奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

注連縄と紙垂で家に結界を張る手順、縄の向きと紙垂の折り方から古い縄の納め方まで

伊勢の玄関に一年中下がっている縄

伊勢の町では、夏でも玄関にしめ縄が下がっている。真ん中の木札には「蘇民将来子孫家門」と墨で書いてあって、暮れに新しいものへ掛け替えるだけで一年中外さない。旅のスサノオを泊めた蘇民将来の子孫なら疫病を免れる、という話から来た札だ。門口を縄と札で関所にしている格好になる。

縄の仕事は、飾りより境目の印のほうにある。古事記では、岩屋から出た天照大御神の後ろへ布刀玉命が尻久米縄を引き渡した。そのうえで「従此以内、不得還入」、ここから内へはもう戻らないでください、と申し上げている。読みは「ここよりうちに、なかへりいりたまひそ」。こちらとあちらを分ける線として、縄は最初から使われていた。

日本書紀の同じ場面の注には「左縄の端出」という言い方が出てくる。しめ縄を左に綯うという決まりは、この二文字と重ねて説明されてきた。しめは占めるから来た言葉で、神の占める場所の印という意味になる。家に張るときも、線を一本引くという感覚でいると置き場所で迷わない。

張る場所に合わせて牛蒡注連か大根注連を選ぶ

家で使うしめ縄の形は、だいたい四つに分かれる。片側が太くて反対へ細くなるのが牛蒡注連で、真ん中が太くて両端がすぼまるのが大根注連。細い縄から藁の房を垂らした前垂注連と、正月の輪飾りがこれに続く。神棚に一本だけ張るなら牛蒡注連が扱いやすい。長さの種類もいちばん多い。

神棚の幅が狭いなら小ぶりの大根注連、棚板が広くて幕のように見せたいなら前垂注連、と選ぶ家が多い。玄関には牛蒡か大根に札や橙を付けた玉飾りを掛けるのが正月の形だ。台所や水回り、車には、縄を小さな輪にしただけの輪飾りを付ける。

長さは張る場所を先に測ってから決める。神棚なら宮形の屋根の幅か、雲板の端から端まで。玄関なら扉の上の幅に、左右の結び代を足した長さがいる。買う場所は神具店か、氏神の神社の授与所、暮れのホームセンターあたり。神社で授かるものは、その社の流儀で切った紙垂が最初から縄に差してあって、そのまま掛けられる形で渡されることが多い。

左綯いの縄を選び、自分で綯うなら藁を叩いて三束に

しめ縄は左綯いで作る、というのが昔からの決まりだ。荷造りや農作業に使う日用の縄は右綯いで、神事の縄だけ撚りを逆にして混ざらないようにしてきた。神具店や神社の授与所で売っているしめ縄は、特に断りがなければ左綯いで作ってあると思っておいていい。撚りの向きは見る側と綯う側で左右が入れ替わるので、文章で見分けようとすると混乱しやすい。

自分で綯うなら、材料は稲藁と麻紐だけだ。昔の家では暮れになると男手が土間に座り込み、正月用の縄を何本もまとめて綯っていた。穂が出る前に青いまま刈って干した藁を本式とする土地もある。藁のはかまを取って芯だけにし、霧吹きで湿らせてから木槌で根元を叩いて柔らかくする。乾いたままだと途中で折れるので、叩く前にしっかり湿らせておくのが藁を扱う土地では当たり前の作法だった。

叩いた藁を三つの束に分け、根元の切り口をそろえて麻紐で二重に巻いて縛る。縛った根元を足で踏むか柱に掛けて固定し、束を両手の平で挟んで撚りながら、撚った束どうしを逆向きに絡めていく。一本ずつの撚りと束の絡みが逆だから、手を放してもほどけない。

牛蒡の形にしたいなら、綯い進むにつれて藁を少しずつ抜いていく。大根にするなら真ん中で藁を足し、また抜いていく。綯い終わりは麻紐で縛り、はみ出した藁を鋏でそろえる。一本目は撚りが甘くて太さがばらつくはずだ。それで構わない。

太い綯い始めを向かって右に置く

張る前に、縄の元と末を確かめる。綯い始めのほうが太くなるので、牛蒡注連なら太い端が元だ。一般には神から見て左、こちらから向かって右に太い元を置く。神道では左を上位とみるので、上位の側に元を置くという理屈になる。神具店の案内も、神棚と玄関の両方でこの向きを基本にしていた。

ここには例外がある。出雲大社は右を上位として神事を行うので、太い元を向かって左に置く。神具店の説明では、島根の熊野大社、奈良の大神神社、愛媛の大山祇神社も逆向きだという。伊勢地方のしめ飾りも向かって左が太い左元で飾る、と書く店があった。

もうひとつ、日の強く当たる東か南へ太いほうを向ける土地もあるらしい。神棚の宮形を特定の社から授かったなら、その社の拝殿のしめ縄を見てくるのがいちばん確かだ。迷ったら向かって右に元。家じゅうの縄は同じ向きにそろえておく。

半紙を四つに切り、四等分と三等分の折り目を付ける

しめ縄に下げる白い紙が紙垂だ。岩戸の前の榊に白和幣と青和幣を下げたという古事記の場面が、この紙のご先祖にあたると神社ではよく説明されてきた。古くは木綿や麻を垂らしていて、いまは奉書紙や美濃紙、半紙で作る。コピー用紙でも形にはなる、と書いている神具店もあった。

道具は紙のほかに、よく切れるカッター、定規、下敷き。手を洗って口をすすぎ、机を拭いてから始める。刃物は新品。

宮城の涌谷神社の案内では、半紙を四つ切りにしたものを一枚の材料にしている。香川の麻の神具店は、太さ一寸で長さ二尺五寸の牛蒡注連に合わせる紙垂を例に出していた。二つ折りの状態で高さ十二センチ、幅八・四センチほどだった。縄が太いほど紙垂も大きくする。見た目で決めていい。

紙を縦に二つ折りにして、折り山が左に来るように置く。そのうえで横幅を四等分、高さを三等分する位置に軽く折り目を付ける。目分量が不安なら定規で測って、鉛筆で薄く印を付けてから折るといい。この線が切り込みの目安になる。

吉田流は上下互い違いに三本切り込み、手前へ三回折る

いま神社で見かける紙垂は、ほとんどが吉田流だ。京都の吉田神社の神職家、吉田家の流れを汲む形で、作り方は神社や神具店の案内でほぼ一致していた。四等分の線は三本ある。左と右の線は上の端から、真ん中の線は下の端から、どれも高さの三分の二まで切り込む。

交互に入れるのが肝心だった。三本とも上から切ると、広げたときにただの櫛みたいな紙になって下げられない。二つ折りのまま二枚重ねて切るので、カッターの刃は新しいものに替えておくと切り口がよれない。

切り終えたら、折り山のある左端の一片を頭にして指で押さえる。残りの三片を、左から順に手前へ折り返していく。一つ折るたびに紙が下へずれ、段々に垂れ下がる形ができる。これで一垂の完成。四つ作れば一本の縄に下げる四垂がそろうので、四枚まとめて切っておくと後で形のばらつきに困らない。

頭の部分は小さく二つほど折り曲げるか、三角に折っておくと縄に差しやすい。紙の繊維が逆らうときは、折り目を爪でしごいてから曲げる。糸の旧字の「絲」の形に見えるよう、「いと、いと、いと」と声に出しながら折るという口伝も残っている。

白川流は一片を奥へ返し、伊勢流は切り込み二本で作る

紙垂の流派でよく名前が挙がるのは、吉田流、白川流、伊勢流の三つだった。白川流は神祇伯を世襲した白川伯王家の流れで、切り込みの入れ方は吉田流と同じ。違うのは折り方で、途中の一片を手前でなく奥へ折るとする資料が多い。二つ目を奥へ返すと書く店もあれば三つ目からと書くところもあって、ここは伝える側で揺れていた。

伊勢流は別物。切り込みは二本だけで、三つの中ではいちばん単純な作りだと紹介されている。真ん中の吊り下がる部分の先を紙縒りのように撚る場合もあるらしい。細かい折り順を公式に示した案内は見つからなかった。

家で作るなら吉田流で十分だ。氏神の神社や宮形を授かった社の紙垂が手元にあるなら、一枚ほどいて寸法と折り方を写すのがいちばん確かになる。社によって垂の数や向きの癖が違う。祭りで紙垂を大量に作る地区では、神社がその社の型を配っていることもある。

縄目をヘラで開き、四垂を表をこちらへ向けて差す

できた紙垂は縄目に差し込む。薄いヘラか小さなマイナスドライバーを縄の撚りの間に入れて、少しだけ撚りを戻す。そこへ紙垂の頭を差し込んでヘラを抜けば、撚りが締まって留まる。慣れれば一枚に十秒もかからない。道具はヘラ一本。

縄が硬くて開かないときは、紙垂の上端に千枚通しで穴を一つ空け、そこへ精麻を通し、短冊のように結ぶ。麻紐で結んでも構わない、と書く神具店もあった。精麻は神具店にある。

枚数は四枚の四垂が一般的。二垂や八垂にする社もあり、蚊里田八幡宮の案内では二垂、三垂、七垂も挙げている。相撲の横綱は五垂と決まっているそうだ。縄を四つに分けて、それぞれの真ん中に一枚ずつ下げると並びがそろう。

向きは見落としやすい。表をこちら側に、神のほうへ裏が向くように付けるのが基本だ。不浄なものが入り込まないようにという考えから、と神具店は説明していた。授かった紙垂があれば、その向きに合わせておけば間違いない。

輪飾りを台所と水回りに下げる

神棚と玄関のほかに、家の中の要所へ小さな輪飾りを下げる家も多い。昔の家では、かまどの上や井戸端、便所の入口、蔵の戸口にまで一つずつ掛けて、火と水を使う場所をそれぞれ小さく囲っていた。いまなら台所のコンロの上の壁、水道の近く、洗面所やトイレの入口あたりになる。

付け方は簡単。画鋲かフックを一本打って、輪の上を引っ掛けるだけだ。紙垂が付いていない輪飾りなら、吉田流の紙垂を一枚だけ差しておくと形が整う。火の近くは紙が焦げやすいので、コンロの真上は避けて少し横にずらしておくといい。

輪飾りは正月の飾りとして扱う土地が多く、松の内が明けたら玄関の飾りと一緒に外してどんど焼きへ回す。一宮神社のように輪締めを無料で引き取ってくれた社もある。車に付けたものも同じ扱いでよかった。

神棚の雲板に両端を結び、祓詞を上げる

神棚のしめ縄は、宮形の屋根の前か、棚の幕板の表に張る。雲板があれば縄の両端を麻紐でくくりつけ、雲板がなければ天井にフックを付けて吊るす。鉤形の金具を打って刺す方法もある。高さに決まった寸法はない。神棚そのものを目線より高く祀るので、縄もその前、見上げる位置に来る。

張る日は、神棚の掃除をすっかり済ませてからにする。古い縄と紙垂を外して、棚と宮形を乾いた布で拭き、榊と水と塩と米を新しくしてから縄を掛ける。掛け終えたら、宮形の正面に立って二拝二拍手一拝で挨拶し、新しい縄を掛けたことを神さまに報告しておく。一連で十分足らず。

このとき上げる言葉として、神社本庁が家庭向けに示している祓詞がある。長いので三つに区切って書く。一つ目は「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」。二つ目は「禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、諸諸の禍事罪穢有らむをば」。三つ目が「祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと、恐み恐みも白す」。

読みも同じ区切りで。「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ、つくしのひむかのたちばなのおどのあわぎはらに」。「みそぎはらえたまいしときに、なりませるはらえどのおおかみたち、もろもろのまがごとつみけがれあらむをば」。「はらえたまいきよめたまえともうすことを、きこしめせと、かしこみかしこみももうす」。

ざっくりした意味はこうなる。伊邪那岐大神が阿波岐原で禊をなさったときに生まれた祓戸の神々よ。あらゆる災いや罪や穢れを祓い清めてくださいと申し上げるのを、どうかお聞き届けください。覚えきれない日は略拝詞の「祓へ給へ清め給へ守り給へ幸へ給へ」でもいい。読みは「はらえたまえ、きよめたまえ、まもりたまえ、さきわえたまえ」で、三回唱える人が多かった。

宮形のない家なら、札立ての上の壁に小さな牛蒡注連を掛けるだけでも形になる。縄を掛ける場所が取れなければ、紙垂を二枚、札の左右の壁に留める家もある。

玄関の扉の上へ、外から見て右に元を置いて渡す

玄関は家の口にあたる。外から入ってくるものを最初に受け止める場所なので、結界を意識するなら一番に張りたいところだ。位置は扉の上、軒の中央。外から見上げる高さにする。

向きは神棚と同じで、外から見て右に太い元を置く。取り付け方にとくに決まりはない。鉤形の金具を打って縄を刺す、タコ糸で吊るす、針金で留める、と葬儀社の案内にも三通りが並べてあった。牛蒡注連か大根注連に紙垂を四枚、真ん中に札を付ける。伊勢風にするなら「蘇民将来子孫家門」の木札を下げる。

マンションで軒がない場合は、扉の上の壁に粘着式のフックを二つ付けて、その間に縄を渡せば十分に足りる。共用廊下に面した扉は管理規約で飾りが制限されていることがあるので、そこだけ先に確かめておく。内側の上がり框の上に張る家もあった。家の中でも境目の役は果たせる、という考え方だ。玄関の内と外、どちらでもいい。

部屋の四隅を縄で囲う略式

部屋そのものを囲いたいときに借りてくるのが、地鎮祭の斎場の形だ。四隅に青竹を立て、竹から竹へしめ縄を張り渡し、その内側を神域にする。縄には一辺ごとに紙垂を下げる。東北の隅の竹から張りはじめて時計回りに一周させる、と説明する例もあった。

部屋でやるなら、掃除して床を水拭きし、窓を開けてしばらく空気を入れ替える。四隅の天井近く、鴨居や長押の上に細い釘か画鋲のフックを付ける。細い麻縄か左綯いの細縄を東北の隅に結び、東南、西南、西北と回して東北へ戻す。一辺を四つに分けてそれぞれの真ん中に紙垂を差していくと、四辺ぶんで部屋全体に下がる紙垂は十六枚になる。

張り終えたら部屋の中央に立ち、神棚か北の方角を向いて略拝詞を三回唱える。塩をひとつまみずつ、張りはじめた東北の隅から同じ順に四隅へ撒いて、それで終わりにしている人もいる。

もっとも、これは神社の決まった祭式じゃない。地鎮祭の形を家に持ち込んだ応用だ。縄を張ったままでは暮らしにくいので、四隅の天井に紙垂を一枚ずつ下げるだけという略式のほうが多いかもしれない。きちんと祓ってほしいなら、氏神の神社に家祓いや清祓いを頼むのが筋だ。

氏神の神社で縄を授かり、家祓いを頼むときの段取り

自分で張るのが不安なら、暮れに氏神の神社の授与所を訪ねるといい。神棚用のしめ縄や紙垂を、正月の神札と一緒に頒けている社は多い。その社の向きと紙垂の形で作ってあるので、持ち帰って張るだけで済んだ。神棚の寸法を控えていけば、合う長さを選んでもらえる。

家そのものを祓ってほしいなら、社務所に電話して家祓いか清祓いを申し込む。日取りは神職の都合と家の都合を合わせて決めた。当日に用意する物は社ごとに違う。米や塩、水、酒を三方に載せる社もあれば、全部持参してくれる社もあった。電話の時点で聞いておくのが確実だ。

お礼は白い封筒かのし袋に入れる。表書きは「初穂料」か「玉串料」、その下に家の名字。金額は社が決めていることが多いので、申し込みのときに尋ねて構わない。祓いが済んだら、授かった神札を神棚に納め、しめ縄はそのまま一年掛けておく。

家に不幸があった年は神棚を半紙で封じる

身内が亡くなった年は、しめ縄の扱いが変わる。神道では死を穢れとして扱ってきたので、忌中は神棚に触れない。そこで神棚封じをする。宮形の扉を閉め、その正面に白い半紙を一枚貼って神棚を隠す作法だ。本来は家族でなく、外の人に頼んで貼ってもらうものとされてきた。

しめ縄は外さずにそのまま残しておき、宮形の前に貼った半紙が縄の内側をすっぽり覆う格好になる。忌明けまでは拝礼も供え物も控える。神道なら五十日祭を済ませた頃が目安だ。半紙を外して神棚を掃除し、榊と水と塩と米を新しく供えて毎朝の拝礼を再開する。このとき縄も一緒に新しくしてしまう家が多かった。

喪中の年は、正月の玄関飾りを出さないのが普通とされてきた。けれど伊勢の年中しめ縄のように、年を通して掛けている縄をどうするかは土地で差がある。氏神の神社に聞いてみるのがいちばん早い。電話一本で済む話。

十二月十三日から二十八日までに掛け替える

しめ縄は年に一度、年末の大掃除のときに新しくして、そのまま一年掛けておくのが基本だ。煤払いの日とされる十二月十三日の正月事始めを過ぎたら、いつ張り替えてもいい。大掃除を終えた二十八日に掛ける家が多いのは、八の字が末広がりで縁起がいいからだと言われる。

避ける日として挙がるのが二十九日と三十一日。二十九日は九が苦に通じ、二重苦とも読めるので嫌われた。三十一日は一夜飾りといって、葬式の飾り付けと同じになるから避ける。三十日も、旧暦では月末の三十日が大晦日にあたる年が多かったから嫌う、という話がある土地もあった。

正月飾りとして玄関に掛けたものは、松の内が明けたら外す。東日本や北日本は一月七日、西日本は十五日までという土地が多い。神棚のしめ縄は松の内が明けても外さず、次の暮れまで掛けておく。伊勢の年中しめ縄も同じ扱いだ。

紙垂だけ先に汚れる家もある。台所に近い神棚だと、煮炊きの油と埃を毎日のように浴びるので、半年もすれば白い紙がはっきり黄ばんでくる。そういうときは紙垂だけ新しく切って差し替えればいい。縄はそのまま。縄が切れた、落ちた、鼠にかじられた、という場合も年末を待たずに替えてしまっていい。

古い縄は小正月のどんど焼きへ持っていく

外したしめ縄は、近くの神社のどんど焼きに持っていくのがいちばんだ。一年間門口で外からのものを受け止めてきた縄なので、浄火で送り出すのが筋だと考えられてきた。一月十五日前後の小正月に、正月飾りや古い神札を浄火で焚き上げる行事で、左義長とも呼ぶ。北海道神社庁の案内でも、古い神札は年末から正月十五日頃にかけて氏神に納め、松飾りと一緒にお焚き上げされると書いてあった。

持っていく前に、プラスチックの飾りや針金、橙などの生ものは外しておく。紙垂は紙なのでそのままでいい。ある一宮神社は、分別できていないものは焚き上げできないと断っていて、二〇二五年からは有料にした。五十センチ未満の分別済みで百円、一メートル以上で五百円、輪締めは無料という区分だった。

受付の形は社ごとに違う。門松はそもそも引き取らない、と書いた社もあった。札幌護国神社は通年で社務所がお焚き上げを受け付け、自社の授与品なら無料、よその社の正月飾りは千円から二千円と決めている。北海道神社庁は、転居などで納めるときは社務所に申し出て玉串料を添える、としていた。持っていく前に電話で一度確かめておくと安心だ。

家で送るときは塩を振って白い紙で包む

どんど焼きが近くにない年は、家で送ることになる。新聞紙か白い半紙を広げ、しめ縄と紙垂を載せる。塩をひとつまみずつ、左、右、左と三回振りかける。量はほんの少し。一年間門口で受け止めてくれたお礼を心の中で言ってから、縄の形を崩さないように紙の端を折り込んで包む。

包んだものは燃えるごみの日に出す。外した金具や樹脂の部品は、どんど焼きのときと同じく、住んでいる自治体の分別の決まりに従ってそれぞれの日に回しておく。ほかのごみとは袋を分けておく。塩の代わりにお酒で清めてから出す、と案内する神社もあった。

藁を鋏で細かく切って小さくするのは、縄を断ち切る形になるので嫌がる人が多い。形のまま包んで出す。これが基本。暮れに新しい縄と掛け替えたときも同じで、古いほうを包んだら、跡を乾いた布で軽く拭き、その日のうちに新しい縄を掛ける。境目に空白の日を作らないよう、張り替えは一日で済ませてしまう。

うまく張れないときと、やってはいけないこと

縄が垂れて真ん中がたわむときは、両端の結び目を締め直すより、真ん中あたりに見えない釘を一本足して支えたほうが形が保てる。紙垂が風で回ってしまう玄関なら、差し込んだ頭を細い麻紐で縄に一巻きしておく。元と末を逆に張ってしまったと気づいたら、日を改めて待つ必要はないので、その日のうちに外して向きを直して張り直していい。

禁じ手は少ない。一夜飾りになる三十一日に掛けない。神棚の縄を右綯いの荷造り縄で代用しない。外した縄を刻んだり、ほかのごみと混ぜて捨てたりしない。

どんど焼きに鏡餅やみかん、包装のビニールを一緒に持ち込むのも避ける。北海道神社庁も、供えた餅やみかんは鏡開きで下げて家でいただくもので、古い神札と一緒に納めないようにと書いていた。包装紙は持ち帰るように、という注意も添えてあった。

ちなみに縄を張ったから何かが必ず防げる、という約束はどこにもない。縄は内と外の線を目に見える形で示すものだ。気になることが続くなら、氏神の神社に相談して家祓いを頼むのが順当だろう。

タイトルとURLをコピーしました