとは掃除の回数で補う。守りの品を置く場所がないことより、汚れがたまるほうが障りになると考えておきたい。

札が落ちたり破れたりしたら、拾って白い紙に包み、受けた社寺へ返して新しいものを受ける。慌てて自分で燃やさない。庭で紙を燃やすのは廃棄物処理法で野焼きとして原則禁じられているので、札に限らず焚き火で始末するのはやめておく。正直、テープが弱かっただけのことが多い。

避けることもいくつかある。一つめは、鬼門の隅にゴミ箱や汚れ物のかごを置くこと。いちばん清くしておきたい場所に、いちばん汚れた物を集める形になる。札の上にカレンダーや掲示物を重ねて貼るのもやめる。札の周りは手のひら一枚ぶん空けておく。

二つめは、据えた守りを放っておくこと。溶けた塩、埃をかぶった札、枯れかけた南天は、守りというより放置の印に見えてしまう。三つめは、札や置物を増やしすぎること。まあ、札は受けた社寺の数だけ貼れば足り、盛り塩も北東と南西に一皿ずつで十分だ。

四つめは、マンションの共用部に砂や塩を置きっぱなしにすること。鬼門の手当ては、自分の家の扉の内側で完結させる。北東の隅を空け、白い皿と一枚の札を置いておく。それで猿が辻の小さな写しが一つできあがった。

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