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パチャママは八月に口を開く、アンデスの大地母神とデスパチョ

アンデス高地の人びとは、大地の存在を「パチャママ」と呼ぶ。その大地に供物の包みを捧げる儀礼が「デスパチョ」「パゴ・ア・ラ・ティエラ」である。この記事は、その儀礼を発祥から現代の制度化・商業化まで通して扱う長文である。パチャママはPachamamaと表記する。デスパチョはdespachoと表記する。

パゴ・ア・ラ・ティエラはpago a la tierraと表記する。

歴史・宇宙観・実物・手順・唱え言・禁忌・日本での現実解・体験談・懐疑的検証・文化の盗用をめぐる議論までを一本にまとめました。

目的の限定。この記事が扱うのは、自己防御・浄化・厄除け・呪詛除け・魔除け・鎮魂・鎮宅・感謝と祈願だけです。他者に危害を加える術、攻撃を目的とした儀礼、特定の誰かを対象とする手順は、一切書きません。これは表現をぼかして回避するという意味ではなく、書かないという意味です。判断の代替をしません。

医療・法律・投資その他の専門的判断を、この記事の内容で置き換えないでください。体調・訴訟・契約・金銭の問題は、医師、弁護士、公的相談窓口など、それぞれの専門家に相談してください。霊感商法への注意。「先祖の因縁」「土地の祟り」「このままでは家族が不幸になる」といった不安を煽る手口がある。そうして高額な儀礼や物品を売る事例が、国内外で繰り返し報告されている。

不安になったら契約せず、消費者ホットライン 188(いやや)に電話してください。近くの消費生活センターにつながります。

はじめに――この記事が何を書き、何を書かないか

南米アンデスの高地には、いまも土地に向かって酒をこぼし、コカの葉を三枚そろえて息を吹きかける人びとがいる。彼らは紙の上に色とりどりの品を並べて包み、それを焼くか埋めるかする。八月になると、ペルーのクスコ(Cusco)でも、ボリビアのラパス(La Paz)でも同じような光景が繰り返される。アルゼンチン北西部のフフイ(Jujuy)でも繰り返される。

この記事は、その一連の行いを「デスパチョ」あるいは「パゴ・ア・ラ・ティエラ」と呼ばれる儀礼として取り上げる。そのうえで、背後にある大地母神パチャママへの信仰を、できるかぎり歴史の順に追いかける。デスパチョはdespachoと表記する。パゴ・ア・ラ・ティエラはpago a la tierra、大地への支払いと表記する。その背後にある大地母神パチャママはPachamamaと表記する。

扱う範囲は広い。

インカ以前の大地観からはじめて、インカ帝国期のワカ(wak’a)とセケ(ceque)体系を書く。スペイン征服後のカトリック布教と習合、十七世紀の「偶像根絶」という名の弾圧も書く。共和国期の民俗、二十世紀のインディヘニスモと観光化、そして現代ボリビア・ペルーの八月=パチャママの月も扱う。

二〇一〇年ボリビアの「母なる大地の権利法」に至る制度化、さらに都市部での商業化と観光客向けの儀礼販売の問題まで書く。

偶像根絶はextirpación de idolatríasと表記する。実践面では、供物の一つひとつ、並べる順序、日時、方角、回数、唱え言の全文、後始末の三通りまで具体的に記す。同時に、書かないことを先に決めておく。第一に、他者を害する目的の術は書かない。アンデスにも「ライカ(layqa)」と呼ばれる、害をなす術者の観念は存在するが、この記事はその手順を記述しない。

第二に、実在の特定人物を対象とする記述はしない。第三に、動物供犠、とりわけリャマの胎児を用いる部分は、そういう慣行が現地にあるという事実の記録に留め、手順としては書かない。とりわけリャマの胎児はスリュ、sulluと表記する。読者が真似できる形にはしないということというわけだ。

表記についての約束

この記事では、ケチュア語とアイマラ語(Aymar aru)の語を、まず現地で流通する綴りで示す。ケチュア語はRunasimiと表記する。そのあとにカタカナ音写を添える。カタカナは日本語の既存の地名や語に寄せず、原語の音に近づける方針をとる。たとえばスペイン語綴りの Cusco は「クスコ」、ケチュア語綴りの Qusqu も「クスコ」とし、「クズコ」とは書かない。

La Paz は「ラパス」、Jujuy は「フフイ」、Titicaca は「ティティカカ」とする。ケチュア語には地域差と正書法の対立がある。三母音表記(a, i, u)を採る正書法と、五母音表記(a, e, i, o, u)を採る正書法が並存している。同じ語が qhapaq と capac、wak’a と huaca のように別綴りで現れる。この記事では、歴史史料を引くときは史料の綴り(huaca など)を残す。

現代の実践を書くときは三母音正書法寄りの綴り(wak’a など)を用いる。声門化音のアポストロフィと気音のhは、ケチュア語では意味を区別するので省略しない。声門化音のアポストロフィはk’、p’、t’、q’、ch’と表記する。門化音のアポストロフィと気音のhはkh、ph、th、qh、chhと表記する。数字は算用数字ではなく漢数字を基本とし、年号は西暦で書く。

外国の単位は日本の桁に換算する。標高はメートル、距離はキロメートル、重さはグラムとキログラム、通貨は現地通貨に日本円の概算を添える場合がある。為替は変動するため、円換算は「おおよそ」の値として読んでほしい。

パチャママという語の成り立ち

パチャママ(Pachamama)は、ケチュア語の pacha と mama を組み合わせた語である。mama は「母」で、これは説明を要さない。難しいのは pacha のほうで、この語は日本語の一語には収まらない。pacha は「大地」「世界」「宇宙」を意味すると同時に、「時」「時代」「時期」をも意味する。つまり空間と時間を一語で指す。

植民地期の辞書、たとえばドミンゴ・デ・サント・トマスが一五六〇年に刊行したケチュア語文法・語彙集がある。ディエゴ・ゴンサレス・オルギンが一六〇八年に刊行した語彙集もある。これらでも pacha には「tierra(大地)」と「tiempo(時)」の両方の訳語が当てられている。えばドミンゴ・デ・サント・トマスはDomingo de Santo Tomásと表記する。

ディエゴ・ゴンサレス・オルギンはDiego González Holguínと表記する。現代ケチュア語でも、「いま」は kunan pacha(クナン・パチャ)、「雨季」は paray pacha(パライ・パチャ)と言う。したがって Pachamama を「大地母神」と訳すのは便宜であって、正確ではない。

より近いのは「時空の母」「世界であり時であるものとしての母」といった表現だ。ただ、日本語として重いので、この記事でも便宜的に「大地母神」「母なる大地」を用いる。ただし、この語は地面という物質だけを指すのではない。季節の巡り、作物の周期、人の一生といった時間の流れをも含んでいる。読者にはそれを頭の隅に置いておいてほしい。

アイマラ語圏では、同じ存在を Pachamama と呼ぶほか、Pacha Mama と分けて綴ることもある。ボリビア高地では「ティエラ・マドレ(Tierra Madre)」というスペイン語表現も併用される。ケチュア語圏の一部では、より土着的な呼称として Mama Pacha(ママ・パチャ)の語順も記録されている。

パチャママは「女神」なのか――人格神と場所の力

日本語で「大地母神」と書くと、ギリシャのガイアや日本の国土の神のような、人格をもった一柱の神を想像しやすい。しかしアンデスにおけるパチャママは、少なくとも伝統的な村落の理解では、一柱の人格神というより「土地そのものが持つ力」に近い。大事なのは、パチャママが場所ごとに分節されるという点である。ある村の畑のパチャママと、隣の谷のパチャママは、同じであって同じでない。

人が耕している、まさにその土地が応答する。したがって供物は「どこかにいる神」に送られるのではなく、いま足で踏んでいる地面に手渡される。デスパチョを埋める、あるいは焼いて煙にして地に染み込ませるという後始末が重視されるのは、この感覚と結びついている。一方で、近代以降は語られ方が変わった。

とくに二十世紀後半の都市部と観光の文脈では、パチャママは次第に人格化された「母なる大地の女神」として語られるようになった。

壁画や祭礼のポスターに、豊かな衣をまとった女性像として描かれることも増えたのだ。この人格化がどこまで古層に遡るかについては、研究者のあいだで見解が分かれており、断定はできない。現在よく見る「女神パチャママ」のイメージがある。少なくとも、そこには二十世紀の民族主義的な文化運動と観光産業が相当に手を加えている。そう考えるのが穏当である。

パチャママと「ママ」たちの体系

アンデスの伝承には、パチャママのほかにも「ママ」を冠する存在が多い。整理しておく。

原語カタカナ指すもの備考。

Pachamamaパチャママ大地・世界・時農耕と家畜の繁殖に関わる。

Mama Qucha / Mama Cochaママ・コチャ湖・海qucha は湖・水たまり。海岸部で重視。

Mama Killaママ・キリャ月暦・女性・銀と結びつく。

Sara Mamaサラ・ママトウモロコシ収穫物の「母」。束にして保存する慣行。

Aqsu Mama / Papa Mamaパパ・ママジャガイモ地域により呼称が異なる。

Quya / Coyaコヤインカ王妃神格ではなく人だが、月と結ぶ語りがある。

このうち、日常の供物儀礼で最も頻繁に呼びかけられるのがパチャママというわけだ。ママ・コチャは湖沼・海に関わる仕事(漁、塩、水利)で、サラ・ママやパパ・ママは収穫と種の保存で呼ばれる。デスパチョの唱え言でも、パチャママを中心に、状況に応じて他の存在の名が併記される。

アプ――山の神とパチャママの関係

パチャママと対をなすのが、アプ(Apu、アイマラ語では achachila/アチャチラ)である。アプは山、とくに雪をいただく高峰に宿るとされる存在で、ケチュア語の apu は本来「主」「長」を意味する敬称である。アンデスの村落では、それぞれの共同体が「自分たちのアプ」を持つ。クスコ周辺ではアウサンガテ、サルカンタイ、ワイナ・ピチュ周辺のベロニカなどが名高い。

クスコ周辺ではアウサンガテはAusangate、標高およそ六千三百八十四メートルと表記する。サルカンタイはSalkantay、およそ六千二百七十一メートルと表記する。ワイナ・ピチュ周辺のベロニカはVerónica/Wakay Willkaと表記する。ボリビアではイリマニ、イリャンプ、サハマ(Sajama、およそ六千五百四十二メートル)などがある。

ボリビアではイリマニはIllimani、およそ六千四百三十八メートルと表記する。イリャンプはIllampuと表記する。アプとパチャママの関係は、単純な夫婦や上下ではない。おおまかには、アプが「垂直・遠く・見晴らす・男性的」、パチャママが「水平・近く・受けとめる・女性的」と語られることが多い。ただしこの対比自体、後代の整理が入った説明である可能性が高い。

実際の儀礼では、術者はまず高峰のアプを名指しで呼び、次にその土地のパチャママを呼ぶ、という順で唱えるのが一般的である。デスパチョも、アプ宛てのもの、パチャママ宛てのもの、両方宛てのものが区別されることがある。アプは、雨と水を送る存在としても理解される。氷河が融けて谷に水が下り、その水が畑を潤す。この物理的な連関が、そのまま「アプが与え、パチャママが育てる」という語りになっている。

近年、アンデスの氷河が急速に後退していることは観測事実として広く報告されている。アプの雪が消えることを、単なる環境問題ではなく信仰上の危機として語る村人の声が、複数の民族誌に記録されている。

ハナン・パチャ/カイ・パチャ/ウク・パチャ――三層の世界

アンデスの宇宙観としてよく紹介されるのが、三層構造である。

原語カタカナ意味結びつけられるもの。

Hanan Pachaハナン・パチャ上の世界太陽、月、星、コンドル、天候。

Kay Pachaカイ・パチャこの世界人、動物、畑、ピューマ、いまの時間だ。

Ukhu Pachaウク・パチャ内の世界種、根、死者、鉱脈、蛇(アマル)

ukhu は「内側」「奥」を意味する。「地下」「冥界」と訳されることが多いが、否定的な意味の「地獄」ではない。むしろ種が芽を出す場所、生命が蓄えられる場所というわけだ。パチャママは、この三層のうちカイ・パチャとウク・パチャの境目に位置づけられる。地表で作物を育て、地中で種を抱く。

ただし注意が要る。

この三層図式が、インカ期にそのままの形で体系として存在したという直接の証拠は乏しい。植民地期のケチュア語教理書は、キリスト教の天国・地上・地獄をアンデスの語彙に翻訳する必要があった。そこから hanan pacha を「天国」、ukhu pacha を「地獄」に当てた。つまり現在よく紹介される三層図式には、布教のための翻訳作業がかなりの程度食い込んでいる可能性がある。

近年の研究では、この点への留保が繰り返し指摘されている。さらに、地域によっては四層目として「外の世界」を数えたり、時間軸としてのパチャの転換を軸に語ったりする。外の世界はhawa pachaと表記する。時間軸としてのパチャの転換はpachakuti、パチャクティ=世界が引っくり返ることと表記する。パチャクティは「世界の転覆」を意味し、インカの王名(Pachakutiq)にも用いられる。

のちに植民地支配の終わりを待望する語としても使われた。

チャカナ――「アンデスの十字」をめぐる注意

チャカナは、階段状に切り込みの入った十字形の図案で、現在のクスコやラパスの土産物店に大量に並んでいる。チャカナはchakanaと表記する。ケチュア語の chaka は「橋」「梁」を意味する。chakana は「橋渡しするもの」と説明されるのが通例である。三つのパチャを結ぶ階段、南十字星の象形、四つの方位と四つの季節、といった解釈が広く流布している。

この図案自体は古い。

階段状の十字モチーフは、ティワナクやワリ(Wari)の遺物、さらに古い形成期の土器にも現れる。ティワナクはTiwanakuと表記する。問題は、それに与えられている体系的な意味づけのほうである。「チャカナは三つのパチャと四つの方位と十二の月を表す完全な宇宙図である」といった説明は、二十世紀後半以降に整えられたものだ。とくに一九八〇年代のアンデス思想の再構成運動のなかで広まった。

古代の担い手がその意味で用いていたという確かな証拠は、いまのところ提示されていない。この記事では、チャカナを図として掲げるが、それは現代の実践者が実際にそう理解して使っているからである。古代からその意味だったと主張するためではない。読者も、土産物店で「これは五千年前から変わらない聖なる図です」と説明されたら、まずは話半分に聞いておくのがよい。

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