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木曽御嶽講の御座の立て方、前座と中座の組み方から神上げと登拝の作法まで

軽精進で開かれた山と御座の役

明治の半ばの夏、アメリカの天文家パーシヴァル・ローエルが木曽の御嶽に登った。山の上で白衣の講中が神を人に降ろすのを見て、それを本に書き残している。英語で書かれた御座の記録としてはいちばん古い部類らしい。

御嶽は昔、七十五日か百日の重い精進を済ませないと登れない山だった。天明の覚明、寛政の普寛という二人の行者が、水行くらいの軽い精進で登る道を開いた。白衣を着た町や村の講が大勢で登るようになったのは、そこからのこと。江戸の終わりには、毎年何十万人もの御嶽講が登拝して山がにぎわったと記録されている。

御座は、その講のなかで育った神降ろしだ。神が憑く器になるのが中座、神を呼んで降ろし、問答を仕切って最後に帰すのが前座。二人が正面から向かい合って座る。これが基本の形。

研究者の報告では、行者が一人で神を憑ける独座、山中で急に神がかる飛座という形も記録されている。ただ講の行事として信者が目にするのは、前座と中座が組んだ御座のほうだ。以下はその立て方を、確かめられた範囲で順に書いていく。

前の晩から精進して水をかぶる

御座の支度は前の日から始まる。中座と前座は酒と生臭を控え、夜は早めに休むのが講の流儀だった。登拝の前の精進を軽くしたのが御嶽の講の始まりなので、軽精進といっても何もしないわけじゃない。

体を清めるのは水だ。講の登拝も、もとは水をかぶって身を清めるところから始まった。王滝口の御嶽神社の案内でも、清滝や新滝が水行の行場として使われ、信者はそこで水をかぶる軽精進をしてから登った、と書かれている。冬の滝に打たれながら不動明王の真言を唱える講もいまだにある。

不動明王の慈救呪はこう。原文は「ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン」、読みも同じ。あまねく金剛尊に帰依し、大いなる忿怒の尊よ、障りを砕きたまえ、というくらいの意味だ。滝で何回唱えるかは講の伝えしだいで、決まった数は確かめられなかった。

ローエルが山で一緒になった三人の若者は、全身白ずくめの巡礼姿。山にいるあいだは食を断ち、口にするのは水だけだったと彼は書いた。明治の登拝の精進は、軽いといってもこのくらいの覚悟だったわけだ。

在家が見学に行く側なら、ここまでの荒行はいらない。前の晩に酒を控えて早く寝る、当日の朝に手を洗って口をすすぐ。それで足りる。

神前を整え、御幣を一本切っておく

座を立てる場所は、講の道場や教会の神前、登拝のときなら山上の霊神場や池のほとりになる。神前には御嶽大神の掛け軸か神号を掲げる。御嶽の神々を一幅に描いた神霊軸を掛ける講も多い。

供え物は洗米、塩、水、酒が基本になる。季節の野菜や果物を足す講もあって、灯明をともして香を焚くところもある。神道と仏教が同居してきた山なので、線香を立てても咎める人はいない。

中座が手に持つ御幣を一本、前もって用意する。ローエルの記録でも、前座が中座の組んだ両手のあいだに御幣を差し入れていた。この御幣が神の降りる依り代で、降りたあとは神の動きを映す道具にもなる。

御幣は先達が半紙を切って自分で作る講が多く、御座のたびに新しいものを使ってきた。寸法や紙垂の切り方は講ごとの伝えで、共通の型は見つからなかった。使い回しはしないのが決まり。

夕方か夜明け前に、山なら祠の前で座を立てる

御座を立てる時刻に、講をまたいだ決まりは見当たらない。月例の拝みなら夕方から夜、登拝なら山上に着いて一息ついた頃が多いようだ。一座が一時間を超えることもあるので、講員は腰を据えて臨む。

ローエルの記録は時刻まで具体的だった。九千フィート、およそ二千七百メートルあたりまで登ったところで、崖を刻んで造った祠の前で、午後の遅い時刻に一座を立てた。その後も山頂の小屋で、さらに夜明け前にもう一度、座を立てたと書いている。

中座が座ったのは祠の前の腰掛けだった。前座は脇に置いてあった御幣を取り、中座の両手に握らせた。握り方は片手の上にもう片方の手を重ねる形。

御幣を持たされた中座は、筋一つ動かさなかったという。ローエルの目には、むしろ時がたつほど像のように固まっていくと映った。場所は神前でも山の祠でも、この静けさから座が始まる。

前座と中座を向かい合わせ、講員が囲む

座の組み方は単純だ。中座が座に着き、その正面に前座が向かい合う。講員は二人の周りを囲むか、中座の後ろ側に並んで座る。見学者はさらにその後ろ。

角笛山空間という御嶽の案内サイトが山上で見た座では、先達が中央で信者の側を向いて腰掛け、中座を務めていた。その先達の正面にひざまずいて言葉を述べていた男性が、前座だったという。中座は正座とは限らず、腰掛ける形もあるわけだ。

座り方はこう。中座は白衣を着て、御幣の柄を両手でそろえて胸の前に立て、目を閉じて待つ。前座は中座の顔が見える近さに陣取る。法螺貝を吹く役がいれば、一番外側で構える。

ローエルが山の上で見た講では、三人が役を順に回していた。一人が前座として神を呼び、一人が中座として神を受け、一人が脇で見守る。一座が終わると、伺いを立てた者が中座の席へ移り、見ていた者が伺う側へ回ったと書いている。

役割の呼び名については、中座と前座のほかに四方を固める四天という役を置く形も伝え聞く。ただ、誰がどこに何人座るのかを書いた出典に行き当たらなかったので、ここでは組み方の中身を書かない。

法螺を鳴らし、般若心経を声をそろえて繰り返す

始めは前座の挨拶からだ。神々へのお礼と、今日ここで御座を立てさせていただく旨を、前座が神前に申し上げる。角笛山空間の見学記でも、前座が神様にお礼を述べたあと、法螺貝が高く鳴って座が始まった。

続いて講員がそろって経を唱える。見学記の座では般若心経を一斉に唱えていた。何を唱えるかは講によって違い、祝詞を読む講もあればお経の講もある。同じ見学記がそう書いているので、ここは所属する講の経本に従うのがいちばん確か。

般若心経は一巻で終わらず、神が降りるまで何巻も繰り返す。結びの句は原文「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」、読み「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」。行け、彼岸へ行け、悟りよ幸いあれ、くらいの意味だ。

講の経本を見れば迷わない。経本は、御嶽講向けに九字護身法、般若心経、聖不動経、護身法の印明をまとめた小さな折本が売られている。講に入れば先達が使う本を教えてくれる。自分で選んで持っていくより、講で指定されたものをそろえるほうが唱和で迷わない。

九字と印で場を固める

唱和が続くあいだ、前座は手を休めない。ローエルは、前座が十本の指を固く組み合わせて一つの結びを作り、それをほどいて二つ目、三つ目、四つ目、五つ目と次々に形を変えていった、と書いた。全身と魂をその所作に投げ込んでいるように見えたそうだ。唱える声は抑揚のない一本調子で、合間に喉の奥からうなるような声が混じり、体は引きつるように何度も跳ねたとローエルは記録した。見慣れない者には異様に映ったはず。

組み替えていたのは印だと思っていい。修験の護身法でよく使うのが九字で、原文は「臨兵闘者皆陣列在前」。読みは「りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん」で、戦に臨む兵はみな陣を連ねて前にいる、というのが字面だ。

九字は刀印で切る。形は簡単。人差し指と中指をそろえて伸ばし、残りの指を握った形だ。一字ごとに横、縦と交互に空を切って、横五本、縦四本の格子を描く。

前座によっては、九字のあとに気合をかけて中座の額や胸へ念を送る。講で唱える御神咒と呼ばれる文言もあるらしい。ただ、これは講や教会ごとに伝わるもので、定まった原文が確かめられなかったため、ここには載せない。

御幣が震えたら唱和を止めて名を問う

経の声が重なるうちに、中座の手の御幣が動き出す。ローエルの記録では、御幣を握った手がまず引きつるように震え、それが強まって、やがて人の力とは思えない激しい動きになった。講によっては中座がそのまま立ち上がる。

神が降りたと見たら、講員は唱えるのをやめる。中座のほうから手で経を止める仕草をする講もあるという。ここから先は声を落とし、中座の言葉を聞き漏らさないようにする。

最初に前座がやるのは、名を問うことだ。どちらさまがお降りになったのかを、前座が丁寧に尋ねる。ローエルが見た座でも、伺う側がまず降りた神の名を尋ねていた。

ここは急がない。名乗りが出るまで、前座は問答に進まない。降りてくるのは御嶽大神とは限らず、八海山や三笠山の神、講の先代の霊神のこともある。何が来たのか分からないまま話を進めないのが、御座の芯にある慎みだ。

伺いは前座に申し出て取り次いでもらう

名乗りが済むと、神はまず講全体に向けて言葉を下ろす。ねぎらいや戒め、その年の登拝の心得などだ。横に控えた者が帳面に書き取っておく講も多い。

個人の伺いはそのあとになる。順番は守る。伺いたい信者は自分で中座に話しかけず、前座に申し出て、前座が神に取り次ぐ。病気、仕事、縁談、家の移転といった相談が多いそうだ。

ローエルの見た登拝の座では、山頂が晴れるか、この登拝がうまくいくか、家に残してきた者たちがみな守られるかを神に尋ねた。答えは、明日の午後まで山頂は晴れ、登拝は祝福される、というものだった。神が口にした声は、ふだんの本人の声とはまるで違う不自然な響きで、ローエルもそこにいちばん驚いている。山の上の座らしい、実のある問答。託宣は短く、昔の言葉づかいが混じるのがふつうらしい。

体の弱った信者がいれば、降りた神が加持をする。角笛山空間の見学記では、中座が信者一人ひとりに言葉をかけて加持祈祷を授け、泣き出す人もいたと書いていた。そのあいだ、順番を待つ信者は経を唱え続ける。

一座のうちに神が入れ替わることもある。御嶽大神が上がったあとで霊神が降り、講員を名指しで叱ったりするわけだ。そのときも前座は新しく来たものの名を問い直してから、話に入る。

礼を述べて神を上げ、背を打って中座を戻す

伺いが尽きたら、前座が神に帰っていただく。これを神上げという。降ろした前座が上げるまで責任を持つのが決まりで、神を降ろしたまま座を崩すのは、いちばん忌まれてきたしくじりだ。

前座は礼を述べ、ふたたび経や九字で送る。見学記の座では、中座を務めた先達が最後の言葉を述べてから、神を上げる儀式が始まったという。見ていて体にこたえそうな所作だった、と書き添えてある。上げる側も消耗する。

御幣がゆっくり下がり、震えが静まってきたら、中座を本人に戻す番。ローエルの見た座では、前座がまず中座の胸に触れ、それから背中を何度か打った。打ち方はだんだん強くなったという。中座は深い眠りから覚めた人のように目を開けた。胸、背、手足の順。

目が開いても、それで終わりじゃない。中座の腕や胴や脚は、こわばって固まったままだった。周りの者がそれを揉みほぐして、ふだんの体へ戻していったとローエルは書いている。揉む役は講員が受け持つ。

戻った中座はひどく疲れているのがふつうだ。見学記の筆者も、神を上げ終えた先達がぐったりと消耗して見えたことを気にかけて書いていた。

供え物を下げ、御幣と塩を納める

締めに講員そろって神前に拝礼する。二礼二拍手一礼で終える講もあれば、経を一巻あげて合掌する講もある。ここは講の作法どおりにする。これで一座が終わる。

次は後片づけ。供え物を下げたら、洗米や塩を参加者で分けて持ち帰る講が多い。家の神棚に供えたり、料理に使ったりする。御幣は前座が中座の手から受け取り、神前に戻して礼をする。

使い終えた御幣は、次の座で使い回さない。神前で焚き上げるか、講によっては川へ流して納めた。灯明は息で吹き消さず、手であおぐか火消しで消すのが神前の作法。

戻りが遅いとき、座を立てられないとき

修行を積んだ講でも、中座がなかなか戻らないことはあるらしい。そういうとき前座は、経を重ね、九字を切り、中座の名を呼び続ける。背を打つのもこの段の所作だ。

無理は禁物。御座を立てられなくなった教会もある。長野県松本市のある教会では、神がかりを伴う御座をやめて護摩を焚くようになった、という調査報告が出ている。中座や前座の跡継ぎがいなければ、無理に形だけ真似をしない。

そういう講で伺いを立てたいときは、教会の祈祷として頼むのが筋になる。御座を今も立てる講を探すなら、系統の近い教会の先達に紹介してもらうのが早い。講どうしのつながりは今でも生きている。

白衣、桧笠、金剛杖をそろえて山に入る

登拝の装束は白装束に桧笠、金剛杖が基本だ。昔の登拝道は、ひのき笠と金剛杖の白装束の信者で埋め尽くされていたと書かれている。これに持鈴、数珠、わらじを足す。

信者は毎年夏に白装束に身を包み、子孫の繁栄と無病息災を願って御嶽へ登拝した、と観光局の案内は紹介していた。講に入っていなくても、装束は借りられる。木曽おんたけ観光局が御嶽教の信者装束の体験として貸し出していて、白装束の上下は四つの寸法から選べて、一回二千円だった。桧笠は借りて二千円、買えば四千円。金剛杖は借りて五百円、買えば千五百円だった。

持鈴と数珠はそれぞれ五百円で借りる形で、わらじは買い取りの二千五百円。五点をまとめて四千五百円、三点で四千円の組み合わせもあった。申し込みは観光局へ電話、メール、ファクスのどれかで出す。

金剛杖は登りでも下りでも手放さない。杖は自分の身代わりとして扱い、地面に放り出したりまたいだりしない。宿では先達の指図に従って置き場所を決める。

講の登拝についていく日の段取り

初めての登拝は、講の一行に混ぜてもらうのがいちばん安心だ。田島一心講のように夏山と寒山の二度登る講もあるので、まずは夏を選ぶ。寒山は慣れてから。

前の晩は酒を控え、早めに寝る。装束は宿で着替え、白衣の襟は右を下にして左を上に重ねた。死に装束と逆にならないよう気をつける。

出発の前には、宿の前で山の方角へそろって手を合わせる。先達が唱え言葉の頭を取り、講員がそれに続いて歩き出す。列の順番は先達が決める。

霊神場や祠の前では、列を止めて全員で拝む。先達が経を上げているあいだは、写真を撮らない。休むのは拝みが済んでから。

下山したら、里宮か遥拝所にお礼参りをして装束を解く。借りた装束は観光局の案内どおりに返す。金剛杖を買った人は、家の神棚の脇に立てて祀っておく。

懺悔懺悔と唱えて登り、霊神碑の前で拝む

登りながら唱えるのは六根清浄の掛け声だ。原文「懺悔懺悔 六根清浄」、読み「さんげさんげ ろっこんしょうじょう」。犯した過ちを悔い、目、耳、鼻、舌、身、意の六つを清める、という意味になる。

これに「御山は晴天」を続ける講が多い。辞典では、信仰の登山で山の天候の安定と心身の清めを願って唱える言葉と説明している。登山記には、お山快晴、守らせたまえ、と続けて繰り返す一行の声も書き留められていた。

声は小さくていい。先達が先に唱え、講員が後を追う。子どもから年寄りまで同じ列で登るのが御嶽講の持ち味で、先達は列の頭で速さを決める。山の上の奥社では、大江権現より上で用を足すときは紙の上でする、という禁制が昔からあった。

道沿いには霊神碑が並ぶ。黒沢口の参道だけでも、登拝した信者を祀る霊神碑が約五千基も建てられてきた。碑の前では帽子を取って一礼し、二礼二拍手のあと略拝詞を唱える。

略拝詞の原文は「祓へ給へ 清め給へ 守り給へ 幸へ給へ」、読みは「はらえたまえ きよめたまえ まもりたまえ さきわえたまえ」。仏式でいくなら般若心経か不動明王の真言でかまわない。碑に触ったり、よじ登ったりはしない。写真も控えめに。

講に縁をつなぐ段取りと祈祷の頼み方

講に加わる入り口は、講の月例に顔を出すことだ。御嶽神社田島一心講の例でいうと、毎月第四土曜の午後一時から拝殿で講話をしていて、夏山の八月と寒山の一月に木曽の御嶽へ登拝している。こういう月例の日に先達か講元を訪ねて、話を聞かせてもらう。

御座の見学は、講が受け入れるかどうかで決まる。角笛山空間の筆者も、講の外の人間として山上の御座を見学し、その様子を記事にまとめた。記事によれば、講に入っていない見学者も丁寧に迎えてくれたそうだ。ただ事前に先達へ頼むのが礼儀で、撮影は許しをもらってからにする。

見学の日は白っぽい地味な服で行き、言われた場所に座る。経本を借りられたら、分かるところだけでも一緒に唱える。伺いを立てたいなら前座に申し出て順番を待ち、中座の体には触れない。

入講の手続きそのものは講ごとに違い、決まった書式は見つからなかった。月例に何度か通って顔を覚えてもらい、講元の許しを得て名簿に名前を載せてもらう、という流れを考えておけばいい。講費や登拝の積立ては、そのとき講元から聞く。

講に入らずに祈祷だけ頼む道もある。王滝口の御嶽神社では、神前に参列して受ける祈祷の初穂料が、個人の小式で五千円以上、団体の大式で一万円以上のお志となっていた。名入りの神札は種類によって二千円から五万円まで幅がある。祈祷には御神饌、御饌米、御神箸、手ぬぐいといった品が付き、中身は祈祷の種類で変わる。細かいことは社務所に電話で尋ねるように、と神社の案内にある。

初穂料は紅白の蝶結びののし袋に入れ、表に初穂料、下に名前を書く。授かった神札は神棚の中央か、目の高さより上の清らかな場所に祀る。一年たったら授かった社か近くの神社の古札納め所へ返すのがふつう。

王滝口の登山道入口から平らな砂利道を六百メートルほど歩いた先には、御嶽神社の遥拝所がある。山頂まで行けない人はここでお参りできる、と村の案内にある。大きな屋根の休憩所もついていた。

授かった御饌米と神札を家で祀る

祈祷で授かった品は、その日のうちに家へ持ち帰る。寄り道はしない。神札は神棚の中央に納め、神棚がなければ目より高い棚に白い紙を敷いて立てる。

御饌米や御神饌は、いったん神棚に供えてから下げていただく。家族で分けて炊いたご飯に混ぜる家もある。御神箸は祝いの膳で使い、使ったあとは紙に包んで納める。

手ぬぐいは登拝のときに首に掛けたり、滝行のあと体を拭いたりするのに使う。講の名が入った手ぬぐいを代々ためこむ家も珍しくない。捨てるときは塩をひとつまみ振って紙に包み、ほかのごみと分けて出す。

毎朝の拝みは短くていい。手を洗って口をすすぎ、神棚か御嶽の方角へ向かって二礼二拍手。略拝詞を三回唱え、一礼して終える。

時間のある日は般若心経を一巻あげる。講の経本を持っているなら、九字護身法の頁を眺めて字の並びだけ覚えておく。印を結んで人に向けるのは、師から護身法として受けてからだ。

神札は一年で替える。これが目安。年末か、次の登拝の前に授かった社へ返し、新しいものを受ける。遠くて行けない年は近くの神社の古札納め所に納めてもかまわない。納めるときに初穂を少し添える人も多い。

素人同士で降ろさない

ここだけは譲れない。やってはいけないことは三つある。一人で神を呼ぶこと。友だち同士で前座と中座の真似をすること。降りてきたものに名を問わずに言いなりになること。

御座は前座がいて初めて成り立つ。呼んだものの名を問いただし、場を締め、最後に送り返す役がいない降ろしは、戸を開けたまま寝るのと変わらない。中座のほうも寒の滝に打たれ、先輩について何度も座を踏んで、ようやく器になっていく。

遊びで降ろしてしまって家の空気がおかしいと感じたら、自分で続きをやらない。部屋の四隅に塩を少し盛って窓を開け、略拝詞を三回唱え、その日は何もしない。塩は翌朝、紙に包んで可燃ごみに出す。

それでも落ち着かなければ、御嶽系の教会か近くの神社に相談する。自分で九字は切らない。託宣をお金で売る人にも気をつけたい。講の御座で包むのは伺いの礼の初穂料までで、託宣の中身で値段が変わることは本来ないはずだ。

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