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聖ブリギッドの十字とケルト圏の家の守り:インボルクの護符を日本の暮らしで編む

アイルランドの家々では、二月一日の朝に、イグサや藁で編んだ小さな十字が戸口の上へ掛けられてきた。

聖ブリギッドの十字と呼ばれるこの護符は、火事と病と災いから家を守るものとされる。一年たつと新しいものに掛け替えられる。

この記事は、その十字を中心に、ケルト圏と呼ばれる地域で受け継がれてきた家の守りの技法を、歴史の背景から実際の手順まで通して書いたものだ。日本に住む読者が、手に入る材料で、無理のない形で試せるところまで落とし込むことを目的にしている。

扱う範囲は、自分と自分の家を守るための作法に限る。誰かに害を及ぼすための術や、攻撃を目的とした呪符の作り方は一切扱わない。これは記事の方針で、民俗の記録そのものには別種の内容も含まれるが、ここでは守りの作法だけを取り上げる。

  1. この記事の見取り図
  2. 「ケルト圏」という言い方について
  3. 女神ブリギッドの輪郭
  4. キルデアの聖ブリギッタという人
  5. 女神と聖人はどう重なったのか
  6. インボルクという暦の節目
  7. 二月一日が国民の祝日になるまで
  8. 十字を編む起源伝承
  9. 十字の形は一種類ではない
  10. 民俗採集の蓄積
  11. 二十世紀の国家シンボル化
  12. ディアスポラと現代の再流行
  13. 二つの受け手、二つの緊張
  14. 材料を選ぶ
  15. 採集と下ごしらえ
  16. 四腕型の編み方
  17. 菱形型の別法
  18. 三腕型の編み方
  19. 図の見方と、構造の要点
  20. 作る日時と、材料を家に入れるまで
  21. 戸口の呼びかけ
  22. 家の祝福の言葉
  23. 聖ブリギッドへの祈り
  24. マントの祈り
  25. かまどの火を灰で覆うとき
  26. 掛ける場所と向き
  27. 古い十字をどうするか
  28. ブリギッドのマント
  29. ブリギッドの帯
  30. ブリージョーグとビディ・ボーイズ
  31. マン島とスコットランドの二月一日
  32. ウェールズのフライドという名
  33. 馬蹄をどう掛けるか
  34. ナナカマドと赤糸の十字
  35. ウィッチボトルという罠
  36. シャムロックと四つ葉のクローバー
  37. ケルティック・ノットとトリケトラ
  38. クラダ・リング
  39. 聖井戸の巡り方
  40. クルーティー・ツリーと布の奉納
  41. 聖水と聖なる土
  42. 家畜と家を守る作法
  43. 紙ストローから始めた家
  44. 布だけを続けている人
  45. 何も起きなかったという記録
  46. 家畜小屋の代わりに仕事机へ
  47. 途中でやめた記録
  48. プラセボと確証バイアス
  49. 民俗の商業化と観光化
  50. 「ケルト」というカテゴリ
  51. 文化盗用と言われうる点
  52. 火と乾燥と虫
  53. 住まいと植物をめぐる注意
  54. お金と勧誘への注意
  55. 代替してはならない判断
  56. 子どもと家族と行う場合
  57. よくある問い
  58. 一年のなかでの位置づけ
  59. 用意するもの、一覧
  60. 日時、方角、回数
  61. 支度から編むまで
  62. 掛けて、巡って、締める
  63. 後始末と、やめるときの手順
  64. 中止すべき場合
  65. 材料と代用の早見
  66. 手を動かす時間について

この記事の見取り図

前半は歴史である。

女神としてのブリギッドと、キルデアの修道院長として伝えられる聖ブリギッタ。この二つがどう重なり、どこで切り離して考えるべきかを整理する。

次に、インボルクと呼ばれる二月一日の暦の節目、十字を編む起源伝承、地域ごとの形の違い、そして十九世紀から二十世紀にかけての民俗採集の蓄積を追う。

二十世紀後半には、この十字が放送局や保健行政の紋章として国家的な記号にもなった。二〇二三年には聖ブリギッドの日が国民の祝日になり、状況はまた変わっている。

中盤は実践だ。

材料の選び方、下ごしらえ、四腕型の編み方を文章だけで再現できるところまで手順化し、菱形型と三腕型の別法も添える。作る日時、家に入れる前の作法、掛ける場所と向き、古いものの扱い、そして唱える言葉を原綴とカタカナ読みと訳の三点セットで収める。

あわせて周辺の習俗も、それぞれ独立した節で扱う。ブリギッドのマント、ブリギッドの帯、ブリージョーグの行列、そして馬蹄がある。

ローワンと赤糸、ウィッチボトル、シャムロック、ケルティック・ノットも扱う。

クラダ・リング、聖井戸とクルーティー・ツリー、聖水と聖なる土まで並べていく。

後半は検証と注意である。

匿名化した実践記を五件置き、そのうち二件は「効かなかった」「合わなかった」という記録にした。続いて、プラセボと確証バイアス、民俗の商業化と観光化、「ケルト」というカテゴリ自体をめぐる学説、文化盗用と受け取られうる点への配慮を書く。

最後に火気と衛生と住まいをめぐる禁忌、金銭にまつわる注意、そして実践の手引きを置く。

「ケルト圏」という言い方について

本文で「ケルト圏」と呼ぶのは、アイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズの四つを主とする範囲だ。コーンウォールとブルターニュを加えて六地域とする数え方も広く使われている。

ただしこの括り方には注意が要る。それぞれの土地の人々が古代から自分たちを一つの民族と考えてきたという意味ではない。

近代以降の言語学的な分類と、十八世紀以降の文化運動によって形づくられた枠組みだ。この指摘は、考古学と歴史学の側から繰り返しなされてきた。この論点は記事の後半に独立した節を設けて扱う。

さしあたり実務的な整理として、次の点は押さえておきたい。

聖ブリギッドの十字を編む習俗が濃密に記録されているのはアイルランド島である。マン島とスコットランドのヘブリディーズ諸島には、二月一日をめぐる別系統の作法が並行して伝わっている。

ウェールズには聖ブリギッドに対応する聖女フライドへの信仰がある。ただ、十字を編む習俗が同じ形で広く分布していたとは言いにくい。

したがってこの記事は、アイルランドを軸にしつつ、他地域は比較として置く構成をとる。

言葉についても断っておく。

アイルランド語とスコットランド・ゲール語とマン島語は近縁だが別の言語であり、綴りも発音も異なる。本文では原綴を示すときに、どの言語のものかを明記する。

カタカナ読みはあくまで日本語話者が声に出すための便宜で、正確な発音記号ではない。実際に唱えるときは、音源にあたって耳で確かめるのが望ましい。

女神ブリギッドの輪郭

中世アイルランドの語彙集である『サナス・コルマク』、いわゆるコルマクの語彙集がある。ここにブリギッドを「詩人たちが崇めた女神」「ダグダの娘」と説明する項目がある。

この語彙集は九世紀から十世紀にかけて成立したとされる。編纂を九〇八年に没したとされるコルマク・マク・クレナーンに帰する伝承がある。

同じ項目では、詩と学芸のブリギッド、医術のブリギッド、鍛冶のブリギッドという三姉妹が語られている。ここから三重の女神として理解する読み方が生まれた。

注意しておきたいのは、この記述そのものがすでにキリスト教化した後の書物によるものだという点だ。

つまり我々は、異教の女神を異教徒の言葉で直接読んでいるのではない。修道院の学僧が過去について書き残した整理を読んでいる。

ブリギッドという名は「高きもの」「輝けるもの」といった意味の語幹に遡ると説明されることが多い。固有名というより称号に近かった可能性も指摘される。

もしそうなら、地域ごとに別々の女神が同じ称号で呼ばれていたという情況も想定できるわけだ。

ブリテン島やガリアの碑文に見えるブリガンティアという女神名との関係も、しばしば話題になる。名の語幹が共通していることは確かだ。

ただ、それが同一の神格の広域的な信仰を意味するのか、称号の一致にすぎないのか。資料の性質上、決着がつきにくい。

この記事では、女神ブリギッドについて確実に言えることを一つだけ押さえて先に進む。中世アイルランドの学問的伝統のなかで、詩と医術と鍛冶に結びつけて語られた存在だった、という程度である。

キルデアの聖ブリギッタという人

聖人としてのブリギッドは、四五一年ごろに現在のラウス県ファウガートで生まれたと伝えられる。そして五二五年ごろに没した。

この年代をそのまま採れば、およそ七十四年の生涯ということになる。ただし初期アイルランドの聖人伝の年代は後代の推定を含んでおり、そのまま史実として扱えるものではない。生年を四五二年とする記述もあり、数年の幅は文献によって揺れる。

伝記としてもっとも古い層に属するのは、キルデアの修道士コギトススが六七〇年代の終わりごろに書いたとされるラテン語の伝記だ。

この書は、彼女がキルデアに修道共同体を築き、コンレスという司教を招いたことを記す。数々の奇跡を行ったこと、死後に墓所が巡礼地となったことも記される。

生没から見て、この伝記が書かれたのは彼女の死のおよそ百五十年後にあたる計算になる。個人的な回想が伝わるには遠すぎる隔たりで、内容の大半は奇跡譚の集成である。

キルデアという地名は、アイルランド語で「樫の教会」を意味する語に由来すると説明される。大きな樫の下に祈祷所を建てたという伝承がこの地名に結びついている。

彼女の遺骨は、九世紀の海からの襲撃を避けるためにダウンパトリックへ移されたと伝えられる。十二世紀の終わりに聖パトリック、聖コルンバとともに改めて葬られた。

祝日は二月一日であり、五二五年没とすれば、二〇二五年が没後千五百年にあたる計算になる。その前後にアイルランド各地で記念の催しが行われた。

女神と聖人はどう重なったのか

女神と聖人の関係については、大きく三つの立場がある。

第一は、実在の女性がいたが、その伝記が女神の物語から素材を借りて肥大したという見方だ。

第二は、異教の聖域を管理していた女性祭司の職名が、キリスト教化の過程で聖人名に転化したという見方。

第三は、聖人そのものが女神をもとに造形された文学的存在だという見方である。

どの立場をとるかで、二月一日の習俗の読み方も変わってくる。

民俗学の側からは、聖人伝の性格についての指摘がある。天候と家畜と火をめぐる力の記述が、キリスト教の聖人像としてはあまりに異教的だ、というものだ。

キルデアで乙女たちが絶やさず守ったとされる火の伝承も、この文脈でよく引かれる。

一方、初期アイルランド教会史の研究者のなかには慎重に構える人もいる。そうした要素は当時の農村社会の関心を反映しただけで、女神からの直接の継承を証明するものではない、と。

二〇二三年にはダブリンの大学で「今日にとってのブリギッド」を主題とする研究集会が開かれた。異教と聖人、女神と修道院長という二分法を越えて考えようとする議論が交わされたと伝えられる。

実践者にとって肝心なのは、別のことだと思う。どちらか一方を選ばなければ何もできない、ということはない。

戸口に十字を掛ける人が、女神を思い浮かべているか聖人を思い浮かべているか。記録された民俗のなかでも、それはしばしば混ざっていた。

インボルクという暦の節目

二月一日は、アイルランド語でインボルグと呼ばれる季節の節目にあたる。

語源については、古アイルランド語で「腹のなかに」を意味する句に遡るという説明がよく引かれる。羊が仔をはらみ乳が張る時期を指した、というわけだ。

別に「乳搾り」を意味する語に結びつける説もあり、確定していない。いずれにせよ牧畜の周期と結びついた命名だという点では大方の説明が一致している。

この日は、冬至と春分のちょうど中間に位置する四つの節目のひとつとして数えられる。

天文学的に厳密な中間点は二月三日から六日ごろに来る。だから暦の上の二月一日とは数日ずれるわけだ。

タラの丘にある新石器時代の墳墓の一つは、この時期と晩秋の対応する時期に、朝日が内部を照らす向きに造られていると説明されている。節目の意識が古い時代まで遡る可能性を示すものとして引かれることがある。

ただし単一の遺構の向きから暦体系全体を復元することには慎重であるべきだろう。

実際の暮らしの感覚としては、この日はまだ寒い。

アイルランドの二月一日は、日本でいえば立春の少し前に相当する。春の到来を祝うというより、春が来ることを先取りして宣言する日だ。

前夜の風向きでその年の風向きを占う。当日の天気が良すぎるとその後が悪い。こうした逆説的な天候占いが各地に記録されているのも、この「まだ来ていないものを迎える」という性格をよく表している。

二月一日が国民の祝日になるまで

二〇二三年から、アイルランド共和国では二月に新しい国民の祝日が設けられた。

制度としては、二月一日が金曜日にあたる年はその日を、それ以外の年は二月の第一月曜日を祝日とする。

最初の適用となった二〇二三年は二月一日が水曜日だった。だから祝日は二月六日の月曜日となった。二〇二四年は二月五日、二〇二五年は二月三日、二〇二六年は二月二日が該当する。

女性の名を冠した国民の祝日はこれが初めてだと説明されている。

背景には二つの流れがある。

一つは感染症の流行期に医療従事者らへの感謝を示す休日を設けるという政策的な議論だ。

もう一つは、聖ブリギッドの日を国の祝日にすべきだという市民運動の長い蓄積である。後者はキルデアを中心に十数年にわたって続けられてきたもので、聖人と女神の両面を包み込む形で「女性の力の象徴」としてブリギッドを掲げてきた。

祝日化は当然ながら賛否を呼んだ。

カトリック教会の側からは、聖人の祝日が世俗的な休暇として消費されることへの懸念が示された。逆に、宗教色を強めることへの批判もあった。

観光振興の文脈では、この時期に合わせた国際的な広報キャンペーンが展開され、各地で祭典が組まれるようになったのだ。

民俗の側から見ると、祝日化は復興の追い風であると同時に、商業化の圧力を強める出来事でもあった。この両義性については、後段の商業化を扱う節で改めて考える。

十字を編む起源伝承

もっとも広く知られている由来譚がある。

臨終の床にある異教の族長のもとへ聖ブリギッドが呼ばれた。彼女は床に散らばっていたイグサを拾い上げ、十字を編みながら救いについて説いた。族長はその話に心を動かされ、息を引き取る前に洗礼を受けたのだ。

この筋書きは、放送や教区の説明でも、学校の教材でも繰り返し語られてきた。

ただし細部は資料によってかなり揺れる。

族長が彼女の父であるとする版があり、名も知らぬ土地の首長であるとする版がある。ブリギッドが呼ばれた理由を、看護のためとする版と、彼が譫言のなかで彼女の名を呼んだからとする版がある。

編んだ材料をイグサとする版が多い一方、床に敷いた藁だったとする版もある。編んだ十字をその場に残したとする版と、族長の死後に家の梁へ掛けたとする版がある。

学校収集事業に集まった子どもたちの作文には、これらが土地ごとに少しずつ違う形で並んでいる。

見落とせないのは、この伝承がいつから語られていたかがはっきりしないことだ。

中世の伝記には、イグサで十字を編んだという場面は見当たらない。十字づくりの習俗そのものは近世以降の記録に濃く現れる。

由来譚のほうは、すでに存在していた習俗にキリスト教的な説明を与えるかたちで後から結びついた可能性が高い。民俗学ではこうした後付けの説明を由来譚として類型化して扱う。

実践する側にとっては、由来譚が後付けであることは価値を減じない。むしろ、手を動かしながら物語を語り継ぐという行為そのものが習俗の中身だったと考えるほうが、実態に近いだろう。

もう一つ触れておきたい。この伝承が「異教から改宗させる話」であるという点だ。

現代の実践者のなかには、女神としてのブリギッドを敬う立場からこの筋書きに違和感を表明する人がいる。逆に、教区の側からは、十字は洗礼と救いのしるしであって季節の呪物ではない、という説明がなされることがある。

同じ一本の十字が、作る人によってまったく違う意味を担う。この記事では、どちらの読みも記述するが、どちらかを正しいものとして推奨することはしない。

十字の形は一種類ではない

日本で写真として流通しているのは、四本の腕が九十度ずつずれて重なる形だ。中心に小さな正方形ができ、腕が風車のように少しずつ回転して見える。

これは確かにもっとも有名な形だろう。ただ、アイルランド島全体で見ればこの形が唯一の正解だったわけではない。国立博物館の整理では、大きく七つほどの類型が示されている。

四腕型は、中心の正方形と、そこから直角に伸びる四本の腕からなる。

三腕型は、腕が三本で、中心に三角形ができる。

菱形型は、二本の棒を交差させ、そこへイグサや藁を巻きつけて菱形の面を作るものだ。目の形に見えることから「神の目」型と呼ばれることもある。この型は菱形を一つだけ作る簡素なものから、三十個近い菱形を連ねる大作まで幅がある。

ほかにも型があり、十字を円のなかに収めた車輪型。中心の形をもたずに編み目だけが交差する組紐型。木や藁で単純な縦横の十字を作ったもの。そして脱穀していない麦の束を二つ組み合わせた束型。

分布には傾向がある。

菱形型は南部と西部で好まれ、四腕型は全島に広く分布しつつ北部で濃い。三腕型は限られた地域に集中し、こうした整理がしばしば示される。

ただし同じ家のなかで何種類も作られたという証言も多く、県境で切れるような整然とした分布ではない。

学校収集事業のある記録が印象的だ。教師が自分の出身地の型を持ち込んで教えたところ、その村では十字づくりが忘れられており、親の世代は別の名前で呼んでいた、と記されている。空き家から出てきた古い一本は九インチほどだったという。

習俗の伝わり方は、思っているより脆く、思っているより人の移動に左右されるらしい。

民俗採集の蓄積

アイルランドの民俗記録には、他国の研究者からうらやましがられるほどの厚みがある。

一九三五年に設立された民俗委員会は、専任の採集者を各地へ送り、口承をノートと録音で集めた。

一九三七年から一九三八年にかけては、全国の小学校を通じて子どもたちに祖父母世代の話を聞き書きさせる大規模な事業が行われた。これが学校収集事業で、集まった原稿は膨大な量にのぼる。現在はその大部分が電子化され、原稿の画像と翻刻が公開されている。

聖ブリギッドの日については、一九四二年に専用の質問紙調査が実施された。

十字の形、材料、作る時刻、掛ける場所、古い十字の処分、前夜の作法。これらを細かく問うもので、回答から型の分布図が作られた。

二〇二六年から数えると八十四年前の調査だ。当時七十代の回答者が語った少年時代の記憶は十九世紀の後半に届く。

近年の研究では、この収集群のうち食にかかわる記述だけを抽出して統計的に整理する試みもなされている。この日の食卓に何が並んだか、地域差はどこにあったかが検討されている。

こうした資料を読むときの注意も述べておきたい。

学校収集事業の原稿は子どもが書いたものである。教師の指導や、当時の学校教育のキリスト教的な枠組みが反映されている。「昔はこうだった」という書き方の多くは、書き手自身の体験ではなく伝聞だ。

また、採集者は語りやすい話を集める傾向があり、語りにくい話は残りにくい。厚い資料であっても、そのまま過去の実態の写しではない。

二十世紀の国家シンボル化

十字が家の外へ出て、国の記号になったのは二十世紀のことだ。

アイルランドの公共放送は、一九六一年から翌年にかけて開局する際、この十字を局のシンボルに採用した。

当時の放送誌の記事は、二十年ほど前に行われた民俗委員会の調査を引きながら、四腕の風車型がもっとも一般的だと述べていた。そしてこの意匠を選んだ理由を「異教がキリスト教のなかに幸福に吸収された歴史を示すものだから」と説明していたと伝えられる。

以後、ロゴは何度も描き直された。

風車のような形から、文字と一体化した形へ、抽象化された形へ。一九八七年の改訂では視聴者からの反響が番組で取り上げられた。そして一九九五年に、局名の頭文字だけのロゴへ置き換えられ、十字は姿を消した。

採用から退場まで、およそ三十三年である。

保健行政の紋章としても用いられた時期があった。病と癒しの守りという民間の連想が、そのまま公的機関の記号に転用された例として言及されることが多い。

独立後のアイルランドで、シャムロック、ハープと並ぶ国民的な記号の一つに数えられるようになったのはこの時期だ。

記号化には副作用もあった。

全国放送が四腕型を毎日画面に映し続けたことで、多様だった型のうち一つが「正しい形」として固定されていった、という指摘がある。地域ごとの菱形型や三腕型を作っていた家でも、子どもが学校やテレビで見た形を作るようになる。

伝統の可視化が、伝統の均質化を招く。民俗学ではよく知られた現象が、ここでも起きたわけだ。

ディアスポラと現代の再流行

十九世紀の飢饉以降、大量の人が島を離れた。

移民の家では、十字は故郷を思い出させるものとして掛けられた。材料が手に入らない土地ではリボンや紙、針金で代用されたのだ。

北米やオーストラリアで売られる土産物の十字は、二十世紀の後半にかなりの量が流通している。ここには二つの動きが混ざっている。故郷の記憶を形にしたいという素朴な願いと、民族性を商品として消費する動きだ。

二十一世紀に入ってからの再流行には、いくつかの別の力が働いている。

祝日化がその一つ。

もう一つは、季節の節目を暮らしに取り戻したいという広い関心だ。これは日本で二十四節気や旧暦への関心が高まっているのと似た現象だろう。

さらに、手仕事そのものへの関心がある。編むという行為は、材料さえあれば誰でも三十分ほどで完成にたどりつける。作り方の短い動画が大量に共有されるようになったことも、再流行を後押しした。

日本語圏でも記録はすでにいくつも存在する。アイルランド在住者や現地案内人の記録、季節の行事を紹介する個人の投稿、手芸として紹介する記事。

日本の正月飾りや節分の柊鰯と重ねて説明されることが多い。この対比は理解の助けになる一方で、細部の違いを見えなくもする。

掛ける期間の考え方、古いものの処分の仕方、誰が作るか。こうした点には、それぞれの土地の事情が反映されている。

二つの受け手、二つの緊張

現在、この習俗をめぐっては二つの受け手がいる。

一つは教区や信徒の側で、聖人への信心として十字を祝別し、祈りとともに掛ける。二月一日前後の典礼のなかで十字を祝福する式文が用意されており、創造主への感謝と、家と家畜と土地への守りを願う内容になっている。

もう一つは現代の異教復興の側である。季節の輪のなかの祭としてこの日を祝い、女神への呼びかけとして十字を編む。

両者の関係は、地域や個人によって驚くほど幅がある。同じ工房で並んで作っていることもあれば、互いの説明を否定し合うこともある。

緊張が表面化しやすいのは、場所を共有せざるをえない場面で、聖なる井戸や記念行事のような場面である。祝日化のあと、行事の性格をどちらに寄せるかをめぐって議論が起きた、という報道もあった。

外から関わる者としては、どちらか一方の言い分だけを聞いて全体を理解したと思わないほうがいい。

実際にこの島で暮らす人のなかには、どちらでもない人が最も多い。単に祖母がそうしていたから毎年作る、という人だ。習俗の主たる担い手は、たいていの場合、思想を明確に持たない人々である。

材料を選ぶ

本来の材料はイグサだ。

アイルランド語では luachair(ルーアヒル)といい、湿地や溝のふちに群生する。植物としてはイグサ属で、日本の畳表に使うイグサと同じ仲間にあたる。

断面が丸く、芯に白い髄が詰まっていて、折り曲げても割れにくい。この「折っても割れない」という性質が、この編み方にとって決定的に効いてくる。

イグサが手に入らない土地では、藁や麦わらが使われた。

学校収集事業の記録には、実に多様な材料が登場する。葦、干し草、木の細枝、鵞鳥の羽軸、針金、布、そして麦の穂束や、切ったジャガイモまで。

要するに「まっすぐで、折り曲げられて、ある程度の腰がある細長いもの」であれば何でもよかったわけだ。この寛容さは、日本で作る際にも受け継いでよい。

日本で手に入りやすい代用を挙げていこう。

第一に、園芸用や手芸用のイグサひも。ホームセンターや手芸店で扱われており、太さも扱いやすく、色も本来の材料に近い。

第二に、水引。腰が強く、折り目がきれいに立つ。ただし紙巻きの芯なので、きつく折ると表面の紙が裂けることがある。

第三に、クラフト用の紙紐や紙バンド。裂いて幅を調整できるので、菱形型の巻きつけに向く。

第四に、園芸用の麻ひも。柔らかいため四腕型の角が丸くなりやすい。

第五に、ススキやアシの茎。秋に採ったものを乾かして使うが、乾きすぎると割れるので水に浸してから使う。

第六に、紙製のストロー。子どもと作るときにはこれがもっとも失敗が少ない。飲み物用の紙ストローは長さがそろっており、折り目もつきやすい。

避けたほうがよいものもある。

竹ひごは折り曲げるところで折れる。プラスチックのストローは折り目が白化して割れやすく、燃やして処分することもできない。金属のワイヤーは形は作れるが、手を切るおそれがあり、掛けたときに壁を傷つける。

採集と下ごしらえ

野で採る場合の作法から述べよう。

地域の記録には、この日のイグサは鎌で切るのではなく手で引き抜くものだ、という言い伝えがある土地が複数ある。

理由の説明はまちまちだ。刃物を使わないことに意味があるとする説明もあれば、根元から抜くと長さが取れるという実用的な説明もある。

日本で野草を採る場合には、まったく別の注意が要る。

他人の土地や、管理者のいる公園、河川敷の一部では、植物の採取が禁じられていることがある。国有林や自然公園の特別地域では法令上の制限がかかる。

採る前に、その土地の所有者と管理者を確かめてほしい。分からない場合は採らず、園芸店や手芸店で買うほうが、はるかに安全で、結果としてきれいな十字ができる。

下ごしらえは単純だ。

乾いた材料は、ぬるま湯に十五分から三十分ほど浸す。指で軽く折り曲げてみて、パキッという音がせず、しなやかに曲がるようになれば頃合いである。

長く浸しすぎると腰が抜けてしまい、編んでも形が保てなく、浸したあとは、タオルで表面の水気を拭き取る。濡れたまま編むと手が滑る。

長さと本数の目安を示しておく。

手のひらに収まる小ぶりなものを作るなら、長さ三十センチメートル前後の材料を十六本から二十本。

玄関上に掛ける中ぐらいのものなら、四十センチメートル前後を二十四本から三十二本。

本数は必ず四の倍数にしておくと、四本の腕の厚みがそろう。作業中に一、二本折ってしまうことを見込んで、必要数より四本ほど多く用意しておくとよい。

はさみ、たこ糸か細い麻ひも、輪ゴム、新聞紙かレジャーシートを手元に置く。作業中に短い切れ端がたくさん出るので、床に何か敷いておくと片づけが楽になる。

四腕型の編み方

以下は、文章だけで再現できるように書いた。手順を声に出して読みながら進めるとよい。

第一段。材料を一本取り、まっすぐ立てて左手で持つ。これが中心の芯になり、以後、この一本を「軸」と呼ぶ。軸の中央あたりを親指と人差し指でつまむ。

第二段。二本目を取り、ちょうど真ん中で二つに折る。折り目が軸をくわえるように、軸の上からかぶせる。

二本目の折り目が軸に密着し、二本目の二つの端は同じ方向へ揃って伸びる。左手の親指で、軸と二本目が重なっている一点をしっかり押さえる。ここが中心の正方形になる場所なので、以後、この一点から指を離さない。

第三段。組んだもの全体を、手のなかで九十度回す。

回す向きは反時計回りでも時計回りでもよい。ただし最後まで同じ向きで回し続けること。途中で向きを変えると編み目が崩れ、回した結果、直前に足した二本目の二つの端が、上を向いた状態になる。

第四段。三本目を取り、真ん中で二つに折る。上を向いている二本目の二つの端をまとめてくわえるように、折り目をかぶせる。

三本目の二つの端は、また同じ方向へ揃って伸びる。左手の親指は中心を押さえたまま、右手で三本目を折り、かぶせ、位置を整える。

第五段。ふたたび九十度回す。回す向きは第三段と同じ。直前に足した三本目の端が上を向く。

第六段。四本目を折ってかぶせる。ここまでで、中心に小さな正方形ができ、四方向に材料が伸びている状態になる。

この時点で形が緩んでいると感じたら、中心を押さえ直し、四本の腕を軽く引いて締める。

第七段。以後は第四段と第五段の繰り返しだ。

折ってかぶせる、九十度回す、折ってかぶせる、九十度回す。用意した材料がなくなるまで、あるいは腕の厚みが好みになるまで続ける。回すたびに中心の正方形が少しずつ厚くなり、四本の腕が太くなっていく。

第八段。最後の一本をかぶせ終えたら、四本の腕の端をそれぞれ縛る。

縛る順序は、最後に足したものから遡るようにすると緩みにくい。腕の付け根から先端までの三分の二あたりの位置に、たこ糸を二重に巻いて固く結ぶ。

輪ゴムでもよいが、輪ゴムは一年ほどで劣化して切れ、長く掛けるつもりなら糸のほうがいい。

第九段。四本の腕の先を、はさみで切りそろえる。縛った位置より先を、同じ長さに切る。

四本の腕の長さを均等にすると、中心の正方形が正面から見て正方形に見える。切りそろえたあと、平らな場所に置いて、上から本を載せるなどして半日から一日ほど置くと、形が落ち着く。

うまくいかないときの手当ても挙げておこう。

中心が緩んでばらける場合は、左手の親指の押さえが弱い。押さえる位置が中心からずれると、回すたびに少しずつずれが蓄積して、最後には形にならない。

材料が折るところで割れる場合は、水への浸けが足りない。

腕の太さが不ぞろいになる場合は、材料の太さがそろっていない。編み始める前に、太いものと細いものを分けて、太いものだけ、細いものだけで一本の十字を作るとよい。

中心の正方形が正方形にならず菱形になる場合は、回す向きが途中で変わっている可能性がある。

菱形型の別法

こちらは編むというより巻きつける作りで、まったく手順が違う。小さな子どもと作るならこちらのほうが早い。

まず、まっすぐな二本の棒を用意し、太めの藁の茎、細い木の枝、割り箸、紙ストローなどでよい。

二本を直角に交差させ、交点をたこ糸で十文字に縛って固定し、これが骨組みになる。

次に、長い材料を一本取る。イグサでも紙紐でもよい。その端を、骨組みの交点のすぐそばに結びつける。

ここから、四本の腕に順に巻きつけていく。手順は、一本の腕の上をまたいでから、その腕の裏へ回し、腕を一周してから、次の腕へ進む。

この「またぐ、裏へ回す、一周する、次へ」を、常に同じ回転方向で繰り返す。

一周するごとに、糸が交点から少しずつ外側へ広がっていく。そして四本の腕のあいだに菱形の面が生まれる。ある程度の大きさになったら、糸を替えて色を変えることもできる。

目的の大きさになったら、最後の糸端を裏側で結び、余りを切る。

菱形を一つだけ作って腕を短く残すと素朴な姿になり、菱形をいくつも連ねると豪華な壁飾りになる。かつては三十個近い菱形を連ねた大作が作られた地域があった。

この型は、四腕型と違って途中で手を離しても崩れなく、だから何日かに分けて作ることもできる。

三腕型の編み方

三腕型は、四腕型の途中から分岐する。

第六段までを四腕型と同じ手順で進め、四方向に材料が伸びた状態を作る。

ここで、四方向のうち隣り合う二方向を選び、その二つをまとめて一本の材料でくわえるように折りかぶせる。すると四方向だったものが三方向になり、中心に三角形が現れる。

以後は、三つの腕に対して、折ってかぶせる、回す、を繰り返す。回す角度は九十度ではなく、三等分なのでおよそ百二十度になる。

四腕型のような直角の気持ちよさはなく、ただ、中心の三角形は独特の緊張感があって美しい。

腕の端の縛り方と切りそろえ方は四腕型と同じである。

三腕型については、二つの説明が流通している。三位一体の象徴だという説明と、三重の女神の象徴だという説明だ。

どちらも後から与えられた意味づけである。民俗記録のなかで採集者に語られた理由は、単に「祖父がこう作っていた」という程度のことが多い。

図の見方と、構造の要点

四腕型の構造を上から見ると、こうなっており、中心に正方形があり、そこから四本の腕が伸びている。

よく見ると、四本の腕は正方形の中心から放射しているのではない。それぞれ正方形の一辺に沿って、隣の腕から半分ずれた位置についている。この「半分のずれ」が、風車のように回って見える印象を生む。

中心の正方形の内側では、四つの帯が互いに上下に組み合っている。

上側の帯は右の帯の下をくぐる。右の帯は下側の帯の下をくぐる。下側の帯は左の帯の下をくぐる。左の帯はふたたび上側の帯の下をくぐる。輪になって、どの帯も一方を上に、一方を下に通しているわけだ。

実際に編むときにこの上下関係を意識する必要はない。九十度ずつ同じ向きに回しながら折りかぶせていけば、自然にこの構造になる。

逆に言えば、完成品を見てこの上下の輪になっていなければ、途中で回す向きが変わったということだ。

腕の先端近くを糸で縛った部分についても触れておこう。縛る位置は、腕の先端から二割ほど内側にするとおさまりがよい。縛りより先の部分は、切りそろえて房のように残す。

四本の腕の長さと太さは等しいのが理想だが、手作りのものは多少ばらつくのが普通である。ばらついていても守りの働きが減るとは言われていない。

掛ける向きは、腕が上下左右を向く姿勢が最も一般的で、菱形に見えるよう四十五度傾けて掛ける地域もある。

交換の周期は一年で、翌年の二月一日前後に新しいものと入れ替える。外した古いものは、燃やす、土に還す、畑に撒く、屋根裏に重ねて残す、といった扱いが記録されている。

日本で焼却する場合は、屋外での焼却が条例で制限されている地域が多い。自治体の可燃ごみとして出すのが現実的だろう。

作る日時と、材料を家に入れるまで

伝統的な段取りでは、材料は一月三十一日の日暮れ前に集める。

集めた束は、いったん家の外、戸口のわきに置く。日が暮れてから家族がそろい、外に出た一人が束を抱えて戸口に立ち、なかの家族に呼びかける。

呼びかけの言葉に応じて家族が答え、戸が開かれ、束が家のなかへ迎え入れられる。束は聖ブリギッドの訪れそのものとして扱われ、その後で夕食をとり、食後に一家で十字を編む。

この段取りには実務的な合理性もある。

材料は外気にさらしておいたほうがしなやかで、暖房の効いた室内に長く置くと乾いて割れやすくなる。夕食後に編むのは、農作業が終わったあとの時間だからで、儀礼と生活の都合はたいてい重なっている。

日本で行う場合、二月一日にこだわる必要があるかという問いが必ず出る。

民俗の記録では、この日でなければ効かないという語りと、いつ作ってもよいという語りの両方がある。掛け替えの周期を一年とするなら、毎年同じ日に作ると管理が楽になる、という程度に考えておくのが実際的だろう。

旧暦や二十四節気に合わせたいなら、立春の前後に合わせる人もいる。ここは各自の暮らしに合わせてよい。

材料を家に入れる前に、水をふりかける作法が広く記録されている。

教区の文脈では聖水が用いられ、そうでない家では井戸水や雨水が使われた。日本で行うなら、汲み置きの水道水で差し支えなく、器に水を入れ、指先で軽く三度はじきかける。

ふりかけながら唱える言葉を、次の節から順に示していく。

戸口の呼びかけ

まず、材料を抱えて戸の外に立つ人が唱える。アイルランド語の記録では次の形が伝わっている。

原綴はアイルランド語で、Téigí ar bhur nglúine agus abraígí bhur bpaidreacha、と始まる。

続けて、agus ligigí Bríd Naofa isteach、と結ぶ。

カタカナ読み。テーギー・エル・ヴール・ングルーニェ・アグス・アブリーギー・ヴール・バジェラハ、アグス・リギー・ブリード・ニーファ・イシュタハ。

日本語訳。みな、ひざまずいて祈りを唱えなさい。そして聖ブリードを中へお入れなさい。

これに対して、家のなかの人が答える。

原綴(アイルランド語)Tar isteach, a Bhríd Naofa.

カタカナ読み。タル・イシュタハ、ア・ヴリード・ニーファ。

日本語訳、お入りください、聖ブリード。

この問答は三度繰り返す土地が多い。三度めの応答のあとに戸を開ける。

一人で行う場合は、いったん外に出て戸を閉め、自分で問い、自分で答え、自分で開ける。奇妙に思えるかもしれないが、記録のなかでも一人暮らしの家ではそうしていたという証言がある。

スコットランド・ゲール語には、よく似た形が伝わっている。

原綴はスコットランド・ゲール語で、Gabhaibh air bhur glùinean, fosgailibh bhur sùilean、と始まる。

続けて、is leigibh a-steach Brìghde Bheannaichte、と結ぶ。

カタカナ読み。ガヴィヴ・エル・ヴール・グルーニェン、フォスガリヴ・ヴール・スーレン、イス・レーギヴ・ア・シュチャハ・ブリージェ・ヴャナヒチェ。

日本語訳。ひざまずき、目を開き、祝されたブリージェを中へお入れなさい。

応答は次のとおり。

原綴(スコットランド・ゲール語)Is e beatha, is e beatha na mnà uaisle.

カタカナ読み。イス・エ・ベハ、イス・エ・ベハ・ナ・ムナー・ウアシュレ。

日本語訳。ようこそ、高貴な女性にようこそ。

マン島には、また別の形が記録されている。十九世紀末の民俗集に載るもので、イグサの束を手に持って敷居に立ち、その夜の宿を乞う言い方だ。

原綴はマン島語で、Brede, Brede, tar gys my thie、と始まる。

次に、tar dys thie ayms noght、と続く。

さらに、Foshil jee yn dorrys da Brede、と重ねる。

最後は、as lhig da Brede cheet stiagh、で結ぶ。

カタカナ読み。ブレード、ブレード、タール・ギス・マ・タイ、タール・ジス・タイ・エイムス・ノホト。フォシル・ジー・アン・ドリス・ダ・ブレード、アス・ルヒッグ・ダ・ブレード・チート・スチャハ。

日本語訳はこうなる。ブレード、ブレード、わたしの家へおいでください、今夜わたしの家へおいでください。ブレードのために戸を開け、ブレードを中へお入れなさい。

マン島では、この言葉のあとにイグサを床に敷き、寝床の代わりとして供えたと伝えられる。

家の祝福の言葉

編み上がった十字を掛けるとき、あるいは新しい住まいに入るときに用いられる短い祝福を挙げていく。いずれもアイルランド語だ。

原綴 Go mbeannaí Dia an teach seo.

カタカナ読み。ゴ・ミャニー・ジア・アン・チャハ・ショ。

日本語訳。この家に神の祝福がありますように。

もう少し長い形も広く用いられている。

原綴 Beannacht Dé ar an teach seo agus ar gach duine a chónaíonn ann.

カタカナ読み。バナハト・ジェー・エル・アン・チャハ・ショ・アグス・エル・ガハ・ジニェ・ア・ホーニーン・アン。

日本語訳。この家と、ここに住むすべての人の上に、神の祝福がありますように。

部屋ごとに唱える形も伝えられており、台所では次のように言う。

原綴 Go mbeirimid beo ar an am seo arís.

カタカナ読み。ゴ・メリミジ・ビョー・エル・アン・アム・ショ・アリーシュ。

日本語訳。来年の今ごろも、みな元気で生きていますように。

寝室では次のように言う。

原綴 Codladh sámh agus aislingí áille.

カタカナ読み。コラ・サーウ・アグス・アシュリンギー・アーリェ。

日本語訳。安らかな眠りと、美しい夢を。

住まい全体の平安を願う言い方もある。

原綴 Síocháin san áras seo.

カタカナ読み。シーホーン・サン・アーラス・ショ。

日本語訳。この住まいに平安を。

これらは新居の祝いの席で唱えられてきたもので、十字を掛ける動作と組み合わせても違和感がない。無理にすべてを唱える必要はなく、家の性格に合うものを一つ選べばよい。

聖ブリギッドへの祈り

教区で用いられる連祷には、呼びかけと応答を繰り返す形式のものがある。冒頭の二つを挙げよう。

原綴(アイルランド語)A Bhríd Naofa, guigh orainn.

カタカナ読み。ア・ヴリード・ニーファ、ギー・オリン。

日本語訳。聖ブリードよ、われらのために祈りたまえ。

原綴(アイルランド語)A Mhuire na nGael, guigh orainn.

カタカナ読み。ア・ヴィレ・ナ・ンゲール、ギー・オリン。

日本語訳。ゲールのマリアよ、われらのために祈りたまえ。

「ゲールのマリア」というのは、この聖人に古くから与えられてきた称号だ。

連祷はこのあとも続く。キルデアの創建者として、信仰の守り手として、といった呼びかけを重ねていく。全部を唱えなくても、この二つを三度ずつ繰り返すだけで、祈りとしての形は整う。

歌の形で伝わるものもあり、広く歌われている讃歌の一節を挙げておく。

原綴(アイルランド語)Gabhaim molta Bríde, ionúin í le hÉirinn, ionúin le gach tír í, molaimís go léir í.

カタカナ読み。ガヴィム・モルタ・ブリージェ、イヌーン・イー・レ・ヘーリン、イヌーン・レ・ガハ・チール・イー、モリミーシュ・ゴ・レール・イー。

日本語訳。わたしはブリードを讃える。アイルランドに愛される人。すべての国に愛される人。みなでその人を讃えよう。

この歌は続く節で、この聖人を「レンスターの明るい灯」と呼び、冬の暗く鋭い家から春が近づくことを歌う。旋律を知らなくても、ゆっくりと読み上げるだけで足りる。

マントの祈り

ブリギッドのマントは、後の節で詳しく扱う布の習俗だ。その布を身につけるとき、あるいは誰かのために願うときに用いられる短い言い方がある。

原綴(アイルランド語)Faoi bhrat Bhríde.

カタカナ読み。ファイ・ヴラット・ヴリージェ。

日本語訳。ブリギッドのマントの下に。

祈願の形にすると次のようになる。

原綴(アイルランド語)Go raibh brat Bhríde orainn.

カタカナ読み。ゴ・ロウ・ブラット・ヴリージェ・オリン。

日本語訳。ブリギッドのマントが、われらの上にありますように。

英語で伝わる祈りのなかには、印象的な一節を持つものがある。「あなたのマントをわたしの上に広げてください、わたしがどこにいようとも」と願う一節で、教区でよく唱えられている。

日本語で唱えるなら次のように整えるとよい。「ブリギッドよ、あなたのマントをわたしの上に広げてください。わたしがどこにいても、どこへ行くとしても。闇のあるところにあなたの光を、弱さのあるところに強さを」。

訳としては自由だが、内容は原文の趣旨から離れていない。

かまどの火を灰で覆うとき

ゲール語圏の家では、夜、囲炉裏の火を消さずに灰で覆って翌朝まで持たせた。この作業をスモアリングと呼ぶ。

十九世紀後半から二十世紀初めにかけて、ヘブリディーズ諸島で採集された祈りの集成がある。ここにこの場面のための祈りが収められている。

採集者の注記によれば、泥炭を三つに分けて置いたという。それぞれを「生命の神」「平安の神」「恵みの神」の名において据え、輪のかたちに灰をかけて、そのうえで祈りを唱えた。

原綴は採集当時の綴りのままで、An Tri numh, A chumhnadh、と始まる。

次に、A chomhnadh, A chomraig, An tula, An taighe、と続く。

さらに、An teaghlaich, An oidhche, An nochd、と重ねる。

そして、O! an oidhche, An nochd, Agus gach oidhche、と繰り返す。

最後は、Gach aon oidhche. Amen、で閉じる。

カタカナ読み。カタカナ読みは、アン・トリー・ヌーウ、ア・フーナ、ア・ホーナ、ア・ホムリグ、と始まる。

次が、アン・トゥラ、アン・タイエ、アン・チャグリヒ、と続く。

さらに、アン・イヒェ、アン・ノホク、オー、アン・イヒェ、と重ねる。

最後は、アン・ノホク、アグス・ガハ・イヒェ、ガハ・オーン・イヒェ、アーメン、で閉じる。

日本語訳。聖なる三つのものが、救い、守り、囲みますように。かまどを、家を、家族を。この夕べ、この夜、ああ、この夕べ、この夜、そしてすべての夜、一夜一夜を。アーメン。

現代の実践者のあいだでは、この祈りの言い回しを踏まえた作例も流通している。聖ブリギッドの名を織り込んだものだ。伝統の採集記録そのものではなく後から作られたものだと断ったうえで挙げておく。

原綴(スコットランド・ゲール語、現代の作例)Smùraidh mi an teine mar a smùradh Brìghde mhìn-gheal.

カタカナ読み。スムーリ・ミ・アン・チェネ・マル・ア・スムーラ・ブリージェ・ヴィーン・イャル。

日本語訳。わたしは火を灰で覆う、輝かしく穏やかなブリージェが覆ったように。

日本の住まいには覆うべき熾火がなく、だからこの祈りは就寝前の言葉として使うことになる。

暖房を消したとき、あるいは最後の明かりを落とすときに、家のなかを一巡してから唱える人が多い。火の始末を確認する習慣とも結びつけやすく、実用の面でも意味がある。

掛ける場所と向き

もっとも一般的な場所は、玄関の戸口の上だ。外から入ってくるものに対する境界だから、という説明が広く共有されている。

次に多いのが台所であり、火を使う場所を守るためとされる。

寝室に掛ける家もあり、こちらは眠るあいだの守りとされる。

農家では家畜小屋の梁に必ず一本掛けた。牛の乳、鶏の卵、羊の出産といった生き物の恵みを守る意味づけが強い。家より小屋のほうを重んじる語りもある。

向きについては、腕が上下左右を向く姿勢が基本で、菱形に見えるよう四十五度傾ける地域もある。

裏表の区別を立てる語りは少なく、ただ、編み目のきれいに見えるほうを表として外に向ける、という説明はある。

高さは、大人の目線より上、手を伸ばして届く程度が扱いやすい。

日本の住まいで掛ける場合、賃貸なら壁や柱に釘やネジを打たない方法を選ぶ。

玄関ドアが金属なら、貼ってはがせるフックか、粘着式のマグネットフックが使える。ドア枠の上端に、剥がせるタイプの粘着フックを一つつけるのがもっとも簡単だろう。

石膏ボードの壁には、細いピンで留める額縁用の金具が使える。

いずれの場合も、退去時に跡が残らないかどうかを、目立たない場所で試してから使う。原状回復の範囲について不安があるなら、管理会社に確認しておきたい。

火のそばには掛けなく、これは肝心な注意なので、禁忌の節でも改めて書く。

乾いた藁やイグサはよく燃える。ガスコンロの上、ろうそくの近く、電気ストーブの前は避ける。

台所に掛ける習俗があるといっても、当時のかまどと現代のコンロでは条件がまるで違う。台所に掛けたいなら、火口から離れた壁面を選んでほしい。

古い十字をどうするか

翌年の二月一日前後に、新しい十字と掛け替える。このとき古いものをどうするかは、地域によってはっきり分かれる。

第一に、燃やす。この扱いがもっとも広く記録されており、翌年の作業の前に、古いものを火にくべる。

第二に、崩して土に還す。畑や庭に撒く、家畜の敷き藁に混ぜる、といった扱いで、土地と作物への祝福を移す意味づけがなされる。

研究者の整理では、この聖人が農耕と結びついていることから、燃やすより埋めるほうを本来の形とみる見解もある。

第三に、そのまま残す。古いものを外さず、新しいものをその隣に掛け足していく家がある。屋根裏に何十年分も積み重なっているという記録がある。修復のときに古い十字が束で出てきた、という話は各地にある。

日本で行う場合、屋外での焼却は多くの自治体で条例により制限されている。庭でたき火をして処分するのは避けたほうがいい。

現実的な選択は三つあり、可燃ごみとして出す。庭や鉢の土に混ぜて土に還す。神社や寺のお焚き上げに出せるかどうかを相談する。

三つめについては、他宗教の祭具を受けつけるかどうかは施設ごとの判断だ。事前に問い合わせる。断られても当然のことだと考えておいてほしい。

処分するときの作法として、記録に現れるのは単純なもので、「感謝を述べる」というものである。

一年守ってくれたことに礼を言い、それから手を離す。何か特別な言葉が必要というわけではなく、前の節で挙げた家の祝福の言葉を、過去形の気持ちで唱える人もいる。

ブリギッドのマント

十字と並んで、この日のもっとも実用的な習俗が布だ。

アイルランド語で Brat Bhríde(ブラット・ヴリージェ)、地域によっては Bratóg Bhríde(ブラトーグ・ヴリージェ)と呼ばれる。リボンの場合は Ribín Bhríde(リビーン・ヴリージェ)だ。いずれも「ブリギッドの布」「ブリギッドの小布」「ブリギッドのリボン」の意である。

手順は単純だ。

一月三十一日の日暮れ前に、布かリボンを一枚、外に出しておく。窓の外の桟、庭の低木、物干し、玄関わきの手すり。外気に触れる場所ならどこでもよい。

翌朝、二月一日に取り込む。夜のあいだにこの聖人が土地を巡り、触れていった布に癒しの力が移る、と語られる。

その布は、一年のあいだ大切に保管し、必要なときに使う。

頭痛のときには頭に巻く。喉が痛むときには首に巻く。耳や歯の痛みに当てる。危険な仕事に出る者が身につける。子どもの熱に添える。

学校収集事業の記録には「この布を頭に巻けば頭痛の確かな薬になる」という一文が残っている。家畜のためにも使われ、産気づいた牛のそばに置く、といった用途が語られる。

布の色は白か赤が伝統的とされるが、地域差が大きい。素材は木綿や麻の平織りが扱いやすい。

刺繍を施した麻布を代々受け継ぐ家もあれば、台所の布巾をそのまま出す家もある。日本で行うなら、手ぬぐいや晒し木綿がちょうどよい。新しい布をおろすなら、一度洗って糊を落としてから使うと肌当たりがよくなる。

実際にやるときの注意を二つ挙げておく。

第一に、外に出す場所は必ず自分の管理下にあるところにする。共用廊下の手すりや、他人の敷地に面した場所は避ける。

第二に、風で飛ばされないようにする。窓のさんに布の端をはさんで窓を閉める、という工夫が現地でも語られている。洗濯ばさみで留めてもよい。

日本の気候では、二月一日の朝に霜や露が降りることが多い。濡れた布をそのまま袋に入れるとかびる。取り込んだあとはよく乾かしてから、風通しのよいところで保管してほしい。

使ううちに汚れたら洗ってよい。洗うと力が失われるという語りは、少なくとも広く記録された伝承のなかには見当たらない。

この習俗は、日本人にとってもっとも取り入れやすい部分だと思う。十字を編むには材料と手先が要るが、布を一枚外に出すだけなら誰にでもできる。

効き目をどう考えるにせよ、「一年に一度、家族の健康を思いながら布を選ぶ」という行為には、それ自体の落ち着きがある。

ブリギッドの帯

西部の地域には、大きな帯を作る習俗があった。アイルランド語で Crios Bríde(クリス・ブリージェ)、「ブリギッドの帯」という。

藁を太く編んで直径数十センチメートルから一メートルほどの輪を作る。その輪に小さな十字を四つほど編みこむ。

使い方は、その輪をくぐることで、人が輪のなかを通り抜ける。

頭から入れて足から出す、あるいは右足から入って左足から出る。細かい作法が地域ごとにあった。くぐりながら祈りを唱える。一年の病を避け、健康を保つためとされる。

人だけでなく家畜をくぐらせた土地もある。

輪をくぐる、あるいは輪をくぐらせるという型の呪術は世界各地にある。日本の茅の輪くぐりを思い出す人が多いだろう。

両者に歴史的な関係があるという証拠はなく、似た形が独立に生まれるということ自体は珍しくない。

ただ、日本の読者にとって身体感覚として理解しやすいのは確かだ。実践しようと思ったときにも抵抗が少ない。

日本で作るなら、藁縄か、太いジュートの縄を輪にし、そこへ小さな十字を四方に括りつければ形になる。

輪の大きさは、自分がくぐれる寸法にする。無理な姿勢でくぐると転倒するので、床に置いて足でまたぐ形にしてもよい。

ブリージョーグとビディ・ボーイズ

前夜のもう一つの主役は、行列だ。

アイルランド語で Brídeóg(ブリージョーグ)と呼ばれる人形を作る。藁を束ねて胴と手足を作り、白い布をかぶせ、花嫁のようにベールと外套を着せる。

地域によっては教会から借りた聖像の衣装が使われた。ケリー県では等身大に近いものが作られ、街路を練り歩く行列になったと伝えられる。

その人形を担いで、若者たちが家々を回る。多くは藁で編んだ帽子や衣を着て、顔を隠して変装し、この一団がビディ・ボーイズと呼ばれた。

戸口で歌や唱えごとを述べ、金や食べ物を求める。回った先で音楽を奏で、踊る。集めたものは、その夜の宴の費用になった。

マヨー県で採集された英語の唱えごとが残っており、「耳も目も不自由な哀れなブリードがやって来た。ポケットに手を入れて一枚めぐんでおくれ。一ペニーがなければ半ペニーでよい。半ペニーもなければ、神の祝福があなたに」といった調子の文句だ。

戸口で人形に触れる、人形の衣の切れ端をもらう。こうした作法が、家の守りとして記録されており、行列を迎えた家は、その年の守りを受けたと考えられた。

この習俗は二十世紀の後半にいったん衰えたが、近年いくつかの地域で復活している。

復活したものは、当然ながら昔とは性格が違う。観光行事としての側面が加わり、祭りの日取りが週末に寄せられ、参加者の構成も変わる。

それが伝統の劣化なのか、伝統の生き延び方なのかは、簡単には決められない。少なくとも、担い手がそれを自分たちのものだと考えているかぎり、外から劣化だと決めつけるのは筋が悪い。

マン島とスコットランドの二月一日

マン島では、この日は Laa’l Breeshey(ラール・ブリーシャ)と呼ばれる。

十九世紀末の民俗集によれば、前夜にイグサの束を集め、それを手に持って敷居に立ち、この夜の宿を乞う言葉を唱えた。そのあとイグサを床に敷いて寝床として供えた。藁が使われることもあったのだ。

伝承では、この聖人がマン島に渡って修道の誓いを受けたと語られており、島の側から見た縁起がある。

同じ民俗集には、この日の天候による占いも記されている。

雪の日であればその後の春は雨がちで穏やか。逆にこの日が穏やかであれば五月の前に寒さが戻る。逆説的な言い方は、アイルランドの語りとよく似ている。

スコットランドのヘブリディーズ諸島には、Leaba Bhrìghde(リャバ・ヴリージェ)、「ブリージェの寝床」と呼ばれる習俗が記録されている。

麦の穂の束を人形のように整え、籠や箱に寝かせて炉端に置く。棒を一本添えることもある。

翌朝、暖炉の灰をならしておいた面に足跡や棒の跡が残っているかどうかを見る。跡があればその年は作物と家畜に恵みがあるとされた。跡がなければ落胆し、供物を捧げたという記録もある。

灰を平らにならして翌朝しるしを探すという型は、アイルランド本土にも並行する記録がある。

これらは十字を編む習俗とは別系統の作法だ。同じ日を祝いながら、島ごとに手つきがまるで違うということ自体が、この日の民俗の厚みを示している。

日本で実践するとき、どれか一つを選ぶ必要はなく、ただ、混ぜすぎると何をしているのか分からなくなる。最初の年は一つに絞るのがよい。

ウェールズのフライドという名

ウェールズには、この聖人に対応する信仰が Ffraid(フライド)または Sant Ffraid(サント・フライド)の名で残っている。

地名にその名を含む教区がいくつもあり、海辺の礼拝堂がこの名を冠している例がある。伝承では、海を渡ってきた聖女として語られ、地元の名所に結びつけられる。

ただし、ウェールズにはアイルランドのような十字を編む習俗が同じ形で広く分布していたとは言いにくい。

信仰の対象としての連続性と、家の守りの技法としての連続性。この二つは別のこととして考える必要がある。学位論文の水準でも、ウェールズにおけるこの聖女の実像をめぐる議論は続いている。

大陸へも、アイルランド系の修道士の移動にともなって信仰が伝わった。低地地方や北イタリアに、この聖人の名を冠した礼拝の記録がある。

ただしそれらの地では、二月一日の家の守りという形での実践は薄い。習俗は人とともに動くが、動いた先で必ず同じ形をとるわけではない。

馬蹄をどう掛けるか

家の守りとして、ケルト圏に限らず北西ヨーロッパ全域に広がっているのが馬蹄だ。

鉄が邪なものを退けるという観念と、三日月に似た形が豊穣を表すという観念。この両方が、由来の説明として示される。

鍛冶屋にまつわる伝説も広く語られている。鍛冶の守護聖人が悪魔の蹄に蹄鉄を打ちつけて痛めつけ、二度と馬蹄の掛かった家には近づかないと誓わせた、という筋書きが有名だ。

掛ける向きについては、長く論争がある。

開いた側を上に向ける立場は、馬蹄を器と見なす。幸運がたまる、こぼれない、という説明だ。

開いた側を下に向ける立場は、馬蹄を注ぎ口と見なす。幸運がその下を通る人に降り注ぐ、という説明である。

どちらが古いかを決める資料はなく、地域と家によって分かれる。イングランドやアイルランドでは上向きが優勢だと言われることが多い。一方で、南欧や一部の地域では下向きが好まれるという説明もある。

日本語圏でも、装身具としての馬蹄をめぐって同じ両論が紹介されている。日本の質問サイトの回答を見ると、開いた側を上にして玄関か車に飾るとよい、という答えが目立つ。

実践として言えば、どちらでもよい。

決めかねるなら、自分がその形を見てどう感じるかで決めればいい。器のように見えて安心するなら上向き、傘のように見えて安心するなら下向きである。

日本で本物の蹄鉄を掛ける場合、重量に注意してほしい。

実際に馬に使われていた鉄製の蹄鉄は、一枚で数百グラムあり、粘着フックでは落下する。落ちれば床も足も傷つく。壁に下地を探して確実に留めるか、軽い装飾用の複製を選ぶ。

使用済みの蹄鉄は錆びていることが多い。屋内に掛けるなら錆を落として油を塗るか、クリア塗装をしておく。錆が服や壁につくと落ちにくい。

ナナカマドと赤糸の十字

スコットランドとアイルランドの記録に濃く現れるのが、ナナカマドの小枝と赤い糸で作る簡素な十字だ。

ナナカマドはアイルランド語で caorthann(キールハン)という。赤い実をつけることから火や血の色と結びつけられ、守りの木として扱われてきた。

魔よけ、病よけ、そして乳製品の守りに用いられる。牛小屋の入口、乳を搾る場所、バターを作る撹拌器のそばに置く。

バターがうまくできないのは誰かに乳の恵みを盗まれているせいだ、という語りが各地にある。その対策としてこの十字が現れる。

作り方はきわめて簡単だ。

ナナカマドの小枝を二本、長さ十センチメートルほどに切りそろえる。二本を直角に交差させ、交点に赤い糸か赤い毛糸を十文字に巻いて固く結ぶ。それだけである。

糸は必ず赤にし、赤という色そのものに意味があると考えられており、白や黒では代わりにならないと語られる。

作る時期については、五月祭の前夜という記録が多い。年の変わり目に作り替えるという発想は、二月一日の十字と同じだ。地域によっては、秋の終わりに作って冬のあいだ持たせる、という記録もある。

置く場所は、戸口の内側の上、寝床の頭のほう、家畜小屋の入口、あるいは服の内側に縫いこむ。持ち歩く形も記録されている。

日本でこれを作る場合、材料の入手が一番の問題になる。

ナナカマドは北海道や東北、本州の高地に自生し、街路樹としても植えられている。ただし街路樹や公園の木から枝を折るのはやめてほしい。

剪定で落ちた枝を管理者の許可を得て拾う、園芸店で苗木や切り枝を買う。こうした方法をとる。

どうしても手に入らなければ、赤い実をつける他の木、あるいは木の枝そのものに象徴を委ねる、という割り切りもある。伝承に忠実であろうとして人の物を傷つけるのは本末転倒だ。

ウィッチボトルという罠

家の敷居や炉の下に容器を埋めるという習わしがある。主にイングランドで記録され、北米の初期入植地にも運ばれた。

十六世紀から十七世紀にかけて、不幸の原因を人の呪いに帰する考え方が強まった時期に、対抗策として広く行われた。

用いられたのは、ドイツ製の炻器の壺だ。壺の首の部分に髭を生やした男の顔が型押しされていることから、髭の男の壺と呼ばれる。

中身は、曲げた釘、まち針、髪の毛、爪の切りくず、そして家人の尿である。布を心臓の形に切って入れたものも見つかっている。

これを栓で密封し、玄関や窓の下、炉の下といった場所に埋める。外から何かが入ってくると考えられた場所だ。三百年たっても栓が残ったまま出土した例があり、内部の様子は透過撮影で調べられた。

考え方の筋道はこうだ。

呪いが家に入ってくるとしたら、それは入口を通る。入口に、家人の体の一部を含む壺を仕掛けておけば、呪いはそちらへ引き寄せられ、なかの釘と針で捕らえられる。

つまりこれは罠であり、身代わりであり、攻撃ではなく、迎撃の装置として理解されてきた。

現代の日本でこれをそのまま再現するのはすすめなく、理由は三つある。

第一に、体液を密封して保管することには衛生上の問題がある。

第二に、賃貸住宅では床下や玄関を掘ることができなく、持ち家であっても、基礎や配管を傷つける危険がある。

第三に、将来この家を離れるときに回収できない。

置き換えるなら、次のような形になる。

小さなガラス瓶に、乾いた素材だけを入れる。粗塩、乾燥させたローズマリーやよもぎ、南天や柊の小枝、小さく折った紙に自分の願いを書いたもの。金属の針は入れない。

割れないよう布で包み、玄関の靴箱の奥や、下駄箱の上の見えないところに置く。

埋めない、割らない、体液を使わず、この三点を守れば、危険はほとんどない。中身は一年ごとに入れ替え、古いものは可燃ごみと不燃ごみに分けて捨てる。

シャムロックと四つ葉のクローバー

この二つはよく混同され、ただ、由来も意味もまったく別だ。

シャムロックは三つ葉で、アイルランド語の seamróg(シャムローグ)、「小さなクローバー」に由来する。三月十七日の守護聖人の祝日に、上着の襟につける習慣がある。

伝承では、この聖人が三つ葉を手にとって三位一体を説いたと語られる。ただしこの逸話は中世の伝記には見えず、十七世紀以降の記録に現れる。

植物としてどの種を指すかも一定していない。

カタバミ、シロツメクサ、コメツブツメクサなど、複数の候補が示されてきた。二十世紀の調査で、人々が「シャムロック」として持ち寄った植物を同定したところ、種はばらばらだったという結果が知られている。

つまりシャムロックとは特定の種名ではなく、「三つ葉であること」という形の名前だ。

四つ葉のクローバーは、これとは別で、単純に「めったにない」という理由で幸運のしるしとされてきた。

突然変異または環境要因で四枚になったもので、出現率は数千分の一とされる。

四枚それぞれに希望、信仰、愛、幸運を割り当てる説明が広く流通しているが、これは近代の付会だ。守りの護符というよりは、見つけた偶然を喜ぶ対象と考えるほうが実態に近い。

日本で取り入れるなら、四つ葉は探して見つけたものだけに意味を持たせるのがよい。売られているものを買うのは、この習俗の骨格を外してしまう。

見つけたら、本にはさんで押し葉にし、乾いたら、薄い紙にくるんで財布か手帳に入れる。湿気があるとかびるので、月に一度は状態を見てほしい。

三つ葉のほうは、祝日に襟につける、という以上の使い方を無理に考えなくてよい。

ケルティック・ノットとトリケトラ

組紐文様は、写本装飾や石彫に見られる意匠で、途切れずに続く線が編み合わされている。

三つの弧が組み合わさった形はトリケトラと呼ばれ、三本の渦巻きが回る形はトリスケルと呼ばれる。装身具や刺青の題材として世界中で流通している。

歴史の側から見ておきたいことが二つある。

第一に、この種の組紐文様は「ケルト固有」ではない。地中海世界にも、ゲルマン語圏にも、近東にも、よく似た組紐装飾がある。島嶼部の写本装飾は、それらの影響を受けながら独自に発展したものと考えられている。

第二に、それぞれの形に決まった意味が古代から与えられていたという証拠はほとんどない。

トリケトラを三位一体の象徴とする読みは、キリスト教の文脈で後から与えられたものだ。三重の女神の象徴とする読みは、二十世紀の異教復興のなかで生まれた。

だからといって使ってはいけない、ということにはならない。意味は、使う人が引き受けて成立させるものでもある。

ただ、「古代ケルト人はこの形で三位一体を表していた」といった説明を見かけたら、留保して受け取るのが正しい。

家の守りとして取り入れるなら、図案として玄関に飾る、木の板に彫る、といった形になる。

線が途切れずに続くという性質から、「途切れない守り」「循環する時間」といった読みを自分で与えるのは、まったく差し支えない。

クラダ・リング

ゴールウェイのクラダという漁村に由来するとされる指輪がある。二つの手が心臓を捧げ持ち、その上に王冠が載る形だ。

手は友情を、心臓は愛を、王冠は忠誠を表すと説明される。

由来譚としてもっとも有名なのは、リチャード・ジョイスという金細工師の話だ。

十七世紀の終わり、彼は航海の途中で海賊にとらえられ、北アフリカで奴隷として売られたと伝えられる。捕らわれの身のまま金細工の技を身につけ、およそ十四年ののち、一六八九年に当時の国王のあいだで結ばれた取り決めによって解放されたという。

故郷に戻ると、待っていた婚約者のためにこの指輪を作ったと語られる。現存する最古の作例は十八世紀のものとされる。

つけ方には決まりがある。

右手にはめ、心臓の先が指先を向いていれば、まだ相手がいない。右手で心臓の先が手首を向いていれば、交際している相手がおり、左手で指先を向いていれば婚約中。左手で手首を向いていれば結婚している。

この作法は近代以降に整理されたもので、古い時代からの規則ではないという指摘もある。

家の守りとは直接関係せず、ただ、身につける護符という点でこの記事の範囲に入る。

日本で買う場合、素材は銀か金がふつうで、金属アレルギーのある人は、ニッケルを含む合金に注意してほしい。

手を洗うたびに外していると失くすので、外したときの置き場所を決めておくとよい。指輪は、身につけていること自体を忘れられるくらいのほうが、日々の守りとしては具合がよい。

聖井戸の巡り方

アイルランドには、聖人の名を冠した泉や井戸が数千か所あるとされる。

癒しの水が湧くとされ、決められた作法で祈りを捧げる巡礼が行われてきた。この巡礼を「巡る」といい、アイルランド語では turas(トゥラス)、すなわち「旅」と呼ばれる。

作法の骨格は共通している。

第一に、決められた道筋を歩いて回る。

第二に、回る向きは時計回りだ。アイルランド語で deiseal(ジェシャル)といい、太陽の運行に合わせる向きとされる。反対の向きは tuathal(トゥーハル)といい、不吉あるいは害意のためのものとされ、巡礼では用いない。

第三に、道筋の途中には「留」と呼ばれる決まった停止点があり、そこで決まった祈りを唱える。留は十字架石であることも、平たい石であることも、木であることもある。

第四に、回数が定められており、三回、七回、九回、十五回など場所によって異なる。数を間違えないよう、小石を人数分持って留ごとに一つ落とす、という数え方が記録されている。

第五に、最後に水を飲む。三口飲むという作法がよく語られ、三位一体に結びつけて説明される。飲まずに患部につける、あるいは持ち帰る場合もある。

第六に、供物を残す。ピン、硬貨、宗教的なメダル、布切れなどが伝統的なものだ。

歴史的には、この巡礼はしばしば教会当局の抑圧を受けてきた。

十七世紀半ばの教会会議では、井戸での踊りや笛や乱痴気騒ぎが禁じられた。十八世紀の刑罰法のもとでは集会そのものが違法とされ、罰金や体刑が科されたのだ。十九世紀初めには、参加者の破門を宣告した司教もいたと伝えられる。

それでも巡礼は続いた。信心と娯楽と社交が一体になった行事だったからだ。

日本の読者が現地を訪ねる場合の礼儀も書いておこう。

私有地を通る場合は許可を得る。柵と門は開けたら閉める。写真を撮るなら祈っている人を写さない。

水を飲むかどうかは自己判断で、体調に不安があるならやめる。多くの井戸の水は検査されていない。

供物を残すかどうかは、その場の状況を見て決める。何も残さないことは失礼にあたらない。

日本国内で似たことをしたいなら、置き換えができる。近所の湧水や、地域の水神を祀る場所を、時計回りに三度巡って手を合わせる、という形だ。

ただし、その場所にすでに別の作法があるなら、そちらに従う。よそのやり方を持ち込むより、その土地の作法を尊重するほうが、結果として気持ちが落ち着く。

クルーティー・ツリーと布の奉納

聖井戸のそばには、しばしば木が立っており、その枝に、布切れが無数に結ばれている光景を見ることがある。

この木をクルーティー・ツリー、あるいは布の木、ぼろの木と呼ぶ。スコットランド語で「布切れ」を意味する語に由来する。

作法はこうで、持ってきた布を井戸の水に浸す。病んでいるところにその布をあてる。それから木の枝に結ぶ。

布が朽ちて消えていくにつれて、病も消えていく、と考えられ、だから本来は、朽ちる布でなければならない。木綿か麻の小片、あるいは羊毛。伝統的には赤い布が好まれた。

ここに現代の問題がある。

近年、この木に結ばれるものが変わってきた。合成繊維のリボン、ビニール袋、下着、電飾、金属の飾り。

これらは朽ちなく、木の枝を締めつけて成長を妨げ、枯らすこともある。景観としても、水源の環境としても損なわれる。

ある有名な井戸では、何者かが無断で大量の布を撤去し、地域の人々のあいだで激しい議論になった。

異教復興の団体からも、生分解しない材料を自然のなかに残すべきではないという発言が出ている。一方で、生分解する材料であっても、何年もかかる、それでも十分に害だ、という厳しい意見もある。逆に、意図をもって結ぶかぎり、生分解する材料であれば認められるという立場もある。

外から来る者としてどうするのが妥当か。

第一の選択は、何も結ばないことで、その場に立ち、祈り、帰る。

第二の選択は、木ではなく自分の家に持ち帰る形にすること。持参した布を水に浸し、乾かして持ち帰り、家で使う。これはブリギッドのマントの考え方に近い。

第三の選択として、どうしても結びたい場合。無漂白の綿か麻の小片を、細く裂いて、枝を締めつけないようゆるく結ぶ。金具、プラスチック、ゴムは使わない。

日本国内で真似をする場合はさらに注意が要る。

神社の樹木に無断で物を結ぶのは、多くの場合迷惑行為にあたる。絵馬やおみくじの所定の場所以外に何かを結ぶのはやめてほしい。

自分の家の庭木であれば自由で、ただしその場合も朽ちる材料を使い、朽ちたら回収する。

聖水と聖なる土

水と土は、この地域の家の守りにおいて基本的な素材である。

聖水は教会で祝別された水で、瓶に入れて持ち帰り、戸口や寝室に置き、材料や新しい道具に振りかける。

十字を編む前に材料に振りかけるのも、この作法の一部だ。家に病人が出たとき、旅立ちのとき、新しい家畜を迎えたときにも用いられた。

土のほうには、特定の場所の土に力があるとする信仰がある。

北アイルランドのファーマナ県ボホーには、一八一五年に没したと伝えられる司祭の墓の土を癒しに用いる習わしがある。臨終に際して、自分が生前に治していた病はこの墓の土が治すだろうと言い残したと語られる。

訪れる人は匙で親指の爪ほどの土を採り、小袋に入れて枕の下に置く。そして四日以内に土を墓へ返す。返さなければ災いがあるとされる。

この習俗は近年、思わぬ形で注目された。

この土壌から採取された放線菌の一種に、薬剤耐性菌を含む複数の細菌の増殖を抑える働きが認められたという研究が発表され、話題になった。

ただし研究者自身が繰り返し述べているとおり、これは有望な候補が見つかったという段階だ。実際の医薬品になるには長い年月と莫大な費用がかかる。

土を採ってきて傷につければ治る、という話ではまったくなく、土壌には破傷風菌をはじめ危険な細菌が含まれる。傷口に土をつけるのは危険な行為だ。

日本で応用するなら、水にとどめておくのが安全だろう。

地域の湧水や、参拝した社寺で授かった水を、小さな器に入れて玄関に置く。数日で取り替える。

土については、鉢植えの土に願いを込める、庭の一角を守りの場所と決める、といった象徴的な扱いにする。採ってきた土を身につけたり、傷に用いたりはしない。

家畜と家を守る作法

農家の記録を読むと、あることに気づく。この日の守りの中心が人間ではなく家畜であったことだ。

牛小屋の梁に十字を掛ける。乳を搾る場所にナナカマドの小枝を置く。ブリギッドの布を牛の背にかける。帯をくぐらせる。古い十字を崩して敷き藁に混ぜる。

作物についても同じで、古い十字を砕いて畑に撒き、種芋を十字に編みこむ土地さえあった。

背景にあるのは、家畜と作物の恵みが不安定だという現実である。

乳が出ない、バターができない、子牛が育たなく、これはその家の経済を直撃する。原因が分からない不調に対して、人は説明と対処法を求める。守りの作法は、その説明と対処法を提供した。

現代の日本の読者に家畜はいなく、ただ、対応するものはある。

仕事の道具、車、自転車、台所、パソコン。生活の糧を生む場所と道具だ。

守りを掛ける場所を選ぶとき、玄関だけでなく、こうした場所を候補に入れるのは、伝統の趣旨にかなっている。ただし、火や水や電気のそばに可燃物を置かないという原則は守ってほしい。

もう一つ、記録から読み取れる大事な点がある。

守りの作法は、たいてい点検とセットになっている。

十字を掛け替えるとき、家の梁を見る。小屋の入口を見る。布を出すとき、窓の桟を掃除し、年に一度、家じゅうを見て回る口実として機能していたわけだ。

これは現代でも有効だ。二月一日に、火災警報器の電池、消火器の期限、非常持ち出し袋の中身、家具の転倒防止を点検する。

守りの作法にそれを組み込んでしまえば、忘れずに済む。信じるか信じないかにかかわらず、この効用は確実にある。

紙ストローから始めた家

ここから匿名化した実践記を五件置く。いずれも複数の見聞をもとに再構成したもので、特定の個人を指すものではない。

一件目。四十代の会社員。

子どもが小学校の授業で世界の行事を調べる宿題を出され、その流れで二月一日の行事を知ったという。

材料が何もなかったので、まず飲み物用の紙ストローを二十本買って作った。手順の説明を音読しながら、二人で一本ずつ作った。

最初の一本は中心がばらけて完成しなかったのだ。二本目からは押さえるこつがつかめて、三十分ほどで形になったそうだ。

翌年はイグサひもを手芸店で買い、水に浸してから編んである。紙ストローよりずっと言うことをきかず、指がひりひりしたが、できあがりは見違えるようだったという。玄関の内側、ドア枠の上に、剥がせるフックで掛けている。

「守られている感じがするか、と聞かれると、正直よく分からない」と本人は言う。

「ただ、毎年二月一日に家族で三十分ぐらい何かを作る、という予定ができたのは良かった。作りながら、去年の同じ日に何をしていたかという話になる。その時間のほうが本体なんじゃないかと思っている」

布だけを続けている人

二件目。三十代。

十字は一度作ったが不器用で嫌になり、以来ブリギッドの布だけを続けている。

一月三十一日の夕方に、白い手ぬぐいをベランダの物干しに洗濯ばさみで留め、翌朝取り込む。取り込んだ布はよく乾かして、たたんで薬箱の上に置いておく。

「頭痛のときに巻いてみたことがあり、痛みが消えたかというと消えていない」と本人は書いている。

「でも、痛いときにわざわざ布を出して頭に巻くという手間をかけると、その分だけ横になろうという気になる。結局、休むきっかけになっている」

家族には特に説明していないという。「たまに『何それ』と言われるけれど、外国のおまじないだと答えると、それ以上聞かれない。説明しづらいことを毎年一つやっているぐらいがちょうどいい」

続けて四年目。布は同じものを使い続けており、汚れたら洗っている。「洗うと効果がなくなるという話は見かけなかったので、気にせず洗っている」

何も起きなかったという記録

三件目。五十代。

転職と親の入院が重なった年に、何かにすがりたくなって二月に十字を作った。水引で作り、玄関に掛けた。

作法の説明を読み、水を三度ふりかけ、家の祝福の言葉も唱えたという。

「結論から言うと、何も変わらなかった。転職先は合わず半年で辞めた。親の容体も良くならなかった」と本人は書いている。

「十字のせいだとは思っていないし、十字のおかげで持ちこたえたとも思っていない。何も起きなかった、というのが正確な記録だと思う」

一年後、掛け替えのときに外して、可燃ごみに出した。

「感謝を述べて処分する、と書いてあったので一応言ったけれど、口に出しながら白々しかった。自分には合わなかったのだと思う。合わない人が黙ってやめていくので、こういう記録は表に出にくい。だから書いておく」

現在は特に何もしていなく、「否定するつもりもない。効いたという人を止める気もなく、ただ、自分にとっては、困っているときに手を動かす対象としては軽すぎた。もっと具体的な行動が必要だった」

家畜小屋の代わりに仕事机へ

四件目。二十代。在宅で仕事をしている。

もともと家の守りに関心はなかったという。ただ、農家では家より家畜小屋を重んじたという記述が印象に残り、自分にとっての小屋は仕事机だろうと考えた。

小さい十字をイグサひもで作り、机の上の棚に立てかけている。

「玄関に掛けるほど大げさにしたくなかった。机の上なら自分しか見ない。毎朝座るときに視界に入る位置にしてある」

効き目についてはこう述べており、「集中できるようになったとか、そういうことはない。ただ、これを置いてから、机の上を散らかしにくくなった。周りが汚いと、その一角だけ浮いて見えるので。掃除の基準点になっている」

年に一度作り替えており、古いものは、去年の分と一緒に箱に入れて取ってあるという。

「捨てるのが惜しくて、屋根裏に積んでおく地域があると書いてあったので、それを口実にしている」

途中でやめた記録

五件目。三十代。

旅行で現地を訪ね、土産物店で十字を買って帰った。帰国後、由来を調べていくうちに、自分が買ったものが機械で編まれた輸出用の製品だと知る。現地の人が実際に作るものとは別物だった。

「そこで急に興ざめしてしまった。買ったものを飾ることに意味があるのか分からなくなったのだ。自分で作ろうとも思ったが、材料を探しているうちに面倒になり、そのままになった」

その後、聖井戸の木に布を結ぶ習俗をめぐる議論を読んで、さらに気持ちが遠のいたという。

「よその土地の作法を、背景も分からないまま持ってくるのは、どこかで誰かの迷惑になるかもしれない。そう思ったら手が止まった」

現在、買った十字は箱にしまってあり、「捨てるのも違う気がして、しまってある。関心がなくなったわけではなくて、読むだけにしている。やらないという選び方もあると思う」

プラセボと確証バイアス

護符の効き目をどう考えるか。心理学の側から、しばしば引かれる実験がある。

二〇一〇年に発表された研究で、参加者にゴルフのパットをさせる際、一方の群には「これは幸運のボールです」と告げた。もう一方には何も告げなかった。結果、前者の成功率が高かったと報告されたのだ。

研究チームは、迷信的な行為が自己効力感を高め、その結果として成績が向上すると解釈した。手指のしぐさを用いた実験も併せて報告された。

この研究は広く紹介されたが、そのまま鵜呑みにはできない。

二〇一〇年代半ば以降、心理学では再現性の問題が大きく議論されるようになった。この研究についても、統計的な検出力や結果の一貫性をめぐって疑問が呈された。追試の試みも行われている。

効果があるとしてもごく小さいか、条件に強く依存する可能性がある。これが慎重な読み方だろう。

もう一つ、確証バイアスの問題がある。

十字を掛けた年に良いことが起きれば、それを十字と結びつけて記憶する。悪いことが起きても、「掛けていなければもっと悪かった」と解釈できてしまう。

どちらに転んでも仮説が支持されるように見えるとき、その仮説は検証不能だ。

検証不能であることは、それ自体では誤りを意味しない。ただ、「効いた」という体験談を証拠として積み上げても、効き目の証明にはならないということは意味する。

では無意味かというと、そうとも言えない。

前の節で書いたとおり、二次的な働きは実在し、年に一度の点検の口実として機能する。家族の会話のきっかけになり、休むきっかけになる。

これらは超自然的な力を仮定しなくても説明できる。護符を評価するなら、この水準で評価するのが誠実だと思う。

民俗の商業化と観光化

祝日化と記念行事の集中は、この習俗をめぐる経済を確実に大きくした。

土産物としての十字、講座としての十字づくり、宿泊と結びついた季節の催し。海外向けの広報キャンペーンも展開された。

商業化を単純に堕落と呼ぶのは早い。

担い手が生活の糧を得られるからこそ続けられる、という側面は確かにある。工房が講座を開くことで技術が次の世代に渡ることもある。

一方で、売れる形に寄っていく圧力は無視できない。

写真映えする四腕型ばかりが作られ、地味な三腕型や地域固有の型が忘れられる。祭りの日取りが観光客の都合に合わせて動く。作法の説明が単純化され、「古代ケルトの叡智」といった売り文句がつく。

観光の文脈で語られる由来は、しばしば実際の民俗記録より整っている。整っているのは、整えたからだ。

矛盾する伝承、地域差、由来の分からない部分は、案内文からは削られる。旅先で聞いた説明が、この記事に書いたことと食い違っていたとしたら、どちらかが嘘というより、目的が違うのだと考えるほうがいい。

日本で商品を買う場合も同じ視点が要る。

値段の妥当性、誰が作ったか、材料は何か。手編みだと書かれていても、量産されたものが混ざる市場であり、高価であることは本物であることを保証しない。

作れるものは作ったほうが、この習俗の趣旨には近い。

「ケルト」というカテゴリ

冒頭でも触れたが、改めて書いておく。

考古学の側から、強い異論が出されてきた。古代の「ケルト人」という統一された民族が島嶼部に存在したという通念に対してだ。

一九九九年に刊行された考古学者による一般向けの書物がある。大西洋岸のケルトという観念が近代の発明であるという主張を前面に出し、大きな議論を呼んだ。

要点はこうで、言語の分類と、物質文化の共通性と、人々の自己認識。これらはそれぞれ別の次元の話であり、一つが揃っているからといって他が揃うわけではない。

この議論には反論もある。

言語学の側からは、島嶼部の言語群が同系であることは動かしがたいという指摘が出た。古代の著述家が大陸の集団をこの名で呼んでいたことも事実であり、「発明」という言い方は行きすぎだ、と。

学界の現状は、極端な否定でも素朴な肯定でもない。「共通の要素はあるが、近代のナショナリズムと文化運動が枠組みを大きく形づくった」という中間的な理解に落ち着いている。

実践者にとって何が変わるか。

「古代ケルトから連綿と続く秘儀」という物語は、そのまま受け取らないほうがいい、ということだ。

この記事で扱った習俗の大半は、確実に追える範囲では近世から近代のものである。それは価値を下げなく、二百年続いた習俗は、十分に古い。

むしろ、実在の記録に基づいて語るほうが、正体不明の古代を持ち出すより、はるかに敬意にかなっている。

文化盗用と言われうる点

日本に住む者が、他国の宗教的・民俗的な習俗を取り入れることについて、どう考えるか。

現地の実践者から発せられてきた意見を整理すると、意外なことに気づく。血筋の有無を基準にする立場は、意外なほど少なく、むしろ争点は、関わり方のほうにある。

批判の対象になりやすいのは次のような態度だ。

文脈を切り離して、気に入った部分だけを取り出す。出所を明かさずに自分の創作として売る。現地の実践者から学ばず、二次三次の情報だけで「専門家」を名乗る。取るばかりで、その文化に何も返さなく、神聖とされている場所や物を、装飾として消費する。

逆に、歓迎されやすい態度もある。

出所を明示し、分からないことを分からないと書く。現地の言語や文献に当たろうとし、現地の担い手の仕事を支える。そして、宗教的な中核に属する部分と、生活の作法に属する部分を区別して、後者から入る。

この記事の立場を明記しておこう。

ここで扱ったもののうち、家の守りの技法、材料と手順、季節の節目という枠組み。これらは日本の暮らしに移して差し支えないと考えている。

一方で、共同体の宗教生活の中核に属するものは、外から気軽に持ち出すべきではないと考えている。洗礼や聖体にかかわる典礼、聖人の連祷の全文、特定の井戸に固有の祈願の順序といったものだ。連祷の冒頭二句だけを挙げて、あとは省いたのはそのためである。

もう一つ。「アイルランドの人はこう言っている」という一枚岩の主張には注意したほうがいい。

どの社会にも意見の幅があり、ある人が問題ないと言い、別の人が問題だと言うのは、当たり前のことだ。判断を他人に丸投げせず、自分で引き受けるしかない。

火と乾燥と虫

火気が最大の危険だ。

乾いたイグサ、藁、麦わらは、細く割かれているぶん、木材よりはるかによく燃える。着火すれば一気に燃え広がる。

掛ける場所を決めるとき、次の場所は避けてほしい。

ガスコンロの上方と側方は避ける。電気ストーブや石油ストーブの前面と上方、ろうそくや線香を焚く場所の周囲、白熱電球や照明器具のすぐ上。乾燥機や暖房の吹き出し口の正面も外してほしい。

加えて、カーテンのそばも避けたい。何かが燃えたときに延焼経路になる。

かびと虫の問題もある。

湿った状態で保管すると、藁もイグサもかびる。編み上げたあとはよく乾かす。

湿度の高い日本の夏を越すと、うっすら白い粉のようなかびが出ることがある。出たら屋外で払い、日に当てて乾かす。ひどければ処分する。

喘息やアレルギーのある人がいる家では、乾燥した植物素材を室内に長く置くこと自体が刺激になる場合がある。無理をしないでほしい。

虫は、シバンムシやチャタテムシがつくことがあり、特に麦わらや穀物の穂を使ったものは、虫の食料になる。

作ったあと、一晩冷凍庫に入れてから飾ると、卵ごと処理できる。密閉できる袋に入れて凍らせ、取り出したあとは結露を拭いて乾かす。

住まいと植物をめぐる注意

賃貸住宅では、壁や柱、ドアに釘やネジを打たなく、石膏ボードの壁に開いた穴は原状回復の対象になりうる。

粘着フックを使う場合も、壁紙ごと剥がれることがあり、貼る前に目立たない場所で試してほしい。貼ってから長期間放置すると剥がしにくくなるので、半年ごとに貼り替える。

玄関ドアの外側に物を掛けるのは、共用部分にあたる場合がある。管理規約で禁じられていることがあるので、確認してから行う。

植物の採集については、繰り返しになるが押さえておきたい。

他人の土地の植物を無断で採らず、公園や街路樹の枝を折らない。河川敷でも管理者がいる。自然公園の特別地域では法令上の制限がある。

所有者が分からない土地は、分からないまま採らない。園芸店と手芸店を使うのが、いちばん確実で、いちばん揉めない。

作った十字を人にあげるのは、記録のなかでも一般的な習俗で、新婚の夫婦や、新しく家を構えた人に贈られた。

ただし贈る相手の信仰や考え方に配慮してほしい。宗教的な意味づけを苦手とする人もいるので、押しつけなく、相手が飾らなくても気にしない。

お金と勧誘への注意

守りや祈願を扱う場面には、残念ながら、それに乗じた勧誘がついて回る。

日本では対策が定められており、霊感などを用いて不安をあおり、財産的な損害を与えるような勧誘への対策だ。法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律、いわゆる不当寄附勧誘防止法である。

この法律のもとでは、霊感などによる知見を示して不安をあおるといった一定の類型の勧誘が禁止行為とされる。そうした勧誘によってなされた寄附は取り消せる場合がある。消費者契約法の側にも、同様の趣旨の取消権が設けられている。

判断の目安を挙げておこう。

第一に、その場で決断を迫るもの。第二に、断ると不幸が起きると告げるもの。第三に、家族や先祖の因縁を持ち出すもの。

第四に、価格の根拠を説明しないもの。第五に、次々と追加の購入や寄附を求めるもの。第六に、他の人に相談することを妨げるもの。

これらのいずれかがあれば、その場で契約せず、いったん離れる。

相談先を書いておく。

消費生活の相談は、全国共通の消費者ホットラインが番号一八八だ。土日祝日も原則として利用でき、地域の消費生活センターにつながる。相談自体は無料だが通話料はかかる。

犯罪に至らない段階での警察への相談は、警察相談専用電話の九一一〇番がある。緊急の事件や事故であれば一一〇番を使う。

契約書や領収書、勧誘の場でのやりとりの記録は、捨てずに残しておいてほしい。

護符そのものに高額な値がつくこと自体は、必ずしも不当ではない。手仕事には手間がかかり、材料にも費用がかかる。

問題は価格の高さではなく、不安をあおって判断を歪めることにある。この記事で紹介した作法は、いずれも数百円の材料と三十分の時間で始められる。始めるのに高額の出費は要らない。

代替してはならない判断

この記事に書いたことは、いずれも医療、法律、金銭の判断を代替しない。

体の不調があるなら医療機関にかかり、ブリギッドの布を頭に巻いても頭痛の原因は分からない。

繰り返す頭痛、視野の異常をともなう頭痛、これまでにない激しい頭痛。これらは受診の対象だ。

心の不調も同じであり、眠れない状態や気分の落ち込みが続くなら、専門の窓口に相談してほしい。

法的な問題があるなら弁護士や公的な相談窓口にかかる。近隣とのもめごと、契約のもつれ、相続の問題は、守りの作法で解決しない。

お金の判断も同じだ。護符を掛けたから投資がうまくいく、といった説明を見かけたら、その説明そのものを疑ってほしい。運用の判断は、運用の知識に基づいて行う。

土についても改めて書いておく。

特定の場所の土を薬として用いる伝承を紹介したが、土を傷口につけたり、口に入れたりしてはならない。土壌には破傷風菌をはじめとする危険な細菌が含まれ、傷を負ったなら洗って医療機関にかかる。

子どもと家族と行う場合

十字を編む作業そのものは、子どもと一緒にできる。

紙ストローを使えば、小さい子でも手順を追える。はさみを使う工程は大人が見る。水に浸す工程は、洗面器に張った水でよい。

気をつけたいのは、意味づけのほうだ。

「これを掛けておかないと悪いことが起きる」という言い方は、子どもに不必要な不安を与える。守りの話は、恐怖ではなく安心の側から語ってほしい。

「これを作って掛けておくと、家のことを一年に一度ちゃんと見直せる」という程度の説明で十分だろう。

信仰に関わる部分については、家庭のなかでも考えの違いがある。

同居する家族が別の信仰を持っている場合、玄関のような共用の場所に何かを掛けるのは、事前に相談したほうがいい。相談せずに掛けて、あとで揉めるのは、守りの目的に反する。

自分の部屋に置く、机の上に置く、という選択肢がある。

学校や職場に持ち込む場合も同様だ。宗教的な意味を持つものを共用スペースに置くことについては、組織の方針がある場合が多い。個人の持ち物の範囲にとどめる。

よくある問い

十字は必ず二月一日に作らなければならないか。そうではない。

民俗記録には、この日でなければならないという語りと、いつでもよいという語りの両方がある。ただし掛け替えの周期を一年とするなら、決まった日にしておくほうが管理しやすい。

作り方を間違えたものには効き目がないか。そうした語りは見当たらない。

地域ごとに形がまるで違う以上、「正しい一つの形」は存在しない。腕の長さが不ぞろいでも、中心が少し歪んでも構わない。

古い十字を捨てるのは失礼ではないか。処分そのものが伝統である。

燃やす、土に還す、そのまま残す、という三つの扱いが記録されている。日本では可燃ごみに出すのが現実的で、その際に一年分の感謝を述べる、という形にすればよい。

買ったものではだめか。だめということはない。

ただし、この習俗の中心は「家族で手を動かして作る」ことにあった。作れる環境があるなら作るほうが趣旨に近い。買う場合は、誰がどこで作ったものかを確かめてほしい。

宗教が違うが問題ないか。実際には、宗教的な意味を意識せずに掛けている人が現地にも多い。

とはいえ、自分の信仰と衝突すると感じるなら、無理に行う必要はない。同居家族の信仰に配慮することは、この記事が繰り返し述べているとおりだ。

複数の作法を同時に行ってよいか。十字と布と帯を同じ年に行うことは、現地でもふつうに行われていた。

ただし、性格の違う体系を混ぜると自分でも何をしているのか分からなくなりやすい。最初の年は一つに絞ることをすすめる。

効かなかったらどうするか。やめてよい。合わないと感じたら続けなく、この記事に否定的な記録を二件収めたのは、そのためである。

一年のなかでの位置づけ

この習俗は二月一日で完結せず、年間の流れのなかに置いてみよう。

一月末に材料をそろえる。二月一日に十字を編み、布を出し入れし、家を点検する。

春から夏にかけては、掛けたものが湿気やかびで傷んでいないかを、月に一度ほど見る。梅雨の時期がいちばんの山場になる。

秋には、材料を自分で採るつもりなら、乾かす作業に入る。ススキやアシは秋に採り、束ねて風通しのよい日陰に吊るす。

冬に入ったら、翌年の分の段取りを考える。そして翌年の二月一日に、掛け替える。

五月の初めには、別の節目がある。ナナカマドと赤糸の十字を作り替える時期として記録されているのがこの時期だ。

二月と五月の二回、家の守りを見直す周期があると考えると、一年の組み立てがしやすい。

日本の暦に重ねるなら、二月の作業は節分と立春の前後にあたる。十二月の大掃除、二月の点検、五月の見直し、と並べれば、無理なく生活に収まる。

行事を増やすことが目的ではないので、続かないなら減らしてよい。年に一度、二月一日だけでも十分に成り立つ。

用意するもの、一覧

ここからは、実際に手を動かすための手引きで、目的は、自分と自分の家を守り、清め、落ち着けることに限る。他者に向けた働きかけは一切含まない。

材料は次のとおり。

第一に、編むための細長い素材を二十四本から三十二本。イグサひも、水引、クラフト用紙紐、園芸用麻ひも、紙製ストローのいずれか。長さは三十五センチメートルから四十センチメートル前後にそろえる。予備を四本足す。

第二に、たこ糸か細い麻ひもを一メートルほど用意し、第三に、はさみ。第四に、洗面器とぬるま湯を揃える。第五に、乾いたタオルを一枚。

第六に、新聞紙またはレジャーシート、第七に、水を入れる小さな器と、汲み置きの水道水を用意しておく。

第八に、白い木綿の布か手ぬぐいを一枚。これはブリギッドのマント用だ。

第九に、掛けるための粘着フックか、剥がせるタイプの額縁用金具。第十に、記録用のノートかメモも要る。

任意で用意するものもあり、塩を少量。ろうそくを一本。

ただしろうそくを使うなら、燃えやすい材料からじゅうぶん離し、耐熱の受け皿に立て、目を離さない。使わなくても儀礼は成立する。

準備しないほうがよいものも挙げておく。刃物を象徴として使うこと。他人の写真や持ち物。誰かの名前を書いた紙。これらはこの手引きの目的の外にある。

日時、方角、回数

日時の基本は二月一日だ。

前日の一月三十一日の日暮れどきに材料をそろえ、日没後に始める。この日に合わせられない場合は、立春の前後、あるいは自分で決めた年に一度の日でよい。

時刻は、日が落ちてから寝るまでのあいで、急がなくてよい時間帯を選ぶ。所要時間は、準備から片づけまでで一時間半から二時間を見ておく。

方角については、厳密な決まりが民俗記録に見当たらない。

この手引きでは、家の入口を基準にし、入口の外に立ち、内を向いて呼びかけ、内へ入る。十字を掛けるときは、腕が上下左右を向く姿勢にし、菱形に見えるよう傾けたいならそれでもよい。

回数はこうで、戸口の呼びかけは三度。水をふりかけるのは三度、家をひと回りするのは一度。

井戸を巡る作法に倣って三度にしてもよいが、家のなかでは一度で足りる。祈りの言葉は、それぞれ三度ずつ唱える。三という数は、この地域の作法に一貫して現れる。

支度から編むまで

第一段階は支度だ。

床に新聞紙を敷く。材料を洗面器のぬるま湯に十五分から三十分浸す。

そのあいだに、家のなかを軽く片づける。玄関のたたきを掃く。掛ける予定の場所のほこりを払う。器に水を汲む。

布を外に出す。窓のさんに端をはさむか、洗濯ばさみで留める。

第二段階は戸口の呼びかけである。

浸した材料を取り出し、タオルで水気を拭く。束にして抱え、玄関の外に出て、戸を閉める。戸の前に立ち、次の言葉を唱える。

カタカナ読みで、テーギー・エル・ヴール・ングルーニェ・アグス・アブリーギー・ヴール・バジェラハ、アグス・リギー・ブリード・ニーファ・イシュタハ。

日本語訳は、みな、ひざまずいて祈りを唱えなさい、そして聖ブリードを中へお入れなさい、となる。

家のなかに人がいるなら、その人が応じる。一人なら、自分で戸を開けてから、内側を向いて答えの言葉を唱える。

タル・イシュタハ、ア・ヴリード・ニーファ。お入りください、聖ブリード、という意味だ。

これを三度繰り返し、三度めのあとに材料を抱えて家に入る。集合住宅で声を出しにくい場合は、心のなかで唱えてよい。玄関の外に出られない場合は、部屋の入口で同じことをする。

第三段階は水をふりかける作業だ。

器の水に指先を浸し、材料に向けて三度はじきかける。ふりかけながら、ゴ・ミャニー・ジア・アン・チャハ・ショ、と唱える。この家に神の祝福がありますように、という意味である。

これも三度。信仰の枠組みが合わないと感じる場合は、シーホーン・サン・アーラス・ショ、に替えてよい。この住まいに平安を、という意味だ。

第四段階は編む作業である。

この記事の四腕型の手順に従って編む。作業中は無言でもよいし、讃歌を口ずさんでもよい。

編み上がったら腕を縛り、切りそろえる。切れ端は新聞紙の上に集める。

掛けて、巡って、締める

第五段階は掛ける作業だ。

掛ける場所を決め、フックを取りつけ、十字を掛ける。掛けたあと、その前に立って唱える。

バナハト・ジェー・エル・アン・チャハ・ショ・アグス・エル・ガハ・ジニェ・ア・ホーニーン・アン。この家と、ここに住むすべての人の上に、神の祝福がありますように、という意味である。

第六段階は家を巡る作業だ。

器の水を持ち、家のなかを一巡し、玄関から始め、時計回りの動線で各部屋を回り、玄関に戻る。部屋ごとに、入口で水を一度はじきかける。

台所ではこう唱える。ゴ・メリミジ・ビョー・エル・アン・アム・ショ・アリーシュ。来年の今ごろも、みな元気で生きていますように、という意味だ。

寝室ではこう唱える。コラ・サーウ・アグス・アシュリンギー・アーリェ。安らかな眠りと、美しい夢を、という意味である。

第七段階は点検だ。

巡りながら、実務の点検も行う。火災警報器の作動確認。消火器の期限、ガスの元栓、ブレーカーの位置、非常持ち出し袋の中身と期限、家具の転倒防止、玄関の施錠。

この段階を儀礼に組み込むことが、この手引きのいちばん実用的な部分だと思う。気づいた不備はノートに書き留める。

第八段階は締めだ。

最後の明かりを落とす前に、家の中心と感じる場所に立ち、夜の火を灰で覆うときの祈りを唱える。ヘブリディーズ諸島で採集されたものだ。

聖なる三つのものが、救い、守り、囲みますように。かまどを、家を、家族を。この夕べ、この夜、そしてすべての夜、一夜一夜を。

第九段階は翌朝である。

外に出しておいた布を取り込む。取り込んだら、ファイ・ヴラット・ヴリージェ、と唱えて、たたむ。ブリギッドのマントの下に、という意味だ。

布はよく乾かし、風通しのよい場所にしまう。一年のあいだ、必要なときに使う。

後始末と、やめるときの手順

当日の後始末から述べよう。

新聞紙に集めた切れ端をまとめる。植物素材なら可燃ごみに出すか、庭の土に混ぜる。器の水は流しに捨ててよい。洗面器を洗って乾かす。

ろうそくを使ったなら、火が完全に消えたことを確認し、受け皿が冷えるまで動かさない。

ノートに、作った日、材料、掛けた場所、点検の結果を記録し、この記録が翌年の役に立つ。

一年後の処分について。

掛け替えの日に、古い十字を外す。外したら、ほこりを払い、しばらく手に持って、一年守ってくれたことに礼を述べる。特別な文句は要らず、「ありがとう、一年ありがとう」で足りる。

そのあと、次の三つのいずれかを選ぶ。可燃ごみに出す。庭や鉢の土に混ぜて還す。屋根裏や箱に重ねて保存する。

屋外で焼却するのは、条例上の制限があるので避ける。社寺のお焚き上げに出したい場合は、他宗教の品を受けつけるかどうか事前に問い合わせ、断られても当然と考えてほしい。

途中でやめる場合の処分も同じでよい。合わないと感じたら、掛けたものを外し、礼を述べ、可燃ごみに出す。やめること自体に罰はない。

中止すべき場合

次のいずれかに当てはまるときは、この手引きを実行せず、あるいは途中で中止する。

体調が悪いとき。発熱や強い痛みがあるとき。手順を追う集中力が保てないとき。医療機関にかかることが優先だ。

強い不安や動揺のさなかにあるとき。何かにすがりたい気持ちが強いときほど、判断が歪みやすい。落ち着いてから行ってほしい。

同居する家族の同意が得られないとき。共用の場所に何かを掛けることに反対があるなら、掛けなく、自分の部屋に置くにとどめる。

住まいの規約や管理者の指示に反するとき。共用部分への設置が禁じられているなら行わない。

火気の安全が確保できないとき。掛けたい場所が火の近くしかないなら、掛ける計画そのものを見直す。

金銭の支出をともなう勧誘を受けているとき。誰かに「この作法をするには特別な品が要る」と言われているなら、その時点で中止し、相談する。

この手引きに必要な材料は、いずれも手芸店とホームセンターで買える一般的なものだ。

未成年だけで行う場合。はさみと水を使うので、保護者と一緒に行う。ろうそくは使わない。

材料と代用の早見

材料ごとの特徴を整理しておこう。

イグサひもは手芸店や園芸店で手に入り、本来に近く仕上がりが良い。要浸水で、乾きすぎると割れる。

水引は手芸店や文具店で買える。腰が強く角が立つ。ただしきつく折ると表面の紙が裂ける。

クラフト紙紐は手芸店や通販で入手できる。幅を調整でき菱形型に向く。湿気に弱い。

園芸用麻ひもはホームセンターで買える。安価で入手容易だが、柔らかく角が丸くなる。

紙製ストローはスーパーや通販で買える。子どもと作るなら最適で、細く軽いため見栄えは控えめになる。

ススキやアシは自分で採取し、本来の質感に近いが、採取地の許可が必要で、要浸水だ。

竹ひごは推奨せず、折り曲げると折れる。

樹脂ストローも推奨せず、折り目が割れる。処分にも困る。

手を動かす時間について

この手引きは、守りと清めと落ち着きのためのものだ。

掛けた十字が何かを追い払ってくれると信じるかどうかは、読む人に委ねられている。

信じても信じなくても、年に一度、家の火のもとを見て、戸締まりを確かめ、家族の健康を口に出して願う時間には意味がある。

それは超自然的な力を仮定しなくても成り立つ効用で、この記事がいちばん確かなこととして書けることでもある。

材料を浸し、指で折り、九十度回し、また折る。この単純な繰り返しのあいだ、手は忙しく、頭は静かになる。

三十分後、手のなかには、少し不格好な、しかし確かに自分が作った形が残っている。それを戸口の上に掛けて、一年が始まる。

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