- 五千年の医学、と言われているやつの正体
- 部屋に入った瞬間に、ゴマ油の匂いがする
- 三本の指で脈を読む、という技法
- 二千年前の教科書が、いまも現役で使われている
- 古代インドで、切り落とされた鼻を作り直していた話
- ヴァータ、風の人はいつもどこかへ行こうとしている
- ピッタ、火の人は燃えているし、燃やしてくる
- カパ、水と土の人は動かないぶん強い
- 生まれつきと今の狂いを分ける、という発明
- 甘い、酸っぱい、しょっぱい、辛い、苦い、渋い
- 消化の火と、燃え残ったもの
- 白湯、舌磨き、オイルうがい
- 額にオイルを垂らす、あれの正体
- パンチャカルマと、重金属という深刻な問題
- あなた、ずっと自分を追い込んでますね、と言われた話
- 三軒で三通りの結果が出た編集者
- 現場の医師が本当に怖がっているもの
- イギリスが来て、学校が閉まった
- 国が省庁を作った、その両刃
- ニューエイジに乗って、西へ渡った
- 日本ではエステになり、白湯になった
- で、ドーシャ診断は再現するのか
- それでも、なぜこんなに広まったのか
- 正しいか間違っているか、という問いの立て方が悪い
- 線をどこに引くか、という一点
- 自己責任の圧という、もうひとつの副作用
- 効いているのは、油ではなくて三十分のほうだ
五千年の医学、と言われているやつの正体
インドに、五千年続くと言われる医学がある。アーユルヴェーダ。名前だけは聞いたことがある人が多いと思う。オイルマッサージのやつでしょ、額にオイルを垂らすあれでしょ、白湯を飲むやつでしょ。だいたい合っている。
でも本体はもっとデカい。人間を風と火と水土という三つの力の配合比で読み解いて、生まれつきの設計図と今の狂いを別々に見る。かなり独特な体系になっている。
この記事では、それを面白いところもうさんくさいところも、そしてガチで危ないところも全部込みで扱う。先に言っておくと、後半はけっこう笑えない話になる。重金属の話が出てくるからだ。
前提として、この記事は診断でも治療の案内でもない。体調に不安があるなら医療機関へ。持病や服薬がある人は、伝統療法に触れる前に主治医へ。その順番だけは崩さないでほしい。
部屋に入った瞬間に、ゴマ油の匂いがする
まず情景から入らせてほしい。南インドのケーララ州あたりの、伝統的な施設を思い浮かべてもらう。木造で、天井が高くて、扇風機がゆっくり回っている。入った瞬間に匂う。ゴマ油だ。
焙煎していない、生っぽいゴマ油の、青くて重い匂い。そこに薬草を煮出した匂いが混ざる。カレーの匂いではない。
もっと苦くて、草の茎を折ったときみたいな匂いになる。この匂いは服につくし、三日ぐらい取れない。経験者はだいたいこの匂いの話をする。
そこで白衣の医師が座っている。インドではアーユルヴェーダの医師は大学で五年半ほどの課程を出た国家資格者で、白衣を着ているし、聴診器を首にかけていることもある。日本人が想像する怪しい占い師ではない。
彼はまず、あなたの顔を見る。次に手を見て、爪を見る。舌を出させる。そして手首を取る。この一連の流れが、体系の入口になっている。
三本の指で脈を読む、という技法
脈をとる。ナーディ・パリークシャーと呼ばれる技法だ。ここが独特で、指を三本使う。人差し指、中指、薬指を、手首の内側の親指側にそっと並べて置く。この三本がそれぞれヴァータ、ピッタ、カパに対応するとされている。
人差し指の下でどくどく強く打っていればヴァータが優勢、中指ならピッタ、薬指ならカパ、という読み方をする。しかも速い遅いだけでなく、脈の動き方に生き物の比喩を当てる。蛇のようにうねる、蛙が跳ねるように打つ、白鳥が滑るように流れる。
ヴァータの脈は蛇、ピッタは蛙、カパは白鳥、というのが古典的な言い回しになっている。指の腹に神経を集中させて、圧を変えながら、浅いところと深いところの両方を読む。医師によっては目を閉じる。一分以上黙っている人もいる。この沈黙が独特の緊張を生む。
舌も見る。舌診だ。苔の色と厚み、乾き具合、ふちのギザギザ、真ん中の亀裂。舌の前のほうは肺と心臓、真ん中は胃、奥のほうは腸に対応する、みたいな読み方をする。ここは東洋医学と発想が似ている。
そして問診が長い。何時に寝て何時に起きるか。寝つきはいいか。夢は見るか。
どんな夢か。便通は。汗はかくか。夏と冬どっちが得意か。
怒りっぽいか。決めたことを最後までやるか。お金を貯めるほうか使うほうか。
この性格まで聞かれるのがアーユルヴェーダの特徴で、体だけ見ていないというのが売りにもなっているし、批判の的にもなっている。あとで両方の話をする。
二千年前の教科書が、いまも現役で使われている
体系の背骨になっているのは二つの古典だ。『チャラカ・サンヒター』と『スシュルタ・サンヒター』。この二つは今でもインドのアーユルヴェーダ大学で普通にテキストとして読まれている。二千年前の教科書が現役、というのがまずすごい。
『チャラカ・サンヒター』は内科系の総本山みたいな本になる。もともとアグニヴェーシャという人がまとめたものを、チャラカという人が紀元前後、だいたい紀元前百年から紀元二百年あたりに改訂したとされる。さらに六世紀ごろにドリダバラという人が編集し直している。
今読まれているのはこのドリダバラ版の系統だ。失われた部分が多かったので、彼が三分の一くらいを自分で書き足したとも言われる。つまりチャラカが書いた一冊の本ではなくて、何百年もかけて何人もの手が入った地層みたいなテキストなわけだ。
構成は八つの部門に分かれていて、全部で百二十章ある。総論、病因論、医師の訓練と倫理、解剖と発生学、診断と予後、治療、薬学と毒物学、治療の成果と衛生。この医師の訓練と倫理の章がなかなか面白い。
患者の部屋に入る前に許可を得ろ、患者の秘密を漏らすな、みたいなことがはっきり書いてある。二千年前の医療倫理だ。あと有名なのが、治癒には四つの柱がいるという考え方になる。
患者、医師、看護する人、薬。この四つが揃わないと治らないと言い切っている。医師だけでは治せないという発想が古典に明記されているのは、けっこう現代的だと思う。
古代インドで、切り落とされた鼻を作り直していた話
『スシュルタ・サンヒター』のほうは外科の本だ。こっちがまた強烈で、百八十六章あって、千百二十種類の病気、七百種の薬草、鉱物由来の調合六十四種、動物由来五十七種を扱っている。写本の年代でいちばん古いものはネパールに残る九世紀のものになる。
テキスト自体は紀元前数世紀の核に何度も手が入って、五百年ごろに今の形になったというのが医学史研究者のだいたいの合意だ。そして中身がとにかく生々しい。
いちばん有名なのが鼻の再建手術になる。当時のインドでは、刑罰や私刑で鼻を切り落とすということが実際に行われていた。だから鼻がない人がいた。それを作り直す方法が、十五種類以上も書いてある。
中でも有名なのが、頬の皮膚を切り出して、根元をつなげたまま回転させて鼻の位置に持ってきて縫うやり方だ。血流を保ったまま皮弁を回すという発想が、もうここにある。この考え方は現代の形成外科でもそのまま生きている。
さらに驚くのは解剖の話で、外科を学ぶ学生は死体を系統的に観察して人体を学ぶべきだと書いてある。歴史上かなり早い時期にこれを明記した医学書のひとつだと言われる。練習も具体的で、切開の練習はひょうたんやきゅうりで、縫合の練習は動物の膀胱で、みたいなことをやらせていた。
膿瘍を切る練習、白内障の混濁した水晶体を押し下げる処置、結石を取る処置。器具の記述もやたら細かい。この本は八世紀ごろにバグダードでアラビア語に訳されている。そこからイスラム圏の医学に入って、めぐりめぐってルネサンス期のヨーロッパにも影響したのではないかと言われる。
十六世紀イタリアの外科医タリアコッツィが鼻の再建をやっているのだが、その系譜にインドの技法が流れ込んでいる可能性が指摘されている。二千年前のインドの技術が、地中海を回って戻ってくる。歴史はこういうところが面白い。
ただし、ここは冷静に区別しておきたい。古代に高度な外科の記述があったことと、それが現代医療の代わりになることは全く別の話になる。古典に鼻の再建が載っているからといって、今の施設で外科手術が受けられるわけではないし、受けるべきでもない。この区別を曖昧にする語り方が、後で出てくる問題の温床になる。
ヴァータ、風の人はいつもどこかへ行こうとしている
さて本題のドーシャだ。ヴァータ、ピッタ、カパの三つ。順番に、一つずつ、ちゃんと話す。
ヴァータは風と空の要素から成るとされる。動きの原理だ。体の中で何かが動くこと、血が流れること、息が出入りすること、神経の信号が走ること、腸が動くこと。そういう動きを全部ヴァータが担当していると考える。だから乱れると、動きすぎるか動かなさすぎるかのどちらかに振れる。
体型でいうと、ヴァータ優勢の人は細身とされる。骨っぽくて、関節が目立って、手足が長め。太りにくいと言われるが、逆に太ろうとしても太れないという悩み方をする。
肌は乾きやすくて、冬になるとカサつく。髪も乾いてパサつきやすい。手足が冷たい。
声はよく通るけど早口で、話しているうちにどんどん話題が飛ぶ。目の動きが速い。歩くのが速い。じっと座っているのが苦手で、貧乏ゆすりをしていたりする。
性格の描写が容赦ない。ヴァータの人は発想が豊かで、次から次へとアイデアが出ると言われる。好奇心が強くて、新しいものにすぐ飛びつく。切り替えが速い。ただ、飽きるのも速い。
始めたことを終わらせずに次に行く。約束の時間に遅れる。物をなくす。覚えるのが速くて忘れるのも速い。
不安になりやすくて、考えが夜中にぐるぐる回って眠れなくなる。これを読んで胸が痛くなった人、たぶん多いと思う。私もそうだ。
乱れ方は、冷えと乾きと不規則さに出るとされる。冷え、乾燥、便秘、ガスがたまる、関節が鳴る、眠りが浅い、耳鳴り、そわそわして落ち着かない。夜遅くまで起きて、食事の時間がバラバラで、移動が多くて、寒風にさらされる。そういう生活がヴァータを増やすという説明になる。
整え方は、逆をやれというのが基本方針だ。冷たいものより温かいもの、乾いたものより油気と水気のあるもの、不規則より規則。温かいスープ、煮込んだもの、油を使った料理。甘味、酸味、塩味が向くとされ、渋味や苦味は増やしすぎないほうがいいという言い方をする。
同じ時間に寝て同じ時間に食べる、という単調さがヴァータには効く、というのがこの体系の言い分になる。季節でいうと、乾いて風の強い秋から初冬にヴァータが増えやすいとされる。だからその時期は温かくして油気を切らすな、という話になっていく。
ピッタ、火の人は燃えているし、燃やしてくる
ピッタは火と水の要素から成る。変換の原理だ。食べたものを分解する、体温を保つ、視覚が像を処理する、頭の中で情報を消化して判断を下す。そういう変える働きを全部担当している。
体型は中肉中背で、筋肉がつきやすく、体つきが整っているとされる。肌は温かくて、赤みが出やすくて、日焼けすると赤くなるタイプ。そばかすやほくろが多い。汗をかきやすくて、しかも汗が匂う。
髪は細くて、若いうちから薄くなったり白くなったりしやすい、という言われ方もする。目つきが鋭い。体温が高くて、手のひらが熱い。暑がりで、夏がとにかく苦手。冷房の効いた部屋に真っ先に逃げ込むのがピッタだ。
性格は、頭が切れるというのが最初に来る。理解が速くて、論理的で、話が筋道立っている。決断が速い。
リーダーになりやすい。目標を決めたら達成する。完璧主義。
ただ、燃えている分だけ周りも燃やす。イライラしやすい。他人のミスに厳しい。批判が鋭い。
議論で勝ちにいく。空腹になると人格が変わる。ピッタの人は腹が減ると本当に機嫌が悪くなる、というのはこの界隈で鉄板のネタになっている。食事を抜くのがいちばんダメなタイプとされる。
乱れ方は熱に出るとされる。胸やけ、口内炎、肌の炎症や赤み、目の充血、汗の匂いが強くなる、体が熱っぽい、怒りっぽさが手に負えなくなる、批判的になりすぎて人間関係が壊れる。夏、辛いもの、酒、揚げ物、競争的な環境、寝不足。こういうものがピッタを増やすという説明だ。
整え方は冷やすこと。辛味、酸味、塩味を増やしすぎず、甘味、苦味、渋味を効かせるとよいとされる。ここでいう甘味は砂糖菓子のことではない。穀物や豆や乳製品や熟した果物のような、体を落ち着かせる味のことを指している。この体系の甘味の定義は日本語の甘いとズレるので注意がいる。
あと、涼しい場所で過ごす、月の光を浴びる、水辺を歩く、みたいな情緒的な処方もよく出てくる。季節でいうと当然、夏がピッタの季節になる。
カパ、水と土の人は動かないぶん強い
カパは水と土の要素。構造と結合の原理だ。体を形づくること、潤いを保つこと、関節を滑らかにすること、免疫の粘り強さ。そういうまとめて保つ働きを担当する。
体型はがっしりしているとされる。骨が太くて、体が大きくて、肉付きがいい。太りやすい。というより、水分をため込みやすい。
肌はしっとりして滑らかで、きめが細かくて、シワができにくい。髪は多くて太くて艶がある。目が大きくて潤んでいる。声が低くて落ち着いている。
動きがゆっくり。歩くのが遅い。よく寝る。そして寝起きが悪い。ここまでで思い当たる人はけっこういるはずだ。
性格の描写がいちばん好かれるのがカパになる。おだやかで、忍耐強くて、優しくて、人の話をちゃんと聞くと言われる。裏切らない。
長く付き合える。覚えるのは遅いけど、一度覚えたら忘れない。安定している。
ただし、動かない。腰が重い。始めるのに時間がかかる。変化を嫌う。執着する。
物を捨てられない。人間関係も切れない。溜め込む。そしてぼんやりする。無気力に沈み込むと、そこから出てこられなくなるという乱れ方をする。
乱れ方は重さと停滞に出るとされる。体が重い、だるい、むくむ、痰が出る、鼻がつまる、朝起きられない、食欲がないのに食べてしまう、気分が沈んで動けない。冬から春先、特に雪解けの時期にカパが増えやすいという説明がよく出てくる。
日本でいうと二月から四月あたり、なんとなく体が重くて花粉でぐずぐずしている時期だ。ここに季節の説明を重ねてくるのがアーユルヴェーダのうまいところで、実感と結びつきやすい。
整え方は、軽くすること、動かすこと、温めて乾かすこと。甘味、酸味、塩味を増やしすぎず、辛味、苦味、渋味を効かせるとよいとされる。スパイス、生姜、苦い葉物。
あと、とにかく体を動かせというのがカパへの定番の助言になる。座り続けるな、朝寝るな、昼寝するな。カパの人には少し厳しい処方が並ぶ。
生まれつきと今の狂いを分ける、という発明
ここが個人的にいちばん面白いところだ。アーユルヴェーダは、その人の体質を二層に分けて見る。
プラクリティが、生まれつきの設計図。受精の瞬間に決まって一生変わらないとされる比率だ。ヴァータ何割、ピッタ何割、カパ何割。純粋な単一タイプは少なくて、たいていは二つが強い混合型になると言われる。三つが均等なタイプは理想とされるが、めったにいないという説明も定番になっている。
ヴィクリティが、今この瞬間の状態。生活とか季節とか年齢とかストレスとかでズレた、現在の配合比だ。診断で本当に見たいのはこっちで、プラクリティとヴィクリティの差分こそが乱れだという考え方をする。
この二層構造が何をしているかというと、あなたが悪いんじゃなくて、あなたの設計に対して今の生活が合ってないだけ、という物語を提供している。同じ生活をしても人によって出る症状が違う理由を説明できるし、他人と比べても意味がないという慰めにもなる。
しかも変えられない生まれつきと、変えられる現状を分けているから、行動する余地が残る。これはかなりよくできた枠組みだと思う。うまくできすぎている、という言い方もできるけれど、それは後で。
年齢にもドーシャが割り当てられる。子ども時代はカパの時期で、体を作る時期だから水と土が優勢。青年から中年はピッタの時期で、燃えて成し遂げる時期。老年はヴァータの時期で、乾いて軽くなって細くなっていく。
この見立ては、実感としてはかなり納得感がある。年をとると肌が乾いて、体が細くなって、眠りが浅くなって、寒がりになる。ヴァータが増えるという表現は、けっこう的確に老いを言い当てている気がする。
一日の中にも時間帯ごとのドーシャがあって、明け方はヴァータ、昼はピッタ、朝と夕方はカパ、みたいな割り当てになっている。だから朝はカパの時間だから起きにくい、明け方はヴァータの時間だから目が覚めやすい、という説明が出てくる。
甘い、酸っぱい、しょっぱい、辛い、苦い、渋い
食事の理論の中心にあるのが六味だ。味を六つに分けて、それぞれがドーシャにどう効くかを決めている。この六つは、甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味。日本語の五味に渋味が足されている感じだと思えばいい。
甘味は、砂糖のことではない。穀物、米、小麦、豆、乳、ギー、熟した果物、ナッツみたいな、体を作って落ち着かせる味を広く指す。重くて冷たくて油っぽい性質を持つとされ、ヴァータとピッタを鎮めて、カパを増やす。
酸味は、レモン、ヨーグルト、発酵したもの、酢。温かくて軽くて油っぽく、ヴァータを鎮めて、ピッタとカパを増やす。塩味は、消化を促して水を保持する性質があるとされ、ヴァータを鎮めてピッタとカパを増やす。
辛味は、唐辛子、生姜、胡椒、にんにく。熱くて軽くて乾いていて、カパを鎮めてヴァータとピッタを増やす。苦味は、苦い葉物、ゴーヤ、ターメリック、コーヒーの苦さ。冷たくて軽くて乾いていて、ピッタとカパを鎮めてヴァータを増やす。
渋味は、渋柿、未熟なバナナ、豆類、緑茶の渋み。口の中がキュッとする感じだ。これも冷たくて乾いていて、ピッタとカパを鎮めてヴァータを増やす。
つまり大雑把に言うと、甘い酸っぱいしょっぱいの三つはため込む方向、辛い苦い渋いの三つは減らす方向に働くという整理になっている。だから細くて乾いて冷えているヴァータには前者が向いて、重くて湿って停滞しているカパには後者が向く。
ピッタは熱いから、冷やす甘味と苦味と渋味が向いて、熱くする辛味と酸味と塩味は控えめに、となる。一食の中に六つの味が全部入っているのが理想、という言い方もよくされる。
インドの定食を思い出してほしい。米があって、豆のカレーがあって、漬物みたいな酸っぱいものがある。そこに塩気とスパイスの辛味が乗る。
苦い野菜の副菜があって、最後にちょっとした甘いものが出る。あれは確かに六味が揃っている。理論が先か食文化が先かは、まあ、たぶん食文化が先だろう。
消化の火と、燃え残ったもの
この体系でドーシャと同じくらい大事なのが、アグニという概念だ。消化の火。食べたものを分解して、体に使える形に変える力のことを指す。
アーユルヴェーダは、健康とは何かという問いに対して、かなりはっきり消化がうまくいっていることと答える。何を食べたかより、それをちゃんと消化できたかを重視する。この優先順位が独特だ。
このアグニが弱ると、消化しきれなかったものが体に残る。それがアーマだ。未消化物。
ねばついた、重い、毒っぽいものというイメージで語られる。舌に厚い苔がついている、口の中がねばつく、体が重い、だるい、朝すっきり起きられない、便が沈む。こういうのはアーマのサインだとされる。
そしてアーマが溜まったところにドーシャの乱れが結びつくと病気になる、という筋書きになっている。原因を二段構えで説明する仕組みだ。
ここで面白いのは、体系の中に食べないほうがいい状況がちゃんと定義されていることになる。お腹が空いていないのに時間だから食べるのは、火が弱っているところに薪を放り込む行為なので良くない、という説明だ。前の食事が消化しきる前に次を食べるな、というのも繰り返し出てくる。
現代の食生活へのカウンターとして受け取られやすい部分で、だからこそ日本でもウケた。ただし断食については慎重に扱いたい。古典には食を控える手法が出てくるし、実際にそういう指導をする施設もある。
でも、この記事では日数も方法も書かない。断食や食事制限は、体調や持病によっては危険だし、摂食障害の引き金になったり、すでに抱えている問題を悪化させたりすることがある。浄化のために食べないという発想は、食べることへの罪悪感と非常に相性が悪い。もし食事量を大きく変えることを考えているなら、それは伝統療法の専門家ではなく、まず医師に相談すべき話になる。
白湯、舌磨き、オイルうがい
ディナチャリヤ、日課。アーユルヴェーダで実は一番中心にあるのはここだ。派手な施術ではなくて、毎日の繰り返しのほうが本体だ、というのがこの体系の建前になっている。
朝起きたら白湯を飲む。これが日本でいちばん普及した部分だと思う。水を沸かして、少し冷まして、ゆっくり飲む。理屈としては、消化の火を目覚めさせる、冷えた体を温める、溜まったものを流す、といった説明がつく。
これがどこまで理論通りかというと正直あやしいところもあるが、温かい水を飲むと体が温まって落ち着くというのは実感としてある。あと、水を十分に沸騰させれば微生物の問題はほぼ解決するので、衛生上の合理性は普通にある。もともとインドの気候と水事情を考えれば、水は沸かしてから飲めという指示はきわめて実用的な知恵だったはずだ。
舌磨き。金属や銅の小さなヘラで、舌の表面を奥から手前に軽く撫でて、白い苔を落とす。アーマが目に見える形で出てくる、という説明がされる。これは口臭のケアとしては実際に意味があるとされていて、歯科の領域でも舌の清掃自体は否定されていない。ただし強くこすると舌を傷つけるので、そこは加減が必要になる。
オイルうがい。ガンドゥーシャとかカヴァラと呼ばれる技法で、油を口に含んでくちゅくちゅして吐き出す。ゴマ油やココナッツオイルが使われる。歯が白くなる、毒素が出る、といった主張がネットには山ほど転がっている。
ここは冷静に言っておくと、体系的に研究をまとめた総説は、研究の数が少なくて質も限られるので慎重に解釈すべきという結論になっている。米国の歯科の専門団体も、有効性を裏づける信頼できる研究はないという立場だ。カナダの専門団体は、害はなさそうだが特別な効果があるとも思えない、という味わい深いコメントを出している。
要するに、既存の歯磨きの代わりにはならない。それと、油を誤って吸い込むと肺に炎症を起こす事例が知られているので、ふざけながらやるものではない。
あとは、鼻に油を差す、目を洗う、体を動かす、瞑想する、日の出前に起きる、といった項目が並ぶ。全部やろうとすると朝の支度に一時間以上かかる。実際、真面目にやっている人は本当に朝が早い。ここが挫折ポイントでもある。
額にオイルを垂らす、あれの正体
施術のほうも見ておこう。アビヤンガはオイルマッサージだ。温めた薬草オイルを全身に塗って、皮膚に擦り込むようにマッサージする。二人の施術者が左右対称に同時に施術する形式もあって、これがなかなか強烈な体験になるらしい。
木製の台に寝かされて、上から下へ、決まった方向に、ひたすらオイルを塗り込まれる。関節は円を描くように、長い骨のところは直線的に、というルールがある。終わったあとに蒸気で温める工程が続くこともある。
そしてシローダーラー。あの、額にオイルをタラタラ垂らすやつだ。写真で見たことがある人は多いと思う。仰向けに寝て、額の上、眉間のちょっと上あたりに、温めたオイルが細い線になって落ちてくる。容器から糸のように垂れて、左右にゆっくり振られたり、一点に落ち続けたりする。
オイルは髪を伝って後ろの容器に流れていく。体験談で共通するのは、最初の数分はなんだこれと思うが、途中から自分の輪郭が曖昧になって、寝ているのか起きているのかわからない状態になる、という報告だ。眠るのとも違う、ぼんやりした状態になる。終わったあとに頭が油まみれになるので、その処理が地味に大変、というのも定番の感想になっている。
シローダーラーについては、リラックスに関わる生理指標が変化したという小さな研究がいくつかある。ただ、参加者が少なく、比較の設計も難しい。額に温かい液体が流れ続けるという体験は、それ自体が強烈な感覚入力なので、何がどこまで効いているのかを切り分けるのは相当に難しい。気持ちよかったと効いたの間には長い距離がある。
パンチャカルマと、重金属という深刻な問題
パンチャカルマは五つの行為という意味で、体から溜まったものを排出することを目的とした一連の療法になる。決まった順序で行われるとされ、前段階として体に油をなじませて溜まったものを緩め、温めて動かし、それから排出の工程に入るという構造を持つ。
具体的な手順、使う薬、量、日数はここには書かない。書くべきではないと思っている。理由ははっきりしていて、この種の療法は身体的な負担が大きいからだ。
下剤や催吐を伴う工程は、脱水や電解質の乱れにつながりうるし、持病がある人や妊娠中の人、高齢の人、薬を飲んでいる人にとっては特にリスクが上がる。摂食障害を抱えている人にとって、出すことを肯定する枠組みは非常に危険な方向に作用しうる。もし本気で検討するなら、必ず事前に自分の主治医に伝えて、飲んでいる薬との相互作用も含めて相談してほしい。
そして最も重要なことを書く。アーユルヴェーダの製剤の一部には、金属や鉱物を灰にして使うものがある。バスマと呼ばれる系統だ。これについては、鉛、水銀、ヒ素が有害な量で含まれていた、という報告が繰り返し出ている。
一九九〇年のインドでの調査では、検査した製品の四割超からヒ素が、六割超から鉛と水銀が見つかったとされる。二〇〇四年にボストン地域で売られていた南アジア製の製品を調べた研究では、二割から有害なレベルの重金属が検出された。
二〇〇八年に二百三十点以上を調べた研究では、全体の約二割、金属を使う系統に限ると約四割から鉛、水銀、ヒ素のいずれかが出ている。二〇一五年の米国での調査では、使用者の四割に血中鉛濃度の上昇が見られたと報告された。二〇二二年にインドのチャンディーガル市で市販品を調べた研究でも、亜鉛、水銀、ヒ素、鉛が国際機関の基準を超えていた。
米国の疾病対策の機関は、二〇一二年にアーユルヴェーダ製品と鉛中毒の関連を指摘していて、妊娠中の女性の血液から有害物質が見つかった事例が含まれている。一九七八年から二〇〇八年の三十年間で、世界で八十件以上の鉛中毒事例がアーユルヴェーダ製品と関連づけて報告されたという集計もある。
擁護する側は、これは製法が正しくないから起きるのだ、正しく処理されたバスマは無害化されているのだと主張する。その主張の当否はここでは判定しない。ただ確実に言えるのは、消費者の側から製法の適否を見分ける方法がないということだ。
特に個人輸入やネット通販で買う場合、何が入っているかを確認する手段は事実上ない。日本を含め多くの国で、この種の製品に対する規制や検査の体制は十分ではない。天然だから安全という発想は、この分野ではまったく成り立たない。鉛も水銀もヒ素も、完全に天然の物質だ。
あなた、ずっと自分を追い込んでますね、と言われた話
ここからは、いくつかの体験を紹介したい。個人が特定されない形で、よく見かけるタイプの語りをまとめている。
四十代の日本人女性、都内でデザイン系の仕事をしている人の話だ。友人に誘われて、南インドの施設に二週間滞在するツアーに参加した。動機はなんとなく疲れが取れないから、という、よくあるやつになる。
到着した翌朝、医師の診察を受けた。脈を三本の指でとられ、舌を見られ、そのあと三十分以上、生活について質問され続けた。何時に寝るか、夢は見るか、便通は、食欲は、怒りっぽいか。
彼女が印象的だったと語るのは、医師が途中で顔を上げて、あなた、ずっと自分を追い込んでますね、と言ったことだった。彼女はそこで泣いた。自分でもわかっていたけど、誰にも言われたことがなかったからだ。
診断はピッタとヴァータの混合で、今はピッタが強く乱れている、というものだった。処方されたのは、食事の変更、決まった時間に寝ること、日中の直射日光を避けること、そして毎日のオイル施術。彼女は二週間、朝は日の出前に起きて、白湯を飲んで、舌を磨いて、施術を受けて、決まった時間に食事をして、九時に寝る生活を送った。
彼女の総括が面白い。あれが効いたのかどうかは、正直わからない。でも二週間、スマホを見ないで、決まった時間に寝て、決まった時間に食べて、毎日人に体を触ってもらった。そりゃ調子は良くなるでしょう、と。
そして続けてこう言った。たぶんドーシャじゃなくて、生活のほうだったんだと思う。でも、ドーシャっていう名前がついてないと、私はあの生活をしなかった。この最後の一言は、この分野の本質を突いている。
三軒で三通りの結果が出た編集者
三十代男性、出版社勤務。彼はもともとこの手の話に懐疑的で、取材のためにサロンで体質診断を受けた。結果はカパ優勢。おだやかで、忍耐強く、変化を嫌い、太りやすい、と説明された。
彼は納得しなかった。俺は短気だし、痩せてるし、じっとしてられない。そこで別の店で診断を受けてみた。今度はヴァータ優勢と言われた。
三軒目ではピッタとヴァータの混合だと言われる。三軒で三通り。彼はこれを記事にした。
彼が指摘したのは、質問票の設計だった。太りやすいですかという質問に、どう答えるかで結果が変わる。彼は昔太っていた時期があるので、その時期を思い出せばはいになるし、今を基準にすればいいえになる。
怒りっぽいですかも、家では怒らないが仕事では怒る。答えは自己申告で、しかもあなたはどういう人ですかを自分で答えさせている。それを集計してタイプが決まる。これは体質を測っているのか、自己イメージを測っているのか。
ただし彼はこう付け加えている。三軒目の人が言った、あなた、頭で考えすぎて体を置き去りにしてる、というのは当たってた。悔しいけど、と。診断の再現性がなくても、対話の質が高ければ何かを掘り当てることはある。これも本質的な話になる。
現場の医師が本当に怖がっているもの
インドで西洋医学の医師免許を持ち、公立病院で働きながら、アーユルヴェーダの医師とも協働しているという立場の人の語りも紹介したい。インドでは両方の体系が同じ社会に共存していて、患者がどちらにも行く。だから現場の医師は、こういう問題に日常的に直面している。
彼が繰り返し言うのは、時間の問題だ。アーユルヴェーダの外来は一人あたりの診察時間が長い。生活を全部聞く。そのプロセス自体に価値がある、と彼は認める。西洋医学の外来で一人三分の診察をしていると、患者は話を聞いてもらえない。
だから患者は、話を聞いてくれるほうに行く。それは患者が非合理なのではなくて、こちらの提供体制の問題でもある、と彼は言う。
一方で彼が最も恐れているのは、来るのが遅れる患者だ。症状が出てから、伝統療法をいくつか試して、良くならないので何ヶ月かして病院に来る。そのときには手遅れになっている場合がある。療法そのものより、遅れることが怖い、と彼は言う。伝統医学が悪いのではなくて、順番の問題だ、と。
彼の提案はシンプルで、まず診断は現代医学でつける、そのうえで生活の質を上げる部分に伝統的な手法を足す、という順番なら共存できる、というものだった。
ここは強調しておきたい。何か体の異変があるとき、自己判断で通常の医療を中断したり、受診を先延ばしにしたりするのは、はっきり危険だ。持病がある人、薬を飲んでいる人、妊娠中や授乳中の人は、伝統療法やハーブ製品を試す前に必ず医師に相談してほしい。植物由来の成分が処方薬と相互作用する可能性は現実にある。
イギリスが来て、学校が閉まった
歴史の話に戻る。アーユルヴェーダは連続して五千年続いてきたわけではない。途中で何度も断絶しかけている。
ムガル帝国の時代には、ペルシア系のユナニ医学が宮廷の主流になった。アーユルヴェーダは地方や民間で細々と続くことになる。決定的だったのは英国統治期だ。
一八三五年の英語教育法をきっかけに、それまであった伝統医学の教育機関が閉鎖され、医学教育は西洋式の機関に移された。国家的な資源も、資格の権威も、全部そっちに移る。伝統医学は後進的なものとして扱われた。
これが何を意味するかというと、教える場所が消えたということだ。師から弟子へ、写本を読みながら伝えるという継承の回路が細った。地方の実践者は残ったが、体系的な教育と研究の中心が失われた。ここで失われた知識がどれくらいあるのかは、もう誰にもわからない。
そして二十世紀に入ると、状況が反転する。独立運動と結びついたのだ。これは我々インドの科学だ、西洋が押しつけたものではない、という主張が、ナショナリズムの燃料になった。伝統医学の復興は、政治運動の一部になった。
この文脈を知らずにアーユルヴェーダの現代史を読むと、話の半分を見落とすことになる。医学の話であると同時に、誰の知が正統かという政治の話でもあったわけだ。
国が省庁を作った、その両刃
独立後、伝統医学をどう扱うかで長い議論が続いた。実践者たちの強い働きかけと、二十年にわたる複数の政府委員会を経て、最終的にアーユルヴェーダはインドの国民医療制度の一部に組み込まれる。州立のアーユルヴェーダ病院が各地に設立された。
一九七〇年、インド議会がインド医学中央評議会法を可決する。これによって実践者の資格が標準化され、教育機関が認定されるようになった。翌年には中央インド医学評議会が設立されている。二〇一三年の時点で、インドには伝統的なアーユルヴェーダの学位を出す教育機関が百八十以上あった。
二〇一四年十一月九日、インド政府はAYUSH省を設置する。アーユルヴェーダ、ヨガと自然療法、ユナニ、シッダ、ホメオパシーの頭文字を並べた名前だ。国家の一省庁が伝統医学を所管している。これは世界的に見てもかなり珍しい。
この制度化は両刃になる。良い面としては、教育の水準が上がり、資格のない者との線引きができ、研究の予算がつく。悪い面としては、国家が権威を与えることで、科学的に検証されていない部分にも公的なお墨付きがついたように見えてしまう。
省庁があるということと、有効性が証明されているということは、別の話だ。ここを混同した宣伝が、国内外でかなり出回っている。
ニューエイジに乗って、西へ渡った
欧米への広まり方には、はっきりした通り道がある。一九六〇年代から七〇年代、カウンターカルチャーとニューエイジの流れの中で、インド由来の思想が大量に輸入された。ヨガ、瞑想、菜食主義、輪廻、チャクラ。アーユルヴェーダはそのパッケージに同梱されて入ってきた。
決定的だったのは一九八〇年代だ。超越瞑想を広めたマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが、マハリシ・アーユルヴェーダと呼ばれる体系を打ち出す。これは伝統的なアーユルヴェーダそのままではなくて、意識とポジティブな感情を強調するようにアレンジされたものだった。
医師のディーパック・チョプラが関連製品会社の初代社長を務め、健康センターの医療ディレクターにもなった。彼は思考が分子生物学に影響するという主張を広め、大量の本を売っていく。
ここで有名な事件がある。一九九一年、米国の主要な医学雑誌に、この体系を好意的に紹介する論文が載った。ところがジャーナリストのアンドリュー・スコルニックが調査して、執筆者たちが自分たちの経済的な利害関係を開示していなかったことを暴いた。
彼は誤情報、欺瞞、操作の広範なパターンがあったと報じている。関係組織は巨額の訴訟を起こしたが、一九九三年に金銭的な解決なしに退けられた。この一件は、伝統医学の商業化と学術発表の利益相反という問題を象徴する事例として、今も引き合いに出される。
商業化そのものも激しかった。関連会社は四百点以上の製品を売り、一九九九年の売上は二千万ドル規模と報じられている。個別化を売りにしていたはずが、大量生産の商品を売るモデルに寄っていく。治療費は数百から数千ドル。高価格路線と閉鎖的な姿勢のせいで、この流派は世界のアーユルヴェーダの中では次第に周縁化していったとも言われる。
日本ではエステになり、白湯になった
日本での話をしよう。実は伝来はかなり古い。アーユルヴェーダ由来の薬物の知識は仏教とともに中国に伝わり、七世紀から八世紀ごろ、遣唐使などを通じて日本に入っていたとされる。ただしこれは体系としてではなく、断片としての伝来になる。
本格的な研究は一九六七年のインド伝承医学研究会の設立から始まる、というのが定説だ。学会活動は今も続いている。一般に広まったのは一九八〇年代以降になる。ニューエイジ的な健康ブームと、インド哲学への関心と、エステティック産業の拡大が同時に来た。
ここで起きたのが、この体系のサロン化だ。日本ではアーユルヴェーダの国家資格が存在しない。医行為にあたる治療は医師免許がなければできない。だから日本に入ってきたアーユルヴェーダは、リラクゼーションとエステの文脈に押し込まれた。
インド式オイルエステという看板が出た。額にオイルを垂らすシローダーラーは、写真映えするメニューとしてサロンの目玉になる。生命の科学だったはずのものが、癒しのメニューへ変わった。これを矮小化だと批判する声は日本国内にもある。一方で、その入口があったからこそ広まったのも事実だ。
そして白湯になる。二〇一〇年前後から美容とダイエットの文脈で白湯が大ブームになり、雑誌もテレビもこぞって取り上げた。二〇二〇年代にはペットボトル入りの白湯が商品化される。カフェインがなくて温かい飲み物がほしいという需要があったらしい。
ペットボトルの白湯を買うという行為の異様さは、たぶんインドの古典を書いた人には想像もつかない。二千年の伝統が、コンビニの棚に並んでいる。
日本で受け入れられた理由を考えると、いくつか思い当たる。ひとつは、冷えを重視する感覚が日本の民間医療観と親和性が高いこと。もうひとつは、体質を分類して自分がどれかを知りたいという欲求が、血液型による性格分類が根づいた日本社会と相性が良かったこと。
三つ目は、スパイスとインド料理への関心の高まりが並走したことになる。ターメリック、クミン、コリアンダーが台所にある家が増えた。そこに、これは体を温めるという物語が乗るのは、かなり自然な流れだった。
で、ドーシャ診断は再現するのか
ここが核心だ。ドーシャ診断に再現性はあるのか。
まず、伝統的な診断法には八つの観察項目があるとされている。脈、尿、便、舌、声、触感、視覚、外見。五感を使って診るというのが建前だ。問題は、これらがすべて診断者の主観的な評価だということになる。脈が蛇のようか蛙のようかは、測定器では決められない。
質問票による判定も広く使われているが、こちらは自己申告の集計だ。しかも質問の多くが、あなたはどういう人かを本人に尋ねている。太りやすいか、怒りっぽいか、忘れっぽいか。これらは自己イメージと強く結びつく。
しかも三つのタイプの記述は、どれも言われれば思い当たるレベルの一般性を持っている。ヴァータの不安になりやすくて考えがぐるぐる回るに思い当たらない現代人がどれだけいるだろう。ピッタの完璧主義でイライラするも、カパの腰が重くて始められないも同じになる。
これは占いの説得力を説明するときによく出てくる、誰にでも当てはまる記述を自分のことだと感じる現象と、構造が同じだ。
判定者が違えば結果が変わるという指摘は昔からある。さっきの編集者の話は極端に見えるかもしれないが、この分野の議論ではよく出てくるパターンになる。同じ人を複数の診断者が診て、どれくらい一致するかを調べる研究は行われてはいる。ただし標準化された尺度がない。研究間で使っている質問票も違うので、結果を横に並べて比較するのが難しい。
近年はプラクリティと遺伝的な差異を結びつけようとする研究の流れもある。着眼点としては興味深いが、サンプルが小さいものが多く、結果の再現も十分ではない。遺伝子の研究で裏づけられたという宣伝文句を見たら、その中身がどれくらいの規模で、独立に再現されているかを確かめたほうがいい。
主流の科学の側からの評価は厳しい。ドーシャは科学的な前提に基づいていないとして、この体系は疑似科学に分類されるのが一般的だ。理論的な基礎の科学的な妥当性と、研究の質の両方が批判の対象になっている。
個々の薬草については、実験室レベルで有望に見える成分もある、という留保はつく。だがそれは、その薬草からいずれ有効な薬が作れるかもしれないという話であって、今売られている製剤が効くという話ではない。この二つを混ぜて宣伝するのが、この業界の一番よくあるやり口になる。
批判の中でも一番きついのは、米国の医師で懐疑派として知られるハリエット・ホールのコメントだろう。彼女は、アーユルヴェーダは基本的に迷信に実用的な健康アドバイスをひとさじ混ぜたものであり、危険にもなりうる、という趣旨のことを述べている。手厳しいが、鉛中毒の報告が積み重なっている以上、危険にもなりうるの部分は否定しがたい。
それでも、なぜこんなに広まったのか
ここまで批判を並べたが、じゃあなぜこれだけ広がったのかを考えたい。理由は複数あって、しかもどれもそれなりに真っ当だ。
第一に、物語としての完成度が高い。三つの要素、生まれつきと現在の二層、六つの味、季節と時間帯と年齢への対応。全部がきれいに噛み合っている。
人間の脳はこういう整った体系に弱い。しかも自分を分類してくれる。自分が何者かを教えてくれる枠組みには、抗いがたい魅力がある。
第二に、実際に役立つ助言が混ざっている。規則正しく寝ろ、腹八分にしろ、季節に合わせろ、体を動かせ、温かいものを食べろ、口の中を清潔にしろ。これらは伝統医学でなくても普通に推奨される話だ。
この当たっている部分が、体系全体の信頼性を底上げしてしまう。効いた実感があるとき、人はそれが理論のおかげなのか、単に生活が整ったからなのかを区別できない。
第三に、時間をかけて話を聞くという診療スタイル。これは現代の医療が構造的に提供しにくいものだ。三十分あなたの生活を聞いて、名前をつけて、説明してくれる。この体験そのものに価値がある。医療の外側で満たされていない需要が、ここに流れ込んでいる。
第四に、ヨガと瞑想の世界的な普及という追い風。同じ文化的パッケージの一部として自動的に運ばれてきた。第五に、国家が制度化しているという権威。インド政府に省庁がある、大学がある、学位がある。この事実は、専門的な検証をしない一般の人にとって、強力な信頼の根拠に見える。
そして第六に、商業的なうまみ。施術は単価が高く、リピートが生まれ、物販につながる。この構造が、普及を強力に後押しした。ここが最も注意が必要な部分でもある。
正しいか間違っているか、という問いの立て方が悪い
まとめに入る前に、もう一段だけ深いところを掘っておきたい。この記事を書きながら、ずっと引っかかっていたことがある。アーユルヴェーダは正しいのか間違っているのかという問いの立て方が、そもそもあまり良くないのではないか、ということだ。
考えてみてほしい。ヴァータ、ピッタ、カパという三つの分類が、生理学的な実体として存在するかと問われれば、答えはほぼ確実にノーになる。体の中に風の袋も火の炉も入っていない。これは古代の体液説の一種で、ヨーロッパの四体液説と発想が同じ系譜にある。
西洋では四体液説は十九世紀までに医学の主流から退場した。インドでは退場せず、むしろ国家によって制度化された。この差はなぜ生まれたのか。
答えは医学の内側にはない。植民地支配と、独立運動と、ナショナリズムと、そのあとに来た国際的な健康産業の需要という、外側の力学が働いている。だからなぜドーシャは生き残ったのかという問いは、生理学ではなく社会史の問いになる。
一方で、この三分類を記述の道具として見ると、話が変わってくる。ヴァータの記述は、乾燥、冷え、不規則、落ち着かなさ、消耗という状態のクラスターを指している。ピッタは熱、炎症、過剰な駆動、焦燥。カパは重さ、停滞、鈍さ、蓄積。これらは実体ではなく、体調の傾きを言い表すための語彙だ。
そして語彙としては、けっこう使い勝手がいい。最近ヴァータが乱れてると言うとき、その人は不規則な生活で神経が高ぶって体が乾いて疲れているという複合的な状態を一語で表現している。日本語には、そういう状態をまるごと指す便利な言葉があまりない。
だからこの語彙を借りると、自分の状態を認識しやすくなる。名前がつくと、対処のとっかかりができる。これは実体としての正しさとは別次元の、道具としての有用性だ。
線をどこに引くか、という一点
ただし、この道具として有用という擁護には、はっきりした限界を引かなければならない。語彙が便利であることと、診断や治療の根拠になることは、まったく別の話だ。ここを踏み越えた瞬間に、この体系は危険なものに変わる。
線はどこか。私の考えでは、線は診断のところにある。何かの症状に名前をつけて原因を特定し、それに基づいて対処を選ぶ、という行為を伝統的な枠組みだけでやることが危険なのだ。
生活を整える語彙として使うぶんには害は少ない。だが症状の原因を判定する道具として使い始めると、本来必要な検査や治療が後回しになる。前に紹介した医師の言葉がここに効いてくる。彼が怖いのは療法そのものではなく、来るのが遅れることだった。
この構造は、あらゆる代替医療に共通する。効かない療法そのものより、効く治療が遅れることのほうが、はるかに多くの害を生む。
そして重金属の問題は、この線の議論とは別枠で、単独で深刻だ。ここは擁護のしようがない。鉛、水銀、ヒ素が有害な量で含まれていた製品が繰り返し見つかっていて、複数の国の公的機関が警告を出していて、妊娠中の女性の事例まで報告されている。
伝統的な製法を守れば安全という業界側の主張が仮に正しかったとしても、買う側にそれを見分ける方法がないのだから、実務的には意味をなさない。ネット通販で買った粉や錠剤に何が入っているかは、飲んでからではわからない。ここだけは、この記事の中で最も強く言っておきたい。特に個人輸入は避けたほうがいい。
自己責任の圧という、もうひとつの副作用
もうひとつ、深掘りしておきたいのが、この体系が持つ自己責任の圧についてだ。生活習慣を整えれば調和が保てるという枠組みは、裏返すと、調子が悪いのは生活が悪いからだ、という含意を持つ。
体質を知らなかったあなたが悪い、季節に合わせなかったあなたが悪い、消化の火を弱らせたあなたが悪い。この方向に振れると、病気になった人を責める言説になる。実際、代替医療の周辺ではこの手の語りが頻繁に発生する。
本人の努力ではどうにもならない病気は山ほどあるのに、整えれば防げたはずという物語は、当事者を追い詰める。この体系を面白がるのはいいが、他人の不調にこの枠組みを持ち込んで説教を始めるのは、やめたほうがいい。
それから、断食や排出を伴う実践については、もう一度書いておく。出すことを善とする枠組みは、食べることに罪悪感を抱えている人にとって、非常に危険な意味を帯びる。浄化という言葉は、自分の体を汚れたものとみなす感覚を強化しうる。
摂食障害の当事者や、その傾向がある人にとって、この方向の実践は症状を悪化させる引き金になりうる。だからこの記事では、断食も排出療法も、方法も日数も一切書いていない。そういう療法が伝えられている、という事実を紹介するにとどめた。
効いているのは、油ではなくて三十分のほうだ
最後に、この題材の一番面白いところを書いて終わりたい。それは、二千年前のテキストが今も現役で読まれている、という事実そのものだ。
『チャラカ・サンヒター』に書かれた、患者の部屋に入る前に許可を得よ、という一文。治癒には患者と医師と看護と薬の四つが要る、という一文。これらは二千年経っても古びていない。
生理学の理論は完全に間違っていたのに、人間をどう扱うかについての洞察は生き残っている。ここに、この分野をどう扱うべきかのヒントがある気がする。ドーシャの理論を医学として復活させる必要はない。
でも、時間をかけて話を聞き、生活の全体を見て、その人固有の事情に合わせるという姿勢は、現代の医療がむしろ取り戻すべきものかもしれない。実際、患者がアーユルヴェーダに流れる最大の理由がそこにあるのだから。
そう考えると、この五千年の体系が現代に投げかけている問いは、ドーシャは実在するかではないのかもしれない。なぜ人は、自分の話を最後まで聞いてくれる場所を、医療の外側に探しに行くのか。そっちのほうが、たぶんずっと重い問いになる。
オイルの匂いと、手首に置かれた三本の指と、三十分の問診。効いているのは油ではなくて、あの三十分のほうなんじゃないか。私はけっこう本気でそう思っている。だからといって、鉛入りの粉を飲む理由にはならないけれど。
