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愛宕さんの火迺要慎札と千日詣り、夜の表参道の登り方から台所への貼り方、樒のくべ方、秋葉の火防札まで

阿多古祀符の一枚が台所に貼られてきたわけ

京都の古い町家で、おくどさんの脇の壁を見上げると、縦長の札が一枚貼ってある。上に「阿多古祀符」、その下に大きく「火迺要慎」。読みは「ひのようじん」。愛宕山の上に鎮まる愛宕神社の火伏せの札で、京都では家の台所から料亭の厨房まで、火を使う場所ならたいてい貼られてきた。

愛宕山は京都の西の端、標高九百二十四メートルの山だ。山頂の社は火の神を祀り、火災を防ぐ神として京都だけでなく全国から信仰を集めた。総務省消防庁の広報誌も、京都のドラマで町家の台所にこの札が映る場面を巻頭言の枕に使っている。京都市の文化遺産の解説によると、昔は愛宕の修験者が家々を回り、台所で火伏せの護符と樒を祀るよう勧めて歩いた。札と樒がそろって台所に入ったのは、この勧めが始まりだった。

正直、見慣れすぎて誰も気に留めない一枚かもしれない。札と樒の二つを台所に置くのが、愛宕の火伏せの基本の形になる。札は壁に貼って火の場所を守り、樒は葉を火にくべてその日の無事を祈る。山に登って札と樒を受け、家で祀り、一年たったら納めるまで。その段取りを順に書いていく。

七月三十一日の夜九時と八月一日の午前二時に合わせて日を決める

愛宕の札はいつでも受けられる。一年中だ。けれど、いちばん大事にされてきた日取りは夏の千日詣りだ。七月三十一日の夜から八月一日の早朝までに参ると、千日参ったのと同じ火伏せの御利益があると言われている。

二〇二六年の京都市の観光案内には、日程がこう出ていた。七月二十三日から八月一日の早朝までが千日詣りの期間で、二十三日の朝九時に千日十日祭がある。二十三日から三十日までは、札の授与と祈祷と御朱印の受付が朝九時から夕方四時まで。三十一日と一日は朝八時から翌朝の早朝まで開けると書いてあった。

山の上の神事は二つだ。七月三十一日の夜九時に夕御饌祭、八月一日の午前二時に朝御饌祭。昔から、この二つの祭りのあいだに参るのが千日詣りの本筋とされてきた。夜を通して参道と社頭に明かりがつくのも、三十一日の夕方から一日の早朝までの一晩だけ。

ほかの日は夜も早朝も対応しないと案内にもはっきり書いてあった。千日詣りの期間でも、三十日までは昼の参拝になる。

日にちの選び方は大きく三つある。夜の祭りに合わせて三十一日の夕方から登るか、朝御饌祭を目がけて夜中に登るか。あるいは混雑を避けて、二十三日から三十日の昼に登るかだ。いちばん人が多いのは三十一日の夜。静かに参りたいなら昼の日。

清滝のバス停から四キロの山道に備えて荷を詰める

登り口は清滝だ。京都バスの清滝の停留所で降りて坂を下り、清滝川を渡った先に表参道の入口の二の鳥居が立っている。そこから山頂の社まで、表参道はおよそ四キロある。京都市の案内には、清滝から歩いて二時間半ほどと出ていた。

歩き慣れていない人なら三時間は見ておいたほうがいいし、実際に休み休み登って三時間弱かかったという登山の記録もあった。高さにして八百メートルほどを一気に上がる道だから、山の格好で臨むのが筋だ。

荷は軽く。滑りにくい登山靴か運動靴、雨具、夜なら懐中電灯か頭につける灯り、水、塩気のある行動食。山の上は夏でも夜は冷えるので、薄手の上着を一枚入れておく。札を受けたあとに折らずに持ち帰るため、筒や厚紙の挟み板があると重宝する。

火迺要慎の札は、大きいほうで縦が五十センチを超える。かなり大きい。丸めると札が傷むので、平らなまま背負える袋か、筒状の入れ物を用意しておくと帰りが楽だ。樒も一束受けるから、濡らした新聞紙とビニール袋があるといいかもしれない。

清滝の茶店にも、千日詣りの一晩だけ夜通し店を開けるところがある。清滝のある茶店は、三十一日の朝四時半から一日の夕方五時まで開けると告知していた。昼の日は朝六時半から夕方六時までだった。車で来て路上に停めるのは、近所の迷惑になるのでやめておく。

二の鳥居から丁石を数えながら登る

二の鳥居をくぐると、すぐに坂。参道の脇には距離を示す丁石が並んでいて、これが登りの目安になる。江戸時代に置かれた石で、百メートルほどの間隔で並んでいると登山の記録にあった。

二十丁目に一文字屋の跡、二十五丁目になかやの跡、三十丁目に水口屋の跡がある。どれも昔の茶屋で、いまは跡地が休み場になっている。京都の観光記事では、二十五丁目がひと息つく最初の場所として紹介されていた。ここで水を飲む。

途中には壺割り坂、火燧権現の跡、大杉大神の社が点在していて、それを過ぎて水尾分かれまで来ると東屋があって、ここでしっかり休んでおく。冬に登ったある記録では、清滝から水尾分かれまでが百二十分、そこから社まで四十分かかった。

水尾分かれを過ぎれば残りは少ない。あと一息だ。山門をくぐり、社務所の前を通って、本殿へ上がる長い石段を登りきる。千日詣りの夜は参道の約四キロに灯りがともるので、道そのものは見失わない。

それでも足元は石と木の根だらけで、夜は昼よりずっと段差が見えにくい。下りてくる人とすれ違う場面も多いので、灯りは手元より足元へ向けておく。遭難者が出たこともある山だと、京都の観光案内も注意していた。無理だと思ったら水尾分かれで引き返してかまわない。

本殿で二拝二拍手一拝し、略拝詞を唱える

石段を上がったら、手水で手と口をすすぐ。本殿の前では神社の一般の作法どおり、二回深く頭を下げ、二回手を打ち、最後にもう一度頭を下げる。二拝二拍手一拝。

手を合わせているあいだに唱えるなら、略拝詞がいちばん短くて確かだ。原文は「祓へ給へ 清め給へ 守り給へ 幸へ給へ」。読みは「はらえたまえ、きよめたまえ、まもりたまえ、さきわえたまえ」で、罪穢れを払い、清め、守り、幸いを与えてください、というくらいの意味になる。

回数の決まりは無い。一回でいいし、三回唱える人もいる。心の中で住所と名前を名乗ってから、台所の火がこの一年無事であるように、家の者がやけどをしないようにと頼む。これで十分だ。

夕御饌祭と朝御饌祭の時刻に居合わせたら、社頭で静かに待つ。神事は神職が執り行うもので、参拝者は加わるというより見守る側になる。境内は夜通し人で埋まる。写真より、列を詰めるのが先。

授与所で火迺要慎の札と樒一束を受ける

参拝が済んだら授与所へ回る。千日詣りの期間は札の授与と祈祷と御朱印の受付が並ぶので、札の列に並んでいるかを確かめてから待つ。火迺要慎の札は大と小の二つの大きさがある。

神社の案内では、大がおよそ縦五十三センチ、横十五センチ。小がおよそ縦三十九センチ、横十三センチだ。京都の観光案内には、大が五百円、小が四百円と出ていた。初穂料は年によって変わるらしいので、授与所の掲示で確かめる。

大小は台所の壁の空き具合で選べばよく、コンロの横に縦五十センチの空きが無い台所なら小のほうが収まる。店の厨房のように壁が広ければ大を選ぶ家もある。

樒は愛宕の神花。葉につやのある常緑の木だ。神社の案内では、五本で一束にして授けていた。札と一緒に受け、濡らした紙で根元を包んで持ち帰る。

同じ授与所には、ほかの札も並ぶ。朱札はおよそ縦二十七センチ、横四・五センチで、愛宕講や町内の代参が受ける札。幣札はおよそ縦二十六センチ、横七・五センチの厄除けで、玄関や門など家の境に貼る。筥札と水引札は神棚やお社に納める型、雷神札は雷除けになる。

札を受けるついでに火難除けの祈祷を申し込む

札だけでなく、祈祷を受けていく人もいる。千日詣りの期間は、札の授与と同じ窓口で祈祷の受付もしていた。二十三日から三十日は朝九時から夕方四時まで、三十一日と一日は朝八時から夜通しの受付だった。

申し込みは授与所で用紙をもらって書く。書くのは住所と名前と願いごとの三つで、家族の分をまとめて頼むなら全員の名前を並べておく。願いごとは「火難除け」や「家内安全」と書けば通じる。店や工場の分なら、屋号と所在地を書いておく。

初穂料の額は、行く前に神社へ電話で確かめるのが確実だ。案内に額は載っていなかった。のし袋か白い封筒に入れ、表に「御初穂料」、下に名前を書く。水引は紅白の蝶結びで足りる。

名前を呼ばれたら本殿へ上がり、神職の祝詞とお祓いを受けるが、頭を下げる合図は神職が出すのでそれに合わせればいい。祈祷の札を授かったら、火迺要慎とは別に神棚か台所の高い棚に納める。壁に貼る札とは扱いが違う。

月参りと愛宕講の代参のやり方

京都には「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」という言い回しが残る。愛宕へは毎月参れ、という意味だ。毎月でも参れるほど、京都の暮らしに近い山ということ。

昔の講は、町内でお金を積み立てて代表を山へ送った。代表は朱札を講の家の数だけ受けて帰り、各家へ配る。朱札は愛宕講や町内の代参のための札だと、神社の授与品の一覧でもほかの札とはっきり書き分けてあった。朱札は細長く、柱や台所の梁に貼りやすい。

講が残っている町内なら、代参の日取りを世話役に聞いておく。講に入っていない家でも、頼めば一緒に受けてきてもらえる場合があるかもしれない。頼むときは枚数と初穂料を先に渡しておく。

三つまでの子を連れて登るとき

愛宕さんには、三歳までに参ると一生火の難に遭わないという言い伝えがある。千日詣りの夜に、小さな子を背負って登る親の姿が多かったと京都の観光案内も書いていた。

子を連れるなら背負子か抱っこ紐で両手を空けておく。夜の山道で、子を腕に抱えたまま石段を上り下りするのは本当に危ない。暗い時間を避けて、三十一日の夕方の早いうちに登りきり、夕御饌祭の前に下り始める家もある。

子の着替えと飲み物、虫よけも荷に足す。夏の山は虫が多い。子が眠ってしまっても背中で安定するよう、背負い紐を一度締め直してから二の鳥居をくぐる。

明かりが消える前に下山を終える

下りは登りより足に来る。膝が笑う。膝をかばいながら歩幅を小さくし、石段では手すりや杖を頼りに一段ずつ確かめて降りていく。灯りがともるのは一日の早朝までなので、それまでに清滝へ戻りきるように時間を逆算しておく。

ほかの日の夜や早朝は参道に明かりが無い。茶店の告知も、その日は登らないよう強い言葉で呼びかけていた。千日詣りの一晩に慣れて、別の日に夜の山へ入らないこと。これは守っておきたい。本当に危ない。

札は折らない。これが一番大事な約束で、帰りの電車やバスでも札の袋は膝の上に立てて持っておくと安心だ。背中の筒か挟み板に入れたまま持ち帰り、家に着いたらその日のうちに貼ると気持ちがいい。

コンロの近くで目より高い壁に札を貼る

札を貼る場所は台所。家の台所や店の厨房に貼ることで火災除けの守りにする、と京都市の文化遺産の解説にも書いてあった。おくどさん、つまりかまどの近くに護符を貼るのは昔もいまも変わらない。

いまの台所なら、コンロの近くの壁か、台所の入口の柱の上のほうになる。神札は目より高い所に祀るのがよいとする神社が多いので、背伸びして手が届くくらいの高さを探す。コンロの真上は油と湯気で札がすぐ汚れるから、少し横へずらしたほうがいい。

文字が正しく読める向きで、まっすぐ縦に貼る。斜めは避ける。画鋲を使うなら、文字や神社名に刺さないよう上の余白を留める。両面の粘着テープで紙の裏の上端だけを留める家もある。

貼る前に壁の油汚れを拭いておき、濡れた布で拭いた場合は、湿り気がすっかり抜けるまで少し待ってから貼る。汚れた壁にそのまま貼ると、半年もしないうちに札が波打つ。

神棚がある家でも、火迺要慎の札は神棚ではなく台所に貼るのが本来の使い方だ。神棚には筥札や水引札のような型を納める。台所に荒神さんの棚がある家なら、その脇に並べて貼ればいい。

樒を札のそばに挿し、朝の火に葉を一枚くべる

愛宕の樒は、ただ飾るための枝じゃない。神社の案内によると、昔は朝いちばんにかまどの火を焚くとき、愛宕さんで受けた樒の葉を一枚、火の中へ投じて、その日の家内安全を祈ったという。

かまどで毎朝火を起こす台所は、いまの町なかではほとんど見かけなくなった。台所が変わったので、いまは樒を札と一緒に祀る形になった、と神社自身も書いていた。だからガスや電気の台所なら、札の近くに小さな花立てを置いて樒を挿すのが無理の無いやり方だ。

花立ての水は毎朝替えて、枝の切り口が黒ずんできたら、はさみで少しずつ切り戻しておくと葉の色が長く保てる。樒は葉が落ちにくく、水を替えていればかなり長くもつ。

昔のやり方をなぞりたいなら、燃やしてかまわない火を使う日に葉を一枚くべる。焚き火や炭の火、薪ストーブの火。ガスコンロの炎に直接葉を差し入れるのはやめておく。焦げた葉が器具の中へ落ちると、火伏せのつもりがかえって火の元になってしまうからだ。

もう一つ気をつけたいのが毒だ。樒の実と葉には強い毒があって、口に入れると危ないので、子どもや猫の手が届かない高さの花立てに挿しておく。料理の飾りに使うのは論外だ。

家に貼った札の前で毎朝手を合わせる

札を貼った日は、貼り終えたら一度手を合わせる。二拝二拍手一拝をして、略拝詞を一回。朝の支度でコンロに火を入れる前に、軽く頭を下げる家もある。

毎日の決まりは無い。気楽でいい。樒の水を替えるついでに手を合わせれば、それで一日の分になる。手を合わせる時間は数秒で足りる。長い祈りは要らない。

持ち帰った樒を家に着くまでもたせる

樒は丈夫な木だけど、夏の夜道を何時間も運ぶと、さすがに葉先からしおれてくる。根元を濡らした新聞紙で包んでビニール袋に入れ、口を軽く縛ったら、袋ごと札とは別の手提げに入れておく。

家に着いたら、根元を水の中で一センチほど切り戻す。花立てに挿すのは、札を貼ってからにする。

五本の束は、ほどかずに札のそばの花立てへまとめて挿せばいい。神社の案内も、樒は札と一緒に祀るとしか書いていなかった。

登れない年は郵送か代参で札を受ける

足を痛めた年や遠方に越した年など、山に登れない年も出てくる。そういうときは、愛宕神社に電話で申し込めば札を送ってもらえる。電話番号は〇七五の八六一の〇六五八だ。

神社の案内には、札の種類が多いので、事前に電話で申し込み方と初穂料、送料を尋ねるように、とあった。メールとファクスでは受け付けていないとも書いてあった。電話では、火迺要慎の札の大か小か、樒も要るのか、何枚かを伝える。

昔の町内では、講や町内の代表が代わりに登って札を受けてくる代参がふつうだった。朱札がその代参の札にあたる。講が残る町内なら、世話役に頼むのがいちばん早い。

身内の誰かが千日詣りに登るなら、頼んで受けてきてもらってもいい。そのときは札の大きさと枚数を紙に書いて渡し、初穂料を小さな封筒に入れて預ける。表に「初穂料」、裏に自分の名前を書いておけば間違いが起きにくい。

一年たった札と樒を愛宕さんか氏神へ納める

札は一年が目安だ。神社は、一年守ってもらった古い札は感謝を込めて納めるように、と案内していた。千日詣りで新しい札を受け、そのとき古い札を持って登って納めれば、夏ごとに一巡りする形になる。

山まで行けない場合は、近くの氏神の神社へ納めてよいと、同じ案内に書いてあった。神社本庁も一般の神札について、一年祀った札は年末に神社へ納めてお焚き上げをしてもらい、新しい札を受けるよう勧めていた。

剥がすときは札を破らないよう留め具をていねいに外し、白い紙か半紙で包んで、表に「古札」と書いてから納めに行く。貼っていた壁は一度拭いて、新しい札をすぐ同じ場所に貼る。

枯れた樒は、古い札と一緒に白い紙に包んで納める。札を家庭のごみとして捨てるのは避けて、受けた社か近くの氏神に預けるのが筋だ。

汚れた札、二枚目の札、引っ越しのときの扱い

揚げ物をよくする台所だと、札は一年もたたずに茶色くなる。油でひどく汚れた札は、一年を待たずに替えてもいい。汚れた札を貼り続けるより、受け直して古い札を納めるほうが気持ちよく使える。

二枚目を受けるのもかまわない。広い家なら台所と、火を使う作業場や薪ストーブの部屋にそれぞれ貼る家もある。幣札を玄関に、火迺要慎を台所に、という分け方も神社の案内どおりのやり方になる。

引っ越しのときは、古い家の札を剥がして納め、新しい家では新しい札を受けて貼り直すのがいちばん気持ちの区切りがつく。札を持ったまま移るなら、白い紙に包んで運び、新居の台所に着いたら最初に貼る。

遠州の秋葉山本宮で火防祈祷を頼む

東海で火伏せと言えば、静岡県浜松市の秋葉山本宮秋葉神社だ。神社自身が火防の神さまを名乗り、祈祷の案内を細かく出している。

秋葉山の祈祷の初穂料は、神社の案内では普通が五千円、中が一万円、大が二万円、大々が三万円だった。新築や増改築の祈祷では、特に祈祷した棟札や鬼門守を授けている。電話の申し込み先は下社で、〇五三の九八五の〇〇〇五だ。

大きな祭りは師走の火まつり。十二月十五日の午後二時半に御阿禮祭、十六日の午後一時半に例大祭、同じ十六日の午後十時から火まつりが始まる。神職が弓の舞、剣の舞、火の舞の三つを順に舞う。

弓の舞では、一の神職が左手に弓、右手に鈴を取って舞い、五本の矢を四方と天井へ放った。その矢で来年の豊凶を占う。

剣の舞では、二の神職が左に剣、右に鈴を取り、罪や穢れを切り祓うように舞った。火の舞では、本殿の奥に祀る万年の御神燈から火を移した松明を振る。火難、水難、諸々の厄を祓う祈りがこもる舞だ。

火まつりの祈祷を遠方から頼むと、人形と返信用の封筒が送られてくる。人形に名前と年を書き入れ、体にすりつけ、息を三度吹きかけてから封筒に入れて送り返す。これが秋葉の手順。

遠方の社寺へ祈祷を頼む前に電話で確かめておくこと

秋葉山にしても可睡斎にしても、京都からは遠い。行く前に電話を一本入れる。聞くことは四つだ。

祈祷の受付の時刻、初穂料や祈祷料の額、授かる札の種類、郵送で頼めるかどうか。この四つが分かれば、当日に慌てずに済む。電話は平日の昼が無難。祭りの日は受付が混むので、その日に限って扱いが違うこともある。

可睡斎の秋葉三尺坊大権現に火防を頼む

同じ遠州の袋井には、曹洞宗の可睡斎がある。秋葉総本殿として秋葉三尺坊大権現を祀り、全国でも指折りの火防の霊場を名乗る寺だ。

寺の案内には三尺坊の三つの大誓願が掲げてあった。その第一が「我を信ずれば、失火と延焼と一切の火難を逃す」。祈祷は御真殿で行っていて、一般の人の祈祷も受け付けている。

御真殿では、十一時ごろと十六時ごろのお勤めを見学したり同席したりできる。祈祷を頼むなら、寺に電話で日と料金を確かめてから出かける。寺の電話は〇五三八の四二の二一二一だ。

秋葉の札をどこに祀るかは、受けるときに社や寺でじかに聞いておく。台所に愛宕の札と並べるなら、互いに重ならないよう横に並べて貼る。どちらも一年を目安に、受けた社か寺、行けなければ近くの社寺へ納める。

東京の愛宕さんは六月に茅の輪をくぐる

東京の港区にも愛宕神社があって、こちらにも千日詣りがある。日取りは違う。六月二十三日と二十四日だ。

神社の案内では、この二日間に茅の輪をくぐって参ると千日分の御利益があると書いてあった。お祓いを済ませたほおずきが授けられ、受けた人は社殿の中で特別なお祓いを受ける。浅草のほおずき市は、ここから始まったと神社は伝えている。昔は、ほおずきが子どもの癇や婦人の病に効くと言われた。

茅の輪のくぐり方は、多くの神社で同じ形が案内されていた。左へ回り、右へ回り、もう一度左へ回って、八の字を描くように三度くぐってから本殿へ進む。東京で愛宕さんに参るなら、この二日に合わせて行くと千日詣りと茅の輪が一度に済む。

やってはいけないことを先に確かめておく

千日詣りの一晩以外に、夜の表参道を登らない。明かりが無く、清滝の茶店も絶対に登らないよう呼びかけていた。

札を折る、丸めてしわにする、文字の上から画鋲を刺す。どれも避ける。コンロの真上の、炎と湯気が当たる位置に貼るのもやめておく。

樒を食べ物の飾りにしない。子どもやペットの届く場所に置かない。ガスの火に葉を投じない。

札を貼ったからといって、火の始末をゆるめていいわけじゃない。そこは忘れない。昔の人が「火迺要慎」と四文字で書いたのは、火の用心そのものだ。札を見上げたら、コンロの火が消えているかを確かめる。これで一日が終わる。

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