大正十五年の三月、広島県福山の旅先で、ひとりの療法家が六十二歳で亡くなった。名前は臼井甕男(うすいみかお)。翌年の二月には門人たちが東京の寺の墓地に大きな石碑を建て、その生涯を漢文で刻んだ。この人が始めた「臼井靈氣療法」が、海を渡ってレイキと呼ばれるようになったわけだ。欧米では緩和ケアの病棟で補完療法として取り入れた病院もある、と紹介されることが多い。
手を当てるだけの療法が世界へ出ていった
レイキの説明はどの団体でもだいたい似てて、手のひらを体の具合の悪いところや、チャクラと呼ぶ場所に当てる。すると宇宙に満ちている「靈氣」が流れこんで、その人がもとから持つ治る力を助ける、という理屈だ。あん摩や指圧のように、押したり揉んだりはしない。
軽く触れるか、体から少し浮かせてかざすだけ。医学の側から効き目が認められたものじゃないらしい。それでも、ゆったりできた、気持ちが落ち着いたという受け手の声はずっと多かった。欧米には指導者の資格を出す団体がいくつもあり、ヨガやアロマテラピーと並ぶ代替療法の顔になってる。
鞍馬山の二十一日と、原宿の学会
臼井甕男は慶応元年、一八六五年の八月十五日に岐阜県で生まれた。碑文によれば谷合村の人で、先祖は鎌倉の武将の千葉常胤にさかのぼる。若いころから、人は何のために生きるのか、本当の安心立命とは何かを問い続けたという。禅の修行にも打ちこんだと伝わる。
後の時代に広まった話だと、禅を三年ほど続けたころ、師に「一度死んでごらん」と言われたそうだ。それで京都の鞍馬山にひとりで入り、二十一日間、何も食べずに合掌して無念無想を保つ行を始めた。満願の夜の零時ごろ、雷に打たれたような衝撃が頭の上を突き抜け、臼井はしばらく気を失った。目覚めると「宇宙即我、我即宇宙」の境地にいた、という筋だ。伝承の上では大正十一年、一九二二年の三月の出来事。
鞍馬山は、宝亀元年、七七〇年に鑑真の高弟の鑑禎が草庵を結んだのが始まりと寺の歴史にある山だ。毘沙門天をまつり、牛若丸が僧正ガ谷で天狗に兵法を習った伝説でも知られてきた。昭和二十四年からは鞍馬弘教の総本山。寺が公にしてる歴史に、臼井の名前は出てこない。
同じ年の四月、臼井は東京で「臼井靈氣療法學會」を立ち上げた。翌年九月の関東大震災でけが人の手当てに走り回り、評判が一気に広がったと伝わる。支部が全国で六十ほどに増えたとする資料もあるけど、裏づけははっきりしない。亡くなったのは一九二六年、大正十五年の三月九日で、活動はわずか四年ほどだった。
杉並の西方寺に立つ功徳の碑
東京都杉並区梅里にある浄土宗の西方寺は、もとは四谷にあって、大正九年に道路の拡張などで今の場所へ移ってきた寺だ。この墓地に「臼井先生功徳之碑」が立ってる。臼井家の墓も同じ墓地にあると紹介される。
碑が建ったのは昭和二年、一九二七年の二月。文を作ったのは漢学者の岡田正之で、字を書いたのは海軍少将の牛田従三郎だった。同じ時代の記録はほかにほとんど無く、この碑がいちばん確かな手がかりになる。
碑文の鞍馬山は、ずっとあっさりしてる。山で食を断って二十一日の行をしたら、頭の上に大きな霊気を感じて療法を得た、という書き方だ。雷も失神も、禅の師のひと言も出てこない。どうやら後から付いた話らしい。
碑はそのあと、まず自分と家族で試したと続く。大正十一年四月に青山の原宿で学会を設け、十二年九月の震災では市中を回ってけが人を手当てした。十四年二月には中野へ道場を建てている。招かれて呉、広島、佐賀と回り、福山で数えの六十二歳で亡くなった。門人は二千人あまり。
碑の後半には五つの戒めが並ぶ。朝夕に合掌して唱えよ、という指示付きだ。療法は病を治すだけじゃなく、心を正し体を健やかにして人生の幸せを味わうのが主眼だ、とも刻まれた。
太霊道の時代に生まれた霊術のひとつ
臼井が学会を開いた大正の半ばは、霊術と呼ばれる民間の療法が花盛りだった。明治三十年ごろから術者が出はじめ、昭和の初めには三万人に達したという推計もある。草分けとしてよく名前が挙がるのが桑原天然で、いちばん派手だったのが田中守平の太霊道だった。
田中守平は一八八四年の生まれで、昭和四年、一九二九年の十二月に亡くなってる。太霊道は霊子顕動法から入って霊子潜動法へ進む体系で、呼吸法、断食、気合、催眠まで取りこんでいた。田中が死ぬと、会は急にしぼんだ。
臼井の療法も、当時の目で見ればこの霊術の仲間に入る。違いを探すなら、霊気を伝授で弟子へ移し、五戒と合掌を毎日の務めにさせた点かもしれない。明治の末には催眠術の乱用を禁じる決まりができ、昭和五年には療術を取り締まる規則も出た。戦後の霊術はほとんど表から消え、占領期の規制で壊滅したと書く研究書もある。
林忠次郎の研究会からハワイへ
臼井が亡くなると、学会は牛田従三郎、武富咸一と会長が受け継ぎ、今も国内で続いてる。外へ宣伝をしない会で、中の様子はあまり伝わってこなかった。
海外への道をつけたのは門人の林忠次郎だ。一八七九年生まれで、大佐まで務めた海軍の軍医だった。退役後に東京で「林霊気研究会」を開き、どこに何分当てるかという形に手当てを整理し直したと言われてる。
一九三五年、ハワイ生まれの日系二世の高田ハワヨが、病気の治療で来日して林の手当てを受け、そのまま弟子入りした。一九三八年には林がハワイへ渡り、高田に最上段の神秘伝を授けたという。高田は一九七〇年代以降にアメリカで広め、生涯で二十二人に指導者の資格を授けたとされる。この系統が西洋のレイキの母体で、手順やシンボルを整理し、短い講座で資格が取れる形にまとめた。
林の系統から伝わったとされるのが「直傳靈氣(じきでんれいき)」だ。山口千代子という指導者が、二〇〇〇年ごろから一般向けの伝授を始めた。ほかにもカルナレイキ、チベタンレイキ、龍神レイキと後から作られた流派は数えきれない。この乱立ぶりが「レイキは怪しい」と言われるもとにもなった。
一九八〇年代の逆輸入
戦後の日本では、霊気の名前はほとんど聞かれなくなった。それが一九八〇年代にアメリカ経由で戻ってくる。ニューエイジの流行に乗り、片仮名の「レイキ」として持ちこまれたのが一九八四年ごろだという。
一九九〇年代には外国人の指導者が日本で指導者向けの伝授まで始め、習う人の大半がアメリカ帰りの形を受けることになった。いわゆる逆輸入。元の学会や林の系統を探し直す人も出て、西方寺の碑に改めて光が当たったのもこのころだったらしい。
西洋式アチューンメントの流れ
西洋式ではレイキを使えるようにする儀式を「アチューンメント」と呼び、指導者が受ける人の気の通り道を開くものと説明してる。受ける側には、前もっての知識も修行も素養もいらない。一度受ければ、その日から自分にも他人にも手当てができるとされる。
対面なら、受ける人は椅子か床に楽な姿勢で座る。目を閉じて深く息をし、雑念をできるだけ手放すよう言われる。指導者は後ろや横に立ち、頭のてっぺん、両肩、両手へと順に手をかざしていく。そのあいだにシンボルと呼ぶ図形を空中に描き、対応する言葉を心の中か小声で唱えた。
かかる時間は数分から十数分ほど。案外短い。受ける側も授ける側も力を抜いたまま、流れを感じ取るとされる。終わったら、指導者と受けた人がお互いにお礼を言って締める。
日本レイキ協会の解説だと、第一段階で一度受ければ力はずっと続き、受け直しはいらない。水道管と同じで、毎日使って流れを保っておけばいい、という例えで説明してる。ここが、あとで書く学会の霊授といちばん違うところだ。
最近はオンライン会議を使った遠隔アチューンメントも広がった。日時を決めて同時にやる「リアルタイム型」と、受ける側が好きな時に受け取る「コールイン型」の二つがある。コールイン型は感じにくいという声が多く、あまり流行ってないようだ。
講座はだいたい三段階に分かれる。第一段階のファーストディグリーでは基礎と自分の通り道の掃除を習い、自分に手を当てる手順が中心になる。料金の相場は一万五千円から二万円くらい。終えたら二十一日ほど、毎日自分に手当てをする期間を置くよう勧められる。
第二段階のセカンドディグリーでは、シンボルとマントラを本格的に覚え、離れた相手に送る遠隔の技も習う。第三段階のサードディグリー、いわゆるマスターでは、マスターシンボルまで全部を受けて、人にアチューンメントを授けられるようになる。料金はどちらも、第一段階と同じくらいが相場だった。
手を当てる順番と、他人に当てるとき
アチューンメントのあとに毎日やるのが手当て、いわゆるハンドヒーリングだ。自分にやるときは仰向けになるか、あぐらで楽に座る。両手をそろえて額、両目、こめかみ、後頭部、喉、胸、みぞおち、おなかと、上から順に数分ずつ当てていく。西洋式ではこれを「十二ポジション」と呼び、決まった型にしてきた。
この十二の型は林の研究会から出たものらしい。ヒビキを感じ取りにくい初心者でも手当てができるよう作られた、と日本レイキ協会は説明してる。同じ協会の整理だと、日本式は座ったまま頭を中心に当てるやり方と発霊法が柱。西洋式は十二ポジションの自己ヒーリングが柱になる。
学会の冊子『霊気療法必携』の療法指針にも、当てる場所の並びが載ってる。台湾の霊気団体が公開してる訳文だと、頭部の項は額の髪の生え際、後頭部、首、頭頂、胃、腸の順。胃腸の項は上行結腸、横行結腸、下行結腸、小腸、へそのまわり、お尻と続く。分数の指定は無い。患部を二、三分じっと見つめる凝視のやり方にだけ、時間の目安が付いてた。
自分に当てるときも同じ。この頭部の並びを上から順にたどる形になる。額の生え際に両手をそろえて当て、後頭部、首の後ろ、頭のてっぺんへ移り、最後に胃とおなかへ下ろす。
手のひらが温かくなる、ピリピリする、磁石で押し返されるような感じがする。そういう報告は実践者のあいだでよく聞く。何も感じない人もいる。流れている証拠だ、と説明されることが多い。
人にやるときも考え方は同じ。相手に仰向けかうつ伏せで寝てもらい、体の上から順に手を当てていく。肌にじかに触れる流派もあれば、数センチ浮かせてかざすだけの流派もあった。手当てのあいだは「この人が楽になりますように」という祈りに近い気持ちを保て、と教わる。技術より、この心持ちのほうが大事だとよく言われる。
日本の元の形では、決まった順番より、手が引かれるところに当てるやり方が重んじられたと紹介されてる。悪いところに手をかざすと響いてくる感じを「病腺(びょうせん)」と呼んだ。手が勝手に向かうところへ任せていくのが「霊示法(れいじほう)」だ。
セカンドディグリーからは遠隔ヒーリングも習う。その場にいない相手の名前や写真を思い浮かべて、シンボルを使って送るやり方だ。科学で確かめようがない部分なので、疑う側からいちばん突っこまれるところでもある。
気功との違いと、枝分かれした流派
レイキはよく中国の気功と一緒にされるけど、出どころも理屈も別物。気功は道教や仏教の修行の流れをくみ、長い鍛錬で自分の気を練り上げていく。レイキは儀式を一度受ければ、理屈の上では誰でもすぐに使える。修行がいらないこの手軽さが広まった理由で、同時に「安易すぎる」「気功より浅い」と叩かれる理由にもなった。
枝分かれした流派も多い。カルナレイキは臼井式に新しいシンボルを足したもので、より深い手当てをうたう。チベタンレイキはチベット仏教の要素を入れた系統。龍神レイキは日本の龍神信仰と結びつけた新しめの流派で、宗教っぽさが問題になることもあった。
受けた人の声と、講座のもめごと
もめごとも少なくない。第一段階を終えたとたん「本当の力はセカンド、サードまで」と迫られ、数十万円の追加講座を契約した、という口コミがある。日本レイキ協会という特定非営利活動法人も、質問への答えの中でこうしたもめごとに注意を呼びかけた。
質問サイトには「レイキについてのご意見をお聞かせ下さい(肯定でも否定でも)」という問いが何度も立つ。答えには「宗教まがいの商売だ」「知人が何十万円もつぎこんでいて心配」という声が並ぶ。その横に「体が温かくなる感じがある」「息抜きには悪くない」という声もあった。
まとめ系のブログが挙げる怪しい理由は五つ。根拠が弱い、資格が簡単で質がばらばら、ねずみ講に似た勧誘、宗教と結びつきやすい、講座が高い、だ。欧米の病院の例を持ち出し、「日本だけが怪しみすぎのガラパゴス」と言い返す記事もあった。
五戒を原文で読む
学会が入会者に渡した冊子『霊気療法必携』の冒頭には、五戒が載ってる。同じ文言を掛け軸にして道場に掛けた形も伝わる。原文は「招福の秘法 萬病の霊薬」から始まり、「今日丈けは 怒るな 心配すな 感謝して 業をはげめ 人に親切に」と続く。
最後に「朝夕合掌して心に念じ口に唱へよ」とあって、「心身改善 臼井靈氣療法 肇祖 臼井甕男」で結ばれる。碑文にも、同じ五つの戒めが漢文の書き方で刻まれた。
読みは、しょうふくのひほう、まんびょうのれいやく。きょうだけは、いかるな、しんぱいすな、かんしゃして、ぎょうをはげめ、ひとにしんせつに。「怒るな」を「おこるな」と読んで教える会もある。結びは、ちょうせきがっしょうしてこころにねんじくちにとなえよ、と読む。
ざっくりした意味はこうだ。福を招く秘密のやり方で、あらゆる病に効く霊薬でもある。今日だけは怒らない、心配しない、ありがたいと思う、自分の務めに励む、人に親切にする。朝晩、手を合わせて心で思い、口に出して唱えなさい。
効いてるのは「今日丈けは」の一語だよね。一生怒るなと言われたら無理でも、今日一日なら守れそうな気がする。「業」は仕事と取る人もいれば、修行と取る人もいた。
唱える時は、碑文も冊子も「朝夕」の二回だけを指定してる。何時何分という時刻の決まりは、冊子の訳文にも見当たらなかった。手を胸の前で合わせ、心で思ってから口に出す、というのが冊子の順番だ。発霊法の中では、精神統一のあと合掌のまま「今日丈けは」から「人に親切に」までを三回唱える。直傳靈氣の講座の案内を見ても、前期の三回の講座がどれも五戒奉唱から始まってた。
冊子のもうひとつの柱が、明治天皇の御製。修養向きの和歌が季節や人の道ごとに並んでて、集まりではこれを節をつけて詠み上げたと伝わる。御製を詠み、五戒を唱え、合掌して座る。臼井の療法の日課は、この三つが柱だったようだ。
霊授は何をする儀式なのか
学会や林の系統では、伝授をアチューンメントとは呼ばず「霊授(れいじゅ)」と言った。直傳靈氣でも同じ呼び名を使ってる。受ける人が座って目を閉じ、授ける側が頭や手に触れたりかざしたりする点は、西洋式と似てる。
違うのは回数だ。学会では、霊授は一度きりの儀式じゃなかったと紹介されてる。会員が集まるたびに発霊法で合掌し、そのあいだに師範が一人ずつ回って授けていく形だったという。受け直すたびに通りが太くなる、という考え方らしい。
段も細かい。林の研究会では初伝、奥伝、神秘伝と上がっていく。学会の側では等級で呼んだようで、「第三等」と書かれた昭和八年の霊授の証書が古物として売りに出たこともあった。
初期の学会の形を再現しようという研究会の案内は、上がり方をこう書いてる。入門は六等から始まる。霊授会に出るたびに一等ずつ上がり、三等までが初伝で、ここで発霊法、ヒビキの感じ取り方、ふつうの手当てを学ぶ。三等になって十か月たち、初伝に熟した人だけが、四日間の霊授会を受けて奥伝へ進む。奥伝は前期と後期に分かれ、前期で二つ、後期で一つの「お印」を授かるという。
日本レイキ協会の整理では、日本式の段は初伝、奥伝前期、奥伝後期、神秘伝。西洋式のファースト、セカンド、サード、マスターと並べて比べてる。ここではサードとマスターを分けて四段に数えた形だ。
受ける側の作法は簡単。背筋を伸ばして座り、胸の前で手を合わせて目を閉じる。授ける人が離れるまで、合掌を崩さず静かに待つ。終わったら目を開け、授けてくれた人に一礼する。それで一回分が済む。
直傳靈氣の講座を予約して霊授を受けに行く
学会そのものは、いま新しい会員を受け入れてないと日本レイキ協会は書いてる。だから日本の元の形に近い霊授を受けたいなら、林の系統を名のる直傳靈氣研究会の講座が窓口になる。研究会の公式の案内では、昭和十三年に林から直接学んだ山口千代子の系統で、修了者は四万五千人を超えたとある。
申し込みは完全予約制。前期は新規なら三日間の組み立て。初日が午後二時から六時か午後四時から八時で、二日目と三日目は午前十時から午後六時、昼の休みが入る。初日は半日だけ。途中からの参加も、途中で抜けるのもできない。
受講料は新規が八万五千円、再受講が二万五千円で、どちらも消費税が別になる。後期は前期を終えた人しか受けられない。順番は崩せない。
講座の中身は、東京の中央線沿いで直傳靈氣を教えてる教室の案内が細かい。前期は約三時間の講座が三回で、一回目に霊気の歴史と五戒を学んで最初の霊授を受ける。二回目は病腺の見つけ方と、凝視法、呼気法、印、血液交換法。三回目は霊氣送りと、家で自分で続ける鍛錬法の紹介と、それまでの復習と実習に当てる。
どの回にも五戒奉唱、霊授、霊氣回しが入ってる。前期のあいだに霊授を三回受ける勘定になるわけだ。毎回受け直す形。後期は約三時間が二回で、一回目に悪い癖を直すための印、二回目に遠くの相手へ送るための呪文を授かる。
この教室の受講料は前期が四万九千五百円、後期が四万四千円で、どちらも税込み。研究会の本部と各地の教室とで、日程の組み方も値段も違うから、同じ直傳靈氣でも窓口によって払う額はかなり変わる。申し込む先の最新の案内で確かめてから予約を入れる形になる。
発霊法を一回通してやってみる
発霊法は、臼井の系統に伝わる自分を清めて霊気を高めるための日課だ。学会の集まりでの順番は、御製の朗詠、基本の姿勢、黙念、乾浴法、浄心呼吸法、合掌、精神統一、五戒三唱、黙念と紹介されてる。団体ごとに細かいところは違うけど、骨組みはだいたい共通してた。
最初に座る。正座でも、背もたれに寄りかからない椅子でもかまわないし、あぐらでいいとする教室もある。背筋を伸ばして目を軽く閉じ、意識をへその下の丹田に置く。
丹田の場所を、へその下三から五センチと示す教室もあった。手は手のひらを下に向けて膝の上へ。これで基本の姿勢ができる。
黙念はすぐ済む。心の中で「これから発霊法を始めます」と宣言すること。声には出さない。一行で足りる。これで、ふだんの時間と行の時間を切り分けるわけだ。
乾浴法は、水を使わずに手で体を払う作法だ。息を吐きながら、右手のひらを左肩に当てて、右の腰へ斜めに撫で下ろす。左手を右肩に当てて左の腰へ下ろし、もう一度右手で左肩から右腰へ払う。胸の前にバツ印を描く動きで、右、左、右の三回。左右をもう一往復させる教え方もある。
腕も同じように払う。右手を左肩に置き、左腕の外側を通って指先まで一気に撫で下ろす。左手で右肩から右の指先へ、もう一度右手で左の指先へ。腕を水平に伸ばして払う教え方と、手首から先を強く払う教え方があった。払い終えたら手を膝に戻す。
腕の払い始めは団体でずれる。ある教室の手順だと、肩からじゃなく、右手で左の手首から指先へさっとしごく。左手で右の手首から指先へ撫で下ろし、これをもう一度ずつくり返してから両手を膝に戻す。乾浴のあと、浄心呼吸法の前に両手を上げて霊気とつながる段を一つ挟むのも、この教室のやり方だった。流派の差だ。
浄心呼吸法では、手のひらを上に向けて膝に置く。卵を軽く握るくらいに指を丸め、おなかでゆっくり息をする。吸った息を丹田まで落とすつもりで、吐くときも力まない。吸う息で頭の上から霊気が入り、吐く息で体の外へ広がっていくと思い描く教え方もある。何も思い描かずに息だけを見る、という教え方も残る。
合掌は、胸の前、心臓より少し上の高さで手を合わせる。指に力を入れない。肩と腕の力も抜く。そのまま精神統一に移り、丹田に意識を置いて、吸う息で両の手のひらから霊気が入り、吐く息で手のひらから出ていくと念じる。合掌の時間は、慣れないうちは十分ほど、しっかりやるなら三十分から四十分と勧める教室もある。
精神統一のあと、手を合わせたまま五戒を三回唱える。今日丈けは、怒るな、心配すな、感謝して、業をはげめ、人に親切に。学会の集まりでは、この合掌のあいだに師範の霊授が入ったと紹介されてる。
合掌を解いたあとの締めと、朝夕の続け方
終わりの黙念で、心の中で「発霊法を終わります」と告げる。それから目を開けて手をほどき、両手首を何度かよく振った。ここまでで一回分の行が済む。道具は何も使わないから、片づけるものも残らない。身ひとつでいい。
避けたいことも書いておく。手を当てれば必ず治る、と言い切る講座には近づかないほうがいい。次の段、その次の段と、高い講座を立て続けに迫ってくる所も同じ。業界の団体が注意を呼びかけてきたのも、この二つだった。日本レイキ協会は、レイキは医療の代わりにならず、「治す」「治療する」とうたえば医師法に触れる、と解説の中で書いてる。
毎日続けるなら、時間を決めておくと楽だ。碑文も掛け軸も、唱える時を「朝夕」と指定してる。朝は起きてすぐ、夜は寝る前に、同じ場所に座って同じ順番を通す。御製を詠み、乾浴法で払い、合掌して五戒を三回唱え、黙念で閉じて手を振る。明日の分は、また明日の「今日丈けは」でやり直す。
合掌呼吸法と霊気シャワーを行に足す
発霊法から合掌と精神統一だけを抜き出したのが、合掌呼吸法だ。ある教室は、立っても座ってもいいとしてる。目は閉じるか半眼にして、鼻でゆっくり自然に息をする。手を合わせて心を静めたら、一度両手を上げ、光を感じながらゆっくり下ろして、胸の前、心臓より少し上でもう一度合わせる。
意識は軽く丹田へ。吸う息で、合わせた両掌から霊気が流れこんで丹田に満ちると思い描く。吐く息では、丹田に満ちた霊気が掌から外へ勢いよく出ていくと思う。
これをしばらくくり返し、合掌して終える。案内に回数も分数も無い。終わったら両手首をよく振るのは、発霊法と同じだった。
同じ教室は、霊気シャワーという払いの型も教えてる。立つのが基本。目は閉じるか半眼で、息は特に意識しない。合掌したら両手を開いて高く上げ、上から光がシャワーのように降り注ぐと思い描く。
そこから掌を自分に向け、頭のてっぺんから体の前面に沿って、なぞるようにゆっくり下ろす。要らないものが足元から下へ流れ出ていくとイメージする。これを数回くり返し、最後に合掌して閉じる。学会の古い資料にある型かどうかは、この案内には書かれてなかったので、そこは割り引いて受け取っておきたい。
