十六世紀のイングランドに、当代随一の学者がいた。
ケンブリッジで学び、ヨーロッパ中の大学から招聘を受け、女王エリザベス一世の戴冠日を占星術で選び、英語圏で初めて大英帝国という言葉を印刷物に記したとされる男。ユークリッドの原論の初の英訳に序文を寄せ、航海術を実務家に教え、私邸に当時のイングランド最大級の蔵書を築いた男。
その名をジョン・ディーという。
そのディーが、人生の後半をほぼまるごと注ぎ込んだのが、水晶球を通じた天使との交信だった。ただし彼は自分では何も視えなかった。視たのは、エドワード・ケリーという素性の怪しい若者のほうだ。
二人が二十数年にわたって書き溜めた記録からは、二十一文字のアルファベットが現れた。独自の語彙と文法をもつ天使の言語、そして四つの巨大な文字表と三十の階層世界からなる宇宙論も立ち上がっている。それが今日エノク魔術と呼ばれるものの原型になる。
ここでは、その成立の歴史を追い、体系の中身を解きほぐし、現代に伝わる実践のかたちを、安全に行うための守護の作法とあわせて、できるかぎり具体的に記していく。同時に、懐疑論の側が積み上げてきた説明にも等しく紙幅を割く。
エノク魔術は、信じるか信じないかを迫る対象というより、人間の心はここまでのものを作り出せるのか、という問いそのものとして面白い。
- 数学は魔術ではないと言い張った男
- 本を全部読んでも、埋まらないものがあった
- 素性の知れない若者が、水晶を覗いた
- 逆さに書き取られたテキスト
- エノク文字二十一文字の実態
- 翻訳のない書と、翻訳のある書
- 一枚の表に、数百の名前が畳み込まれている
- 三十層の階層宇宙
- 一五八三年の出発から、決裂まで
- パイ皿の敷き紙になり損ねた写本
- 黄金の夜明け団による、第二の誕生
- クロウリーと、砂漠を歩いた三十日
- 日本ではどう受け止められてきたか
- 準備するもの、そして守るべき線
- 結界を張る――小五芒星追儺儀式の全文
- 第一のコール
- 第二のコール
- 座り方、記録、そして終え方
- 三つの記録
- 懐疑論と、心理学からの説明
- 踏み越えてはならない線
- なぜ人を惹きつけるのか
- 通し手順――一回のセッションを終えるまで
数学は魔術ではないと言い張った男
ジョン・ディーは一五二七年、ロンドンに生まれた。父はヘンリー八世の宮廷に仕える織物商だ。
ケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジに入り、寝食を削るような勉強ぶりで知られた。一日に十八時間を学問に充てたという逸話が残っているが、これは本人の自伝的記述に由来するもので、多少の誇張は割り引いて読んだほうがいい。
彼の学問形成を決定づけたのは、大陸への遊学だった。ルーヴァン大学で、地図製作と測地学の第一人者ヘンマ・フリシウスに、そして後に世界地図の代名詞となるゲラルドゥス・メルカトルに師事する。
ディーはメルカトルから天球儀と測量器具を持ち帰り、それをイングランドに導入した。当時のイングランドでは、数学という学問そのものが怪しげなものと見られていた。数を扱う術は魔術と紙一重だと本気で疑われていたのだ。
その偏見に正面から挑んだのが、一五七〇年に出たヘンリー・ビリングズリー訳のユークリッド原論英語版への序文になる。彼はここで、数学が航海、建築、測量、音楽、光学といった実務の全域にどう役立つかを列挙した。そのうえで、数学は魔術ではなく実用の学であると宣言している。
この序文は英語で書かれた数学思想の記念碑と評価されていて、後世の技術者や職人層に長く読まれた。
実務家としての顔も濃い。一五五〇年代半ば以降、彼はモスクワ会社の航海士たちに航海術を教える立場にあり、北東航路と北西航路の探索計画に技術顧問として関与した。マーティン・フロビッシャーの北方探検には出資者としても名を連ねている。
船乗りたちはモートレイクの彼の家を訪ね、球面三角法と天測航法の手ほどきを受けた。当時のイングランドには航海術を体系的に教える機関が存在しなかったから、ディーの私邸が事実上の航海学校として機能していたことになる。
一五七七年の、航海術の完全なる技芸に属する一般的かつ稀少な覚書という長い題の本で、彼は海軍力の増強を説いた。そしてその文脈で、大英帝国という語を印刷物に用いている。これが英語における同語の最初期の用例とされる。
ディーの構想は単なる海軍増強論ではなかった。アーサー王伝説やマドック王子の北米渡航伝説を援用して、イングランドが北大西洋に法的権原を持つと論じるものだ。歴史と法と数学と地理を一つの帝国構想へと束ねる、きわめて野心的な議論になっている。
エリザベス一世はスペインを刺激することを恐れて公には支持を与えなかったが、私的には彼の影響下にある探検家たちを後押ししたと伝えられる。
近年の研究は、ディーをオカルティストの枠に押し込めず、イギリス帝国イデオロギーの形成者、数学教育の推進者として再評価する方向にある。
本を全部読んでも、埋まらないものがあった
テムズ川沿いのモートレイクにあったディーの家は、当時のヨーロッパでも屈指の私設図書館だった。蔵書は写本を含め三千点から四千点に及んだと見積もられている。
同時代のケンブリッジ大学図書館やオックスフォードの各カレッジの蔵書を、はるかに凌ぐ規模だ。天文学、数学、航海術、医学、歴史、法律、そして錬金術、占星術、カバラ、魔術書がひとつの屋根の下に並んでいた。
ここには学者、廷臣、船乗り、外交官が出入りし、事実上の研究所として機能していたという。
この図書館こそが、ディーを天使交信へと押し出した装置だったと見ることができる。彼は当時手に入るほぼすべての知識にアクセスできた。そしてアクセスできたからこそ、その知識が世界の根本を説明しきれていないことを、誰よりも痛切に知ってしまった。
天体の運行は計算できても、なぜそう動くのかは分からない。物質の変化は観察できても、その底にある原理には届かない。人間が蓄積してきた本を全部読んでもなお残るこの空白を、彼は人間の学問では埋まらないと結論した。
ならば、直接教わればいい。誰に。神に近い存在、すなわち天使に。
この飛躍は、現代の目には突飛に映るだろう。だが十六世紀の知識人にとって、天使は空想上の存在ではなく、被造物の階梯における実在のカテゴリーだった。
ヨハネス・トリテミウス、コルネリウス・アグリッパといった先行者たちの著作は、天使との交渉を扱う技法を体系的に論じている。ディーの蔵書にはそれらが揃っていた。彼は当時の学問の最先端に立った人物であり、その最先端の作法として天使に問うたのだ。
肝心なのは、ディーが自らの営みを一貫して悪魔的なものではないと主張し続けたことになる。彼の日記は、祈りと断食と悔い改めに満ちている。彼にとってこれは黒魔術ではなく、正統な信仰の内側で行われる、神への直訴に近い行為だった。
素性の知れない若者が、水晶を覗いた
一五八一年頃から、ディーは本格的に霊視の実験を始める。しかし問題があった。彼自身には視えなかったのだ。
そこでスクライヤー、つまり霊視者を雇うことになる。最初に雇ったバーナバス・ソールという男は程なく去った。
一五八二年三月、モートレイクの家を訪ねてきたのが、タルボットと名乗る若い男だ。後にエドワード・ケリーの名で知られることになる人物になる。
一五五五年ウスター生まれとされ、オックスフォードで学んだという説もあるが確証はない。両耳を失っていた、あるいは常に頭巾で耳を覆っていたと伝えられ、これは文書偽造の罪で耳削ぎの刑を受けた結果ではないかと当時から囁かれていた。伝聞と後世の脚色が幾重にも重なっており、実像は霞んでいる。
ともあれケリーは、水晶球を覗いた最初のセッションで、ディーが数年かけても得られなかったものを一気に見せた。天使が現れ、名を名乗り、指示を出す。
ディーは狂喜し、以後この若者を手放さなくなる。年齢差は約三十歳。ヨーロッパ中に名を知られた老学者が、素性の知れない二十代の若者に全面的に依存する関係が始まった。
この非対称性が、エノク魔術をめぐる評価の全部を規定してきたと言っていい。ケリーだけが視た。ディーはただ書き取った。だから詐欺説が絶えない。
一方で、記録に残るケリーの態度は、単純な詐欺師像には収まりにくいものでもある。たびたび嫌気がさして逃げ出そうとし、これは悪魔ではないかと怯え、ディーに翻意を促し、それでもまた戻ってくる。
日本の研究者である横山茂雄は、この怯懦と疑念のありようを、詐欺師のものとは違うと見る。自分でも理解できない大いなるものに巻き込まれてしまった者の戸惑い。そう読む余地を指摘しているわけだ。
逆さに書き取られたテキスト
実際のセッションは、驚くほど手続き的だ。
まず部屋を整え、ホーリー・テーブルと呼ばれる机を据え、その上に蝋で作った印章の円盤を置き、その上に水晶球あるいは黒曜石の鏡を安置する。四本の脚の下にも同じ印章の小型版を敷く。
ディーとケリーは祈りを唱える。断食が課されることもあった。そしてケリーが石を凝視する。
視像が現れると、ケリーはそれを口頭で描写する。ディーは机の脇に座り、ひたすら書き取る。
天使が文字を示すときは、しばしば途方もなく手間のかかる方法が取られた。たとえば四十九かける四十九のマス目に文字が敷き詰められた表を伝えるとき、天使は棒で一マスずつ指し示し、ケリーがその文字を読み上げ、ディーが書き留める。一つの表を写すのに何時間もかかったという。
さらに奇妙なのは、危険な内容とされるテキストの伝達方法になる。天使は、逆順に、つまり最後の文字から最初の文字へ向かって口述させた。呪文を正しい順序で読み上げてしまうと効力が発動してしまうから、というのが理由だ。
したがってディーの手稿には、逆さに書き取られたテキストが残っている。
この手続きの回りくどさは、逆説的に記録の信憑性を支える材料にもなってきた。もし創作なら、ここまで自分の首を絞める作業を延々と続ける動機が説明しにくいからだ。もっとも、この労苦そのものが、参加者双方に本物であるという確信を植え付ける効果を持ったという読み方もできる。
記録に登場する天使たちは、それぞれ個性を持っている。ウリエル、ミカエルといった伝統的な名もあれば、ガルヴァー、ナルヴァージュ、イル、マディミといった聞き慣れない名も多い。
とりわけマディミは印象深い。最初は幼い少女の姿で現れ、年月とともに成長し、後には成熟した女性として振る舞うのだ。二十年近い記録のなかでキャラクターが一貫して変化していく。この点は、単発の詐術では説明しづらい、記録全体の物語的な厚みを示している。
エノク文字二十一文字の実態
一五八三年三月二十六日、ケリーは水晶のなかに二十一文字のアルファベットを見たと報告する。ディーはこれをアダムの文字と呼んだ。
エデンの園でアダムが万物に名を与えたとき用いた原初の言語であり、バベル以前の、神が世界を創造したときの言葉である。それが天使側の説明だった。
文字は右から左へ書かれる。字形はヘブライ文字、ギリシア文字、アラビア文字の要素を混ぜたような、渦巻きと鉤の多い独特のものだ。
各文字には固有の名前がある。広く流布している対応を並べておこう。ウンがA、パがB、ヴェーがCとK、ガルがD、グラフがEにあたる。
オルがF、ゲドがG、ナハスがH、ゴンがIとJとY、ウルがLになる。
タルがM、ドラックスがN、メドがO、マルスがP、ゲルがQだ。
ドンがR、ファムがS、ギスグがT、ヴァンがUとVとW、パルがX、そしてケフがZになる。
二十一文字で英語の二十六字を賄うため、IとJとY、UとVとWはそれぞれ一文字に統合されている。写本によって字形にも文字名にも揺れがあり、右の表はあくまで最も普及した読み方だ。
発音については、ディー自身がある程度の指示を残している。音節の切れ目をスペースで示したり、アクセント記号を付したり、欄外に別読みを書き添えたりしているのだ。
厄介なのがZの扱いだ。正直、ここは今も揉めている。ゼッドではなくゾドと延ばして読む語があるのだ。天使はディーに、Mozはそれ自体で喜びを意味するが、Mozodと延ばせば神の喜びを意味する、と説明したと記録されている。
ところがZを含む百二十七語のうち、実際にこの延伸が指示されているのは七語にすぎず、規則としては一貫していない。
黄金の夜明け団はこれとは別に、子音の連続にヘブライ語風の母音を差し挟む独自の発音法を編み出した。今日流通している発音は、大きく分けてディーの原記述に忠実であろうとする系統と、黄金の夜明け団系統の二つになる。どちらが正しいかに決着はついていない。
翻訳のない書と、翻訳のある書
エノク魔術の原典は、性質の異なる二つの層からできている。この区別を押さえておかないと、話がまるで通じなくなる。
第一の層がロガエスの書だ。神からの言葉の書、といった意味に解される。四十九の祈り、つまりコールと、四十九かける四十九のマス目に文字を敷き詰めた九十五枚の表からなる。
決定的な特徴は、天使が翻訳をいっさい与えなかったことになる。つまり、意味の分からない文字列が延々と続くのだ。
ディーは、この書物が四十九の知恵の門を開く鍵であり、人間が完全に理解できるものではないと告げられている。言語学者ドナルド・レイコックは、ロガエスの文字列が自然言語には通常現れない音韻的特徴を示すと分析し、これを異言、いわゆるグロソラリアに近いものと見た。
第二の層が天使の鍵、いわゆる四十八のコールになる。約一年後、クラクフで受信された。こちらは詩的な文体をもち、しかも英訳が同時に与えられている。
エノク語の語彙と文法の知識は、ほぼ全面的にこの層に依存しているわけだ。
数が四十八であって四十九でないのは、第一のコールが人間には発音してはならないものとして与えられなかったためとされる。したがって通し番号でいう第一のコールは、実際には全体の二番目にあたる、という入り組んだ事情がある。呼び方の混乱はここに由来する。
さらに補助の知識の書という文書が、地上を九十一の区分に分け、それぞれを統べる天使の名と、三十のエーテュルへの帰属を定めている。地理と天使論を接続する、ある種の霊的行政区画表だ。
ディーがこれを帝国構想と結びつけて考えていた可能性は、複数の研究者が指摘するところになる。天使から与えられた地上の区分表は、彼の海外進出論と地続きだったのかもしれない。
一枚の表に、数百の名前が畳み込まれている
体系の中核を占めるのが、大いなる表と呼ばれる文字表だ。一五八四年六月、クラクフで受信された。
十二かける十二のマス目からなる四つの表が、中央の十字を挟んで配置される。この四つの表をウォッチタワー、すなわち監視塔と呼ぶ。
四つの表はそれぞれ風、水、地、火の四大元素に対応し、各表はさらに四分割されて、風の中の風、風の中の水というように十六の下位区分をもつ。各区分には十マスからなるカルヴァリー十字が置かれている。
この格子から、縦横斜めに文字を読み取ることで、神名、大天使名、天使名が階層的に導き出される。中央の十字は合一の表、または黒十字と呼ばれ、五行五列の文字が霊と四元素を司る名を与える。
要するに、この一枚の表のなかに数百の名前が入れ子状に畳み込まれているわけだ。名を引き出す手順は複雑で、黄金の夜明け団はこれをさらに整理し、各マスに元素と惑星と十二宮を割り当てたピラミッドの図式を作り上げた。
物理的な道具としてまず挙がるのが、シジルム・デイ・エメス、すなわち神の真実の印になる。
蝋で作った円盤に、七角形と七芒星を基本とする幾何学図形を刻み、そこに神名、大天使名、天使名を配置する。中心には五芒星と十字が置かれる。
外周には惑星に対応する七天使の名が、文字を数えて拾い出す規則によって導かれた形で並ぶ。七角形には惑星対応の大天使名が配される。ザフキエル、ザドキエル、カマエル、ラファエル、ハニエル、ミカエル、ガブリエルの七つで、七かける七の文字方陣から水平に読み出したものだ。中心に近づくほど、別の方陣を異なる方向に読むことで得られる惑星霊の名が層をなしていく。
ディーは、この印章を刻んだ蝋の円盤を複数枚作った。大きめの一枚を机の上に置き、その上に霊視用の石を据える。小型のものを机の四本の脚の下に敷く。
机そのものがホーリー・テーブル、すなわち聖卓で、天板の縁にはエノク文字が刻まれ、中央には十二の区画に分かれた図像が描かれる。要するに、机も印章も石も、まとめて一つの装置なのだ。
エノク魔術が他の西洋儀式魔術と際立って異なるのは、この工作物としての緻密さにある。文字表の一マスを間違えれば名前が変わってしまう、という設計になっているため、実践者は必然的に膨大な作図と写字の作業に引きずり込まれていく。
三十層の階層宇宙
もう一つの柱が、三十のエーテュルだ。地上から神へと至る道筋を、三十の同心円状の層として描いたものになる。
最も外側で物質界に近いのが第三十のテックス、最も内側で神に近いのが第一のリルだ。順に並べると、リル、アルン、ゾム、パズ、リト、マズ、デオ、ジド、ジプ、ザックスと続く。
さらにイク、ロエ、ジム、ヴタ、オクソ、レア、タン、ゼン、ポプ、クルと並ぶ。
そしてアスプ、リン、トル、ニア、ヴティ、デス、ザー、バグ、リー、テックスで終わる。
実践上、エーテュルへの参入は第十九のコールに、当該エーテュルの三文字の名を差し込んで唱えることで行われる。つまり同じ一つのコールが、名前を差し替えることで三十通りに使われるわけだ。
これは体系としてきわめて経済的な設計であり、後年クロウリーがこの部分を集中的に用いたのも、扱いやすさゆえだろう。
エーテュルは単なる階層のリストではなく、それぞれが固有の風景と守護者と教訓を持つ場所として語られる。とりわけ第十のザックスは、後で触れるように、深淵、いわゆるアビスと呼ばれる断絶に対応するとされ、ここを扱う実践には強い警告が付される。
ちなみに、ディーとケリーの原記録では、エーテュルの探査はさほど深く行われていない。今日イメージされる三十層を順に登っていく旅は、大部分が二十世紀の再解釈の産物になる。
一五八三年の出発から、決裂まで
一五八三年、ポーランドの貴族アルベルト・ワスキ、別名アルバート・ラスキがイングランドを訪れ、ディーのもとに出入りするようになる。天使たちはワスキを称揚し、彼とともに大陸へ渡るよう指示した。
同年九月、ディーは家族とケリー夫妻を連れ、蔵書と器具の一部を携えて出国する。以後六年に及ぶ東欧遍歴の始まりだ。
この出国は、ディーにとって取り返しのつかない損失をもたらした。留守中のモートレイクの家は略奪され、蔵書と器具の相当部分が失われたのだ。当時のイングランドで最も豊かだった私設図書館は、こうして散逸した。
一行はポーランドを経てボヘミアに入る。一五八四年には、プラハで神聖ローマ皇帝ルドルフ二世に謁見している。
ルドルフは錬金術師と占星術師を宮廷に集めることで知られた君主であり、ディーには勝算があった。しかしディーが持ち込んだのは技術的な提案ではなく、天使からの伝言、すなわち悔い改めよという趣旨の警告だった。皇帝の反応は冷ややかだったと伝えられる。
やがてローマ教皇大使が二人を異端の疑いで告発し、一五八六年、皇帝の勅令により追放される。ポーランド王ステファン・バートリの前でも実演を行ったが、こちらも定着しなかった。
最終的に一行を受け入れたのが、ボヘミアの大貴族ヴィレーム・ロジュムベルクになる。トシェボニの城に居を与えられ、比較的安定した時期が訪れた。
だがこの頃から、二人の関係の重心は移動していた。ケリーは錬金術師としての名声を高めつつあり、金属変成の実演で貴族たちの支持を集めていたのだ。天使交信の書記に徹するディーとの間に、力関係の逆転が生じていく。
そして一五八七年四月、トシェボニで、記録全体のなかでも最も物議を醸す交信が起きる。
マディミが現れ、二人がすべてを共有すべきこと、すなわち財産のみならず妻もまた共有すべきことを告げたとされる。ディーの日記には、彼が深く動揺し、しかし天使の指示である以上従うほかないと自らに言い聞かせる過程が記されている。
妻ジェーン・ディーは激しく抵抗し、涙を流したと書かれている。最終的に、四人が署名した合意文書が作られたとされる。
この一件をどう読むかは、そのままエノク魔術全体の評価に直結してきた。
ケリーが交信から手を引くための口実として仕組んだ、という説は根強い。ディーが必ず拒絶するであろう内容を天使に語らせれば、決別の名分が立つ、という筋書きになる。
逆に、ケリーがディーの妻に対して抱いた欲望の実現とみる説もある。あるいは、二人ともが長年の断食と緊張と共同幻想のなかで、判断力を失っていた状態と見ることもできる。いずれも推測の域を出ず、断定できる材料はない。
確かなのは、この出来事のあと、天使交信が急速に終息へ向かったことだ。
一五八九年、ディーはイングランドへ帰国する。ケリーはボヘミアに残り、ルドルフ二世に召し抱えられて騎士の称号まで得た。だが、やがて金の製造を果たせないことで幽閉され、一五九七年頃に脱出を試みて負傷し、死んだと伝えられる。
ディーの晩年は不遇だった。マンチェスターのクライスト・カレッジ学長職を得たものの馴染めず、蔵書を売り払いながら困窮のうちに、一六〇八年から一六〇九年頃、モートレイクで没した。
パイ皿の敷き紙になり損ねた写本
ディーの手稿がどのように生き延びたかという話は、それ自体が奇譚めいている。
伝承によれば、彼の記録の一部は隠し戸のある木箱に収められ、持ち主が変わるうちにその存在が忘れられた。後年、箱を購入した菓子職人ジョーンズの家で隠し部屋が発見され、写本が現れる。
ところが、その家の女中が紙の束をパイ皿の敷き紙として使ってしまい、相当量が失われた。そういう話が伝わっている。残りが古物研究家ロバート・コットンやエリアス・アシュモールの手に渡り、書き写された。
現存する主要写本は、大英図書館のスローン写本三一八八、三一八九、三一九一になる。ほかに追加写本三六六七四、コットン写本のアペンディクス四六、そしてオックスフォードのボドリアン図書館のアシュモール写本一七九〇などがある。
ディー自身が一五九一年から一六〇〇年頃の記録、およそ九年分を焼却したことも記録されていて、失われた部分は少なくない。アシュモールは原本から複製を作り、それらもスローン三六七七、三六七八、二五九九、アシュモール四二二として残った。
一六五九年、古典学者メリック・カソーボンが、コットン写本の一部を、真実にして忠実なる関係と題して刊行する。
カソーボンの意図はディーを擁護することではなかった。むしろ高名な学者がいかに悪霊に欺かれたかを示す、反面教師として提示することにあった。
皮肉なことに、この本はディーの交信記録を広く流布させ、十七世紀の新エノク魔術とでも呼ぶべき派生潮流を生む結果になる。刊行が誹謗のためだったのに、結果として原典の保存と普及に決定的に貢献したわけだ。
二十世紀後半、一九七〇年代以降に写本の校訂が進んだ。ジョゼフ・ピーターソン、クリストファー・ホイットビー、ロバート・ターナー、ジェフリー・ジェームズらが、それぞれ異なる写本を底本に刊行している。近年ではケヴィン・クラインによる包括的な日記集成が、最も原本に忠実な再現とされる。
ここで肝心なのは、後で触れる黄金の夜明け団やクロウリーが参照したのは原本ではなく、誤写を含む二次的な写本だったという事実になる。近代エノク魔術の体系は、その出発点において既に原典とずれていたのだ。
黄金の夜明け団による、第二の誕生
一八八八年にロンドンで結成された黄金の夜明け団は、ディーの体系を大幅に作り替えた。中心にいたのはサミュエル・リデル・マクレガー・メイザースになる。
彼らが行ったのは、翻訳ではなく統合だった。エノク体系を、カバラのセフィロトの樹、タロット、占星術、四大元素論、そして団の位階システムと接続したのだ。
大いなる表の各マスにピラミッドの図式を当て、そこに元素と惑星と十二宮の記号を割り当てる。四つのウォッチタワーには、エノク・タブレットとして色彩理論に基づく配色が施された。エノク・チェスと呼ばれる占い盤まで作られている。
ディーの記録にはまったく存在しない要素が、大量に付け加えられたわけだ。
さらに決定的だったのは、目的の読み替えになる。ディーの原記録には、宝の在処を尋ねたり、移動の術を求めたりといった、いかにも中世グリモワール的な要素が含まれている。
黄金の夜明け団はそうした実利的側面を後景に退け、エノク魔術を霊的自己開発の技法として提示した。
研究者エギル・アスプレムは、エノク魔術をめぐる態度を、純正主義的、永遠主義的、実用主義的の三つに分類している。そのうえで、黄金の夜明け団以降の各潮流がディーの素材をどう解釈し、改変し、拡張してきたかを分析した。
今日エノク魔術として流通しているものの大半は、ディーのものというより黄金の夜明け団のものである。それが率直な整理になるだろう。
クロウリーと、砂漠を歩いた三十日
黄金の夜明け団から出たアレイスター・クロウリーは、三十のエーテュルに集中した。彼にとってエノク体系の価値は、天使を使役することではなく、意識の段階を踏破するための地図にあった。
一九〇〇年十一月、メキシコで彼は初めてエーテュルの探査を試みるが、第二十九エーテュルまでで中断する。九年後の一九〇九年十一月から十二月にかけて、彼は詩人ヴィクター・ノイバーグと組む。アルジェリアの砂漠を歩きながら、三十のエーテュルすべてを、おおむね一日一層のペースで踏破した。
方法は明快だ。カルヴァリー十字に嵌めた大きな黄玉を凝視し、当該エーテュルのコールを唱え、視えたものを口述する。ノイバーグがそれを書き取る。時に数分間の深いトランス状態が挟まれた。
こうして生まれたのがリベル四一八、通称ヴィジョンと声になる。ここには、カバラ、グノーシス、エジプト、ケルト、アジア系の諸伝統の心象が入り混じった、密度の高い幻視文が並ぶ。
なかでも語り草になっているのが、一九〇九年十二月、第十エーテュルのザックスにおける作業だ。
クロウリーは深淵の守護者コロンゾンを召喚した。砂漠に円と三角形を描き、三角形の側に自らが入り、円のなかにノイバーグを置いて、記録と防護にあたらせる。三羽の鳩の血が用いられたと記録されている。
作業中、コロンゾンはノイバーグの円を破ろうとしてさまざまな姿と声で語りかけ、砂を撒いて円の線を崩したとされる。この体験を、クロウリーは自我の解体と深淵の渡渉という決定的な通過儀礼として位置づけた。
付言しておくと、この種の作業は、現代の実践指南書においてもほぼ例外なく初学者が行うべきではないものとして扱われている。ここでの実践編でも、エーテュル、とりわけザックスに関わる手順は扱わない。紹介するのは、あくまで守護と自己探求の範囲に収まる基本の作法だけだ。
日本ではどう受け止められてきたか
日本語圏でエノク魔術が知られるようになった経路は、大きく三つある。
第一に、一九七〇年代から八〇年代にかけての西洋儀式魔術紹介の波だ。黄金の夜明け団やクロウリーの体系を扱う書籍と叢書が翻訳、編纂され、そのなかでエノク魔術は西洋儀式魔術の最深部にある難解な体系として位置づけられた。
国書刊行会の現代魔術大系のような叢書に、エノク魔術の実践教本が含まれている。この時期の紹介は、原典研究というより黄金の夜明け団経由の体系の移入だったらしい。つまり、日本語圏の理解の基本枠組みはここで形成された。
第二に、ジョン・ディーという人物への歴史的関心になる。フランセス・イエイツ以降のルネサンス魔術思想史研究が日本にも紹介され、ディーはヘルメス主義とカバラを背景にもつルネサンス的知識人として論じられるようになった。
日本語のオリジナル研究としては、横山茂雄の、神の聖なる天使たちが挙がる。ジョン・ディーの精霊召喚を副題に持つこの本は、交信記録を精読し、詐欺説にも神秘主義的擁護にも回収されない読み方を試みたものとして評価が高い。
第三に、サブカルチャーからの流入だ。エノク語とエノク文字は、その視覚的な異様さと、天使の言語という設定の強度で人を引く。ゲーム、アニメ、ライトノベル、テーブルトークRPGの意匠として繰り返し使われてきた。
ヴォイニッチ手稿の作者候補としてディーとケリーの名が挙がる説が流布したことも、知名度に寄与している。近年では個人ブログや動画の考察系チャンネルで取り上げられることも多い。
日本語圏の記述には、ケリーは詐欺師、ディーは騙された人、という単純化された構図が繰り返し現れる傾向がある。だが一次資料の複雑さを踏まえると、この整理は少々粗い。
現代日本のオカルト実践者コミュニティにおいて、エノク魔術は依然として難解で敷居が高いものの代表格だ。タロットや西洋占星術と比べれば実践者ははるかに少ない。理由は明白で、必要な作図と記憶の量が桁違いに多いからになる。一方で、その敷居の高さがそのまま権威として機能してもいる。
準備するもの、そして守るべき線
ここから実践に入る。あらかじめ明確にしておきたい。
ここで扱う目的は、自己探求、守護、浄化、魔除けに限られる。他者に影響を与えたり、危害を加えたりする目的の手順は一切扱わない。特定の実在の人物を対象とする作業も扱わない。
まず時刻から。伝統的には日の出、正午、日没、真夜中といった区切りの時刻が好まれる。実際的には、外部からの中断が入らない時間帯であることのほうが肝心だ。
四十五分から一時間、誰にも邪魔されない枠を確保する。通知はすべて切る。深夜に行うと睡眠が乱れやすいので、初学者は日没前後を勧めたい。
次に場所と方角になる。部屋を片付け、床に一メートル四方以上の空間を作る。東を正面とする。
方位磁針かスマートフォンの方位アプリで、実際の東を確認しておくこと。だいたいこっち、で済ませない。手順を身体に覚え込ませるうえで、方位の一貫性は思いのほか効いてくる。
清めについて。入浴または洗面と手洗いを済ませ、清潔な衣服に着替える。専用の一枚を決めておくといい。強い香水は避ける。
作業の二時間前からは飲酒しない。カフェインの過剰摂取も避ける。断食は不要だ。むしろ空腹すぎる状態は判断力を鈍らせるので、軽く食事を済ませてから二時間ほど置くのが扱いやすい。
道具の最小構成は、次のとおりになる。
まず凝視用の器、いわゆるスペキュラム。黒鏡、水晶球、あるいは黒く塗った皿に水を張ったものでいい。高価な水晶を買う必要はまったくない。
ガラス板の裏面を黒く塗った自作の黒鏡で十分機能する。直径十センチ前後が扱いやすい。
次に台。ホーリー・テーブルの意匠を再現する場合、正方形の板の縁にエノク文字を描き、中央に十二区画の図像を配する。
ただし正確な再現には原典の図版を厳密に写す必要があり、初学者には荷が重い。当面は無地の木板か布を敷いた小卓でかまわない。装置の再現度と体験の質は、必ずしも比例しないからだ。
それからラメン。胸に下げる護符のことで、円形の板に、自分が用いる守護の名を記したものになる。金属である必要はなく、厚紙で作って構わない。作業中のみ身につけ、終わったら布に包んでしまう。
蝋燭を二本。器の左右に置く。火の始末を確実に行える環境であることを確認しておく。難しければLEDキャンドルで代替していい。
そして記録用ノートと筆記具。これが最も重要な道具になる。後で述べるように、エノク魔術の実践の本体は記録にあると言ってもいい。
スマートフォンのメモではなく、紙のノートを勧めたい。画面の光は凝視後の視覚に干渉するからだ。
結界を張る――小五芒星追儺儀式の全文
エノク語のコールを唱える前後には、必ず結界の儀式を行う。これは慣習であると同時に、実務的な安全装置になる。
始まりと終わりを身体的な手続きで区切ることで、作業中に浮上した心的内容が日常生活に流れ込み続けるのを防ぐ。心理的な意味だけを取るとしても、この区切りには十分な合理性がある。
最も広く用いられるのが、小五芒星追儺儀式、略してLBRPだ。以下に全手順を記す。
第一部はカバラ十字になる。東を向いて立つ。右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、他の指を折る。短剣を用いてもいい。
額に触れて唱える。アテー。意味は、汝は。
指を下ろし、胸から下腹部へ触れて唱える。マルクト。意味は、王国。
右肩に触れて唱える。ヴェ・ゲブラー。意味は、そして力。
左肩に触れて唱える。ヴェ・ゲドゥラー。意味は、そして栄光。
両手を胸の前で合わせて唱える。レ・オラーム、アーメン。意味は、永遠に、然り、になる。
第二部は四方の五芒星だ。東に向かい、空中に追儺の地の五芒星を描く。
描き方は、左下から始めて、頂点、右下、左上、右上、そして左下へ戻る一筆書きになる。描き終えたら中心に指を突き入れ、唱える。ヨッド・ヘー・ヴァヴ・ヘー。
右手を伸ばしたまま時計回りに南へ向かい、同じ五芒星を描き、中心を突いて唱える。アドナイ。
西へ向かい、同様に描き、唱える。エヘイエー。
北へ向かい、同様に描いて、唱える。アグラ。そして東へ戻り、円を閉じる。
第三部は大天使の召喚になる。東を向いて両腕を左右に大きく広げ、唱える。
我が前にラファエル、我が後ろにガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル。我が周りに燃え上がるは五芒星、我が内に輝くは六条の星なり。
第四部は、第一部のカバラ十字をもう一度繰り返して締める。
以上でLBRPは完了だ。全体で三分から五分程度になる。コールを唱える前に一度、作業を終えたあとにもう一度、必ず行う。
手順を紙に書き出して壁に貼り、暗記するまでは見ながらでかまわない。詰まりながらでも通しで行うことに意味がある。
第一のコール
ここからは、通し番号でいう第一と第二のコールを、原文、カタカナ音写、そして日本語訳の順に、省略せず記していく。カタカナ音写は目安であり、写本と流派によって異同がある。
まず出だし。Ol sonf vorsg, goho Iad Balt, lonsh calz vonpho。読みは、オル ソンフ ヴォルジ、ゴホー イアド バルト、ロンシュ カルズ ヴォンフォ。
意味はこうなる。我は汝らの上に君臨する、と正義の神は言う。怒りの大空の上に高く挙げられた力のうちに。
続く。sobra z-ol Ror i ta Nazpsad, Graa ta Malprg。読みは、ソブラ ゾル ロル イ タ ナズプサド、グラー タ マルペルグ。
その手のうちにあって太陽は剣のごとく、月は貫き通す火のごとし。そういう意味になる。
次はこうだ。ds hol-q Qaa nothoa zimz, od commah ta nobloh zien。読みは、デス ホルク カー ノソア ジムズ、オド コマー タ ノブロー ジエン。
それは我が法衣のただ中で汝らの衣を計り、我が両の手のひらのごとくに汝らを束ね合わせた。ここまでが第一の塊だ。
さらに続く。soba thil gnonp prge aldi, od vrbs oboleh grsam。読みは、ソバ シル グノンプ ペルゲ アルディ、オド ウルブス オボレー ゲルサム。
我はその座を集いの火をもって飾り、汝らの衣を驚嘆をもって美しくした。そう訳される。
次の句へ進もう。casarm ohorela caba Pir, od zonrensg cab Erm Iadnah。読みは、カサルム オホレラ カバ ピル、オド ゾンレンズグ カブ エルム イアドナー。
我はその者に、聖なる者たちを統べる法を定め、知識の櫃とともに杖を渡した。そういう内容になる。
長い句が続く。pilah farzm znrza adna gono Iadpil, ds hom od toh, soba Ipam, lu Ipamis。読みは、ピラー ファルズム ゼンルザ アドナ ゴノ イアドピル、デス ホム オド トー、ソバ イパム、ル イパミス。
さらに汝らは声を上げ、生きて勝利する者への従順と信を誓った。その者に初めはなく、終わりもありえない。
そして。ds loholo vep zomd Poamal, od bogpa aai ta piap Piamol od Vaoan。読みは、デス ロホロ ヴェプ ゾムド ポアマル、オド ボグパ アーイ タ ピアプ ピアモル オド ヴァオアン。
その者は汝らの宮のただ中で炎のごとく輝き、義と真理の秤として汝らのあいだに君臨する。そう述べている。
最後の呼びかけ。Zacar-e, ca, od Zamran; odo cicle Qaa; zorge, lap zirdo Noco Mad, Hoath Iaida。読みは、ザカレー、カ、オド ザムラン、オド シクレ カー、ゾルゲ、ラプ ジルド ノコ マド、ホアス イアイダ。
ゆえに動き、そして姿を現せ。汝らの創造の神秘を開け。我に友好であれ。我は汝らと同じ神の僕、至高者のまことの礼拝者なれば。
第二のコール
第二のコールは第一より短い。
出だし。Adgt vpaah zong om faaip sald, viiv L, sobam ial-prg izazaz piadph。読みは、アドゲト ウパアー ゾング オム ファアイプ サルド、ヴィーヴ エル、ソバム イアルペルグ イザザズ ピアドフ。
風の翼は、汝らの驚異の声を解しうるか。おお、第一の者に次ぐ第二の者たちよ、燃える炎が我が顎の深みのうちに形づくった者たちよ。
続く。casarma abramg ta talho paracleda, q ta lorslq turbs ooge baltoh。読みは、カサルマ アブラムグ タ タルホ パラクレダ、ク タ ロルスルク トゥルブス オーゲ バルトー。
我は汝らを婚礼の杯として、あるいは義の部屋のためにその美をたたえて咲く花として整えた。そう訳される。
次はこうなる。Giui chis lusd orri, od micalp chis bia ozongon。読みは、ギウイ キス ルスド オリ、オド ミカルプ キス ビア オゾンゴン。
汝らの足は不毛の石よりも強く、汝らの声は幾重もの風よりも力ある。そういう意味だ。
さらに。Lap noan trof cors ta ge, oq manin Iaidon。読みは、ラプ ノアン トロフ コルス タ ゲ、オク マニン イアイドン。
汝らは、全能者の心のうちにしか存在しない建物となったのだから。そう続く。
締めくくり。Torzu, gohe L; Zacar, ca, c-noqod; Zamran micalzo, od ozazm vrelp; lap zir Ioiad。読みは、トルズ、ゴヘ エル、ザカル、カ、ケノコド、ザムラン ミカルゾ、オド オザズム ウレルプ、ラプ ジル イオイアド。
立て、と第一の者は言う。ゆえにその僕たちのもとへ動け。力のうちに姿を現せ。そして我を強く沸き立たせよ。我は永遠に生きる者に属する者なれば。
唱え方についても書いておく。速く読み流さないこと。一音節ずつ、腹から声を出し、句読点ごとに息を継ぐ。
第一のコールで四分から六分、第二のコールで二分程度かかるのが普通だ。意味の分かる日本語訳を先に黙読してから原文を唱えると、音と像が結びつきやすい。声が出せない住環境であれば、唇を動かしながらの小声でかまわない。
座り方、記録、そして終え方
座法から。椅子に座る。背筋を伸ばし、両足の裏を床につけ、両手は太腿の上に置く。
器は目線よりやや下、四十センチから六十センチの距離に据える。首を大きく曲げない高さに調整すること。あぐらでもかまわないが、痺れは集中を切るので、続けられる姿勢を優先したい。
凝視の仕方はこうなる。器の表面ではなく、その奥を見るつもりで、視線を緩める。焦点を合わせようとしない。瞬きは我慢しない。
二、三分でおおむね視野の周辺が暗くなり、輪郭が溶けはじめる。これは知覚の正常な現象であり、暗い視野で焦点対象が消失していくトロクスラー効果として説明できる。何かが起きた、ではなく、予定どおりの反応が出た、と受け止めておく。
時間の上限も決めておく。一回のスクライングは十五分から二十分を上限とする。初回は十分で十分だ。
タイマーを、音の柔らかいものに設定して手元に置く。もっと続けたいと感じたところで切り上げるのが、長く続けるコツになる。
記録が肝心だ。終了直後、まだ結界を解く前に、視えたもの、聞こえたもの、浮かんだ言葉、身体感覚を、そのまま書く。
整えない。解釈しない。青い縦線、左耳の圧、祖母の台所の匂い。そういった断片でかまわない。
日付、開始時刻、終了時刻、天候、体調、睡眠時間、飲食の内容、直前に考えていたことも併記しておく。この付帯情報が、後から見返したときに最も役に立つ。
解釈については、その場でしない、というのが要点になる。最低でも一週間、できれば一か月置いてから読み返す。
時間を置くと、その日の気分による意味づけが剥がれ落ち、繰り返し現れるモチーフだけが残る。そこにこそ扱う価値がある。
エノク体系には四大元素や階層の対応表があり、視像をそれに当てはめて読む流儀もある。だが初学者のうちは対応表に急いで押し込まないほうがいい。手持ちの枠に当てはめた瞬間に、記録は自分の予断の反復になってしまう。
また、視た内容を現実の予知として扱わないこと。特に、他人の生死や健康、事故に関する像が出た場合、それを他人に伝えない。伝えられた側は否応なく影響を受ける。記録に留め、自分の内側の問題として扱う。
終了の作法は、必ず次の順で締める。
第一に、器を布で覆う。黒か濃紺の布が伝統的だが、色は本質ではない。見えなくするという行為に意味がある。
第二に、LBRPをもう一度、開始時とまったく同じ手順で行う。これを省略しない。疲れていても、眠くても、行う。
区切りをつけないまま日常に戻ると、作業中の連想が生活のなかで尾を引きやすいからだ。
第三に、蝋燭を消し、ラメンを外して布に包み、道具を所定の場所に片付ける。道具は他人が触れない場所に、日常の物と混ぜずに保管する。専用の箱か引き出しを一つ決めるといい。
第四に、水を一杯飲み、何か軽く食べる。手や顔を洗う。五分ほど歩くか、家事をする。
身体を使う日常動作を挟むことで、意識の状態が現実側に戻ってくる。これは接地、いわゆるグラウンディングと呼ばれ、実務的に有効な手続きになる。
道具の処分についても触れておく。使わなくなった道具は、ごみとして無造作に捨てない、というのが多くの実践者の慣習だ。心理的な後味の問題として、手続きを踏んだほうがいい。
紙で作ったラメンや図は、安全な場所で燃やすか、細かく裁断して処分する。黒鏡や水晶は、塩水で洗い、乾かしてから布に包み、一般廃棄物として自治体の区分に従って出す。
燃やす際は必ず火気の安全を確保し、屋内や集合住宅のベランダでは行わないこと。
三つの記録
以下は、実践者から寄せられた記録を、個人が特定されない形に加工して紹介するものになる。内容の真偽を保証するものではなく、また同じことが起きると約束するものでもない。
都内在住の四十代男性の記録から。システムエンジニアとして働くこの男性は、四十歳を過ぎた頃から慢性的な虚しさを抱えていた。書店でエノク魔術の解説書を手に取ったのがきっかけだったという。
最初の三か月は、ほとんど何も起きなかった。黒鏡を自作し、LBRPを覚え、第一のコールを唱え、十五分凝視して、何も視えないまま記録になしと書く日が続く。
四か月目、凝視中に格子としか言いようのない像が現れるようになった。半年経った頃、彼は自分の変化に気づく。仕事中に感じる焦燥が明らかに減っていたのだ。
彼はこれを天使の恩寵とは考えていない。毎晩四十分、誰にも邪魔されずに自分の内側を見る時間を、強制的に確保する仕組みを手に入れただけだと思う。そう述べている。それでも、その仕組みが機能したことは事実だと。彼は現在も週に二回、同じ手順を続けている。
関西在住の三十代女性の記録も紹介したい。大学で言語学を専攻したこの女性は、エノク語への関心が入口だった。英語の統語法とほぼ同じ、という批判を確かめたくて、原文と英訳を対照する作業を始めたという。
ところが、語彙表を作り、カタカナ音写を起こし、実際に声に出して読むうちに、分析対象だったはずのものが別の相を見せはじめた。
意味の分からない音の連なりを、腹から声を出して十分間唱え続けると、思考が止まる瞬間がある。あれは分析では出てこない。そう語っている。
彼女は懐疑的な立場を変えていない。エノク語は人工言語だと今も考えている。だが、人工言語であることと、それを唱える体験に価値がないことは別だ、と整理するようになった。
現在は、儀式的な文脈を外し、単なる発声瞑想として週一回続けているという。この距離の取り方は、実践と検証を両立させる一つのモデルとして参考になる。
東北在住の五十代男性の記録は、うまくいかなかった例として紹介する意義がある。彼は退職後に時間ができ、独学でエノク魔術を始めた。
熱心さが災いした。より深い体験を求めて、深夜二時開始のセッションを毎日行い、断食を組み合わせ、一回の凝視時間を一時間以上に延ばしていったのだ。
二か月ほどで、睡眠が崩れた。日中に浅い眠りが訪れ、その境目で人影を見るようになる。効果が出てきた、と彼は解釈した。
だが実際に進行していたのは、慢性的な睡眠不足による入眠時幻覚だった。家族が異変に気づき、内科を受診する。医師の助言で睡眠時間を確保し、実践を一か月中断したところ、人影は消えた。
彼は現在、日没後に三十分、週二回という上限を自分に課して再開している。あのとき止めてもらえなかったら、どこまで行っていたか分からない。そう振り返るこの記録は、実践の頻度と強度に上限を設けることの大切さを、何よりも雄弁に示している。
懐疑論と、心理学からの説明
エノク魔術に対する懐疑的な説明は、複数の水準にわたって精緻に組み立てられている。実践するにせよしないにせよ、これらを知っておくことは有益だろう。
まず言語学的検証から。最も強力な批判は言語そのものに向けられる。
言語学者ドナルド・レイコックは、完全エノク語辞典において二点を指摘した。第一に、ロガエスの書の文字列は、自然言語には通常現れない音韻的特徴を示し、むしろ異言の産物に近い。
第二に、コールのエノク語の統語法は英語のそれとほぼ同一であり、動詞の変化もヘブライ語のようなセム語系ではなく英語を思わせる。真に独立した言語であれば、語順も形態論も英語と一致する理由がない。
加えて、ロガエスの書と天使の鍵のあいだには際立った性質の差がある。前者は翻訳不能な音の羅列、後者は英語的な構造をもつ文章だ。両者が同一の言語であるという前提自体が疑わしい、というのが批判の核心になる。
次にケリー創作説。ケリーが文字と語彙を考案し、ディーを欺いたとする説は最も古くからある。
動機としては、庇護と報酬、そして名声が挙がるだろう。一五八七年の妻の共有の交信は、この説にとって決定的な証拠とされてきた。ディーが必ず拒むであろう内容を天使に語らせれば、交信から降りる名分になるからだ。
日本語圏の解説でも、ケリーの作戦であったとする見方は根強い。ただし、この説には弱点もある。
二十数年にわたる記録の分量と細部の一貫性、そして自らの利益にならない内容が、単純な詐術の枠に収まりにくいのだ。ケリーがしばしば作業を止めようとし、天使に叱責される場面などが、その例になる。
暗号説というものもある。ディーが情報活動に関与していたことは知られており、エノク語は外交上の秘密通信を偽装するための暗号だったという説だ。魅力的な仮説だが、記録の膨大さと内容の性質を説明しきれておらず、有力な証拠は示されていない。
知覚と認知からの説明は、かなり説得力がある。スクライング中に像が現れる現象は、心理学的にほぼ説明がつくのだ。
暗い環境で焦点を固定し続けると、視野周辺の像が消失する。これがトロクスラー効果になる。曖昧な視覚刺激に意味のあるパターンを見出すのはパレイドリアだ。
長時間の凝視と単調な発声は、感覚入力を制限し、催眠に類似した被暗示性の高い状態を作り出す。この状態では、内的なイメージが外から来たかのように体験されやすい。祈りと断食が加われば効果はさらに強まる。
期待効果と確証バイアスもある。天使が現れると教えられて凝視すれば、現れた曖昧な像は天使として解釈される。当たった記録は記憶され、外れた記録は忘れられる。
エノク魔術の場合、この傾向は体系の設計によって増幅される。四つの表から数百の名前が導き出せるということは、どんな体験にも当てはめられる対応が必ず見つかるということでもあるからだ。解釈の自由度が高い体系は、反証されにくい。
そして共同幻想としての側面。ディーとケリーは長期間、二人だけで閉じた環境にいた。一方が視て、一方が書く。
書き手の期待が語り手に伝わり、語り手の内容が書き手の確信を強める。この往復が数年続けば、どちらが発端かを問うこと自体が無意味になる。
エノク記録の異様な厚みは、天才的な詐術というより、二人の人間のあいだで自己増殖した物語として理解するのが最も無理がない。この見方は説得力を持つ。
こうした説明を並べたうえで、なお公平を期して付け加えるべきことがある。これらはいずれもなぜそう体験されたかを説明するものであって、その体験に価値がなかったことを示すものではない。心理的な機序で説明できることと、実践者にとって意味がなかったこととは、まったく別の問題になる。
踏み越えてはならない線
実践にあたって、以下は例外なく守るべき線だ。
精神的に不安定なときは行わない。抑うつ状態、強い不安、睡眠障害、過度のストレス下にあるとき、また現実感の乏しさを感じているときは、実践を控える。
凝視と反復発声は被暗示性を高める。不安定な状態でこれを行えば、症状を悪化させうる。精神疾患の診断を受けている場合、治療を担当する医師に相談したうえで判断してほしい。
実践中または実践後に、幻覚、強い不安、現実感の喪失、混乱が生じた場合は、直ちに中止し、医療機関を受診すること。
長時間の断食、睡眠制限、薬物との併用は行わない。より深い体験を求めて身体的な負荷を加えるのは、最も危険な誤りになる。
断食と睡眠不足はそれ自体が幻覚を誘発する。さきほどの体験談が示すとおり、この組み合わせは容易に破綻する。アルコールや向精神作用のある物質との併用は絶対に行わない。違法な薬物の使用は論外であり、処方薬についても自己判断で用量を変えない。
一回の作業時間と頻度に上限を設ける。凝視は二十分以内、全体で一時間以内、週に二回か三回まで。これを守る。上限を先に決めておかないと、際限なく延びていく。
他者に危害を加える目的で用いない。ここでは、他者に影響を与えたり害を与えたりする目的の手順を一切扱わない。
エノク体系の名を借りてそうした行為を勧める情報に接した場合は、距離を取ること。実際に他人に害を及ぼす行為に及べば、それは魔術の問題ではなく法の問題になる。
特定の実在人物を対象としない。誰かの名前を挙げて行う作業は、たとえ善意の意図であっても行わない。他者の同意なく他者を対象にすること自体が、実践者自身の心を歪ませる。
判断の代替にしない。視た内容を、医療、法律、金銭、投資、進路、人間関係の重大な判断の根拠にしない。
体調に不安があれば医師に、法的な問題は弁護士に、金銭の問題は資格を持つ専門家に相談する。スクライングの記録は自己理解の材料であって、専門家の判断に代わるものではない。
他人を巻き込まない。同居家族がいる場合、道具を目に触れる場所に置かない。子どもや、儀式的な事柄に強い忌避感を持つ人がいる環境では、実践そのものを再考する。念のため書いておくが、恐怖や不快を与えることは、この実践の目的から最も遠い。
費用をかけない。高額な道具、講座、鑑定を勧める相手には注意する。ここで挙げた道具は、すべて数千円以内で揃うものばかりだ。
本物の水晶でなければ効かない、認定を受けなければ危険だ。そういった説明は、経済的な誘導である可能性を疑っていい。
なぜ人を惹きつけるのか
最後に、この体系の吸引力について考えておきたい。
第一に、完結した異世界の設計図としての魅力がある。二十一文字のアルファベット、独自の語彙と文法、四つの表と数百の天使名、三十の階層世界。これらは互いに参照し合い、閉じた一つの宇宙を形成している。
人間は、精緻に作り込まれた架空の体系に強く惹かれるものだ。トールキンの創作言語に人が魅了されるのと同じ引力が、ここには働いている。
しかもエノク体系には、これは創作ではなく啓示である、という主張が付随している。フィクションの完成度と、実在の主張。この二つが同時に成立している対象は、そう多くない。
第二に、理解しきれないことそのものが動力になる。ロガエスの書には翻訳がない。四つの表の名前の導出規則は複雑で、写本ごとに異同がある。決定版の解釈が存在しない。
この未完結性が、実践者を、自分が解き明かす側に立てるかもしれない、という位置に置く。完全に解読された体系には、この余地がない。
第三に、作業量が確信を生む。エノク魔術に取り組むには、表を写し、名前を導出し、文字を覚え、コールを暗記するという膨大な手作業が要る。
人は自分が労力を注いだ対象を高く評価する。この心理は投じたコストが認知を歪める現象としてよく知られているが、それは同時に、実践者が体系のなかに自分自身を織り込んでいく過程でもある。手を動かした分だけ、その体系は自分のものになるわけだ。
第四に、ジョン・ディーという人物の説得力がある。もし語り手が無名の神秘家であれば、この体系はここまで残らなかっただろう。
だが語り手は、ユークリッドの序文を書き、女王に助言し、大英帝国の名を印刷物に刻んだ、当代最高水準の知性だ。あれほどの人物が生涯を賭けたのだから、何かがあったのではないか。その思いが、四百年にわたって人を引きとめてきた。
第五に、そして最も本質的に、言葉が世界を作るという観念の魅力がある。
エノク語は、神が世界を創造したときの言葉であるとされる。名を正しく発すれば、その名が指すものが現前する。
この観念は、日本の言霊思想からユダヤ教のカバラ、そして現代のプログラミング言語に至るまで、形を変えて繰り返し現れてきた。正しい言葉には現実を動かす力がある、という直感は、おそらく人間の言語能力そのものに根ざしている。エノク魔術は、その直感を極限まで押し進めた思考実験なのだ。
信じるかどうかは、実のところ副次的な問題かもしれない。四百年前、モートレイクの薄暗い部屋で、老学者が若者の言葉を書き取り続けた。
その膨大な紙束が、パイ皿の敷き紙になり損ねて生き延び、今も読まれている。人間の想像力がどこまで行けるかの記録として、それは十分に価値がある。
通し手順――一回のセッションを終えるまで
ここからは、本文で解説した内容を、初学者が一回のセッションを通しで行えるよう、順を追ってまとめておく。
目的は自己探求、守護、浄化、魔除けに限る。他者を対象とする作業、他者に影響や危害を及ぼす目的の作業は含まない。医療や法律や金銭に関する判断の代替にもしない。精神的に不安定なとき、睡眠が十分に取れていないとき、飲酒後は行わない。
まず日程を決める。四十五分から一時間、誰にも中断されない枠を確保する。初学者は日没前後を勧めたい。
深夜帯は睡眠が乱れやすく、体験の質も判断力も落ちる。週に二回か三回までを上限とし、それ以上の頻度に増やさない。上限は最初に決め、後から緩めないこと。
次に道具を揃える。凝視用の器は、黒鏡か水晶球か、黒く塗った皿に水を張ったもののいずれかで、直径十センチ前後にする。蝋燭二本またはLEDキャンドル二本、それに円形の紙で作ったラメンを用意する。
あとは紙のノートと筆記具、方位を確認する道具、器を覆うための無地の布を一枚そろえておく。すべて数千円以内で揃うはずだ。高価な品を勧めてくる相手には注意する。
身と場を清める。入浴または洗面と手洗いを済ませ、清潔な衣服に着替える。強い香水は避ける。作業の二時間前から飲酒しない。カフェインの過剰摂取も避ける。
断食はしない。軽く食事を済ませ、二時間ほど置くのが最も扱いやすい。
場を設える。部屋を片付け、床に一メートル四方以上の空間を作る。方位磁針で実際の東を確認し、そちらを正面とする。
東を向いて座る位置に椅子を置き、その前に小卓を据える。小卓の上に器を、その左右に蝋燭を置く。ノートと筆記具は手の届く位置に。ラメンを首から下げる。
スマートフォンの通知はすべて切り、タイマーだけを柔らかい音で設定して手元に置く。火を使う場合は消火手段を確認しておく。
結界を張る。東を向いて立ち、カバラ十字から始める。額でアテー、下腹部でマルクト、右肩でヴェ・ゲブラー、左肩でヴェ・ゲドゥラー、胸前でレ・オラーム、アーメンと唱える。
次に東の空中へ追儺の地の五芒星を描き、中心を突いてヨッド・ヘー・ヴァヴ・ヘー。時計回りに南でアドナイ、西でエヘイエー、北でアグラ。東へ戻って円を閉じる。
両腕を広げて大天使を呼ぶ。我が前にラファエル、我が後ろにガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル。最後にカバラ十字をもう一度繰り返して締める。所要三分から五分だ。
コールを唱える。椅子に座り、背筋を伸ばす。まず日本語訳を黙読し、意味を頭に入れる。
次に原文を、一音節ずつ、腹から声を出して唱える。速く読み流さない。句読点ごとに息を継ぐ。第一のコールで四分から六分、第二のコールで二分程度が目安になる。初回は第一のコールだけでもいい。
凝視する。器を目線よりやや下、四十センチから六十センチの距離に据える。器の表面ではなく、その奥を見るつもりで視線を緩める。
焦点を合わせようとしない。瞬きは我慢しない。初回は十分、慣れても二十分を上限とする。タイマーが鳴ったら、途中であっても切り上げること。
記録する。終了直後、まだ結界を解く前に、ノートを開く。視えたもの、聞こえたもの、浮かんだ言葉、身体感覚を、そのまま書く。整えない。解釈しない。
あわせて日付、開始時刻、終了時刻、天候、体調、前夜の睡眠時間、直前の飲食、直前に考えていたことを書き添えておく。
結界を解く。まず器を布で覆う。次にLBRPを、開始時とまったく同じ手順でもう一度行う。疲れていても、眠くても、これは省略しない。
接地して終える。蝋燭を消し、ラメンを外して布に包み、道具を所定の場所へ片付ける。水を一杯飲み、何か軽く食べる。手や顔を洗う。五分ほど歩くか、家事をする。
時間を置いて読み返す。その場では解釈しない。最低でも一週間、できれば一か月置いてから読み返す。
視た内容を現実の予知として扱わない。とりわけ他人の生死、健康、事故に関する像が出た場合、それを他人に伝えない。記録に留め、自分の内側の問題として扱う。
道具を手放すときも、無造作に捨てない。紙で作ったラメンや図は、安全な場所で燃やすか、細かく裁断して処分する。屋内や集合住宅のベランダでは燃やさない。
黒鏡や水晶は、塩水で洗い、乾かしてから布に包み、一般廃棄物として自治体の区分に従って出す。手続きを踏むこと自体に、心理的な後味を整える意味がある。
最後に中止の基準を書いておく。実践中または実践後に、幻覚、強い不安、現実感の喪失、混乱、睡眠の崩れが生じた場合は、直ちに中止する。回復しない場合、医療機関を受診してほしい。
長時間の断食、睡眠制限、アルコールや向精神作用のある物質との併用は行わない。より深い体験を求めて身体に負荷を加えることが、この実践において最も危険な誤りになる。
上限を守り、記録を残し、区切りをつける。この三つを外さないかぎり、エノク魔術の実践は、自分の内側を定期的に点検するための静かな習慣として機能する。
