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藁人形を見つけたときの外し方と包み方、社寺への持ち込みと身を守る祈祷の頼み方

いのり杉の釘穴と、晴明が立てた茅の人形

京都の地主神社には、おかげ明神の祠の脇に杉の神木が一本立っている。神社の案内では、この木肌に丑の刻参りの釘の跡が無数に残り、いまは「いのり杉」と呼んで一願成就の木として見せていた。穴を塞がずに、祈りの木として扱ってきたわけだ。

見つけた側の作法を考えるとき、手本になる話が二つある。一つは能の鉄輪。狙われた男のために安倍晴明がしたのは、茅で人の丈ほどの人形を作り、夫婦の名を籠めて祈ることだった。幣と供物を並べ、人形を身代わりに立てて、その夜を越えさせたわけだ。

もう一つは宇治拾遺物語の身固め。晴明は式神に狙われた蔵人少将を抱きかかえ、一晩じゅう加持を続けて守り抜いたと書かれていた。どちらも相手を倒す話じゃない。身代わりを立て、身を固めて、祓ってもらう。いまの段取りも、根っこはこの二つと同じ。

夜更けに木を打つ音を聞いたら近づかない

夜の神社のそばで、木を打つような乾いた音が聞こえた。見に行かない。これが最初の作法になる。

明かりのない境内で、釘と金槌を持った人と鉢合わせするのは危ない。見られたら願いが破れると思い込んでいる相手なら、何をするか分からないからだ。その場を離れてから警察に電話し、場所と時刻だけを伝えれば足りる。伝えるのは神社の名前か近くの目印、音を聞いた時刻、人影を見たかどうかの三つくらいで十分だ。

翌朝、明るくなってから神社に知らせる。社務所の無い社なら、鳥居の脇の掲示にある兼務社や氏子総代の連絡先へ。夜のうちに一人で確かめに戻るのは、なしにしておく。急がなくていい。

見つけたら触らずに、引きと寄りの写真を撮る

昼間に藁人形を見つけたら、手を出さずに一歩下がる。釘を抜かない。人形を外さない。ここは我慢。

理由は二つある。境内の木も打たれた物も神社の持ち物と預かり物で、手を入れるのは神職の仕事になる。もう一つは、錆びた釘や藁のささくれで手を切りやすいことだった。

写真は二枚撮っておくと話が早い。木や塀の全体が入る引きの一枚と、人形の数、釘の本数、貼られた紙が分かる寄りの一枚。見つけた日付と時刻、場所も一緒にメモしておく。手書きでいい。紙に書かれた名前は、無理に読み取らなくていい。

家の門柱や車の下、郵便受けで見つけた場合も、この段は同じ。撮ったらその場を離れて、次の知らせ先を決める。宅配や郵便で届いた覚えのない包みは開けずに、外装と伝票ごと撮っておく。

境内なら社務所へ、家の周りなら警察へ知らせる

神社の木で見つけたなら、知らせる先は社務所だ。無人の社で掲示も無いときは、その県の神社庁か役場に聞けば、管理している神社を教えてもらえるはず。見つけた人の役目は、そこで終わり。自分で外さなくていい。神社の側も、誰がいつ見つけたかを知らせてもらえれば、見回りを増やすなり明かりを足すなり、自分たちで手を打てるからだ。

神社の側の扱いは社ごとに違う。神道学者の三橋健の本には、元神主が丁重に大祓詞を唱えてから人形を取り除いたという話が紹介されていた。延喜式の大祓詞は、国つ罪の一つに「蠱物する罪」を数えている。祓うべき穢れとして、祝詞で送り出してから手を掛けたわけだ。

自分の家の周りで見つけたときは、信心より先に身の安全の話になる。警視庁の案内では、犯罪や事故は起きていないけれど不安がある、という相談は警察相談ダイヤルの#9110で受けていた。相談の中身に合わせて、窓口を案内してくれる仕組みだった。最寄りの警察署の窓口に直接行ってもいい。

いま誰かが家の周りをうろついている、脅すような手紙が添えてあった。そんなときは迷わず一一〇番に回す。二〇二二年に千葉県の神社で神木へ藁人形を打った人が器物損壊などの疑いで逮捕された件もあって、警察は実際に動いてくれる。

元検察官の弁護士の解説では、木に釘を打って傷付ければ器物損壊、相手に送り付ければ脅迫罪に当たり得ると書かれていた。見つけた物は証拠になることもあるわけで、怖いからといってすぐ燃やさない。警察が預からないと言ったときに、初めて自分で包む段に進む。

自分の名前や住所が書かれていたときの相談の順番

人形に自分や家族の名前、住所、写真が付いていた。正直、ここがいちばん気持ちの揺れる場面だと思う。相談は三か所を順に回すと整理しやすい。

一つ目は警察で、前の段のとおり写真とメモを持って行く。人形がまだ現場に残っているなら、その場所が分かる地図か住所の控えも添えておくと話が早い。相談した記録が残っていれば、同じことが続いたときに前の件と合わせて扱ってもらいやすい。

二つ目は氏神の神社。氏神は住んでいる土地を守る社で、その土地で起きたことを持ち込む先として筋が通っている。見つけた品のお祓いとお焚き上げ、家族の祈祷、家そのものの清祓を頼めるかを聞く。家の祓いは出張で受ける社が多いから、日取りと用意する物はその社の指示に従う。

三つ目は、付き合いのある菩提寺か、不動明王を祀る祈祷寺。寺では供養とお焚き上げ、護摩祈祷を頼めるし、どこも受けてくれないときは氏神にもう一度相談すればいい。

職場のロッカーや学校の机で見つけたなら、自分で片付ける前に上司や先生に見せる。写真はその場で一緒に撮ってもらう。一人で抱えない。建物の管理者を通して警察に相談する流れにしておけば、後で話がこじれにくい。

使い捨て手袋と半紙二枚と粗塩をそろえる

自分で外して包むことになったら、用意する物は少ない。使い捨てのゴム手袋を一組、白い半紙か奉書紙を二枚、粗塩をひとつまみ、紙袋を一つ。

釘が塀や木に残る場合は、ラジオペンチと厚手の封筒もあると助かる。半紙は文房具屋や百円ショップ、奉書紙は書道用品店か神具店で手に入る。粗塩は台所にある物で構わない。精製塩しか無ければ、それでもいい。

特別な道具は要らないわけだ。手袋は薄いビニールより、台所用の厚手のゴム手袋のほうが、藁のささくれや錆びた釘先から手を守りやすい。軍手だと藁が刺さりやすい。

東京都神社庁の家庭祭祀の案内は、神棚に毎朝供える物として米と塩と水を挙げていた。神札を壁に貼るときも、半紙か奉書紙をあてるよう書いている。白い紙と塩で清めて包むのは、この家庭の祭りの延長と考えると分かりやすい。

手を洗ってから、塩を振って二重に包む

包む前に手を洗い、口をすすぐ。神社の手水を洗面所でやる感じだ。場所は人形のそば。明るい昼間のうちに、家族が一人そばにいる時間を選んで取りかかると、手元も気持ちも落ち着く。

手袋をはめてから人形を持ち上げる。中に髪の毛や名前の紙が仕込まれていても、藁をほどいて中を確かめたりはしない。開けるほど触る時間が延びるし、中身を見て気が晴れることはまずないからね。

釘は人形に刺さったままなら無理に抜かず、塀や木に打ち込まれているときだけペンチでまっすぐ引き抜いて、厚手の封筒へ別に入れる。金物は焼けないので、お焚き上げの受付で分けてくれと言われることがあるからだ。

釘が深く食い込んで、ペンチでも動かないこともある。そこで力任せにこじらない。人形だけを包んで先に進み、釘は写真に撮って残し、塀なら工務店、神社の木なら神社に任せればいい。途中で手を切ったら、包むのをやめて先に手当てをする。

白い紙を一枚広げ、人形を真ん中に置く。上から粗塩をひとつまみ振り、どこからも中が見えないように包む。もう一枚の紙で同じように包んで、二重にしておく。これで一区切り。

包み終えたら手袋を裏返しに外し、紙に包んで捨てる。もう一度手を洗う。人形があった場所は掃いてから水を打ち、釘穴の残った塀は、写真を撮り終えていれば補修して構わない。

包みは家に入れず、紙袋で持ち運ぶ

包んだ物は紙袋に入れて口を二回折り、家の中へは持ち込まずに、玄関の外や物置の人が通らない所に置いておく。台所や寝室は避ける。

塩を山盛りにしたり酒を掛けたりと、手の込んだことはしなくていい。社寺に渡すまでの仮の置き場にすぎないから、なるべく早いうちに持って行きたい。先延ばしは禁物。

運ぶときは紙袋を手に提げ、車なら座席ではなくトランクに載せる。電車で運ぶなら、袋をもう一つ重ねて外から中身が分からないようにしておくと気が楽になる。持ち運びの途中で包みを開けないこと。寄り道もなし。

子どもが拾って家に持ち込んでしまったら、叱らずに手を洗わせる。怒らない。それから、どこで見つけたかだけを落ち着いて聞き取っておく。

お焚き上げを受ける社寺へ電話で伝えること

藁人形を受けるかどうかは、社寺によってまちまちだ。人形供養を掲げている所でも、神社に関係の無い物は受けないと書く社がある。いきなり持ち込まずに、先に電話で聞くのが筋。

人形供養の受け方を公に出している社寺の例を並べておく。茨城の結城諏訪神社は、郵送なら事前連絡なしで受け、持ち込みは毎日九時から十六時の受付だった。料金は箱の大きさで決まり、封筒やレターパックの大きさなら二千円から。大きい物は三辺の合計が二百センチまでの箱で二万五千円、それを超えると十センチごとに二千円を足す決まりになっていた。刃物や電池、スプレー缶、液体はお断り。

長光寺という寺は、先に問い合わせてもらって中身を確かめるとしていた。預かった品はお堂に安置して毎日お経をあげ、月末に合同でお焚き上げをする流れ。料金はレターパックの大きさで三千円。

千葉厄除け不動尊の千手観音堂は、郵送なら事前の電話が要ると書いていた。持ち込みなら総合受付で申込書を書き、その場で箱の大きさを測って料金を納める段取りだった。金属やガラスは読経供養の後で専門業者に回す場合がある、という但し書き付き。封筒に分けた釘は、この扱いになるかもしれない。人形は僧侶が毎日読経し、専用の施設で焚き上げると書いていた。

電話で伝えるのは、何が、どこで、いつ見つかったか。それだけ。大きさ、釘や写真や名前の紙が付いているか、警察にはもう相談したか。これだけ言えば、受けられるかどうかはたいていその場で返事がくる。

神社なら「お祓いをしてお焚き上げを」、寺なら「ご供養とお焚き上げを」と頼む。相手に返してほしいとは言わない。言えば断られるし、頼む筋でもない。

納める日の受付から帰りの一礼まで

金額と持参する日時は電話のときに聞いておき、白い封筒かのし袋に入れて持って行く。表書きは神社なら御初穂料、寺ならお布施か御供養料が通りやすい。

当日は紙袋のまま持って行き、受付で電話した者だと名乗る。包みはこちらで開けずに、袋ごと両手で差し出して、初穂料もその場で一緒に渡す。受付はそれで済む。受付の人が中身を確かめたいと言ったら、そこで初めて袋を開けてもらい、自分は手を出さずに見ているだけにしておく。

神社によっては、その場で神職が大麻を振って包みを祓ってくれる。依頼した本人も一緒に祓いを受けることがあって、そのときは軽く頭を下げて待つだけでいい。焼くのは後日で、預けた時点で品はもう手を離れている。

帰りに本殿か本堂へ一礼し、鳥居や山門を出たら振り返ってもう一度頭を下げる。家に着いたら手を洗って、うがいをする。持ち込みの段はこれで終わり。あとは任せる。

神社で厄除けや災難除けの祈祷を申し込む

品を納めても気持ちが落ち着かないし、狙われたのかもしれないと思うと夜の眠りまで浅くなる。そんなときは、自分の身を守る祈祷を頼めばいい。

呪詛祓いという看板を出している神社は、まず見かけない。申込書では厄除け、災難除け、身体健全、八方除けあたりを選び、気になるなら受付で一言だけ事情を添える。身固めも同じで、名前を掲げた祈祷はほぼ無いから、願意の欄は厄除けで通じる。

京都の晴明神社は、厄除け、災難除け、身体健康などの祈願を受けていた。中でも厄除けは、地域を越えて多く受けていると書いていた。予約は祈願日の七日前から電話で、受付は午前九時から午後五時。初穂料は六千円、八千円、一万円以上から選び、拝殿に入ってから終わるまで十五分から二十分ほどと案内していた。

神奈川の寒川神社は八方除の社として知られ、祈祷の受付は午前八時から午後五時、年中無休。初穂料は中式三千円以上、大式五千円以上で、大式以上には八方札が九体付くとあった。授与品には剣の形の神札、御守、御神土、御箸、御神供、御神酒などが並んでいた。郵送やオンラインでの申し込みも受けている。遠くて行けない人には、ありがたい話だ。

初穂料は紅白の蝶結びののし袋か白い封筒に入れ、表に「御初穂料」か「御祈祷料」、下に自分の名前を書くのが通りやすい。服装の決まりは社ごとの案内に従えばよく、迷ったら上着を一枚持って行けば困らない。申込書の住所と名前は、祝詞で読み上げられるのではっきり書いておく。字は楷書で。

祈祷の最中は、神職が読み上げる願意に合わせて頭を下げていればいい。自分から何か唱える必要はない。授かったお札は神棚か、目線より高い棚の上に祀り、お守りは鞄や財布に入れて身に付ける。晴明神社も、お守りはできるだけ身に付け、お札は神棚や壁に祀るよう書いていた。

寺の護摩で息災を頼む

寺なら、不動明王を祀る寺の護摩祈祷がよく選ばれる。密教の護摩には、災いを消す息災、福を増す増益、人の和を願う敬愛、悪を降す調伏の四つの法がある。頼むのは息災の側。ここは間違えない。

申込書の願意は、身体安全や諸難消除、厄除けと書けば通じるし、調伏を誰かに向けてくれと頼むのは筋が違うから寺も受けない。自分の周りの障りを払ってもらう、という頼み方にしておく。

静岡の法多山は当日申し込みで、祈祷の始まる十分前までに本堂脇の窓口で済ませるよう案内していた。申込書を書き、祈祷料を納めて引換券を受け取り、五分前に入堂して本堂の中央あたりに座る。終わったら引換券と祈祷札を交換する流れだった。授与は祈祷札と御供物が基本だとあった。

祈祷料はお志で、目安は祈祷が三千円以上、大祈祷が五千円以上、特別祈祷が一万円以上。祈祷札は自宅の仏壇か清浄な場所に祀り、古い札は境内の納札所へいつでも納められるとあった。寺によって金額も流れも違うから、電話で聞いておくと安心できる。

密教には、僧が修法の前に自分の身を固める護身法もある。印と真言を組む作法だけど、師僧から受けるもので在家が真似るものじゃない。在家は、かけてもらう側に回る。

大祓の人形で身代わりを立てる

鉄輪の茅の人形に近いことを、在家がいちばん手軽にできるのが大祓の人形だ。六月末の夏越と十二月末の年越に、多くの神社が紙の人形を配っている。

札幌の西野神社の案内では、人形一体に一人の名前、性別、年齢を書く。年齢は数え年が原則で、分からなければ生年月日でもいいとあった。書いたら頭、額、胸、腹、両手、両足の順に体を撫でて清め、気になる所は念入りに撫でる。

撫で終えたら、自分の罪穢れが移るように念じながら人形に息を三度吹きかける。西野神社は六月三十日の午後三時までに、拝殿の前の専用の木箱か社務所の窓口へ納めるよう書いていた。初穂料は気持ちでいいという。郵送で先に納めることもできるらしい。住所の欄が不完全だと授与品が届かないことがある、と念を押していた。

東京の神田明神は、令和八年の夏越の大祓を六月三十日の十一時と十五時の二回で行っていた。こちらの案内は少し違って、体の左右と中央を撫でてから息を三度吹きかける。持参か郵送で納め、初穂料は千円以上で大祓の神札、三千円以上で茅の輪の御守も付く。

横浜の神鳥前川神社の大祓では、人形に氏名と年齢、車形には車の番号を書いて形代袋に納め、茅の輪をくぐる流れが示されていた。撫でる順は社ごとに違うので、受けた社の紙に書かれた作法に合わせればいい。紙の裏表も同じ。

大祓を待てないときは、人形を使うお祓いを常に受けている社もある。人形一枚を千円で受け、氏名と生年月日を書いて体を撫で、息を吹きかけて竹筒に納める形の神社もあった。郵送で受け付ける所もある。人形を納めたら、その後は神社に任せる。自分で燃やしたり捨てたりはしない。

戸口に角大師を貼り、神棚で略拝詞を唱える

家でできる守りとして記録のあるものも、いくつか挙げておく。一つは元三大師の角大師の護符で、疫病神を退けた良源の姿を写したと伝わる札だ。廬山寺は、良源が鏡に映した自分の姿を弟子に写させたのが角大師だと由来を書いていた。

京都の廬山寺は、角大師の護符を玄関などの出入り口に貼るよう書いていた。郵送は申込書に志納金と送料を添え、現金書留で送る。栃木の足利にある岡山元三大師は、戸口に向かって左に角大師、右に豆大師を貼るよう案内していて、授与料は五百円だった。貼る場所や向きで迷ったら、受けた寺に聞くのがいちばん確か。自分で向きを考え出すより、その寺の案内をなぞったほうが話は早いと思う。

神棚があるなら、朝に短い言葉を唱えるのもいい。武蔵御嶽神社の案内では、二拝してから拝詞を奏上し、二拝二拍手一拝で締める。略式の拝詞は「祓へ給へ 清め給へ 守り給へ 幸へ給へ」。読みは「はらえたまえ きよめたまえ まもりたまえ さきわえたまえ」。祓い清めてお守りください、幸せをお与えください、というくらいの意味だ。

神棚が無い家なら、東京都神社庁の案内どおり、南向きか東向きの壁や柱の高い所に半紙か奉書紙をあてて、お札を貼ればいい。毎朝、米と塩と水を白い小皿に山形に盛って供えると書かれていた。

寺の守りなら、不動明王の一字呪がいちばん短い。青森の円覚寺の解説では、原文は「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」。あまねく金剛の諸尊に帰依したてまつる、カン、というほどの意味で、カンは不動明王を表す種子だ。

同じ解説は、合掌して姿勢を正し、一呼吸おいてから一音ずつ聞き取れる速さで唱えるよう書いていた。短いので回数を多く唱えるもので、百八回という数も挙がっていた。三回や七回で済ませる人もいる。どちらの言葉にも相手の名前は入れない。守ってほしいのは自分の身だから、声を向ける先は神仏だけでいい。

庭で燃やさず、川にも流さず、送り返さない

やってはいけないことも、ここでまとめて挙げておく。一つ目は、庭やベランダで燃やすこと。廃棄物処理法は屋外での焼却を原則として禁じていて、例外に挙がるのは風俗慣習上や宗教上の行事で要る焼却だ。神社のどんど焼きやお焚き上げは、この例外の側にある。家で火を付けるのは、法の上でもやめておく。

二つ目は、川や海、山へ捨てること。流せば祓いになると思うかもしれないけど、いまは不法投棄になる。大祓詞の、罪が川から海へ運ばれていく話は、神職が祭りの中で唱えるもの。自分で物を流す作法じゃない。

三つ目は、相手に送り返したり、相手の家の前に置いたりすること。これは論外。送り付ければ脅迫罪に当たり得る、という解説は先に書いたとおりだ。見つけた側が加害の側に回ってしまう。

四つ目は、夜に一人で現場へ戻ること。紙の名前を声に出して読み上げたり、写真を人に回して騒いだりするのも控える。見つけた人の仕事は、撮って、知らせて、包んで、預けるまで。それ以上は背負わない。

断られたときや、続けて見つかったときの手当て

電話した社寺に断られるのは、珍しいことじゃない。そういうときは、受けられる所を知らないかと、その場で聞き返してみる。近くで人形供養を受けている社寺を、その場で教えてもらえた例もあるらしい。断られても気にしない。

それでも見つからなければ、氏神に相談する。郵送で人形供養を受けている社寺に、中身を正直に書き添えて送る手もある。ただ呪具を受けるかどうかは、必ず電話で確かめてからにしたい。黙って送り付ければ、断られても文句は言えないからね。

警察に相談したのに預からないと言われたら、相談した日と担当の部署を控えておく。二度目、三度目と続けて見つかったときは、前回の控えを持ってもう一度相談に行く。回数と日付がそろっていれば、見回りを頼みやすくなるらしい。

同じ場所で続くなら、そのたびに引きと寄りの写真を撮り、日付をそろえて残しておく。包み方と持ち込み方は一回目と同じでいい。祈祷をそのたびに受け直すかどうかは、頼んだ社寺に聞けばいい。一年ごとに札を返して受け直す、という区切りにしておく人もいる。

写真とメモと、授かった札の一年後の始末

社寺に納め終えたら、控えた写真とメモの扱いを決める。写真は家族の共有のアルバムに入れず、別のフォルダに分けて日付を付けておくと、見たくないときに目に入らずに済む。警察に相談した件なら手元に残しておき、何も起きずに一年ほど過ぎたら消せばいい。

使ったペンチは水洗いしてよく乾かし、道具箱へ戻して普段どおり使って構わない。余った塩は白い紙に包んで燃えるごみに出し、包みを置いていた場所はもう一度掃いて水で流しておく。

授かったお札やお守りは、一年ほど祀ったら受けた社寺へ返す。東京都神社庁の案内も、一年間祀った神札は神社に納めて浄火で焼納してもらうよう書いていた。法多山のように納札所をいつでも開けている寺もある。返したら新しい札を受け、見つけた日から続いた始末はこれで一巡した。

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