奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

シャーマニズム総論、世界のトランスと精霊交信、日本の巫女文化

太鼓の音が延々と鳴り響く薄暗い小屋の中で、一人の男が激しく体を震わせる。やがて自分のものとは思えない低い声で話し始める。こうした光景は、シベリアの奥地でも、南米アマゾンの奥地でも繰り返されてきた。そして津軽海峡を望む恐山の霊場でも、驚くほど似た形で繰り返されてきた。シャーマニズムとは、特定のトランス状態に入った人間(シャーマン)が、精霊や祖霊、あるいは神々と直接交信する。

病を治し、失われた魂を取り戻し、共同体に助言を与える。人類にとってもっとも古層に位置する宗教的技術の一つというわけだ。本稿では、世界各地のシャーマニズムの起源と歴史的背景、その理論体系を総論として掘り下げていく。実際に行われてきた具体的な儀礼と技法、体験談も扱う。そして日本におけるシャーマニズム的伝統との関連までを見ていく。

起源と歴史――シベリアのツングース語から世界共通の人類学用語へ

「シャーマン」という語そのものの語源は、シベリア東部に住むツングース系民族の言葉「サマン」に由来するとされる。これが17世紀以降にロシアの探検家や宣教師を通じてヨーロッパに紹介される。やがて世界中の類似した宗教的職能者を指す学術用語として定着していった。この現象を人類学的・宗教学的に体系立てて論じた最も重要な人物がいる。ルーマニア出身の宗教史学者ミルチャ・エリアーデである。

エリアーデは1951年に大著『シャーマニズム――古代的エクスタシー技術』を発表した。その中で、シャーマニズムを単なる原始的な迷信としてではない。

これを、世界各地に独立して、あるいは相互に影響を及ぼしながら発展してきたものとして扱った。すなわち「エクスタシー(脱魂)の専門技術体系」として位置づけた。その射程はシベリア、中央アジア、北米先住民、南米先住民、東南アジア、そして日本を含む北東アジアにまで及ぶ。驚くほど共通した構造を持つ宗教現象として描き出した。シャーマニズムの起源は文字記録が存在しない先史時代にまで遡ると考えられている。

旧石器時代の洞窟壁画には半人半獣の姿が描かれている。これがシャーマンが動物の霊と一体化する様子を表しているのじゃないかという説も根強い。歴史的に見ると、シャーマンという存在は農耕社会が形成される以前の狩猟採集社会において、狩りの成功を祈願する。病の原因となる悪霊を祓い、共同体の精神的な指導者として機能していたと考えられている。

中央アジアやシベリアの遊牧民社会では今日でもシャーマニズムの実践が根強く残っている。モンゴルでは社会主義時代の弾圧を乗り越えて近年再びシャーマンの活動が公然と行われるようになっている。

南北アメリカ大陸の先住民文化においても、メディスンマンやメディスンウーマンと呼ばれる存在がいる。ビジョンクエストと呼ばれる通過儀礼や、ペヨーテやアヤワスカといった幻覚作用を持つ植物を用いた儀式が行われてきた。そうした儀式を通じて、精霊界との交信を行ってきた歴史がある。韓国のムーダン、沖縄のユタ、そして後述する日本のイタコや巫女も、シャーマニズム的伝統として位置づけられている。

いずれもそれぞれの地域文化の中で独自に発展したものである。

理論体系の解説――なぜトランス状態で精霊と交信できるとされるのか

シャーマニズムの理論的な核心にあるのは、一つの宇宙観である。世界を「日常の世界」「上層の天界」「下層の地下界」という三層構造として捉える見方だ。多くの文化では、この三つの層をつなぐ象徴が共有されている。「世界樹(アシス・ムンディ)」と呼ばれる巨大な樹木や柱のイメージである。シャーマンはこの世界樹を伝って異なる層へと「魂の旅」を行う。

天界では神々や祖霊から知恵を授かるとされる。地下界では病の原因となっている悪霊と交渉したり、迷い出た患者の魂を取り戻したりするとされる。この旅を可能にするのが「脱魂(エクスタシー)」と呼ばれる意識変容状態である。太鼓の連打や歌、舞踏、断食、感覚遮断、そして一部の文化では幻覚植物の摂取によって引き起こされる。シャーマンになる経緯そのものも独特の理論体系を持っている。

多くの文化で共通しているのが「シャーマン病」と呼ばれる通過儀礼的な体験というわけだ。将来シャーマンになる運命を持つ者は、思春期前後に原因不明の重い病や精神的な錯乱状態に陥る。そして既存のシャーマンや家族からの導きを受ける。そこで初めて「これは精霊に選ばれた印だ」と理解される。その病を乗り越える過程そのものが「象徴的な死と再生」の通過儀礼として機能するとされる。

シベリアのある伝承では、選ばれし者は夢の中で自らの体がバラバラに解体される。精霊たちによって新しい骨と肉を与えられて「作り直される」幻視を見るとされる。この象徴的な死と再生を経験することで初めて精霊界と自在に行き来できる資格を得ると考えられている。この構造は、後にキリスト教の受難と復活の物語とも共通性を指摘される。様々な英雄神話の通過儀礼のパターンとも比べられることがある。

人類に普遍的な「死と再生」のモチーフとしてしばしば比較宗教学の議論の的になっている。

具体的な実践方法――トランスに入り、精霊と交信するための技法

シャーマニズムの実践には文化ごとに大きな差異がある。だが共通する要素として太鼓や鈴などの打楽器を用いたリズム誘導がある。現代には「ネオ・シャーマニズム」あるいは「コア・シャーマニズム」と呼ばれる実践方法がある。文化人類学者マイケル・ハーナーが1980年に体系化したものである。この方法では、まず静かで暗い部屋を用意する。

仰向けに横たわるか楽な姿勢で座る。

用意するものとしては、一定のテンポ(毎分約200拍程度とされる)を刻み続ける太鼓の録音がある。あるいは実際の太鼓奏者、そしてアイマスクなど視覚を遮断する道具がある。時間は一回あたり15分から30分程度とされる。開始前には「今日はどの精霊の動物(パワーアニマル)に会いに行きたいか」という問いを立てる。

あるいは「どんな知恵を求めているか」という具体的な問いを心の中で明確にしておくことが推奨される。

太鼓のリズムが始まったら、目を閉じたまま自分がよく知っている土地の穴や洞窟、木の根元を思い浮かべる。それが「下層界への入り口」になる。そこに潜り込んでトンネルを進んでいく様子を思い描く。トンネルの先に光が見えたらそこを抜ける。広がった風景の中で出会った動物や人物、あるいは景色をそのまま受け入れる。

無理に解釈しようとせず、ただそこで起きることを体験するようにする。

太鼓のリズムが変化して連打(コールバック・ビート)に切り替わったら、それが「戻ってくる合図」である。来た道をそのまま引き返してトンネルを抜け、自分の体に意識を戻す。実践後は必ずノートに見たものや感じたことを書き留め、後からその象徴的な意味を振り返ることが重要だとされる。

伝統的な部族社会での本格的なシャーマンの儀式では、これに加えて断食や隔離、特定の植物の使用が組み合わされる。あるいは長時間にわたる連続した太鼓とダンスによる肉体的な消耗が加わることも多い。これらは長年の徒弟修行を積んだ者が指導者のもとで行うべき高度な実践である。

知識のないまま模倣することは心身に大きな負担をかける危険がある。現代のシャーマニズム研究者や実践者コミュニティの間でも繰り返し注意が促されている。

体験談――トランス体験と精霊交信を語る人々

南米ペルーのアマゾン地域を旅したという30代の日本人男性旅行者は、現地のシャーマンが執り行う儀式に参加した。太鼓とイカロスと呼ばれる呪歌が延々と続く中で、次第に視界が歪み始めたという。やがて自分の体が透明になって周囲の草木や川の流れと一体化していくような強烈な一体感を味わった。そう旅行記に記している。儀式の後、シャーマンから「あなたの中には強い水の精霊が宿っている」と告げられる。

以来、水辺に行くと理由もなく心が落ち着くようになったと語っている。また、モンゴルで牧畜を営む家庭に生まれたある女性は、10代の頃に原因不明の高熱と幻覚に長期間悩まされる。地元の年配のシャーマンから「これは天の精霊があなたを呼んでいる証だ」と告げられる。正式な師匠のもとで太鼓の作り方や祈祷の言葉を学ぶ弟子入りをすることになったという体験を語っている。

彼女は現在、地域の人々の相談に乗り、病人のために祈祷を行う立場になっている。当時の高熱は今思えば「シャーマンとして生まれ変わるための通過儀礼だったのだと確信している」と述懐している。

東北地方には、いわゆる「神子」や「ミコサマ」と呼ばれる民間巫女がいる。日本国内でも、その民間巫女に相談したという40代女性が体験談をブログに記している。亡くなった祖母の口寄せを依頼したところ、巫女が突然祖母そっくりの話し方と口癖で話し始めた。生前誰にも話していなかったはずの家族間の秘密を的確に言い当てられた。そして鳥肌が立ったという。

本人は「トリックだと言われればそれまでだが、あの瞬間だけは間違いなく祖母がそこにいた」と振り返っている。

日本のシャーマニズム的伝統――イタコ、恐山、そして巫女の系譜

日本においてシャーマニズムの伝統がもっとも色濃く残っている場所がある。広く知られているのが、青森県下北半島にある恐山というわけだ。恐山では旧盆や例大祭の時期になると、盲目の女性を中心とした民間宗教者「イタコ」が集まる。全国から訪れる参拝者のために「口寄せ」と呼ばれる死者の霊を降ろす儀礼を行うことで知られている。イタコになるためには幼少期から厳しい師弟修行が課される。

断食や水垢離といった苦行を経て、初めて霊を自らの体に降ろす技術を習得するとされる。近年ではイタコの後継者不足が深刻化する。その伝統が途絶えかねないという報道もしばしばなされている。それでも現存するイタコのもとには今なお全国から相談者が絶えない。より広い視野で見れば、日本には古来より神社に仕える「巫女」という存在がある。

その原型は神懸かりして神託を告げる古代の巫女的存在にまで遡ることができる。『日本書紀』や『魏志倭人伝』に記された卑弥呼も、鬼道と呼ばれる呪術的な手段を用いて神意を告げていたとされる。これはシャーマン的な女王として広く解釈されている。

沖縄地方に伝わる「ユタ」や「ノロ」と呼ばれる女性の宗教的職能者も、祖霊や自然神との交信を行う。その点でシベリアや中央アジアのシャーマニズムと極めて近い構造を持つ。そのため宗教学者や人類学者の間でしばしば比較対象とされてきた。こうした民間信仰は、しばしば正統な仏教や神道の体系からは「異端」とみなされる。あるいは「土着的な迷信」として扱われることもあった。

それでも民衆の間では長く生き続ける。

現代においてもなお、人生の岐路に立った人々が答えを求めて訪れる場として機能し続けている。

現代における評価と反応――ネオ・シャーマニズムの流行と科学的懐疑論

近年、欧米を中心に「ネオ・シャーマニズム」と呼ばれる潮流が広がりを見せている。伝統的な部族社会の文脈から切り離される。誰でも学べる形にパッケージ化された太鼓の旅(ドラムジャーニー)のワークショップが都市部で開催されるようになる。日本国内でも同様のワークショップやリトリートが増加している。

またペルーのアヤワスカ儀式に参加するための「シャーマニズム・ツーリズム」もある。一部の富裕層や自己探求を求める旅行者の間で人気を博している。精神的な癒やしや自己変容を求める現代人のニーズと結びついている。一方で、文化人類学者の一部からは根強い批判も提起されている。こうしたネオ・シャーマニズムの流行は、本来の文化的文脈や師弟関係、長年の修行を軽視した。

それが「文化の盗用」であるという批判である。

また医学・心理学の立場からは、トランス状態や精霊との交信体験も説明される。それは極度の身体的疲労や感覚遮断、リズム誘導によって引き起こされる脳内の変性意識状態である。精霊や異界そのものが客観的に実在するわけではないとする見方が主流というわけだ。

それでもなお、こうしたトランス体験は深いリラックス効果をもたらす。自己の内面と向き合う機会としての心理的な価値は、心理療法の一部の技法とも重なる部分がある。その点で一定の評価を受けている側面もある。

真偽の議論はさておき、太鼓の音に導かれて意識の深層へと分け入っていくという行為がある。それそのものが、人類が数万年にわたって手放さずにきた根源的な営みであることは間違いない。その魅力は時代や文化を超えて今もなお色褪せていない。

シャーマニズムはシベリアの言葉を起源としながら、旧石器時代から現代のネオ・シャーマニズムに至るまで続いてきた。人類が普遍的に育んできたトランスと精霊交信の技術体系である。世界樹を伝う魂の旅、シャーマン病という通過儀礼、太鼓によるリズム誘導という共通構造がある。それは日本のイタコや巫女、卑弥呼の鬼道にまで通じている。科学的懐疑論はあっても、その根源的な魅力は今なお失われていない。

タイトルとURLをコピーしました