人はいつの時代も、死者と言葉を交わしたいという抗いがたい欲求を抱えてきた。
愛する者を失った悲しみを埋めるため。あるいは単なる好奇心から。あるいは金銭や名声を求めて。
理由はさまざまだが、「あの世」と「この世」の境界に穴を開けようとする試みは、洋の東西を問わず連綿と続いてきた。その試みの総称こそが「降霊術」である。
この記事では三つの系譜を追っていく。
西洋のスピリチュアリズム運動に端を発する交霊会の系譜。日本古来の口寄せとイタコ文化。そして明治から現代に至るまで幾度となく日本列島を席巻してきた「こっくりさん」的な民間降霊遊戯の系譜だ。
歴史、理論、実践のすべての側面から掘り下げる。読み物としての面白さを優先し、迷信や言い伝えとして語り継がれてきた儀式の手順や作法もできる限り具体的に紹介したい。
- 降霊術とは何を指すのか
- フォックス姉妹とスピリチュアリズムの誕生
- 霊媒、交霊、エクトプラズム
- 口寄せとイタコ
- 明治の心霊術ブームとこっくりさん
- こっくりさん式の作法
- テーブルターニングとウィジャボード
- 口寄せ式の作法
- 歴史上の霊媒師と事件
- 現代における実践例
- 言い伝えられている危険性
- 民間信仰と宗教との関係
- 「脱法コックリさん」の時代
- ひとりかくれんぼという孤独な儀式
- 地域による呼び名の違い
- 掲示板と考察界隈の噂
- 筆仙、中国式の鉛筆一本の降霊術
- 筆仙の呼びかけと送りの言葉
- 自動書記の具体的なやり方
- ペンデュラムを用いた交霊
- 蝋燭の色と香の使い分け
- 分身さんと天狗さんの詳細
- 動画で広がる「やってみた」の連鎖
- 実践者の体験談集
- 審神者、降ろす者ではなく見極める者
- 浅野和三郎と心霊科学研究会
- 心霊研究協会、降霊術を疑うための学会
- ユタとカミダーリ、南島の口寄せ
- ホームサークルの規約
- 座を立てる前の浄化と結界
- 招請と送りの言葉
- 水晶凝視という古典技法
- 質問法と、中断のプロトコル
- 素材別の処分の実務
- 語り継がれてきた「してはならない」
- 匿名化した体験談
- 現象を説明する五つの枠組み
- 告白と、その撤回
- 安全のための明確な但し書き
- 開いたら必ず閉じよ
降霊術とは何を指すのか
降霊術とは、文字どおり「霊を降ろす技術」だ。
死者の霊や神霊、あるいは正体不明の霊的存在をこの世に呼び出し、なんらかの形で意思疎通を図ろうとする。そういう一連の儀礼技法の総称である。
英語では「ネクロマンシー」という言葉が近い意味で使われることがある。ただしこれは本来「死者を用いた占術」を指す古代由来の言葉だ。十九世紀に欧米で爆発的に広がった「スピリチュアリズム」における交霊会(セアンス)とは微妙にニュアンスが異なる。
降霊術という日本語はこの両方を包摂する形で使われている。さらに日本土着の口寄せや、明治以降に流行したこっくりさんのような大衆的な降霊遊びまでも含む。非常に広い概念として定着しているわけだ。
共通しているのは発想である。生者が儀式的な手続きを踏むことで、通常は不可視で不可触である霊的存在との接触チャンネルを一時的に開く。
多くの流派において、この接触には「媒介者」が必要とされる。西洋では霊媒(ミディアム)、日本では巫女、イタコ、拝み屋などと呼ばれる存在がそれにあたる。
媒介者を介さない方式もある。参加者全員の「気」や「念」を集中させることで通路を開くとされる方式だ。こっくりさんやテーブルターニングなどである。
この場合は特定の霊能者がいなくても実行可能とされる。この点が、大衆に広く浸透した大きな理由のひとつになっている。
降霊術はしばしば類似語と混同される。「口寄せ」「交霊会」「降霊会」「交霊術」だ。
細かく言えば、口寄せは死者の言葉を媒介者の口を通して直接語らせる技法である。
交霊会(降霊会)は複数人が円卓を囲んで霊的な現象を引き起こす集団儀礼を指すことが多い。ラップ音、物品の移動、自動書記などだ。
こっくりさんはこの交霊会形式が日本流に変容したものだ。狐や動物霊、あるいは正体不明の「こっくりさん」という霊を呼び出す遊戯として独自の発展を遂げた。
いずれも「見えないものと接続する」という一点において共通している。それゆえに降霊術という大きな傘のもとに語られてきた。
フォックス姉妹とスピリチュアリズムの誕生
近代における降霊術ブームの震源地は、一八四八年、アメリカ・ニューヨーク州のハイズヴィルという小さな村だ。
フォックス家に住む姉妹、マーガレットとケイトの二人が、自宅で夜な夜な聞こえる正体不明のラップ音に気づいた。コツコツという打撃音である。
この音が「霊」からの信号であるとして、音の回数で意思疎通を試みた。これがいわゆる「ハイズヴィル事件」だ。
姉妹は「もし本当に霊であるならば、この音を鳴らしてください」と語りかけた。すると実際に応答するような音が返ってきたとされる。この出来事はまたたく間に評判となり、姉妹は各地で公開の交霊実演を行うようになった。
このハイズヴィル事件を起点として、一つの思想が一気に花開いた。「死者の霊は生者と交信可能である」という思想、近代スピリチュアリズムだ。
十九世紀後半のアメリカとイギリスでは、条件が揃っていた。
南北戦争や産業革命による大量死と急速な社会変動。遺族の癒やしを求める需要、そして科学万能主義への反動としてのオカルト的関心。これらが結びつき、交霊会が上流階級から庶民まで幅広い層に流行した。
心理学者ウィリアム・ジェームズ、化学者ウィリアム・クルックス。さらには『シャーロック・ホームズ』の作者として知られるアーサー・コナン・ドイルまでもが熱心な支持者となった。
とりわけコナン・ドイルは晩年、心霊主義の伝道に情熱を注いだ。妖精写真事件などにも肩入れしたことで知られている。
ただし、フォックス姉妹の逸話には後日談がある。
晩年、姉妹の一人であるマーガレットは公の場で告白した。あのラップ音は足の関節を鳴らして発生させた「トリック」であった、と。
この告白は撤回されたとも伝えられ、真相は今なお霧の中にある。少なくとも近代降霊術のムーブメントが「本物か、仕掛けか」という緊張関係の中で発展してきたことを象徴する逸話として、今日でも繰り返し語られている。
フォックス姉妹以降、多くの職業霊媒師が登場した。
なかでもダニエル・ダングラス・ホームは際立っている。密室で楽器を鳴らし、宙に浮遊し、燃える石炭を素手で扱うといった驚異的な現象を見せた。生涯にわたって「本物のトリックが見破られなかった霊媒師」として名を残している。
一方、十九世紀末に活躍したイタリアの霊媒師エウザピア・パラディーノもいる。その現象の多くがのちにトリックであったと暴かれつつも、当時の科学者たちを巻き込んだ大論争を引き起こした人物として記憶されている。
霊媒、交霊、エクトプラズム
降霊術を成立させるためには、それを裏づける「理論」が必要とされた。
スピリチュアリズムの世界観では、人間の肉体が滅んでも「霊」は存在し続けるとされる。通常は「幽界」あるいは「霊界」と呼ばれる次元に留まっている。
この霊界と物質界のあいだには本来厚い壁がある。ところが特定の資質を持つ人間、すなわち霊媒が仲介者となることで、その壁に一時的な「窓」を開けることができる。この発想が根幹にある。
霊媒には大きく分けて二つのタイプがあるとされてきた。
ひとつは「トランス型霊媒」だ。自らの意識を明け渡し、霊がその身体を借りて直接語る。あるいは自動書記によって文字を書く。日本の口寄せやイタコの憑依はこちらに近い。
もうひとつは「物理霊媒」である。霊媒自身の意識は保たれたまま、周囲の空間に物理現象を引き起こすとされるタイプだ。
テーブルの浮揚、ラップ音、物品の移動、楽器の自鳴。そして「エクトプラズム」と呼ばれる白い霧状や粘液状の物質の放出。
エクトプラズムという概念は、二十世紀初頭にフランスの生理学者シャルル・リシェによって提唱されたとされる。
霊媒の体内から放出される謎の半物質的な物質だという。多くの場合は口や鼻、耳、あるいは皮膚からだ。これが空間中で凝集し、霊の手や顔、時には全身を形作ると説明された。
交霊会の記録写真のなかには衝撃的な一枚が数多く残されている。白い布状のものが霊媒の口から吐き出されているように見える写真だ。これらは当時「物質化現象」の証拠として大真面目に議論の的となった。
もっとも、後年の検証によって、その多くはトリックであったことが暴かれている。ガーゼや薄布、卵白を用いたものだ。
それでもなお、エクトプラズムという語は今日に至るまでオカルト用語として広く流通している。降霊術を語る上で欠かせないキーワードであり続けているわけだ。
理論体系としてはこのほかに、エネルギーの合成という説明も広く用いられてきた。
交霊会において参加者全員の生命エネルギーが輪となって集まる。念、気、あるいはオド力などと呼ばれるものだ。これによって霊が物質界に働きかける力を得る、という説明である。
これは西洋のテーブルターニングから日本のこっくりさんに至るまで共通するロジックだ。「一人では成立しない、複数人の集中力の合成によって初めて霊道が開く」という考え方が、儀式の形式そのものを規定している。
口寄せとイタコ
日本には、西洋のスピリチュアリズムが輸入されるはるか以前から、独自の「死者との対話」の伝統が存在した。
その代表格が、東北地方を中心に伝わる「口寄せ」と、それを行う盲目の女性宗教者「イタコ」だ。
イタコは幼少期から厳しい修行を積む。師匠のもとで祭文や呪文を暗記し、断食や水垢離などの通過儀礼を経て一人前と認められる。
青森県の恐山は「イタコの口寄せ」で全国的に有名な霊場だ。毎年夏と秋に行われる大祭には、亡き家族の言葉を聞きたいと願う人々が全国から列をなす。
口寄せの基本的な流れを見ていこう。
依頼者が亡くなった人の名前、命日、続柄などをイタコに伝えるところから始まる。
イタコは数珠を手に、祭文と呼ばれる独特の節回しの経文や呪文を唱えながら徐々に精神を集中させていく。やがて自らの体に死者の霊を憑依させる。
この状態になったイタコは、口調や一人称までもが依頼者の知る故人のものに変わるとされる。まるで本人が語りかけているかのような言葉が紡がれる。
口寄せが終わると、イタコは再び祭文を唱えて霊を送り返し、憑依状態から通常の意識へと戻る。
この「呼び出し」と「送り返し」の対になった構造は、後述する多くの降霊儀式に共通する骨格でもある。
明治の心霊術ブームとこっくりさん
明治時代に入ると、西洋から輸入された心霊主義や催眠術の思想が日本の知識層と大衆双方に浸透した。「心霊術ブーム」と呼ぶべき現象が起きたわけだ。
明治末から大正初期にかけて社会を騒がせた「千里眼事件」がある。
透視能力を持つとされた女性、御船千鶴子。念写能力を持つとされた長尾郁子。彼女たちをめぐる学術的検証と世論の狂騒だ。東京帝国大学の心理学者、福来友吉らが巻き込まれる大論争に発展した。
最終的にはトリックや誤認の疑いが強まり、当事者の死や社会的信用の失墜という悲劇的な結末を迎えた。
この事件は「科学とオカルトが未分化のまま激しくせめぎ合った時代」の空気を今に伝える象徴的な出来事として記憶されている。
この時代の心霊術ブームと並行する形で、庶民の間では「こっくりさん」の原型となる遊戯もすでに流行を見せていた。
こっくりさんの直接の起源は、幕末から明治にかけて日本に伝わった西洋の「テーブルターニング」にあるとされる。
三本脚の台に手を乗せ、複数人で「もし霊がいるなら台を動かしてください」と呼びかける西洋の交霊遊戯だ。これが横浜などの開港地を通じて紹介され、日本人の間で独自にアレンジされていった。
日本版では、竹や木で作った簡易な三脚に手を乗せる形式が広まった。これに狐狗狸という当て字があてられ、「こっくりさん」という呼び名の由来になったとする説が有力だ。
狐狗狸という当て字が示すとおり、当時の日本人はこの現象を土着の憑き物信仰と結びつけて理解しようとした形跡がある。「狐霊」や「狸霊」だ。
こっくりさんはその後、大正と昭和と幾度かの流行の波を経る。
一九七〇年代には十円玉と紙を使う現在よく知られた形式が学校の生徒たちの間で一大ブームとなった。
テレビや雑誌がオカルトブームを煽ったこの時代、こっくりさんは全国の小中学校で「放課後にこっそり行う禁断の遊び」として爆発的に広まる。同時に怪談や都市伝説も無数に派生していくことになった。「呼び出した霊が帰ってくれない」「良くないことが起きた」といった話だ。
こっくりさん式の作法
降霊術と一口に言っても、その作法は流派や地域によって大きく異なる。ここでは代表的な三つの方式について、伝承されている手順をできる限り具体的に紹介する。
日本の「こっくりさん式」、西洋の「テーブルターニング式」、そして東北の「口寄せ式」だ。いずれも民俗文化と言い伝えとしての記述である。
こっくりさんを行うには、まず白い紙を一枚用意する。
紙の中央からやや右寄りに鳥居のマークを描く。その周囲に「はい」「いいえ」の文字、五十音表、そして数字の〇から九までを円弧状に配置するのが伝統的な形とされる。
用具は硬貨一枚のみで足りる。多くは十円玉だ。
参加人数は三人以上が望ましいとされる。これは一人の力では霊を呼び寄せる「念」が弱いためだという。また一人で行うと霊に取り憑かれやすいという言い伝えもある。
実施する時間帯は、俗に「逢魔が時」と呼ばれる夕暮れ時や、深夜零時前後が最も霊が降りやすいとされる。逆に真昼間に行うのは効果が薄いとも言われるらしい。
場所は静かで人の出入りが少ない部屋を選ぶ。窓やカーテンを閉め、できれば電灯を落として蝋燭一本程度の薄暗さにするのが望ましいとされる。
儀式の進行を追っていこう。
まず参加者全員が紙を囲んで正座あるいは椅子に座る。中央に置いた十円玉の上に人差し指を軽く乗せる。
全員が指を乗せたら、呼びかけを行う。代表者、あるいは全員で声を揃えて、「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」という趣旨の言葉を三回繰り返し唱える。伝承によって多少の違いはある。
この間、参加者は雑念を払い、真剣にこっくりさんの存在を念じることが大事とされる。ふざけた態度や疑う心を持つと硬貨が動かない、あるいは怒りを買うといわれている。
しばらくすると硬貨がひとりでに動き出し、鳥居のマークへと滑っていく。これが「こっくりさんが来た」合図とされる。
ここから参加者は質問を投げかける。「あなたは何歳ですか」「今日の天気は」といった簡単な質問だ。硬貨が数字や「はい・いいえ」を指し示すことで対話を進めていく。
最も重視されるのが終わらせ方の作法である。
伝承では、こっくりさんとの対話を終える際には必ず告げなければならない。「もう十分です、お帰りください」という趣旨の言葉だ。そして硬貨が再び鳥居のマークまで戻ってくるのを確認する。
もし硬貨が鳥居に戻らないうちに指を離してしまうとどうなるか。霊が体に取り憑いたまま居座ってしまう、あるいは家までついてきてしまうという言い伝えがある。
これが「こっくりさんは正しく終わらせないと祟る」という都市伝説の中核をなしている。
無事に硬貨が鳥居へ戻ったら、後片付けに入る。使用した紙はただちに鳥居の絵柄を含めて焼却するか、あるいは細かく破って処分するのが正しいとされる。紙を保管しておくと霊が再び現れる原因になるとも言われている。
テーブルターニングとウィジャボード
西洋における交霊会の基本形は、円卓を囲む形式だ。
準備するものは、小さめの丸テーブル、蝋燭数本、そして参加者の人数分の椅子である。丸テーブルは軽い木製の台でもよい。
理想とされる参加人数は五人から八人程度。必ず偶数よりも奇数が良いとする流派もある。
夜、日没後から深夜にかけての時間帯に行うのが伝統的とされる。部屋の照明は落として蝋燭の炎だけを頼りにする。
参加者は円卓を囲んで着席し、全員が両手の指先をテーブルの縁に軽く触れさせる。
手はテーブルの上に完全には乗せない。指先だけを触れる程度にとどめるのが正式な作法とされる。これによって「テーブルが不自然に持ち上げられていない」ことを互いに確認し合う意味合いもあったとされる。
代表者、多くは霊媒役の人物が目を閉じる。そして呼びかけたい霊の名前、あるいは「この場に集うすべての善き霊」に対して語りかけの言葉を口にする。
参加者全員は精神を統一し、雑念を払って霊の来訪を強く念じる。
しばらくすると現象が起きるとされる。テーブルがコツコツと脚を鳴らしたり、わずかに傾いたり、時には完全に浮き上がったりする。
これを合図に簡易な符丁を決めて対話を進める。「一回叩いたらイエス、二回叩いたらノー」といったものだ。
より詳細な対話を求める場合には、ウィジャボードを用いる方式も広く行われた。
アルファベットと数字、そして「YES」「NO」「GOODBYE」の文字を配した専用の盤だ。こっくりさんの西洋版に相当する。
参加者は指先をプランシェットと呼ばれる小さな三角形の駒に軽く乗せる。駒が盤上の文字を指し示す動きを追うことでメッセージを綴っていく。
テーブルターニングと同様、終了の際の作法が厳格に守られるべきとされる。必ず「GOODBYE」の文字の上に駒を導き、霊に感謝の言葉を述べてから退出を促す。
この儀礼を怠るとどうなるか。悪意ある霊がボードを通じて現世に留まり続けるという警告が、西洋圏の怪談の定番として語り継がれている。
口寄せ式の作法
イタコによる口寄せは、これまで紹介した二つの方式とは性格を異にする。
こちらは参加者全員の念の集合ではない。専門の宗教者一人が長年の修行によって培った憑依の技術によって行われる。いわば「専門家に依頼する」形の降霊術だ。
依頼者はまず、呼び出したい故人の情報をイタコに伝える。氏名、亡くなった年月日、享年、そして依頼者との続柄だ。
イタコはこれらの情報を手がかりに、数珠を揉み、独特の抑揚を持つ祭文を唱え始める。
祭文の内容は仏教経典と土着の呪術的な言葉が入り混じったものだ。イタコの流派や師系によって細部が異なるとされる。
祭文を唱えながらイタコは徐々に恍惚状態に入っていく。体を小刻みに震わせ、やがて故人の霊が憑依したとされる状態に至る。
この瞬間からイタコの声色や語り口は一変する。依頼者の記憶にある故人そのものであるかのような言葉遣いで語りかけてくるとされる。
口寄せの時間は一件あたり十分から二十分程度が一般的だ。依頼者は涙ながらに故人と最後の会話を交わすことになる。
語りが終わると、イタコは再び祭文を唱えて霊を丁重に送り返す儀礼を行い、憑依状態から意識を戻す。
この「送り」の儀礼を省略することは決してない。これは、霊を呼びっぱなしにすることがイタコ自身の心身に深刻な負担をもたらすと信じられているためだ。
恐山の大祭では一日に何十人もの依頼者を相手にする。イタコは体力的にも精神的にも過酷な役割を担っているわけだ。近年ではこの技術の継承者が急速に減少していることが指摘されている。
歴史上の霊媒師と事件
先述のフォックス姉妹やホーム、パラディーノに加え、降霊術の歴史を語る上で欠かせない人物や事件は数多い。
イギリスの霊媒師フローレンス・クックがいる。リング、あるいはケイティ・キングという霊を物質化させたと主張した。
当時の著名な化学者ウィリアム・クルックスがその現象を科学的に検証しようと試み、結果として彼女を擁護する立場を取った。これが大きな論争を呼んだ。
後年、クックの現象の多くがトリックであった疑いが強まっている。ただ、当代一流の科学者すら魅了したという事実は、降霊術ブームの熱狂の凄まじさを物語っているだろう。
日本国内に目を転じよう。
前述の千里眼事件が最大級のスキャンダルとして知られる。
そのほか、大正から昭和初期にかけては「こっくりさん」が学校教育現場で問題視された。複数の府県で禁止令に近い通達が出された記録も残っている。
一九七〇年代の全国的な大流行の際には、深刻な事態も起きた。こっくりさんに熱中した児童生徒の間で過呼吸や失神といった集団的な体調不良が報告されたケースだ。
心理学者やマスメディアはこれを「集団催眠」や「暗示による身体反応」として説明を試みた。
しかし当事者や周囲の人々の間では「本物の霊障だ」とする噂が絶えなかった。これがさらなる恐怖と流行の連鎖を生む結果となったのだ。
現代における実践例
現代でも降霊術、とりわけこっくりさんは形を変えながら生き続けている。
ある女性は大学の民俗学サークルの合宿での体験をこう振り返る。深夜に先輩たちとこっくりさんを試したときのことだ。
「正直、最初は完全に半信半疑でした。でも硬貨に指を乗せてしばらくすると、誰も動かしていないはずなのに勝手にすーっと滑り始めたんです」
「怖くなって途中でやめようとしたら、先輩に『ちゃんと鳥居に戻さないとダメ』と止められて、震える手で最後まで作法通りに終わらせました。あれが本当に霊だったのか、それとも全員の無意識の力だったのかは今も分かりません」
この体験談は、こっくりさんが単なる子供の遊びを超えていることを示している。現在でも一種の通過儀礼的な体験として語り継がれているわけだ。
一方、恐山でイタコの口寄せを実際に体験したという別の男性はこう語っている。
「五年前に亡くした父の名前を伝えると、イタコさんは目を閉じたまま祭文を唱え始めました。数分後、声がまるで別人のように変わって、父がよく使っていた口癖で話しかけてきたときは、涙が止まりませんでした」
「科学的に説明がつくのかもしれませんが、あの瞬間だけは確かに父と繋がれた気がしたんです」
こうした体験談は、口寄せが単なるオカルト儀式ではないことを物語っている。遺族のグリーフケア、つまり悲嘆の癒やしとしての機能を果たしてきた。
インターネット上では、ウィジャボードを個人輸入して友人同士で試したという体験談も少なくない。
あるオカルト系ブログの投稿者はこう記している。「英語圏のホラー映画を見て興味を持ち、実際にウィジャボードを購入して三人で試した」
「最初は誰かがふざけて動かしているだけだと思っていたのです」
「ところが目を閉じて指先だけ触れる形式にしたところ、明らかに誰の意思でもない動きでプランシェットが文字を指し示し始め、全員が凍りついた」
真偽のほどはさておこう。こうした体験談が絶えず新しく生み出され、SNSや動画共有サイトを通じて拡散されていく。それ自体が、降霊術という文化が現代においても衰えることなく息づいている証左だろう。
言い伝えられている危険性
降霊術にまつわる言い伝えには、共通して警告が織り込まれている。「正しい手順を踏まないと良くないことが起きる」というものだ。
こっくりさんにおいては、前述のとおりの言い伝えが最も広く知られている。硬貨を鳥居のマークに戻さずに終えてしまうと、呼び出した霊が体に取り憑いたまま離れなくなる、あるいは家までついてきてしまう。
また、参加者の誰か一人が途中で指を離してしまうと、その人物が霊に狙われるとも言われる。儀式の最中は最後まで全員が指を離してはならないという不文律が存在するわけだ。
行った後に体調を崩したり、悪夢にうなされたり、家の中で物音が続いたりする。こうした「祟り」の体験談は、こっくりさんが流行するたびに必ずと言っていいほど語られる定番の怪談要素だ。
そしてこうした話がさらに次の流行への恐怖と好奇心を掻き立てる循環を生んできた。
西洋のウィジャボードやテーブルターニングにおいても同様である。
「GOODBYE」の文字にきちんと駒を導かずに儀式を終えると、悪霊が現世との境界に留まり続け、家に災いをもたらす。そういう警告が語り継がれている。
ホラー映画の題材として繰り返しウィジャボードが取り上げられるのも、この物語構造ゆえだろう。「開けた扉を正しく閉じないと恐ろしいことが起きる」という構造が、人間の恐怖心を強く刺激する。
口寄せの世界でも同様の言い伝えが存在する。憑依した霊を正しく送り返さないままにすると、イタコ自身の心身に重い負担がかかり、時に霊媒者本人が病を得るというものだ。
これは西洋と日本を問わず共通した戒めを示している。「あの世とこの世を繋ぐ扉を開けたら、必ず責任を持って閉じなければならない」という戒めが、降霊術という営みの根底に流れている。
もとよりこれらはすべて民俗的な言い伝えや都市伝説として語り継がれてきたものだ。儀式そのものは文化的な伝承や遊戯としての性格が強いことも付け加えておきたい。
民間信仰と宗教との関係
降霊術は、既存の宗教体系と決して無縁ではない。
日本のイタコの口寄せは、二つの流れが融合した形で成立している。仏教の他界観、つまりあの世で成仏した死者の魂という考え方。そして東北地方に根強く残る山岳信仰と巫女信仰だ。
恐山という霊場そのものにも意味がある。地獄と極楽を思わせる荒涼とした火山地形と硫黄の匂いに満ちた特異な景観を持つ。古来「死とこの世を繋ぐ場所」として信仰されてきた歴史がある。これも口寄せ文化がこの地で花開いた大きな背景だ。
こっくりさんに見られる「狐狗狸」という当て字も、日本古来の憑き物信仰と密接に結びついている。狐憑きや狸憑きだ。
稲荷信仰における狐は神の使いとされる。一方で人に取り憑いて災いをなす存在としても恐れられてきた。両義的な存在である。
こっくりさんという新しい遊戯が輸入された際、日本人が無意識のうちにこの土着の憑き物観を重ね合わせて解釈した。その結果があの当て字に表れていると考えられる。
西洋のスピリチュアリズムもまた、キリスト教文化と複雑な緊張関係を保ちながら発展した。
カトリック教会やプロテスタントの多くの教派は、死者との交信を試みる行為を繰り返し警告してきた。聖書の教えに反する行為として、である。
一方でスピリチュアリズム自体は独特の自己認識を持っていた。「霊魂不滅」というキリスト教的な世界観を土台としながら、それを実証しようとする科学的で実験的な運動として自らを位置づけていたわけだ。
この宗教と科学、信仰と実証のあわいに漂う独特の立ち位置。これこそが、十九世紀から今日に至るまで降霊術という営みが人々を惹きつけてやまない最大の理由なのかもしれない。
「脱法コックリさん」の時代
一九七〇年代にこっくりさんが全国の学校で社会問題化すると、対策が取られた。教育委員会やPTAは「危険な遊び」として次々に禁止令を出し、教師たちは休み時間や放課後の見回りを強化した。
ところがこの取り締まりは、皮肉にも別の降霊遊戯を生み出す土壌になったのだ。
硬貨と鳥居の紙を使う「こっくりさん」そのものが禁止されても、道具立てを変えれば同じ構造の遊びは容易に再現できる。
こうして登場したのが、いわゆる「脱法コックリさん」の系譜だ。「エンゼルさん」「キューピッドさん」「星の王子さま」などと呼ばれる。
エンゼルさんは、こっくりさんの鳥居の代わりにハートや天使のマークを紙に描く。「はい・いいえ」だけでなく恋愛や友情に関する質問に特化した回答を導き出す遊びとして、主に女子児童や生徒の間で流行した。
キューピッドさんも同様に恋のキューピッドを呼び出すという体裁を取る。星の王子さまは童話のイメージを借用しながら、実質的にはこっくりさんと同じ「硬貨を動かす」遊戯として遊ばれた。
学校側からすれば「こっくりさんではない」という建前が成立する。だから厳密な取り締まりの対象になりにくい。
こっくりさんを名指しで禁止するたびに、名前だけを変えた新しい降霊遊戯が次々と生まれる。モグラ叩きのような現象が一九八〇年代を通じて繰り返された。
当時のオカルト雑誌や子ども向けの怖い話の本には、これらの「亜種こっくりさん」を紹介するページが設けられた。子どもたちは禁止された遊びを別の名前で密かに継続することに、ある種のスリルを感じていたと伝えられている。
ひとりかくれんぼという孤独な儀式
こっくりさんが複数人で行う降霊遊戯であるのに対し、まったく性格の違うものもある。
二〇〇〇年代半ばに広く知られるようになった「ひとりかくれんぼ」だ。たった一人で行うことを前提とした、より孤独で不穏な色彩を帯びた儀式として語られてきた。
発祥については諸説ある。関西や四国地方に古くから伝わっていた民間の遊びが下敷きになっているという説がある。
一方で皮肉な説もある。都市伝説がどのように広まっていくかを研究する目的で意図的にこの話がネット上に流された、という説だ。都市伝説そのものの成立過程を皮肉るような話である。
この儀式が全国的な知名度を得た契機は、二〇〇七年四月十八日の書き込みだとされる。匿名掲示板のオカルト板へ投稿された、実行手順を詳細に記した一連の書き込みだ。
ぬいぐるみに名前をつけて中身を米などに詰め替える。隠れる場所には塩水を用意しておく。そういう準備工程が語られた。
実行者による怪奇体験の報告が次々と書き込まれたことで、瞬く間にオカルト系掲示板やまとめサイトの定番ネタとして拡散していった。
この遊びが他の降霊術と異なるのは、役割の反転構造にある。
儀式を行う本人自身が「かくれんぼの鬼」であると同時に、「呼び出された何か」に見つけられる対象にもなる。
多くの考察系ブログや動画では、この儀式が「一種の自己降霊術」だと語られる。そして正しい手順で終わらせなければ、呼び出した何かが自分自身に憑いたまま離れなくなる、あるいは家についてきてしまうという警告が繰り返される。
こっくりさんの「鳥居に戻さないと祟る」という言い伝えと相似形をなす構造だ。
実際に試した経験を綴ったブログ記事は数多く存在する。「電気を消していないのに部屋が暗くなった気がした」というものがある。「押し入れの中から視線を感じて涙が止まらなくなった」というものもある。感覚の変化を訴える体験談が繰り返し投稿されているらしい。
地域による呼び名の違い
こっくりさん的な降霊遊戯は、地域や世代によって細部の作法や呼び名が微妙に異なることでも知られている。
ある地方では、呼び出す対象を狐ではなく天狗に置き換えた「天狗さん」という遊戯が伝わっている。山岳信仰の強い地域ほどこの形式が好まれたと考察するオカルト愛好家も多い。
また別の地域では「分身さん」という遊戯が伝わっている。参加者自身の分身を呼び出すとされるものだ。
これは死者や妖怪ではなく、自分自身の未来や隠れた本心を映し出す鏡のような存在を呼び出す。やや趣の異なる降霊遊戯として語られている。
二次創作系メディアでは、これらの亜種を網羅的にまとめた考察記事がしばしば人気を集める。「こっくりさん一族」とでも呼ぶべき系譜図を作成するユーザーも見られる。
こうした細分化と拡散のスピードは、インターネット以前の口伝えの時代には考えられなかった規模だ。
地域性という古典的な民俗学の枠組みが、ネットという新しい伝播経路によってむしろ強化され可視化された。その典型例だと言っていい。
掲示板と考察界隈の噂
匿名掲示板のオカルト板や、そこから派生したまとめサイトでは、降霊術関連のスレッドは常に高い人気を誇るジャンルの一つだ。
「本当にあった怖い話」を投稿する形式のスレッドがある。ここではこっくりさんやひとりかくれんぼを実践した結果の体験が定期的に投稿される。原因不明の体調不良に見舞われた、家族に不幸が続いた、といった話だ。
そのたびに反応が付く。「それは絶対にやってはいけないやつだ」「正しい終わらせ方をしなかったのが原因では」といったものだ。そして儀式の作法をめぐる素人考察が繰り広げられる。
動画の都市伝説解説チャンネルでも、こっくりさんやひとりかくれんぼをテーマにした動画は再生数を稼ぎやすい定番コンテンツとされる。実際に儀式を再現してみせる検証系動画と、歴史的背景を丁寧に解説する考察系動画の両方が並立している。
ブログには、大学のサークルで実際にこっくりさんを行った体験を綴る個人の記録も多い。当時の空気感まで含めて詳細に書かれたものだ。こうした一次体験の記録が、都市伝説研究者にとっても資料として引用されることがある。
ある男性は中学生の頃、友人数名と「エンゼルさん」を試した夜のことをこう振り返っている。
「こっくりさんは先生に見つかったら大目玉を食らうから、エンゼルさんならセーフだろうって、みんなで盛り上がってやったんです」
「最初は誰かがふざけて動かしているんだと思っていたんですが」
「途中から明らかに誰の意志でもない動きで硬貨が滑りだして、質問した相手の下の名前まで正確に当てられたときは、部屋の空気が一変しました」
この体験談は、名前や道具立てが変わっても、こっくりさんの持つ根本的な緊張感が失われていないことを示している。
ひとりかくれんぼを試したという別の投稿者はこう語っている。「深夜に一人で儀式を行い、決められた手順どおりぬいぐるみを探しに行った」
「押し入れの中に置いたはずのぬいぐるみが、なぜか布団の中に移動していて、背筋が凍りついた」
こうした体験談の真偽を確かめる術はない。ただ、こうした語りが際限なく再生産され、ネット上に蓄積され続けていくこと自体が、降霊術という文化がいまなお衰えることなく若い世代へと受け継がれていることの証だ。
筆仙、中国式の鉛筆一本の降霊術
ここからはさらに調査範囲を広げていく。
筆仙(ビーシェン)は中国大陸で古くから伝わる降霊遊戯だ。こっくりさんの中国版としてしばしば紹介される。
日本のオカルトブログやまとめサイトでも「中国版コックリさん」として度々取り上げられる。留学生や中国語学習者を通じて日本の学生の間にも部分的に広まった経緯がある。
用意するものは、削りたての新品の鉛筆一本と、大判の白紙一枚だ。鉛筆はできれば芯が長く尖っているものがよい。
紙には中央に小さな丸、「圏」と呼ばれるものを描く。その周囲に「是(はい)」「否(いいえ)」の文字を配する。そして問いへの回答用に数字の〇から九、簡単な漢字を円弧状に配置しておく。漢字は名前や年齢を答えるための欄だ。
参加人数は二人一組が基本とされる。三人以上になる場合は必ず偶数人ではなく奇数人で行うべきとする言い伝えがある。
深夜、特に「子の刻」とされる二十三時から翌一時の間に行うのが最も霊が降りやすいとされる。
窓を開けず、扇風機やエアコンの風が紙に当たらないようにすることが強調される。これは「風で鉛筆が動いたのか、霊の仕業か」を明確に区別するためだという実務的な理由も語られている。
方角については、参加者同士が向かい合って座る。そして鉛筆の先端が部屋の入口の方向を向かないようにするのが良いとされる。玄関やドアのほうだ。
回数は、呼びかけの文言を必ず三回繰り返すのが基本形である。
筆仙の呼びかけと送りの言葉
二人は鉛筆の軸を挟むようにして、それぞれ親指と人差し指で軽くつまむ。鉛筆の先端を紙の中央の丸に合わせる。
目を閉じ、声をそろえて次のように三回唱える。
筆仙筆仙、我是你的今生、如要与我続縁情、請在紙上画圏。
カタカナで音を写すなら、ビーシェンビーシェン、ウォーシーニーダジンション、ルーヤオユーウォーシーユエンチン、チンザイジーシャンホワチュエン。
日本語に訳せばこうなる。筆仙さま、筆仙さま、私はあなたの今生の縁ある者です。もし私とご縁を結んでくださるなら、どうかこの紙に丸をお描きください。
もう一つ、前世からの縁を強調する別系統の呼びかけ文句も伝わっている。
前世随前世、我請前世来、若与我続縁、請在紙上画圏。
カタカナでは、チエンシーソイチエンシー、ウォーチンチエンシーライ、ルオユーウォーシーユエン、チンザイジーシャンホワチュエン。
意味はこうだ。前世は前世のままに、私は前世の縁ある者をお招きします。もし私と縁があるならば、どうかこの紙に丸を描いてください。
動作の流れを追おう。
まず二人が向かい合わせに座り、鉛筆を挟んだ両者の指先を紙の中心の丸に合わせる。
呼びかけの言葉を三回唱え終えたあと、しばらく無言で待つ。
鉛筆の先端がひとりでに円を描くように動き出したら、それが「筆仙が降臨した」合図とされる。
参加者は質問を投げかける。「あなたは何歳ですか」「私たちに何を伝えたいですか」といったものだ。
鉛筆が丸、つまり「はい」を描くか、バツや否の文字を指すかで応答を読み取る。あるいは数字や簡単な文字を書き綴ることで読み取る。
対話が本格化すると、鉛筆が紙の上を滑るように漢字や記号を書き連ねることがあるとされる。その筆跡が普段の参加者の字とはまったく異なる崩し方をしている点が「本物である証拠」としてしばしば語られる。
対話を終える際には必ず「送仙」と呼ばれる見送りの呪文を唱えなければならない。
筆仙筆仙、請回去、多謝降臨、来日再会。
カタカナでは、ビーシェンビーシェン、チンホエイチュー、ドゥオシエジアンリン、ライリーザイホエイ。
意味はこうだ。筆仙さま、筆仙さま、どうぞお帰りください。ご降臨いただき誠にありがとうございました。またの機会にお会いしましょう。
これを唱えながら鉛筆の先端を紙の中心の丸まで滑らせて戻す。そして丸の上でバツ印を描かせて初めて儀式が完了したとみなされる。
もしバツ印が描かれずに鉛筆から指を離してしまうと、筆仙が居座り続けて災いをもたらすという言い伝えがある。これはこっくりさんの「鳥居に戻さないと祟る」という警告と全く同じ構造を持つ。
儀式後の後片付けについても定めがある。使用した鉛筆は真っ二つに折って処分するか、燃やして灰にするのが正式な作法とされる。
紙もその場で焼却するか、少なくとも人の出入りしない場所で細断して処分することが望ましいとされている。鉛筆を折らずに残しておくと、次にその鉛筆を使った人物に筆仙が乗り移るという噂も根強く語られているらしい。
自動書記の具体的なやり方
自動書記は、霊や高次の存在、あるいは自分の潜在意識そのものが手を借りて文字やメッセージを書かせるとされる技法だ。
十九世紀のスピリチュアリズム運動の中でも重要な位置を占めていた。現代のスピリチュアル系ブログでは、初心者でも実践できる具体的なステップが数多く紹介されている。
用意するものは、使い慣れた筆記具と、無地またはできるだけ罫線の少ない紙だ。筆記具は万年筆やボールペンなど、書き味が手に馴染むもの。紙はノートよりもルーズリーフや大判のスケッチブックが推奨される。
任意で、精神統一のための小さなキャンドル一本を用意する流派もある。デジタル機器のキーボードよりも、手書きの方が「感覚的なつながり」を得やすいとされる。
夜、できれば就寝前の静かな時間帯が推奨される。
部屋の照明はやや落とし気味の暖色系にする。ヒーリングミュージックや自然音を小さく流すと精神統一の助けになるとされる。
最初は五分から十分程度の短い時間から始め、慣れてきたら徐々に時間を伸ばしていくのがよい。
まず数回深呼吸を行い、体と心を落ち着かせる。紙とペンを構えたら、心の中で、あるいは小声で意図を唱える。
「今、私に必要なメッセージをお与えください」。あるいは「もし私を導いてくださる存在がいるならば、どうかこの手を通してお伝えください」。
この言葉を唱えたあとは、頭の中で結果を先取りしたり、何を書こうかと考えたりしないことが最も大事とされる。
意図を唱え終えたら、ペン先を紙に軽く置く。目を閉じるか、あるいは半眼のまま焦点をぼかす。
「頭で考えずに手を動かすこと」を徹底し、手が勝手に動き出すのをただ待つ。
最初は意味のない線や渦巻き模様しか書けないことが多い。ただ、続けるうちに単語や短い文章が綴られることがあるとされる。時には見慣れない古い書体のような文字が現れるらしい。
実践者のブログには、書道の練習中に突然手が勝手に動き出し、判読できない古い文字を書き連ねたという体験が複数報告されている。
書き終えたら、「ありがとうございました、これで終わります」という趣旨の言葉を唱えてペンを置く。
すぐに内容を解釈しようとせず、一晩以上寝かせてから読み返すことが推奨されている。これは、書いた直後は意識がまだ半分トランス状態にあり、冷静な判断ができないためとされる。
日付ごとに内容をノートに記録しておき、後で読み返して意味を考察するのが良いとされる。
トランス状態から完全に覚めるための動作も勧められている。手をぶらぶらと振ったり、水を一杯飲んだりする「グラウンディング」だ。
書いた紙を保管するか処分するかは流派によって分かれる。内容が不穏なものだった場合や、明らかに自分の意思とかけ離れた内容だった場合には、感謝の言葉とともに処分するのが望ましいという言い伝えもある。破く、燃やすといった処分だ。
ペンデュラムを用いた交霊
ペンデュラムは、紐や鎖の先に重りを垂らした道具だ。重りはクリスタルや金属製の錘である。
本来は占術やダウジングの道具として広く使われる。ただしオカルト愛好家の間では「霊との対話手段」としても用いられてきた。
用意するものは、クリスタルや金属製のペンデュラム一つ。そしてYESとNOとわからない、つまりアンノウンの回答が図示されたペンデュラムマット。任意で場を清めるための塩や浄化用のお香。
特定の時間帯に厳密な決まりはないとされる。ただし浄化の観点から新月または満月の夜に行うのが望ましいという説が広く流通している。
部屋は静かで、机の上にマットを広げられる程度の広さがあればよい。
まず振り子を利き手で持ち、リラックスした姿勢を取る。振り子の先端をマットの中央、いわゆる「センターポジション」に静止させる。
そして問いかける。「私はこれよりダウジングを行います。私はダウジングを行ってもよいですか」
この問いかけに対して振り子がどう揺れるかを見る。縦に揺れれば「イエス」、横に揺れれば「ノー」、斜めに揺れれば「わからない」。この個人の基本パターンを、まず確認しておく必要がある。
準備が整ったら、呼びかけを行う。「もし今夜、この場に対話を望む存在がいるならば、どうぞこの振り子を通してお応えください」という趣旨の言葉だ。
振り子を三点持ちか二点持ちで構える。三点持ちは親指と人差し指と中指で軽くつまむ持ち方。二点持ちは親指と人差し指のみだ。一番リラックスできる姿勢を取ることが大事とされる。
質問は「はい」か「いいえ」で答えられる形にする。できるだけ具体的で誤解の余地のない言葉で行う必要がある。曖昧な質問をすると振り子が判定不能な動きを示すとされる。
対話が進むにつれ、質問の内容を段階的に絞り込んでいくのが定石だ。「今日この部屋に誰かいますか」「その方は私の知っている人ですか」というように進める。
対話を終える際は、感謝の言葉を唱える。「本日はありがとうございました。どうぞお戻りください」という趣旨だ。
ウィジャボードと同様、きちんとした終了の合図を行わずに切り上げてはならない。振り子を静止させ、マットの外に置く。この手順を怠ると、対話していた存在が留まり続けるという言い伝えがある。
使用後の振り子は「浄化」してから保管するのが望ましいとされる。塩水にくぐらせる、月光や朝日に当てる、あるいは浄化用のお香の煙にくぐらせる。そして布に包んでしまう。
振り子を浄化せずに次回使うと、前回対話した存在の影響が残ってしまうという警告も広く語られている。
蝋燭の色と香の使い分け
西洋の交霊会の伝統には、細かな作法が伝わっている。蝋燭の色や香の種類を目的別に使い分けるという、錬金術や魔術由来の作法だ。
蝋燭の色から見ていこう。
白は浄化と保護と全般的な交霊に用いられる万能色とされる。初心者はまず白一色で行うのが安全だ。
紫は霊的な感受性を高め、千里眼や高次の存在との接触に適するとされる色である。霊媒役を務める人物の正面に立てることが多い。
黒は悪霊や不快な存在を遠ざけ、場を保護する目的で四隅に配置されることがある。
青は場を静め、穏やかな霊との対話や癒やしを目的とする場合に用いられる。
これらの色を組み合わせて交霊会用のテーブルセッティングを組む流派が伝わっている。白を中央に、紫を霊媒の前に、黒を四隅に、という配置だ。
香についても見ておこう。
白檀(サンダルウッド)は場全体を浄化する目的で最も一般的に焚かれる。
乳香(フランキンセンス)は高次の霊的存在や守護霊との接触を助けるとされる。教会でも古くから用いられてきた由緒ある香だ。
没薬(ミルラ)は特に死者の霊との交信に適するとされる。古代エジプトの死者儀礼にも通じる香として、降霊会の香としては最も「本格的」とされる。
これらの香を焚くタイミングは、参加者が着席したあと、呼びかけの言葉を唱える直前に火をつけるのが伝統的とされる。
香の煙が細く真っ直ぐに立ち上るかどうかで場の「通りの良さ」を占う流派もあるらしい。
分身さんと天狗さんの詳細
分身さんは、こっくりさんの硬貨の代わりに鉛筆一本を用いる点が最大の特徴だ。
参加者は鉛筆の上部を親指の腹でそっと押さえるようにして持つ。
性別によって使う手が決まっているという言い伝えがある地域も多い。男子は左手、女子は右手で行うという不文律が語り継がれている。
呼びかけの文句を唱えて分身さんを迎え入れたあとは、こっくりさんと同様の対話を行う。「はい・いいえ」や数字を用いた対話だ。
分身さんならではの特徴は、独特の見送り儀礼にある。
対話の最後に、紙の上に用意しておいた複数の「お土産」の絵から一つを選ばせる。お菓子や花などのイラストを描いた欄だ。そしてその欄を通過させてから元の位置に戻す。
これを行わずに終えると、分身さんが満足せずに居座ってしまうという警告がある。他の降霊遊戯と同様の構造だ。
天狗さんは、山岳信仰の色濃い地域に伝わる派生形である。狐や動物霊ではなく天狗そのものを呼び出すとされる点に特徴がある。
伝承では、こっくりさんの鳥居の代わりに別のものを描くとされる。うちわや木の葉、あるいは高下駄を描いた紙だ。
呼びかけの際には部屋の窓を山のある方角に向けて開ける。そして「天狗さん、天狗さん、お山からおいでください」という趣旨の言葉を唱えるという。
天狗は気位が高いとされる。粗雑な態度を取ると硬貨や鉛筆を激しく動かして怒りを示すと言われ、対話中は特に丁寧な言葉遣いを保つことが大事だとされる。
見送りの際には「お山へお帰りください」と唱え、窓を閉めてから儀式を終えるのが正式な作法だ。
動画で広がる「やってみた」の連鎖
動画共有サイトには、降霊術を実際に検証したり体験したりする動画が数多く投稿されている。一大ジャンルを形成していると言っていい。
代表的なものをいくつか挙げよう。
複数の降霊術を一晩で全部試すという企画性の強い検証動画がある。降霊術を行った直後に霊能者や拝み屋のもとを訪れ、「取り憑いていないか」を診断してもらうという後日談形式の動画もある。
こっくりさんに似た「一人おしゃべり」と呼ばれる一人用の降霊遊戯を実践する動画。そして恐山のイタコの口寄せを実際に受けてみたという体験系動画。
イタコの口寄せ動画では、投稿者が実際に恐山を訪れる。亡くなった身内の名前、続柄、命日を伝え、祭文が唱えられる様子が撮影される。憑依状態に入ったイタコの声色が変化する瞬間もそのまま記録される。
視聴者のコメント欄には反応が多数寄せられている。「鳥肌が立った」「本当に亡くなった人の口調そのものだった」といったものだ。
こうした動画に共通する構成は、四段構成にほぼ収斂している。
第一に、儀式の由来や言い伝えをテロップや出演者の解説で紹介する導入部が置かれる。
第二に、実際に道具を用意して手順どおりに儀式を再現する実演部。
第三に、何らかの現象が起きたように演出され記録される中盤に入る。物音、体調の変化、カメラの不調などだ。
第四に、終了後に専門家や別の出演者が「取り憑いていないか」を確認するオチ。
コメント欄では、投稿者自身の注意書きに対して視聴者の実践報告が数多く書き込まれる。「絶対に真似しないでください」という注意書きに対して報告が並ぶ。「実際にやってみたけど何も起きなかった」「家系的にこういうのに反応しやすい体質らしく本当に怖かった」といったものだ。
動画そのものが新たな体験談の発信源となる循環が生まれているわけである。
実践者の体験談集
ここでは、上記の儀式にまつわる体験談を紹介していく。個人ブログ、SNS、質問サイトに投稿されたものだ。
一件目。ある占い師のブログには、投稿者の小学校時代の担任教師の回想が綴られている。
その教師は繰り返し「こっくりさんだけは絶対にやめてくれ」と生徒たちに注意していたという。
理由を尋ねると、教師自身の同級生の話だった。こっくりさんを行った際、参加者の一人が突然泡を吹いて気を失い、その拍子に近くの窓ガラスが割れるという騒動になったのだという。
教師はそれ以来、自分のクラスでこっくりさんが流行するたびに、体験に基づいた真剣な口調で禁止を呼びかけていたと記されている。
二件目。あるスピリチュアル系ブログの投稿者は、中学生の頃の体験を告白している。霊感が強くなった時期のことだ。
書道の練習をしていた最中に突然手が勝手に動き出し、見たこともない古い書体の文字を大量に書き綴ってしまったという。自動書記の体験である。
投稿者はその後に起きた出来事とあわせてこれがトラウマになった。以後は自動書記を意図的に「封印」し、タロットカードを引くときのように自らブロックをかけている状態が続いていると述べている。
三件目。中国語を学んでいた大学生の体験談だ。留学先の友人グループで筆仙を教わり、寮の部屋で三人で試したというエピソードである。
「最初は誰かがふざけて動かしているんだろうと思っていたが、目を閉じて鉛筆の動きだけに集中していると、明らかに誰の意思でもない速さで鉛筆が丸を描き始めた」
「質問した相手の生年月日を数字で正確に書き当てたときは、部屋にいた全員が黙り込んでしまった」
送仙の儀礼を省略せずに最後まで行ったこと、鉛筆をきちんと折って処分したことも合わせて記されている。
四件目。ペンデュラムを使った交霊を試したという投稿者の記録だ。
深夜に一人で振り子を構え、「対話を望む存在がいるなら応えてください」と呼びかけた。するとそれまで規則正しく縦に揺れていた振り子が突然大きく横に振れ始めたという。質問を重ねるうちに振れ幅がどんどん大きくなっていった。
「怖くなって途中で振り子を置いてしまったが、後から思えばきちんとお別れの言葉を言わなかったことが心残りで、その晩は寝つきが悪かった」
正しい終わらせ方の大切さを身をもって実感したと結んでいる。
五件目。降霊術検証動画のコメント欄には、視聴者が実際に自宅で「一人おしゃべり」を真似てみたという報告が数多く投稿されている。
ある投稿者はこう綴っている。「動画で紹介されていた手順をそっくりそのまま真似たら、途中で明らかに自分の声ではない音が混じって録音されていた気がする」
「動画のコメント欄で同じ体験をしたという人が何人もいて、自分だけではなかったんだと妙に安心した」
こうした二次的な体験談が次々と積み重なっていく。これこそが、降霊術という文化がインターネット時代においてなお拡大再生産され続けている実態を如実に示している。
六件目。分身さんを小学校時代に体験したという投稿者の書き込みだ。
「男子は左手、女子は右手で鉛筆を持つという謎のルールがあって、誰が決めたのかも分からないまま、みんな当たり前のようにそれを守っていた」
「終わるときに『お土産』の欄を通してあげないといけなくて、これを忘れて怒られた記憶がある」
ルーツも作法の起源も不明なまま、口伝えだけで細部まで統一された手順が全国の学校に広まっていた。この事実は、こっくりさん系の降霊遊戯が持つ驚くべき伝播力を物語っている。
これらの体験談はいずれも真偽を客観的に確かめる術がないものばかりだ。
ただ、注目に値する点がある。筆仙、自動書記、ペンデュラム、分身さん、そして動画を介した「やってみた」体験。道具立てもメディアも異なる複数のルートを通じて、同じ構造を持つ体験談が絶えず生み出され続けている。
すなわち三段構成だ。第一に、霊的な存在を呼び出す。第二に、最初は疑いながらも次第に確信に変わる不可解な現象が起きる。第三に、正しい終わらせ方を怠るとよくないことが起きる。
この反復構造こそが、降霊術という営みを単なる過去の遺物ではなく、今なお生きた民俗文化として更新し続けている原動力なのだろう。
審神者、降ろす者ではなく見極める者
降霊術を語るとき、日本の伝統において決定的に大事でありながら、一般にはほとんど知られていない役職がある。「審神者(さにわ)」だ。
字義どおりには「神を審らかにする者」である。降りてきた存在が名乗るとおりの者であるかどうかを問い質し、正邪を判定し、必要とあらば追い返す役目を負う。
つまり審神者とは、降霊術における「霊を降ろす人」ではない。「霊を審査する人」なのだ。
この職掌を近代的な行法として体系化したのは、本田親徳であると一般に説明されている。幕末から明治にかけて活動したとされる神道系の行者だ。
伝えられるところでは、本田は古神道の断片的な伝承を集成した。そして精神を一点に集中して静める「鎮魂法」と、神霊を降ろして託宣を得る「帰神法」を組み合わせた「鎮魂帰神法」を組み立てたという。
関連資料の解説によれば、この体系では帰神を細かく分類する。「有形か無形か」「自感法か他感法か神感法か」「正か邪か」「上中下いずれの位か」といった軸だ。総数で三十六通りに整理したと伝えられる。
実際に用いられたのは主として「他感法」である。これは二人一組で行う形式だ。神懸かりする側の「神主(かんぬし)」と、それを審査する「審神者」である。
審神者の側は、石笛と呼ばれる自然石の穴を吹き鳴らして場を整える。印を結び、意識を集中させて神主に「転霊」させるとされる。
神主に何かが降りると身体が跳ね上がるような激しい反応が出ることがある。これを「体を切る」と表現したという記録もある。
しかし本田流の眼目はここから先にあった。
降りてきた存在に対し、審神者が問答を重ねる。「汝は何者ぞ。名を名乗れ」「何処より来たれるか」「何の用ありて来たれるか」
答えの一貫性、語彙、態度、場の空気の変化。これらを総合して判定する。正神か邪霊か、あるいは神主自身の潜在意識の産物か。
邪と判じれば祓う。正と判じて初めて託宣を請う。
この「まず疑い、次に問い、最後に受け入れる」という三段構えの手続き。これこそが、日本の降霊技法が到達したもっとも成熟した安全装置だったと評価する論者は少なくない。
現代のオカルト系ブログやスピリチュアル系の解説記事でも、審神者の重要性はしばしば強調される。
曰く、「降ろす技術より、降ろしたものを見極める技術のほうがはるかに難しい」。曰く、「審神者のいない神懸かりは、鍵の壊れた家の扉を開け放つのと同じである」。
こっくりさんやウィジャボードの伝承において「必ず帰す」ことが繰り返し警告される。これも突き詰めれば、審神者の不在を作法で埋め合わせようとする試みだと読むこともできるだろう。
浅野和三郎と心霊科学研究会
日本において西洋のスピリチュアリズムが「読み物」から「運動」へと転じるうえで、決定的な役割を果たしたとされる人物がいる。浅野和三郎だ。
一般に伝えられる経歴によれば、彼は明治七年に生まれた。東京帝国大学で英文学を修め、海軍機関学校の教官として英語を教えるかたわら、翻訳や創作でも知られた文人であった。
転機は大正四年、三男が原因不明の病に倒れたことだったという。
これをきっかけに彼は霊的世界への関心を深めた。翌年には教職を辞して、当時急速に勢力を伸ばしていた新宗教教団に身を投じたと記録されている。
その教団では、先に述べた本田流の鎮魂帰神法が実践されていた。浅野はここで審神者の役割を担い、大量の神懸かり事例に立ち会ったとされる。
だが大正十年、教団が官憲の弾圧を受けた第一次の事件を経て、彼は教団を離れる。
そして大正十二年、独立した研究組織として心霊科学研究会を旗揚げした。
ここから彼の後半生は、いくつかの活動に注がれていく。欧米の心霊研究文献の翻訳と紹介。実験的な交霊会の主催、機関誌の刊行、全国での講演。
昭和三年にはロンドンで開かれた国際的な会議に出席し、日本における心霊主義の状況を英語で講演したと伝えられている。
彼の名を広く知らしめた霊界通信の記録もある。夫人を霊媒とする形で得られたとされる長篇で、戦前戦後を通じて版を重ねた。
この浅野の系譜は、戦後に設立された心霊研究の公益団体へと引き継がれた。現在も学術的な体裁を保った研究活動が続けられていると各団体の沿革資料は説明している。
これと並行して語られるのが、福来友吉の後半生だ。東京帝国大学の心理学者として千里眼事件に深く関わった人物である。
彼は透視と念写の実在を主張して学界から退けられた。その後、独自に念写研究を継続し、地方の大学で教壇に立ちながら生涯を終えたと伝えられる。
彼を「学問的殉教者」と見るか「反証可能性を欠いた研究の典型」と見るかは今日も評価が分かれる。断定的に語ることは避けるべきだろう。
ただ、少なくとも一つ確認しておいてよいことがある。日本の心霊研究史が「熱心な推進者」と「厳格な批判者」の双方を欠いたまま推移したことは一度もない、ということだ。
心霊研究協会、降霊術を疑うための学会
英国で明治十五年にあたる一八八二年に設立された組織がある。心霊研究協会(SPR)だ。
降霊術ブームの絶頂期に「これを科学の手続きで検証する」という一点を目的に生まれた組織である。
設立の経緯としては、前年にジャーナリストと物理学者の会談から構想が生まれ、翌年に哲学者を初代会長として正式に発足したと沿革資料は記す。
設立時から著名な学者や文人が名を連ね、化学者や心理学者も参加した。
研究対象は多岐にわたる。催眠、解離、思念伝達、霊媒現象、幽霊目撃、交霊会の物理現象。「テレパシー」という語はこの協会の周辺で造語されたと説明されている。
注目したいのは、SPRが単に肯定も否定もせず、方法論そのものを鍛えた点だ。
一八八〇年代後半には、会員が「石板書記」と呼ばれる交霊技法の仕掛けを解明した。そしてあえて偽の交霊会を段階的に演出してみせたうえで手口を公開するという、今日でいう教育的デモンストレーションを行っている。
心霊写真についても、詐術的な二重露光の手法が体系的に批判された。
統計的手法を導入した先駆的な仕事も残している。一八八六年に刊行された生者の幻影に関する大部の報告書。一八九四年に一万七千人規模で実施された幻覚の全国調査だ。
同時にSPRの歴史は、検証する側の限界も示している。
ある調査員がインドに派遣されて行った著名な神秘家への調査があった。当時これは「詐術」と結論づけられた。
ところが約一世紀後に筆跡鑑定の専門家が再検討し、「詐術との断定は証明されていない」と留保を付したのだ。
降霊術をめぐる判定は、肯定側だけでなく否定側においてもしばしば覆される。ここに、この分野の議論が百七十年以上決着しない構造的な理由がある。
ユタとカミダーリ、南島の口寄せ
東北のイタコと並んで語られるべき系譜がある。沖縄県および鹿児島県奄美群島の民間宗教者「ユタ」だ。
民俗学の記述によれば、ユタは死霊の憑依によってトランス状態に入り、託宣を述べる職能者である。
その中核的な機能は「ハンジ(判示)」と呼ばれる吉凶判断にある。
相談内容は生活のほぼ全域に及ぶ。年頭の運勢。医学で治らない病の原因、家庭内の不和、夢の解釈、商売の不振、失せ物、婚姻の相性、先祖供養。そして位牌継承の判断まで。
沖縄には「医者半分、ユタ半分」という諺がある。複数のユタを渡り歩いて判断を求める「ユタ買い」という慣行も知られている。
ユタになる過程は、当人の意思では選べないとされる。この点でイタコの修行制度と大きく異なる。
ある時期から「カミダーリ」と呼ばれる状態に襲われる。原因不明の病や幻覚、常軌を逸した行動を伴う状態だ。それが神からの「お知らせ」であると解釈される。
これを拒めば苦しみは増すとされる。最終的に先輩ユタのもとで学ぶ「ナライユタ」の段階を経て、評判が立つことで「道あけ」、つまり独り立ちに至る。
カミダーリに陥ったまま道あけできない人も一定数存在すると報告されている。近年の看護学や精神保健分野の論文では、この現象と精神疾患との鑑別、および地域文化の中での受け止め方が慎重に議論されている。
ユタは、公的祭祀を司る「ノロ(祝女)」とは職掌がはっきり分かれる。
ノロが聖域での共同体祭祀を担い死の穢れを避けるのに対し、ユタは私的領域で死者儀礼と死霊供養に密着する。
両者は本来相容れないとされながら、沖縄民間信仰を支える両輪として機能してきた。
歴史的には、繰り返し取り締まりの対象になってきた。琉球王国期の政治家による禁令。明治期の自治体による禁止令、大正期の「ユタ征伐」運動、戦時体制下の弾圧。
現在も不安を煽って金銭を得る行為が問題化することがある。公的機関や消費者相談の窓口が注意喚起を行っている点は、降霊術を扱ううえで避けて通れない現実的な論点だ。
ホームサークルの規約
十九世紀の英米で家庭内の交霊会、いわゆるホームサークルが広く行われた。その際に定められたとされる「霊のサークルのための規則」が繰り返し引用されてきた。
著名な霊媒兼著述家が定めたとされるものだ。今日、海外のスピリチュアリスト団体の手引きにもほぼ同内容が受け継がれている。
人数は最少三名、最多十二名、最適は八名とされる。
参加者は「陽性の気質」と「陰性の気質」が交互になるように配置する。可能であれば男女が交互に座るのがよいとされた。
病弱な者、極端に懐疑的で場を乱す者、あるいは冗談半分の者は座に加えない。遅刻者は途中入場させない。
照明は強い光を避け、柔らかい薄明かりにする。後年、赤色の灯りが好まれたのは理由がある。暗順応を保ちつつ最低限の相互監視を可能にするためだと説明されることが多い。
部屋は換気を保ち、過度に暖めない。
時間は最短で一時間、最長で二時間を目安とする。同じ顔ぶれで少なくとも六回は継続する。ただし十二か月を超えて同一メンバーで続けることは推奨されない。
開始は祈りか斉唱で行う。会話は穏やかで目的に沿ったものに限る。議論や断定的な発言、途中の出入り、無関係な雑談は避ける。記録係を置き、筆記具と紙を必ず用意する。
手のつなぎ方については流派差が大きい。
円卓の縁に指先だけを軽く触れる方式。相互監視の意味を兼ねる。
隣席と小指だけを触れ合わせる方式。
両手を完全に握り合って「磁気の鎖」を閉じる方式。
この三種が代表的だ。いずれの方式でも共通するのは、「輪を途中で切らない」という一点である。
席を立つ必要が生じた場合は、隣同士が手をつなぎ直して輪を閉じてから離れる。そういう手順が定められている。
座を立てる前の浄化と結界
日本の伝承的な作法において、降霊の座を立てる前に必ず語られるのが「清め」と「結界」だ。
以下は、複数のブログ、神社の授与品の説明、民間伝承の記述に共通して見られる手順を、一般的な形にまとめたものである。
用意するものを挙げよう。
粗塩を約四〇〇グラム用意する。精製塩ではなく海塩が望ましいとされる。白い小皿四枚と、清水を入れた器を一つ。
白木の箸または榊の小枝を一本。白い布一枚、線香または白檀の香一本、蝋燭一本、そして筆記具と紙も要る。
日没後から深夜零時前までが望ましいとされる。逢魔が時、つまり黄昏を選ぶ流派もある。新月または満月の夜を選ぶという説も広く流布している。
部屋の四隅を結界の起点とし、北東から時計回りに進める。北東は俗に鬼門と呼ばれる方位だ。
人数は準備そのものは一人でよい。ただし座を立てる際は三名以上を推奨する伝承が多い。
塩を盛る動作、水を注ぐ動作、言葉を唱える動作。いずれも三回を基本とする。
清めの言葉としては、神道の祓詞(はらえことば)が最も広く用いられる。全文はこうだ。
掛けまくも畏き伊邪那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等。
諸々の禍事罪穢、有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を、聞こし召せと、恐み恐みも白す。
現代語に訳せばこうなる。口にするのも畏れ多い伊邪那岐大神が、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において禊ぎ祓いをなさったときにお生まれになった祓戸の大神たちよ。
もろもろの災いや罪や穢れがあるならば、それを祓い清めてくださいと申し上げる、この言葉をお聞き届けくださいと、畏れ多くも申し上げます。
カタカナで音を写すなら次のようになる。
カケマクモカシコキ、イザナギノオオカミ、と読む。ツクシノヒムカノタチバナノオドノアワギハラニ、ミソギハラエタマイシトキニ、ナリマセルハラエドノオオカミタチ、と続く。
モロモロノマガゴトツミケガレ、アラムヲバ、ハラエタマイキヨメタマエトマオスコトヲ、キコシメセト、カシコミカシコミモマオス。
より簡略な形もある。「祓ひ給へ、清め給へ、守り給へ、幸へ給へ」を三回繰り返す方式だ。
読みは、ハラエタマエ、キヨメタマエ、マモリタマエ、サキワエタマエ。
意味は「祓ってください、清めてください、守ってください、幸いをお与えください」である。いずれも攻撃的な要素をまったく含まない、防御と浄化の言葉である点が特徴だ。
動作の流れを追う。
まず部屋の窓を一度すべて開け、外気を通す。白い布で机上を拭き清める。
小皿に粗塩を盛り、部屋の四隅に、北東から時計回りに置いていく。
次に清水の器を中央に据える。榊の小枝または白木の箸の先を水に浸し、左、右、左の順に三度、軽く振って空間に散らす。
蝋燭に火を灯し、線香または香を焚く。そのうえで祓詞を三回唱える。
最後に「この座は静かに行い、静かに閉じます」と平明な言葉で宣言する。ここまでが準備であり、招請の言葉はこのあとに続く。
準備段階で異変があった場合の対応も定められている。
蝋燭の火が理由なく消えた。線香が途中で折れた。参加者の一人が強い体調不良を訴えたのだ。こうした場合には、その日は座を立てないのが作法とされる。
中断する際は声に出して述べる。「本日はここまでといたします。お騒がせいたしました。どうぞ元の処へお還りください」。そして塩を片付け、窓を開けて空気を入れ替える。
後始末についても述べておこう。
使用した塩は、翌朝までに白い紙に包み、可燃ごみとして処分するのが現代の一般的な作法だ。
台所の流しに流す、庭に撒くという方法も語られる。ただし環境や近隣への配慮から、紙に包んで処分する形が推奨されることが多い。
水は流しに流してよい。蝋燭の残りと線香の灰は完全に冷ましてから廃棄する。白い布は洗濯するか、儀式専用として畳んで保管する。
記録した紙は、内容が穏当なものであれば保管してよい。不穏な内容が記された場合は感謝の言葉を添えて細かく破いて処分する。これが多くの伝承に共通する指示だ。
招請と送りの言葉
招請と送りの言葉は、洋の東西を問わず要件が共通してきた。「短く、明確で、条件付きであること」だ。
無条件に「誰でもよいから来てほしい」と呼びかけること。これはどの伝承でも一貫して戒められている。
日本式の招請の穏当な一般形を挙げておこう。
「本日この座を設けましたのは、静かにお話をうかがうためでございます。もしこの場においでくださる御方があり、私どもに害をなす意思のない御方であれば、どうぞ静かにお越しください。害をなす意思のある者は、この座に入ることを許しません」
これを三回、ゆっくりと述べる。読み上げの際は句読点ごとに一呼吸置くのが作法とされる。
日本式の送りはこうだ。
「本日はお越しいただき、ありがとうございました。これにてこの座を閉じます。どうぞ元の処へお還りください。この家に留まることは、これを許しません」
同じく三回。最後に一同で軽く礼をする。
蝋燭は吹き消すのではなく、火消しの器具か、指を湿らせてつまむようにして消すとされる伝承が多い。息を吹きかけて消すのは無礼とみなす流派があるらしい。
西洋式の開式の言葉も挙げておこう。
原文の前半は、If there be any spirit present who wishes to communicate in peace and goodwill、となる。
後半は、we ask that you make yourself known、と続く。
読み下せばこうだ。もしこの場に、平和と善意をもって語りたいと願う霊がいるならば、どうかその存在を示してください。
カタカナで音を写すなら、イフ ゼア ビー エニィ スピリット プレゼント、と始まる。
続けて、フー ウィッシズ トゥ コミュニケイト イン ピース アンド グッドウィル、と読む。
最後が、ウィ アスク ザット ユー メイク ユアセルフ ノウン、となる。
西洋式の閉式の言葉はこうなる。
原文は、We thank you for your presence、と始まる。
次が、This circle is now closed、と続く。
最後は、Go in peace, and return to where you belong、で閉じる。
読み下すと、お越しくださったことに感謝します。この輪はこれをもって閉じます。安らかに、あなたが本来いるべき場所へお還りください。
カタカナでは、ウィ サンク ユー フォー ユア プレゼンス。ジス サークル イズ ナウ クロウズド、ゴウ イン ピース、アンド リターン トゥ ウェア ユー ビロング。
ウィジャボードを用いた場合は、この閉式の言葉を述べながら駒を「GOODBYE」の文字の上へ導く。そこで一同が同時に指を離す。
こっくりさんであれば硬貨を鳥居へ。筆仙であれば鉛筆を中央の丸へ戻す。そこで初めて指を離す。
構造はまったく同じだ。「開けた通路を、開けたときと逆の順序で閉じる」という原則がすべての流派を貫いている。
水晶凝視という古典技法
スクライングは、光を反射する面をじっと見つめることで映像を得るとされる古典的技法だ。水晶球、黒鏡、水面、磨いた金属などを用いる。
解説記事によれば、十六世紀のヨーロッパで宝の在処を占う用途から広まり、十七世紀の英国で流行した。
日本でも古代の史書に玉を用いた占いの記述があるとされる。東西を問わず古い層に属する技法と位置づけられている。
用意するものは、直径十センチ前後の水晶球。あるいは黒く塗って乾かした平滑な鏡、いわゆる黒鏡だ。そして台座、黒い布、蝋燭一本。
夜間、静かな室内で行う。人数は一名が基本で、観察者を一名同席させる場合もある。一回のセッションは十分から十五分を上限とし、連続して繰り返さない。
動作の流れはこうだ。
黒い布を敷き、その上に球または鏡を置く。蝋燭は球の正面ではなく斜め後方に置く。反射光が直接目に入らないようにするためだ。
まず両手で球を五分ほど包んで温め、深呼吸を数回行う。次に両手で覆う動作と離す動作を三分ほど繰り返す。
その後、球の表面ではなく「奥」を見るつもりで、焦点を意図的にぼかしたまま静かに見つめ続ける。
伝承では、やがて表面が白く曇り、その曇りの中に映像が現れるとされる。何も現れなくても失敗ではなく、繰り返しの練習が必要だと解説記事は一致して述べている。
唱える言葉は、「今、私が知るべきことを、この鏡に映してください」を三回。読みは、イマ、ワタシガシルベキコトヲ、コノカガミニウツシテクダサイ。
終了時は「ありがとうございました。これで終わります」と述べ、必ず布を球にかぶせる。
中断すべき場合も定めておこう。目の痛み、頭痛、強い眩暈、現実感の希薄化を感じたら即座に中止する。
布をかけ、部屋の照明を明るくし、水を一杯飲み、足の裏を床にしっかり付けて立つ。いわゆるグラウンディングだ。
これは霊的な意味というより、きわめて実際的な対処である。長時間の凝視と暗所での感覚遮断が生理的に幻視を誘発しやすいことへの対処だ。
球や鏡は柔らかい布で拭き、黒い布に包んで暗所に保管する。
塩水に浸ける方法は推奨されない。水晶の種類や鏡の塗膜を傷めることがあるからだ。
使わなくなった黒鏡は、塗膜を落として通常の鏡として処分する。あるいは割れないよう新聞紙に包んで自治体の区分に従って廃棄する。
質問法と、中断のプロトコル
先に述べた審神者の技術は、現代の座においても応用可能な形に読み替えられている。「安全確認の手順」としてだ。
オカルト系の考察記事や実践者のブログに共通して見られる質問法を整理すると、およそ次のような段階を踏む。
第一段階は「同定」だ。「あなたはどなたですか」「お名前を教えてください」「どこから来られましたか」と問う。
ここで大事とされるのは、こちらから名前を提示して「何々さんですか」と誘導しないことである。
誘導尋問は問題を生む。後述する期待効果と不覚筋動によって、事実上こちらの想像した答えを自分で書かせてしまう。
第二段階は「一貫性の確認」だ。同じ質問を、言い方を変え、間隔を空けて二度三度と繰り返す。
答えが揺れる場合、伝承的には「騙る者」とされる。ただし懐疑的に見れば、参加者の記憶と注意の揺らぎがそのまま出ているにすぎない。
いずれの解釈を採るにせよ、一貫性を欠く応答が出た時点で座を閉じるのが安全側の判断とされる。
第三段階は「意図の確認」である。「私たちに害をなす意思がありますか」「この場を離れることに同意しますか」と問う。
ここで否定的な応答が出た、あるいは応答が乱れた場合には、議論も交渉も行わない。ただちに送りの言葉に移る。
座の途中で中止すべき兆候として、伝承と実践記録の双方で共通して示されるのは次の五つだ。
第一に、参加者の誰かが身体反応を示した。過呼吸、失神、震え、涙が止まらないなど。
第二に、応答が攻撃的や侮辱的な内容になった。
第三に、同じ文字や数字を執拗に繰り返し始めた。
第四に、参加者の一人が「もうやめたい」と明言したのだ。
第五に、室内で説明のつかない物音や臭気が続き、参加者の恐怖が閾値を超えた。
このいずれかが起きた場合の手順は、どの流派でもほぼ同一である。
まず全員が指を離さないまま、進行役が「これよりこの座を閉じます」と宣言する。
次に送りの言葉を三回述べ、駒や硬貨や鉛筆を定位置へ導く。GOODBYE、鳥居、中央の丸だ。
定位置に戻ったことを全員が目視で確認してから、同時に指を離す。
全員で立ち上がり、照明をすべて点け、窓を開け、塩を手に取って肩から軽く払う。参加者は各自、手を洗い、水か白湯を一杯飲む。その日はその場所で再度座を立てない。
なお、駒や硬貨が定位置に戻らない場合の対処もある。
伝承では「無理に押し戻してはならず、言葉を尽くして待つ」とされる。一方、実践記録では現実的な処置が広く共有されている。「五分待って動かなければ、全員で同時に指を離し、その後ただちに紙を細断する」というものだ。
これは民俗的な作法というより、経験則から生まれた手順だと考えられる。恐怖でこわばった参加者を長時間その姿勢に留め置くこと自体が危険である、という経験則だ。
素材別の処分の実務
道具の処分は、伝承において儀式そのものと同等に重視される。素材別に整理しておこう。
紙。こっくりさんの盤面、自動書記の記録、筆仙の用紙などだ。
伝承ではその場での焼却が正式とされる。ただし現代の住宅環境では屋内での焼却は火災の危険が高く、多くの自治体で野外焼却も制限されている。
したがって実務上は、細かく手で破り、他のごみと混ぜず、白い紙か封筒に包んで可燃ごみとして出す形が推奨される。
どうしても焼却を望む場合は、神社の古札納所やお焚き上げの受付に相談する方法がある。ただし対応は社寺によって異なるため、事前の問い合わせが必要だ。
硬貨。使用した十円玉は、伝承では扱いが分かれる。「使い続けてよい」とする説と「流通に戻さず保管または処分」とする説の両方がある。
実務的には、水で洗って通常どおり使う形が一般的だ。硬貨の損壊は法令上の問題を生じうるため、折る、削るといった処置は行わない。
鉛筆やペン。筆仙の伝承では真っ二つに折って処分するとされる。
自動書記に用いた筆記具は、内容が穏当であれば継続使用してよい。不穏だった場合は処分するという指示が多い。いずれも通常のごみとして処分できる。
盤。ウィジャボードやペンデュラムマットだ。
市販品の場合、伝承では「割って処分する」「他人に譲らない」とされることが多い。
実務上は、木製であれば自治体の粗大ごみや可燃ごみ区分に従う。紙製や布製であれば通常の分別で処分する。中古品として転売することを戒める言い伝えは根強い。
塩、水、香。塩は白紙に包んで可燃ごみへ。水は流しへ。香の灰は完全に冷ましてから処分する。
灰を保管し続けるのは、防湿と防カビの観点からも勧められない。
ぬいぐるみや人形を用いた儀式の場合。伝承では塩水に浸けて焼却するとされる。
ただし現代では、人形供養を受け付ける社寺や専門業者に依頼するのが現実的だろう。自宅での焼却は行わない。
語り継がれてきた「してはならない」
各流派の伝承を横断すると、禁忌はおおむね次のように集約される。
第一に、一人で行わない。スクライングや自動書記のような単独技法を除く。単独技法であっても、近くに誰かがいる時間帯に行うことが勧められる。
第二に、未成年だけで行わない。
第三に、飲酒や薬物の影響下で行わない。
第四に、面白半分、あるいは相手を怖がらせる目的で行わない。
第五に、特定の実在の故人を名指しで呼び出そうとしない。伝承上は「縁のない者が応じる」ため危険とされる。実際的にも、遺族の悲嘆に土足で踏み込む行為となりうる。
第六に、他人に害をなす目的で行わない。これは伝承の中でも最も強く戒められている禁忌だ。この記事もこの立場を明確に取る。攻撃を目的とした呪法や呪符の類は、たとえ民俗資料として存在していてもここでは扱わない。
第七に、誘導尋問をしない。
第八に、同じ日に二度行わない。
第九に、儀式の途中で笑わない、茶化さない。
第十に、終わらせ方を省略しない。
第十一に、長時間の断食、徹夜、水行など、身体に負荷をかける「行」を模倣しない。伝統的な修行体系は長年の指導と段階的な訓練を前提としている。独学での模倣は脱水、低血糖、低体温症などの実害を招く。
第十二に、物理的に危険な場所や他人の管理地では行わない。墓地、廃墟、立入禁止区域、水辺、高所などだ。転落、不法侵入、器物損壊といった現実の事故と法的問題が生じる。
匿名化した体験談
以下は、実際の見聞をもとに個人が特定されない範囲まで抽象化して整理したものである。
一件目。関東在住、三十代男性。
大学の同好会で、深夜にホームサークル形式の交霊会を試したという。
「先輩が海外の手引きを訳してきて、人数は八人、照明は赤い電球、手は小指だけ触れ合わせる、時間は一時間まで、と細かく決めてやりました」
「三十分ほどしてテーブルが小刻みに揺れ始めて、全員が自分は動かしていないと言い張るわけです」
「あとで考えると、八人が一時間近く同じ姿勢で緊張していれば、誰かの震えが全体に伝わるのは当たり前なんですが、その場では本気で怖かった」
「終わったあと、決めていたとおり閉式の言葉を全員で読み上げて、電気を全部点けて解散しましたのだ。作法を決めておいてよかったと今でも思います」
二件目。東北地方在住、四十代女性。
祖母から審神者の話を聞いて育ったという。
「うちの家系では、誰かが『何かが降りてきた』と言い出したら、必ず年長者が『名を名乗れ』『何しに来た』と問い詰める決まりでした」
「子どもの頃はただ怖い儀式だと思っていたけれど、大人になってから見方が変わりました」
「あれは要するに、思い込みが暴走しないように周りが必ず確認を入れる、という知恵だったんですね」
「実際、祖母は問い詰めているうちに本人が我に返って、やっぱり気のせいだったと言い出すことのほうが多かったそうです」
三件目。中部地方在住、二十代女性。
黒鏡を自作してスクライングを試したという。
「ネットの手順を見て、額縁のガラスを黒く塗って作りました」
「最初の二回は何も見えません。三回目に十五分くらい見つめ続けたら、鏡の中がぼんやり白く曇って、その中に人の輪郭のようなものが動いた気がしました」
「ただ、そのあと猛烈に頭が痛くなって、目の焦点がしばらく戻らなかった」
「あとで調べたら、暗いところで一点を長く見つめると誰でも視野が歪んだり像が消えたりする現象があると知って、たぶんそれだろうと思っています。今は十分で必ず切り上げるようにしています」
四件目。近畿地方在住、五十代男性。
若い頃、友人と交霊の真似事をして終わらせ方を忘れたことがあるという。
「面白半分で始めて、途中で怖くなって全員バラバラに逃げ出したんです。そのあと一週間くらい、家で物音がするような気がして眠れませんでした」
「今になって思えば、単に自分が過敏になっていただけだと思います」
「ただ、あのとき終わりの挨拶をするという一手間を踏んでいれば、あの一週間はなかったはずです」
「作法というのは霊のためではなく、やった本人の心を閉じるためにあるんだろうと納得しています」
五件目。九州地方在住、三十代女性。
家族の死をきっかけに自動書記を試したという。
「亡くなった身内と話したくて、毎晩ノートを開いていました」
「最初は何も書けなかったのに、二週間ほどで文章が出るようになります。内容も心配しなくていいというような優しいものばかりでした」
「ただ、だんだんノートを開かないと不安になって、日常生活のことまでノートに聞くようになってしまった」
「友人に相談して、専門の相談窓口とグリーフケアの集まりを教えてもらって、そちらに切り替えましたのだ。今は月に一度だけ、手紙を書くつもりで開いています」
現象を説明する五つの枠組み
降霊術の現象については、少なくとも五つの説明枠組みが十九世紀以来くり返し示されてきた。
第一に、不覚筋動、いわゆるイデオモーター効果だ。
一八五〇年代、テーブルターニングが欧州を席巻した際、フランスの化学者が指摘した。「無意識で不随意の筋肉反応」が卓を動かしている、と。
そして英国の物理学者が決定的な実験装置を考案した。
二枚の板をガラスの小さなローラーで挟み、上板だけが動けるようにした装置だ。ここに指を乗せると、上板は常に「霊が動かす」とされる方向より先に動いていた。
つまり指が卓を押していたのであって、卓が指を引いていたのではない。
同時期、英国の生理学者らはさらに示した。「この現象は参加者の期待に依存し、適切な示唆を与えれば完全に停止させられる」ということだ。
日本では明治期に、哲学者がこっくりさんを二語で説明している。後に東洋大学の創立者となる人物だ。「予期意向」と「不覚筋動」である。
すなわち、心の中に先回りして答えを予想する働き、これが予期意向。その予想どおりに無意識に筋肉が動く働き、これが不覚筋動。この二つが結合するというモデルだ。
これは今日の理解とほぼ一致している。後年のテレビ番組の実験でも確認された。被験者の視線が硬貨の到達点より先に該当文字を捉えていたのだ。
第二に、期待効果と暗示がある。
参加者が「動く」と信じている座では動く。信じていない参加者だけの座では動きにくい。この非対称は繰り返し報告されている。
進行役の声の抑揚、間の取り方。「今、何か感じませんか」という問いかけそのものが、参加者の知覚を方向づける。
明治期の妖怪学の実験でも記録されている。感受性が高く信じやすい人ほど道具が動きやすかった、と。
第三に、集団暗示と社会的伝染だ。
一九七〇年代の流行期には、こっくりさんを行った児童生徒の間で過呼吸や失神が集団的に発生した事例が報告された。
当時これは「集団催眠」「暗示による身体反応」として説明が試みられた。今日の言葉で言えば、集団心因性反応に近い。閉鎖空間、高い情動、強い相互注視という条件下で起こるものだ。
恐怖が伝染し、一人の身体症状が引き金になって連鎖する。この構造は、降霊術に限らず広く知られている。
第四に、コールドリーディングがある。
相手の年齢、服装、語調、反応から情報を推し量る話術だ。誰にでも当てはまる一般的な記述を提示し、相手の頷きや表情の変化を手がかりに軌道修正していく。
「最近、身近な人のことで悩んでいませんか」「胸のあたりに苦しさを訴えている方がおられます」。こうした言明は、対象が広く、外れても訂正が容易である。
これは必ずしも意図的な詐術とは限らない。施術者自身が自分の推測を「降りてきた言葉」と誠実に信じているケースも多いと指摘されている。
第五に、暗所と感覚遮断による知覚の変容だ。
人間の視覚は、一定の弱光下で一点を凝視し続けると変化する。周辺視野が消失したり、静止した像が動いて見えたり、輪郭が歪んだりする。
無響に近い静けさの中では、耳鳴りや自分の心音、血流音が「外部の物音」として知覚される。
長時間の暗所滞在では、健康な人でも幻視や幻聴が生じうることが実験的に確認されている。
交霊会が「暗く、静かで、動かず、長時間」という条件を揃えているのは、伝承的には霊が現れやすい条件とされてきた。だが生理学的には、まさしく知覚の誤りが生じやすい条件でもある。
告白と、その撤回
これらに加え、歴史的な事実として押さえておくべきことがある。近代スピリチュアリズムの発端そのものが、当事者によって否認された経緯だ。
一八四八年の事件で名を成した姉妹のうちの一人が、四十年後に公開の告白を行った。一八八八年、ニューヨークの大ホールでのことだ。
あのラップ音は足指の関節を鳴らして作った音であったと述べ、実演までしてみせたと記録されている。妹も客席から同意したとされる。
ただしこの告白は後に撤回された。告白の背景に困窮と収入源の喪失という事情があったことも同時に伝えられている。
撤回があったから告白は無効だ、とも言えない。告白があったから現象はすべて偽物だ、とも断ずることはできない。
この宙吊りの状態こそが、降霊術という主題の本質的な性格である。
前述の心霊研究協会もまた、暴露と再検証を繰り返しながら、肯定と否定の間で今日まで揺れ続けている。
安全のための明確な但し書き
最後に、この記事全体に共通する立場を明記しておく。
第一に、この記事は歴史と民俗と都市伝説の資料的記録であり、儀式の実行を推奨するものではない。
第二に、これらの実践を勧めない人がいる。
精神的に不安定な状態にある方は避けてほしい。強い不安、抑うつ、不眠、現実感の喪失を経験している方、幻覚や幻聴の既往がある方も同じだ。また死別からまもなく強い悲嘆の渦中にある方も控えたほうがいい。
暗所での長時間の凝視、感覚遮断、集団での高い情動状態。これらはそうした状態を悪化させる可能性がある。
第三に、未成年だけでの実施は勧めない。集団心因性反応が現に報告されている領域だ。成人の同席と、いつでも中止できる合意が必要である。
第四に、これらの実践は医療や心理療法や専門的な相談の代替にはならない。
心身の不調、強い悲嘆、依存的な状態を感じた場合は相談してほしい。医療機関、公的な精神保健の窓口、自治体の相談窓口、グリーフケアの専門機関がある。
第五に、飲酒や薬物の影響下、長時間の断食や徹夜といった身体に負荷をかける状態での実施は、いかなる伝承が語っていても行うべきではない。
第六に、物理的に危険な場所や他人の管理地での実施は、事故と法的トラブルを招く。墓地、廃墟、立入禁止区域、水辺、高所などだ。
第七に、他者に害を与える目的での儀式は、その効果の有無にかかわらず行ってはならない。この記事が浄化と防御と鎮魂の観点に限って記述しているのは、この一点を明確にするためである。
第八に、金銭の問題がある。不安につけ込んで高額な祈祷料や物品購入を求める行為については、消費生活センター等の公的な相談窓口が繰り返し注意喚起を行っている。
判断に迷う場合は、儀式の内側ではなく、そうした外部の窓口に相談することを強く勧めたい。消費者ホットラインは一八八、警察相談専用電話は九一一〇番だ。
開いたら必ず閉じよ
フォックス姉妹のラップ音から始まった近代スピリチュアリズムの熱狂。東北の荒野に息づくイタコの口寄せ。そして放課後の教室でひそかに囁かれ続けたこっくりさんの呪文。
形式も舞台もまるで異なるこれらの営みは、すべて同じ場所から生まれた。「死者ともう一度言葉を交わしたい」という、人間にとって最も根源的な願いからだ。
科学がどれほど発達しても、この願いが完全に消え去ることはないだろう。だからこそ降霊術は、時に禁忌として恐れられ、時に慰めとして求められながら、今なお新しい体験談と伝承を生み続けている。
降霊術の作法が、洋の東西を問わず一様に「開いたら必ず閉じよ」と説き続けてきた。その理由は、おそらく霊のためではない。
開きっぱなしにされた心を、もう一度日常の側へ引き戻すための手続きだったのだろう。
その意味において、この長大な作法の集積は、恐怖を管理するための人類の技術史として読むこともできるのである。
