- 夜の寝所に抜き身を置いた昔の記録
- 葬儀社との打ち合わせで守り刀の有無と材質を決める
- 安置が済んだら胸元へ柄を顔、切っ先を足に向けて置く
- 枕元へ横たえる置き方と土地ごとの違い
- 真宗の家は置かず、神葬祭では枕元へ据える
- 通夜のあいだ刀の向きと家の動物を見張る
- 納棺で棺の上へ移し、炉の前で外す
- 向きを間違えたり刀を落としたりしたときの直し方
- 借りた刀は返し、手元に残った刀は分けて始末する
- 守り刀で避けること
- 生まれた子の枕元に桐箱ごと据える
- 花嫁は懐剣を帯の左へ挿し、末広を横に添える
- 寝室に枕刀を置くなら袋に納めて横に寝かせる
- 家の刀は柄を左にして刀掛けへ掛ける
- 神棚とは分けて祀り、略拝詞と祓詞を唱える
- 数か月に一度、晴れた日に打粉と丁子油で手入れする
- 正月の餅を下げる日を年一度の点検日にする
- 手放すときは奉納か刀剣店へ、登録証と一緒に送り出す
夜の寝所に抜き身を置いた昔の記録
源氏物語の夕顔の巻に、荒れた院で灯が消えた夜の場面がある。光源氏は「太刀を引き抜きて、うち置きたまひて」、それから右近を起こした。人を呼ぶより先に刃を身のそばへ置いたわけだ。大鏡でも、藤原忠平が紫宸殿の暗がりで鬼に鞘の先をつかまれ、太刀を抜くと鬼は丑寅の隅へ逃げたと書かれていた。
身を守るために身近に置く短刀を守り刀、寝るとき枕元に置く刀を枕刀と呼ぶ。刀剣博物館の解説は、枕刀の習いが武家の時代から続いていたと紹介していた。皇族の子の枕元に供える短刀、花嫁の帯の懐剣、亡くなった人の胸の守り刀。どれも刃物を境目に据えて、外から入るものを止める小さな結界の形をとる。
民俗の報告を見ると、刃物の相手ははっきりしている。昭和十四年の長野県の報告では、猫が死者の上を通らないよう、亡くなった人の夜具の上に鎌を乗せていた。山梨県ではこの刃物をマモノヨケ、ネコヨケと呼び、猫が死体をまたぐと死者が起き上がると言われていた。ここから先は、場面ごとの置き方と片づけ方の話になる。
葬儀社との打ち合わせで守り刀の有無と材質を決める
守り刀は、ふつう葬儀社が枕飾りの一式として用意する。中身は刃の無い模造の短刀か木刀で、白木の柄と鞘に鍔の無い形が多い。木製の品には刀袋がかぶせてあった。自分で探す必要はほぼ無い。
打ち合わせで聞くのは三つだけ。守り刀が一式に入っているか、貸し出しか買い取りか、材質は木か金属か。この三つで火葬場での扱いがまるで変わる。木製なら棺に納めて一緒に火葬でき、金属やガラスは燃え残って炉の故障や収骨の妨げになるので棺には入れない。
自分で買うなら、木製は三千円ほど、金属製は一万から一万五千円ほどが相場だと終活の案内サイトは書いていた。通販には千円前後の品もあるらしい。短刀を置いていない家なら、はさみやかみそりで代わりにする手もあると葬儀社のコラムは勧めていた。浄土真宗の家は、そもそも用意しない。
守り刀を使うのは、遺体を安置してから棺を閉じるまでのあいだだけだと終活の案内サイトは書いていた。葬儀が済んだあとまで家に飾っておく品ではない。ここを最初に分かっておくと、借りるか買うかも決めやすい。
安置が済んだら胸元へ柄を顔、切っ先を足に向けて置く
置く時期は、体を拭き清めて着替えを済ませ、布団に北枕で寝かせたあと。枕飾りを整える段で、なるべく早く据える。顔に白い布をかけ、掛け布団をまっすぐ整えてから刀を持つ。守り刀は掛け布団の上に乗せるので、布団のしわを伸ばしておくと転がらない。
胸の上に置くときは、掛け布団の上から胸元に乗せる。柄を顔の側に、切っ先を足元に向けるのが基本だ。刃先を顔や喉へ向けてはいけない。ここは譲れない。喉元に刃を突きつける形になるからで、確かめたどの葬儀社の案内も、ここだけは口をそろえて同じことを書いていた。
刀袋に入っていれば、袋のまま置く。家伝の短刀を使うなら鞘から抜かず、鞘に納めて刀袋に入れた状態で、ほかの守り刀と同じ向きに乗せる。持つのはいつも柄の側。刃の側や切っ先には手をかけない。胸元か腹の上か、細かな位置に決まりは無いと説明する葬儀社もあった。
枕元へ横たえる置き方と土地ごとの違い
枕元に置く家もある。武家風の置き方。その場合は、線香や花、枕飯を並べた枕飾りの台と平行になるよう横たえる。台の上でも、台の手前の床でもいい。線香や水を替えるたびに手や袖が当たらない位置を最初に選んでおくと、通夜から出棺まで途中で動かさずに済む。
置き方は全国でそろっていない。むしろばらばら。横浜の葬儀社は、棺の上や枕元に置くほか、鞘から少し刀身を出して盆に乗せる土地もあると紹介していた。愛媛では布団の上にカミソリや短刀を置いた。茨城では箒を、佐賀では箒やひしゃくを死者の布団や棺に乗せたという。
家にある刃物で代わりにするなら、刃を紙か布で包んでから乗せる。向きの決まりはそのまま守り、刃先は足元へ。屏風を立てる家は、上下を逆にした逆さ屏風にする土地が多い。岩手の報告には、屏風で死人を囲って猫を寄せつけないとあった。
土地の作法が分からないときは、菩提寺か葬儀社に聞けばすぐ決まる。親族の年長者が覚えていることも多いよね。聞いた作法が葬儀社の標準と違っても、刃先を顔へ向けない一点さえ守れば、あとはその土地に合わせて構わない。
真宗の家は置かず、神葬祭では枕元へ据える
浄土真宗では守り刀を使わない。亡くなるとすぐ阿弥陀如来の力で浄土へ生まれると説くので、道中の魔除けが要らないという理屈だ。真宗の家なら、打ち合わせの最初の段階で、葬儀社にも守り刀は要らないとはっきり伝えておく。ほかの仏式の宗派でも、土地によって使わない所がある。
仏式での説明は、中陰のあいだ故人の魂を守るため、というものが多い。神式の葬儀、つまり神葬祭でも守り刀は使う。高座神社の神葬祭の案内では、遺体に白の小袖を着せて北枕に寝かせ、枕元に守り刀を置くと書いていた。前には祭壇を設けて、米、酒、塩、水、故人の好物を供える。この段が枕直しの儀。
同じ案内によると、神葬祭では亡くなったことを神棚と祖霊舎に報告し、神棚の前に白い和紙を下げる。これを神棚封じと呼び、五十日祭で封じを解く。守り刀は神棚に上げる物ではない。遺体の枕元にだけ置き、神棚は白紙で閉じたままにしておく。
通夜のあいだ刀の向きと家の動物を見張る
通夜の晩は、線香の火と一緒に刀の位置も時々目で確かめる。布団がずれて刀が傾いていたら、柄を持ってそっと戻す。向きが逆になっていないかも見ておく。弔問客が枕元で手を合わせたあとは、袖が当たってずれやすい。
猫や犬を飼っている家は、通夜のあいだ遺体の部屋から出しておく。猫が死体をまたぐと起き上がる、猫の魂が入る、という話は長野、山梨、愛媛、佐賀と広い土地で聞き取られた。火車という魔物が葬列や棺から死体をさらっていくという話もあって、その正体を年を経た猫とする土地が多い。刃物の魔除けは、まさにこの場面のためのものだった。
葬儀会館へ移るときは、守り刀も故人と一緒に運ぶ。会館の安置室でも向きは同じで、柄が顔、切っ先が足。移した直後に一度、向きを見直しておくと安心だ。
通夜の晩に線香を絶やさない夜伽も、刃物や屏風と同じく、亡くなった人のまわりを朝まで守る番の一つだった。交代で起きている人を決めたら、その人に刀の向きも見てもらう。線香を替えるついでに柄の位置を目で追う。それだけで足りる。
納棺で棺の上へ移し、炉の前で外す
納棺では、守り刀を棺の蓋の上の胸元あたりへ移す。棺の中の胸の上に置く家や、死装束に差し込む家もある。蓋の上に置くときも、柄を頭の側、切っ先を足の側にそろえる。向きは最後まで同じ。愛媛には棺の上に髪剃を置けば火車に死体を取られないという報告もあって、これもこの段の置き方にあたる。
問題は火葬の直前だ。金属の刀は炉で焼け残り、収骨の邪魔になる。葬儀社から借りた守り刀なら、炉の前で係の人が回収していく。木製で火葬に差し支えない品なら、そのまま棺に納めて一緒に送る。
家伝の短刀を使ったときは、出棺の前に必ず外す。外したら鞘口がきちんと閉まっているか、袋の紐がほどけていないかを確かめ、刀箱か刀掛けに戻す。数日遺体のそばにあった刀は線香の煙や湿気を吸っている。葬儀が落ち着いたら、あとの節の手順で手入れする。
向きを間違えたり刀を落としたりしたときの直し方
切っ先が顔の側を向いていたと気づいたら、その場で直す。柄を持って持ち上げ、布団の上で向きを変えて置き直すだけでいい。慌てて刃の側をつかむのがいちばん危ない。模造でも、金属の品は角で指を切る。
刀が布団から落ちたときも同じ。柄を持って拾い、袋の口が開いていないかを確かめてから、元の位置へ同じ向きで戻す。袋から抜けていたら袋に戻す。
落ちたことを縁起が悪いと気にする親族もいる。けれど確かめた範囲では、落としたときに特別な祓いをする決まりは見当たらなかった。
真宗の家なのに葬儀社が標準の一式で守り刀を置いてしまった、ということも起きる。そのときは菩提寺に聞いてから外す。黙って外さない。外した刀は葬儀社の人に渡せば済んだ。
借りた刀は返し、手元に残った刀は分けて始末する
借りた守り刀は葬儀社の物。返すのは火葬場の炉の前か、祭壇を片づけに来た葬儀社の人が枕飾りと一緒に引き上げるときになる。買い取った木製は棺と一緒に燃やして終わり。困るのは、買い取った金属製が手元に残ったときだった。
残った守り刀は、まず葬儀社に引き取ってもらえるかを聞く。寺や神社のお焚き上げは、金属や刃物を受けない所が少なくない。菩提寺か家の氏神の社に先に電話で問い合わせ、受けてもらえるなら持ち込む日と納め方、受付の時間まで聞いておく。
受けてもらえる寺社では、決められた受付の日に品物を持ち込み、お焚き上げ料を納めて預ける形が多かった。金額は寺社ごとに違うので、電話のときに一緒に聞く。袋のまま持ち込んでいいか、刀と袋を分けるかも寺社しだい。
受け手が見つからなければ、袋から出して刃を厚紙で包み、テープで留めて自治体の分別どおりに出す。包んだ紙に刃物と書き添えるよう求める自治体も多い。錦の刀袋は布なので、刀とは分けて出す。
守り刀で避けること
避けることは多くない。刃先を顔や喉へ向けて置くこと。抜き身のまま乗せること。金属の守り刀を棺に入れて炉へ送ること。この三つが葬儀の場での大きな失敗になる。
家では、赤ちゃんの布団の中に刀を入れること、刀を立て掛けておくこと、湿った押入れの奥へしまい込むことを避ける。正月の鏡餅を家の刀で切るのも筋が違う。どれも刃物を境目に置くという考え方から外れて、刃物を人のほうへ向けてしまう置き方だった。
生まれた子の枕元に桐箱ごと据える
皇族に子が生まれると賜剣の儀が行われる。短刀は人間国宝や無鑑査の刀匠が打つ例が多い。白鞘に納めた短刀を赤地の錦で包み、御紋付きの桐箱に入れ、勅使に託して生まれたばかりの子の枕元に供える。女の子には袴が添えられた。
民間でこれに倣うなら、刀剣店が誕生祝いに出す白鞘の短刀か、刃の無い模造の短刀を使う。錦の袋に入れ、桐箱に納めたまま贈るのが普通の形だ。贈る日の決まりは、確かめた範囲の刀剣店の案内には無かった。箱ごと渡せば済む。
置き場所は、赤ちゃんの布団やベビーベッドの中ではない。枕の上手の、手の届かない棚か床の間に箱ごと据える。宮中でも刀は箱のまま枕元に供えられるだけで、子のそばで抜かれはしない。
本物の短刀なら、登録証を箱に一緒に入れておく。はいはいを始めたら要注意。置き場所をもう一段高く、落ちない所へ移す。地震で箱が滑り落ちない棚を選ぶことも忘れないでほしい。
お産の枕元の刃物は民間にもあった。愛媛県南宇和郡の聞き書きでは、お産が近づくとはさみやへその緒をくくる紐を枕元にそろえて寝たという。こちらは実用の道具。それでも産婦の枕元に刃物がある風景は、宮中の刀とよく似ている。
花嫁は懐剣を帯の左へ挿し、末広を横に添える
白無垢や色打掛では、花嫁は帯に懐剣を挿す。武家の女性が護身の短刀を帯に入れていた名残で、嫁いだら戻らない覚悟を表すと神社挙式の研究会は説明していた。いまの懐剣は、飾り紐の付いた懐剣袋に厚紙を入れた形が主流だ。
武家の嫁入りでは、袋の中は本物の短刀だった。筥迫のほうは武家の若い女性が鏡や白粉、紅筆、懐紙を入れて持ち歩いた小物入れで、胸元を飾る正装の品に変わった。いまはどちらも飾り。とはいえ帯の刀と胸元の鏡をそろえて境目をまたぐ形は、昔のままだ。
挿す位置は帯の左側で、帯と着物の間に差し込む。袋には懐剣房という房飾りが付く。筥迫は掛下の衿の合わせの間に入れ、末広は帯に挟んだ懐剣の横に差すか、式の場面によっては手に持つ。お引き振袖では懐剣は必ずではなく、使わない式もある。
末広を手に持つときは、床と水平にして、右手で房の付いた根元を指先で軽く持ち、左手を下から添える。婚礼の扇は開かない。持つだけ。開いて使うのはマナー違反だと白無垢の小物の案内は書いていた。
式のあとの懐剣は、貸衣装なら一式と一緒に返す。自前の懐剣を守り刀として残すなら、袋に入れたまま横に寝かせ、湿気の少ない引き出しにしまう。飾りの模造でも、立てて入れると房が癖になって傷む。
寝室に枕刀を置くなら袋に納めて横に寝かせる
枕刀の置き場所は、昔の記録では頭の側と決まっていた。清涼殿の夜御殿では、御帳台の東、つまり枕のほうに置いた厨子へ剣と璽を納めていたと伝わる。賜剣の儀の短刀も子の枕元へ供えられた。足元ではなく頭の上手。ここが基本の位置になる。
寝室に刀を置きたいなら、抜き身では置かない。絶対に。鞘に納めて刀袋に入れ、刀掛けか箱に横たえ、枕の上手の少し離れた床に置く。棚の上や壁際の高い所は、地震で落ちてくるので避ける。子どもの手が届く部屋にも向かない。
光源氏は太刀を抜いて置いたけれど、あれは物語の中の急場の話。家の寝室では、袋から出さないまま置くのがいちばん安全だ。立て掛けると倒れるので、必ず寝かせる。
家の刀は柄を左にして刀掛けへ掛ける
家に伝わる刀を守り刀として置くなら、場所は床の間が向いている。直射日光が当たりにくく、人の通り道から外れているからだ。窓際、浴室や台所の近く、エアコンの風が当たる所、押入れの奥は避ける。湿度は五十から六十パーセントくらいがいいと刀剣店の案内にあった。
湿度が低すぎても、柄や鞘に使われた木が乾いてひび割れを起こすと、同じ案内ははっきり注意していた。乾きすぎも湿りすぎも駄目。床の間に湿度計をひとつ置いておくと、数字を見るついでに刀の具合を見に行くきっかけにもなって、一石二鳥だ。
刀掛けに掛けるときは、正面から見て柄を左、切っ先を右にする。柄が左だと右手ですぐには抜けないので、訪ねてきた客に敵意が無いことを示す、戦の無いときの飾り方だった。打刀は腰の帯に差していたときと同じく刃を上に、太刀は腰から吊るしていたときと同じく刃を下に向けて掛ける。大小二本を掛けるなら、上段に脇差、下段に打刀。
太刀を掛けると反りが下へ垂れた形に、打刀なら山なりの形に見えると刀剣博物館の解説は説明していた。飾り方を取り違えると、戦のときと同じ意味の置き方になってしまうとも書いていた。見た目で確かめられるので、掛けたら一歩下がって形を見る。
掛ける本数に決まりは無い。一本でいい。右掛け、左掛けの呼び方は、刀掛けを背にして見るか正面から見るかで逆になる。刀剣店と話すときは、柄が左に来るようにと具体的に言うほうが通じた。
ふだんしまうなら、白鞘に納めて刀袋に入れ、桐箱に寝かせる。登録証は刀と一緒にして離さない。刀剣博物館に寄せられた持ち主の声でも、手入れのとき以外は白鞘と刀袋と桐箱に入れてしまっておくという人が多かった。
神棚とは分けて祀り、略拝詞と祓詞を唱える
刀を神棚の中へ上げて祀る決まりは、確かめた範囲の神社や神社庁の案内には、どこにも見当たらなかった。刀は床の間の刀掛けに置き、神棚は神棚として別に拝む。刀そのものを神として祀りたいなら、神社に奉納して御神刀として納めてもらうのが筋になる。
神棚の拝礼では略拝詞を唱える。原文は「祓へ給へ 清め給へ 神ながら守り給へ 幸へ給へ」。読みは、はらえたまえ、きよめたまえ、かむながらまもりたまえ、さきわえたまえ。罪穢れを祓い清め、神の御心のままに守り、幸いを授けてください、という意味だ。短い。
改まって場を清めたいなら、神社で祭りの初めに読まれる祓詞を使う。原文の前半は「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」。続けて「禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等」と神々を呼ぶ。後半は「諸々の禍事罪穢有らむをば 祓へ給ひ清め給へと白す事を」。結びは「聞こし食せと 恐み恐みも白す」。
読みは、かけまくもかしこき、いざなぎのおおかみ、つくしのひむかのたちばなのおどのあわぎはらに。みそぎはらえたまいしときに、なりませるはらえどのおおかみたち。もろもろのまがごとつみけがれあらむをば、はらえたまいきよめたまえともうすことを、きこしめせと、かしこみかしこみももうす。
意味はこうなる。イザナギの大神が日向の阿波岐原で禊をされたとき、祓戸の神々がお生まれになった。その神々へ、災いや罪穢れを祓い清めてくださいと申し上げるので、お聞き届けください、という中身だ。
数か月に一度、晴れた日に打粉と丁子油で手入れする
手入れの目安は、少なくとも数か月に一度。刀剣店の案内では、年に一度は季節の変わり目に拵えから刀身を抜き、柄や鞘まで含めて全体を見るよう勧めていた。日は、晴れて空気の乾いた日を選ぶ。雨の日はやめる。梅雨どきに抜くと、湿気がそのまま刀身に乗ってしまう。
用意するのは目釘抜き、丁子油、拭い紙、打粉、油を染ませるネルの布。拭い紙は奉書紙か柔らかいティッシュで代わりになる。刀の前で一礼したら、懐紙を口にくわえる。刀身に息や唾がかからないようにするためだ。
鞘を左手に持ち、刃を上に向けたまま、柄を手元へ静かに引いて棟の反りに沿わせて抜く。目釘抜きで目釘を押し出し、柄を握った手首を軽く叩いて茎をゆるめ、柄と鎺を外す。下拭いの紙で古い油を棟の側から挟み、元から先へ拭き取る。刃の側から拭くと、紙ごと指を切る。
油が取れたら打粉を刀身にぽんぽんと軽く打ち、上拭いのきれいな紙で拭い去る。打ちすぎると細かな擦り傷が入るので、数回で止めていい。錆の点を見つけても自分で磨かず、研師に見せる。
見るときは柄を握って刀身を立て、光にかざす。素手の指で刀身に触れないこと。指の脂と汗が、そのまま錆の種になるからだ。人に見せるときは、いったん鞘に納めてから渡す。
見終わったら、ネルの布に丁子油を少し染ませ、棟から挟んで刀身に薄く引く。油はうっすら光る程度でいい。多すぎると埃を呼ぶ。鎺を厚いほうが茎の側になる向きではめ、柄を戻して下から軽く叩いて締め、竹の目釘をしっかり差す。目釘が痩せて柄ががたつくなら、刀剣店で替えてもらう。
最後は刃を上にして鞘へ納める。切っ先を鞘口に当て、棟を滑らせるように入れると鞘の内側を削らない。刀袋に戻して横に置き、懐紙を口から外して一礼。これで一回分が終わる。
正月の餅を下げる日を年一度の点検日にする
武家では正月に甲冑へ具足餅を供え、二十日に下げて雑煮にした。これを具足開きと呼び、男は刃柄、女は初顔と、はつかという音に語呂を合わせて、それぞれ大事な道具を祝ったという。女性は鏡台に供えた餅を食べていて、刃物と鏡がここでも対になっていた。のちに徳川家光の忌日を避けて十一日に繰り上げたという説がある。いまの鏡開きはこの流れで、関東で一月十一日、関西で十五日が多い。
鏡餅は刃物で切らず、手で欠くか木槌で割る。刃物で切るのは切腹を思わせるので嫌った、と刀剣博物館の解説は書いていた。家の刀の前に正月の餅を供えるなら、この日に下げ、割るのは槌にして刀は使わない。年に一度の点検を鏡開きの日に合わせておくと、忘れずに済む。
手放すときは奉納か刀剣店へ、登録証と一緒に送り出す
家を継ぐ人がいなくなって、刀を手放すこともある。武士が神社へ刀を納めた例は多く、神へ武器を捧げる古い習わしがその下地にあると國學院大學の解説は書いていた。道は二つ。神社に奉納して御神刀として納めてもらうか、刀剣店に引き取ってもらうか。奉納を考えるなら、まず氏神か縁のある神社に電話で受けてもらえるかを聞き、受ける場合の手続きと初穂料を確かめる。
銃刀法では刃渡り十五センチ以上の刀は登録証と一緒でなければ持てず、持ち主が変われば二十日以内に教育委員会へ届け出る。奉納でも売却でも、登録証が刀と離れていると話が進まない。まずそこから。先に登録証の置き場所を確かめておく。
送り出す前には、もう一度手入れをする。油を引き直し、白鞘に納めて刀袋に入れ、登録証を添える。刀掛けの前で一礼してから袋ごと箱に納め、空いた刀掛けは拭いてしまう。
