スピリチュアル総合資料館
霊能・霊界
霊媒、口寄せ、死後の世界。見えると言った人たちが何を残したのかを見ていく。
35件の記事を収録しています。
人はいつの時代も、死者と言葉を交わしたいという抗いがたい欲求を抱えてきた。愛する者を失った悲しみを埋めるため。あるいは単なる好奇心から。あるいは金銭や名声を求めて。理由はさまざまだが、「あの世」と「この世」の境界に穴を開けようとする試み
神社の拝殿の奥から、低く朗々とした声が響いてくる。参拝者の多くはその意味を正確には聞き取れないまま、ただ厳かな空気に包まれてこうべを垂れる。あの声こそが「祝詞(のりと)」だ。祝詞とは、神職が祭典において神々に奏上する言葉である。感謝を捧
寺の本堂で炎が立ち上がり、太鼓が腹に響く。僧侶たちが一斉に何かを唱えはじめると、意味はわからないのに、体のほうが先に反応する。密教のまじないというのは、まずそういう体験として人の前に現れるらしい。ここで扱うのは、真言宗と天台宗に伝わる密
指を組んで願いごとをする。好きな人の名前を手のひらに書く。消しゴムに名前を書いて使い切る。「マジナイ」と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、そういう可愛らしく身近な儀礼だろう。恋のおまじない、テスト前の験担ぎ。こうした小さな約束事の積
日本語には古来、「言霊(ことだま)」という言葉がある。声に出した言葉には目に見えない力が宿り、発せられた瞬間からその内容を現実の側へと引き寄せていく。そうした信仰が、少なくとも千三百年以上前から日本列島に根づいてきた。結婚式で「切れる」
法華仏教の系統では、まじないも祈祷も御守り札も、たどっていくと全部おなじ一点に行き着く。南無妙法蓮華経、この七文字を唱えること。唱題(しょうだい)と呼ばれる行だ。加持祈祷にしても御符の授与にしても、突き詰めればこの唱題行の延長線上にある
輪廻転生とサンサーラ、ピタゴラス学派の転生論まで、生まれ変わりの思想は洋の東西で驚くほど普遍的だ。仏教伝来後に庶民信仰へ溶け込む道筋、カルマという語の変質、前世療法の実際と危うさまでを順に見ていく。催眠と記憶の作られ方にも踏み込む。
ラピスラズリの護符からツタンカーメンの副葬品まで、石に力を見る信仰はほぼ全ての文明にある。鉱物ごとに割り当てられた意味の出どころ、浄化と呼ばれる手入れの作法、そして現代の流通と価格をめぐる実情を並べる。産地偽装や染色の見分け方にも触れる
聖人の光背から神智学のオーラ図、キルリアン写真、そして現代のオーラ診断まで。色ごとに割り当てられた意味の出どころ、見えると語る人たちの証言、波動という語が商品説明に使われるまでの道筋を整理する。オーラの色診断の実際にも触れる。
先祖の霊が見守るという民間の考えに、神智学や心霊主義の用語が重なって今の形になった。指導霊や支配霊といった階層の分け方、霊能鑑定でどう語られるか、そして自己啓発と結びついた経緯までを追いかける。守護霊交代という語りの出どころも示す。
宗派も名前も知らないまま手を合わせる、という営みが民間信仰の核心だ。道祖神と地蔵、屋敷神と氏神、竈の神と便所の神。暮らしの中に溶け込んだ祈りの対象を並べ、供え物と作法、年中行事との結びつきを見ていく。講と代参という仕組みにも触れる。
役小角に始まるとされる山岳修行の宗教が、密教と道教を取り込んで作り上げた実践体系。九字を切る手順と唱え言、法螺貝の吹き分け、柴燈護摩の組み方と作法、そして験力をどう捉えてきたかまでを順に見ていく。在家で行える範囲も具体に示す。
盲目の巫女が死者の言葉を語る口寄せは、どんな修行と儀式で成り立っているのか。恐山大祭と川倉賽の河原の実際、会いに行く手順と作法、語りの定型と受け取り方、そして担い手が減っていく現状までを追う。頼むときの心構えと料金の相場も示す。
自然崇拝と祖先崇拝、神仙思想、老荘、陰陽五行を飲み込んで成立した中国土着の宗教を総論する。教団道教の成立と経典、道士の修行と儀礼、不老不死を求めた錬丹、そして日本の陰陽道への影響までを扱う。日本の庚申講との関係にも触れる。
天井から自分を見下ろしたという証言は無数にある。古今の神秘思想が語ってきた体外離脱の位置づけ、モンロー研究所などが整えた誘導技法の手順、臨死体験との重なり、そして脳科学側の説明までを並べる。危ないと言われる場面の扱いも示す。
シベリアからアマゾン、そして恐山まで、驚くほど似た光景が繰り返されてきた。太鼓と歌によるトランスの入り方、召命と病の意味、精霊と交渉する技法、そして日本の巫女とイタコの位置づけまでを並べる。観光化した儀礼との違いも示す。
国際的スター俳優が晩年に注ぎ込んだのが霊界の研究と啓蒙だった。映画大霊界の製作と興行、説いた霊界の構造と死後の段階、霊界通信ブームとの関係、そして本人の真剣さと批判の両方を並べて追う。霊界三部作の内容と興行成績も添える。
実業家から宗教家になった高橋信次が語った霊言と教義を整理する。心の発見と呼ばれた著作の内容、生前の講演で行われた霊示、急逝後の後継争いと分派、そして後の新宗教へ与えた影響までを順に見ていく。現在の各団体の位置も整理する。
前世と守護霊を語りかけられ涙する、あの番組の光景はなぜ受け入れられたのか。江原啓之の経歴と語りの型、番組の構成と視聴のされ方、批判と検証の中身、そしてブームが引いた後に残ったものを追う。番組終了後の活動と出版の動きも追う。
もとは一つだった魂が二人に分かれているという考えが、どこから来て何を約束するのか。サイレント期間やランナーとチェイサーといった段階説の中身、依存や高額セッションに転びやすい構造までを冷静に並べる。離れる判断の目安にも触れる。
起きたことが全部どこかに記録されているという考えは、神智学のアーカーシャ概念から始まった。ブラヴァツキーとシュタイナー、エドガー・ケイシーのリーディング、そして現代の読み方講座までの道筋を追う。読めると称する講座の実態にも触れる。
日本でいちばん数の多い神社が何を祀っているのか。伏見稲荷の創建から宇迦之御魂神と狐の結びつき、商家が広めた勧請の仕組み、油揚げと初午の作法、そして祟ると恐れられてきた理由までを順に追いかける。勧請した稲荷の返し方にも触れる。
自分以外の誰かに自分の口を使って喋らせる、という技法の系譜。十九世紀の心霊主義と自動書記、ケイシーの睡眠中の口述、セスやラムサの流行、そして実際に行われる手順と危うさまでを順に並べていく。降ろした内容をどう検証するかも示す。
大地そのものを母と呼ぶアンデスの信仰と、供物の包みを捧げるデスパチョの全史を追う。八月に儀礼が集まる理由、包みに入れる供物の一つ一つの意味、唱え言と焚き方、そして観光化と商業化の現在まで。日本で敬意を保って行う形も示す。
地球生まれではないと語る自己認識は、一九七〇年代の児童観から始まった。インディゴからクリスタル、レインボーへ広がる区分、プレアデスやシリウスという出身地の由来、救いになる面と閉じていく面を見る。診断に頼りすぎる危うさも書く。
写真がまだ得体の知れない機械の産物だった時代、余計なものが写る恐怖は本物だった。中岡俊哉の投稿募集が作った型、二重露光やレンズ内反射という正体、そしてデジタル化とともに消えていく経緯を追う。今も残る投稿文化の行方にも触れる。
南インドの寒村の少年が世界数百万人を動かす存在になるまで。手のひらから灰を出す物議、無料の巨大病院と水道事業という実績、手品との指摘や告発の数々、そして死後に残った組織と資産までを並べて追う。信者が語る恩恵の証言にも触れる。
鉱山局の有能な役人が、ある日を境に天使と会話しはじめ死ぬまでやめなかった。それまでの科学者としての業績、霊界日記と天界と地獄の内容、後世のブレイクやカントらへの影響までを順を追って見ていく。霊界日記のどこから読むかも示す。
霊媒でも超能力者でもなく、バージニア大学医学部の精神科主任教授が集めた記録の話。生まれ変わりを語る子供の証言の取り方、母斑と傷の対応という主張、批判の中身と方法論の限界までを冷静に並べていく。追試が進まない理由にも触れる。
白装束も数珠もない普通の主婦が、送られてきた古い写真に手を触れて三秒で語り出す。それだけで昭和末から平成初めのテレビを占領した霊能者、宜保愛子。その語りの型と人気を支えた構造、超能力批判との衝突、訴訟や海外ロケの騒動まで、順を追って見て
初七日から四十九日まで、七日ごとの法要はもともと裁判の期日だった。死出の山と三途の川を越え、秦広王から閻魔王まで十王の審理を順に受ける道筋、その正体である本地仏を並べた十三仏の体系、そして三十三回忌まで延ばした日本独自の死後観を、最初か
死者の耳元で四十九日間読み続ける、恐ろしく実務的な案内書の中身を追う。埋蔵経として見つかったという伝説、バルドを渡る道筋、ユングとリアリーによる読み替え、そして現代のホスピスでの使われ方まで。日本語訳ごとの違いにも触れる。
兵庫県の六甲山系、金鳥山の中腹。戦後四年目の山中に、一人の男が小屋を建て、地面に電極を打ち込んでいた。男の名は楢崎皐月。電気技術者であり、自称するところの物理学者である。彼が測っていたのは大地の電位だった。地面に差し込んだ電極の間に生じ
手のひらに、ある朝いきなり穴が開く。血が出る。医者が診ても原因が分からない。傷はふさがらないくせに、化膿もしない。しかも位置が、なぜかキリストが十字架にかけられたときの傷とぴったり同じ。これが聖痕、スティグマータだ。八百年ぶん記録が残っ
一八四八年の春、ニューヨーク州西部の名もない集落で、数回の乾いた音が鳴った。その音が、その後百八十年近くにわたって西洋世界の死生観を揺さぶり続けることになる。近代スピリチュアリズムと呼ばれる巨大な運動は、教義書からも預言者からも始まらな
